「ええ~、できねえのかよ~」
尾張、剣丞隊の長屋で、森長可・通称小夜叉が不満げに頬を膨らませていた。
「いえ、ですからね……私も昔は諸国を渡り歩いてきましたけど、
流石に鉄砲の中身までは知らないと言いますか、教えてくれなかったと言いますか……」
ぶった斬られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、木下秀吉・通称ひよ子がそう告げる。
「ころちゃん、その……昔の伝手とかで直す方法が分かったりとか……」
「いや急にそんな事言われても困るよ、ひよ。 そもそも……」
いきなり押しかけて来た小夜叉の応対をするひよ子と転子の視線が、鉄の筒に集まる。
「……そもそも、弾を籠めずに連発できる鉄砲なんて聞いた事無いんだけど」
小夜叉が持ち込んだ鉄の筒は、名を『ウィンチェスター・ライフル』と言った。
かつて九十郎が小夜叉に渡した未来の銃、時代考証に真正面から喧嘩を売るオーパーツである。
「いや、鉄砲を直せだなんて一回も言ってねえだろ。
オレはこの鉄砲に合う弾を調達したいんだよ」
「鉄砲に合う弾……ですか?」
「ここにある……えっと、
確かレバーっていう部分を下げると、次の弾が撃てるようになるんだけどよ、
九十郎が持ってた弾しか入らねえんだよ。
お前、九十郎の知り合いだったら、どこから弾を手に入れていたのか知らねえか?」
なお、ウィンチェスター用の弾丸は、全て九十郎の手作りである。
製作は全て三河でやっていたので、ひよ子は調達先も製造方法も知らない。
しかし、それを正直に言ったら斬り殺されかねない。
「そ、そうだ! 剣丞様なら何か知ってるかも!」
ひよ子は上司を生贄に捧げた。
剣丞にとっては災難な事であるが、責任者とは責任を取るために存在する。
「ちょ、ひよ!? それは拙いって!」
「大丈夫! それでも剣丞様なら……それでも剣丞様なら何とかしてくれる……!!」
「い、いくら剣丞様でも、連発できる鉄砲は知らないんじゃないかな……」
2人がそんな事をヒソヒソ声で語っていると……
「それ……もしかして、ウィンチェスター・ライフル?」
噂の人物の声が、小夜叉の後ろから聞こえてきた。
天から舞い降りた天人、織田久遠信長の夫、ひよ子と転子の上司、そして墨俣に一夜城を築き、竹中重治・通称詩乃を引き込み、稲葉山城攻略戦でも大きな活躍した男……新田剣丞の声だ。
「見た事の無い形の鉄砲ですが……剣丞様、何か知っておられるのですか?」
剣丞と共に散歩をしていた詩乃が、奇妙な形状の銃をまじまじと見つめる。
美濃一の知恵者と謳われた彼女であっても、ウィンチェスターは見た事が無い、聞いた事も無い。
「ああ、たぶんこれはウィンチェスター・ライフルだと思う。
秋蘭姉さんがこういうのが好きで、家に何個もコレクションしてるんだよ。
だから見た事が……」
そこまで言って、剣丞は気づく。
基本能天気で考え無しの九十郎と違って、剣丞は気づく。
「……何でウィンチェスター・ライフルが戦国時代にあるんだ?」
戦国時代にウィンチェスターは無い筈だと。
……
…………
………………
小波催眠洗脳強姦快楽堕ち(未遂)事件から1週間……
「蘭丸、蘭丸、蘭丸……うぅ~む……」
もう二度と腸内の洗浄せずにアナルパールは使うまいと固く誓った男、九十郎が頭を捻っていた。
道場の掃除が大変だったのだ。
「どうしたの九十郎? 悩みでもあるの?」
「おっぱいでも揉むっすか?」
犬子と柘榴が心配そうに九十郎の顔を覗き込んだ。
最早九十郎の巨乳好きはこの3人の共通認識になっている。
「柘榴様、それで元気になるのは九十郎だけです……ああそうか、九十郎だったっけ」
「おお、犬子も言うようになったっすね」
「ふふ~ん、いつまでも子供のままではいられませんから……って、違う違う。
蘭丸って確か、この間虎松ちゃん……
じゃなくて、新戸ちゃんがちょっと話に出してた人の事だよね?」
「どうも……どうにも引っかかるんだよな。 どこかで見た事があるような無いような。
確か戦国時代関係の本だったような気がするんだよな……」
「う~ん、犬子はちょっと心当たりが無いけど……柘榴様はどうですか?」
「柘榴も特に心当たりがねえっすね」
「あの話を聞く限り、催眠だの洗脳だのに特化したサイキッカーって事だろ?
