戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と一二三と九十郎最終回『ここから先の物語にあえて名前をつけるのならば』

 

「……早いもんだな、

 あの拍子抜けする程に楽だったエンド・オブ・リバースから今日で3ヶ月か」

 

「九十郎、前にも似たような事言ってなかった?」

 

オーディンとの戦いから……九十郎が個人的にエンド・オブ・リバースと呼んでいる戦いから3ヶ月か過ぎていた。

 

あの戦いの後、九十郎は大江戸学園に復学し、犬子と一二三と雫と粉雪の4人も季節外れの編入生として入学する事となった、

 

とはいえ、大江戸学園は現代ニホンのトップエリートを養成する場所であり、授業のレベルは非常に高い。

多少のブランクはあるとはいえ、実力で大江戸学園の入試を突破した九十郎はともかく、他の4名は戦国時代基準では高度な学力を有していたものの、現代ニホンのトップレベルには到底及ばないため、一二三以外全員毎日毎日補修と追試漬けである。

なお、一二三は元々の地頭の良さもあるが、それ以上に教師への賄賂、試験問題の不正入手、カンニング、その他諸々の卑怯戦法によって補修と追試から逃れていた。

 

今日も今日とて犬子達は補修を受ける日……という事になっていたが、今日は特別な日の為、教師に頼み込んで日程を変更させてもらっていた。

 

「九十郎、通信機の準備できたよ」

 

「流石に3回目にもなると、手慣れたものだな」

 

「そりゃあ犬子だって毎日勉強しているもの、ネット会議くらいできるようになるよ」

 

「最近はどこに行ってもウイルス対策がうるさくなってるからなぁ」

 

「時々、あの大らかだった戦国時代が懐かしくなるかも」

 

「無知だっただけだろ」

 

九十郎が時計を見る。

時計の針は11時55分を示していた。

 

「あと5分……」

 

「美空様も柘榴も元気かな?」

 

「一ヶ月前は元気だったんだ、今回も大丈夫だろ」

 

犬子と九十郎の2人がパソコンの前に座る。

通信回線に問題無いかを確かめたり、ちょっと髪型を整えたり、そわそわしながら時間が経つのを待っている。

 

「カメラ、ちゃんと動いてるのかな?

 ほら、一回目の時はカメラが動いてなくて、声しか送れなかったじゃない」

 

「心配すんな、ついさっきテストしたばっかりだろ」

 

「ちょっと拭いておこうかな、雑巾どこだっけ……」

 

「良いから座ってろ」

 

九十郎が犬子を抱き寄せる。

肩と肩が触れ合う。

 

ただそれだけ、たったそれだけで犬子は言いようの無い幸福感に包まれる。

 

「……あと1分だね」

 

「そうだな」

 

「ビデオメールはちゃんと送信したっけ?」

 

「心配すんな。 メールソフトは起動済み、送信予約設定もしているよ」

 

「やっぱり、たった10分じゃ近況を伝える事もできないからね」

 

「あいつらのビデオメールへの感想もな」

 

「うん、美空様も色々頑張ってて、本当に凄いよね」

 

「ああ、そうだな」

 

時計の針が進んでいく。

 

あと10秒で正午……あと5秒……1秒……針が正午を示したのを確認すると、九十郎はパソコンのネット会議ソフトから『接続』のボタンをクリックした。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……という訳で、

 どうにか私と九十郎さんの恋愛フラグを復活させられませんでしょうか」

 

「諸葛孔明にもできる事とできない事があるんですよ」

 

……同じ頃、大江戸学園のメインストリートに面したお洒落な喫茶店のテラス席で、雫と朱里が話をしていた。

 

戦国時代と後漢末期における稀代の軍師が密談を交わしているという訳では無い、内容は単なる恋愛相談である。

 

蘭丸戦が終わった直後、洗脳され、凌辱され、失意の内にあった人達が聞いている中で『失言のおかげで助かりました』と無神経な発言をした時から、九十郎との関係がどうにも先に進まずに焦っているのだ。

 

