戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次話、おまけ8にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
おまけ8URL「https://syosetu.org/novel/107215/66.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎おまけ7『省略された幕間シリーズ・柘榴の場合』

 

時は少し遡る。

 

これは蘭丸との戦いが終わり、オーディンとの戦いも終わり、九十郎達が平和な日常に回帰しつつある頃の事……テンポが悪くなるため省略された出来事である。

 

「それでは皆さん……かんぱああぁぁ~~いっ!!」

 

大江戸学園で宴が行われていた。

 

オーディンに勝利した事を祝う宴である。

決して散々苦労して戦争の準備をしたのに全く出番が無いまま終戦した事へのヤケ酒ではない。

 

一応は学校である筈なのに、学園全体にいきわたる程の酒が流通しているのは、大江戸学園の笑える所であろう。

 

「勝っちまったっすね、神様に」

 

「勝っちまったな、イマイチ実感わかねぇけど」

 

柘榴と九十郎は人込みから離れ、小さな雑木林の片隅でジョッキにビールを注ぎ合う。

ガラス越しに泡立つ黄金色の酒は、まるで勝利を祝う星々のように見えた。

 

「何に乾杯するっすか?」

 

「普通に勝利にで良いんじゃねぇの」

 

「イマイチ勝った気がしねーの、柘榴だけっすかね?」

 

「いいや、俺もぶっちゃけ実感が湧かねぇよ。

 その辺の物陰からエインヘルヤルが出て来るんじゃねぇかってビクビクしてる」

 

「エインヘルヤルっすか……一回くらいは戦ってみたかったっすね。

 九十郎はスケベさんがいた世界で戦ったって言ってたっすけど、強かったっすか?」

 

「クソ強かったよ、犬子と翼徳が2人掛かりで普通に蹴散らされた。

 しゃあねぇから廃棄予定のビルに誘いこんでビルごと爆破してやっと殺せた。

 ぶっちゃけ2度と戦いたくなかったから、その点は感謝しなきゃだな」

 

「うぅ~それ聞くと猶更、柘榴は戦いたかったっすよ~」

 

「まさか戦闘していた時間よりも、和睦交渉の結果待ちの時間の方が長くなるとはな」

 

「皆でポ〇モンとか遊戯王とかで遊んでた時間の方が長かったっすよね」

 

「ああ、戦国時代の連中が普通にS〇itchとカードデッキ持ってたのには驚いた。

 誰だ広めたのは?」

 

「御大将が率先して広めてたっすよ。 対戦できないと面白く無いって」

 

「何やってんだよ上杉謙信」

 

そのせいで現代ニホンにおけるS〇itchの品薄がさらに加速した事も付言しておこう。

 

「……で、何に乾杯するよ?」

 

「まぁ、やっぱ勝利に乾杯で良いんじゃねーっすかね」

 

「ほいほい、じゃあ俺達の勝利に……」

 

「乾杯っす」

 

ジョッキとジョッキがカツンと鳴って、柘榴と九十郎がビールに口をつける。

一緒に持ってきた焼き鳥も頬張り、口いっぱいに肉のうま味が広がった。

 

「……結局、オーディンは何のために英雄の魂を欲してたっすか?」

 

「やっぱ、ロキの言ってた通りだったよ。 あいつは嘘つきで、裏切者だったが、

 オーディンの目的に関しては嘘を言っていなかった」

 

「また剣丞には聞かせられねー話だったっすか?」

 

「いや、今回は聞かせてる。 また雫あたりの失言で漏れるかもだしな」

 

大江戸学園のどこかで雫が『心外!!』とでも言いたげな顔になった。

なお、雫は剣丞に絶対に伝えるなと厳命した事項を失言した前科持ちである(第146話)。

 

「ありゃ、良く揉めなかったっすね。

 スケベさん達、最初から最後まで協力的だったから、教えてないと思ってたっすよ」

 

「あいつもあいつなりに、思う所はあったんだろ」

 

九十郎が星空を見上げる。

大江戸学園は再び超空間ワープを敢行し、現代ニホンに戻ってきている。

 

いくら和睦交渉がまとまった後とはいえ、オーディンの根城であるヴァルハラ宮殿で戦勝の宴をするのは少々憚られた……のもあるが、不意打ちを喰らうのを恐れて元の世界に戻ってからの宴となった。

遠足は家に帰るまでが遠足という事である。

 

「全ての世界が一気に崩壊する危機が迫ってる……だったっすよね?」

 

