戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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戦国†恋姫X登場のある人物がはっちゃけてキャラが崩壊しています。
嫌な予感がする方は閲覧を控えてください。



犬子と九十郎第24話『あっぱれ!天下御免』

……大江戸学園。

 

「……九十郎、見つけた」

 

広い広い大江戸学園の敷地内を当てもなく徘徊する不審者の傍らに控える剣魂から、そんな少女の声が出てくる。

 

がらがらどん3号とは九十郎が持つ山羊型の……トロルすらもバラバラに引き裂けそうな程にマッチョな山羊型の剣魂の名だ。

がらがらどん3号は、がらがらどん1号、がらがらどん2号と通信を行う事ができるのだ。

 

「場所はどこだ?」

 

「がらがらどん1号に誘導させる」

 

「坦庵には?」

 

「もう連絡した」

 

「わかった、現地で合流しよう」

 

「……状況は切迫している、急いで」

 

「おうよぉっ!!」

 

マッチョが走る、ダッシュで走る、ドタドタと音を立て、土煙を舞わせながら走る……見る人が見れば通報案件であるが、今日の九十郎は珍しく学園の正義と平和のために走っている。

 

大江戸学園……ニホンの誇るトップエリート共が、その有り余る才覚を全力でゴミ箱にダンクシュートして、俺はここだぜ一足お先と、光の速さで明後日の方向へダッシュする魔境である。

 

今日も今日とて、大江戸学園に弱者の嘆き、悪漢達の高笑いが響き渡る。

そして……

 

「「「太陽ジャンプ!」」」

 

そして馬鹿が出た。

馬鹿3名が無駄に洗練された無駄の無い動きで同時にジャンプし、空中で交差し、悪漢達の近くに揃って着地する。

 

「バルイーグル!」

 

どじゃ~ん! と、本人的にはカッコイイポーズを決める少女は、大江戸学園甲級二年は組、武田光瑠。

情報収集に特化した山羊型の剣魂・がらがらどん1号の使い手であり、九十郎がファースト幼馴染と、坦庵が我が妹分と呼ぶ少女……好きなスーパー戦隊はマジレンジャー。

 

「バルシャーク!」

 

ノリノリでポージングを決める少女は、大江戸学園甲級三年い組、江川坦庵。

情報分析に特化した山羊型の剣魂・がらがらどん2号の使い手であり、九十郎がセカンド幼馴染と呼ぶ少女……好きなスーパー戦隊はジュウレンジャー。

大江戸学園生徒会執行部員、歴史ある名家の生まれである。

本名は別にあるらしいが、あまりにも女の子らしくないという理由で、名乗りたがらない。

 

「バルパンサー!」

 

きしょい位にキレのある動きでポージングを決めるマッチョは、大江戸学園甲級二年い組、斎藤九十郎。

戦闘に特化した山羊型の剣魂・がらがらどん3号の使い手、好きなスーパー戦隊はゴーオンジャー。

担庵からは我が弟分と呼ばれている。

 

そして人々はこの3人……光璃と担庵と九十郎を、大江戸学園のジェットストリーム馬鹿と呼ぶ。

 

「輝け、太陽戦隊……」

 

「「「サンバルカンッ!!」」」

 

2人の少女達と1人のマッチョメンがビシッとポーズを決めた瞬間、光璃のスマホから太陽戦隊サンバルカンのオープニングテーマが流れ出す。

 

悪漢達はぽか~んとしている。

この瞬間、シリアスさんは爆発四散したが、大江戸学園ではよくある光景である。

 

なお、このポージングに意味は全く無い。

やりたくなったからやっただけ、ノリと勢いに身を任せただけである。

 

「やはり3人ではポージングの幅が狭まる。

 サンバルカン、ハリケン、アバレン、ゴーバス……」

 

「ゴーオンもいけるだろ」

 

そして光璃と九十郎は悪漢達をそっちのけでひそひそと相談を始める。

シリアスさんに対する熱い死体蹴りである。

 