流石にちょっと気になるんだよ」
「気になるなら、新戸ちゃんに聞いてみたら?」
「最悪、それも考えてるよ。 とは言っても、あいつここ最近顔を出してこねえんだよなあ」
「心配だよね」
「俺は心配してねえけどな、あいつ井伊の糞女の同一人物で、超強力なサイキッカーだろ。
ガチでやりあって勝てるのなんて遠山くらいのもんさ」
「遠山って人、そんなに強かったっすか?」
「武術の腕前って意味なら、眠利や鬼退治桃太郎先輩程じゃねえよ。
だが喧嘩慣れって意味ではアレの右に出る者は居ないね。
タクシーのドアに顔面を挟んだり、金網で顔面を摩りおろしたり、
歩道橋から投げ落としたり、その辺に落ちてた謎の薬品を口に突っ込んだり、
コンビニの電子レンジに頭突っ込ませて温めよろしく~とか言い出すタイプだな」
そんな人物が普通に北町奉行をやっている所が、大江戸学園の魔境たる所以である。
「一回、手合わせしてみたいっすね」
「やめとけ、やめとけ、あいつはむしろ戦った後が怖いんだよ」
地獄のお白洲送り……遠山朱金の無敵の必殺技を破った悪漢は一人もいない。
光璃、坦庵、九十郎トリオもかつてそれを喰らい、学園中のトイレ掃除をする羽目になったのは笑え……忌むべき記憶である。
「それより今思い出したいのは蘭丸だ、どっかで聞いたような覚えがあるんだよな。
ううむ、戦国DQNの関係者……だったような……」
「伊達政宗さん? 森一家? それか……」
「蘭丸は鬼子だ。 オレと同じ鬼の子、半分は人、半分は鬼の超生物、神話生物だ」
3人でうんうん唸っている所に、虎松……改め、井伊直政がひょっこりと戻ってくる。
「ああ、ちょうど良い時に戻って来たな。
鬼子……てのが何なのか知らんが、蘭丸ってのもお前と同じサイキッカーなのか?」
「オレと同じ鬼子で、オレと同じサイキッカーだ。
オレよりも能力の数が少ない、力も強くない、普通に戦えばまず間違いなくオレが勝つ」
「なんだ弱いのか」
それでも屑郎よりは強いぞと言いかけて、新戸が口を閉ざす。
そんな事を教えたら神道無念流ナメんな~とか何とか叫びながら、1人で突撃しかねないからだ。
「……アレはある1つの方向に能力が特化している。
普通に戦えばオレが勝つが、その能力はオレにも通用する」
「ワンチャンはあると。 で、その特化した能力が催眠って事か?」
新戸は平行世界の虎松達からの警告と、その時に見た悪夢のような光景を思い出し、深くため息をついた。
そして同時に、この世界ではあんな光景を再現させてたまるかと、1人静かに決意した。
「精神操作、記憶操作、催眠術、洗脳……強制発情……」
「ひでえラインナップだな」
そんなひでえ超能力を小波に使わせようとした男が言える台詞ではない。
「昨日の小波さんみたいにされるって事?」
「蘭丸なら、もっとずっと上手く、もっと手際良くやる。
蘭丸は精神操作の能力を使う時、セックスをして頭を快楽に染める。
頭の中が快楽に染まれば、精神操作に対する抵抗力が無くなってしまうから」
「エグいなおい」
そんなエグい超能力を小波に使わせようとした男が言える台詞ではない。
「悔しいが、オレはセックスが上手くない。
セックスをしながら精神操作に抵抗できる程器用でもない。
蘭丸とセックスするような事になれば、間違いなく負ける」
現に負けた、数多の平行世界のオレ達が……新戸は九十郎達に聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
「その……蘭丸さんって人? いや鬼なのかな?
