戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

120 / 128
pixivにも同じ内容の作品を投稿しています。

追伸
戦国†恋姫オンラインやってます。
ID「948ffbd7」
気が向いたら戦友申請を送ってもらえますと嬉しいです。



犬子と柘榴と一二三と九十郎第173話『エンド・オブ・リバース』

 

「……早いもんだな、あの地獄みてぇな蘭丸戦からもう一ヶ月か」

 

九十郎がぼそりと呟く。

 

「そう、もう一月……大変だったわね、あの後は」

 

美空が遠い目をしながらそう答える。

 

ここは戦国時代……ではない。

美空と九十郎がいるのは大江戸学園である。

 

現代ニホンのトップエリート共を闇鍋、あるいは蟲毒の如く詰め込んで、その溢れる才能を盛大にゴミ箱にダンクシュートし、俺はここだぜ一足お先とばかりに明後日の方向へカッ飛んで逝く魔境、それが大江戸学園である。

 

『皆さん、聞こえますか。 こちらは生徒大将軍の徳河詠美です』

 

大江戸学園の各所に設置されたスピーカーから、詠美の声が聞こえてくる。

 

『やっほー、同じく生徒大将軍の吉音だよ~、皆ちゃんと寝れたかな~?

 体調が悪い人は無理せず保健室に……』

 

『吉音さんっ! 横から入ってきて能天気な事言ってるんじゃないの!

 今がどんな状況か知ってるでしょ!?』

 

『どんなも何も、いつも通りの……カチコミでしょ』

 

大江戸学園は島一つを丸ごと敷地にする(無駄に)広大な学園である。

上を見れば青い空が、横を見れば美しい水平線が見えるのだが……今日だけはドス黒いと言うか、混沌と言うか、何やら気持ちの悪い前衛芸術めいたナニカが空と海の代わりに見えた。

 

そう、大江戸学園は今、学園そのものを異世界ゲートに突入させ、全ての黒幕たるオーディンの居城・ヴァルハラ宮殿に向けてカチコミをかけようとしているのだ。

 

『只今、大江戸学園は亜空間に突入しました。

 島の外に落ちたらどんな異世界に飛ぶか分からないので、

 不用意に近づかないでください』

 

『押すなよ! 絶対に押すなよ!』

 

『それ後で落っことすヤツでしょっ!』

 

詠美のツッコミが全校放送で冴えわたる。

なお、怖いもの知らずの大江戸学園のバカ共数名が外周部から落っこちて異世界に飛び、大冒険を繰り広げるのだが……それは九十郎達の物語とは直接関わらないため割愛する。

 

「あの娘、蘭丸戦の後わんわん泣いてたのに、結構元気そうね」

 

「ああ、良音か。 あいつタフそうに見えて悩みまくる奴だからな。

 俺も正直心配してたが……秋月には感謝しかないな」

 

詠美と吉音のコントじみた校内放送を聞きながら、美空と九十郎がちょっと感慨深そうにしている。

 

蘭丸戦の……大乱交のあとしまつは、それはそれは大変だった。

誰も彼もが心に深い傷を負っていた。

愛しい恋人であり、大江戸学園屈指のイケメンである秋月八雲に泣きつく事ができた徳河吉音は比較的マシな方である。

 

「空は……空は本当にどうしたら良いんでしょうね」

 

「とりあえず大江戸学園の図書館に『むくちをなおすほん』は無かった」

 

「案外頼りにならないわね、大江戸学園」

 

あってたまるかそんな物。

 

……というツッコミはさておき、心の傷が一番深く、一番重かったのは空だった。

 

「あの娘の声、最近全然聞けてないんだけど」

 

「話しかけても無反応ってのは正直しんどいよな」

 

蘭丸戦の直後から空はあまり喋らなくなり、あまり笑わなくなった。

丸一日、誰も空の声を聞いていないという日が結構な頻度で発生する程に喋らなくなった。

 

