前話、おまけ3にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
おまけ3URL「https://syosetu.org/novel/107215/64.html」
次話、おまけ5にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
おまけ5URL「https://syosetu.org/novel/107215/65.html」
時は少し遡る。
これは蘭丸との戦いが終わり、九十郎達がオーディンとの戦いの準備に奔走していた頃の事……テンポが悪くなるため省略された出来事である。
詩乃が変わった。
表面上はいつも通り、新田剣丞の忠義の臣、頼れる軍師である。
表面上はいつも通り、新田剣丞の貞節な妻である。
しかしある日を境に、九十郎を見る目が少し変わった。
ある日を境に、九十郎を語る声が変わった。
ある日を境に、九十郎の事を話題に出す頻度が増えた。
その変化はいずれもごく僅かなもので、その変化に気づく者は少なかった。
その変化が示す意味を察した者はもっと少なかった。
「貴女の秘めた想いは、きっと時間が解決してくれる」
武田光璃は詩乃にそう告げる。
「この戦いが終われば、九十郎は大江戸学園に復学する。
少なくとも卒業するまでの1年半、こちらの世界に戻ることは無い」
なお、実際には越後で共産主義革命が勃発し、美空と柘榴が窮地に追い込まれていると知った九十郎は、諸葛孔明を伴い戦国時代に舞い戻るのだが……それはまた別のお話である。
「卒業後の進路は、まだ分からない。
現代ニホンで就職するかもしれない、戦国時代に戻るかもしれない。
どちらにせよ、貴女と九十郎が接触する機会はそう多くない」
純然たる事実を突きつけられる。
詩乃は何も言わずに聞いている。
「戦国時代で死に、現代ニホンに転生した光璃は、
まず初めに元の世界に戻りたいと願った。
愛する人ともう一度会いたい、愛する人と共に生きたい……新田剣丞を求めていた。
だけれども、その想いは時間と共に薄れていった。 現代ニホンで生きる内に、
少しずつ、少しずつ、愛が小さく、軽く、薄くなっていった。 新田剣丞への愛が……」
光璃の独白を、詩乃は何も言わずに聞いている。
「だからきっと、貴女の想いも時間と共に……」
そして詩乃は……
「光璃さんに言われても説得力がありません」
バッサリと切り捨てた。
そう、この時光璃は頭髪をバッサリと刈られ、丸坊主になっていたのである。
光璃が丸坊主になった理由は……
……
…………
………………
「これより長尾裁判を開始する!!」
美空がその辺からかき集めてきたボロ板やボロ布で作った即席裁判所から開廷を宣言する。
「お願いでございます。 命だけは、命だけはお助けくだされ」
被告人席には簀巻きにされた光璃が座らされている。
「検察側、準備完了だよ」
「弁護側も準備完了だ。 とっとと始めて、とっとと終わらせるぞ」
検察席には一二三が、弁護人席には九十郎がいた。
知略98の真田昌幸対斎藤九十郎……この時点で絶望感が酷い。
なお、当然の事だが戦国時代には検察も弁護士も存在しない。
小中学生が社会科の授業で開廷するような、なんちゃって裁判である。
「検事、まずはコイツの罪状を読み上げなさい!」
「はいはーい、大江戸学園甲級二年は組武田光璃、
自称武田信玄さんは『九十郎を愛している』とか何とか言っといて(第144話)、
この前の戦いで剣丞のち〇こを突っ込まれて即堕ちしました(第169話)。
浮気罪で死刑を求刑しまーす」
現代ニホンの刑事裁判であれば求刑は証拠調べが終わった後に行うのだが、戦国時代のなんちゃって裁判なので誰も気にしていない。
