戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第34話、第35話にはR-18描写があるため『犬子と九十郎(エロ回)』に投稿しました。
第35話URL『https://novel.syosetu.org/107215/9.html

第37話にはR-18描写があるため『犬子と九十郎(エロ回)』に投稿しました。
第37話URL『https://novel.syosetu.org/107215/10.html


犬子と柘榴と九十郎第36話『葛尾城攻略戦(前編)』

「犬子ぉっ!」

 

「わんっ!」

 

「柘榴ぉっ!」

 

「気合十分っす!」

 

「よっしゃあ! 俺達ゃパートタイム越軍先手組! 気張って行くぜぇっ!!」

 

「おぉーーーっ!!」

「おぉーーーっす!!」

 

犬子と柘榴と九十郎が剣を天高く掲げる。

柘榴率いる先手組がそれに倣って各々武器を掲げ、鬨の声を上げる。

なお、柘榴はパートタイマーどころか先手組の大将であり、犬子と九十郎も正規雇用だ。

 

九十郎はパートタイムという語感の響きが気に入っている。

自分の本分はあくまで剣を教える事、神道無念流を広める事であって、戦場で剣を振るうのはそのための手段に過ぎないと考えているからだ。

だから九十郎はいつまでもいつまでもパートタイムを名乗り続ける。

 

虎松はおいてきた。

ハッキリいってこの戦いにはついていけないと犬子も柘榴も九十郎も考えているからだ。

虎松は鬼子で、恐るべき超能力を使う超生物だ。

それ故に3人が束になっても軽く蹴散らされるのだが、その事について3人とも気づいていない。

そこで空と愛菜に足止め……もとい遊び相手を要請しておいたのだ。

 

「……できれば九十郎にはついて来てほしくなかったのだけど」

 

そんな先手組の姿を、長尾の総大将であり越後の国主でもある長尾美空景虎が不安そうに見つめていた。

 

「ははは、俺が合法的に神道無念流を振るえるチャンスを逃す訳がねえだろ」

 

「貴方自分の価値を理解しているの? 貴方は私の描く戦略に必要不可欠なのよ」

 

「今回、相手は鬼とかいう魔化魍だか外道集だかみたいな存在なんだろ?

 人間相手じゃ切った時の気分が最悪だから丁度良い」

 

「まあ素敵、こいつ状況を全く把握していないわ」

 

いつもの九十郎である。

 

「それに……粉雪を酷い目に遭わせた連中なんだ、

 神道無念流がたっぷり御礼をしてやるのがスジってもんだろ、」

 

「いやどんなスジよ!? そんなの聞いた事が……

 ちょっと待ちなさい、粉雪ってもしかして山県昌景の事かしら?

 武田四天王、精鋭赤備えを率いる山県昌景かしら?」

 

「ああ、そうだが」

 

「……柘榴」

 

「柘榴も初耳っす」

 

「その辺の事情、これが終わったらじっくり聞かせてもらうわよ……」

 

美空が今後の九十郎の扱いに関して頭を悩ませながら、ゆっくりと剣を抜き、自信の超能力……長尾家御家流・三味耶曼荼羅を発動させるべく、精神を集中させる。

 

「行くわよ新技……ロッズゥ! フロムゥッ!! ゴオオオォォォーーーッドォ!!!」

 

戦国時代に人間には理解不能な技名を叫び、美空の御家流……今まで使っていた御家流を変化させて編み出した新技が発現した。

 

護法五神を真上に呼び出し、真下に向かって突撃させる新技は、今までの三味耶曼荼羅の2倍……いや、10倍の威力がある。

美空の超能力が、まるで障子紙のように葛尾城の城門を破砕した。

 

「スカッとするわね、この新技」

 

「……護法五神が目を回している」

 

美空の後ろに控えていた松葉がツッコミを入れた。

猛スピードで地面に叩きつけられた護法五神が全員揃って気絶するという、いつもの2倍の仏罰が下りそうな光景がそこにはあった。

 

「しかも半数以上が大外れっすよ」

 

珍しく柘榴もツッコミを入れた。

何の意味も無く護法五神が叩きつけられ、未来に向かって……具体的には明後日の方向にクレーターを作るという、2×2で、いつもの4倍の仏罰が下りそうな光景がそこにはあった。

 

