戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

21 / 128
戦国†恋姫X登場のある人物がはっちゃけてキャラが崩壊しています。
嫌な予感がする方は閲覧を控えてください。



犬子と九十郎第25話『大江戸学園御前試合』

大江戸学園最強は誰か?

 

学園の者に尋ねると、ある者は『柳生十兵衛』と答える。

ある者は『眠利シオン』と答える。

ある者は『鬼島桃子』と答える。

斎藤九十郎は『俺』と答える。

 

しかしその後、全員が全員こう付け加える。

『何でもアリなら武田光璃が最強だ』と。

 

なお、光璃は『仲村往水』と答える。

 

『奴隷は持たざる者。 猶予のない虐げられし者。

 しかし、その何も持たぬ……劣悪な環境であるがゆえに王を撃つ』

 

……だそうだ。

 

褒めているのか貶しているのかまるで分からない理由だが、光璃的には……戦国武将・武田信玄としては最大級の賛辞だ。

 

担庵も九十郎も光璃の発言を丸っきり理解できかったが、光璃が御前試合乱取りの部に参加するにあたって、一番警戒していたのは仲村往水であった事は事実である。

最も、当の本人が乱取りに参戦した事は一度も無いが。

 

御前試合当日、乱取りの部……一騎打ちの部に参加できない生徒でも祭りに参加できるようにという配慮から設けられた、学園都市全体を使った情け無用のサバイバルマッチ。

 

武田光璃と江川担庵、そして200名の練兵館門下生が参加していた。

そして斎藤九十郎は不参加……強すぎるので一騎打ちの部に回されているのだ。

 

「我は武田信玄、明日この世界を粛正する」

 

戦国時代で武田光璃晴信が言いそうにない事コンテストを開催したら、一等賞を狙える台詞が飛び出した。

愛菜もドン引きするレベルのドヤ顔であった。

 

台詞はアレだが、光璃は気合十分だ。

勝利の栄冠を掴むため……ではなく、優勝後のご褒美を得るために。

 

「恰好つけている所に悪いが、どうするかね我が妹分よ。

 ベトコントラップ殺法は今年から禁止になったぞ。

 ナチスガス室殺法は昨年禁止になったし、濰水水攻め殺法は一昨年に禁止になった、

 それに長篠三弾撃ち殺法は3年前から禁止だ」

 

戦国生まれの人間はやる事がエグい。

 

「あれも駄目、これも駄目、大江戸学園は融通が利かない」

 

「妹分が出場禁止になっていないだけ有情だと思うぞ、私はね」

 

光璃を出場禁止にさせないよう、執行部員としての地位と権限とコネと裏取引をフル回転させている少女がぼそりと呟く。

 

普通の神経の持ち主ならば、剣術大会に銃火器を持ち出した4年前の時点で永久出場停止にする。

暴徒鎮圧用のゴム弾を使用し、死人が1人も出なかった事を考慮したとしてもだ。

 

「仲村往水が参加していないのであれば問題は無い、今年も練兵館が勝つ」

 

「仲村殿は甲級三年、出場資格は元々無いのだぞ。

 それにそもそも、言いたくはないが仲村殿に王を撃つ甲斐性があるのかねえ……

 さておき、勝算はあるのかね妹分よ?」

 

「小細工は不要、今年は普通に勝つ」

 

光璃は武田家に伝わる軍配……ではなく、手作りの扇を天高く掲げる。

大江戸学園の入学式の日に九十郎から贈られた、何の仕掛けも由来も無い普通に扇……17年の人生で山のように増えた光璃の宝物の一つだ。

 

光璃は入学してから毎年毎年この乱取り試合に参加しているが、試合中に刀を抜いた事は一度も無い。

そもそも光璃はがらがらどん1号を使う時以外に刀を抜いた時は無いのだが。

 

何にせよ、ただの一度も刀を抜く事無く、ただの一度も敗走する事も無く、光璃は練兵館チームを勝利に導き続けている。

なお御前試合乱取りの部は剣術大会である、一応は。

 

「魚鱗の陣!」

 

光璃がそう告げた瞬間、200名の練兵館門下生が瞬時に、淀みなく迷いなく動き、一つの陣形を形作る。

かつて武田信玄が徳川家康を破った際に使用したといわれる陣形。

どの部署が敗れてもすぐさま後詰が穴を埋め、決して本陣に近づけぬ必勝の陣形……それが魚鱗の陣である。

 

「さぁさぁ! 今年の練兵館勢はどんな卑怯殺法を披露するのか!?

