ここまでの物語は『犬子と九十郎』の物語であった。
ここから先の物語は『犬子と柘榴と九十郎』の物語である。
秋月八雲によって刻まれ、新田剣丞によって抉られるトラウマを心に抱える男、九十郎。
犬子をただの犬子と思えなくなった男、九十郎。
そんな九十郎が、犬子に力の限り『I love you』を叫ぶ物語。
そんな九十郎が、柘榴に魂を籠めて『I want you』を叫ぶ物語。
犬子と柘榴が、そんな九十郎にありったけの愛を注ぐ物語。
この物語は、九十郎が柘榴の力と想いを糧に、自らを蝕むトラウマを乗り越え、犬子をただの犬子として愛せるようになるまでの物語……『犬子と柘榴と九十郎』の物語。
……
…………
………………
甲斐から越後へ向かう旅路は、拍子抜けする程に平穏無事に終わった。
途中、躑躅ヶ埼館の裏に簀巻きにして埋めた筈の虎松がしれっと合流してたり、九十郎が虎松を文字通り千尋の谷から突き落としたりしたが、それ以外は平穏無事な旅路であった。
虎松は千尋の谷から突き落とされた程度でどうこうできる存在ではないので、九十郎の儚く涙ぐましい抵抗は徒労に終わるのだが……それはさておき。
「越後国主、長尾景虎、通称は美空……美空と呼んでちょうだい」
今、犬子と九十郎とダッシュで追いかけてきた虎松の3人の目の前に上杉謙信……もとい長尾美空景虎が座っていた。
「……このパターンは正直想定外だったよな」
「うん、そうだね……まさか……」
「「普通に会えるとは」」
基本能天気で考え無しで行き当たりばったりな九十郎はともかく、犬子はアポ無しコネ無しで仕官を求めたため、普通に門前払いをされると覚悟していた。
粉雪から受け取った金子で暫くの間春日山城下に滞在し、長尾景虎についての情報を収集しながら士官の道筋を考えようと思っていた。
正直な話、最初のアプローチでいきなり会えるとは思っていなかった。
「タイム!」
「た、たいむ……?」
会って早々意味の分からない言葉を投げかけられ、美空が首を傾げる。
第一印象は最悪である。
「横文字は分からないよ九十郎! すみません美空様、ちょっとだけお時間をください!」
「良く分からないけど、早く済ませなさいよ」
ジト目の美空を尻目に、犬子と虎松と九十郎が部屋の隅に集まって小声で作戦会議を開始した。
第二印象も最悪である。
「どういう事だ犬子!?
大名って貧農の子が簡単に会える存在じゃないだろ常識的に考えて」
片腹痛い事に、日本史に疎い九十郎が常識を語っていた。
「うぅ~ん、誰かの紹介って訳じゃないし、
今の犬子は加賀百万石どころかただの素浪人だし、
犬子も九十郎もそこまで名が売れてる訳じゃないし……
ごめん九十郎、犬子にも全然分かんないよ」
「騙して悪いがとか何とか言って斬りかかって来たりしないのか」
「か、考えすぎなんじゃないの? 今の犬子達殺しても何の得にもならないよ。
恨みとかも買ってないよね?」
「うちのファースト幼馴染は普通にやるんだよ。
仲良くしようとか和解しようとか言ってニコニコしながら近づいて、
不意打ちして一網打尽ってヤツを。 山内一豊殺法って名付けてたかな」
「大丈夫ダ、クズロー。 向コウ、敵意無イ、罠、考エテナイ。
興味ト好奇心アル、オレ達、ワクワクシテ観察シテル。
チョット、ウキウキシテル」
「何で分かるんだよそんな事」
「心読ンダ」
「ははは、何言ってんだこいつ」
読心も含めて虎松の言葉に一切の嘘偽りは無かったが、九十郎は全く信じていなかった。
