戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と九十郎第26話『敗北の記憶』

……ここは魔境・大江戸学園。

 

秋月八雲が転校してきたり、天狗党が暴れたり、由比雪那が学園の変革を求めて頑張ったり、平良賀輝が大魔神を作ったり暴れさせたりして、大江戸学園は揺れに揺れた。

 

そんな大騒動に斎藤九十郎は……ガッツリ関わっていた。

 

天狗党が暴れた時は、パートタイム火付盗賊改方としてチャンバラをして。

 

天狗党事件後もパートタイム火付盗賊改方を続行、残党狩りに奔走し。

 

巨大賭博騒ぎの時は、光璃と担庵と組み、がらがらどん1号2号と武田の祖霊を利用したイカサマで大金をせしめ……たのだが、後で平良に事が露見し、金は全部没収、しばらく無償でパートタイム生徒会執行部員として詠美の仕事を手伝う羽目になり。

 

金を没収された腹いせにと、和マンチ共の巣窟と畏れられる練兵館ソード・ワールド会に無理矢理詠美を参加させ。

 

御前試合の時は、練兵館強化合宿に詠美を参加させ、乱取りの部は光璃が戦いの年季の違いを見せて大人げなく勝利。

一騎打ちの部では徳河詠美応援団を結成し、会場中に響き渡る大音量のエールを叫んだり、神道無念流で鍛えたパワーで超巨大応援旗を持ち上げて詠美を赤面させ。

 

御前試合で派手にやらかした詠美を元気づけるべく、光璃と共に本土の遊園地に連れて行き……シアターGロッソで2人して瞳をキラキラと輝かせながら全力で声援を送り、詠美を盛大に呆れさせ。

ピクシーカップを大回転させて詠美にゲ……気分を悪くさせ。

 

光璃が北条早雲所縁の地を訪ねたいと言い残して音信不通になり。

 

怪盗猫目捕縛作戦の時は……特に何もせず、執行部の手伝いや練兵館での指導をして。

猫目に見事にしてやられた朱金真留コンビをゲラゲラと笑い。

 

パートタイム執行部員として真夜中の不審船の調査につき合わされた挙句、遠山朱金の罵声と、詠美の未練がましい視線を背に、大量に印刷されたエロ本の押収・焼却処分する羽目になり。

 

五人組と校長が色々やっていた時は、自分の無力さを嘆く詠美を引っ張り出し、ビール(自作)を無理矢理流し込み、酔わせて愚痴を引き出し……事件の解決に何ら寄与していないどころかむしろ邪魔をして。

 

由比雪那が頑張っていた時には、またもやパートタイム火付盗賊改方となり、詠美、平良共々偽手紙の罠に見事に引っ掛かり、過労で倒れた詠美を担いで一晩中逃げ回り。

柳生十兵衛が雪那の身辺警護をしていると聞いた後は、『合法的に柳生十兵衛を抹殺するチャンスだぜヒャッハァーッ!!』とか何とか叫びながら突撃して普通に負けて。

 

由比雪那事件の後、担庵や朱金と共に一度本土に戻り、表向きは事故で死んだ事になっている尚歯会メンバー達の墓に花を添え……

 

そして執行部による圧政が開始されると、またまたパートタイム火付盗賊改方となり、『てめぇの弱点なんざ何年も前から知ってるんだよ遠山ぁっ!』とか何とか叫びながら人質作戦を実行し、配給所の打ち壊しをしていた遠山朱金を捕縛し。

 

心労が祟って倒れた詠美の看病をし。

 

遠山朱金、越後屋山吹の公開処刑決行……しようとしたが失敗し、朱金真留コンビにしこたまブン殴られ。

 

そして……

 

「ドーモ、秋月八雲=サン、徳河吉音=サン、

 パートタイム火付盗賊改方改め、パートタイム執行会室警備員の斎藤九十郎デス」

 

そう告げながら九十郎は、八雲と吉音に剣先を向ける。

飛鳥鼎の意向を受け、生徒大将軍に就任した徳河詠美は、吉音との様々な確執、因縁を清算すべく、大江戸城へと呼び寄せた。

 

そして来た、八雲と吉音が。

 

「今の状況から言うと、徳河詠美応援団の団長様だと名乗った方がしっくりくるかな。

 いや大変だったぞ、この部屋でチャンバラできる位のスペースを作るのは。

 書類に机、PCが大量にあったのに、使える人手は2人分しか無かったからな」

 