 今年も練兵館勢が大人げない戦い方で勝利を収めるのか、収めてしまうのか!?

 それとも番狂わせが起こるのかぁっ!?

 大江戸学園御前試合、乱取りの部が今スタートだぁっ!!」

 

実況役を任せられている比良賀輝がノリノリでマイクを握る中、乱取り戦開始の合図が学園中に響き渡る。

 

そして……

 

「決着ゥゥーーーッ!! 御前試合乱取りの部は練兵館勢が優勝を飾ったぁっ!!

 大人げないぞ神道無念流! そこまでして勝ちたいか練兵館!

 今年も番狂わせは起きず、練兵館勢の5連勝に終わったあああぁぁぁーーーっ!!」

 

武田信玄大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!

 

「やったぜ」

 

練兵館勢以外の参加者が全滅した後、練兵館勢同士で行われた優勝決定戦で普通に負けた武田光璃が、九十郎に向かってぶいサインを送る。

 

団体による談合が禁止されていないこの乱取り戦、戦国時代に生まれ、歴史に名前が残る程に戦上手であった武田信玄に勝てる者はどこにもいない。

 

それこそ雪合戦にナポレオン・ボナパルトを投入するようなものである。

誰も勝てない、誰も止められない、誰も敵わない……王は平民よりも強いが故に。

結局、武田光璃が出場停止になっていない時点で、武田光璃を擁し、しかも集団戦が可能な程度に組織力がある練兵館の勝利は約束されているのだ。

 

仲村往水が参加していれば……捨て身の奴隷が王を刺す奇跡が起これば、あるいは大番狂わせも起きる可能性もありうるが、往水は今年も乱取り戦に参加していない、そもそも興味を抱いていない。

 

唯一集団戦を挑める酉居葉蔵率いるグループは、数を頼みに馬鹿正直に突撃し、光璃の包囲殲滅作戦に見事に引っ掛かって磨り潰された。

秋月八雲とじごろう銀次は武田家御家流・風林火山の餌食となった。

そして佐東はじめは参加を見送った。

リスクとリターンが釣り合っていないと判断したからだ。

 

甲級3年の最上級生は乱取り戦に出場できない決まりになっているため、光璃が出場できるのは今年で最後……大江戸学園にとって悪夢のような5連勝であった。

 

そして翌日からは一騎打ちの部が始まる。

選ばれた人間による演武のようなものとされているが……神道無念流の人気と知名度アップを狙う九十郎にとっては何よりも大事な試合だ。

 

「よくやった光璃、一騎打ちの方は俺に任せておけ」

 

「観覧席から応援する。 頑張って、九十郎」

 

パァン! と、光璃と九十郎がハイタッチを交わす。

 

なお、一騎打ちの部に優勝だの勝ち抜きだのといった概念は存在しない。

実力の近い者同士がマッチングされ、戦うだけだ。

 

「九十郎、あれやって」

 

光璃がそう言って、首を傾げるように頭を向ける。

 

「ほいほい、わしゃわしゃわしゃわしゃーっ!」

 

九十郎は差し出された頭を鷲掴みにして、髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら乱暴に撫でまわした。

 

他の人間にやったら確実に通報される行為だが、光璃は満足そうだ。

 

「九十郎、あれは?」

 

「優勝のご褒美な、一騎打ちが始まる前に用意しておくよ。 弁当は何が良い?」

 

「ローストビーフ、九十郎の手作りが良い」

 

「分かった分かった、そっちも用意しておくよ」

 

……

 

…………

 

………………

 

そして翌日……大江戸学園御前試合、一騎打ちの部が始まろうとしていた。

第一戦は徳川詠美と徳河吉音の一騎打ち……

 

「フレー! フレー! え・い・みぃっ!! 頑張れ! 頑張れ! え・い・みぃっ!!」

 

学ラン姿の馬鹿が叫んでいた。

馬鹿の名は斎藤九十郎……詠美と吉音の試合の後、一騎打ちの部に参戦する予定の男である。

 

男塾名物・大鐘音……それは戦国時代、武田信玄が上杉謙信との合戦に於て、どうしても援軍に行けず苦戦に陥っている遠方の味方の兵を励ます為に、自陣の上に一千騎の兵を並べ、一勢に大声を出させ檄を送ったという故事に由来する。

その距離はおよそ二十五里、キロに直すと100キロ離れていたというから驚嘆の他はない……余談ではあるが、昭和十五年の全日本大学野球選手権のW大応援団のエールは、神宮球場から池袋まで聞こえたという記録がある。

 

