戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第16話にはR-18表現があるので、『犬子と九十郎(エロ回)』の方に投稿をしました。
第16話URL『https://novel.syosetu.org/107215/2.html

第18話と第19話、第20話にはR-18表現があるため、同じく『犬子と九十郎(エロ回)』の方に投稿をしました。
第18話URL『https://novel.syosetu.org/107215/3.html』 


犬子と九十郎第17話『出会い(前編)』

「目指せ! 犬子と一緒に安寧な生活ぅっ!!」

 

「目指せ! 九十郎と一緒に幸せな生活ぅっ!!」

 

雲一つない青空の下で、犬子と九十郎が気合いを入れ直す。

 

「好きだぞ、犬子」

 

九十郎が犬子の耳元でそっと囁く。

犬子の心中は幸せで一杯であった。

 

九十郎の心中には一抹の不安……前の生で秋月八雲によって刻まれた特大のトラウマ、いずれ破裂する時限爆弾があるだが、それが物語に関わってくるのはもう少し後の事、九十郎が日ノ本一の超イケメン・新田剣丞と出会った後の話である。

 

「……で、これからどうしよっか?」

 

その一言で夢のような時間が過ぎ去り、現実が戻ってきた。

 

2人で安寧な生活を勝ち取らんと誓い合ったのは良いが、その方針はまるで立っていなかった。

 

「やっぱ就職活動だな、とりあえず」

 

この男、地味に就活は初体験である。

前の生では就活戦線が本格化する前に事故死したし、今生では割とアッサリと犬千代の世話役ポジションに収まれたからだ。

 

だがしかし、就活はお前が考える程簡単なものじゃないぞ、九十郎。

 

「犬子は、前みたいにパンやお酒で商売するのも良いと思うけど」

 

「あれはあくまで緊急の事、お前と信長の仲を修復するまでの一時凌ぎのつもりだよ。

 どこかでかい大名の庇護下に入っておかないと、

 戦争が起こるたびに逃げ隠れする羽目になるだろ」

 

「だったらさ、尾張に戻って久遠様に頭を下げて……」

 

「ははは、悪くないアイディアだな、葵がそれを予測してなければの話だが」

 

「え……ああ、そっか、尾張に向かう道に見張りが居るかもしれないね」

 

「とりあえず居る事を前提に考える。 尾張に向かうのは下策だろうな。

 さて、そうするとどこに仕官するかだが……真っ先に思い浮かぶのは毛利か島津だが」

 

「遠くない?」

 

「尾張よりさらに西にある長州や薩摩まで移動するのは流石に現実的じゃないよな。

 三河より東の大名というと、伊達政宗、武田信玄、上杉謙信、北条氏政……

 ううむ、これ以上は思い出せんな」

 

「九十郎、北条の人以外聞き覚えが無いんだけど」

 

「武田信玄は武田晴信ってのが出家した時に改名した名前だった筈だ。

 札束ビンタ以外で一向一揆と仲良くしなきゃいけなくなって出家したって、

 俺のファースト幼馴染が言っていた」

 

「ああ、晴信って人なら分かるよ。 甲斐武田家の頭領だね。

 札束ビンタってのは良く分からないけど……」

 

「賄賂、あるいは資金援助」

 

「……武田が甲州金を使って一向宗を裏から操ってるって噂、本当だったのかな」

 

それは特に何の証拠も無い噂話に過ぎないが、その噂を耳にした時、

織田久遠信長も、松平葵元康も、今川義元も、長尾景虎も同じ事を考えた。

晴信ならやりかねない……と。

 

「伊達政宗は子供の頃に病気で片目が失明した人、戦国DQN四天王の比較的マシな人。

 伊達何とかさんと最上なんとかさんの間に、奥州の辺りで生まれて……

 ああそうだ、横山光輝が漫画を描いていた」

 

なお、この男の伊達政宗に関する知識は9割が横山光輝の漫画に由来する。

しかもこの通り、うろ覚えである。

 

「うぅ~ん……ごめん、分かんない。

 でも出羽国の米沢城は、伊達輝宗って人が城主をしているって話は聞いたことがあるよ。

 ええと……従四位下、左京大夫だったかな?」

 

「じゃあだぶんそこだ。 俺の記憶が正しければ政宗はひよ子より大分年下だ、

 もしかしたらまだ生まれてないのかもな」

 

「じゃあ今からそこに仕官するの?」

 