いや、喋らなくなったというのは正しくない、喋れなくなったのだ。

蘭丸戦で受けた極度のストレスが、深い深い絶望が、空の心に傷となって残ってしまった。

心の傷が肉体の不調となり、空は比較的体調が良い時しか喋れなくなったのだ。

 

「まあ、あの娘は強い娘だから大丈夫でしょ。 きっと時が癒してくれるわ」

 

「そうだと良いんだけどなぁ……」

 

「何か良い案無いの?」

 

「気休めかもしれんが、あいつが好きそうな本を何冊か渡しておいた。

 あれで少しは気が紛れる事を祈る」

 

「そう、ありがと。

 それなら時々様子を見ながら、できるだけ静かな環境で休ませましょうか」

 

「そうだな、それが良い」

 

なお、九十郎が渡した本はマルクスの『資本論』、『毛沢東語録』、レーニンの『国家と革命』ヒットラーの『我が闘争』、ゲバラの『革命戦争回顧録』、その他諸々の詰め合わせである。

これが後日酷い事になる遠因となるのだが、それはまた別の話である。

 

「なぁ美空、もうちょっと空の奴に会ってやれよ。

 俺や愛菜じゃお前の代わりはできねぇぞ。

 本とか渡したって、ちょっとした気晴らしにかなりゃしねぇ」

 

「そうしたいの山々なんだけど、

 蘭丸との戦いで傷ついてるのはあの娘だけじゃないし……

 あの娘にばかり気を遣うと、面倒臭いのが出てくるからあんまりやりたくないのよ」

 

「面倒臭いのって何の話だよ?」

 

「私の後継ぎは名月だって国内外に宣言したのは覚えてる?」

 

「ああ、あったなそんな事も」

 

「あの娘を江戸遠征にも今回の戦いにも連れて来てないのはね、

 次期当主に絶対必要な知識を詰め込めるだけ詰め込んでおきたいのが半分、

 現当主と次期当主が同時に死ぬと再起不能になりかねないのが半分よ」

 

なお、現当主(名目上は隠居済み)と次期当主が同時に死んだら何が起きるかは、本能寺の変が起きた後の織田家がどうなったかを見て頂けると分かり易いだろう。

 

「で、それが空に何の関係があるんだ?」

 

「あの時の勝負の結果に納得してないのが結構いるのよ。

 空はまだ負けてないだの、部外者が首を突っ込んで無理矢理勝っただけだの、

 越後長尾家の気概を受け継ぐのは空しかないだの、王者の気風があるだの、

 吉兆があるだの凶兆があるだの、妙な屁理屈でひっくり返そうとしてるのがねぇ」

 

「それは……面倒臭いな、確かに」

 

なお、基本無神経で無頓着な九十郎はそういう面倒臭い手合いに全く気づいていなかった。

 

「そんな状態で私が露骨に空を贔屓するようになったらどうなると思う?」

 

「名月に後継者指名したのを後悔してるって邪推される」

 

「正解、やっぱり私達って似た者同士よね。

 それじゃあ、そういう邪推をした連中は何をすると思う?」

 

「今の内に空に取り入って保身に走るな」

 

「そして空こそが後継者に相応しいって考えてる奴らが保身に走った奴らと結託して、

 あの手この手で名月を次期当主の座から引きずり降ろそうとするでしょうね」

 

「空を休ませるどころじゃ無くなるなそりゃあ……すまん美空、俺が悪かった。

 是非とも空との接触を控えてくれ」

 

「はいはい、心底嫌だけどそうするわ」

 

美空と九十郎がはあぁっとため息をついて俯いた。

そんな事を離している間も、校内放送によって吉音のボケと詠美のツッコミが聞こえてくる。

空も海も持ちの悪い前衛芸術めいた異空間に置き換わったままだ。

 

「でも、悪い事ばっかりじゃないわよ。

 こっちの世界の進んだ医療のおかげで助かった人が大勢いるわ」

 

