美空達は無人の葛尾城と砥石城を確保し、方々を探し回って散り散りになっていた村上の家臣団や領民を掻き集め、美空の求める天下の絵図面……再び足利一強の時代に戻す構想への協力と引き換えに、城や領地を村上義清に返還した。
それから幾許かの時間が過ぎた。
九十郎はドライゼ銃とハーバー・ボッシュ法による硝酸カリウムの量産計画を進めていた。
武田や北条に情報を抜かれないよう、細心の注意を払いながら……少しずつ少しずつ計画は進められていた。
「さらば斎藤龍興、謹んで冥福を祈る」
「蝮の孫のあっけない最後だったっすね」
最新の織田久遠信長情報を聞き、九十郎は静かに龍興の冥福を祈った。
「九十郎、まだ斎藤龍興さんは死んでないよ。
久遠様に負けて、美濃から逃げ去ったってだけで」
犬子が苦笑しつつ補足する。
「死んだも同然だろ」
「それは……それはまあ、否定できないかもだけど」
「俺も昔は斎藤姓だったから思う所が……いや、無いな、全く無い」
薄情な男である。
「九十郎って、斎藤姓だったっすか?」
「昔はな、と言っても前の生での話だが」
「未来の……ええと……」
「大江戸学園」
「そう、それっす。 大江戸学園で生きてた頃の話しっすか?」
「九十郎って実は結構良い家の生まれだったりするっすか?」
「あ、それは犬子も気になるかも」
「セカンド幼馴染はかなり歴史のある家の生まれだったらしい。
だが俺は前の生も今生も、歴史も権威も全然無い普通の家庭の生まれだよ」
ファースト幼馴染の方は武田信玄の生まれ変わりなのだが、九十郎は全く気付く様子が無い。
「そうっすか……それじゃあ一旦どっかの養子にする必要があるかもっすね……」
「養子って、誰が? どこに?」
「九十郎の話っすよ、どこにするかはまだ検討してるとこっすけど」
「何で俺が養子に行かなきゃいかんのだ」
「夫婦になるには家の格に隔たりが大きいっすから。 昔から良くある手っすよ」
「……俺が? 柘榴の?」
九十郎がちょっと意外そうな顔をする。
この男が柘榴を抱いた回数は既に10回以上になるのに、九十郎は無意識の内に『結婚』の2文字を頭の隅に追いやっていた。
「そっちが柘榴を九十郎色に染めたっすよ。
正直な話、もう九十郎抜きの人生とか考えられねえっす。
だから名実共に柘榴の家族にって……考えてるっすけど、九十郎は嫌だったっすか?」
「嫌じゃねえさ、嫌じゃ……だが……」
九十郎は言葉を濁し、犬子の方を覗き見る。
柘榴を娶る事に関しては、九十郎的に異存は無い……それどころか、あのエロボディを合法的に好き勝手にできるとか最高じゃねえかげっへっへっへっへっ、とか何とか考えている。
とことんまでゲスい男である。
ただ、それを言うと犬子も……歴史上の偉人である前田利家も一緒に娶らないといけないような気がするので、今まで考えるのを避けていたのだ。
「犬子は、その……九十郎が嫌じゃなきゃだけど……」
「側室でも妾でもって話だろ。
いや……だが、前田利家を妾にするって、結構度胸がだな……」
「度胸って……言いたくないけど、今の犬子は加賀百万石でも何でもないんだよ。
あんまり気にしなくて良いと思うけど」
「俺は気にするんだよ」
「何言ってるっすか九十郎、当然犬子も一緒にっすよ!」
「いや、だがな……ところで、さっき言ってた養子の話、どういう感じで進める気なんだ?」
追い詰められた九十郎は露骨に話題を逸らした。