今どこで何をしてるとかって分かる?」
「今はまだ、生まれていない。 この世界に蘭丸が生まれるかも分からない。
だが……森可成が鬼とセックスするような事態になれば、生まれてくる可能性がある。」
「セックスって、アレの事だよね……男女の営みと言いますか……
ううん、桐琴さんが鬼に負けたり、抱かれたりするなんて事あるのかなぁ……」
「いや、ねえんじゃねえかな……」
犬子と九十郎には、桐琴が……鬼より怖い森一家の頭領が鬼に敗れ、犯され、まぐわう姿がどうしても想像できなかった。
一方、新戸はかなり明確にその光景を想像できていた。
平行世界の他の虎松達からのテレパシーの中には、その光景が何度も何度も登場するからだ。
そしてその後、並行世界の虎松と多数の戦国武将達が犯され、精神操作を受け、蘭丸の操り人形のようになってしまう光景も……何度も何度も見た光景だ。
蘭丸に犯され、精神を掌握され、自我が完全に消滅する寸前の抗いがたい喪失感、無力感、そして吐き気がする程に強烈な享楽の奔流……並行世界の自分から送られてくる断末魔のようなテレパシーは、何度受けても慣れる事が無かった。
オレはもう駄目だ、他の世界のオレよ、どうかオレのようになってくれるな、どうか迂闊で無様なオレの分まで、屑郎を守ってくれ・・・・・・そんな祈りを込めたテレパシーを受ける度に、新戸は胸を締め上げられるような痛みを感じるのだ。
「そういえば、さっき言ってた戦国どきゅんって何の話だったっすか?
伊達の所にどきゅんさんがいるっすか?」
「ああ伊達政宗か、そいつは……クッキング大名になる」
九十郎は心底どうでも良い情報をドヤ顔で言い放った。
「くっき……九十郎、料理は武将の嗜みっすよ」
「そして横山光輝が漫画を描く」
九十郎は横山光輝ファン以外には欠伸が出る程にどうでも良い情報をドヤ顔で言い放った。
「そりゃ凄いっすね。 ウチの御大将は漫画になってるっすか?」
「武田信玄は書いていたな、だが上杉謙信は書いてない」
「それ、御大将には聞かせられねえっすね……」
そんな事を話していると……
「へぇ、横山光輝は武田信玄を書いても上杉謙信は書かないの……」
3人はぞくりと、背中からTHE・不機嫌な気配を感じ、ゆっくりと後ろに振り返る。
「別にねえ、400年後の歴史作家にどう思われてようが私は気にしないけど……
全然、全く、これっぽっちも気にならないけどねえ……
そうなの、武田信玄は描く気になるけど、私は描く気になれないの……ふぅ~ん……」
にこにこと笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
「お、御大将……」
「美空様、これはその……」
「ぶっちゃけ死に方が情けねえからじゃねえの」
美空が無言で九十郎のスネを蹴たぐった。
九十郎は無駄に頑丈なのであんまり効かなかったが。
「御大将、何かあったっすか?」
「あったと言えばあったわね。 ちょっと遠出をするからお供しなさい。
紅茶の茶葉と、淹れるための道具も持ってきて」
「柘榴は別に構わないっすけど、秋子には伝えてあるっすか?」
「大丈夫大丈夫、その辺はキッチリやってあるから。 犬子と九十郎も同行してもらうわ」
「犬子もですか?」
「ああ護衛か、俺の神道無念流が必要なのか。 それじゃあ仕方ねえな」
九十郎がニヤニヤしながら剣を鍔鳴らせる。
こういう荒事は九十郎的には大歓迎なのだ。