「雫さんは基本優秀なのですから、

 時々ぽろっと本音が出る癖をどうにかできればと思いますけど……」

 

「うぐぅ、一二三さんと同じような事を……」

 

「人の噂も七十五日と言いますし、森蘭丸との一件で心を病んでしまった人達も、

 少しずつではありますが着実に回復しつつあります。

 焦らずじっくりと信頼を重ねながら、

 時間が怒りを忘れさせてくれるの待つのが良いのではと思いますよ」

 

「アッハイ、ソウデスネ……」

 

あまりにも無難な、あまりにも面白げの無い回答に、雫はがっくりと項垂れる。

 

「……もしかして、あの諸葛亮孔明なのだから、

 問題を一気に解決するような妙案が出せるとか思っていませんか?」

 

「いえ、そんな事は……あ、ごめんなさい。 正直に言って、ちょっと期待していました」

 

心の内を見事に言い当てられ、雫は姿勢を正して頭を下げた。

いつもの失言癖で『貴女は本当に諸葛亮ですか』と溢さなかったのはちょっとした成長なのかもしれない。

 

「諸葛亮といってもほんの少し機転が利くだけで、血の通った人間ですよ。

 できない事なんてごまんとあります。

 知っているでしょう? 諸葛亮は劉玄徳亡き後、蜀を率いて5回に渡って北伐を行い、

 魏国を亡ぼすどころか、その途上にある長安に辿り着く事すらできなかったのすから」

 

「それは……そうかも知れませんけど……

 それでも、藁にも縋りたい気持ちなんです。 諦めたく無いんですよ、九十郎さんを。

 私はこう見えて黒田官兵衛なんです。 諦めが悪いのも分かるでしょう?」

 

「一説では、関ケ原の時も東軍西軍双方を出し抜いて天下取りを狙っていたとか」

 

「狙っていたのだと思いますよ。

 歴史書の中の黒田官兵衛は、九十郎さんと出会わなかった私です。

 何を考えて、何をしようとしていたのか、大体は分かります」

 

「ところで、ここのお支払いは?」

 

「もちろん私が出しますよ」

 

「店員さーん、ラズベリーパフェとホットケーキ、

 それとダージリンティーを追加でお願いしまーす」

 

朱里は言質を取ったと見るや、すかさず雫の財布の中身ギリギリのラインで追加注文を行った。

恋愛相談では頼りにならずとも、怒られないギリギリのラインで自らの利益を最大化するのは諸葛孔明の得意技である。

雫としても無理を言って相談の時間を作ってもらった手前、今から『やっぱりワリカンで』とは言いにくい。

 

「ううぅ、目薬作りの内職増やさないとなぁ……」

 

大江戸学園に通う生徒達は、いわゆる資産家の子女が多い。

しかし、学園内では独自の通貨が流通しており、学園島の外の金銭をそのまま使用する事はできないようになっている。

資産家の子女であっても、貧乏人の倅であっても、等しく島内で労働し、学園内の通貨を稼がなければならないのだ。

 

なので授業外の時間のほぼ全部が補修と追試で埋まっている犬子と粉雪、そして雫は超絶貧乏生活を強いられている。

例え前田利家や山県昌景、黒田官兵衛のような史実ネームドであろうとも一切手心を加えない所が大江戸学園の魔境たる所以である。

ドケチで有名な前田利家、倹約家で知られる黒田官兵衛はともかく、譜代家老衆の生まれで節制生活になれていない山県昌景は結構苦労をしているのだ。

 

一方、一二三は通貨偽造で生活費や遊興費を賄っている。

 

こういう非合法な抜け道が多数存在し、北町、南町奉行所の役人と永遠に終わらないイタチゴッコを繰り返している所も大江戸学園の魔境たる所以である。

 

通貨偽造をするのも学生ならば、それを取り締まる者も学生。

教師はたとえ死人が出る事態になろうとも不干渉を貫く……それが大江戸学園の方針であり、教育理念でもある。

これは単なる放任主義ではない、壺の中にありったけの毒蛇、毒百足、毒蚰蜒、毒蛙を押し込んで極限まで濃縮させる蟲毒めいたナニカである。

 

「ところで、どうして朱里さんも学園にいるんでしょうか?