「応仁の乱以降、中央に税を納める大名なんて数える程しかいないから、
名門貴族様は揃ってド貧乏っす。
それなりに銭を積めば適当な家の養子にするなんて簡単で、官位だって……
まあ、そういう所が中央の権威を下げてるって話もあるっすけど」
「地位と名誉が金で売り買いされるようになったらお終いだぞ。
そういうのは万国共通だからな」
「そっすね……御大将は取り返しがつかない位に権威が崩れる前に、
権威と釣り合いのとれる位の実力を備えさせたいって言ってるっすけど」
「んな面倒な事する位なら、いっそ上杉謙信が将軍になっちまえば良いんじゃないのか?」
「それを考えて、実行に移そうとしたのが今川義元っすよ。
御大将も、やり方は賛成できないけど、目的は正しいって常々言ってたっすから。
義元公が討たれて、天下太平は100年遠ざかったって……」
「心配するな、その辺はひよ子がどうにかするさ」
ひよ子がどうにかした場合、その後に待つのは朝鮮出兵と関ヶ原である。
「ねえ九十郎、犬子は正直、ひよ子が戦乱を納めるって話、今でも信じられないんだけど」
「日本史は正直疎いから、ひよ子がどうやって天下を取ったかは説明できん。
墨俣に一夜城を作ったのも、ひよ子じゃなくて新田剣丞って奴の手柄になってたしな」
「でも、ひよ子と蜂須賀小六さんっていう野武士の人が参加してたんでしょ?
そこは九十郎の言ってた通りだったよ」
「しかしなあ……新田剣丞、新田剣丞……駄目だ、やっぱり思い出せん。
誰なんだ新田剣丞って?」
「織田信長の夫になったって噂っすね」
「空から光と一緒に降りて来たって噂もありますよ、柘榴様」
「ははは、異世界転生もののラノベか何かかよ……
と言いたい所だが、前世の記憶がある俺がそれを言う資格は無いか」
「新田剣丞もハーバー・ボッシュ法を知ってるっすかね?」
「新田剣丞が俺と同じ未来人なら、もう少し色々動くと思うがな。
それに戦国時代で調達できる材料でハーバー・ボッシュ法を実行する方法なんて、
現代社会では何の役にも立たない知識を知ってる奴、
俺とファースト幼馴染以外にいるとも思えん」
そんな頭のイカれた知識を追い求める現代人なんて、武田信玄くらいのものである。
そんな事を話していると……
「クズロー、名前、ツケテクレ」
いつの間にやら練兵館に入り込んでいた虎松が、九十郎にそう告げてきた。
「……誰が誰の名前をつけるって? てかお前どこから入って来た?」
「普通ニ、玄関カラ」
「おい柘榴、お前今朝戸締りしたか?」
柘榴は視線を逸らした。
「お前な……」
九十郎が呆れた顔を柘榴に向ける。
「クズロー、ソレヨリ、名前ツケテクレ」
「名前って、何で俺がそんな面倒臭い事をしなきゃいけないんだよ」
「必要ダ。 名前……クズローニ、ツケテホシイ」
九十郎が心底面倒臭そうに頭を掻く。
正直、突っぱねて帰らせたい気分だったが、虎松はこうなると梃子でも動かない事を経験上知っている。
「メキシコに吹く熱風という意味で……いや、それじゃ面白みが無いから……」
結局、九十郎は素直に虎松の名前を考える事にした。
とっとと終わらせて、とっとと帰らせようという魂胆だ。
「名前って、どういうのが良いっすか?」
「通称デ良イ、オレノ呼ビ名、必要。 他ノオレト、違ウ名、区別ノ名……必要」
「ああ、通称で良いのか。 んじゃ適当に……ニートで良いんじゃね」