「回転は加えたのか?」

 

「加えたわ、いつもの3倍の回転を加えて1200万パワーになるようにって」

 

「美空様、毘沙門天様が、その……上半身が地面にめり込んで、

 バタ足みたいにもがいているんですけど、助けなくて大丈夫ですか」

 

犬子が恐る恐る美空に尋ねる。

きりもみ回転をしながら地面にめり込み、犬神家のような状態にさせられた毘沙門天の心境はいかなるものか……2×2×3で、いつもの12の仏罰が下りそうな光景がそこにはあった。

バッファローマンのロングホーンも叩き折れるのではなかろうか。

 

「あんまり連発はできそうもないわね、この新技」

 

毘沙門天達が怒って殴りかかってこないだけ有情である。

 

「まあ、それはそれとして……突入っすぅーーーっ!!」

 

「何だっていい! 神道無念流を振るうチャンスだ!」

 

「柘榴様! 九十郎! いきなり飛ばし過ぎだよぉっ!!」

 

葛尾城城門を粉砕するのと引き換えに気絶した護法五神達を踏み越え、馬鹿2名と前田利家が葛尾城に突撃する。

 

「あ、ちょっと、一番死なれちゃ困る奴が一番先頭を走るんじゃないわよ!

 松葉追うわよ、最悪張り倒してでも止めなさい!」

 

美空と松葉がそれを追う。

 

そして……城門をくぐった瞬間、夥しい数の異形の存在が九十郎達を出迎えた。

百か、二百か、もっとか……視界の全てに鬼の姿がひしめいていた。

 

「この人口密度……宇宙怪獣かよてめえら。

 まさかとは思ったが、マジで戦国時代で鬼とチャンバラする事になろうとはな。

 鬼退治桃太郎先輩でも呼んできたい気分だぜ」

 

「九十郎、犬子、ハラくくるっす。 こいつは……思ってたよりヤバ感じっす」

 

九十郎にとって……いや、村上義清を除いた、その場にいる人間全てにとって生まれて初めての鬼との遭遇、鬼との戦いが始まった。

 

事の起こりは、今から2週間前まで遡る……

 

……

 

…………

 

………………

 

美空がドライゼ銃とハーバー・ボッシュ法による武田晴信抹殺作戦を考案し、ドライゼ銃と火薬、そして重火器に使用する良質な鉄鋼の生産を開始した頃、東南の方角から落ち武者の群れが現れた。

 

全員が全員、見るからに傷だらけで、見るからに空腹で、見るからに疲弊し切っていて、見るからに倒れ伏す寸前の状態でヨロヨロと春日山城を目指していた。

 

そんな怪しげな団体を、春日山城の屋根の上から見下ろす、紅い髪の鬼がいた。

 

「動イタカ、エインヘルヤル……目覚メタカ、尊治……」

 

紅い髪の鬼が、激化するであろう戦いの予感に、揺れ動くであろう情勢に想いを馳せ、静かに闘志を滾らせる。

 

「負ケンゾ、オレハ負ケンゾ……オーディン」

 

葛尾城のある方角へ……悍ましき化外の気配がする方角を睨みながら、紅い髪の鬼がそう告げた。

 

そして今度は尾張の方角……物語の鍵、オーディンの進める計画の要となっている人物である、新田剣丞がいるであろう場所を見る。

 

「ユックリ来イ、新田剣丞、出来ルダケ、ユックリ……早雲ノ計画、時間カカル。

 オーディンヲ討ツ作戦、時間カカル……切リ札ハマダ、未完成ナノダカラ……」

 

オーディンは無数と言っても過言ではない数の魔法を使い、限りなく完璧に近い未来予知を行う。

オーディンの未来予知を破るか、予知されていても避けようのない武器を用意しない限り、戦った所で勝ち目は無い。

 

そして北条早雲が考案し、鬼子が作り上げた武器は……まだ完全ではないのだ。

しかしその武器は、早雲の作戦は、徳河吉音の死を前提にした非道で非情なものであったが。

 

……

 

…………

 

………………

 

その日の午後、練兵館で耐火煉瓦の試作品を焼いていた九十郎が、美空に呼び出された。

 

「何の用だ美空?