「ピィーッ! ピッ! ピ・ピ・ピィッ!!」

 

乱取りの部、練兵館勝利の立役者である武田信玄……もとい武田光璃が学ランを纏い、ホイッスルで練兵館門下生達を指揮し、一斉に旗を振らせる。

 

『頑張れ詠美』『負けるな詠美』『俺達がついている』『新なんてぶっ飛ばせ』『練兵館のシゴキを忘れるな』『詠美バンザイ』『詠美ちゃんぺろぺろ』思い思いのメッセージが描かれた旗が、一斉にスタジアムを彩った。

 

「あったよ、応援旗があった!」

 

担庵がそう告げる……何の意味も無く彼岸島風に。

直後、総重量300kgの巨大応援旗が10人がかりで運ばれてきた。

 

「応援旗でかした!」

 

九十郎がそう答える……何の意味も無く彼岸島風に。

 

もしも詠美が次期将軍になったら、コネクションフル活用して神道無念流を広めてやるぜ、げっへっへっへっへ……とかなんとか下種な事を考えた九十郎が、徹夜で作り上げた巨大応援旗だ。

 

「みんな丸太は持ったな! 行・く・ぞおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

丸太と見間違う程の太さの巨大応援旗を九十郎が両腕で掴み、抱え……そして持ち上げた。

神道無念流で培われたパワーが、絶え間ぬ努力から生み出されるパワーが、バッファローマンかと見間違える程のマッシブな体格によるパワーが、丸太のような太さ、総重量300kgの応援団旗を持ち上げ、大きく左右に振るという奇跡を成り立たせた。

『徳河詠美応援団』と金糸で彩られた見事な刺繍(九十郎作)の応援団旗がたなびいたのだ。

 

「勝てよ詠美いいいぃぃぃーーーっ!! 負けるな詠美いいいぃぃぃーーーっ!!

 頑張れ詠美いいいぃぃぃーーーーっ!! 強いぞ詠美いいいぃぃぃーーーっ!!」

 

そして馬鹿が叫んだ。

喉の奥から叫んだ、会場中に響く渡る程に大きな声で叫んだ。

完徹している癖に元気な男である。

 

「やっぱり……やっぱり詠美ちゃんは凄いな……」

 

徳河吉音が静かに微笑んだ。

 

「へへっ、九十郎の奴、粋な真似をするじゃないか。

 オレはこういうの、嫌いじゃないぜ」

 

「全くあいつは……変わらないな、変わらないよな、何年経っても……」

 

会場の警備をしていた遠山朱金が、長谷河平良が静かに微笑んだ。

詠美の人望を再確認した吉音、九十郎の良い意味での馬鹿さ加減を再認識した朱金と平良が……

 

「馬鹿……本当に馬鹿……何を考えているのよ!

 大事な時なのに! あの人が見ているというのに!」

 

一方、詠美はあまりの恥ずかしさに全身を真っ赤にして、プルプルと震えていた。

父親が……詠美が心の底から認めてほしい、認められたいと願って止まない存在が、今この瞬間を見ているのだ、聞いているのだから。

 

「良いのかい八の字、黙ったまんまで」

 

九十郎の無駄にデカい声援を聞きながら、PKフーリンカザンで呼び集められた武田の祖霊達に袋叩きに遭い、全身ボコボコにされたじごろう銀次がそう呟く。

 

「いえ……俺は……」

 

イチかバチか指揮官狙いの奇襲を試みたものの、風林火山で強化された魚鱗陣を破れず、あえなく敗退した八雲がそう答える。

 

「試合の邪魔をしちゃいけないとでも考えているのかい?

 そいつは要らん心配ってヤツさ八の字。

 向こうにゃあんなデカい声の応援が付いてるんだぜ、

 このまま黙って見ていたらむしろそっちの方が不公平さ」

 

その時ふと八雲が顔を上げると、試合場の吉音と目が合った。

 

『頑張るよ、だから見ていてね』そう言いたげに笑みを浮かべ、再び八雲に背を向けて試合場に歩みを進める。

 

「あ……新あああぁぁぁーーーっ!! 頑張れよおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

気が付けば、八雲もまた席を立ち、大声で吉音に声援を送っていた。

練兵館門下生に思い切り殴られた傷は痛むが、立たずにはいられなかった、叫ばずにはいられなかった。

九十郎の無駄にデカい声にくらべれば微々たる声援であったが……

 

「うわぁ……どうしよ、口元が緩んじゃうよ」

 

吉音の耳にはしっかりと届いていた。

吉音の心にしっかりと伝わっていた。

 