 転入はされてなかったと思うのですが」

 

「気分転換と言いますか、時間潰しにチャドーでも学ぼうかなと思いまして」

 

「じ、時間潰し……?」

 

「戦国乱世の時代から、

 100年近く戦争を経験していない国に連れてこられたのですからね、もう暇で暇で」

 

なお、暇を持て余した鳳雛こと龐統士元はコミケで同人誌を売っている。

 

「ああ、やはりそちらもそうですか」

 

「いっそパリピになって歌姫のプロデュースでも始めようかと思う位に平和ですよ」

 

雫が頭の中で『イェーイ』なんて文字が浮かぶゴーグルを掛けた朱里を想像する。

思わず吹き出しそうになる程に違和感が無かった。

 

「そ、そうですね……この学園、茶道の手ほどきをする私塾がいくつかあります。

 結構有名な家系のお子様が指導をしている所とかもありますから、

 そこに通われるのも良いかもしれません」

 

「じゃあ暗殺拳を教えている所もあるかもですね」

 

無いと言い切れない所が大江戸学園である。

 

「ニ〇ジャスレイヤーの読み過ぎです。 ニンジャは実在しない、良いですね?」

 

「ハイ」

 

なお、小波や姫野は忍者であって平安時代をカラテによって支配した半神的存在ではないのでセーフである。

 

「では、しばらくこちらに滞在するのですか。

 戦国時代なら、まだ千利休殿が存命の筈ですよ」

 

「それでも良かったのですけれど、まあ、急ぐような事でもありませんから。

 ゆっくりと学園の雰囲気を楽しみながら学べればなと」

 

大江戸学園に普通の学生生活の空気を求めるのは無謀が過ぎる。

 

「知っているとは思いますけれど、異なる並行世界を繋ぐポータルは、

 一ヶ月に一回、およそ10分しか開きません。

 家族とは離れる事になりますけれど……」

 

「私や貴女の生まれ育った時代なら、

 少し離れた所に暮らせば一ヶ月以上音信不通なんて当然でしょう」

 

「それは……まあ、そうですね」

 

オーディンとの戦いが終わった後、大江戸学園と戦国時代を繋ぐポータルと、大江戸学園と剣丞が生まれ育った別の日本を繋ぐポータルは閉鎖されている。

 

ずっと繋ぎっぱなしにする事もできなくも無かった。

現に蘭丸戦からヴァルハラ宮殿殴り込み作戦が行われるまでの約一ヶ月間は、3つの並行世界を繋ぐポータルはずっと稼働していた。

 

原則閉鎖に方針が変わった理由は、とにかくコストがかかるからである。

何しろ、ポータルをずっと稼働し続けるために必要なエネルギーは、最新型の原子力発電所を休み無くフル稼働し続けてやっと賄える程に莫大で、異世界間の出入り口が2つあれば単純計算で原発2か所分である。

オーディンとの決戦準備が僅か1ヶ月という短い期間に行われたのは、それ以上時間をかけると国が傾く程のコストがかかってしまうからでもあるのだ。

 

超空間物理学の研究によって、異なる並行世界を繋ぐゲートを作り出すのに必要なエネルギーは一定ではない事と、比較的ゲートを作りやすいタイミングは概ね一ヶ月に一度の頻度で訪れる事が分かり、ポータルは一ヶ月に一度、約10分間だけ開くようになったのだ。

 

「戦国時代側のポータルが開くの、今日じゃありませんでした?」

 

「ええ、昨日家族や友人に送るビデオレターを撮影しました。

 家を出る前に予約送信に設定しておきましたから、

 ポータルが開くと同時にあっちに届きます」

 

「すっかりこの時代の技術を使いこなしてますね。 私達は慣れるまで苦労したんですよ」

 

「おや、そうなんですか? ちょっと意外ですね」

 