 反射炉の設計図なら明日あたり完成するからもう少し待てって、伝えたと思うんだが」

 

「それとは別件、未来知識を借りなきゃいけないかもしれないから、

 ちょっと付き合ってもらえるかしら?」

 

「未来知識ね、まあ別に構わんが……

 これも前に言ったと思うが、俺は日本史はうろ覚えだぞ。

 何にも有益なアドバイスが出来なくても恨むなよ」

 

「構いはしないわ。 一応、名目上は私の太刀持ちって事で同席させるから、

 私が発言を促すまで発言は控えて、何か気になる事があったら……

 そうね、太刀を持つ手を少し後ろに下げて頂戴、会談中に時々確認するわ」

 

「了解だ。 しかし太刀持ちってのは護衛も兼ねてるんだろ、

 向こうが襲って来た時はどうする?」

 

「相手の性格から言って無いと思うけど……でもその時は絶対に応戦しようとしないで、

 現状、越後に私の代わりができる人は居るけれど、貴方は替えがきかないわ。

 最悪、私が盾代わりになってでも逃がすから、逃げなさい」

 

「弟子兼主君の主君が襲われてるのに尻尾撒いて逃げれるかよ。

 そんなんじゃ胸張って師匠でございって名乗れねえだろ」

 

「駄目。 本当に私の為を思うなら、生き延びて空や名月を守りなさい」

 

「そう思うならもう少し長生きする努力をしろよ」

 

「禁酒なら断固拒否するわ、例え厠で糞塗れになって死ぬ事になろうともね」

 

「ははは、こやつめ」

 

なお、かつて美空は林泉寺から呼び戻された際、御仏に対し不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不飲酒の5つの戒めを誓っているのだが、数えるのが億劫になる位頻繁に人を殺しているし、必要なら略奪も戦術の一つとして躊躇わないし、

殺人や略奪の後は大概酒を吞んで泣いているし、剣丞が来た後は姦淫も普通にするようになる。

 

まともに守ろうとしているのは不妄語……嘘は言わない、守れない約束はしない、一度した約束は死んでも守るという誓いだけだ。

 

「真面目な話、死ぬ前に跡目の事は決めておけよ。

 どうせ放っておいても生き残る名月はともかく、空が跡目争いで死んだ俺は泣くぞ」

 

なお、放置したら死ぬのは景虎……名月の方である。

 

「分かっているわ、空も名月も私の可愛い娘よ、むざむざ殺させはしない。

 そう遠くない内に上杉憲政の養子になって、関東管領を引き継ぐ計画が実現する。

 そうしたら……私が上杉謙信を名乗る日が来たら、まず最初に跡目を決める」

 

「だったら……」

 

「禁酒なら断固拒否するわ、例え山内上杉家を継ぐまでの一時的なものであってもね。

 お酒が無くて何が人生よ」

 

「ははは、こやつめ」

 

「何にせよ、空を少し気にかけておいて。 何かあっても……万が一、

 たった一人誰にも頼れない状況になってもしぶとく生き延びられるよう、

 武芸の一つでも教えてもらえるかしら」

 

「否とは言わんよ、俺は神道無念流大好きマンだからな」

 

「あと夜逃げのやり方も教えておいて」

 

「ははは、てめえ俺の事なんだと思ってやがる」

 

後日、空は共産主義志向、演説扇動能力、変装能力、蓄電逃亡能力、そして神道無念流を兼ね備えた恐るべきレッドモンスターに成り果て、越後を……いや列島全体を、共産主義革命の名を借りた狂気と混乱とレッドフォールの渦に叩き込む事となる。

 

これに対し、新田剣丞は……

 

『そうか……斎藤弥九郎と江川太郎左衛門が全力で弟子を育てるとああなるのか……

 正直甘く見てたよ、維新志士ってのを……

 そして忘れていたよ、あの2人が桂小五郎の御師匠様だって事を』

 

……と、死んだ魚のような濁った眼をしながらそうコメントした。

傍迷惑な男である

 

「せめて塩を舐めながら一人で飲むなんて真似だけはしないでくれよ。

 アレは普通に飲むよりも健康に悪いし、何かあった時に助けられん。

 寝ゲロが気道に詰まってあの世行きとか、普通にありうるからな」

 

「お酒で思い出したのだけど、ウィスキーとかいう美味しいお酒造れるって噂、本当なの?」

 

「造れるけどお前にはやらん」

 

「何でよ!? 柘榴や貞子には呑ませて私には呑ませられないって言うの!?」

 

「お前は酒飲むペースが速すぎる。

 度数の高い蒸留酒を渡したらあっという間にアル中になるぞ」

 

「あるちゅ?」

 

「急性アルコール中毒、一気に酒を呑むと人は死ぬようにできてるんだよ」

 

「へ~」

 

「ははは、その顔は信じてねえ顔だな」

 

「良いから呑ませなさいよウィスキー!