「そうだな、蘭丸がくたばったせいで性病とか妊娠とかフォローできなくなったからな」

 

「クソ寒い日にクソ冷たい池に飛び込ませる、

 昔ながらの堕胎法に頼らずに済んだのは素直にありがたかったわ」

 

「それ自殺とほぼ変わらんからな、マジで」

 

「でも他の方法も五十歩百歩、コレが比較的穏当で安全な方法なのよ。

 こっちの世界の人から見たら危なくて野蛮な方法なんでしょうけどね」

 

織田軍か越軍かを問わず、少なくない者が妊娠し、少なくない者が性病に感染した。

具体的に誰と誰が……というのはあえて描写しない。

 

蘭丸を殺した後で分かった事だが、蘭丸の肉体操作の能力はある程度までは他人の肉体にも干渉可能であった。

蘭丸は肉体操作の能力によって望まぬ妊娠をした者を堕胎させ、一時的に免疫機能を強化することによって性病の類を完治させ、妊娠や性病感染の記憶を消してしまうつもりだった。

だったのだが……蘭丸を殺したせいで、堕胎と性病治療は現代医学でちまちまと対処し、心の傷へのフォローは美空が超頑張る事でどうにかする他無くなった。

 

「刀舟斎がな……もう一生分の堕胎施術したって嘆いてたぞ」

 

「あの娘には一生頭が上がらないわね。 心に傷を負った娘達にも良くしてもらった」

 

「あいつは俺らが入学した時からず~っと変わらねぇ。 凄い奴だよ、本当に」

 

なお、暴力事件、強姦事件が頻発し、望まぬ妊娠や性病感染も頻繁に起きる大江戸学園の地獄っぷりについてのツッコミは不要である。

徳河早雲こと、北条早雲が方々から集めた英雄・英傑の生まれ変わりのレベルアップのため、意図的に修羅場が起きやすい環境にしているせいもあるが、単純に大江戸学園の学生達が凄いバカばっかりな事も原因の一つである。

(作者注・母体保護法の要件を満たさない堕胎行為は違法です。刑法212条等により処罰

 される可能性がありますので、現実世界では絶対にやらないでください。)

 

そうして……美空も九十郎もしばし無言になる。

 

大江戸学園は超空間ワープ航法によって島ごとオーディンの居城に移動中であるが、いっそ不気味な程に何も聞こえない。

風の音も波の音も聞こえず、聞こえてくるのは校内放送だけである。

 

「……何か不気味ね、妙な胸騒ぎがするわ」

 

「もうすぐ俺達はあのオーディンと戦うんだよな」

 

「北欧神話の主神でしょ。

 私らの生きてる世界に剣丞を送り込んで、蘭丸を影から操って、

 私達の魂をエインヘルヤルとかいうのの材料にしようっているムカツク奴」

 

「ああそうだ、俺達を散々苦しめてきた心底ヤな野郎だ。

 だけど神だ、本物の神様相手に今から喧嘩を売りに行くんだ」

 

「勝てる……かしら……?」

 

美空が九十郎の隣に立ち、そっと指と指を絡め合う。

その指先は冷えていて、少し震えていた。

 

「勝てるって言ってやりてぇけど、正直なんとも言えねぇ」

 

そして九十郎は蘭丸戦からここまでの戦闘準備について思い出す……

 

「美空様! 九十郎! そろそろわぁぷってのが終わるみたいだよ!」

 

「いよいよ戦闘開始っすよ!」

 

そんな美空と九十郎の下に、犬子と柘榴が駆け寄ってきた。

 

「ああ、ゴメン。 ちょっと感慨に耽っていたわ。

 戦いの準備はできてるんでしょうね?」

 

「越軍改め長尾連隊、総勢5000! 戦闘準備完了っす!!」

 