虎松の見た目はガリガリに痩せた白髪幼女であるが、虎松は人間ではない。
虎松は鬼子、半分は人間、半分は鬼、半人半魔の怪異生物だ。
それ故に、精神を集中させれば他人の心を読めるのだが……今の所、犬子も九十郎も虎松を普通の子供だと思っている。
「……で、いつまで私は放置されるのかしら?」
美空が朗らかに微笑みながらそう尋ねる。
顔は笑っていたが、言葉がやや刺々しかった。
「クズロー、チョット苛立ッテル」
「言われなくても分かるよ。 犬子戻るぞ、虎松は隅っこで大人しくしてろ」
「う、うん!」
「分カッタ」
これ以上面接官兼代表取締役社長の機嫌を損ねちゃ拙いと、犬子と九十郎が部屋の真ん中に戻って正座をし、虎松は部屋の隅で体育座りになった。
「前田犬子利家です!」
「九十郎です! 間違っても屑郎ではありません!」
犬子と屑が深々と頭を下げる。
屑郎は血筋や家柄を結構気にするし、権力者に媚びるのを躊躇しないタイプの屑である。
「元気があってよろしい。 私が長尾景虎、通称は美空、美空と呼んで頂戴」
仕切り直りという意味も込め、美空はさっき言った自己紹介を繰り返す。
「本日は御面会を許して頂き、恐悦至極でございます」
「俺の事は犬とお呼びください!」
「九十郎! 犬子のあいでんてぃてぃを奪わないでよ!」
「あいでん……? 貴女、随分と愉快な男を連れているのね、苦労しないのかしら?」
犬子は同情された。
実際の所、九十郎は滑稽で愉快である意味哀れな男ではある。
「時々苦労はありますけど、それ以上に恰好良くて頼りがいがあって素敵な人です!」
そして犬子が力強く断言する。
犬子の言葉は100%本心からのものだ。
だがしかし、九十郎はそれを信じ切れていない。
リップサービスか一時の気の迷いのどっちかだと思っている。
フラッシュバックのように長谷河平良を、遠山朱金を、そして秋月八雲を思い出し……吐き気にも似た嫌悪感を覚えた。
「はいはいご馳走様。 それはさて置き、仕官希望だったわね。
貴方達が門番に渡した紙……『履歴書』と言ったかしら? 一通り目は通しておいたわ。
尾張の織田信長の小姓から、赤母衣衆に抜擢、その後出奔……
経歴は悪くないわね、槍の又左衛門の勇猛さは越後にも聞こえてきているわ」
「ほ、本当ですか!?」
「で、そっちの……九十郎だったわね、」
美空は露骨にできれば触れたくないな~という顔をした、そして美空は『特技・イオナズン』の記載を華麗にスルーした。
彼女の直感がそれに触れても疲れるだけだと告げていたのだ。
「パートタイム火付盗賊改方、パートタイム執行部員、前田利家のエサやり係、
パートタイム森一家、臨時日雇い用心棒……
まあ素敵、書いてある事が半分も理解できないわ」
美空は表面上は笑っているものの、内心ではどう扱ったものかと考えている。
しれっと前の生での役職を書いているが、この男は戦国時代の人間に火付盗賊改方や執行部員が通じるとでも思っているのだろうか。
「ええと……その……九十郎の言ってる事は犬子にも時々分かりませんけど、
剣の腕は凄いです、あと優しくて頼りになって手先が器用です」
「言葉が通じるって素敵な事ね、有難くて涙が出そうよ」
九十郎とは対照的に、美空の犬子に対する好感度は鰻登りだ。
美空は織田信長が今川義元に殺された後、目ぼしい将を引き込もうと考えて、前々から尾張に密偵を放っていた。
全力で武田晴信と戦いながら急速に勢力を拡大している長尾家は人材が枯渇気味であり、一軍を任せられる指揮官、敵に切り込み戦功を挙げる武芸者、銭や兵糧の収集や管理、領地の運営ができる文官……ありとあらゆる人材を切実に求めている。