「……で、被告人は何か言いたい事はあるかしら?」
「あれは、あれは……」
光璃が苦虫を噛み潰したような表情で俯く。
さっきは命乞い于禁の真似をして誤魔化そうとしていたが、この前の自分の言動が好ましくない事は自覚している。
ちらりと、九十郎の顔を覗き見る。
「(表情が……表情が読めない……)」
九十郎の事は何でも知っている、九十郎の事は何でも分かる……そう思っていた。
子供の頃は毎日毎日、朝から晩まで一緒にいた幼馴染だった。
大江戸学園に入学してからも、毎日顔を合わせ、一緒に馬鹿な事をして、はしゃいで、笑い合って……でも今は、九十郎の顔を見ようとするだけで心が苦しく、息が詰まった。
九十郎の表情を見て、何を考えているのかを考察するだけの心の余裕が無い。
「(光璃は……何故、どうしてあんな事を……)」
『剣丞……好き……愛してる……』そう言って口づけをした事は覚えている(第169話)。
あの言葉を告げる何秒か前に、光璃はイカされて、洗脳……戦いに関する常識を書き換えられたのも覚えている。
頭が一瞬真っ白になって、自分は剣丞にイカされたのだから、剣丞に負けたのだから、剣丞の妻にならなければと思わされた。
だが同時に、あの常識改変が人の好悪感情を左右させるものではない事も分かっている。
それならば、剣丞に愛していると誓ったのは……
「違う、あれは違う……何かの間違い……光璃はあんな事、言っていない」
「その言い訳は流石に通らないわよ、私も一二三も九十郎もしっかりと聞いていたわよ」
「ザ・ニュー御屋形様の即堕ちはいっそ芸術的でしたねぇ」
言葉のナイフがグサグサと刺さる。
九十郎の顔が怖くて見えない。
どんな表情をしているだろうか、失望されているだろうか、軽蔑されているだろうか、股の緩い女と思われているだろうか、薄情な女と思われているだろうか……嫌な事ばかり考えてしまい、九十郎の顔を見る勇気が出ない。
「お願いでございます。 命だけは、命だけはお助けくだされ」
もう一度、横山光輝三国志の一シーンを再現してみる。
普段ならこれでシリアスっぽさを爆散させてギャグ風味の空気を召喚できるのだが……今は駄目だ、マイナスの思考は消えてくれない、呪文は虚しく木霊した。
「あれは……一時の気の迷い」
「どっちが気の迷いなの? 剣丞の方、九十郎の方?」
「………………」
光璃は即答できなかった。
九十郎への想いが気の迷いだとは思いたくない。
九十郎の事を考えるだけで胸に溢れる暖かさは、今でも確かに存在している。
だけど……
「剣丞……剣丞……新田剣丞……」
剣丞の名をぶつぶつと呟く。
かつて愛した男の名前。
17年、現代ニホンで生きる内に少しずつ、少しずつ思い出す回数が減っていった男の名前。
そして数日前に肌を重ねて、そして……好きだと、愛していると囁き、口づけをした男の名前だ。
かつては愛していた。
しかし今は、その愛が失われた。
新田剣丞への愛が戻る事はもう無い。
そう思っていた……いや……
「そう思い込もうとしていた、一生懸命自分に言い聞かせようとしていた、
光璃は……本当は……本当はずっと……だとしたら……」
だとすれば……自分はただの酷い奴じゃないかと、光璃は思った。
「あ……ち、違う……そうじゃない……光璃は……」
顔が強張る。
全身が強張る。
自分の醜さに目を背けたい気持ちで一杯だ。
そして……
「お前がそんなのだから勝頼が苦労するんだよ、光璃。
天目山に行って勝頼に土下座してこい」
九十郎は呆れた様子で光璃を切り捨てた。
シャ〇バンクラッシュかと見まごうばかりの見事なバッサリ具合である。