「そうだよ、それを防ぐために、数多の並行世界から英雄・英傑の魂を集め、

 エインヘルヤルにして、多次元宇宙を滅ぼそうとする悪と戦わなきゃいけないって。

 何か良く分からんが、ラ〇グースとかゲ〇ターエンペラーみてぇな

 トンチキな存在がそのうち襲ってくるんだとよ」

 

「それ、柘榴達もやばくねーっすか?」

 

「いや、現実に被害が出始めるまでまだ万単位、下手すりゃ億単位の年数がある。

 逆に言えば、良くて億単位、悪けりゃ万単位の年数しか猶予が無いって事だが。

 少なくとも俺達が生きてる間には何の関係もねぇよ」

 

なお、地球誕生が約46億年前、ネアンデルタール人の登場が約50万年前である。

オーディンのような神々の視点から見ればあっという間の事なのかもしれない。

 

柘榴と九十郎が星空を見上げる。

 

戦国時代の星々も、現代ニホンの星々も、変わらず夜空に瞬いていた。

天地が崩れ落ちるのではないかと憂いる事を杞憂と言うが、ロキは天地どころか時間と空間が、全ての多次元宇宙が一気に崩壊しかねない規模の戦いが起きるのだと説いていた。

 

それを回避するためには、オーディンのやり方が一番効果的で、効率的だとも。

 

「何にせよ、いくら世界を救うためだからって、

 俺が惚れた女をハンバーグにするような方法は流石になぁ……

 いや、どっちかと言えば改造人間か?」

 

「どっちも大して変わらねーっす」

 

「ああ、違いないな」

 

柘榴と九十郎が2人で草むらに座り込む。

満点の星空、ビールに、分厚いベーコンのバーベキュー串、そして青草の匂い、虫や蛙の鳴き声……平和で、平穏な、心地良い空気がそこにはあった。

 

「世界の危機はオーディンに頑張ってもらうとして。

 戦いは終わった、柘榴達は勝った、それで良いじゃねーっすか」

 

「そうだな、オーディンならどうにかするさ、知らんけど」

 

オーディンは今この瞬間も世界崩壊の危機に立ち向かうべく、精力的に活動を続けているだろう。

無数に存在する並行異世界に手勢を送り込み、数多の英雄・英傑の魂を収奪し、エインヘルヤルを生み出し続けているだろう。

 

今もどこかの並行異世界で、その世界の上杉謙信や武田信玄、前田利家達が殺され、魂を奪われ、改造されているだろう。

 

だがそんな事は九十郎達には知ったこっちゃないのだ。

 

仲村往水他2名が決死の覚悟で奇襲して、諸葛孔明が必死こいて和睦交渉をまとめ、この世界は平和になった。

新田剣丞や北郷一刀が生まれ育った現代日本、秋月八雲や斎藤九十郎が生まれ育った現代ニホン、そして犬子や美空達が生まれ育った戦国ニホン……この3つの並行世界に対し、オーディンは絶対に手出し、口出しをしないと確約した。

しかし、その3つ以外の並行世界に手出ししない事、英雄・英傑の魂を奪わない事、世界崩壊の危機に立ち向かう事を止める事は、オーディンは約束していない。

 

当然、孔明もそれに気づいていたが、和睦交渉の俎上に上げるような真似は最後までしなかった。

 

「だとしたら、柘榴達の戦いは根本的な解決にはなってねーって事っすね」

 

「そうなる。 だけど孔明は言ってたよ、多次元宇宙の破滅への対策を止めろとか、

 英雄の魂をこれ以上集めるなって要求を通すには、

 もっともっと圧倒的で壊滅的な勝ち方をしないといけないって。

 もう本当に全滅か屈服かの2択を迫るような状況にまで追い込むしか無いってな」

 

「しかし現状、柘榴達にそこまでの戦力は無い……って、事っすよね?」

 

「そうそう、だからオーディンには俺達の世界に手を出すなとだけ約束させたよ。

 多次元宇宙の破滅はオーディンに頑張ってもらって、

 他の並行世界の英雄・英傑の魂の収奪の方は、

 その世界の上杉謙信や織田信長に頑張ってもらおう」

 

「あっはっはっはっ、他力本願ここに極まりっすね」

 

「後は野となれ山となれぇーっ!!」

 

「なれぇーっす!」

 

柘榴と九十郎はジョッキをカーンと鳴らすと、それぞれビールを飲み干した。

そして手元のビール瓶からジョッキに追加を注ごうとして……

 

「ありゃ、全部飲んじまったか」

 

「今日はガブガブ呑むっすねぇ」

 

「最近美空に付き合わされてたからなぁ、アイツはペース早すぎなんだよ」

 

