戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第18話と第19話、第20話にはR-18表現があるため『犬子と九十郎(エロ回)』の方に投稿をしました。
第20話URL『https://novel.syosetu.org/107215/5.html


犬子と九十郎第21話『呑気な連中』

安倍金山……かつて今川義元の大躍進を財政の面で支え、今川の宝と謳われたそこは、義元討死の報により生じた家中の動揺を衝かれ、あっけなく武田に制圧された。

武田の裏切りにより、武田今川同盟は跡形も無く消滅したが……そんな事は武田光璃晴信にとっては些細な事だ。

 

義元の後継者、今川氏真・通称鞠は、剣術家としては超一流と呼んで良い腕前を持っていた。

しかし政治家、あるいは軍人としてはまだ若く、経験も浅く、家臣達からの信望も決して厚いとはいえない。

故に義元に代わり、武田の襲来に対し毅然と立ち向かう事はできなかった。

狼狽する家臣達、空転する評定、しれっと独立した松平葵元康の間で、ただただ時間だけを浪費するばかりであった。

 

……とりあえず鞠は光璃と葵を殴っても良いだろう。

 

そして……

 

「光璃お姉ちゃん、大丈夫なのかな。 兵のほとんどをこっちに残していって」

 

安倍金山にたなびく武田の旗、武田の陣幕の内で、一人の少女が空を見上げる。

この少女こそ武田家当主、武田光璃晴信……ではなく、その妹の武田薫信廉、姉とそっくりの見た目をしているが、姉と違って戦国時代向きの性格をしていない。

鳥の囀り、花の香り、春の日差しに安らぎを覚える、心優しい少女だ。

 

姉と違って戦国時代向きの性格をしていない少女である。

光璃ではなく薫が武田家当主だったなら、鞠も枕を高くして眠れただろうし、美空の飲酒量は減って胃痛も無くなり、寿命も大幅に伸びていた事だろう。

 

「越軍が出しゃばってくる前に素早く決着をつける必要があったでやがります。

 行軍速度を考えると、大勢は連れていけないでやがるよ」

 

薫の呟きに、小柄な少女が答える。

名は武田夕霧信繁、光璃の妹であり、後に九十郎を蛇蝎の如く毛嫌いする少女である。。

 

2人の姉、武田光璃晴信は、村上義清が駿河遠征の隙を伺っているとの情報を得て、手勢を率い、村上にとっての要衝地、砥石城の襲撃に向かっている。

 

武田は四方八方の豪族から恨みを買っており、村上の動きを放置すれば武田恐れるに足らずと豪族達が決起するだろう。

しかし武田の重要な資金源、黒田金山は枯渇しかけており、今川の安倍金山を手中に納める機会を逃す訳にはいかず……結果、光璃の率いていった兵は非常に少ない。

 

「それは分かってるけど……」

 

それ故に、薫は光璃の安否を心配しているのだ。

 

「まあ、村上義清の勢力はそう大きいとは言えないでやがりますし。

 粉雪と心、それに武田の赤備えが姉上を守ってるでやがる。

 そうそう遅れを取るような事は無いでやがるよ」

 

「うん……そうだよね……そうなんだけど、何か胸騒ぎが……さ……」

 

薫が空を見上げる。

武田光璃晴信が戦っているであろう、北の空を……薫は何故か、嫌な予感がしてならなかった。

 

「ねえ、夕霧お姉ちゃん。 やっぱり私達も一度戻った方が良いんじゃないかな。

 光璃お姉ちゃんは、金山を奪った後で駿河館を襲撃するかどうかは、

 私達で決めろって言っていたけど」

 

「どうするでやがるか……金山の制圧は思ったよりも簡単に終わったでやがる。

 兵の負傷も疲労も少ない、今を逃せば今川氏真は家中を立て直すかもしれない……」

 

夕霧としては、この機会にもう少し今川の勢力圏を削っておきたい所ではあった。

 

氏真の当主としての手腕、力量は未知数、あっという間に今川を立て直すかもしれないし、長い間グダグダと泥沼の御家騒動を続けるかもしれない。

しかし、今この瞬間、今川が混乱して、組織だった防戦が困難になっている事だけは確かである。

 

「そろそろ偵察に出した湖衣が戻ってくる頃合いでやがる。

 春日と一二三の意見も聞いてから決めるでやがるよ」

 