「今時の電子機器には今でもちょっと慣れません。

 やっと使えるようになったと思ったら、

 ウ〇キペディアに諸葛孔明は男性と書かれていて混乱していたんですよ」

 

「大江戸学園の教科書では黒田官兵衛も諸葛孔明も女性と書かれているのですけれど」

 

「本当に何なんでしょうね、この違いは」

 

そんな事を話していると、喫茶店の店員がパフェとパンケーキ、紅茶を運んできた。

雫がふと腕時計を見ると、間もなく正午を……戦国時代と大江戸学園を繋ぐポータルが稼働する時間を指し示そうとしている事に気がついた。

 

「こうしていると忘れそうになりますけれど、

 美空様がいる側は今なお戦国乱世なのですよね」

 

「美空さんに現代兵器が渡ったと聞きますから、

 雫さんが卒業する頃には乱世は平定されているかもしれませんよ」

 

「そうですね、そうだった良いのですが……何十年も続いた戦乱の時代が、

 過ぎれた武器を手にした程度の事で容易く平定できるとは……

 いえ、もちろんただの杞憂だとは思うのですけれど」

 

「胸騒ぎがしますか?」

 

「ええ……まあ、少しだけ……」

 

そして時計の針が……正午を差した。

 

……

 

…………

 

………………

 

ズダダダダッ! ズダダダダッ! と、鉄砲の射撃音が響き渡る。

一発だけなら誤射かもしれないと思う所だが、銃声は途切れる事無く何度も何度も……何十、何百も響き続けていた。

 

そして人が撃たれて倒れ伏す音、苦痛の呻き声、助けを呼ぶ声、もっと撃て、もっと殺せと叫ぶ声……戦場の音が聞こえてきた。

 

「……ん? ……んん?」

 

「え……な、なにこれ? どんな状況?」

 

ネット会議をスタートした瞬間、そんな剣呑な音を聞かされた犬子と九十郎は、何が起きたのかと呆然とするばかりである。

 

『うおおおぉぉぉーーーっ!! ボンタンボンタンボンタンボンタン

 ボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンッ!!』

 

そして画面の向こうで、美空が段ボールに詰められたボンタンを投擲していた。

 

『ちっ、ボンタンが切れたか……柘榴っ! 次の箱持ってきなさいっ!』

 

『御大将、ボンタン投げてる場合じゃねーっす! 九十郎と通信繋がったっすよ!』

 

『ちょ、それを早く言いなさいよ! 通信機どこ!? こっち!?』

 

『そっちは雪隠! こっちっすよ!』

 

困惑する犬子と九十郎の前に……といってもWEBカメラ越しではあるが、美空と柘榴が顔を見せた。

 

「おい美空! 柘榴! 今そっちはどうなってんだよ!?

 春日山城だよな!? 誰が銃なんてぶっ放してんだよ!?」

 

『共産主義革命軍よっ!!』

 

「きょ、きょうさん……?」

 

「か、かくめい……ぐん……?」

 

犬子と九十郎がなんのこっちゃと顔を見合わせ、首を傾げた。

 

『あ~……ピンとこねーのも分かるっすけど、

 ぶっちゃけ柘榴達も何が起きてるか分かってねーっす。

 空様を中心とした自称共産主義革命軍ってのが蜂起して、城を取り囲まれてるっすよ』

 

「はぁっ!? 空が中心!? あいつそんな事したのかよ!?」

 

『真偽は分からないわ、私達だってつい数日前まで知らなかったし、

 知った直後に春日山城まで攻め込まれて防戦一方なのよ』

 

「おい美空、大丈夫なのかよ!?」

 

『……ごめん、正直に言って勝てる見込みは殆ど無いわ』

 

「おいおい、こんな時のために現代兵器を持たせたんだろ。

 ガトリング砲でもロケットランチャーでも何でも使って鎮圧しろよ」

 

『盗られたわ』

 

「……はぁ!? 盗られただぁ!?」

 

『内部の裏切り者がいたのよ! こっちが軍を興す前に武器蔵を制圧されて、

 そっちの世界の武器の大部分は共産主義革命軍に奪われたの!