「……盲点だった、確かにゴーオンジャーも3人戦隊、ただし第1話だけ」

 

「でもやっぱ5人揃えてえよな……

 いっそ詠美と長谷河あたり巻き込んで5人戦隊やってみるか?」

 

火盗長官の威厳とか、執行部の威光とかが粉微塵になって死ぬ。

 

「ポジションは?」

 

「どうせお前らレッドとブルーしかやりたがらないんだろ。

 消去法で範人と軍平じゃねえのか、断られたら3人だ」

 

その場合、マッチョな大男がゴーオンイエローの台詞を喋りながらポージングをする、ある意味阿鼻叫喚の地獄絵図が権現するのだが、この男はそこまで頭が回っていない。

九十郎は今生でも、戦国時代に転生した後でも基本考え足らずなのだ。

 

後日、光璃はスカート姿のまま、転校してきた秋月八雲の前でゴーオンレッドの名乗りシーンを再現し、下着を思い切り覗かれて赤面する……最早恒例行事である。

 

「我が妹分、そして我が弟分よ、戦隊談義はその位にして前を向きたまえ。

 向こうはやる気のようだぞ」

 

バルシャーク……もとい担庵がそう告げる。

先程ノリノリでバルシャークのポージングを決めた事からも分かる通り、この少女も相当な戦隊好きである。

 

「て、てめぇら一体何の用でい! こっちは今重要な話をだな……」

 

「た、助けてください!! こいつら酷いんですよ! 全く身に覚えがないのに、

 お前は金を借りたまま返していないんだって急に押しかけてきて!

 返せないなら店をこっちに明け渡せなんて言い出すんですよ!」

 

「うるせぇ!! 借用書にはてめぇの印が押されてるんだよ!

 今日中に返せ! さもなきゃあてめぇの店は俺達のもんだ!!」

 

「そ、そんな……苦労して苦労して、やっと経営が軌道に乗ってきたというのに……

 だいたい、たった一日でそんな大金を用意できる訳がないじゃないですか!

 それに私はお金を借りた覚えなんかありません!」

 

「だったらこの借用書にある店の印はなんだってんだ!! あぁんっ!!」

 

「ひぃっ! そ、そんな事を言われても……知らないものは……」

 

悪漢共のリーダーらしき男が凄み、怒鳴り散らし、哀れな店主が脅えて縮む。

 

「きみ、いいからだしてるね。 練兵館にはいらないか?」

 

そんなやり取りを一切無視して、九十郎はおもむろに勧誘を始めた。

悪漢達も、哀れな被害者も、唖然とした表情で互いに顔を見合わせる。

 

「お、お前……もしかしてふざけてるのか? おちょくってんのか?」

 

「ふざけてねえしおちょくってもいねえよ。

 そんな糞みてえに下らねえ事に時間と体力使ってる暇あったら、

 神道無念流で健康的な汗を流そうぜ。 朝のランニングとか気分良いぜ」

 

常人にとってはおちょくってるとしか思えない台詞だが、九十郎は100%マジで言っている。

 

「入る訳ねぇだろ! 頭にウジでも湧いてんのか!?」

 

ウジが腹を壊しそうな話である。

 

「今なら入館者全員サービスで、手作りのお皿をプレゼントするぞ。

 もちろん見学や体験入館も大歓迎だ」

 

「是非とも入館しないでくれたまえ、余った皿は私が貰う事になっているのだ。

 我が弟分が焼いた皿は実に出来が良くてね、結構人気があるのだよ」

 

「坦庵、物事は正確に言うべき。 坦庵が半分、光璃が残りの半分」

 

作り過ぎた新弟子用の贈答品の処理は、いつだってこの2人の役割だ。

毎回それなり実用性の高い物が貰えるため、質屋に持っていけば小遣い稼ぎになる。

 

「てめぇらに渡す皿なんて一枚も残らねぇからな!!