「必要なのは神道無念流じゃないのだけど……まあ、その辺は道中で話すわ。
とにかく、今から京都に行くわよ」
……
…………
………………
その後……
「レエエエェェェーーーツ! パジャアマァパーリイイイィィィーーーッ!!」
ある日の夜、京都に向かう道中にて、やたらハイテンションなマッチョが雄たけびを上げる。
「マジャーマァーパーリィー! なの!」
小柄な少女がハイテンションでそれに乗っかる。
「ねえ、犬子……こういう時、どういう顔をすれば良いのか分からないわ」
引率の先生……もとい、長尾美空景虎は乾いた笑いをしていた。
「諦めましょう、美空様。 犬子はとっくの昔に諦めました」
「パジャーマァパーリィーっす!!」
「柘榴しっかりしなさい! あの謎空間に呑まれちゃ駄目よ!」
「御大将、肩まで浸かってしまえば、案外心地良いっすよ」
「柘榴、私は貴女程割り切れないわ」
「国主って大変っすね」
「いえ国主とか関東管領とか関係無しに」
正直な話、九十郎の持つ独特のノリは嫌いではなかったが、それに肩まで浸かる勇気までは無い。
「鞠、今回の旅路の目的、忘れた訳じゃないわよね?」
やむなく美空は鞠……駿河今川家を継ぐ者、今川氏真に声をかける。
「大丈夫、覚えているの。 将軍様にごめんなさいするの」
「そうよ。 義元……この間戦死した貴女のお母さんは、軍勢を率いて京へ押し入り、
将軍足利義輝とそれに連なる者達を全員殺すか拉致して、
自分が将軍になり替わろうとしていたわ」
「うん……鞠はその話、反対してたの……」
「聞く所によるとそうらしいわね。 だからと言うかどうかは知らないけれど、
義元は自分に万一の事があった時の備えも兼ねて、貴女を駿河に残していた」
「うん、そして生き残ったの……」
「あのやり方が良くないとは思っていたし、私も反対だって手紙を送ったわ。
だけど義元は義元なりのやり方で、
こんな屑しかいない糞みたいな時代をまだマシな方向にもっていこうとしていた。
そこだけは忘れちゃいけないわ。
一葉様と双葉様を殺すか拉致監禁するってやり方はどうしても気に入らなかったけど」
少なくとも我欲100%で無差別に殴りかかってくる(と、美空は思っている)武田に比べれば、10倍も20倍も好感が持てる人物であった。
「そうかもしれないの、でも……」
「じゃあ貴女が義元の立場だったらどうしていた?」
「え……それは……」
そう言われ、鞠は考える。
自分ならどう乱世を……糞みたいな時代をどうにかするかを。
考える、考える、考える……
「必死になって考えているのは評価するわ。
でもね……国の主というのは、大将というのは、言われてから考えるのではいけないの。
常に考え続けなければいけない、自分はどうするべきかを。
言われてから初めて考え始めるのは、本当は良くない事なのよ」
「う……」
そう言われ、鞠は気づいた。
義元のやり方……兵を率いて上洛し、現将軍を殺す案を良くないと非難しておきながら、自分ならどうするかを考えた事が無かったと。
「殺すのではなくて、話し合って……」
咄嗟に、そう答えた。
「そう、まず誰と話をするの? どんな話を持ち掛けるの?」
美空は即座にそう尋ねた。
鞠が苦し紛れの思いつきを口にしている事なんてお見通しだと言わんばかりに。
「え、えっと……それは……いろんな人に……」
「天下の諸侯を一堂に集めて説得するの? 喧嘩は良くないって?
