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気が向いたら戦友申請を送ってもらえますと嬉しいです。
前話、第171話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第171話URL「https://syosetu.org/novel/107215/62.html」
「あばよ蘭丸、成仏しろよ」
蘭丸が完全に息絶えたのを確認すると、九十郎は両目をそっと閉じ、瞑目しながら両手を合わせた。
この瞬間、越軍と蘭丸との非常に苦しい戦いは終わった。
織田軍には長尾家に喧嘩を売る動機が無く、この戦いは蘭丸がその超能力によって無理矢理織田久遠信長を従わせて起こした戦いに過ぎない。
だから蘭丸一人が死ねば、それで戦いはおしまいだ。
これから始まるのは大〇獣のあとしまつ、ではなく大乱交のあとしまつである。
「オロロロロッ!!」
まず最初に一二三が盛大に吐いた。
全身が汗でびっしょりで、顔は青褪め、手足は震え、もう死にかけなんじゃないかと思うような有様だ。
「……うぅ、何かクラっとした」
それとほぼ同時に、吉音や光璃といった常識改変を受けた者達が少しふらつく。
「お、おい一二三!? 大丈夫かよ!?」
九十郎が一二三に駆け寄る。
「うえぇ……あ、あんまし大丈夫じゃ……うぷっ、無いかも……
ふ、船酔いを10倍か100倍酷くしたみたいな……頭の中が掻き混ぜられるような……
あ、ゴメンまた吐きそ……オロロロロロロッ!」
一二三が再び盛大に吐瀉物をまき散らした。
「これはもしかして、洗脳が解けた副作用……なのか?
確か洗脳するのにも、洗脳の維持にも超能力を使うから、
洗脳した本人を殺せば、元に戻るって新戸の奴が……
ああくそっ! 肝心な時に新戸の奴が死んじまったから良く分からねぇな」
後で分かる事だが、この時の九十郎の推測は当たっていた。
蘭丸の死により一気に洗脳、催眠、記憶改変や常識改変から解き放たれた影響で精神に異常が生じ、それが肉体の不調にも繋がっている。
戦闘=セックスと常識の一部のみ改変された軽微な洗脳を受けた者は数秒で終わる軽い症状だが、一二三のように人格を破壊されて再構築されるようなガチ洗脳を受けた者は非常に重い症状が出ていた。
当然、同様のガチ洗脳を受けていた夕霧や湖衣、久遠といった面々も別々の場所で地獄のような苦痛を味わっている。
死んでからも傍迷惑なと九十郎は思ったが、こんなものは後々の大変さに比べれば序の口、地獄の一丁目に過ぎなかったと思い知る事になる。
「え……あ……嘘、何で……い、嫌ああぁぁーーっ!!」
吉音が悲鳴をあげた。
近くに落ちていた自らの衣服(ガ〇ダムの光るパジャマ)を急いで拾い上げ、自身の乳房や秘所が見られないようにと縮こまる。
蘭丸の洗脳が解けたとしても、洗脳されていた間の記憶が消える訳では無く、バタバタと気絶する訳でも無い(第154話)。
いくら常識を書き換えられていたとはいえ、秋月八雲以外の男に対し自ら口づけをして、股を開き、膣内射精をねだり、お嫁さんになりますと宣言した事に対する強烈な罪悪感、強烈な嫌悪感が吉音を襲っていた(第167話)。
これは夢だ、何かの間違いだと祈るような気分で自らの股間に視線を落とす……そこにあったのは八雲以外の男から膣内射精をされ、今なお白濁液に塗れたオンナの部分であった。
「ひ、酷いよ……こんなの無いよ……あ、あたし……八雲に何て言えば良いのさ……」
ポロポロと涙が零れ落ちる。
秋月八雲に詫びたい気持ちと、捨てられるかもしれない、嫌われるかもしれないという恐怖がせめぎ合い、吉音の心はズタボロになっていく。
「待って、待って、これは何かの間違い、一時の気の迷い、本意じゃなかった、
正気じゃ無かった、く、九十郎が……いや、剣丞が……ああぁ……」
光璃も普段の彼女からは想像もできない程に追い詰められていた。
剣丞に犯されながら浮気の言い訳のような事を言い、イカされた後は剣丞が好きだと、剣丞を愛していると宣言し、その愛の言葉は自分自身にすら本心からの言葉なのか、洗脳された故の言葉なのか分からず……それらの言動全てがよりにもよって九十郎の目の前で行ってしまった(第169話)。
ここからどう名誉挽回、汚名返上すれば良いのか、武田信玄たる彼女にも流石に見当もつかなかった。
今すぐ逃げ出し、泣き喚き、高坂兎々昌信を抱き枕にしながら愛でる事で精神を復活させる兎々セラピーに走りたい気分であった。
なお全然関係ない話だが、現代ニホンには武田信玄が高坂昌信に宛てて書いた浮気の言い訳の手紙が現存している。
また、後日兎々はこの件について『御屋形様は本当にしょーもない人になのら』とコメントしつつ、兎々セラピーによってズタボロになった光璃の精神力を回復させた事も付言しておこう。
「ぐ、これは……なんだ、何が起きた……? どういう事だ……?