九十郎は半ば無理矢理執行会室に居残った。

詠美と吉音の一騎討ちを邪魔されるのを防ぐために……そして十中八九吉音と共に執行会室に乗り込んでくるであろう秋月八雲を殴る為に。

 

つい先日、朱金真留コンビにボコボコにされた担庵は寝込んでいるというのに、同じようにボコボコにされていた九十郎は割と元気そうだ。

無駄に頑丈な男である、無駄に。

 

「あたしは、詠美ちゃんと話し合うために来たの。 邪魔をしないで」

 

吉音が告げる。

普段の大食いで能天気な表情は既に無い……確かな決意を籠めた、剣士の顔だ。

 

矛盾をするようだが、吉音は今、真剣に話し合いを望んでいた。

 

「貴女はそうでも、私は話し合いで済ませる気なんてないわ」

 

「詠美は吉音と戦うために、俺は八雲を殴る為にここに居る。

 今更なぁなぁでは済ませられんよ、止まれんよ」

 

「これ以上誰かが傷つくなんて……あたしはそんな事のために来たわけじゃない……」

 

「俺は吉音や八雲の言ってる事、やってきた事よりも、

 詠美がやってきた事、詠美がやろうとしている事の方が正しいと思う。

 担庵もそうだ。 それにたぶん、ここには居ない光璃もそう言うだろうさ。

 情よりも効率、政治ってのは須らく結果責任だからな」

 

「でも……それで尚歯会は……」

 

「それでもだ。 一番辛い筈の担庵が文句を言っていないんだ。

 俺や詠美がどうこう言う資格は無い……

 まあ、あいつらが世を無駄に騒がす悪餓鬼共だったのは事実だったしな」

 

「だからってあんな横暴な事が!」

 

「ははは、どっちを指してるのかは知らんが無理無茶無謀は承知の上、不平不満も覚悟の上」

 

しかし、情報統制を行い、同じ学園の生徒を公開処刑するのはやりすぎではなかろうか。

 

この男は基本的に屑である。

唯一の救いは、自分が屑である事を自覚している所であろうか。

 

「そうよ、それが私と九十郎の選択、私と九十郎の出した結論。

 傲慢と呼ばれようとも、誰もが笑顔になれる方法ではないにしても……」

 

「まあ理解してくれとは言わん。 10年後20年後に評価されれば御の字さ。

 子供番組のようにやりたいと誰もが望みながらも、

 子供番組のようにはいかんのが世の中だ……」

 

「「だからっ!!」」

 

「私達の邪魔をしないで! 吉音さん!」

 

「詠美の邪魔はさせんぞ! 秋月ぃっ!」

 

詠美もまた剣を抜き、八雲と吉音に突きつける。

それが彼女の決意の証、彼女の魂だ。

 

「そして勝ったら来年の剣術指南には神道無念流を推してくれ」

 

……台無しである。

 

「……少しでも貴方を見直しそうになった私が馬鹿だったわ」

 

呆れたようにため息をつくが、詠美は知っている。

酉居が次期剣術指南役なれるよう働きかけてやると言った時、九十郎は断った事を。

裏取引で得たり喪ったりするトロフィーに価値を見出せなかったのである。

 

もし詠美が次期将軍になり、剣術指南役を推薦すると言ったとしても、九十郎は断る。

だからこそ、詠美は九十郎を信頼しているのだ。

それはそれとして神道無念流を広めるのにコネを活用する気は満々な所が九十郎なのだが。

 

「ありがとう、頼りにしているわ」

 

短い言葉であったが、それは詠美の本心だ。

感謝をしていた、頼りにもしていた。

詠美にとって九十郎は支えであった。

 

「気にするな、我欲100%だ」

 

詠美は一瞬、何かを言いかけて……やめた。

当の本人がどう思っているかはともかく、詠美は我欲で九十郎がこの場に残ったとは思えなかった。

 

「これからも頼りにしても良いかしら」

 

だからそう尋ねた。

聞くまでも無い事だとも思ったが、それでもちゃんとした言葉が欲しかったのだ。

 

「ははは、この戦いの後、お前がどんな詠美になろうとも、俺は徳河詠美応援団の団長だよ。

 構う事は無い、やっちまえ。 そしてなっちまえ、暫定将軍(笑)じゃない、本物の将軍に」

 

「また遊園地、連れて行ってくれるのよね」

 