天下の諸侯って何人いるの? 来てくれって頼んできてくれる人は何人?
どこに集めるの? 護衛はどのくらい必要? 費用は誰が出すの?
どうやって集めるの? そもそも誰にどれだけの税を課しているのか把握している?」
「う……ええっと……」
次から次へと出てくる疑問、質問に対し、鞠はたじろぐ。
母・今川義元ならば、どんな問いかけがあろうともたじろぐ事は無かった。
何が起ころうと、どんな事があろうとも、堂々としていた。
少なくとも、鞠の記憶に残る母の姿は、そういうものであった。
「おい美空、あんまり鞠を苛めるなよ」
「苛めじゃないわよ。
この娘の教育係から頼まれたの、道中で党首の心構えを教えてくれって」
「柘榴も柿崎家の主っすけど、そんな細かい事まで気にしてねえっすよ」
「鞠、柘榴の言う事は全部無視しなさい。
部下としては裏切る心配が無くて安心できるけど、党首としては致命的よ」
「大丈夫っす、柘榴は頂点奪るような器じゃないっすから」
「頂点を奪る器じゃない……」
「こらぁーっ! 鞠に変な影響が出るからそれ以上言うんじゃないわよぉっ!
鞠! 本気にするんじゃないわよ! 朝比奈泰能が泣くわよ!」
「考えておくの。 鞠は……鞠はまだ、未熟者だから」
「自分が死んだ後の事を考えていないのは、義元の失策だったわね」
「織田に負けて討ち死にとか普通予想しないっすよ」
「そりゃそうだけどね」
久遠の桶狭間で見せた奇襲殺法は、戦国時代に生きるあらゆる人物の予想を覆し、その計算を多かれ少なかれ狂わせている。
それが良い事なのか、悪い事なのかは……今はまだ、語るべき時ではないだろう。
「それより今日はパジャマパーティだ。 野暮な事は無しにして遊ぼうぜ」
「あんたねぇ……」
「その辺、一朝一夕じゃ身につかないっすよ。
焦らずゆっくり昼寝でもするのが健康の秘訣っす」
「あんたらねぇ……」
「将軍に遊んでもらおうと思ってバトルドームを持って来たんだ。
せっかくだから5人で遊ぼうぜ」
「ば、ばとるどぉむ……? また妙な単語が出てきたわね……
正直あんまり聞きたくないけど、一応聞いておくわ、何よそれ?」
「バトルドーム!! ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!
超! エキサイティン!!」
そんな戦国時代の人間にとっては意味不明で理解不能な台詞を言いつつ、九十郎は手作りの玩具を鞄から取り出した。
バトルドーム……それはかつて武田光璃が、テレビCMの妙なテンションが気に入って衝動買いしてきた子供向け玩具である。
戦国時代に手に入る材料で作れなくも無いので、出発の前日に夜なべして作っておいたのだ。
「楽しそうなの!」
「私は頭が痛くなってきたわ……」
「犬子達と空さんで一回遊んでみたんですけど、楽しかったですよ」
「あんたら他人の養女に何をやらせてるのよ!」
「まあまあ、御大将も一回遊んでみると良いっす。 超エキサイティンっすよ」
そんな事を言いながら、柘榴は美空を、九十郎は鞠をバトルドームの傍に座らせた。
「一回戦は俺と柘榴、美空と鞠の4人でやるか。 最下位になった奴は犬子と交代。
そこからは適当にローテーションさせながら遊ぶぞ」
「今日は負けないっすよ、九十郎! 猛特訓で編み出した柘榴の必殺技を見せてやるっす」
「くっくっくっ……この斎藤九十郎がバトルドームにおいて、
貴様なんかとは年季が違うって事をこれから思い知らせてやる」
バトルドーム如きにマジになる大の大人がいた。
「鞠も負けないの!」
「はいはい、全く……少しだけ付き合ってあげるわよ」
その日、今川鞠氏真は第一回バトルドーム大会の覇者という称号を得た。
途方も価値のない錆びた偽物の金塊と同レベルの無価値で無意味な称号であったが……鞠にはキラキラと輝く宝石よりも得難いものに思えた。
「ところで……九十郎、貴方鞠に対して全然遠慮とか配慮とか無いわよね。
歴史上の人物に対しては遠慮するタイプだって前に言ってなかったかしら?