「御大将が酒を断ったら3日でスルメみてぇに干からびるっすよ」

 

「はっはっはっ、かもな」

 

柘榴と九十郎がゲラゲラ笑いながら酒のお替りをもらおうと近くの仮設テントに向かおうとする。

仮にも教育施設だというのに普通に酒類を提供する場所が設営されている事へのツッコミは不要である。

ここは大江戸学園だ、それ以上の説明は必要ない。

 

「へぇ、誰が何日で干からびるって?」

 

……と、そこに地獄の悪鬼すらも震えあがるような重圧が来た。

 

「……柘榴、俺の代わりに振り向いてくれ。 ぶっちゃけ後ろを見たくない」

 

「九十郎、死ぬ時は一緒っすよ」

 

柘榴は九十郎の肩をがっしと掴んで道ずれにしようとする。

 

「や、やめろ柘榴! 話せば分かる!」

 

「たぶん話せば分かってくれるっすから一緒に謝るっすよぉっ!!」

 

そして2人が意を決して振り向くと……ゴゴゴゴゴッ!! っと無駄に迫力のある空気と共に、何の意味も無く背後に護法五神を浮かび上がらせ、ゲ〇タードラゴンかガ〇バスターの如く仁王立ちをする美空がいた。

 

「はぁい九十郎、 大事な話があるからって会合を途中で切り上げてきた

 主君に対して何か言うべき事は無いかしら?」

 

「主君じゃねぇよ、主君の主君だ」

 

「今そこ気にするトコじゃねーっすよ!」

 

美空が明らかに不機嫌そうな顔でのっしのっしと近づいてくる。

護法五神達はノリノリで迫力を演出していた。

 

「九十郎ぉ、こういう時どうすりゃ良いっすか!?

 このままじゃ柘榴達キツいお仕置きっすっよ!」

 

「酒だ! 酒を渡せ! そうすりゃだいたい何とかなる!」

 

「おお、それは妙案……って、さっき全部呑んじまったっす!」

 

「ほほ~う! ど・う・や・ら・アンタ達は、

 酒さえ出してりゃ何でも許してもらえると思っているようねぇ!

 さっきから他人をアル中呼ばわりし腐って!

 禁酒くらいやろうと思えばいつでもできるわよ!

 やる必要性を感じないだけで!」

 

「……なんて言ってるが、どう思う?」

 

「100パー無理っす!」

 

柘榴は力強く断言した。

 

「ふんがぁーーっ!!」

 

……結果、美空の逆鱗に触れて柘榴と九十郎はゲンコツ3発の刑に処された。

 

「……で、会合って何の話だ? 抜けても大丈夫だったのか?」

 

身体だけは頑丈な柘榴と九十郎は何事も無かったかのように話し始める。

しっかりと美空のご機嫌取りとして上等なワインを注ぐのも忘れない。

 

支払いは戦国時代・佐渡の金山で採れた砂金……要するに美空持ちである。

 

「織田、松平、今川、武田、北条、そして長尾のトップが集まっているのよ。

 今川と武田は勢力としては壊滅してるけど、今なお色々と影響力はある。

 これからどういう風に動くかとか、戦乱の世をどうしたいとか、

 そういった事を話し合う場があったのよ」

 

「じゃあ光璃もいたのか?」

 

「ある意味、最重要人物よ。

 こっちの世界の銃火器を仕入れられる闇ルートを保持してるもの。

 この世界の武器は戦国時代の武器とは比べものにならないから。

 光璃と友好関係を築く事に成功すれば、そのまま天下統一できるわよ。 もっとも……」

 

「もっとも……何っすか?」

 

美空は他に誰も聞いていないか慎重に周囲を見渡し、念のためにと護法五神達に見張りを命じ、柘榴と九十郎の耳元にてひそひそ声で話す。

 

「……ロシアがウクライナに攻め込んだ影響で、闇ルートの大部分が潰れたって」

 

「あ~……そういや、光璃が使う武器って大体ロシア系だったな。

 どっかから仕入れてんだと思ってたが、あの国だったか」

 

「え、大丈夫っすかそれ? オーディンとの戦いが終わったら、

 こっちの世界の武器で戦乱の世を終わらせるって言ってたっすよね?」

 

「使える闇ルートが全部無くなった訳じゃないから、

 武器の仕入れはできるみたいだけど、世界的に武器需要が高まってるから、

 今までより数は少ない、値段は高いで大変かもって」

 

「戦略の練り直しが必要っすねぇ……」

 

「戦国乱世終結の10年計画が20年、30年計画になるだけよ、大した事は無いわ」

 