 神道無念流なめんなよコンチクショウ!!」

 

強がってはいるものの、毎回毎回半分以上が余り物になる。

基本的に楽観的で考え足らずのため、いつもいつも多く作り過ぎるのだ。

 

「……いい加減にしろぉっ!!

 用がねぇならとっとと帰りやがれ!! 見せもんじゃねえんだぞ!!

 

……当然、怒らせる。

 

「用ならまだあるさ……てめぇらは文書偽造、詐欺、恐喝、不動産侵奪、

 強盗致傷の容疑で指名手配がされている」

 

だがしかし、怒っているのは九十郎も同じだ。

先程神道無念流をやらないかと勧誘したのは、心置きなく殴れる相手かどうかを確認する意味もあった。

 

数多くの被害者を出した事に対する義憤と、何の気兼ねも無く神道無念流をやれる時間を減らした事に対する私怨を、念入りに叩きつけても構わぬ相手かを確認していたのだ。

 

「つまり暴れすぎたという訳だ、火盗が動く程にね。

 叩けばまだまだ埃が出そうだ……と、長谷河殿も言っておられたが」

 

「今日の俺達はパートタイム火付盗賊改方だからな、てめぇらを探し回ってた訳だ」

 

「そこは外部協力者と言ってもらいたいね、我が弟分よ」

 

「ジャッジメントですの」

 

「妹分、これ以上シリアスさんに蹴りを入れるのはやめて差し上げろ」

 

3人の馬鹿共が刀を抜く。

学生であるが故に歯止めがされた刀であるが……学生同士の喧嘩では十分すぎる凶器だ。

 

「……ふん、馬鹿共が、この人数に勝てるとでも思ってるのかよ」

 

悪漢達もまた刀を抜く。

その数20名……おおよそ7倍の戦力差。

 

「関係無い、そしてシリアスになるだけの理由も無い。

 既にそこは風林火山の射程距離……全員纏めて病院送りにできる位置、一人も逃さない」

 

「デリート許可だ、やっちまえ光璃」

 

「ロジャー、武田家御家流……風林火山。 裁くのは光璃の『スタンド』だ」

 

その瞬間、光璃の背後に半透明の騎馬武者達がずらりと並ぶ。

武田家御家流・風林火山……それは戦死した武田の武人達の魂を呼び出し代わりに戦わせる、やや他力本願なサイキックパワー的存在である。

また他人の身体能力を底上げする、やや他力本願な小技もできる。

 

そう、武田光璃は超能力者なのだ。

 

開幕風林火山ぶっぱ。

討ち漏らしは九十郎が処理。

担庵と3匹のがらがらどん、見てるだけ。

 

結局、高々20人でこの3人に戦いを挑むのは無謀であったという事だ。

 

「ゴッチュー、これにて一件コンプリート」

 

「大江戸学園は日本晴れってか?」

 

「違いないね、私としてはお風呂でのんびりといきたい所だ。

 我が妹分よ、長谷河殿には連絡をしたのかね?」

 

「抜かりはない」

 

20人の勇敢な悪党共は全員纏めて火盗に引き渡され、謝礼として九十郎は火盗の新入り達に剣術を教える権利を得て、ホクホク顔になる。

 

「しかし我が弟分よ、こんな苦労をしょい込んで、

 その対価が剣術を教える事と聞いたが、君は損しかしていないのではないかね?」

 

「神道無念流を学園中に広めるためにやってるんだよ。

 今年の剣術指南は柳生新陰流に奪われちまったが、

 来年こそは柳生も、千葉も、桃井も抑えて、神道無念流が天下を獲るのさ」

 

追記、斎藤九十郎は剣術馬鹿である。

神道無念流だけやっていれば幸せな男である。

 

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!