九十郎は適当極まりない通称を押し付けた。
「ニート?」
「そうそう、ロクに役に立たないくせに飯だけは食いまくるお前にピッタリだ。
漢字だと……そうだな、新しいに、戸棚の戸でニートって事で」
酷過ぎる名前である。
誰が聞いても酷過ぎると感じる名付け方であったが……それでもなお、虎松は笑った。
「ソウカ……新戸カ、新戸ナンダナ、オレハ……オレハ新戸デ良インダナ……」
心の底から嬉しそうに笑った。
これで自分は『新戸』 だと、他のどの自分とも違う、たった一人の『新戸』なのだと……
そして……
「超おおおぉぉぉ~~~絶ぅっ!! し・ん・かあああぁぁぁーーーっ!!!」
次の瞬間、虎松が爆発した。
ウルトラマンガイア最終回、バーストストリームを叩き込まれたゾグ第2形態のように、まるで体の内側に火薬でも満載していたかのように、爆音と爆炎を伴って虎松の身体がバラバラになった。
犬子も、柘榴も、九十郎も驚きのあまり大きく目を見開いた。
虎松が突然爆発四散したためではあるが、それだけではない……もうもうと立ち込める煙の中に、虎松とは違う人影が見えたからだ。
虎松と同じ、白銀の髪をした女性がいた。
骨が浮き出る程にガリガリに痩せ、いつも餓死寸前かと見間違うまでにやつれていた虎松と違い、肌や髪に艶があった。
幼児体型の虎松と違い、スラッとした長身の女性であった。
ただし、誰が見ても分かる位のド貧乳であった。
「ふふふ……ふふははは……ふはぁーはっはっはっはっはぁっ!!
はぁーはっはっはっはっはぁっ!!」
そして高笑いをしていた。
マッパなのに高笑いをしていた。
その声は虎松の声に良く似ていたが、虎松と違って活舌が良かった。
「え……あれ……誰なの、あの人? 虎松ちゃん? 虎松ちゃんなの!?」
「いや、柘榴にも何がなんだか……
人間がいきなり破裂して、中から別の人間って、訳が分かんねーっす」
犬子と柘榴は、純粋に混乱していた。
人間が爆発して、謎の全裸が高笑い……混乱しない方がおかしいだろう。
だがしかし、九十郎はその全裸に見覚えがあった。
故に驚いて、戸惑っていた。
あいつが戦国時代に居る筈がないと……
「て、てめぇは……井伊の糞女……」
そう……かつて大江戸学園の斎藤九十郎が運営していた道場、練兵館を2度も破壊し、九十郎をナチュラルに屑呼ばわりし、尚歯会事件にガッツリと関わり、最終的に遠山朱金と夕暮れの河原で殴り合い……勢い余って殴り過ぎたらしく、そのまま死亡した筈の糞女であった。
「何でてめぇがこっちにいるんだ糞女ぁっ!! 死んだ筈だろてめぇっ!!」
今にも斬りかからんばかりの勢いでそう詰め寄る。
「いきなりご挨拶だな屑」
「他人をナチュラルに屑呼ばわりする所はあの糞女そのままだな!」
「とと、いけないいけない、つい癖で……これじゃ向こうのオレの二の舞になる。
く、くずろ……くじゅ、くじゅ……クジュロ」
「何だそのイントネーションは、俺はパジェロか!?」
「クジュロ、くじゅ、く、くず……妥協して屑郎じゃ駄目か?」
「駄目に決まってんだろ!」
「お前の名前、言いにくい」
「犬子も柘榴も普通に呼んでるぞ」
「発声器官が人間と少し違う、言いにくい言葉があるのも仕方がない」
「ははは、その言い訳は斬新だな。 斬新すぎてぶった切りたくなる」
「九十郎、流石に可哀想だよ。 虎松ちゃん……虎松ちゃんだよね?
