戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次回はR-18描写があるので、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第43話URL『https://novel.syosetu.org/107215/14.html



犬子と柘榴と九十郎第42話『エンカウント』

大江戸学園の斎藤九十郎が死んだ。

暴走トラックに轢かれて死んだ。

遺体は学園島から本土に運ばれ、葬式が行われた。

暇さえあれば問題を起こしてチャンバラを始める大江戸学園の馬鹿達も、この日ばかりは皆神妙な顔つきをしていた。

そして少なくない数が、涙を流していた。

 

「……意外でした」

 

そんな光景を、三度笠を被った少女、五十嵐文が不思議そうに眺めている。

服を何着も買える程裕福ではないとはいえ、今の彼女の格好は普通に浮いている。

 

「意外って何が?」

 

喪服の少女……大江戸学園生徒大将軍の片割れである、徳河吉音が聞き返す。

 

「あの人が死んで、大勢の人が涙を流している事です。

 兄さんが……私を妹としか見てくれなかったあの兄が、

 今日だけは辛そうで、悲しそうな眼をしていた事も」

 

「筋肉さん、仲良かったからね」

 

文の兄、五十嵐光臣が喪服を着て、焼香をしている。

基本研究以外の事に興味を抱かず、妹すらも『妹』以外の意味を見いだせない男が、九十郎の葬儀に出席した事自体が、研究以外に時間を割いた事自体が、文にとって天地がひっくり返るような大事件である。

 

「九十郎さんは、どういう人だったんですか?」

 

「あんまり話した事、無かったよね」

 

「ええ、私はこの学園に来てから日が浅いですから」

 

「あたしは、そうだなぁ……

 嫌いな所もあったけど、それと同じくらい好きな所があったかな。

 全部ひっくるめると、結構良い感じの人ってイメージ」

 

「あの筋肉お化けのどこに良い所があるんですかっ!?」

 

地味に酷い事を言われているが、文と似たような感想を抱く者は少なくない。

 

九十郎は基本屑で、一度嫌った相手には基本辛辣だ。

そしてその嫌った相手に、文も吉音も含まれている。

だから理解に苦しむのだ、顔を合わせる度に露骨に嫌悪感を示し、即座に追い返そうとする人間に良い所があるのだろうかと。

 

「政治は政治ができるヤツがやれば良い、知らない、知ろうともしない、

 考えた事も無い連中が手出し口出しするもんじゃないって考え。

 あれは最後まで納得できなかったよ。

 普通の人が幸せになるための方法が政治なんだから、普通の人が……

 世の中を普通に生きている人こそ……ええと、つまり……みんなで考えるべきだと思う」

 

「一種の選民思想ですか。 全く……」

 

「ううん、熱量の問題だって言ってた。

 熱を持っていれば、いつかはできるようになるって言っていた。

 鳥居とか、詠美ちゃんとかは、熱を持ってるからって……

 詠美ちゃんが賢くて、あたしなんかよりよっぽど政治に向いてるって所は納得だけど、

 鳥居はどうなんだろうね」

 

「大魔神に放り込まれていた人でしたっけ?」

 

「そうそう、その人。

 文はあんまり接点無かったと思うけど、色々と意地悪をする人だったんだよ」

 

情報操作や公開処刑を意地悪の範疇に含めるのは魔境・大江戸学園だけである。

 

「まあ、デリカシーが無い所とか、すぐにおっぱいに視線を向く所とか、

 輝とか越後屋さんと一緒になって悪巧みするのが多いとか、

 相手の家柄で態度が変わったりとか、色々と幻滅する所は多いよ。

 それでも、あたしはあの人、良い人だと思う」

 

「何故ですか?」

 

「最初から最後まで詠美ちゃんの味方でいた所」

 

それは幼い頃から詠美を見続けていた吉音にとって、幼い頃から詠美の友になりたいと願い続け、ついこの間まで叶わなかった吉音にとって、強い強い羨望を抱くのに十分な理由であった。

 

「ただ思考停止しているだけではないのですか?」

 

「違うよ、筋肉さんはちゃんと詠美ちゃんを見て、詠美ちゃんを考えて、

 詠美ちゃんを認めて、その上で詠美ちゃんの味方でいようって決めてた人だよ。

 あたしはずっと……

 ううん、あたしもずっと詠美ちゃんを見てきたから、なんとなくわかるんだ。

 だから……」

 

吉音はそう言うと、少し離れた場所に座っている徳河詠美の方をチラリと見た。

普段通りの表情で、普段通りの立ち振る舞いで、静かに座っていた。

 