 皆様に助けて頂けれなければ、大事な店が奪われてしまっていました。

 本当になんと御礼を申し上げれば良いのやら」

 

「御礼してくれるってんなら、ポスター貼らせてくんねえか? 練兵館は新弟子大歓迎、

 今なら無料体験コースもやっていますって感じのヤツなんだけどよ」

 

基本的に神道無念流をやっていれば幸せな男である。

 

そんな九十郎に転機が訪れる。

そんな九十郎に、一生癒える事の無い深い深いトラウマが刻まれる。

 

秋月八雲が転校してきたのだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

それから少し時は流れ……練兵館強化合宿。

 

毎年行われる御前試合に向けて、練兵館メンバーのレベルアップを図るために毎年行われるこの行事に、徳河詠美が参加していた。

 

本土……江川担庵の実家、伊豆韮山の地で、詠美と九十郎が竹刀を構え、相対する。

 

「……先に言っておくがな、神道無念流は力の剣だ。

 今まで詠美が積み重ねてきた戦い方とは合わない可能性が高い」

 

「承知しているわ、それを承知の上で参加したの。

 力の剣を理解するには、自分自身が力の剣を修めるのが一番有効。

 そして大江戸学園の中で、力の剣を教えるのが一番上手いのが貴方、だから来たの」

 

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。 吉音に勝ちたいか? 詠美」

 

「勝ちたいわ、狂おしい程に」

 

「御前試合まであまり時間が無い、中途半端な修行じゃ逆効果になりかねんぞ」

 

「全力でやって頂戴、私も全力でついて行くから」

 

「……手加減なしでやって良いのか?」

 

「時間が勿体無いわ、同じ事を2度も言わせないで」

 

詠美の鬼気迫る表情を見て、九十郎はにかぁ~と笑みを浮かべた。

そうだよこれだよ、俺はこういうのがやりたくて神道無念流をやってるんだよと、九十郎は心の中で何度も何度も頷いた。

口元がニヤけるのを止められなかった。

 

「光璃、担庵、俺は今回の合宿中、詠美につきっきりになる。

 他のメンバーの面倒は任せる」

 

道場主のくせして弟子を他人に丸投げする恥知らずな男がいた。

 

「承知したよ、我が弟分。 私がまっとうな戦い方を……」

 

「光璃が武田家に代々伝わるダーティファイトを仕込む。 目指せテリーマン越え」

 

「頼んだぞ2人共。 酉居には悪いが、今年の優勝も練兵館で頂く。

 そして神道無念流の知名度をガッツリ稼ぐのだ。

 ああそれと、八坂がトンチキ戦法に走らないように注意して見張っててくれよ」

 

「任せてくれたまえ」

 

「頑張る、ご褒美のために」

 

なお、担庵と光璃の努力も虚しく、八坂平和はトンチキ戦法に走って自爆した。

 

そして御前試合一騎打ちの部は、詠美と吉音が戦っている時に起きたアクシデントにより中止。

九十郎は剣を振るう機会すら与えられなかった。

 

それを聞いた九十郎はこう呟くのだ『解せぬ……』と。

 

「やるぞ詠美、今日の俺は徳河詠美専属トレーナーだ」

 

「お願いします!」

 

そして詠美にとっては地獄のような2泊3日が、九十郎にとっては至福の2泊3日が始まる。

 

「新弟子は筋トレと基礎体力からってのが俺の流儀だが、今回は時間が無いので省く!

 今日は体力の限界までひたすら打ち込むから、全部躱すか受け止めろ!」

 

「はいっ!」

 

宣言通り、九十郎は風呂とトイレ以外の全ての時間を費やして詠美に力の剣を叩き込んだ。

初日は力の剣の防ぎ方、二日目は力の剣の振るい方、三日目は立ち回り……僅か三日間の特訓であったが、九十郎は一切手抜きをせずに教えた。

詠美も全身全霊を傾けて学んだ。

 

指導は訓練前後のストレッチ、マッサージのやり方、近代栄養学に基づいた食事の選び方、調理方法まで及び、詠美をちょっとだけ健康にさせた。

 