余が良いように操られていたというのか……?」
剣丞隊の面々も同じように常識が戻り、自身のこれまでの言動に愕然とするばかりであった。
「あ……え、あ……あぁ……や、やだぁ……」
特に新田剣丞の目の前で九十郎に跨り、情けなく喘がされ、膣内射精まで許してしまった烏の衝撃と苦悩は凄まじいものがあった。
どうしてあんな真似をしてしまったのかと自身の言動を悔やみながら力無く膝をつき、呆然とした表情で震えていた。
そんな折、九十郎のD・ゲイザー型の端末に美空から通信が入った。
『九十郎、蘭丸を殺したの?』
九十郎はすぐに端末を拾い、応答する。
「ああ、どうにかな。 蘭丸は殺した、俺が斬った。
吉音とかの様子を見るに洗脳も解けているみてぇだ。 美空、そっちはどうなってる?」
『こっちはちょっと酷い事になってるわね。 急に洗脳がなくなって、呆然としてるの、
泣きだしてるの、半狂乱になって暴れるの、自殺しようとしてるのもいるわ』
美空からの話を聞き、九十郎はふぅっとため息をついた。
当初目標としていた通り、蘭丸を速攻で殺し、織田軍とのセックス合戦が始まる前に洗脳から解き放つ事ができれば、もっとずっとマシな状況にできたのだろうが……だがしかし、今更後悔した所で状況は変わらない。
「しかしそうすると……ある意味では想定通りという事になるな」
そう……美空や九十郎は、蘭丸を殺したらそうなるだろうと事前に予想していた。
急に洗脳が解け、狂わされた常識が戻り、敵も味方も大混乱になると予想していた。
そしてその状態を放置したら……おそらく越軍が怒りと恥辱を晴らすために織田軍を殺し始めるだろうと予測していた。
今の織田軍は弱卒を超えた超弱卒、指揮官として動ける者はほぼ全員が犬子達に襲われて犬に変えられてしまっている。
ここから真っ当な戦闘が再開されれば、成す術も無く越軍に殺されてしまうだろう。
織田を滅ぼすのが目的であれば、それで良いが……
『それじゃあこっちは当初の予定通り、織田との戦いを止める方向で動くわ。
そっちは口裏合わせ、良いわね?』
今の越軍の目的は現代ニホンの大江戸学園に辿り着く事、そして戦国時代の英雄の魂欲しさにナメた真似をしたオーディンを叩きのめす事である(第142話、143話)。
織田信長の首だの、織田家滅亡だの、そういうのは正直いらないというか、後々やろうとしている戦国乱世終結を考えるとむしろ邪魔だ。
「戦いを止める……? 俺達や久遠を殺すんじゃないのか!?」
剣丞が信じられないといった表情でそう聞き返す。
「殺すって? いや、何で俺達がお前や織田信長を殺すんだよ、何のメリットも無いだろ」
「お前はたった今、蘭丸を殺しただろうっ!」
「コイツに関しては正当防衛だ、悪く思うな」
「俺は蘭丸に協力していたんだぞっ! 他の皆とは違う!
洗脳もされていないのに、あの娘に力を貸していた、あの娘を守っていた!」
「それに関しては色々言いたい事もあるんだが、悪いが一旦保留にさせてくれ。
正直時間が惜しい、殺し合いが始まってからじゃ止めるの難しいんだぞ」
「だけど……でも……」
それでも納得できないという感情が剣丞の胸中に渦巻いていた。
殺されたい訳では無いが、蘭丸に協力した自分に何の咎めも無いのはどうかという思いもあった。
「(……え? 今、ご主人様が洗脳されていないと言ったような……?