「……だから、今詠美ちゃんが悲しんでるって事も分かるよ。

 詠美ちゃんが九十郎の事、大好きだった事も」

 

吉音は知っている。

九十郎の訃報を聞いた時、詠美がどれだけ泣き叫んだかを。

今、表面上の平静を保つために、どれ程の心労が伴っているかを。

 

「まだ……早すぎるよ……悲しすぎるよ、こんなの……

 詠美ちゃんはまだ、九十郎に好きって言ってないのに、デートも何もしていないのに……」

 

吉音は思う、もしも自分の愛する人が……秋月八雲が急死したら、自分はどうなってしまうのだろうかと。

 

文は思う、何故兄や徳川詠美が九十郎に惹かれるのだろうかと、九十郎に惹かれた理由を考えた事があっただろうかと。

今までずっと、考えるのを避けていたのではなかろうかと。

 

「後で……兄と話をします。 九十郎という人がどんな人だったのかを聞きに」

 

吉音と文がそんな事を話している頃……

 

葬儀場の片隅で、遠山朱金が力無く開かれた自らの右手をじっと見つめていた。

かつて九十郎が井伊の糞女と呼ぶ少女を、九十郎をナチュラルに屑呼ばわりする少女を殴り倒した自らの右手を……

 

『ありがとう……これで屑は生き残る……』

 

朱金は、そう言って息絶えた少女の事を思い出す。

 

手加減はしていた。

自身の剣魂・ハナサカの力を借りていたとはいえ、死人が出るような殴り方はしなかった筈だった。

それなのに、少女はまるで自壊をするかのように息絶えた。

 

遺体は残らなかった。

まるで真っ白になるまで焼いた炭のように、ボロボロに崩れ降り、風に舞って飛び散ってしまった。

その様子を見た者は、朱金一人であった。

そして少女の自宅から、手書きの退学届が発見された。

 

だから朱金は殺人者と呼ばれなかった、ただの失踪事件として扱われた。

 

だがしかし……朱金の心に、決して小さくない傷と疑念が残っていた。

 

「真留、何も無い所からトラックが出現した……桂は確かにそう言っていたんだな?」

 

遠山朱金が……大江戸学園を守護する北町奉行が、部下である岡っ引きにそう問いかける。

 

「はい、未だ出所は特定できていませんが、

 学園島の外から剣魂の制御システムがハッキングされた形跡があるそうです」

 

「剣魂システムを悪用した殺人事件か……」

 

トラックの進行方向に居たのは、桂である。

九十郎が咄嗟に突き飛ばして救出しなければ、暴走トラックに轢かれて死んだのは桂だった。

 

だがしかし、朱金には今回の件が、始めから九十郎の命を狙ったもののような気がしてならなかった。

 

「あいつは昔から、咄嗟に自分の身体を盾にする癖があった。

 危ないと思ったら何も考えずに飛び込んで、何度も怪我をしていた。

 キュウビの電流を受けた時も、今回の一件もだ。

 あるいは……あるいは最初から九十郎を狙っていた可能性もある……」

 

とてもとは言えないが論理的な話ではない。

真留はそう感じたし、朱金自身もそう思っている。

それは幾度となく難事件、怪事件に挑み続けてきた北町奉行の直感だ。

 

「警察が動いています、町奉行や岡っ引きが対応するような案件ではありません。

 ですが……」

 

それでも何か自分達にもできる事がある筈だ、打つべき手がある筈だと、真留の瞳が雄弁に物語っていた。

決意の視線、決意の瞳であった。

 

朱金はいつだってこの熱い瞳に助けられてきた。

 

「ああ、オレ達もオレ達の方法で調べるぞ。

 何かある……あいつの死には、何か大きな秘密がある、必ず」

 

遠山朱金には、北町奉行には……ダチ公の死を悼む時間は許されていなかった。

 

長谷川平良と、武田光璃、江川太郎左衛門は葬儀に姿を現さない。

3人とも九十郎と特に親しかったのにだ。

それが意味する事を察せない程、朱金は呆けていない。

 

武田信玄が、火付盗賊改方が、北町奉行が、南町奉行が動く。

そして八雲堂の用心棒兼将軍も……魔境大江戸学園を体現する馬鹿筆頭が躊躇無く首を突っ込む。

九十郎の死をきっかけに、大江戸学園が再びキナ臭くなってきた。

 

……

 

…………

 

………………

 

前田利家対今川氏真の対決は、お互いに自分が負けたと認識する微妙な結果に終わった。

 

「……ま、また負けた」

 

「ふぅ……ふぅ、はぁ……か、勝ったの……でも……」

 

「連射が利く御家流なんて……は、反則……がくっ」

 