そこまで話した所で美空は御家流を解除して護法五神を戻し、ひそひそ声をやめた。

 

「……今の話、機密事項だから絶対に漏らしては駄目よ」

 

「オーケイオーケイ、特に剣丞には聞かせられねぇわ」

 

「なので、雫にはこっちの世界に留まってもらう事にしたわ」

 

「失言するから?」

 

美空は何も言わずにニコリと笑った。

大江戸学園のどこかで雫が『心外!!』とでも言いたげな顔になった。

 

「こっちに留まるって、どういう名目で残すっすか?」

 

「留学生って事で、大江戸学園に編入してもらう事にしたわ。

 生徒会には根回し済み、あの娘まだX5歳だから丁度良いでしょ」

 

※この作品の登場人物は全員20歳以上です。

 

学生を編入させるために校長や理事長ではなく生徒会への根回しが必要な所が大江戸学園である。

 

「……さて、この話はおしまい!

 次は九十郎の番よ、私にどうしても聞かせたいって話は何かしら?」

 

「あ、ああ……その事なんだけど……な……」

 

九十郎が言い難そうに頬を掻く。

何度か深呼吸をして、両手を閉じて開いてを繰り返し、意を決して口を開く。

 

「美空、柘榴……すまん、俺は……俺はこの世界に残りたい」

 

美空と柘榴が顔を見合わせる。

 

「この世界って……ど、どういう事っすか!?」

 

「待ちなさい柘榴、落ち着いて。 私と柘榴に話したい事って……これなの?」

 

九十郎は重苦しい表情でこくりと頷いた。

 

「え……あ……そん、な……」

 

柘榴がガタガタと震え始める。

 

正直、九十郎から別れを告げられるなんて考えていなかった。

これからもずっとずっと一緒に暮らしていけると思っていた。

青天の霹靂とは正に今の状況を指す言葉だろう。

 

「柘榴が悪かったっす!

 この前の戦いでも今回の戦いでも全然役に立たなくて済まなかったっすぅっ!

 悪い所があるなら直すっすから! だからぁっ!!」

 

「わわぁっ!! ちょっと待った、ちょっと待った!

 ずっとじゃない! ずっとこっちじゃないからなっ!

 一年ちょっと、一年ちょっとだけ待っててくれっ!!」

 

泣きつく柘榴、そして慌てて弁明を始める九十郎。

傍から見ている分には痴話喧嘩のようである。

 

「い、一年ちょっと……?」

 

「あぁ成程、卒業までって事ね」

 

何を言っているのか分からずキョトンとした表情で固まる柘榴。

一方、美空は期間を言われた瞬間、九十郎が何をしたくてこの世界に……大江戸学園に残りたいのかを直感的に理解していた。

 

「頼む美空、頼む柘榴。

 俺を少しだけ……具体的には1年ちょっとの間だけ、こっちの世界に居させてくれ。

 久々にダチ公に会って、久々に大江戸学園のクソみてぇな空気を吸って、

 またあいつらと一緒にバカをやりてぇって思っちまったんだ。

 あいつらと一緒に授業を受けて、バカ騒ぎをして、テストを受けて、卒業してぇ。

 あいつらと一緒に卒業式をして、卒業証書を貰って、それから……

 それから美空や柘榴と共に生きる、共に戦う。 だから……頼む」

 

そして九十郎は自らの思いの丈を打ち明けた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「はぁ……寂しい……九十郎に会いてーっすよぉ……」

 

ある日の春日山城、柘榴は石垣に腰掛けながら青空を見上げていた。

 

この青空の下に……この世界に斎藤九十郎はいない、大江戸学園も無い、そう考えると胸の中が寂しさと切なさで一杯になった。

 

現代ニホンと戦国時代を繋ぐポータルは停止した。

ずっと繋ぎっぱなしにするには莫大な電力が費やされるからだ。

 

ポータルは1ヶ月に1度、約10分間だけ2つの世界を繋いでくれる。

僅か10分の通話と、ついでに送られてくるビデオレターだけが、今の柘榴と九十郎の繋がりの全てであった。

 

その僅かな繋がりは、柘榴の寂しさを癒すどころか、いっそ悪化させているように思えてならない。

九十郎に会いたい、機械越しではない声を聞きたい、その温もりを確かめたいという欲求が日に日に増しているのが分かった。

 

「柘榴、なぁ~に拗ねてるのよ。 元気出しなさいな、貴女らしくない」

 

柘榴の主君、長尾景虎・通称美空が隣に座る。

ここしばらく、目に見えて元気を無くしている柘榴の事を気にかけているのだ。

 