「いや、それは最後の手段と考えよう。

 1日や2日ならともかく、戦国DQNと長時間付き合い続けるのは骨だ」

 

「じゃあ武田晴信さんの所に行く?」

 

「信長と戦って負けて滅びるから駄目」

 

なお、織田徳川連合軍に敗れて自害したのは武田晴信ではない、晴信の子の勝頼である。

 

「北条は?」

 

「ひよ子と戦って負けて滅びるから駄目」

 

「ごめん九十郎、何がどうなったらひよ子が北条と戦う事になるのか分からないんだけど。

 ひよ子に勝ち目あるの?」

 

「むしろ秀吉の圧勝だった」

 

「ますます訳が分からないよぉっ!?」

 

これで分かったら予知能力者か未来人のどちらかである。

 

「と言われてもこれ以上説明できんぞ、正直その辺の事情はうろ覚えなんだ。

 ひよ子が歴史に名を残すレベルで出世する事と、

 武田北条が負けて滅亡する事だけは覚えている」

 

「久遠様やひよ子に剣を向けるのは、できれば避けたいんだけど……」

 

「それに関しては同意するよ、あいつらは天下人一歩手前と天下人だからな。

 当然、人材は揃っているし天運も持っている。

 戦うとなれば相当危険が大きいと考えるべきだろう、よって武田北条は除外する」

 

「消去法で上杉……ええと、誰さんだっけ?」

 

「上杉謙信、酒の飲み過ぎで体を壊し、厠で糞まみれになって死んだ人。

 死因の情けなさではアッティラに並ぶな。

 死んだ後に後継者争いが起きる所までソックリだ」

 

鼻血で窒息して死ぬ方が、厠で糞まみれになって死ぬよりもマシな死に方ではなかろうか。

 

なんにせよ長尾美空景虎が……後に上杉謙信を名乗る事になる少女がこの台詞を聞いていれば、まず間違いなく九十郎を張り倒していただろう。

 

「九十郎、その人大丈夫なの?」

 

「ただし、アッティラと違って後継者争いは致命傷にはならなかった。

 ええと確か……景虎と景勝が戦って、景虎が勝ったんだったかな?」

 

勝つのは景勝の方である。

 

「その後、上杉は関ケ原で家康に喧嘩を売ってもしぶとく生き残り、

 戦国時代終結まで滅ばなかった。

 後継者争いでうっかり負ける方に付かなければ安泰だと思うぞ、俺は。

 しかも俺の記憶が正しければ、上杉は信長ともひよ子とも戦っていない」

 

なお、九十郎は覚えていないが、上杉謙信は天生5年、西暦換算で1577年に起きた手取川の戦いで信長軍を打ち破っている。

この戦いで羽柴秀吉は勝手に戦列を外れ、後日柴田勝家との仲が拗れる原因を作っている。

 

「ああそうだ思い出した、豊臣秀吉……つまりひよ子が天下を獲った時、

 五大老っていう5人の有力大名に国家の運営をやらせたんだよ。

 俺の記憶が確かなら、前田利家と上杉景虎はその時に五大老に抜擢されていた」

 

なお、五大老になるのは上杉景勝であり、景虎は五大老が成立する前に死んでいる。

 

「ひよ子が天下人になるのも驚きだけど、犬子が五大老って……」

 

「信長に仕え続けていればの話だがな」

 

「ご、ごめん九十郎……犬子がカッとなって拾阿弥を斬ったせいで……」

 

「過ぎた事をウジウジ悩んでも仕方があるまい。

 最善が採れんのならば次善を採るべし……上杉謙信に頭下げて家臣に加えてもらうぞ」

 

なお、家臣に加わる具体的な手段はノープランである。

 

「そうだね、仕方ないよね……で、上杉謙信さんってどこに居るの?

 関東管領の上杉憲政って人なら知ってるけど、

 武田や北条に圧されてるせいで、かなり弱まってるって聞いてるよ」

 

「上杉謙信も出家した時に改名した名だったと思う。

 昔は苗字も名前も全然違って……なあ犬子、誰かいないのか?

 北陸を縄張りにしている実力者で、武田信玄……いや今は晴信か、

 武田晴信と川中島の辺りで4回も衝突している大名を」

 

「長尾景虎! きっと長尾景虎さんが上杉謙信に改名するんだよっ!!