鞠の御家流・疾風烈風砕雷矢を叩き込まれた犬子が、そう言い残しバタリと倒れた。

 

「チッ、あの犬子のうすのろ野郎。

 これで奴との師弟関係もご破算、この次はオレ自身が氏真をたおしてやる!!」

 

九十郎がそんな酷過ぎる言葉を呟く。

貴様はどこのロビンマスクだ。

 

「その台詞、犬子に対して辛辣過ぎない? あと一歩の所まで追い詰めてたわよ」

 

「大丈夫っすよ御大将、九十郎も本気で言ってる訳じゃないっすから」

 

「な、なら良いけど……

 それにしても、鞠相手にあそこまで戦えるとは、正直予想外だったわ」

 

「剣の勝負では、完全に圧倒されていたの……」

 

「剣術はパワーだぞ、鞠」

 

貴様はどこの霧雨魔理沙だ。

 

「立ち回りが上手かったの。 力比べになったら負けるって分かっていたのに、

 気が付いたら力比べになっていたの……」

 

「パワーで勝ってるならパワーで勝てるように立ち回るべきだろう、常識的に考えて」

 

「言う程簡単な事じゃないの」

 

「つまり御家流とかいうサイキック・パワーを使わせた時点で、

 神道無念流の勝利という事だな、はっはっはっはっはっ」

 

犬子をけしかけるという他力本願極まりないやり方で勝利した九十郎が、胸を張って勝ち誇る。

自分は侮って油断してあっさり負けた癖に、格好悪い男である。

 

「とはいえ、理想を言えばサイキック・パワーを使われても勝てる方が良いんだけどな。

 後で犬子に対サイキッカー用の戦い方を教えておくか」

 

「え? 御家流に対策があるの!?」

 

「それ、本当なの!?」

 

「興味津々っすよ!」

 

九十郎の独り言に、御家流を使う3人が反応する。

 

「セカンド幼馴染の誕生パーティの出し物をどうするかでファースト幼馴染と揉めたんだ。

 その時に使った手が変移抜刀がらすきーっていう技なんだが、

 単純な手だがサイキッカー相手だと結構効果的でな」

 

「その技、後で教えて貰えないかしら」

 

「鞠にも教えて欲しいの!」

 

「分かった分かった、後でな」

 

なお後日、その対抗策のあまりのしょうもなさに美空が呆れかえる。

 

「まだまだ上には上がいるの、修行あるのみなの」

 

「修行をするなとは言わんが、仕事はちゃんとやれよ。

 孫悟空じゃあるまいし、修行以外何もしないニートになったら家族が泣くぞ」

 

「……ちょっと陰鬱なの」

 

「大人になるってのはそういう事よ、好むと好まざるとに関わらずに。

 まあ、貴女には義元の遺臣がまだまだ残ってるから、どうにかなるでしょ」

 

目ぼしいのは桶狭間で討ち死にしたけど……と、美空は心の中で呟いた。

正直な話今の鞠の立場は、代わってくれと言われたら全力でご遠慮したい状況ではあった。

 

当主としての心構えを可能な限り教えておいてほしいと、今川の老臣朝比奈泰能から頼まれているし、美空自身も可能な限り助けてやりたいとは思っている。

しかし、越後の民を守り導く責任があるが故に、損得抜きの手助けはできない。

美空は美空で、色々と迷いや苦悩が多い立場なのだ。

 

「そういえば、上す……じゃない、長尾と今川の当主が揃ってるってのに、

 護衛が少なすぎるんじゃないのか? 俺と犬子と柘榴だけなんて」

 

貴方は護衛じゃなくて護衛対象なのだけど……と、美空は心の中で呟いた。

九十郎がドライゼ銃やハーバー・ボッシュ法を知っているとバレると面倒なので、その話は鞠には決して明かせない秘密である。

 

「軒猿も何人か連れてきてるっすよ」

 

「ありゃ、そうだったか? 全然気づかなかったな」

 

「そう簡単に気づかれるようじゃ草として役に立たないじゃないの。

 まあ、護衛を最小限にしている事は確かだけど」

 

「いざとなったら鞠も戦うの」

 

「万一があったら今川と戦争になりかねないからやめなさい」

 

「くっくっくっ、俺の神道無念流も忘れて貰っちゃ困るぜ」

 

「うん……期待してるわ……ええ……」

 

未来知識が喪われると取り返しがつかないから、できれば戦わずに逃げてほしいなーと美空は思った。

 

「美空様、犬子が頑張りますから。 その、一生懸命御守りしますから」

 

精根尽き果て倒れ伏しながらも、犬子がそう言って美空を元気づけようとしていた。

 