「御大将ぉ~、九十郎成分が不足してるっす~、元気出ねぇっすよぉ~」

 

「はいはい、九十郎が卒業証書を貰ってくるまでの辛抱よ。

 私も我慢してるのだから、貴女も我慢しなさいな」

 

「犬子や粉雪が羨ましいっす。 毎日九十郎と一緒にいれて」

 

「毎日毎日補修と追試に追われてるって話だけど。

 九十郎との時間が作れないって嘆いていたわ」

 

「一二三以外はっすけどね」

 

犬子は前田利家で、粉雪は山県昌景、雫は黒田官兵衛だ。

ニホン史に名を残す戦国武将である彼女達の地頭は決して悪くないが、それでも現代ニホンのトップエリートを集めた大江戸学園の授業について行くのは至難の業だ。

それ故に犬子も、粉雪も、雫ですら何度も何度も赤点を取り、落第回避のために補修や追試を受ける羽目になっている。

 

一方、真田昌幸こと一二三はカンニングと裏取引で赤点を回避している。

カンニングや裏取引を行い側も生徒であれば、取り締まる側も生徒で、大江戸学園的には証拠を掴ませないカンニングや裏取引は完全に合法である。

 

生徒の自主性を尊重するという名目で頭のイカれた事を普通に容認している所が大江戸学園である。

 

「あ~あ、柘榴も大江戸学園に行けば良かったかもっすよ」

 

「貴女47歳でしょ、あの学園じゃあ流石に浮くと思うけど」

 

「年齢は言いっこ無しっすよ! それを言ったら戦争っす!」

 

※この作品に登場する人物は全員20歳以上です。

 

「御大将、柘榴は……柘榴は九十郎の正妻で本当に良いっすかね?」

 

柘榴は暗い暗い顔でそう呟く。

 

「何を言ってるのよ、九十郎はいつだって貴女が正妻だって言っているでしょ」

 

「それは……そうかもっすけど……」

 

美空は当然の事だという顔だが、柘榴は納得していない様子だ。

 

「あの時……蘭丸との戦いで……柘榴は何の役に立たなかったっすよ……」

 

「はぁ!? 何言ってるの!?

 軍勢ごと一瞬で洗脳するようなインチキ能力が相手だったのよ。

 あんなの相手にどうしろって言うの?

 考える限りの対策はしたけど、それでも偶然に偶然が重なってようやく勝ったの。

 貴女達をあえて洗脳させたのだって、超能力の使い過ぎで疲弊させるため。

 貴女はしっかりと役に立っていたわ」

 

美空はやたら早口でそう語る。

大勢の味方をあえて洗脳させて、好きでもない男とのセックスを強要した負い目が、今なお美空を苦しめている。

 

「でも……でも、犬子は……犬子は蘭丸の洗脳を跳ね除けたっすよ。

 柘榴にはできなかったっす、柘榴には無理だったっす。 なのに……」

 

柘榴の額から汗が落ちる。

脳裏に浮かぶのは、今まで見た事の無い表情で犬子が笄を握り、眼球に突き立て、脳漿を掻き混ぜ、絶命させたあの瞬間だ(第170話)。

 

あの時、犬子は嗤っていた。

人殺しを心底楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた。

明らかに常軌を逸していて、明らかに正気を喪っていた。

狂気としか表現しえないような恐ろしい表情だった。

 

だがしかし……だがしかし、犬子はあの時、九十郎以外の男を拒んだのだ。

九十郎以外の男の妻になる事を拒んだのだ。

 

それなのに柘榴は……

 

「柘榴は何もできなかったっす、何もしなかったっす。

 犬子や詩乃が抵抗を続けているというのに、柘榴は見ているだけだったっす。

 人殺しはやってはいけない事だって、戦いに……セックスに負けたのだから、

 黙って従わなければとだけ考えて、犬子達を見送っちまったっすよ」

 

ぽたり、ぽたり、と汗が落ちる。

柘榴は己の情けなさに怒り、憤り、そして同時に悔やんでいた。

 

「言いたか無いけど、蘭丸の洗脳は本当に強力だったのよ。

 あいつの洗脳に抗えなかったのは貴女だけじゃない、恥だなんて思う必要は無いのよ。

 増してや、それが九十郎の正妻に何の関係も……」

 

「じゃあ覚えているっすか? 柘榴が鬼になりかけた時の事を」

 

柘榴が美空の言葉を遮った。

その言葉は一見平坦なようで、語気に微かな怒りが混じっているのを美空はしっかりと感じ取っていた。

 

「柘榴が……鬼に……?」

 

美空は一瞬、何を言っているのか分からなかった。

柘榴が言わんとしている出来事を思い出すのに、たっぷり十秒はかかった。

 

そして……

 

「あっ……言われてみればあったわね、あの時か……」

 

「御大将にとっちゃ言われるまで思い出せねー出来事っすか……」

 

「あ、いや待って! 覚えてたわ! 超覚えてたわっ!!