裸のままじゃ風邪ひいちゃうからさ、服を持ってくるから着なよ」
「いや、虎松じゃないぞ」
「え、違ったの? じゃあ、えっと……なんて呼べが良いのかな?」
「名前を得て、進化を果たした今のオレは井伊直政……通称は新戸だ」
全裸の女性が、そう言ってニヤリと笑った。
「井伊……直政……? 徳川四天王の一人、あの糞女のご先祖じゃねえか!?」
「先祖ではないぞ、対外的には先祖で通していただけだ。
数千年も老いもせずに生き続ける人間はいないからな」
「良く分からんが……何でも良いからとっとと服を着ろよ服を。
公然わいせつでとっ捕まるぞ」
九十郎がドヤ顔の新戸の後頭部をどついた。
「屑郎、痛いぞ……」
新戸の顔は、少しニヤけていた。
……
…………
………………
とりあえず練兵館の奥に引きずり込み、服を着せた。
全裸の女性に長々と居座られると世間体がアウツになりかねないからだ。
「つまり、今までの話を総合するとだ……
今までずっとサナギマンだったと、そういう事か?」
九十郎が頭を押さえながら、虎松……改め、新戸からの話を思い返す。
端的に言って意味不明な話であった。
「さっきまでのオレは、休眠に適した身体をしていた。
身体の機能をギリギリまで削って、長期間飲まず食わずで眠り続けるためにだ」
「……そういえば最初に会った時、木乃伊みたいにカラカラに乾いていたよね」
SANチェックが入りかねない光景である。
「目覚めてからオレは、削ぎ落としていた機能を戻すために身体の構造を作り変えていた。
それは昆虫がサナギになっている時、自分の身体を一度ドロドロに溶かし、
それを材料にして成虫の身体に作り変えるように……」
「要はサナギマンになってたって事だろ」
「屑郎がそう言うのなら、それで良い。
とにかくオレは、身体を作り変えるのにエネルギーの殆どを費やしていた。
だから超能力の種類も制限されていたし、出力も燃費も悪かった」
「今は大丈夫って事っすか?」
「完全じゃないが、改善はされた。 オレは本来、もう少し後に目覚める予定だった。
後醍醐……優れた才能があったばかりに狂ってしまった可哀想な奴が、
森小夜叉長可に斬られて死んだ後に目覚めるつもりだった。
中途半端な時期に無理矢理活動を再開したから、身体のアチコチにガタがきている。
だからオレは、他の世界のオレよりも、少しだけ弱い」
「他の世界にもてめえみたいなのが大勢いるってか?
大江戸学園の糞女がゴキブリみてえにウジャウジャいるとか想像したくねえな」
「いいや、一つの世界に一人ずつだ。
あっちの……大江戸学園のオレも、今ここに居るオレも、同じオレだ。
並行世界の同一人物という関係になる」
「だからあの糞女と瓜二つなのか」
「ああ、そうなる」
「俺の道場も2回もぶっ壊した糞女とは別人になるか」
「名前も違う。 こっちのオレにはオレだけの名前がある、ついさっき名前を貰った。
新戸という名前がある、他の世界のどのオレとも違う、オレだけの名前だ」
「そうかそうか、そいつは大変だな」
憎き仇敵とは別人と分かり、九十郎は急速に新戸への興味を失いつつあった。
「とりあえず燃費が改善されたって事は、
今後はウチの家計を逼迫させる勢いで食う必要は無い訳だな?」
「そうだ。 だけど、食事を恵んでもらうのは続けてほしい。
オレは他人から恵んでもらった食事以外は食えない、身体が受け付けない」
「なんだそりゃ?」
「そういう生態、そういう体質だ。 自分でも面倒臭いと思っている」
「ははは、つまり今までとほぼ変わらねえって事じゃねえかふざけんな」
「超能力って、どんな事ができるっすか?」
「色々だ」
「色々だな、こいつディック牧みてえに色々使えるんだよ」
「おお、言葉の意味は分からないっすけど、それは凄そうっすね」
「言っておくが、戦争に超能力を使う気は無いぞ。
化外は化外、人は人、化外が人の世をどうこうするのも、
化外が人に力を振るうのも良くない。
人が自分の都合を化外に押し付けるのも、良くない」