「ありがとう犬子、本当に心強いわ」

 

自分が求められている役割を自覚しているということがこれ程までに有難いのかと、基本他人の話を聞かないし血の気も多い越後の豪族達の顔を思い出しながら、美空は密かに涙した。

 

美空は普段から、フォロ方十四フォローもドン引きするレベルで豪族達のやらかしの尻拭いをしているのだ。

 

「それはそうとして、今回は義元がやろうとした軍勢を率いての強行上洛じゃなくて、

 人数を最小限にしたお忍びの旅なの。

 だから護衛も腕が立って信用できる少人数に抑えてるわ」

 

「つまり俺の神道無念流が期待されているという事か」

 

「将軍が紅茶飲みたいって手紙に書いてたから連れてきただけよ」

 

「茶葉とティーポット持って来いって言ったのはそういう事かよ、

 期待させやがってコンニャロウ」

 

「紅茶? 紅茶って何の事なの? 美味しいの?」

 

ただ1人紅茶を見た事も聞いた事も無い鞠が、興味津々といった表情で九十郎の顔を覗き込む。

 

「美味いぞ、飲んでみるか?」

 

「飲んでみたいの!」

 

「ははは、鞠みたいな素直な奴は嫌いじゃねえぞ。 良いよな、美空?」

 

「将軍に献上する分は残しておきなさいよ」

 

「俺がそんな初歩的なミスをするものかよ」

 

「柘榴も九十郎の紅茶、飲みたいっす!」

 

「あ、えっと……わ、犬子も欲しいです……」

 

「分かったよ、美空も飲むか?」

 

「そうね、頂こうかしら」

 

「4人分だな、お湯を沸かすからちょっと待っててくれ」

 

九十郎が大柄な体格に合った巨大なバックパックから紅茶を淹れるための道具を取り出し、火打石で手早く火を燃やす。

 

「もう少しで京に入るわ。 皆、自分の役割は覚えているかしら?」

 

「犬子は旅芸人です! 傘の上で升を回します」

 

「柘榴も旅芸人っす! 傘を回してる相方に升を投げるっす」

 

「犬子は肉体労働専門!」

 

「柘榴は喋るだけ!」

 

「「それでギャラは同じっ!!」」

 

練習してきた向上が見事に揃い、犬子と柘榴がハイタッチをする。

無駄にノリノリの2人である。

 

「旅芸人なの! ディアボロでジャグリングするの!」

 

無駄に器用な戦国蹴鞠ーガーが、ディアボロ(スタンド使いではない方)と言う名の新しい玩具を片手に張り切っていた。

 

「旅芸人だ、回転投げをしてからローリングクレイドルの体勢で真上にジャンプ、

 空中でパイル・ドライバーの体勢になり相手の脳天を地面に叩きつけた後、

 トドメに釣り天井固めをかける」

 

無駄に器用なマッチョがドヤ顔で自分の芸を示す。

しかし、その内容はただの風林火山(御家流ではない方)である。

 

「旅芸人の座長をするわ。 護法五神を呼び出して火の輪くぐりをさせるわ」

 

凄まじく他力本願な上に仏罰が下りそうな芸である。

 

「やっぱり旅芸人作戦、やめましょう。

 目立たずに町に入るための変装だけど、かえって悪目立ちするような気がするわ」

 

……ちょっと冷静になった美空が、この作戦の根本的欠陥に気がついた。

柘榴程ではないが、美空も結構ノリと勢いで突っ走るタイプである。

 

「美空様、そりゃないっすよ!」

 

「そうですよ美空様、犬子の長年の努力を否定する気ですか!?

 傘の上で升を回すのって大変だったんですよ!」

 

「お客さんに話しかけながら呼吸を合わせて升を投げるのも大変だったっす!」

 

努力の方向音痴である。

 

「美空ちゃん酷いの! 横暴なの! この日の為に徹夜で練習したのに!」

 

「嘘おっしゃい! 貴女は徹夜で遊んでいただけでしょう!」

 

「超えきさいてぃんだったの!」

 

なお、メンコもベーゴマも百戦百勝であり、道中の暇つぶしにと九十郎が作っておいた分は残らず鞠の手中に収まっている。

 

「ははは、お前らそろそろ紅茶を淹れるぞ」

 

「わぁ、良い匂いなの!」

 

そんなこんなで、5人(+軒猿数名)の旅路は続く……

 

………

 

……………

 

…………………

 

そして、美空達が京の街に入ったその日。

 

「犬子か?」

 

「く、久遠様……?」

 

遭遇した、前田犬子利家と織田久遠信長が、かつての主従が。

 


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