 あの人は信心深くて、家臣同士の仲が険悪になった時に出家しようとしたっていうし、

 武田晴信と川中島で3回も戦ったんだよ!

 跡継ぎに自分が使ってた名前を名乗らせるってのも良くある話だしさ!」

 

「そうか、間違いないそいつだ! そいつが上杉謙信だ!」

 

「じゃあ行こうか九十郎、長尾景虎さんの本拠地、春日山城に」

 

「おうっ!!」

 

そして2人が精液臭い洞窟から出て、1歩踏み出した瞬間……2人同時に足の裏に違和感を覚えた。

何か棒状で柔らかい物を踏んだのだ。

 

「うん?」

 

「え?」

 

2人が同時に足元を見る。

 

「しめ縄……? これ、しめ縄だよね?」

 

「ああ、しめ縄だな……何だか猛烈に嫌な予感がしてきたぞ、厄ネタの臭いだ」

 

「こ、怖い事を言わないでよ」

 

九十郎が後ろに振り向く。

年月が経ち、風雨に晒され、千切れたしめ縄の切れ端が洞窟の入り口に残っていた。

 

「これアレだろ、封印された魔物とか妖怪とか、

 そうじゃなきゃ土着の神様とかがこの洞窟に居ましたって事だろ?

 俺たちそんな所であんな真似したんだろ?

 ははは、ホラー映画じゃ真っ先に殺されるパターンじゃねーか」

 

「ほらぁ映画が何なのかは知らないけど、呪われそうな気配がするって事だけは分かるよ」

 

「どうする犬子、全速力で逃げるか? それとも洞窟に戻って調べてみるか?」

 

「うぅ……急にそんな事を言われても……」

 

「ウ……アァ……」

 

犬子と九十郎の肩がビクンと跳ね上がる。

まるで亡者の呻き声のような底冷えする音が聞こえてきたのだ。

 

「ね、ねぇ九十郎、今のって……」

 

「役満じゃねーか、100%厄ネタじゃねーか、

 しかも逃げそびれたじゃねーか、どうすんだよおい」

 

2人は息を呑み、身構えながら、恐る恐る周囲を見渡す。

 

「グ……オォォ……」

 

洞窟の奥の暗闇から、寒気がするような呻き声が聞こえてくる。

どうじにズル、ズル、という何かが這う音も……

 

「く、く、くくく……九十郎ぉ……」

 

「ま、待て、慌てるな……これは……これはきっと孔明の罠だ……」

 

九十郎はガタガタと震えながら青褪めている。

大の大人が、なんとも情けない姿である。

 

「孔明って、もうずっと昔に死んだ人だよ」

 

「ははは、死せる孔明、生ける仲達を走らすって名セリフを知らないのかよ」

 

「知ってるけど今言う言葉じゃないよねっ!?」

 

そして……2人の前に……

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだアレ!?」

 

ミイラのように干からび、全身が皴だらけになった遺体が這っていた……いや、信じられない事にそれは生きていた。

干眠状態のニトロかと見間違うような状態で、何故生きているのか疑問に思う程にやつれているというのに、その物体は確かに生きていた。

 

「メ……メシ……腹……減ッタ……」

 

確かに生きて、食料を求めていた。

犬子と九十郎を見つめて、手を伸ばし、2人に助けを求めていた。

 

「ど、どうしよっか……九十郎……」

 

「い、いや、食い物は多めに持ってきてるが……

 だが助けても助けなくても特大の厄ネタになる臭いがプンプンするぞ」

 

後に九十郎は『一生の不覚』『あの時殺しておけば良かった』『過去に戻れるなら、あの日に戻ってトドメを刺したい』と語る。

 

九十郎がソレを殺すタイミングは、確かにこの瞬間しかなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

戦国の世は悲惨だ、そんな事は嫌という程に分かっていた。

戦争は悲惨だ、そんな事は吐き気がする程に知っていた。

負け戦は悲惨だ、そんな事は……分かっていたつもりだった、分かった気になっていただけだった。

 

……少女はそんな事を考えていた。

 

「そっちだ、そっちの方に逃げているぞっ!」

 

「回り込めっ! 逃がすんじゃないぞっ!!」

 

そんな声が聞こえてくる。

少女は必死に足を動かすが、声や足音はどんどん近づいてくる。

 