人材を貪欲に求めなければ生き延びられない常況にあるのだ。
そして槍の又左衛門こと前田犬子利家は、尾張の将兵の中でも見所があると美空が密かに注目していた人材であった。
前田利家が仕官を求めて春日山城にやって来たと聞き、美空は手を叩いて喜んだ。
だから公務を一時中断して時間を作り、面会に応じたのだ。
九十郎という予想外のおまけが付いていたのだが……
「ところで、そっちの子は何なの?」
「飯やったら懐かれてついてきてるだけだ。
邪魔なら放り出すぞ、いやむしろ邪魔なんで放り出させてくれ」
「ちゃんと最後まで面倒を見なさいよ。
尋常じゃない痩せ方してるけど、ちゃんと食べさせてるの?」
「毎食毎食バカスカ食ってるよ。 おかげで我が家のエンゲル係数は酷い事になってる。
とっとと就職先を見つけないと3人揃って行き倒れになりそうだよ」
「えんげるけいす……そうね、えんげるけいすね、当然知っているわ、大変そうね」
「えんげる係数です、美空様。 えっと……俸禄と言いますか、お給金と言いますか……
とにかく、家計の収入の何割が食事に使ってるかを表す数で……ええっと……」
派手に最低で、しかも戦国時代の人間には理解困難な言葉が次から次へと飛び出す。
美空の九十郎に対する好感度は、マイナス方向にカンストしそうになっていた。
「なんとか追い返せないかしらこいつ……
前田利家と仲が良さそうだし、下手な事を言って機嫌を損ねて、
やっぱり仕官やめますなんて言い出されたら最悪だけど……」
そして九十郎が居るが故に、美空は頭を悩ませていた。
前田利家は欲しい。
武田との抗争が勃発する度に勇猛果敢な者から順に討ち死にし、敵陣に切り込み、最前戦で敵と斬り結べる人材が枯渇しかけていた。
粉雪と精鋭部隊赤備えが毎回毎回眩暈がするようなキルスコアを叩き出しているからだ。
いっそ自分が切り込み役をやれればとも思うのだが、それをやると直江景綱・通称秋子に怒られるのだ。
だから前田利家は欲しい……率先して激戦区に飛び込む勇敢さと、槍の又左衛門の異名を得るまでに磨かれた武術を持つ利家が欲しい。
しかしこの珍妙な言動の男が付いてくるのはできれば遠慮しておきたい。
まあそれも……
「まあ、無理して追い出すのも……仕方ないわね、2人とも召し抱えますか」
……『できれば』遠慮したいであって、『絶対に』避けたい訳ではない。
美空はふうとため息をつき、珍妙な言動の男を抱える覚悟を決めた。
美空の調査によれば、尾張の猛将・柴田勝家と槍を交え、引き分けに持ち込んだという稲生の戦いの際、前田利家を守った名も無き小物が居たらしい。
そして美空は、九十郎の無駄にマッチョな体格を観察し、こう考える……この男の筋肉は普通じゃない、並大抵の鍛え方では造れないと。
もしかすると、この男が利家を守った小物なのではなかろうかと。
犬子と九十郎が力を合わせて柴田勝家と戦い、引き分けに持ち込めたのではないかと。
もしそうだとすれば、前田利家だけを召し抱えて九十郎を放り出す事は、前田利家の魅力を半減させかねない。
「2人の仕官を認めるわ。 俸禄は……確か、織田では450貫で召し抱えていたのよね?」
「あ、はい! そうです!」
「では倍の900貫を出すわ。 積雪が多くて稲作に向いた土地が少ないから、
俸禄は土地や米じゃなくて金子で支払う事になると思うけど、そこは我慢して頂戴」
「ほ、本当ですか!? 有難き幸せでございます!