 柘榴に呑ませて私に呑ませないとか許されないわよ!」

 

「だから危険が危ねえって言ってるだろうが!

 上杉謙信になって跡目決めるまで断固として呑ませねえぞコンニャロウ!」

 

そしてとうとう掴み合いになり……

 

「お酒お酒お~さぁ~けぇ~!!」

 

「駄目だ駄目だだぁ~めぇ~だぁ~!!」

 

ついには取っ組み合いにまで発展する。

2人とも、この場に集まった理由をすっかり忘れ、いつまでもいつまでも喧嘩を続け……

 

「いつまで待たせんだぁーっ!!」

 

……ついに隣の部屋で待たされていた来客がブチ切れた。

 

突然の乱入者……いや、乱入した方にとっては突然でもなんでもないのであるが、乱入された方にとっては突然の乱入者に驚き、目を丸くする。

 

「こんな真昼間から! 若い男女が密室で!

 しかもおっぱい丸出し! 不潔だろうがぁー!!」

 

「へ……おっぱい……?」

 

「丸出……し……?」

 

続く第二声を聞き、美空と九十郎が同時に視線を下げる……色、艶、張り、膨らみ、形、どれもがAランクの特上の生乳が九十郎の眼前にたわわに実っていた。

 

「……あ!?」

 

「……おお、ナイスでっぱい」

 

美空の表情が羞恥に、九十郎の表情が下心に塗れたものになる。

がばっと美空が九十郎を引きはがし、両腕でアレな状態になっていた胸を隠す。

 

「……見た?」

 

「しっかりと見た、俺好みのナイスな美乳だった、そして俺の心のメモリーにも保存した。

 後でオナネタにしてくれるぜ、げっへっへっへっへっ」

 

「忘れなさい! 今すぐ忘れなさいったら! わぁ~すぅ~れぇ~ろぉ~!!」

 

美空が顔を真っ赤にしながら、九十郎の脛をげしげしと何度もけたぐる。

しかし、体格差も筋力差もあり、しかも開けた胸を押さえながらでは威力が出ないため、九十郎はケロリとしている。

 

「だからぁ!

 乳繰り合うのは私の用事を聞いてからにしろっつってんだろうがぁーっ!!」

 

そして再度来客がブチ切れる。

 

「乳繰り合ってないわよ! 誰がこんなスケベ心丸出し男なんかと!」

 

「悪いが俺も御免だね、前田利家だけでも持て余してるってのに、

 上す……じゃない、長尾景虎までなんて冗談じゃない」

 

「……それはそれで腹立つわね。 何よ、長尾景虎じゃ不満だって言うの?」

 

「逆だ、俺が見劣りして胃が痛くなってくる」

 

「何それ? どういう意味?」

 

「長尾景虎には一生理解できん感情だろうさ、理解してほしいとも思わんが」

 

美空が九十郎の顔を覗き込む、九十郎が目を逸らす。

美空が九十郎の前に回り込む、九十郎が身体の向きを変える。

美空が九十郎の前に回り込む、九十郎が身体の向きを変える。

美空が九十郎の前に回り込む、九十郎が身体の向きを変え……

 

「おーい、いい加減に無視するのやめてくれませんかねー。

 そろそろ泣きますよー、泣いちゃいますよー、大の大人がわんわん泣きますよー」

 

……来客、とうとう拗ねる。

 

「……久しぶりね村上義清、何で貴女が越後に居るのよ?」

 

「ああ、やっと気づいたんですか、そうですか……」

 

来客……村上義清と呼ばれた女性が、疲れ切った表情で肩を落とす。

 

「葛尾城城主の貴女がどうしてここに?