直後、美空が戦国時代から連れて来た将兵達が一斉に雄たけびを上げた。

犬子が、柘榴が、秋子が、松葉が、貞子が一斉に戦意を見せた。

例え敵が何者であろうと、例え敵が神話の存在であろうが、最後の最後まで美空と共に戦い抜く決意を示した。

 

「甲軍改め、武田大隊。 鬨の声を上げよ」

 

美空達から少し離れた所で、武田光璃が軍配を掲げた。

蘭丸戦の後、雫や粉雪と共に方々を駆け回り、武田軍の残党をかき集め、総勢1000名の大隊を結成するに至った

 

その武田大隊が、光璃の命令に応じて雄たけびを上げる。

 

「武田再興が成るか成らないかはこの一戦に掛かってるんだぜ!

 赤備え共、てめぇら全員腹くくれええぇぇーーっ!!」

 

粉雪も、武田の精鋭赤備え達も気合は十分だ。

 

「異国の神とやらに見せつけてやるぞ! 我らは弱くして敗れたのではないのだと!」

 

「甲斐武田の恐ろしさ! 見せてやりましょう!」

 

「今日こそお館様のために、死んれやるのらぁ!!」

 

粉雪だけではない、春日、心、そして兎々がこの戦に参戦する為に特別に釈放され、武田四天王が集結している。

毎日毎日兎々セラピーをせがまれたため、兎々は若干お疲れ気味であったが、残りのメンバーは全員気合十分だ。

 

「あぁ……またもや九十郎さんと別行動……

 失言で落ちた信頼を挽回できないまま時間だけが過ぎていく……

 私は一体いつになったら越軍に戻れるのか……」

 

「君は基本優秀なんだから、

 時々ぽろっと本音が出る癖をどうにかすれば良いんじゃないかな」

 

「一二三さん、こういう時に正論を言わないでください。 むしろ悲しくなります」

 

なお、雫と一二三もなし崩し的に武田大隊に組み込まれている事も付記しておこう。

 

「織田師団っ! 我らも負けずに声を上げよっ!」

 

織田久遠信長の合図と共に、織田信長が戦国時代から連れて来た1万5000の将兵達に気合を入れさせる。

人数的には一番多いが、数ヶ月もの間戦闘訓練そっちのけでエロ特訓だけやっていた影響で、弱卒を超えた超弱卒状態である。

蘭丸戦後の一ヶ月弱の期間、後漢末期の英雄達(特に于禁と楽進)による猛特訓によって多少は実戦の勘を取り戻しつつあるが、それでも弱卒の域は超えていない。

 

「松平旅団っ! 今こそ三河武士の心意気を見せる時ぞ!」

 

松平葵元康の命により、三河武士達が雄たけびを上げる。

蘭丸戦ではずっと蚊帳の外だった彼ら、彼女らであったが……いた、ずっと蚊帳の外だったからこそ、この戦いで天下に存在感を示そうと必死の覚悟を持っていた。

 

松平旅団、総勢8000名。

その全員が屈強な肉体、独特の頑固さと面倒臭さを併せ持つ三河武士達である。

 

さらに……

 

「北条師団、この戦いは元より北条の戦。 他国の者達に後れをとってはならんぞ!」

 

北条が誇る勇将にして名将、北条朧綱成が自軍に気合を入れさせる。

蘭丸戦の後、剣丞隊の尽力によって現当主北条朔夜氏康を説得し、今回の戦いに参戦してもらっている。

人数は織田と並ぶ1万5000、ただし参戦が開戦日直前になっため現代兵器の取扱いは全くできず、個々の戦闘能力という意味では織田軍とあんまり変わらない。

 

参戦がギリギリになった原因の何割かは一二三の煽りに猪俣邦憲がブチキレ、織田松平連合軍VS北条軍の戦争勃発一歩手前になったためである。

北条早雲の頑張りが無ければ織田、松平、北条軍が揃ってこの戦いに参戦できなかっただろう。

 

『大江戸学園有志っ! 総勢1万人! 頑張って行こぉっ!!』

 