「う……ぐ、うぅ……ぐす、ぐすっ……」
心が引き裂かれるかのような痛みに耐えかね、光璃の膝に大粒の涙がぽとり、ぽとりと滴り落ちた。
「ガチ泣き!?」
「おっと、こりゃ洒落じゃ済まなさそうだ」
「休廷! 一旦休廷! ちょっと九十郎、台本と真逆の事を喋るんじゃないわよ。
私と一二三が厳しい事言って、アンタが優しい言葉をかけるツンデレメソッドでしょ!」
「……あ、悪い忘れてた。 お~い光璃~、お前は悪くないぞ~、知らんけど~」
「何故『知らんけど』を付けたぁっ!?」
その明らかに棒読みな『お前は悪くない』はいっそ逆効果で、光璃の心の傷はさらに深く抉られる。
「うわぁぁ~~ん!」
とうとう本格的な決壊が起きる。
光璃の心はポッキリと折れ、恥も外聞も無く泣き喚き始めた。
「九十郎ぉ! アンタ本当にいい加減にしなさいよ!」
「あ~うん、気にすんな。 お前らにとっちゃこういう光璃は初めてかも知れんが、
俺やセカンド幼馴染にとっちゃ割と良くある事だからな。
泣き虫なんだよコイツは昔から」
そう言うと九十郎は光璃の頭を撫でてみせる。
「お~よしよし、ホントお前は手のかかる奴だよな。
ほ~れもう苛めっ子はいないから安心しな~」
「虐めた本人が何言ってるのよ……」
「ひっ、ひっ、ひぅ、ひふっ!」
「あ、やべぇ過呼吸気味になってきた。 はいストップ! ドクターストップ!
おい一二三、ちょっとアイツ呼んで来い、大至急で」
「はいは~い、安い早い美味いが取り柄の一二三宅急便出動しま~す」
……
…………
………………
それから約1時間後。
「……やれやれ、やっと落ち着いたか」
光璃の涙はようやく止まった。
ストレス性の過呼吸も収まった。
だがその代わりに……
「うぅ……兎々、兎々、みんながいじめる……」
……その代わり、光璃の威厳的な何かは粉砕・玉砕・大喝采状態であった。
蘭丸の戦いで深い深い心の傷を負い、ポータルの操作もままならなくなった光璃をどうにかしようと、越後で軟禁状態であった高坂昌信・通称兎々が呼び出された。
兎々を抱き枕代わりにして横になると心のパワー的なナニカが回復する、言うなれば兎々テラピーに頼るためだ。
「ああ……この柔らかな肌の手触り、すべすべの髪、匂い……
兎々だ、大江戸学園では一度も触れられなかった兎々がいる……」
なお、光璃の威厳的な何かは粉砕・玉砕・大喝采状態である。
良い歳をした大人がでっかいぬいぐるみに抱き着くのでも絵面が酷いのだろうが、兎々テラピーではそれが生身の人間、しかも見た目幼女ときている。
『この人武田信玄です』と言っても誰も信じないであろう、情けなさMAXな光景になっていた。
「見たくなかったわ、かつての好敵手のこんな姿は」
美空がげんなりとした表情で頭を抱えている。
「御屋形様がらめ(駄目)なじょうらい(状態)になってるのら。
な、何があったのら……?」
兎々は割と見慣れているのか、美空と違ってドン引きはしていない。
死んだと思っていた主君が(微妙に肌年齢を回復させつつ)生きている事への驚きも無い。
武田四天王である兎々にも知らせないまま影武者を殺して、後日生きていました~と出てくるのを普通にやりかねないのが武田晴信だからだ。
「ところで一二三、光璃が川中島で死んでて(第135話)、
ここにいるのは記憶とか人格を引き継いだ生まれ変わりってのは……」
九十郎がひそひそ声で一二三に話しかける。
「ああ、あれね? ややこしいから説明してない」
一二三もひそひそ声で返答する。
「どうする? 伝えとくか?」
「良いんじゃない、もうちょっと落ち着いてからで。
そもそも魂がどうだの、オーディンがこうだの、本人だけど別人だの、
理解させる自信は無いし、必要性も感じないよ。