少女は手負いだった。

少女は飲まず食わずで走り続けていた。

少女はもう何日もまともな休息をとっていなかった。

少女の持つ刀や槍は、血糊や刃毀れによってボロボロだった。

少女は……武将であった。

 

「女だ! しかも若いぞ!」

 

「捕まえろっ! 武田の糞外道共に目にもの見せてやるんだっ!」

 

少女は武将で、敗軍の将……しかもあちこちから恨みを買っている、武田の将であった。

 

必死に、死に物狂いで足を動かしながら、少女は志賀城の石垣に3000の生首を並べた時の事を思い出していた。

アレをやった時から北信濃の豪族や大名達は武田を憎みに憎み、上田原での大敗、板垣信方、甘利虎泰を喪う原因となった。

そして今、少女を追う者達がいつまでも追走を止めない原因にもなっている。

 

「諦めて……死んでたまるかなんだぜ……」

 

少女は小柄な身体で、傷つき疲れ切った身体で、生き抜くために、逃げ切るために走り続けていた。

 

砥石城攻略戦は、武田方の大敗に終わり、少女は殿軍を任された。

戦国時代における雑兵は、ほぼ全員が農民だ。

敗戦の気配が濃厚になればすぐに戦意が萎え、すぐに逃げだす……鬼に襲われるなんて異常事態が発生すれば、猶更だ。

 

「い、生きて……生きて甲斐に……御屋形様と、約束したんだぜ……」

 

蜂の巣を突いたかのような騒ぎの中で、誰も彼もが恐慌し、混乱する中で、まともに戦えるだけの士気と統率を保っていたのは、武田の精鋭、赤備えだけであった。

それ故に少女は残った、赤備えは残った。

残って戦い、味方が引く時間を稼いだ。

 

そして部下共々ズタボロにされた。

 

鬼は辛うじて撃退したが、武田勢の混乱を知ってやって来た村上の追撃部隊には敵わなかった。

連戦による疲弊、異常な敵を退けた事による安堵、背を向けた状態で敵を迎撃する困難さ……武田の精鋭・赤備えといえど人間であり、無敵ではなく不死身でもなかったという事だ。

 

「逃げられぬか……こうなれば斬り死にするまでよ」

 

「粉雪様、ここは我等が時を稼ぎます。 お一人でも逃げ延び、どうか御屋形様の元まで」

 

「全員腹くくれぇっ!! 最後のご奉公じゃあ!!」

 

度重なる追撃により散り散りとなって、わずか10名程度しか残っていない少女の部下達が、覚悟を決めて刀を抜いた。

全員が少女と同じく傷つき、疲弊し、槍も刀も鎧もボロボロであった。

全員が少女と苦楽を共にした仲間達であり、少女が手塩にかけて磨き上げ、鍛えぬいた教え子達であった。

 

そんな仲間達が……武田の精鋭、赤備え達が、少女の目の前で成す術もなく蹂躙されていた。

駆け続ける少女の背後から、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

 

「ちく……しょう……ちくしょう……」

 

少女の瞼に涙が滲んでいた。

何晩にも渡る撤退戦で、喉はカラカラに乾いていたというのに、少女は涙を止める事ができなかった。

 

やめてくれと叫びたかった。

自分を生き延びさせるために捨て石となった部下達にも、手塩にかけて磨き上げた部下達に情け容赦無く襲い掛かり、殺し、捕らえ、嬲り……女性であればそのまま強姦もしている落ち武者達にも。

 

しかし、叫べば自分の居場所が知られ、部下達の捨て身の献身が無駄になる、主君との約束を踏みにじる事になる……叫ぶことはできなかった。

 

「う……くぅ……うぅああぁ……」

 

負け戦は悲惨だ……少女は今まで、それを分かっていなかった。

身を裂かれるような苦痛……少女は今まで、それを味わった事がなかった。

同胞を撫で斬りにされる悲痛……少女は今まで、それを知らなかった。

 

『絶対に死なないで……貴女一人居れば、貴女一人生き延びれば、赤備えは立て直せる。

 光璃は待っている、信じて待ち続ける』

 

あの時、少女は約束した。

軽々しく約束した、必ず生きて戻ると。

それ故に少女は滲む涙を拭い、歯を食い縛りながら走り続ける。

 

しかし……

 

「あ……」

 

近くの茂みから黒い影が飛び出した。

それが隠れて機会を窺っていた人間だと気づくよりも早く、少女の視界が反転し、暗転した。

 


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