吉音の能天気な声に応じ、大江戸学園のバカ共が一斉に叫び、剣を天に掲げる。

 

大江戸学園の学生数は約10万人。

学園島ごと北欧神話の神、オーディンの居城に殴り込みに行こうという話をして10分の1が残って戦う選択をする辺り、大江戸学園は魔境である。

約一ヶ月間、殆ど不眠不休で織田軍と越軍のケアを担い続けてきた刀舟斎かなうの戦意は特に高く、今すぐにでも『てめぇら人間じゃねぇ! 叩っ斬ってやる!』と戦いを始めそうな勢いである。

 

しかも残りの10分の9もかなりの数が学園島に残っている。

学園島から避難した人数よりも、残って物資運搬や防御設備の設営、負傷者の救護等で戦いを支えようとしている者の人数の方が多い。

 

大江戸学園にとって、最早次元の壁を越えてオーディンに喧嘩を売る事ですら日常茶飯事の範疇に含まれつつあるらしい。

 

「……人数、見事にバラバラっすね」

 

島中から聞こえてくる将兵達の叫び声に心強さを感じると共に、柘榴達は一抹の不安も感じていた。

 

「これ本当に統率とれるのかしら? とりあえず私には無理よ、この人数は」

 

美空もまた柘榴と同じ不安を抱えている。

いくら人数が多くても、いくら現代ニホンの武器を用意していても、バラバラに戦うのでは大した戦果はあげられない。

北欧神話の主神を相手にするというのに、それで大丈夫だろうかという思いがあった。

 

しかし……

 

「その心配は無用だぞ美空。

 この一ヶ月、俺と犬子がどこで何をしてたか知らん訳じゃねぇだろ」

 

「そうですよ、犬子達も頑張ってたんですからね」

 

犬子と九十郎がふふーんと胸を張る。

そして校内放送から吉音のでも、詠美のでもない声が聞こえてきた。

 

『あ~、あ~……ごほん、この度全体の指揮を執る事になりました。

 姓は陸、名は遜、字は伯言と申します。 これから作戦について皆様にご説明します』

 

少し緊張が見える声。

後漢末期の英雄・英傑達の中では比較的若く、実戦経験の浅い彼女であったが、作戦の内容が内容のため、全会一致に近い賛成をもって今回の作戦の総司令官に抜擢された。

 

『え~、まず、私達三国志の時代出身のメンバーは軍勢を引き連れていませんので、

 腕自慢の人達は軍勢の中で、

 知略で勝負する人はここ、中央作戦指令室から皆さんを援護します』

 

「燕人張翼徳! 越軍に助っ人するのだ! 久々に蛇矛で大暴れなのだ!」

 

後漢末期の英雄・英傑達の1人、張翼徳こと鈴々が名乗りを上げる。

そして越軍への助太刀を承諾した何名かが次々と獲物を振り上げ、名乗りを上げ、その度に越軍全体から歓声が上がった。

 

『美空さん、九十郎さん、聞こえますか? こちらは諸葛孔明です。

 作戦指令室から通信をしています』

 

続いて、美空と九十郎の通信機から声が聞こえてくる。

中国史の教科書どころか、世界史の教科書に名前が載るレベルの史実ネームド、諸葛孔明その人である。

 

「よぉ孔明、俺らの戦術支援引き受けてくれてありがとな。 ぶっちゃけ頼りにしてるぜ」

 

『九十郎さんは放っておくとどこで何をしでかすか分かりませんからね』

 

「はっはっはっはっ、あん時は色々済まなかった。 謝るから許してくれ」

 

『桃香様の無理無茶無謀から救っていただいたのでお相子ですよ』

 

何やら親し気に話し込む孔明と九十郎を見て、事情を知らない美空と柘榴がひそひそ声で犬子に話しかける。

 

「……ねぇちょっと、何か妙に親し気なんだけど、何かあったの?」

 