実は生きてましたの方が説明が楽じゃない?」
「そうか……? いや、そうかもな」
……閑話休題。
「兎々……光璃は自分自身の薄情さを思い知った。
光璃の感じた愛、信じた愛は薄っぺらなものだと思い知った。
叱ってほしい、詰ってほしい、罵ってほしい、だけど……
だけど捨てられたくない、一人になりたくない……
そんな自分勝手な願いを持っている光璃が心底嫌いになっている」
光璃がぼそぼそと今の自分の感情を兎々に伝える。
兎々はしばらくの間きょとーんとした表情で硬直し、それから少し困った様子で首を傾げる。
「お、御屋形様、良く分からないのら。
らけろ(だけど)、兎々は御屋形様を捨てたりなんてれきないのら。
叱るのは……むむむ、御屋形様が何を悩んれるのか分からないから、
上手くれきないのら……」
「なにがむむむだ!」
「一二三、ちょっと黙ってようか」
こういう場面で意図的に空気を読まない真田昌幸である。
「つまり、それは……要するに……」
光璃が悩まし気にに顔を歪め、口元をもごもごとさせて、最終的には兎々の耳元でこしょこしょと……
「光璃は剣丞が好きで……しばらく会わない内にそれを忘れてて……
好きの心が無くなったと勘違いして、九十郎が好きと言ってみたけど……
剣丞にもう一回会ったら再燃した……」
「……たらの(ただの)浮気者なのらっ!?」
兎々はドン引きした。
一度死んで現代ニホンに生まれ変わった光璃にとって、剣丞に会えなかった『しばらく』は17年間であるが、光璃は最初から死んでいなかったと認識している兎々にとって、光璃が剣丞に会えなかった『しばらく』は高々数ヶ月だ。
情熱的に愛していると囁き、寝屋を共にした相手がいるのに、たった数ヶ月会えなかった程度で他の男に走るのは戦国時代の倫理観でもアウトである。
特に光璃は、剣丞に最初に抱かれた夜に、兎々を半ば無理矢理引っ張り込んだというのにだ(第126話)。
「ふふふ、ふしだらな主君と笑うと良い……」
光璃は若干涙目である。
だがしかし……
「笑わないのら……笑ったりなんかれきない(できない)のら……」
だがしかし、兎々はそんな光璃を嘲笑う事はしない。
笑う事なんてできなかった。
ドン引きはした。
何考えてんだコイツ、とは思った。
戦国時代の倫理観でも酷い光璃の行動にドン引きしつつ……受け入れていた。
何故ならば……
「御屋形様は間違ってるのらっ!!」
何故ならば……
「御屋形様は、御屋形様は……」
何故ならばっ!!
「志賀城に3000の生首を並べた時とか、
諏訪頼重をらまり討ち(騙し討ち)にして切腹させた時とか、
ろうめい(同盟)してた今川義元を殺した時とかの方が、
よっぽろ残虐ひろう(非道)らったのらっ!」
……何故ならば、光璃が突如として戦国時代の倫理観でもドン引きされるような残虐行為を行うのは今回が初めてではなく、たぶん今回が最後ではないからである。
「ごふっ……」
あまりにもあんまりな自身の所業を突きつけられ、光璃は吐血しながら倒れ込んだ。
「れも! それれも! 兎々は御屋形様を笑ったりしないのら!
見限ったりれきないのらっ! 御屋形様がひろう(非道)なのは知っているのら!
御屋形様がひろう(非道)れも、それれも御屋形様は兎々のらいじ(大事)な主君なのら!」
兎々が『やっべ言い過ぎた』とばかりに軌道修正を試みる。
「残虐非道でごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」
光璃は倒れ伏しながら、しくしくと涙を流していた。
「兎々らけじゃないのら! 春日らって、心らって、粉雪らって、
御屋形様をらいじ(大事)な主君らと思っているのら!