……だがしかし、夕霧はそんな自分の判断、自分の計算を信じ切れない。

 

光璃が残していった、武田の勇将にして武田四天王筆頭、馬場春日信房に、晴信の眼と謳われる武田家きっての知恵者、武藤一二三昌幸の意見を聞こうとする。

 

それは光璃と夕霧の格の違いか、自信の違いか、背負う物の違いか……そうではない、薫と同じように、夕霧も何日か前からから何か嫌な予感がしてならなかったのだ。

 

「嘘なのらっ! れ鱈目を言うなのらぁっ!!」

 

そんな時、陣幕の外から、まるで悲鳴のような声が聞こえてきた。

武田四天王の一人、高坂兎々昌信の声であった。

 

「落ちつかんか兎々! 伝令にあたっても仕方がなかろう!」

 

「こいつが適当な事を言うのが悪いのら!

 粉雪と赤備えがそう簡単に負ける筈がないのら!!」

 

「拙とてそう思っている、しかし……」

 

そんなただならぬ気配に驚き、夕霧と薫が駆けつける。

春日と兎々が2人に気づき、姿勢を正す。

 

「典厩様、つい先ほど、早馬がこちらに到着いたしました。

 その者の報告によれば……砥石城にて、味方が敗れたそうでございます。

 御屋形様は負傷、粉雪と赤備えは撤退の刻を稼ぐために殿を引き受け……

 生存は絶望的と」

 

……直後、もたらされたのは信じがたい報告であった。

 

「な……!?」

 

「嘘……光璃お姉ちゃんが……ま、敗けたの!?」

 

薫と夕霧が絶句する。

甲斐の虎と呼ばれ、畏れられた危険人物……もとい、戦国大名であった武田晴信の敗北、そして武田随一の武芸者である山県昌景、武田の最精鋭・赤備えの喪失。

真昼だというのに、薫と夕霧は血の気が引き、目の前が真っ暗になったかのように感じた。

 

「村上に姉上を上回る戦上手が居たとでもいうでやがるか!?

 それとも長尾の策略に引っかかったとでも!?」

 

直後、夕霧は掴み掛かるかのような勢いで春日に詰め寄っていた。

 

「拙には何とも言えませぬ。

 しかし誤報なのか、何かの暗喩なのか、それとも事実を端的に示しているのか、

 拙には判断しかねますので、そのままお伝えします……

 鬼に襲われた、と聞いております」

 

「鬼……?」

 

「鬼ってどういう意味でやがる?」

 

「そんなのれ鱈目に決まってるのら! 長尾の流言か、味方の裏切りなのら!」

 

「兎々、そう言いたくなる気持ちは拙にも分かる。

 しかし、人智や常識を超えた怪異がこの世には存在する事は、

 我らが一番良く分かっている筈であろう」

 

「お館様の御家流……」

 

「然り、古来から武田の御旗を護り続けてきた祖先達の霊魂を呼び寄せ、使役する。

 あの恐ろしくも神々しい能力こそ、超常の存在を示す証左であろうが」

 

「うぅ……それは、そうかもしれないのらけろ……」

 

兎々が複雑な心境で頷く。

春日の言いたい事は理解できる、しかし納得はしかねている。

あの鬼のように強い赤備えが、あの悪鬼羅刹のように戦上手な武田晴信が敗れるなんて。

考えたくない、信じたくない事であった。

 

「夕霧様、薫様、撤退を具申いたします。

 お館様は甲斐武田家のため、必要不可欠の御方、喪う訳には参りませぬ。

 それに……それに粉雪と赤備え達も、可能ならば助けておきたいと、拙は思慮いたします」

 

『可能ならば』……その言葉の裏には、武田四天王筆頭、馬場信房もまた、9割方粉雪の生還を諦めている事を意味していた。

兎々も、薫も夕霧も、それが痛い程に理解できた。

理解できたからこそ、辛かった、苦しかった、悲しかった、何かの間違いだと喚きたかった。

 

「金山はどうするでやがるか?」

 

「金山の確保は急務である故、ここの抑えは必要でありましょうが、

 残りは急ぎ甲斐に戻り、態勢を立て直すべきかと。

 お館様が負傷されておられるのであれば、薫様のお力が必要となりましょう」

 