「まさか柘榴の知らない現地妻じゃねーっすよね」

 

「柘榴、その辺は目を光らせてたから大丈夫だよ。

 それ以外は……うん、まあ色々ありまして……」

 

犬子が思わず苦笑する。

蘭丸戦が終わってからの苦労はとてもではないが一言では言いあらせない。

 

「そうそう、色々大変だったんだよ。

 本物の前田利家ですよ~、怪しくないですよ~って話しかけたら思い切り怪しまれて、

 証拠代わりに歴史の教科書を開いたら前田利家が男だった」

 

「織田信長とか、上杉謙信も男の人になってて、本当に驚いたんですよ」

 

「え、何? どういう事? 私が男だって事になってたの!?」

 

「俺らや美空とかが生きてた世界では、歴史上の偉人は大体女だったけれども、

 剣丞がいた世界だと大体男だったらしい。

 源義経とか、弁慶とか、坂上田村麻呂とかまで男だってよ、驚きだろ」

 

「何よそれ、血縁関係とかどうなってるの!?」

 

「知らん、興味もない。 まあとにかくファーストコンタクトは最悪だった訳だ。

 そこを助けてくれたのが孔明だ」

 

『まあ、ええ、剣丞様の世界に移り住む事になった直後は、私達も驚きましたから、

 もしかしたらって……』

 

「その後も大変だった、呂布は裏切って、ロキに襲われて、

 劉備はトチ狂ってお友達になりましょうとか言い出して、

 エインヘルヤルだのヴァルキリーだのに袋叩きに遭って、

 慌てて助け出したと思ったら呂布がまた裏切って、ついでにロキも裏切って、

 それから孔明の罠が炸裂して高層ビルがドミノ倒しになって、

 エインヘルヤルが軒並みペチャンコになって今に至る」

 

『いやぁ、アレは楽しかったですね』

 

「瓦礫の下から魏延が出てきて、

 『殺す気かっ!?』って言い出した時は2人で大爆笑だったよな」

 

『頭がアフロでしたからね』

 

そして朱里と九十郎があっはっはっはっと思い出し笑いをする。

なお、巻き込まれかけた焔耶は凄い目で2人を睨んでいたが、後で桃香がよしよしと頭を撫でたら機嫌を直した。

 

「犬子、とにかく大変だったみたいね」

 

「犬子、1人だけ九十郎と一緒だって羨んで悪かったっす。

 苦労させた分だけ後で労わせてほしいっす」

 

「あ、あはは……」

 

そうやって朱里と九十郎が思い出話に浸っている間にも、校内放送で陸遜……真名・穏が作戦の説明を続けていく。

 

『……という事で、オーディンの居城ヴァルハラ宮殿及び周辺の市街地は、

 建物の構造物そのものにオーディンの魔術を補助する術式が練り込まれています』

 

『ガ〇ダムが分かる人は、サ〇フレームか、

 F〇1のマルチプル・コンストラクション・アーマー構造みたいなものだって

 思ってくれれば良いと思うよ』

 

穏の説明を吉音が補足する。

 

サ〇コフレームとは、サイコミュの基礎機能を持つコンピューター・チップを、金属粒子レベルで鋳込んだモビルスーツ 用の構造部材である。

当然だがガ〇ダムが分からない者にはさっぱりな説明である。

 

『そこで作戦の第一段階は、全軍に配備した火炎放射器、火炎瓶、

 焼夷弾に換装したロケット砲を使い、ヴァルハラ宮殿を燃やします!