ついて行けないって思ってるのは、とっくの昔に飯富虎昌みたいに裏切ってるのら!」
「ごふっ……」
飯富虎昌の突然の謀反というできれば思い出したくない出来事を突きつけられて、光璃は再度吐血した。
「惜しむらくは、典厩様をこの場に連れて来れなかった事だね。
さぞや良いツッコミを入れてくれただろうに」
「ツッコミって言うか、追い打ちになんじゃねぇの? それってよ」
なお、典厩様こと武田信繁・通称夕霧は蘭丸のガチ洗脳を喰らった反動でぶっ倒れている。
自分の倫理観とかけ離れた言動を強要された心理的ストレスは甚大なものであり、それが体調の悪化という形で夕霧達を襲っている。
一二三のように二枚舌に慣れていて、心に棚を作るのが上手いタイプは比較的すぐに回復したが、夕霧や湖衣のような律儀で、誠実で、嘘が苦手な者は今も立ち上がるのすら困難な程に消耗していた。
実を言えば久遠も割と深刻なダメージを受けていて、ゲロを吐きながら織田・長尾間の戦争回避に奔走していた。
一方、長尾側の最高責任者である美空は酒の飲みすぎが原因でゲロを吐きながら織田・長尾間の戦争回避に奔走していた。
……閑話休題。
「しかしまあ、何だ……光璃、俺もな、こいつ……えっと、名前何て言ったっけ?」
「兎々。 高坂らんじょう(弾正)昌信、通称は兎々なのら」
「そうそう、俺もぶっちゃけ兎々と同じ意見だよ」
「お、同じ……?」
光璃がおずおずと九十郎の方を覗き見る。
「ああすまん、お前を笑わねぇし笑えねぇって所は違うな。
ゲラゲラ笑いながら酒の肴にすると思う。
でもな……うん、お前がひでぇヤツだってのはとっくの昔に知ってるんだ」
「ごふっ……」
光璃は再び吐血した。
「お前はひでぇヤツだ、それでも俺はお前の幼馴染だ。
それでも俺はお前を大事な幼馴染だと思ってる。
それでも俺はお前は大事な武田光璃だと思ってる。 変わらねぇんだよ、そこは」
「変わら……ない……?」
「御屋形様は兎々のらいじ(大事)な主君なのら!
それは変わらないのら、変えられないのら!」
「そうそう、お前光璃の扱いが分かってるな、今度一緒に飯でも食いに行こうぜ」
「そっちの奢りなら行くのら」
「良いぜ、奢ってやるよ。 まあ、それはそれとして……
俺はお前の幼馴染だぜ、お前のクズエピソードなんて百も二百も知ってるんだ、
今更クズエピソードが1つや2つ増えた所で、引いたりしねぇし見限ったりしねぇ。
お前は今も昔も、俺の大事な幼馴染で、俺の大事なダチ公だよ」
そして九十郎は倒れ伏す光璃の横に座ると、よしよ~しと頭を撫でた。
「う……うぅ……」
光璃の目から涙が溢れた。
自分のクズっぷりを思い出して涙が溢れた。
自分の駄目さ加減に涙が溢れた。
そして同時に、そんな自分を見限らない兎々と九十郎のありがたさに涙が溢れた。
「なに泣いてるんだよ、笑えよ光璃。 お前は本当に泣き虫だよな、昔っから」
そして九十郎はわしゃわしゃわしゃっと光璃の髪の毛を乱雑に掻き回した。
戦国時代の価値観ではその場で首を刎ねられてもおかしくない無礼な行為だが、現代ニホンを生きる武田光璃と斎藤九十郎にとっては、それは日常的なスキンシップだ。
光璃はがばっと立ち上がると、両手を一杯に広げて、兎々と九十郎をぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう兎々、ありがとう九十郎。 それと……ごめんなさい」
光璃の顔には涙は無い。
光璃の心に自己嫌悪はもう無い。
あるのは大きな大きな感謝の気持ちだけだった。
こうして今回の蘭丸戦における光璃のやらかしは全て清算され……
「……でもな光璃、
お前のそういうフラフラする性格で迷惑する奴はいるって事は自覚しろよ」
「そうなのら! 御屋形様は割と重要なけつらん(決断)を翻す悪い癖があるのら!」
……良い話で終わりそうな空気だったが、そうは問屋が卸さないと追撃が入った。
「俺は許すよ、兎々も許すかもだ。
だがお前が色々やらかしたせいで勝頼は散々苦労して、最終的には切腹したんだぞ」
「そうなのら!