「ああ、良いぜ。 今度は富士急ハイランドにでも行こうか」

 

「来年も花火、見せてくれるのよね」

 

「来年は坦庵が卒業してるだろうから、どうなるか分からんが……

 まあ、花火をやる事になったら詠美も誘うよ」

 

「そう、分かったわ」

 

この約束は果たされない。

九十郎が早死にするからだ。

 

だがしかし、今この瞬間……詠美は信じた、九十郎を。

そして笑った、詠美は万人の味方を得た気分であった。

 

「今日は私が勝つわ、吉音さん! 私を信じてくれる人のために、

 私を支え続けてくれた人のために、私を応援してくれた人のために…

 そして何より、私自身のためにも!」

 

刀を握る手に力が籠る。

負けたくない、負けられない……詠美は今、心の底から吉音に勝ちたいと思っていた。

 

そして思った、吉音が秋月八雲を愛しているのと同じように……否、それ以上に、自分は斎藤九十郎を愛しているのだと。

基本的に屑で、ブ男で、外道で、ダメ人間で、神道無念流だけやってれば幸せな剣術馬鹿の九十郎と共に歩みたいと、共に生きたいと願っていると。

 

詠美は男の趣味が悪いのではなかろうか。

 

「勝ったら、お話してくれるんだよね……なら!」

 

徳河吉音が剣を抜いた。

 

決意があった、何があっても詠美と話をするのだという決意が。

愛があった、秋月八雲と共に歩みたい、共に生きたい、愛し合いたいという願いがあった。

 

「勝負!」

「勝負!」

 

2人の少女が叫ぶ、そして激突する……これまで一度も衝突した事の無い2人が、一度も喧嘩をした事の無い2人が、本音をぶつけ合い、魂を削り合う戦いを始める。

 

「秋月いいいぃぃぃーーーっ!!」

 

……そんな2人を尻目に、斎藤九十郎も剣を振るっていた。

 

敵は九十郎に一生癒えないトラウマを刻んだ男、ある日突然大江戸学園に転校してきて、あっというまに学園中の美女達を落としていった超のつくモテ男、秋月八雲。

 

「……貴方程の人が、どうしてこんな事に手を貸すんだ!?」

 

「てめぇを殴る為に決まってるだろうが!! このリア充がぁ!!」

 

「まさかの私怨!?」

 

否、ある種の防衛本能である。

 

「羨ましいぞ! 妬ましいぞこのリア充!

 どうしてお前ばかりがモテるんだコンニャロウ!」

 

「え? ちょっと、さっきと言ってる事が違ってないか!?」

 

「それとこれとは話が別だぁっ!!

 それとも何か、戦う理由が2つ以上ある奴は剣を振るうなってか?

 大人しく俺の神道無念流サビになりやがれコンニャロウ!」

 

そう叫びながら、喉の奥から血を噴き出さんばかりに叫びながら、九十郎はぶぉん! ぶぉん!! と剣を振るう。

 

刃止めがされた刀ではあるが、鍛え抜かれた九十郎のパワーをまともに喰らえば、良くて骨折、悪ければ内臓が破裂する。

 

そして今の興奮しきった九十郎の頭の中に『手加減』の文字は存在しない。

 

「わっ!! ととと、危なぁっ!? ちょ、おい手加減してくれって!」

 

「ほお避けるかぁ! 受け流すかぁ!

 ちょっと前までヒョロガキだった癖に、やるじゃあねぇかあ!!」

 

「逃げ回るので精いっぱいだよ!」

 

八雲が逃げる。

逃げて避けて受け止めて、必死こいて生き延びる。

 

この男は暇さえあれば身体を鍛え、剣を振るっている剣術馬鹿。

剣を教える事は超一流、剣の腕そのものも準一流……眠利シオンや鬼島桃子のような怪物クラスの剣鬼相手にも、ある程度までは善戦できる腕前を持つ。

 

テガタナーズが世界五大災厄に挑んだ時レベルの善戦が精一杯であるが。

 

普段の九十郎ならば、八雲を瞬殺できる。

数秒もあれば叩き伏せられる……まともな精神状態であれば。

 

「(……くそが、胸が軋む、頭が捻じれる、腕も足もまともに動いちゃいない。

 どうなっちまってるんだ今日の俺は!?)」

 

九十郎の心が悲鳴を挙げていた。

イタイ、イタイイタイ、イタイイタイイタイと叫んでいた。

 

「……うぐっ、力比べじゃあ負ける……だけど……」

 

剣と剣が何度もぶつかり合う。

その度に八雲が力負けし、弾き飛ばされ、傷つき疲弊していく。

 

「筋肉達磨が動きが遅いってのは、ゲームの中だけなんだよ!