「ありゃ、武田やっつけるのを手伝って……とか、駄目っすか?」
「鬼が出たら戦う、化外は化外、人の世に関わらせない。
後は、屑郎に敵意ある奴を排除する、1人や2人の死人はやむを得ない。
他は期待しないでほしい。 オレの能力で人の世が変わるのは、良い事じゃない」
「それなら、美空様には黙っていた方が良いっすね。
あの人の性格上、使える物を使えないのは面白くないって絶対言うっすから」
難儀な性格であるし、それは本人も自覚している。
しかし、今までずっと胃をキリキリと痛め、数えきれない程の犠牲を払いながら武田晴信と凄惨な殺し合いを続けてきた美空にとって、使える者をあえて使わないのとは、今までの犠牲者達に対する侮辱のように感じてしまうのだ。
「さらに屑郎から名前を貰って進化したオレは……
そうだな、例えば……こういう事ができる」
新戸が何も無い壁を見つめる。
九十郎達3人が視線を追うが、何度見返しても壁があるだけに見える。
「おいこら糞ニート、何の冗談だ?」
「少し静かに……射程距離ギリギリ、近く範囲ギリギリにいる……
精神を集中させないと……」
死んで腐ってしまった魚の目のような濁り切った瞳がルビーのように紅く輝く。
新戸の老婆のような白い髪が鮮血と同じ色に染まり、木々がざわめき、空気が揺れた。
「何言ってんだお前、中二病か?」
能天気な九十郎が呆れ顔でそう問いかけるが、新戸の顔は真剣そのものであった。
そして……
「捕まえ……たぁつ!!」
きゃっ! という少女の驚きと戸惑いの声がした。
ずざざざざぁーーーっ! という人間が地べたを引きずられる音がした。
どがぁんっ! という大きな音を立て、少女が格子窓を突き破り、練兵館に飛び込んで来た。
「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!! 俺の道場がぁっ!?」
女の子が突っ込んで来た事よりも、道場が壊れた事を気にする男がいた。
「九十郎、驚く所そこじゃないでしょ!! この娘……小波さんだよ!?」
「へ? えっと……おお、小波じゃねえか、何やってんだお前?」
「え……いえ、あの、これはその……ち、近くを通りがかったので様子を見に……」
戸板を突き破り、練兵館に飛び込んで来た少女……犬子と九十郎は、その顔に見覚えがあった。
かつて三河で歌夜と綾那を相手に神道無念流をやっていた頃、はす向かいに引っ越してきて、時々夕食の御裾分けとかをしたりされたりした少女……小波であった。
「……透視と、念動力だ。 以前よりも射程も精度も上がっている。
どうだ屑郎、少しは見直したか? 褒めても良いんだぞ」
「小波を実験台にするなよ、この馬鹿!」
九十郎は新戸の後頭部を思い切りドツいた。
「新戸ちゃん、通りすがりの子に酷い事をするのは駄目だよ」
「通りすがりじゃない、こっちの知覚範囲ギリギリ、しかも木の上から様子を伺っていた」
「……は?」
「へえ、もしそれが本当なら、まるでどこかの間者のような行動っすね」
柘榴と九十郎が疑念の目を小波に向ける。
「小波さん、そうなの?」
犬子は信じられない、信じたくないといった表情で、小波を見つめる。
「い、いいえ、誤解です。 私はただ……」
小波がそんな弁明の言葉を述べ、それが終わらぬうちに……
「させんっ!!」
……新戸の念動力が再び小波を捉え、浮遊させ、弾丸ライナーのような速度で練兵館の神棚に頭から突っ込ませた。
「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!! 俺の道場がぁっ!?」
九十郎はいつも通りである。
「新戸ちゃん!?」
「今、こいつは超能力を使おうとした。 こいつはテレパスだ。
精神を集中させて、何か情報を伝えようとした」
「だからっていきなりアレは酷いよ!」
九十郎が壊れた道場に頭を抱え、犬子が新戸に抗議する中……柘榴は腰に掃く刀を抜いた。
「今、壁に叩きつけられる寸前に、受け身をとったっすね?