御前試合当日の九十郎は、もしも詠美が次期将軍になったら、コネクションフル活用して神道無念流を広めてやるぜ、げっへっへっへっへ……とか下種な事を考えていたが、少なくとも合宿中は詠美に剣を教える事だけを考えていた。

 

「自分よりもパワーのある奴を相手にする時は、徹底的に力比べを避けるべし。

 無理して相手の土俵で勝負しても疲れるだけだからな。

 詠美の場合、できるだけ力を入れずに受け止めて、

 受け止めた瞬間に半歩退くと上手く体力の消耗を抑えられると思うぞ」

 

「は……はい……」

 

……そして日がどっぷりと暮れた頃、一日中九十郎から、遠慮無し手加減無し容赦無しの攻めに晒され、詠美の息が大きく乱れていた。

 

「でだ、俺が見る限り吉音はお前よりも体力がある。

 チャンバラ経験の数が段違いだし、飯もお前より何倍も食ってるからな。

 試合が長期化したら、詠美だけが息切れ吉音は元気一杯という状況も普通にありうる。

 そういう場合にどう対応すべきか?」

 

「長期戦にさせない事ね」

 

「そうだ、それが最善。 しかし今回は百戦錬磨の吉音が相手だ、

 腕前が拮抗している以上、それをさせてくれない事も想定しておくべきだと俺は思う」

 

「ならばどうすれば良いの?」

 

「俺が詠美の立場なら、いっそ相手を先に疲れさせる。

 人間、自分の長所だと思っている部分を狙われるとは考えないものだから、

 嵌ればかなり有利に戦える筈だ。

 俺が見る限り、吉音は戦っている時にあまり合理性とか、効率とか、

 ペース配分とかを考慮していないように思えるんだ、だからこっちは徹底的に……」

 

「お話し中の所悪いが、詠美殿、弟分、追加の経口補水液を持って来たぞ」

 

「おう、悪いな」

 

坦庵が2Lペットボトル入りの経口補水液を担ぎ、光璃が水の入ったバケツ、近くのコンビニで買ってきた花火詰め合わせを持ち、詠美と九十郎の下へとやってきた。

 

「九十郎、そろそろアレの時間」

 

「ありゃ、もうこんな時間だったか。

 すまん詠美、俺とした事がちとオーバーワーク気味にやっちまった。

 少し休憩を入れるぞ」

 

「え、また休憩なの? もう御前試合まで時間が無いのよ」

 

「根性出して練習多くすれば強くなれるなんて考えてる間は絶対に勝てんぞ。

 言いたかないが吉音はお前より何倍も何十倍もチャンバラを経験している。

 経験値で張り合っても無駄だ、さっき言っただろ、相手の土俵に付き合うなって」

 

「でも……」

 

「詠美殿、我が弟分を信じたまえよ。

 弟分は剣術馬鹿だが、剣術を教える事にかけてはそうそう外さんよ」

 

「まあ、俺は神道無念流だけやってれば幸せな男だからな」

 

自慢げに言うが、他人に自慢できるような事では断じてない。

 

「九十郎、あれやって」

 

「はいはい、毎年恒例のあれな。 こっち来い」

 

「うん」

 

九十郎が草むらの上にどっかと座り込み、胡坐かく。

そして九十郎の足を座布団代わり、胴体を背もたれ代わりに、光璃がちょこんと座り込んだ。

 

「光璃、方向はどっちだ?」

 

「あっち」

 

光璃が指さす方向に……一見すると何も無さそうな夜空に担庵と九十郎が視線を向ける。

 

「詠美殿、休憩がてら君も向こうの空を見ていると良い。 面白い物が見られるぞ」

 

「向こうに……?」

 

詠美もまた空を見上げる。

 

「5秒前……3……2……始まるぞ」

 

担庵がそう告げる……その直後、ドンッ! という足に響く破裂音がして、夜空を彩る大輪の花が現れた。

 