犬子……じゃない、私はまだまだ若輩者ではございますが、精一杯奉公致します!」
「若輩者はお互い様よ。 私もまだ28歳……国主やってる連中の中じゃ若い方よ。
お陰で威厳が無いとか言われるし、国人衆は言う事を聞かないし、人も中々集まらないし」
「く、苦労されてるんですね……」
犬子は一瞬、うつけ者だの若造だの当主失格だの色々言われながら、次から次へと襲い来る逆境に苦しみながら、
必死に尾張を守ろうとあがく久遠の姿を幻視した。
7歳で春日山城下の林泉寺に入門。
13歳で当時の越後長尾家の当主にして美空の母・長尾為景が死去、14歳で為景の跡を継いだものの、あまりの残念っぷりで越後豪族連合が揃って見限った、姉・長尾晴景から長尾家当主の座を奪う為に担ぎ出され。
基本的に言う事を聞かない豪族達を血を吐き胃を痛めながら少しずつ従えていき、19歳で長尾家相続、21歳で越後国主になり、ようやく苦難の日々も終わるかと思ったら武田晴信と殺し合う羽目になり。
多大な犠牲を払いながら、血を吐きながら続ける悲しいマラソンを延々と続け。
今川義元と裏で手を組み、村上義清とも影で手を結び、どうにかこうにか武田とまともに戦えるだけの国力を得たと思ったら義元死亡……端的に言って苦労しているのだ。
久遠の苦労と美空の苦労、どちらがより大きな苦労を強いられているのかは分からないが、久遠も美空も負けず劣らず苦労人なのだと、犬子は思った。
できれば支えたいなと、助けられれば良いなと……犬子はそう思った。
「まあ何にせよ期待しているわ。
とりあえず当面の住居や食事を用意させるから、まずは旅の疲れをとると良いわ」
そして和やかに会談が終わろうとしていた。
犬子と九十郎は想像していた以上に就職面接が上手く進み、ほっと胸を撫で下ろす。
美空は久々に無理難題を押し付けられた怒りと悲しみと心労を肴に飲むヤケ酒ではなく、降って湧いたような幸運を肴に飲む祝い酒ができると笑みを浮かべた。
そこに……
「ここっすか御大将ぉーーーっ!!」
美空の腹心の部下、長尾が誇る最精鋭黒備えを率いる勇将、頼れる切り込み隊長……にして、数えきれない程に存在する美空のストレス源の一つが部屋に飛び込んできた。
「……犬子、人生って何なのでしょうね?」
美空が虚ろな目でそう呟く。
話しを聞く前から嫌な予感しかしなかった。
「美空様、頑張ってください。 一生懸命お仕えしますから」
美空の犬子に対する好感度は鰻登りである。
「何の用かしら、柘榴? 今は来客中だと聞かなかったの?」
「その来客が問題なんすよ!」
「問題って……どういう意味なの?
武田辺りと通じている間者か暗殺者だとでも言うつもり?」
犬子は内心焦った。
もしかしてちょっと前に武田四天王・山県粉雪昌景を助けて、甲斐までの護衛を買って出たのがバレたなか……と。
九十郎は俺のファンかな? サインでも欲しいのかな?
などと非常に能天気な事を考えた。
この男の平常運転である。
「九十郎って人、居ないっすか?」
「俺が九十郎だが……」
「神道無念流くださいっす!」
飛び込んできた女性が九十郎に向け、そう叫ぶ。
率直に言って唐突かつ理解不能な発言であろう。
しかしそれが逆に九十郎の琴線に触れた。
前の生で武田光璃が九十郎を上手く利用したい時に使っていたマジックワード……それが今の発言に思い切り重なっていたのだ。
「あんた、名前は?」
「七手組一番隊隊長! 柿崎景家! 通称は柘榴っす!」
「先代の頃から長尾に仕えてくれているうちの切り込み隊長よ」
目元を抑えながら、美空が柘榴の説明を補足する。
「そうか……さっき長尾に仕えさせてくれと言ったばかりでアレだが、前言撤回する」
「「はぁっ!?」」
予想外の展開に美空と犬子が同時に目を真ん丸に見開き、上ずった声を出す。
「俺は柿崎家の家臣になる! 家臣が駄目なら下僕でも犬でも居候でもこの際構わん!」
「九十郎! いきなり何を言ってるの九十郎!?