 そうじゃなきゃボンタン投げて抵抗なんてする訳が無いでしょうがぁっ!!』

 

「マジかよ……」

 

九十郎は思わず頭を抱えてしまう。

 

現代兵器を持ってすれば、戦国時代の軍勢はハッキリ言って恐れるに足りない。

精強で知られる武田の騎兵隊ですら、九十郎が作ったドライゼ銃の前に成す術も無く敗れたのだ(第128話)。

いくら美空が上杉謙信だとしても、敵が現代兵器を持ち、こちらは持たないとなれば……

 

「剣丞が……結局、剣丞が正しくて、俺達が間違ってたって事なのか……」

 

『そうね、結果論で言えばそうかも。 自身の手に余る強力すぎる武器に対して、

 安易に手を伸ばしてしまった私達の落ち度かもしれないわ』

 

『つっても危険はハナッから承知だったっすよ。

 危険は承知で、御大将なら使いこなせると信じて……信じた結果がこのザマっす。

 本気で情けねーっす、本気で』

 

「……美空、柘榴」

 

『最後に……ええ、最期に九十郎の顔が見れて良かった、九十郎の声が聞けて良かったわ』

 

『柘榴達はもうすぐ死ぬっすけど、九十郎達は気にせず幸せになってほしいっす』

 

「馬鹿野郎ぉっ! 約束しただろ!

 卒業証書を受け取ったらもう一度長尾家に士官するってよぉっ!

 良い待遇で迎え入れてくれるって約束しただろっ!!」

 

『その約束、守れそうもないわ。 本当にごめんなさい』

 

その時、九十郎は見た。

美空の目尻に涙が伝っているのを確かに見た。

 

九十郎は怒りに震え、奥歯が砕けんばかりに噛み締め……そしてすっくと立ちあがった。

 

「……美空、柘榴、今すぐ俺が行く、今すぐ俺が助けに行く。

 だから最後の最後まで諦めんな、最期の瞬間まで生き残れ、足掻き続けろ」

 

「でも九十郎! あんまり時間は……」

 

大江戸学園と戦国時代を繋ぐポータルは、約10分間しか稼働しない。

 

その10分の間で人も、物も、データもやり取りをする事になっている。

九十郎達の住む長屋と、ポータルが設置されている大江戸城までにはそれなりの距離があり、稼働限界までに間に合うとは思えなかった。

 

だが……

 

「犬子、今すぐ一二三と粉雪、あと雫に連絡しろ。

 間に合えば今日、間に合わなければ一か月後に戦国時代まで来させろ。

 俺は一足先に行って、なんとか時間を稼ぐ」

 

「いや間に合わないよ!? もうぽぉたるも閉じちゃうって」

 

「サイドカーをカッ飛ばせばギリ間に合うっ! たぶん! きっと!」

 

九十郎はそれだけ言うと返事も聞かずに外に飛び出し、戦国時代から持ち帰った愛車に飛び乗った。

 

「うおおおぉぉぉっ!! 走れ俺の愛車ああぁぁーーっ!!」

 

エンジン音が周囲に響く。

 

オーディンとの戦いに備えて色々改造した九十郎のサイドカーは、正直近所迷惑な爆音とクソみたいな燃費と引き換えに特撮ヒーロー番組かと見間違える程の速力を得ていた。

公道では絶対に走らせられない仕様であるが、大江戸学園は全面私有地、全ての道が私道であるため合法である。

 

こういう頭のおかしい車両が九十郎のサイドカーだけではない所が、大江戸学園の魔境たる所以である。

 

犬子が間に合わないと言ったのは、確かに道理である。

ポータルの稼働が止まるまでの時間は僅かで、普通の方法では絶対に間に合わない距離があった。

だがしかし、常識的ではない方法であればギリギリ間に合う時間と距離でもあった。

魔改造されたサイドカー、全ての信号を一切無視する九十郎の精神性、そして突然の暴走車両にも『またにござるか』とばかりに普通に対処する大江戸学園の一般生徒……それら全てが重なり、信じられないような速度で九十郎は大江戸城まで進んでいった。