あの娘、ああ見えて従四位下、治部大輔……
私が従五位下だから、私よりも官位では格上なの」
バトルドームをガシャガシャと操作しながら、美空が九十郎に尋ねる。
無論、鞠には聞こえないような声量で。
「そりゃ俺だってな、前田利家とか、山県昌景とか、上す……長尾景虎とか、服部半蔵とか、
そういう有名所にはそれなりに委縮するさ」
なお、九十郎は柿崎景家……つまり柘榴は歴史上の偉人と思っていないし委縮もしていない。
「じゃあ何で鞠には無反応なの?」
「戦国蹴鞠ーガー相手に委縮する奴なんていねえよ」
九十郎はへっと笑ってそう答えた。
九十郎のイメージ的には、『まろの華麗な足技とくと見るでおじゃる!』とか言いながら蹴鞠をする武力1、統率1の雑魚である。
とりあえず九十郎は鞠に土下座して謝るべきである。
「じゃあ貴方、鞠と手合わせしてみなさい」
バトルドームの操作をピタリと止め、美空がにや~っと笑いながらそう言った。
……
…………
………………
「……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?
この俺が!? 神道無念流が!?
まさか……まさか戦国蹴鞠ーガー如きに敗れるとは……」
5分後、戦国蹴鞠ーガーに無様に敗れるクソ雑魚ナメクジが倒れ伏していた。
「九十郎、相手を過小評価し過ぎっす。 普段の半分も動けてなかったっすよ」
「今のが実戦でなくて良かったわね。 実戦だったら死んでいたわよ」
柘榴と美空から辛辣なコメントが飛んで来る。
その位、今日の九十郎は無様な負けっぷりであった。
「えっと……その……大丈夫だよ! 九十郎は一度や二度負けたって恰好良いから!」
「あ、あの……腕力は凄かったの、隙だらけだったけど」
柘榴と美空がケラケラと笑い、犬子と鞠が必死になって微妙にフォローになってないフォローをする。
端的に言って混沌とした光景である。
「ふ、ふふふ……潔くこの場は俺の負けを認めよう、
所詮は戦国蹴鞠ーガーと侮っていた俺の不明を詫びよう……だがしかし!
この俺に勝った程度で神道無念流を制したと思うなよぉっ!!」
負け犬が遠吠えを始めた。
「おめぇの出番だぞ、犬子!!」
貴様はどこのカカロットだ。
「はぁ、しょうがないなぁ……負けても怒らないでよ、九十郎」
犬子は表面上は平静を装いながらも、内心ではウキウキしながら竹刀を握る。
久々に愛する人に……九十郎に頼られたのだ、嬉しくない筈が無い。
そして心の中で決意していた、絶対に負けられないと。
「うん、確かに……強いの、恐ろしく強い」
鞠は犬子の立ち振る舞いを見て、筋肉の付き方を見て、即座に理解した。
相手は実力者だと。
ほんのひとかけらでも油断すれば瞬時に敗れると。
全身全霊を傾けて挑んだとしても、なお劣勢であると。
格上の存在だと……
「勝負っ!!」
「参るのっ!!」
一方、九十郎は戦国蹴鞠ーガー以下という現実に打ちのめされ、隅っこで体育座りをしていた。