時々意味不明だったけど今回はいつもにも増して意味不明だよ!!」
せっかく上手くいきそうだった仕官話をぶち壊しかねない爆弾発言に、犬子は顔を真っ青にする……最悪手打ちである。
「とりあえず客分ではどうっすか?」
「乗ったぁ!」
ノータイムであった、迷うそぶりは全く無かった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!
長尾景虎の家臣になりたいって願い出て頭下げた矢先に何を言ってるのよ!?
長尾が良いって言った舌の根も乾かないうちに柿崎でも良いって貴方!?」
「馬鹿野郎、柿崎『でも』良いじゃない! 柿崎『が』良いだ!」
そんな事を言っているが、九十郎は柿崎景家がどんな人物なのか、何を成したのかを全く知らない。
ステーキを食い損ねた上、バリアーに押しつぶされて死にそうな名前だなとか考えている。
この男は全国の柿崎さんに土下座して謝るべきである。
今、九十郎をこうまで突き動かすものは、『思う存分神道無念流ができるぜヒャッハー!』という想いだけである。
「光栄っす! 嬉しいっす!」
「柘榴も無邪気に喜んでるんじゃないわよ! 説明しなさい! 説明を!」
「御大将、知らないっすか? 最近三河の辺りで名が売れ始めた剣術っすよ」
「神道無念流よね、一応、名前くらいは知っているわ。
三河の本多忠勝が刀一本持って鷲津砦に1人で乱入、
そのまま単独で砦を落としたっていう胡散臭ぁ~い噂よね」
「そうっす! そしてその強さの秘密こそが神道無念流って噂っす!」
「相当尾ひれが付いた話だと思うわよ、たった1人で砦を落とすなんて非常識じゃない」
「でも本多忠勝が恐ろしく強い武人って事と、
神道無念流が強さの秘訣って所は間違いないっす」
「分かった、分かったわよ。 百歩譲って神道無念流が凄い剣術だったとして……
それが九十郎とどう関係があるの?」
「九十郎さん……三河の本多忠勝と榊原康政に神道無念流を教えたって本当っすか?」
「ああ教えたが」
「なら柘榴にも神道無念流を教えてほしいっす!」
柘榴が九十郎の腕をがしっと掴んだ。
その瞳はシイタケの如くキラキラと輝いていた。
「超任せろ!」
九十郎が柘榴の腕をがしっと掴み返した。
その瞳は努力マンの如くメラメラと燃え盛っていた。
「え……? ちょっと九十郎? もしかして本気で柿崎さんの所に行くつもりなの?」
「犬子、俺がこの世で一番好きな言葉を教えてやろう……」
「い、一番好きな言葉……」
九十郎の妙な迫力、妙な威圧感に、犬子は思わず唾を飲み込む。
「神道無念流凄いですねだ!」
……犬子にとっても、美空にとっても予想外にしょうもない言葉だった。
それはかつてファースト幼馴染が九十郎を上手く調子に乗らせ、自分の思う通りに動かそうとする時に使うマジックワード。
基本神道無念流だけやっていれば幸せな斎藤九十郎にとって、何よりも嬉しく、何よりも気分を高揚させる台詞なのだ。
パタリロに小銭の音を聞かせるのと同じくらい効果覿面なマジックワードなのだ。
もし粉雪がこのしょうもないマジックワードを知っていたら、九十郎は甲斐に残っていた。
まず間違いなく残って粉雪に全力で尻尾を振っていた。
そして葵がマジックワードを知ってたら、九十郎は三河から出奔しようとしなかった、石に噛り付いてでも三河から出ようとしなかった。
いずれにせよ確かな事は……この日、犬子と九十郎は柿崎家の客将待遇で迎え入れられた事、そして美空は今日も涙の味がする酒を飲んだという事だ。
頑張れ美空、負けるな美空、明日はきっと良い事があるさ……たぶん。