 そりゃあ武田晴信っていう共通の敵がいるから普段から仲良くやってるけど、

 単身春日山城に来るような仲じゃなかったわよね? 招いた覚えも無いし……」

 

そして……

 

「お城奪られちゃいました、助けてください」

 

きゃぴぴぴぴ~! というお寒い擬音語が聞こえてきそうな笑顔と共に、村上義清はそんな事を言い出した。

 

「お城ってどの城よ?」

 

「全部」

 

「全部ぅ!? 何やってるのよ貴女!?

 貴女が押さえてる城って天然の要害に築かれた難攻不落の城塞ばかりじゃないの!!」

 

美空が村上義清に掴みかかる。

正直な所、対武田の防波堤として村上は非常に優秀であったため、こんな所で潰れられたら非常に困る。

それに主な産業が略奪である武田が村上の領地で色々やって元気になられても非常に困る。

 

「村上義清……どこかで聞いたような、村上、村上……」

 

そんな騒ぎをよそに、九十郎が考え込んでいた。

記憶の隅にあるとっかかり……何時、どこで、何をしてできたとっかかりなのかを、必死になって、頭を捻って思い出そうとしていた。

 

そして……思い出す。

 

「なあ、砥石城って所で、粉雪……

 山県昌景と赤備えを破ったのって、確か村上義清って名前じゃなかったか?」

 

そんな九十郎の問いかけに、村上義清と呼ばれた女性は盛大に盛大に渋い顔になる。

 

「ええ、そんな事もありましたね……そんな事もありましたねえ……

 できれば思い出したくもないですよあんな出来事、アレさえ無ければこんな事には……」

 

「そう言えば、武田が安倍金山を狙ってるって情報得た時、

 後ろからちょっかいかけて妨害してって頼んだのだったわね」

 

「ええそうですよ! 頑張りましたよ私は! あの死ぬ程怖い武田晴信相手に、

 あの小便ちびりそうになる位強い精鋭赤備え相手に戦いましたよ!

 そして勝ちましたよ! でもその結果こうなったんですよ、責任取ってください!!」

 

「勝ったからこうなったってどういう意味?

 というか勝ってたの貴女、むしろそっちの方が驚きなのだけど」

 

「勝ったのって、叩けって言ったのてめえだろうがぁーっ!

 何で勝って驚かれるんだぁーっ!」

 

「ぶっちゃけ負けると思ってたもの」

 

「貴女とは一度話し合いをする必要があるようですね。

 とにかく! 私は……村上は必死になって戦って勝ちました!

 その結果城を奪われました! 責任を取って奪還を手伝ってください!」

 

「奪われたって、誰に奪われたのよ?」

 

そう尋ねられた村上義清は、数秒間バツが悪そうに視線を逸らし……ふうっとため息をつく。

 

「……鬼」

 

そして小さく小さく、か細い声で独り言のように告げた。

 

「それは何かの暗喩? それとも越後にまで来て私をおちょくってるのかしら?」

 

「冗談でも何でもなく、そして比喩表現でもなく、鬼が私の城を奪ったのですよ」

 

「鬼に城を奪われたねえ……そんな世迷言が通じるとでも?

 助けてあげなくもないから本当の事を言いなさい」

 

「本当です! 本当に鬼に奪われたんです!」

 

「鬼がどこから出てきて、どう襲われて、どう奪われたのよ?」

 

「異人です。 金山奪取に動いた武田を牽制するために、出陣の準備をしていた頃、

 黒装束で覆面の異人が現れて、奇妙な丸薬を私に渡してきたんです」

 

「丸薬ってどんな?」

 

「誰も見た事の無い、奇妙な丸薬です……

 それを飲めば、武田の赤備えを蹴散らせるだけの膂力が備わると言っていました。

 武田晴信が砥石城に攻め込んだという知らせを受けたのは、その直後の事でした」

 

「それで?」

 

美空は話を聞きながら村上義清の表情を見ている。

鬼気迫る表情で、緊迫した目つきで、声は迫真に迫っていた……これが演技だとしたら大した物だと、美空は思った。

 

「私は砥石城の救援するべく、すぐに兵を纏めて葛尾城を出ました。

 砥石城を囲う武田と戦い……見事にしてやられました。

 晴信は私が救援に出る事を予想して、あらかじめ罠と伏兵を用意していたのです。

 このままでは全滅する、このままでは砥石城も葛尾城も陥落する……

 やむなく私は家臣達に命じました、異人が持って来た丸薬を飲めと」

 