薫は武田家当主・武田光璃晴信と瓜二つの外見をしており、労咳の療養や外交等、光璃がどうしても手が離せない時に、光璃に代わって武田の頭首としての仕事を行う事が度々あった。

もしも光璃が立ち上がれない程に弱っていたのだとすれば、それを補い、助けるのは薫の役目である。

 

「……偽情報の線はないでやがりますか」

 

「知らせはお館様の側近、百足衆からのものでした。 信用はできます」

 

ふぅ……と、夕霧はため息をつく。

今朝から感じていた嫌な予感はコレであったかと、彼女は妙な納得をしていた。

『鬼』の正体はまだ不明だが……それでもなお、行動しない訳にはいかなかった。

 

「物見に出している一二三と湖衣を呼び戻すでやがる。

 抑えの兵を残して、甲斐に戻るでやがるよ」

 

「御意」

 

「ぎ、御意なのら」

 

夕霧が命じる。

春日と兎々が応じ、陣内が慌ただしく動き始める。

 

誰もが主君と同朋達の無事を祈りながら……

 

……

 

…………

 

………………

 

……同じ頃、犬子と九十郎は呑気に歌いながら山道を歩いていた。

 

歌詞を書くのは色々アレなので省くが、要約すると島津チート4兄弟の歌……

であると同時に、影が薄い歳久を思い切り馬鹿にした内容の歌だ。

 

「四人目はどこにいったんだぜっ!?」

 

生存は絶望的と思われている粉雪がツッコミを入れた。

 

「いや、ぶっちゃけ四人目影薄いし、俺自身も名前覚えてねぇし」

 

「犬子も四人目の名前、知らないし」

 

「もう少し四人目に優しくしてやれなんだぜ」

 

なお、その四人目が放った矢により、後日ひよ子は生死の境を彷徨うような重傷を負う。

九十郎の『四人目は影が薄い』という発言のため、四人目に対する警戒心を僅かに……ほんの僅かに薄くしてしまったのだ。

 

たまたま近くに居た雛が自分を引っ掴んで逃げ出さなければ、たぶんトドメを刺されていただろう……と、後にひよ子は語る。

 

……閑話休題。

 

「全く、いつどこから襲ってくるか分からないってのに、呑気な連中なんだぜ」

 

既に3回、九十郎達は落ち武者狩りに遭遇し、撃退している。

出会った日の一件は数に含めずに……だ。

 

その度に犬子と九十郎は剣を振るい、粉雪とついでに虎松を守った。

粉雪は走る事も、弓を引き、槍を振る事も満足にできない自分に歯がゆさを感じながらも、頼もしさ、心強さも同時に感じていた。

 

「本当に……本当に呑気な連中だぜ……」

 

……犬子と九十郎が傍にいる、守っている。

それを嬉しいと感じている自分もまた、呑気な連中なのだと、粉雪は自戒する。

 

特に九十郎の言葉一つ、表情一つで胸を高鳴らせている時の自分は……と。

 

「大丈夫ですよ、九十郎は勘が鋭いですから」

 

「鍛えられたからな、何度も何度も鍛えられたからな。

 いきなり道場に押しかけてきて、反射炉作ろうぜって言いだすファースト幼馴染とか。

 いきなり道場に押しかけてきて、鮎の友釣りやろうぜって言いだすセカンド幼馴染とか。

 いきなり道場に押しかけてきて、開墾して菜種油作ろうぜって言いだす農村マンとか。

 いきなり道場に押しかけてきて、エロ本の密輸手伝えって言いだす北町奉行とか。

 いきなり道場に押しかけてきて、北町奉行を探すのを手伝えって言いだす岡っ引きとか。

 いきなり道場に押しかけてきて、捕物やるから手を貸せって言いだす火盗の長官とか。

 いきなり道場に押しかけてきて、

 御前試合に向けて鍛えなおすから手伝えって言いだすド貧乳ヘビメタ狂……

 いや、あれは良いか、基礎体力作りを指導するのは嫌いじゃないしな。

 後はいきなり道場に押し……」

 

「分かった分かった! 分かったからそれ以上言わなくても良いぜ」

 

「あのクソ女共め、俺に何か恨みでもあるのか。

 俺は神道無念流だけやってれば幸せだってのに……

 ああ桂よ、お前だけが俺の癒しだった。

 神道無念流やらせてくれるし、胸は大きいし、

 スクーナー作るの手伝ってくれたし、胸は大きいし、

 おおナイスでっぱい、あれこそまさにメロンエナジーアームズ」

 