徳河吉音は思う。

八雲の事を考えると、自分の心が温かくなっていくのを感じると、心が弾み、自分の全身に活力が漲っていくのを感じると。

自分は秋月八雲に恋をしているのだと。

 

徳河詠美は思う。

やはり斎藤九十郎は馬鹿だと。

江川担庵や武田光璃のような才女が、何故九十郎を評価し、九十郎の傍を離れようとしないのかまるで分からないと。

そして馬鹿丸出しの顔で、血管を浮き出させながら自分に声援を送る筋肉馬鹿を、何故自分は視線を逸らせられないのかと。

 

吉音が、詠美が、刀を抜いた。

それぞれを応援する声を聞きながら。

 

……

 

…………

 

………………

 

御前試合から数日が過ぎた……

 

「あばれてアッパレ! アカニンジャー!」

 

「とどろけ八雲! アオニンジャー!」

 

「きらめきの凪! キニンジャー!」

 

「ひとひら風花! シロニンジャー!」

 

「揺らめく霞! モモニンジャー!」

 

「彩の星! スターニンジャー!」

 

「忍なれども忍ばない……」

 

「忍びなれども……パーリナイッ!!」

 

「「「「「「手裏剣戦隊! ニンニンジャー!!」」」」」」

 

「忍ぶどころか、暴れるぜっ!」

 

赤、青、黄、白、桃、金……大音量で響き渡る主題歌ソングを背に、6色の珍妙な格好をした忍者達が各々武器を構え、悪役とチャンバラを始めた。

 

戦国時代の人間にこれを忍者だと言い張った場合、きっと正気を疑われるだろう。

 

「頑張れ……頑張れニンニンジャー……」

 

「いけーっ! やっちまえーっ!! ぶっ飛ばせーっ!!」

 

しかし、光璃と九十郎のテンションは最高潮に達していた。

その瞳はキラキラと輝いていた。

 

戦国時代の武田光璃晴信を知る人物が見たら卒倒するであろう光景である。

 

「……で、何なのこれ?」

 

……半ば無理やり連れてこられた詠美のテンションはダダ下がりだ。

 

ここは東京ドームシティ、シアターGロッソ。

ニンニンジャーなる子供番組のキャラクターによるヒーローショーが行われていた。

 

「九十郎、私の記憶が確かなら、

 御前試合があんな結果に終わって落ち込んでいる私を励まそうとしていたのよね」

 

詠美と吉音の一騎打ちは、不完全燃焼の幕切れに終わった。

詠美が放った剣魂が貴賓席に飛んでいき、危うく大江戸学園筆頭理事……詠美の父に大怪我をさせそうになり、試合は中止。

そのまま御前試合自体がお流れになってしまったのだ。

 

「楽しいだろ」

 

九十郎は真顔で答えた。

 

「いいえ、全く」

 

詠美も真顔で言った。

そして呆れていた、盛大に。

 

「私は今、忙しいのだけれど。

 御前試合があんな……あんな事になって、関係各所への謝罪や事後処理があるのよ」

 

「副将軍とセカンド幼馴染が任せておけって言ってただろ、なら問題ないさ」

 

光璃や九十郎と馬鹿をやっている印象が強いが、担庵も生徒会執行部の中枢に籍を置く者である。

徳河や水都に匹敵するとまでは言えないが、由緒ある家柄の跡継ぎでもある。

 

だからこそ九十郎はパートタイム火付盗賊改方なんて無茶ができるし、執行部が忙しい時は手伝いにも駆り出されるし、詠美とも出会った。

 

「丸投げになんてできる訳がないでしょう、元はと言えば私の落ち度なのよ」

 

「落ち度はねえよ、あんなの事故だろ事故。 と言うか謝罪するなら俺にまず謝れよ。

 お前が派手にやらかしたせいで俺の試合がお流れになったじゃねえか。

 神道無念流を派手に宣伝するチャンスだって張り切ってたのによ」

 

この男は謝らせたいのか励ましたいのかどちらなのだろうか。

 

それにこの男は応援旗や揃いの学ランを徹夜で用意した上、後先考えずに300kgの旗を振りながら叫びまくったせいで気力と体力を使い果たしていた。

戦ったら戦ったで無様な負け姿を晒していただろう。

九十郎はむしろ詠美に感謝するべきである。

 

「……ごめんなさい、謝るわ」

 

やや釈然としない気持ちを抱きながらも、詠美は頭を下げた。

 

「よし許す。 許したから最後までニンニンジャーの活躍を楽しもうぜ」

 