 パワーがある奴はスピードも速い! 剣術はパワーだぜぇっ!!」

 

勇ましく九十郎が雄たけびを上げる。

優勢なのは九十郎だ、それは間違い無い。

秋月八雲は数段上の実力者を相手に、ギリギリの所で食い下がっているにすぎない。

 

しかし、どんなに劣勢になろうとも、秋月八雲は折れない、諦めない。

しかし逆に、戦いが長引けば長引く程、九十郎の魂が痛みを訴えていた。

 

「長谷河平良! 遠山朱金! 銭形真留! 大岡想!

 水都光姫! 八辺由佳里! 八坂とゆかいな仲間達!

 鬼退治桃太郎先輩! 刀舟斎かなう! 五十嵐の妹! 秋月の夜の玩具!」

 

剣を振るうスピードが速まる、力が籠る。

秋月八雲が追い詰められる……しかし、九十郎を襲う痛みも増していく。

 

「……俺が把握できたのはここまでだがな、探せばまだまだ出そうじゃねえか。

 全員が全員お前に惚れて、全員が全員お前の恋人だ、違うかぁっ!!」

 

「俺の夜の玩具って誰の事だよ!?」

 

「佐東はじめ」

 

「下級生の女の子になんて綽名つけてんだアンタは!?」

 

夜の玩具と揶揄されるような行為に及んでいる事は否定しなかった。

 

「ヤった事は認めんだなこのロリペド超人!!

 しかも路地裏とか倉庫街とか普通に通報案件の場所でよお!!」

 

「ロリペドって、1コ下だよはじめは!」

 

「顔とか胸とか腰とか胸とか性格とか胸とかがロリっぽいじゃねえか!」

 

この男、胸胸言い過ぎである。

 

「うっ……ああそうだ! それがどうしたって言うんだ!!」

 

「お前ばかりが何故モテる!? それも全員美人! 巨乳も多いっ!!」

 

「俺が知るかよ!」

 

「美人ばっかり侍らせやがって! 大した腕も無いヒョロガキのくせにっ!

 御前試合乱取りの部で、光璃に成す術も無くボコられたヤツの癖にいぃっ!!」

 

「馬鹿野郎! 勝てるかあんなのにっ!!」

 

光璃に……武田晴信に御家流・風林火山を使わせ、思い切りが良かったと褒められる程度には善戦したのだから上出来ではないだろうか。

 

それに光璃が部隊を率いて戦った場合、九十郎でも成す術も無くボコられる。

 

「佐東の奴、目隠し取ったら普通に可愛いじゃないか!

 羨ましいぞコンニャロウ! 妬ましいぞコンチキショウ!!」

 

そんな事を叫びながら、九十郎は八雲への攻撃を再開する。

 

「長谷河と遠山の拗れた仲、どうやって修復した!

 俺だってどうにかしたかった! どうする事もできなかったのに!!」

 

「俺は何もしていない!」

 

「嘘つけこの野郎!! 何もしていない奴に、長谷河と遠山が揃って惚れるものかよ!!

 それも……それも奉行所で3Pするまで……そんな関係になるものかよ!!」

 

「げ……み、見てたのか……?」

 

「見てたよ! 俺がパートタイム火付盗賊改方やってんの、てめえも知ってるだろ!

 探してたんだよ長谷河をよ!

 そして……長谷河が、あんなに幸せそうに笑って、喘いで、跨って……それで……」

 

眩暈がした、吐き気がした、視界がグルグルと回っているように感じた。

自分の言っている事が、醜い男の嫉妬だという事は理解できていた。

 

だがしかし……言わずにはいられない、吐き出さずにはいられない。

そうでなければ前に進めない。

 

「何故だ秋月、何故お前ばかりがそんなにモテる。 何故俺は全くモテる気配が無い。

 顔か!? やっぱり男は顔だったのか!?」

 

とりあえず九十郎はマッチョなブ男である。

 

「い、いや……顔じゃないと思うぞ……俺は……」

 

八雲は露骨に視線を逸らした。

 

「その上、徳河吉音はてめえとべったり、最近は詠美とも真夜中の逢引きを重ねて……

 てめえのモテっぷりに際限は無いのか? 1人くらい分けろコンニャロウ!」

 

「女性を分ける分けないだなんて言うんじゃない!」

 

ハッキリ言って屑の言動である。

九十郎がモテない最大の原因はそこにあるし、本人も自覚している。

 

「はっ! おモテになる人は言う事が違うねぇっ!!