 

そして……

 

「間に合う……このペースならギリギリ間に合う……だが……」

 

この時、九十郎の脳裏に浮かんだのは間に合うかの心配ではなく、間に合った後の心配だった。

 

「大江戸学園のノリで殴り込みをしてもどうにもならねぇ場合もある、

 それは蘭丸との戦いで嫌って程に理解した。

 俺一人だけで戦国時代に行ったとして、本当に美空や柘榴を救えるのか?」

 

脳裏に浮かぶのは敗北の記憶である。

全身を拘束され、目の前で吉音が犯され、光璃が犯され、犬子や柘榴達が犯される光景を見せつけられる……二度と味わいたくない屈辱の記憶が呼び起こされていた。

 

それに共産主義革命軍なる連中は現代ニホンの兵器を美空達から奪っている。

刀一振りで突撃するには余りにも分が悪いと言わざるを得なかった。

 

「剣丞と合流して……いや駄目だ、剣丞が今どこで何をしてるのか分からねぇ。

 都合良く合流できるか分からねぇし、美空達を助けてくれるかも分からねぇ。

 何か……何か無いのか? 誰かいないのか? 何でも良い、誰でも良い。

 この時代の兵器に対抗できる何か、対策を想いつけるような誰かが……」

 

そんな事を考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

タイムリミットは近い。

寄り道をしている時間は無い、立ち止まる時間も無い、Uターンをするなんて以ての外だ。

 

焦る九十郎、しかし何も見つからない、しかし何も思いつかない。

焦り、焦り、焦り、そして……2人の人物が喫茶店にいるのを見つけた。

それも都合の良い事に店内の席ではなく、店外の……いわゆるテラス席に座っていた。

 

「あ・れ・だああぁぁーーっ!!」

 

九十郎が思い切り体重を偏らせてサイドカーを旋回させる。

そして限界ギリギリまで手を伸ばし、1人の少女の襟首をひっ掴んで側車に乗せた。

 

 

 

 

 

そう、その少女こそ小寺雫孝高、後に黒田官兵衛とも名乗る稀代の軍師……ではなかった。

 

 

 

 

 

「は……はわわぁっ!? な、何ですかぁっ!?」

 

姓は諸葛、名は亮、字は孔明、そして真名は朱里……九十郎が連れ去ったのは雫ではなく、諸葛孔明の方であった。

 

「すまねぇ孔明ぇっ! 本気ですまねぇっ!

 いきなり巻き込んで悪いが、俺の主君と嫁が大ピンチなんだよっ!

 たぶん俺一人じゃどうする事もできねぇ、お前の知恵がどうしても必要なんだっ!

 だから頼む孔明、俺に力を貸してくれっ! 俺と一緒に戦国時代まで来てくれぇっ!」

 

ここまでの物語は、犬子と柘榴と一二三と九十郎の物語である。

しかし、ここから先の物語は、犬子と柘榴と一二三と九十郎の物語ではない。

 

この後、諸葛亮孔明と九十郎は閉鎖寸前の異世界ゲートに飛び込み、ギリギリのタイミングで美空や柘榴達のいる並行世界に移動する事に成功する。

しかし、閉鎖ギリギリでゲートに飛び込んだせいでオーバーロード現象が発生し、戦国時代側のポータルが破損してしまい、修繕に成功するまで大江戸学園との異世界ゲートは開くことは無かった。

 

ここから始まる日ノ本の命運を懸けた大冒険に犬子も、柘榴も、一二三もついて行く事が出来なかったのだ。

だからここから先の物語は、犬子と柘榴と一二三と九十郎の物語ではない。

 

ここから先の物語は……

 

「良ぉしっ!! ポータルが見えた! このままフルスピードで飛び込む!

 孔明っ! しっかり掴まってろぉっ!!」

 

「はわわぁ!? ひ、人さらいいぃぃ~~!!」

 

……ここから先の物語にあえて名前をつけるのならば、孔明と九十郎の物語である。

 


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