 灰すら残さない勢いで焼き尽くします!』

 

要するに殴り込みの次は全員で放火をしまくれという作戦である。

 

このある意味で単純、ある意味で頭の悪い作戦が、無限とも思える魔法力を持ち、超常現象としか表現できないような大魔法を軽々と行使するオーディン攻略に不可欠であると分かった時、ほぼ全会一致で陸遜が総司令官に選ばれた事も付言しておこう。

 

「皆ぁっ!! 火炎放射器は持ったかぁ、なのっ!!」

 

織田軍に混じって参陣している于禁・真名は沙和がそう叫ぶと、織田兵全員が一斉に火炎放射器を空に掲げる。

 

「汚物は消毒やああぁぁっ!!」

 

続いてヴァルハラ攻略用火炎放射器の設計者である李典・真名は真桜が声を上げると、織田軍全員がうおおぉぉっ!! 叫びだした。

 

『バルドル、トールといった神格持ちが前線に出て来る事が予想されます。

 こちらは関雲長殿、徳川家康殿に神格を付与して対抗します』

 

「え? 何? どういう事? 神格を付与?」

 

「良く分からんが、神の領域に至った連中には、

 こっちも同じ土俵に上がらないと戦いにならねぇらしい。

 それで東照宮と関帝陵に集まった信仰を拝借して、

 一時的に関羽と家康を神様と同格に引き上げるんだとか」

 

「要するに愛紗がカミサマパワーでぶん殴るのだっ!!」

 

「とりあえず物凄く頭の悪い事をしでかそうとしてるって事だけは理解したわ」

 

なお、この程度の無理無茶無謀は大江戸学園では良くある事である。

 

『そしてオーディンを射程に捉えた所で、最大出力の大江戸キャノンで勝負を決めます!』

 

「大江戸……キャノン……?」

 

「ああ、学園中央の城に、でっかいキャノン砲が付いてるんだと。

 俺もこの前初めて知ったけど、大江戸学園だしキャノンがあってもおかしくないよな」

 

「おかしいわよ!! 絶対おかしいわよ!! 絶対にぃっ!!」

 

美空のツッコミは戦国時代でも大江戸学園でも変わらない。

 

『もう間もなく超空間ワープが完了します。

 エインヘルヤル、ヴァルキリーからの魔法攻撃が予想されますので、

 合図があるまで対魔法バリアーから出ないでください』

 

「ああもう、ツッコミ追いつかない!

 総員、衝撃が来るわよ! 何かに掴まりなさいっ!!」

 

そして……ついに開戦の瞬間がやって来た。

 

ズドオオォォンッ!! という学園島が大地に激突する大きな音と地響きが開戦の合図である。

 

『ワープアウト……各数値正常! 美空さん! 迎撃魔法が来ますっ!』

 

「全軍! 対魔法バリアーに退避! 死にたく無かったら一歩も出るんじゃないわよ!!」

 

越軍全員が学園の各所に配置されたバリアーマシンの周囲に集まる。

そして対魔法用の特殊加工がされた盾を構えて……構えて……

 

「……ん?」

 

「……あれぇ?」

 

『魔法感知レーダーに反応なし……迎撃魔法が……来ない……?』

 

九十郎が、美空が、そして朱里がそれぞれの場所で首を傾げる。

嵐のように飛び交うであろう攻撃魔法が一発たりとも飛んでこない。

 

そんな状態で10秒経ち、20秒経ち……数分間ず~っと何も起きないまま無言で身構え続けていた。

 

「……ねえ、九十郎。 ここって本当にヴァルハラ宮殿だよね?

 オーディンの本拠地なんだよね? 行先間違ってたとか無いよね?」

 

「流石に無いだろ、いくら大江戸学園でも……やべ、自信無くなってきた。

 生徒全員で迷子とか普通に起きそうだ、大江戸学園だしなぁ……」

 

「この学園はどうなってるのよ!?」

 

美空のツッコミが周囲に虚しく響き渡る。

しかしそれでもオーディンの軍勢からの迎撃は皆無であった。

 

そして越軍含めた全員があれれ~っと首を傾げる中で、九十郎達に通信が入った。

 

「孔明か。 こっちは妙に静かで困ってるんだ? このまま作戦開始で良いのか?