 てめえみたいな奴が女を10人も20人も独占するから、

 非モテは何年たっても非モテなんだよ!」

 

「他人のせいするなっ!!」

 

八雲が反撃した。

 

「分かってるよ! 他人のせいにしても何にもならねえ事位はなぁっ!!

 でも辛いんだよ、苦しいんだよ! 何でこんなに辛いんだよ!

 答えろよ秋月いいいぃぃぃーーーっ!!」

 

九十郎が叫んだ。

叫び、吠え、心の痛みを誤魔化しながら剣を振りかぶった。

 

自分が屑だと思った、秋月八雲は価値のある男だと、自分よりも上位の存在だと思った、自分ではどうあがいても勝ち目の無い存在だと、どう頑張っても敵わない存在だと……それを認めたくない、信じたくない、そう心が叫んでいた。

それを認めてしまえば、信じてしまえば、自分は本当に本当に無価値になってしまう気がした。

 

今の九十郎は大振りで、隙だらけだった。

 

「……愛するさ、全員纏めて。 全身全霊で」

 

一瞬、何を言えば良いのかと迷った……迷った上で、それしか言う言葉が見つからなかった。

 

そして反撃した。

秋月八雲の特技……真っ直ぐな突きが吸い込まれるように九十郎の喉に突き刺さった。

 

「くそが」

 

九十郎の巨体が大きく後ろにふっとんだ。

まともな体調なら、まともな精神状態なら軽く躱せるその突きを、九十郎は全く反応できずにまともに喰らった。

 

「結局、正義は必ず勝つって事か……

 俺のような屑が格好つけて頑張った所で、全部無駄だったって事か……

 無意味だったって事か……」

 

そして九十郎が沈んだ。

朱金に殴られた所が、真留の投げ銭が当たった所が、そしてたった今八雲に突かれた所が、ズキズキと痛んだ。

 

「結局……俺が価値の無い男だっただけか……

 秋月八雲は価値のある男だった、それだけの事か……遠山や銭方が、それに長谷河が……

 あいつらが価値の無い男に惚れる筈……ないものな……」

 

九十郎の筋肉は、突きの一発で参る程ヤワな鍛え方をしていない。

立ち上がろうと思えば立ち上がれた。

 

だがしかし……既に九十郎の心が折れていた。

自分のような屑は何をやっても秋月八雲には敵わない。

価値の無い男がどう頑張ろうと、価値のある男に勝てる筈が無い。

 

九十郎はそれを魂に刻み込み……

 

「悪いな詠美、敗けちまったよ」

 

未だ吉音と剣戟を交える詠美に対し、そう告げた。

詠美は吉音と戦いながら九十郎への愛を叫んでいたのであるが、九十郎は気づかなかった。

 

自分がやってる事が屑の所業だという事は理解していた。

理解してなお、これが正しいと思ってやった、これが正しいと信じて戦った。

詠美を支えようとしていた。

 

戦って、戦って、戦って……今日、九十郎は負けたのだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

惚れた女がいた。

惚れた女は雌の顔をして、秋月八雲に跨っていた。

 

ダチ公がいた。

ダチ公は雌の顔をして、秋月八雲に跨っていた。

 

惚れた女とダチ公は喧嘩をしていた、どうにかしてやりたいと思っていた。

秋月八雲が2人の仲を修復した。

 

詠美がいた。

助けてやりたい、支えてやりたいと思った、そのために外道に手を染めた。

詠美のためだ、学園の未来のためだ、これが正しい事だと自分に言い聞かせてやった。

秋月八雲に否定された。

詠美もまた、秋月八雲の女になった。

 

せめて剣だけは、せめて神道無念流だけはと思い、秋月八雲に挑んだ。

負けた。

 

そして斎藤九十郎は歪んだ。

自分は屑だと、自分に価値は無いと信じた。

価値のある女は、価値のある男に惚れるものだと信じた。

自分ごときがどう頑張ろうが、どう足掻こうが、価値のある男には勝てないのだと信じた。

 

それは根拠の無い思い込みであったが……斎藤九十郎にとっては、確かな真実であった。

 


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