 ただちょっと最近色々あり過ぎて……」

 

美空が慌てて弁明するが、柘榴の表情はやたら重苦しく、やっちまったと軽く後悔する。

 

かつて柘榴と粉雪は鬼に襲われ、敗れ、強姦された事があった、確かにあった。

それは空と名月に越後長尾家の後継者たる地位を競わせるべく、剣丞に怯え、卑屈になる九十郎を救うべく、大きな模擬戦を行わせた。

越後のあらゆる者達の耳目が模擬戦に集められ、密かに近づきつつあった鬼の集団に気付くのが遅れ……結果、柘榴や粉雪を含めた大勢の者達が鬼に襲われる結果になったのだ(第104話)。

 

そしてこの話はこれで終わりではない。

この時に子宮に流し込まれた瘴気とでも呼ぶべき魔性の気が柘榴と粉雪に悪影響を与え、性欲を異常に増加させると共に、性的な行為を行えば瘴気の力が増し、最悪の場合鬼へと変貌してしまうと聞かされたのだ(第113話)。

 

そして柘榴と粉雪はそれぞれ約3ヶ月の禁欲生活を開始して……

 

「ほ、ほら、アレだって最終的に禁欲して、瘴気を追い出せたんだから良いじゃない!

 鬼にヤられたのは采配を誤った私の責任!

 誰も柘榴が正妻に相応しくないだなんて言えやしないわ!」

 

美空が冷や汗を流しながら柘榴を持ち上げる。

後先を考えずにフォローをする。

 

追いつめられると頭を空っぽにして突っ走るのは長尾景虎の長所であるが、同時に短所でもある。

あの日、あの時何があったか、どんな経緯を辿って柘榴が瘴気を克服したのか、そういう細々とした所を十分に思い出さないまま、行き当たりばったり的なフォローを試みていた。

今回はそれが思い切り裏目に出てしまう。

 

「御大将に山寺に押し込まれて、何日も監視されて、ようやく瘴気を追い出せたっすよ。

 柘榴一人じゃムラムラした気持ちが抑えられなくて。

 瘴気が強くなるって分かっていながら何度も何度もオナって。 それで……」

 

柘榴が慟哭していた。

口調は静かで、大声で怒鳴るようなものではない。

だけど美空は確かに、柘榴の嘆きと悲しみを、自身に対する怒りを、憤りを感じ取った。

 

美空はそんな柘榴の声を聞き、震える肩を見て、大粒の涙を蓄えた目尻を見て、ようやく後の時何が起きたのかを完全に思い出した(第122話)。

 

「(私の馬鹿っ! 大まぬけっ! どうやったらあんな事を忘れられるのよっ!?)」

 

美空は事の重大さを……柘榴は本気で思い悩んでいると悟って、迂闊な自分を叱責する。

 

「いや……あの……ほ、ほら、私も自分の意思じゃ禁酒できなかったし……

 えっと、そのぅ……だから、要するに……

 そうそう、酒を買っては買っては捨てさせる賽の河原みたいな事をさせちゃって……」

 

美空は必死に頭を回転させながらどうにかこうにか慰めと励ましの言葉を捻り出そうとしていたが、自分でも分かる位に説得力は皆無であった。

 

「粉雪は自分の意思で耐えてたっすよ、柘榴にはそれができなかったっす。

 いけない事だって、鬼になっちまうって知っていながら、

 ムラムラする度に自慰に耽って、どんどん状況を悪化させたっす。

 挙句の果てに九十郎以外の男に股を開いて! 跨って!

 あんあん喘ぎながら腰を振って!」

 

「やめなさい柘榴! それ以上続けるなっ!」

 

ついに美空の方が耐え切れなくなって叫んだ。

静かな朝の空気に怒声が響き渡る。

近くを歩いていた通行人がぎょっとした表情になり、そそくさと立ち去っていくのが見えた。

 

「……やめなさい柘榴、貴女は九十郎の正妻よ。

 九十郎がそれを望んでいる、それで十分でしょう?」

 

美空は大声を出すな、声を荒げさせるなと自分に言い聞かせながら話を続ける。

人払いも何もしていない城内だ、政務をするなり、物資を運ぶなりといった理由で城内で動く人間は何人もいる。

柘榴の醜聞を第三者に聞かせる訳にはいかず、いっそこの話を今すぐ打ち切ってしまいたい気持ちすらあった。

 

「柘榴はあの時の事、まだ九十郎に詫びてねーっすよ。

 瘴気に負けて、意思が弱くて、他の男に抱かれて……

 まだごめんの一言だって言えてねーっす!