き、気のせいですよね、何かの間違い……き、聞き間違いですよね)」
なお、小波は今この瞬間まで剣丞は洗脳されているものとばかり思っていた。
彼女は全力で剣丞を助けようと行動していたが、その実全力で剣丞の足を引っ張っていた事に気づくのは、もう少し先の事である。
そうして剣丞と小波が悩んでいる所で……ぱぁんっ!! と大きな音が鳴った。
悩める剣丞の横っ面を比喩表現で無く叩いた者がいた。
「え……あ……?」
剣丞の頬が赤く腫れる。
叩いた側の右手も赤く腫れていた。
頬に涙が伝っていた。
指が震え、肩が震え、膝も震えていた。
怒りと悲しみ、後悔と絶望、そして失望で心をぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、なんとも言い難い酷い表情になっていた。
「か……から、す……?」
烏が新田剣丞の頬を力一杯叩いていたのだ。
そして烏は呆然とする剣丞をキッと睨みつけ……
「……大嫌い」
……そう告げた。
普段はあり得ないくらいに無口な烏が、ハッキリとした声でそう告げた。
その場にいる全員にハッキリ聞こえる声量で告げた。
そして走った。
涙で頬を濡らしながら駆け出し、自分の着物と鉄砲だけを拾うとどこかへと走り去っていた。
「ちょ、お姉ちゃんどこ行くの!? 待って~!!」
烏の妹である雀が慌てて追いかける。
だが烏を追いかけたのは雀だけ……剣丞は追いかけない、追いかけられなかった。
「そう……だよな……そりゃそうだ……皆を守り切れなかっただけじゃない、
皆にあんな酷い事をさせたんだ。 そりゃ嫌われるよな……」
剣丞はヒリヒリと痛む頬を抑え、俯きながらぶつぶつと何かを呟くだけだ。
「主様……仕方なかったとは言わん、余とて今回の所業には思う事もある。
だがな主様、それでも……ああ、それでも余は主様の妻で、主様の味方じゃ。
それだけは忘れてはならぬぞ。 それと……それと短慮を起こしてもいかん」
一葉が剣丞に寄り添い、震える手を握り締めた。
「そ、そうですわっ! 私達の剣丞様への愛はこの程度では揺るぎませんものっ!」
梅もまた剣丞に駆け寄ってその背を支える。
その言葉は表面上こそ剣丞を全肯定するものであったが……若干声が震えて、肩や喉に力が籠っている事に気づく者は多かった。
まるで自分に言い聞かせているかのようだと思う者もいた。
「そ、そうです! その通りです! 私達は何があろうと剣丞様のお味方です!」
ついさっき全力で剣丞の足を引っ張った小波が追従する。
剣丞が洗脳されていなかったという事実から全力で目を背けているものの、剣丞を愛している、剣丞の助けになりたいという気持ちだけは確かであった。
「ごめん……ごめんな……本当に、本当にごめん……」
剣丞の表情は、彼女達が今まで見た事が無いものだった。
迷う事もあった、悩む事もあった、苦しむ事もあった、しかし剣丞にはいつだって未来を切り開こうとする意思があった。
その強く輝くような意思は、覇気となって皆を惹き付けた。
その覇気の輝きが、今の剣丞からは消えていたのだ。
だから一葉は、だから梅は、だから小波は、このまま剣丞が消えて無くなってしまうのではと心配になり、不安になり、剣丞に寄り添い、支えようとしているのだ。
「ああ、良かったな剣丞。
こっぴどく負けた時に支えようとしてくれる人がいるのは、結構幸せな事だぞ」
九十郎はそんな一葉や梅、小波の姿を見ながら、小さく小さく呟いた。
あの様子なら、剣丞は大丈夫だろうと思った。
泣きながらどこかへ去っていった烏も、剣丞がどうにかするだろうと思った。
「美空、こっちは大丈夫だ。 事前に決めといた戦後処理に移ってくれ。
それと……フラッシュ、ミラクル、ストロングの3パターン考えといたが、
どれを使うんだ?」
『アンタねぇ……フラッシュは速攻で蘭丸を討ち取って損害軽微だった時、
ミラクルは蘭丸がトチ狂ってお友達になりたいって言い出した時に使うって忘れたの?
どっちももう使えないでしょうがっ!!』
「ああ、スマン忘れてた。 じゃあ消去法でストロングだな」
『ええそうよ。 一番単純で、一番無理があるストロングしかないわよ、こうなったら』
「おい美空、みらくるだの、すとろんぐだの訳が分からぬ。
主様の死を前提にする計画だったとしたら、悪いが全力で手向かいをさせてもらうぞ」
『ええご心配なく、残念ながら剣丞は殺さないつもりですよ、公方様。
非常に不本意ながら』
「はぁ……その声色からすると、
できれば殺したいが政治的事情で殺せないといった所かの」
『ご明察、殺したい理由について説明は必要でしょうか?』
「いらん、流石に分かる、理解もできる。 だがな……」
『だがそれでも、剣丞を愛さずにはいられない……ですか、公方様』
「……その通りだ。 全く、恋と言うものは盲目よのう」
美空と一葉が同時に、はっはっはっはっと大声で笑う。
2人共表面上こそ笑っていたが、声も表情も全く笑っていなかった。
片方は『今は無理でも、いつか絶対に思い知らせてやるからな』という強い決意が、もう片方は『この先何があろうが、何が起ころうが、絶対に愛する夫を守り抜いてみせる』という強い決意があった。
『越軍全員に告げる! 繰り返す、越軍の全員に告げる!