 それとも中止か? もしかして行先を間違ってたか?」

 

『……中止です、行先は間違えていません』

 

「……はい?」

 

『もう行かなくて良いです。

 いえ、ややこしい状況がもっとややこしくなるので行かないでください』

 

「おい待て孔明、訳が分からんぞ」

 

『ヴァルハラ宮殿に先走って突入した人がいます、3名程』

 

「捕まって人質にでもされたのか?」

 

『いえ、宮殿の中枢にまで入り込んでしまいました。

 そこで暴れられたら本気で困るので引き取ってくれと、

 オーディンから打診されています』

 

「向こうの都合なんて知るかよ、弱ってるなら今の内に色々燃やしておこうぜ」

 

『こちらに有利な条件で和睦したいと言うので現在交渉中です。

 ややこしくなるので待機してください』

 

「はぁっ!? お前それ……マジかよ!? 俺達一生懸命軍勢揃えて訓練したんだぞ!

 対オーディン用の新技とか考えて、新兵器とか作ってよぉっ!!

 大江戸キャノンだって学園中の知識と資材を結集して大改造してさぁっ!!」

 

『使いませんでしたね』

 

「お前らも毎日毎日深夜まであーでもないこーでもないって作戦練ってただろ!?

 良いのかよこんな終わり方でぇっ!?」

 

『無意味な時間でしたね』

 

「神格付与で人間だった頃の記憶とか人格とかに影響出るかもって、

 関羽と葵が凄ぇ悩んでたよなぁ! あいつらの悲壮な覚悟はどうなんだよっ!」

 

『何の意味も無かったですね』

 

「誰だよ余計な真似したヤツは!? 誰なんだよぉ!?」

 

『仲村往水って人なんですけど、知ってます?』

 

「知らん……誰それ……怖……

 いや待て、もしかして凄い有名な大英雄の生まれ変わりとか……」

 

『さっき早雲さんに聞きましたけど、誰の生まれ変わりでもない普通の人みたいです』

 

「どうやって異世界に行ったんだよ!? 並行世界に移動するのって大変なんだろ!?

 ああそうか、ロキだな! ロキの奴がこっそり抜け道とか用意してたんだなっ!」

 

『さっきロキさんにも聞きましたけど、知らん……何それ……怖……ですって』

 

九十郎は訳が分からないと頭を抱えて崩れ落ちる。

 

後で分かった事だが、オーディンはこの戦いに備え、戦国の日ノ本、後漢末期の英雄・英傑達を限りなく完璧に近い形で監視していた。

何を考え、誰と会話し、何を行ったかを全て漏らさず把握していた。

 

大江戸学園の者達も例外ではない。

 

徳川吉宗の生まれ変わりである徳河吉音を。

徳川家光の生まれ変わりである徳河詠美を。

徳川光圀の生まれ変わりである水都光姫を。

遠山金四郎景元の生まれ変わりである遠山朱金を。

長谷川宣以の生まれ変わりである長谷河平良を。

大岡忠相の生まれ変わりである逢岡想を。

 

それぞれ限りなく完璧に近い監視を行い、ありとあらゆる情報が筒抜けだった。

 

だがしかし、誰の生まれ変わりでもない一般生徒である佐東はじめは、五十嵐文は、眠利シオンは、大神伊都は、刀舟斎かなうは、そして仲村往水はまるで監視がされていなかった。

 

戦国乱世を生きぬいた英雄・英傑ではなく、英雄・英傑の生まれ変わりでもない彼女達に割くだけのリソースはオーディンと言えども持ち合わせていなかった。

 

それが勝敗を分けたのである。

 

「こんな……こんな……こんな終わり方ってアリかよぉっ!!」

 

この日、オーディンと戦国・三国・大江戸学園連合との間に和平が結ばれた。

地獄のような有様だった蘭丸戦に比べ、あり得ない位に早く終わったこの戦いを、九十郎は『エンド・オブ・リバース』と呼ぶことになる(第79話)。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。