 粉雪は自分で耐えて、瘴気を跳ね除けたのに!」

 

「だからやめなさい! 粉雪は粉雪、貴女は貴女よ!」

 

「結局……結局柘榴は愛が足りてねーっすよ。

 犬子よりも、粉雪よりも、九十郎が好きだって気持ちが劣ってるっすよ。

 なのに柘榴は九十郎の正妻で……」

 

「………………」

 

自嘲する柘榴に、美空は何も言えなくなる。

 

美空もまた、九十郎を愛する女の一人である。

あの地獄のような蘭丸戦の少し後に九十郎に想いを告げて、自らの処女を捧げた女である(おまけ5)。

自分が正式な九十郎の嫁になれば、柘榴を正妻の座から引きずり下ろす事になりかねないからと、時々身体を重ねるだけの関係に甘んじている女である。

 

表面上は正妻という立場に興味が無いように装っているが……それでも、愛する男の一番になりたいという欲求はあった。

 

九十郎の正妻になりたい……そんな欲望が、欲求が、俯く柘榴を前にして美空の心中でざわめきだした。

 

「(なれる……今ここで柘榴に身を引かせれば、私は九十郎の正妻になれる。

 九十郎の一番の妻になれる)」

 

美空はそう確信した。

そして同時に、こんな好機は九十郎達が揃って大江戸学園にいる今以外にはあり得ない事も分かった……分かってしまった。

 

「(今を逃せばきっと……きっと私は正妻にはなれない。

 九十郎の妻を名乗る事すら一生できない……柘榴がいる限り……

 今ここで柘榴を排除しない限り……)」

 

どくん、と心臓が高鳴った。

 

今ここで、柘榴に身を引くようにと告げれば……いた、そんなハッキリと告げる必要すらない、しばらくの間九十郎と距離を取って頭を冷やすように告げるだけで、柘榴を正妻の座から引きずり下ろす事は十分可能だと思った。

 

それ程までに今の柘榴は弱弱しく見えた。

 

だがしかし、いやだからこそ、美空は……

 

「……柘榴、安心なさい。 貴女は九十郎の正妻よ。

 九十郎がそれを望んでいる限り、私は全力で貴女を守る、私は全力で貴女の味方をする」

 

……美空は自分でも驚く程にあっさりと、九十郎の正妻になれる可能性を捨て去った。

 

「お、御大将ぉ……」

 

柘榴は目尻に大きな涙を蓄えていた。

その表情には覇気が無く、若干ながら鼻水すら出ていた。

 

そんな柘榴の弱々しい表情をいっそ愛おしいとすら感じてしまい、美空は思わずくすりと笑った。

 

「御大将ぉ! 笑うなんてひでーっすよぉ! 柘榴は本気で悩んでるっす!」

 

「九十郎が卒業証書を持って帰ってきたら、全力で謝っちゃいなさい。

 意思が弱くてごめんなさいってね。

 九十郎が『許す』と言ったら柘榴は引き続き九十郎の正妻。

 もし『許さない』って言った時は『私のパンチを受けてみろ』って3発ブン殴るわ」

 

「いやいやいや、殴っちゃ拙いっすよ!」

 

「良いのよ! こんなに真剣に悩んでる柘榴を許さない九十郎が悪い!

 その後は2人で離婚失恋残念飲みよ、浴びる様に飲んで酔い潰れちゃいましょう」

 

「なんつーモン記念するっすかぁっ!?」

 

「柘榴を許さないクソ男なんてこっちから願い下げよ。

 2人で離縁状と絶縁状を叩きつけちゃいましょ」

 

「へ? 御大将も絶縁するっすか?」

 

「ええ、そのつもり。 だってあり得ないもの。

 九十郎は絶対に貴女を手放しはしないし、他の女を正妻にする事も無い。

 私は確信しているの。

 この予想を外したら絶縁状の1通や2通、喜んで書いてやるわ。

 ああ、私には男を見る目が無かった~ってね」

 

「お、御大将まで付き合う必要なんてねぇっすよ!?」

 

「何よ、私の失恋残念会をしようって時に、一緒に飲んではくれないの?