勝頼ってられ(誰)の事か知らないけろ、迷惑をかけたらごめんなさいするのら!」
なお、武田勝頼は現代ニホンにおいては武田信玄の娘として知られているが、こちらの世界線では生まれてすらいない。
「そーだそーだ、勝頼に謝りなさいよ」
「謝れ~、勝頼に謝れ~」
美空と一二三が外野から追撃を入れる。
「え、いや……謝れと言われても……まだ子供も産んでいない……」
「ろうめい(同盟)したかと思えば攻め込んれ、和睦したかと思えば攻め滅ぼして、
従う方も大変なのら! 他国から白い眼れ見られてるのら!」
「裁判長、これは有罪ではないでしょうか」
「そうね、浮気罪は百歩譲って見逃してあげても良いけど、
同盟破り罪と勝頼に迷惑かけた罪は許せないわね」
「そ、それは刑法何条と何条の……」
「やっかましい! 私が法よ!」
美空は罪刑法定主義(日本国憲法第31条)に真っ向から喧嘩を売っている。
「という訳で有罪! 有罪よ! 刑罰は……
そうね、ぶっ殺すのは後で九十郎に恨まれるし、
ポータルを動かせる人が他にいないから勘弁してあげるけど。
最低限頭は丸めて反省の意を示しなさい!」
「ひぅ!? ぜ、前時代的な……」
現代ニホンならSNS炎上間違いなしの坊主強要である。
「弁護人、何か意見は?」
「……まあ、その位はやっとこうぜ。 髪なんて2~3ヶ月すりゃまた生えるだろうし」
「喜んれとは言えないけろ……命を奪わないのなら、兎々は何も言わないのら」
「はい、弁護人も異議なしだから決定! だいたい武田信玄を名乗っておきながら、
髪の毛がそのままって所が気に入らなかったのよ。
戒名を名乗るんだったら剃髪くらいしなさいって」
「こ、控訴は……? 上告は……?」
「やっかましい! 私が法よ!」
美空はどこからともなく剃刀を手にすると、じりじりと光璃ににじり寄っていく。
「ま、待って……話せば、話せば分かる……」
「諦めろ光璃、試合終了だ」
逃げようとする光璃を、バッファローマンのような体格の大男がむんずと掴んで制止する。
「髪の毛の一つや二つで命が助かるのなら、いっそ運が良いのら」
なおも逃げようとする光璃を、兎々がしがみ付いて止める。
そして……
「あああぁぁぁ~~~っ!!」
……そして哀れな断末魔が響き渡ったのである。
……
…………
………………
「……と、いうような事情で剃髪されたと聞いていますが」
「……ごふっ」
光璃(丸坊主)は吐血した。
ここから先、光璃がどうなるのかは誰も分からない。
恥と外聞をゴミ箱にダンクシュートし、もう一度剣丞へ愛を捧げるのか。
剣丞に靡きかけたのは一時の気の迷いだとして、九十郎の元に戻るのか。
大穴で剣丞でも九十郎でも無い誰かと愛を育むのか。
一生喪女ルートだって否定できない。
九十郎は、光璃がこの先どうなろうと、この先どんな選択をしようとも、大事な幼馴染だという事は変わらないと思っている。
光璃がどんな善行を積もうが、どんな悪行を働こうが、それはそれとして大事な幼馴染だと思っている。
九十郎の想いは変わらない。
そしてもう一つ、分かっている事があるとすれば……
「そういえば九十郎、ずっと気になってたんだけど、
ザ・ニュー御屋形様に好きって言われて嬉しかったかい?」
「え? まぁ、それなりに」
「彼女にしたい?」
「いやー、きついでしょ」
……九十郎は光璃と男女の関係になる気は全くないのであった。