ただの町娘にしては動きに迷いが無かったっす。 あんた、何者っすか?」
柘榴だけが小波を知らなかった。
柘榴だけが小波の一瞬の防御反応を見逃さなかった。
ゆっくりと、ゆっくりと、最大限の警戒をしながら倒れ伏す小波に歩みを進める……
「……くぅっ!!」
直後、小波が起き上がり、柘榴と新戸に向けて手裏剣を投擲する。
「やっぱり間者だったっすか!!」
高速で飛来する手裏剣を柘榴が斬り払い、練兵館に火花が飛び散る。
直後、小波は服の下に隠した短刀を抜き、全速力で走る。
2度に渡って小波を掴んだ不可視の力場、それに対抗する手段が思いつかない、
今は勝てない、今は逃げるしかない……逃げて情報を持ち帰るのだ。
故に走った、先程自分が練兵館に突っ込んでいった際にできた穴に向かって……しかし。
「……遅い」
……3度不可視の力場に、新戸の念動力に捉えられる。
半人半魔の超生物の視界から逃れられる程の速度が出なかった、だから捕まった。
「う、動け……な……」
全身が硬直していた。
まるで身体中が隙間無く石で包まれたかのように、生き埋めにでもされたかのように、全く動けなくなってしまった。
「御家流を使おうとするなよ。
オレには分かるし、思念を飛ばされる前にお前の首を捩じ切る事もできる」
硬直したまま、小波の身体が浮かび、九十郎達4人の前まで連れてこられる。
どうにか拘束から逃れようと、小波は全身に力を籠めるが……無駄な無力な抵抗であった。
「知ッテイル事、全テ話セ」
新戸の灰色に濁っていた瞳が、血のように紅く、ルビーのように妖しく輝いた。
その言葉が、小波の魂を槍のように刺し貫いた。
小波の意識が遠のく、遠のく……抵抗しようという意思が消え、新戸の言葉に従い……
「……ぐぅっ! ああぁっ!!」
……咄嗟に唇を噛み締めた。
血が噴き出る程に強く噛み、激痛で意識をハッキリとさせた。
そうしなければ、そのまま意識を失い、自分の全てを語ってしまっていた、主君・松平葵元康を裏切ってしまっていた……小波はそんな気がした。
「抵抗した、か。 流石のオレでも、テレパスの心までは読めない。 どうするか……」
新戸がどうしたものかと考えを巡らせる。
目の前の人物が服部半蔵……松平に仕える優秀極まりない忍者である事は、かつて別の世界の自分から教えて貰った。
それ故に知っている、そう簡単に懐柔できるような人物ではないと。
「おい糞ニート、お前さっき、人の世に関わりたくないとか何とか言ってなかったか?」
「こいつは片足を人外の領域に踏み込んでいるからセーフだ」
「意外と融通効くんだな」
「屑郎を守るためならな」
「それでどうする気っすか? 他国の間者は、見つけ次第殺すのが定石っすよ」
「え……? 殺しちゃうんですか、柘榴様。
小波さん、結構優しくて良い人だから……その……」
「間者相手に下手な情けは禁物っすよ」
「く、九十郎……」
犬子が助けを求めるように九十郎の名前を呼ぶ。
「いや俺だって小波を殺したいとは思ってねえよ。
だが……柘榴の言う事も間違っちゃねえと思うぞ……」
「そうだけど、そうかも知れないけど……」
殺すしかないのか……そう犬子と柘榴と九十郎がそう考えた時……
「屑郎、マジカルチOポに興味無いか?」
新戸が小波の豊満な胸を……九十郎が好みそうな女体を見つめながら、
その瞳を紅く輝かせながら、そう告げた。
九十郎がごくりと唾を飲み込んだ。