 そ、そんな薄情な部下だったなんて思わなかったわ~」

 

美空はわざとらしく『よよよ~』と泣き真似をし始める。

それがただの泣き真似だという事は柘榴にも分かっていたが、敬愛する主君に道化のような事をさせてしまった事に柘榴は困惑する。

 

「……御大将は正妻になれねーっすよ、本当にそれで良いっすか?」

 

「構わないわよ、そんなの」

 

美空は少しも考える事無く即答した。

 

「柘榴が……ただの柘榴が、上杉謙信や前田利家を押しのけても良いっすか?」

 

「歴史書のネームバリューって奴? そんなの気にしてるのは九十郎だけよ。

 その九十郎が柘榴が良いって言っているのだから、観念して正妻をやりなさいな」

 

美空はケラケラと笑いながらそう答えた。

 

「九十郎、あの顔の割に妙にモテるっすから……

 もしかしたらこれから嫁が増えて、柘榴よりも有名だったり、名族だったりしたら……」

 

柘榴があり得るかもしれない未来に不安を感じ、陰鬱な表情になる。

 

「柘榴、この長尾景虎が……

 いいえ、ニホン史の教科書に名前が残る大英雄・上杉謙信様が

 貴女の味方になると言っているのよ、それじゃ不足なのかしら?」

 

「んな事ねーっすよ!」

 

柘榴は慌てて首を横に振った。

 

「私はこれから、未来の武器を使って日ノ本から戦争を根絶するわ!

 戦国の世を終わらせて、戦に怯えながら生きている全ての民に平穏な日々をもたらす!」

 

美空はすっくと立って高らかに叫んだ。

 

「乱世を終わらせれば、私は名実ともに日ノ本を救った大英雄よ!

 地位も権力もいくらでも転がり込んでくるわ。

 もしも柘榴が正妻に相応しくないなんていう奴がいたら、

 その地位と権力を総動員して叩き潰すわ!」

 

「お、御大将……」

 

柘榴は思った。

美空ならば……どんな無理無茶無謀も押し通し、柘榴達に夢と希望と誇りを与え続けた長尾景虎であれば、それもできるかもしれないと。

 

柘榴の目に微かな希望の光が宿るのを見て、美空はさらに演説を続ける。

 

「仮に、仮によ、これから九十郎が新しい女を作ったと仮定して」

 

ネタバレ・作ります。

 

「私や柘榴に何の相談も無く妻を増やすなんてありえないでしょ!」

 

ネタバレ・何の相談も無く妻が増えます。

 

「万が一、私達の知らない間に新しい妻ができたとして、

 柘榴を正妻として立てない性格の悪い女を、九十郎が選ぶ訳が無いわ!」

 

ネタバレ・普通に正妻の座を狙ってきます。

 

「さらに億が一、新しい女が自分こそ正妻に相応しいって言い出したとしても、

 その時は私の地位と権力のパワーで叩き潰してやるわっ!

 上杉謙信の権力でもどうにもできない奴なんて、そうはいないわよ」

 

ネタバレ・イギリス海軍中将とインカ帝国皇帝と蜀漢の丞相が来ます。

 

「さらにさらに兆が一、私も、犬子も、粉雪だって貴女を正妻って認めている。

 私は上杉謙信で、犬子は上杉謙信、粉雪は山県昌景よ。

 ニホン史に名を残すような英雄が束でかかっても太刀打ちできないような奴が、

 九十郎に惚れる可能性なんて皆無よ。

 それこそ世界史の教科書に載るようなビックネームでも来ない限りね」

 

ネタバレ・世界史の教科書に名前が載るビックネーム『フランシス・ドレイク』と『ワイナ・カパック』と『諸葛亮孔明』が来ます。

 

「おお、そう考えるとちょっとは気が晴れてきたっすよ!」

 

柘榴もまた立ち上がる。

 

今なお九十郎の正妻に相応しいのかという疑念はある。

陰鬱な気分も完全に晴れた訳では無い。

しかしそれでも、敬愛する主君にここまで言われて、ここまで力強く励まされて、いつまでも膝をついたままではいられなかった。

 

これから起きる過酷な運命を柘榴は知らない。

これから起きる強烈な試練を美空は知らない。

 

だがしかし、だがそれでも、2人はこうして立ち上がり、青空の下で希望ある未来を目指そうと誓ったのだ。

 

そして……

 

「……銃声?」

 

「したっすね、今日は射撃訓練の日じゃねーっすけど」

 

……この日、共産主義革命軍を名乗る集団の襲撃を受け、春日山城はまたもや炎上するのであった。

 


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