「それで?」

 

美空は努めて平静を装い、話の続きを促した。

 

「家臣達が鬼になりました、鬼になって暴れ出しました、そして勝ちました。

 鬼に変わった者達は、異人の言う通り、精鋭赤備えを打ち破る程に強くなりましたから」

 

「あら、良かったじゃない」

 

「赤備えを打ち破り、晴信が甲斐に逃げ帰るまでは良かったのです。

 その頃までは辛うじて人語を解する事ができました、

 辛うじて敵と味方を区別してくれました。

 しかし……10日もすれば、家臣達は心まで怪物になってしまいました。

 武田も村上も無い、兵も民草も関係無い、目につくもの全てを襲い、殺し、壊し、奪い、

 喰らい、そして犯す本物の鬼に変わってしまいました」

 

「で、その鬼に城を奪われたの」

 

「そうです……逃げるのが精一杯でした、城も、町も、民草も全て見捨てて」

 

「何を考えてそんな怪しすぎる薬に手を出してるのよ!!」

 

「まともに戦ったら私が晴信に勝てるわきゃ無いだろーがぁっ!

 どんな手を使ってでも晴信の金山制圧を食い止めろとか、

 ケツ持ちは必ずやるっつったのはどこのどいつだあぁーっ!!」

 

「私よ! 私が言ったわよ確かに!

 でも飲むと鬼になるヤバい薬飲んで戦うとか予想つくかぁっ!!」

 

「と・に・か・くぅっ! 私は貴女の要請に従って武田を攻撃したんです!

 金山制圧は阻止できませんでしたけれど、

 武田晴信と山県昌景は負傷、精鋭赤備えを相当数討ち取る被害を出させました。

 長尾の要請に応じて被害が出たのですから、長尾は村上を助けるべきです!」

 

「うぐ……」

 

スジは通っている。

美空はそう思った、思わざるを得なかった。

 

通すべきスジは通す、守るべき信義は守る。

長尾景虎は今までそうやって生き、そうやってのし上がってきたのだ。

今ここで村上義清を見捨てるのは悪手だ。

それをすれば、今までコツコツと実績を積み上げ、貧乏籤を引き、胃を痛め、睡眠時間を削り続けて築き上げた長尾景虎の長所が無くなってしまうからだ。

 

「ドライゼ銃が揃うまで、派手な軍事行動は控えたかったのだけど……

 四の五の言ってる場合じゃないか……」

 

村上義清に聞こえないよう、小さく呟き、小さくため息をつく。

既に美空の心は8割方決まっている。

 

「九十郎、どう思う?」

 

「悪いが何とも言えん、美空が決めてくれ。 俺は長尾景虎の判断に従うさ」

 

「そう……義清、家臣が鬼に変わったって話、

鬼が領民を襲っているって話、嘘偽りは無いのね?」

 

「誓って」

 

「対価は出せる?」

 

「長尾景虎を主と認めます。

 貴女がどのような天下の絵図面を描いているのかは知りませんが、それに従います」

 

「……再び足利一強の時代に戻す」

 

「分かりました、今後は貴女の思い描く天下を実現するため、身を粉にして働きます。

 ですから……ですからどうか、民草を救い、悪鬼と化した我が臣を止めて頂きたい」

 

村上義清が深々と頭を下げる。

 

悔しい悔しい悔しい……そんな表情をしていた。

自分が武田の待ち伏せを見抜けなかったせいで、異人の怪しい薬に安易に頼ったせいで、家臣達の魂を汚し、民草を理不尽な暴力に晒した事を、そしてそれを止めるために、他人に土下座をしなければならない事を、心の底から悔やんで恥じていた。

 

その表情を見て、美空は思った。

村上義清の言葉に一切の嘘偽りは無いと。

荒唐無稽過ぎて今一現実味が湧かないが、村上義清の家臣達は、確かに鬼に変じてしまったのだと。

 

故に美空は決断した。

兵を挙げると、そして村上を助けに行くと。

 

「……助けるわ、必ず」

 

美空はそう告げた。

 

かつて美空は毘沙門天に誓った。

不妄語……嘘は言わない、守れない約束はしない、一度した約束は死んでも守ると誓ったのだ。

 


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