「はぁ……本当にこんな事をしている時間なんて無いのに……」

 

やや釈然としない気持ちを抱きながらも、詠美は黙って前を向く。

 

そして……

 

「さてと……ニンニンジャーショーは見た! 昼飯も食った!」

 

「あ・そ・ぶ・ぜ~……止めてみな!」

 

「ははは、誰も止めねえよ。 元とれるくらいに遊び倒すぞ」

 

九十郎が早起きして作ったお弁当を残らず平らげた光璃が、キョウリュウレッドっぽいポージングをしながら1日フリーパス券を握りしめる。

 

戦国時代の武田光璃晴信を知る者が見たら卒倒するような光景である。

 

「美味しかった、美味しかったのだけども……

 何かしら、この何とも表現しがたい敗北感は……」

 

同じく九十郎の手作り弁当を残らず食べ切った詠美が、釈然としない思いを抱きながらもはしゃぐ2人を追いかける。

 

「九十郎の特製ローストビーフは至福の味。

 一度でも食べれば魂魄まで虜になり、二度と学食や購買に行けなくなる」

 

「そんな大げさな……」

 

その瞬間、脳裏に絶妙焼き加減のローストビーフの味が甦る。

完成して半日も経っているというのに、口に入れた時の触感は瑞々しさすら感じてしまう。

さらに濃厚な肉の旨味を凝縮したソースも完成度が高く、肉の味を引き立てながら口の中で弾ける旨味の爆発力、破壊力は、名家に生まれ舌の肥えた詠美をも唸らせるものであった。

 

「さらに一緒に持ってきたクロワッサンはパン祖江川担庵が今朝焼き上げた物。

 売りに出されれば5分で完売する超人気の味。

 かの生徒会副将軍すらも脱帽させる至高のパン」

 

「あ、あれが噂の……どうりで味も触感も普段食べているものと全然……

 確かに、大げさでもないかもしれないわね……」

 

この男も担庵も無駄に器用である。

 

「それで、どうして本土でヒーローショーを見る事になったのかしら?」

 

「光璃に言えよ、ここが良いって言いだしたのは光璃なんだからな」

 

なお、九十郎もノリノリで賛同したので同罪である。

 

「乱取り優勝のご褒美。

 他人のお金でニンニンジャーショーとアトラクション1日フリーパス、

 特製ローストビーフ弁当おいしいです」

 

「光璃が毎年優勝をもぎ取ってくれるおかげで、

 御前試合の後は入館希望者が続々と集まるんだよ。

 往復の運賃と観覧券、フリーパス代なんて安いもんだ」

 

「なら、私の分は払うわよ」

 

「いらんいらん、無理矢理連れ出したのは俺、

 それに最初に言った詠美を励ますためっていうのも嘘じゃない。

 金のことは心配せずに今日は遊ぶがいいさ」

 

「でも悪いじゃない」

 

「良いから素直に楽しめよ、ほら最初は何に乗りたい?」

 

九十郎が指差す先に、東京ドームシティアトラクションズ……かつて後楽園ゆうえんちと呼ばれていた場所に鎮座する遊具の数々があった。

 

「そんな事を急に言われても、どれが何だかまるでわからないわ」

 

「なら直感で行け、直感で。 何でも良いから指差してみろ」

 

「ええと、それなら……」

 

詠美は恐る恐る、比較的安全そうな遊具……ピクシーカップを指差した。

 

「ああピクシーカップか、あれは遊園地につきものコーヒーカップの亜種のようなものだ。

 中々面白い物を選ぶじゃないか」

 

九十郎がニヤニヤと笑いながら詠美の手を引き、係員にチケットを見せてカップ内に乗り込む。

 

「九十郎、あれやって」

 

「ふっふっふ……任せな」

 

光璃と九十郎の手がコーヒーカップ中央に備えられたハンドルをガッシと掴んだ。

 

「「ま・わ・す・ぜ~……」」

 

長年の修行によって身についた超パワーに、武田家御家流・風林火山による強化が乗った。

詠美は猛烈に嫌な予感がした。

 

「ちょ、待って……手加減をし……」

 

まるで命乞いをするかのような声が2人の耳に届く前に……

 

「「止めてみなぁっ!!」」

 

……光璃と九十郎はハンドルを全力で回転、カップは超電磁スピンかと見間違う程に回った。

2人の邪悪友情パワーによって生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさに歯車的砂嵐の小宇宙!!

 

何度もやって慣れている光璃は平然とした顔で楽しんでしたが、詠美は三半規管を揺さぶられ、危うく吐きそうになった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。