何がメロンエナジーだ。

この男は呉島貴虎に土下座するべきである。

 

そして九十郎が、自分の知らない女性に言及した時……粉雪は少し、苛立ちを感じた。

 

「九十郎、胸の大小で人を評価するのはどうかと思うよ」

 

「少しは慎ましい胸にも優しさを分けてやれなんだぜ」

 

『慎ましい胸』の中に、山県粉雪昌景の胸も入ってるんだろうなと思うと、粉雪は少し虚しい気分になった。

 

ちなみに、北町奉行と岡っ引きと火盗長官は、ある日突然大江戸学園に転校してきた秋月八雲と恋仲になり、九十郎の心に特大のトラウマを植え付けている。

 

女性が目の前に居るのに『ナイスでっぱい』だの、『メロンエナジー』だの叫ぶのが問題なのではと思うが、九十郎は気づかない。

だから貴様は九十郎なのだ。

 

「クズロー、オレハ? オレハ?」

 

小さな背丈で、ぴょんぴょんと跳ねながら、虎松が九十郎に尋ねる。

 

「いや俺はって何だよ? お前はウチの学園に居なかっただろうに」

 

「エ? ア……ソウダッタ」

 

「ああ、だがな……」

 

九十郎が心底嫌そうな顔で、しばし沈黙する。

九十郎が知る大江戸学園の馬鹿共の中でも、最も大きなストレスを与えた存在を思い出しているのだ。

 

「お前に似て若白髪なクソ女が一人いたかな。

 井伊って奴なんだが、あいつのせいで二回も道場が炎上してなぁ……

 やれ脱走した高野を匿っただの、吉田を脱走させる計画を立ててるだの、

 訳の分からねー言いがかりをつけやがって、道場建て直すの大変だったんだぞ」

 

丸太と鋸と釘と金槌でトンテンカンと道場を再建させるこいつもこいつである。

ちなみに高野の逃亡を助けたり、吉田奪還計画を立てたりしていたのは九十郎ではない、桂だ。

 

「向コウノオレ……不器用過ギ……クズロー、完全ニ敵視シテル……」

 

そんな九十郎の恨み言を、虎松がげんなりとした表情で聞いていた。

虎松がふと漏らした呟きを、聞く者は居なかった。

 

「しかもあいつ、ナチュラルに俺の事を屑呼ばわりするしなっ!!」

 

何を言っている、お前はナチュラルに屑じゃないか。

 

「ソレ、タブン、クズローノ名前、呼ビ辛カッタカラ……」

 

「ははは、あいつの呼び方には悪意があったぞ絶対」

 

「ソレ、タブン、タダノツンデレ」

 

「ははは、ツンデレなんて二次元にしか存在しねぇよ」

 

「オレ、クズロー、好キダゾ」

 

「お前に好かれても嬉しくもなんともねぇよ、この白髪ツルペタイカ腹幼女が」

 

「向コウノオレ、コッチノオレ、ドッチモクズロー、好キダゾ」

 

「向こうの俺ってなんだよ!? 6つ子か? 6つ子なのか!?

 やっぱりお前もニートになるのか!?」

 

虎松という名前だけで6つ子だのニートだのを連想できるのはこの男くらいである。

 

「九十郎、犬子は側室でも妾でも良いって言ったけど、

 虎松に手を出すのは流石にどうかと思うよ」

 

「出さねぇよ! おれがこんなツルペタのイカ腹幼女に手を出す訳ねぇだろ!!」

 

「少しは慎ましい胸にも優しさを分けてやれなんだぜ」」

 

「いや胸の大きさは問題じゃねぇだろ!!」

 

「ほ、本当か!?」

 

「本当かって……おいちょっと、身を乗り出してくるな粉雪! 近い近い近いぃっ!!

 虎松てめぇ何さりげなく肩にしがみついてんだよ!? 重いだろ!

 おい犬子、ちょっと助け……」

 

「わんっ!!」

 

「ブルータスてめぇもかあああぁぁぁーーーっ!!」

 

呑気な連中である。

本当に呑気な連中である。

 

そんな呑気な道中も、呑気な日々も……もう間もなく終わる。

目的地はもうすぐそこであった。

 

 


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