「た~まや~」

 

「か~ぎや~」

 

光璃と九十郎が空に向かって賞賛の声を上げる。

 

「……花火?」

 

「その通り。 如何かね、練兵館強化合宿の恒例行事は」

 

担庵が自慢げに笑みを浮かべていた。

 

「発射装置は担庵が組んだんだよな」

 

「いや、今年は花火そのものの作成にも関わった」

 

「おいおい、花火の密造は犯罪だろうに」

 

「ビールの密造をやっている弟分には言われたくはないな」

 

「やれって言い出したのは光璃だよ」

 

「その言い訳が通じるならば私も無罪になるな。 最初に言い出したのは我が妹分さ」

 

担庵と九十郎がゲラゲラと笑い合う。

頭の上で自分に全責任を擦り付ける相談がされているというのに、光璃は瞳を輝かせて次々と打ち上げられる花火だけを見つめていた。

 

「……詠美」

 

そんな中、光璃が独り言でもしているかのように詠美の名前を呼んだ。

九十郎の上に座ったまま、小さく手招きをした。

 

「武田さん? 何か……」

 

詠美が光璃の手が届く距離に近づくと、突如詠美の手をぐいっと引っ張り、強引に自分の隣……九十郎座布団に座らせた。

 

「きゃ!? ちょっといきなり何をするんですか!?」

 

「座って、少し話がある」

 

「おいこら光璃、2人はキャパオーバーだ、重いし狭いからどくかどかせるかしてくれ」

 

九十郎が文句を言う。

この男の膝の上はかなり窮屈な状態になっていた。

 

「すぐに済む、我慢して」

 

「へいへい、分かったよ……」

 

九十郎が光璃と詠美を乗せたまま、夜空を見上げる。

 

「……負けても、死ぬ訳じゃない」

 

そして光璃はそう告げた。

視線は夜空を彩る花火に向けたままだが、その言葉は確かに詠美に向けたものであった。

 

「どういう意味ですか?」

 

「言った通りの意味、これは負けても誰も死なない戦い。

 勝っても負けても詠美の人生は続く、吉音の人生も続く」

 

「だから吉音さんに勝ちを譲れとでも言うつもり?」

 

「人というのは、成功や勝利よりも失敗から学ぶことが多い。

 負けても死なない、負けても人生が続くというのは、物凄く恵まれている事。

 物凄く贅沢な事……そんな世の中を求めて、誰もが血反吐を吐く場所も存在する、

 誰もが血反吐を吐いていた時代も存在した」

 

「貴女に何が分かるんですか……」

 

「親に認められたいという悩みは、光璃にとっては贅沢な悩み。

 光璃にそんな事を考えている余裕は無かった」

 

その言葉は、平和な時代を生きる武田光璃としての言葉ではない。

戦国時代に生まれ育った、武田晴信としての言葉であった。

 

「この場所は光璃の特等席。

 この場所から花火を見ると、いつもの3倍花火が奇麗に見える。

 そしてポップコーンとコーラ、幸せな気分になれる。

 最高の贅沢……豊臣秀吉も、徳川家康も味わえない物凄い贅沢」

 

「太るぞ、妹分」

 

「今日は沢山運動した、大丈夫」

 

「花火なんてどこで見ても同じよ」

 

「そうじゃない、詠美はとても重要な事を見落としている。

 とても重要な事から目を逸らしている……視界に入れないようにして無理をしている。

 負けても死なない、負けても人生が続く、でもそれはそれとして勝利は貰えば良い。

 ゲラゲラ笑って馬鹿になれば良い、馬鹿になって馬鹿っぽく戦えば良い。

 この学園はそれが許される場所……とても幸せな場所、恵まれた場所」

 

光璃はそれだけ言うと、黙って花火鑑賞を再開した。

詠美はその言葉の意味を半分も理解できなかったが、それは光璃なりの激励の言葉であった。

 

 


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