さっきも名乗ったけど、越軍の総大将、長尾美空景虎より次の命令を伝えるわっ!!』
そして笑い声が止まると、今度は全ての通信回線を使い、全ての通信端末から同時に美空の声が聞こえてくる。
『これ以上織田軍と戦うのはもうやめなさい! 人類は皆兄弟っ!
このまま血みどろの戦いを続けても虚しいだけで何も生まないわっ!
武器を納めて、戦いを止めなさいっ!』
つい先ほどは『武器を取れ、敵を殺せ』と命じた舌の根も乾かぬ内に、それとは180度方向転換した命令を伝えた。
直後、織田軍も越軍もキョトンとした表情で、何言ってんだコイツと喉まで出かかったのは言うまでもないだろう。
『さっきと言っている事が違うと思ったでしょう、無理もないわ。
でも聞いて頂戴! この戦いの元凶は森蘭丸という悪魔のような奴だったわ!
そいつが織田軍も私達もおかしくさせて、無理矢理戦わせていたのよ!
訳も分からずに武器を捨てて、服も脱いで、
馬鹿みたいにまぐわいをする事になったのもそいつの仕業よ!』
織田軍からも越軍からもどよめきが起きる。
「貴方達は全く悪くない! 織田軍だって蘭丸に操られていただけの被害者よ!
そして今、皆が正気を取り戻したのは、
全ての悪の元凶である森蘭丸を討ち取ったからなの!
私達を織田軍と無理矢理戦わせていた森蘭丸が死んだのだから、
もうこれ以上の戦いは無意味なのよっ!」
そう、これこそが美空と九十郎が事前に準備した織田軍との全面戦争を避けるための秘策。
一番単純で、一番無理があるストロングな方法……全ての罪を蘭丸一人に押し付けた上で死んでもらう蘭丸レクイエム計画である。
「こ、こんなやり方で本当に戦争が回避できるか……」
「無茶でも何でもやるしかねぇだろ。 それより剣丞、口裏を合わせるぞ。
お前も蘭丸に洗脳されてて、良く分からない内に協力させられていたって設定だ」
「い、いや、だけどそれは……」
「良いからこの場は頷いとけ。
お前が洗脳されてなかったってバレたら犬子あたりに刺されるぞ」
「それは……」
いっそその方が良いんじゃないかと、剣丞は考えてしまう。
しかし右腕からは一葉の、左腕からは小波の、背中からは梅の体温を感じ、考えを改める。
「(俺が襲われたら、この3人に迷惑がかかる……
戦った結果、誰かが死ぬかもしれない……俺1人だけが死ぬのなら良いけど……)」
一葉も、梅も、小波も、必死に自分を守ろうとしているのが、必死に自分を支えようとしているのが分かった。
だから剣丞は悔しそうに奥歯を噛み締め……自身の身を守るための嘘をつく事を決心した。
「分かった……分かった、従うよ。 仕方ないからな……」
新田剣丞にとって、短い期間ではあっても蘭丸は仲間だった。
共に戦う仲間であった。
その仲間を自己保身のために切り捨てるような真似をする事に、剣丞は強い嫌悪を覚えた。
「(俺は美空を殺してでも止めようとしたのに……
洗脳して強姦するなんて酷い手段で戦おうとしたのに……
美空は、九十郎は、戦いを始める前から俺達を助ける方法を考えていたのか)」
剣丞は自身の心に大きな亀裂が走るのを感じた。
剣丞は美空に、九十郎に、大きな大きな敗北感を植え付けられたのが分かった。
「(ああそうか、そうか……俺は負けたのか……
完膚なきまでに、何の言い訳のできないくらいに……俺は負けたんだ……)」
心が負けを認めた瞬間、剣丞には全身の力が一気に抜けていくのが分かった。
「(ごめん、ごめん蘭丸……本当にごめん……)」
そして蘭丸に対して、心の中で何度も何度も謝った。
自分が無力なせいで守れなかった、自分が馬鹿だったせいで勝たせてあげられなかった。
そして自分が負けたせいで、美空を止められなかった。
剣丞の心は限界に近かった。
そこに……
「え……ら、蘭丸……?」
剣丞は信じられないものを見た。
森蘭丸の遺体……真っ二つに切断された半分、頭と右腕の部分が空中に浮かんでいたのだ。
「まだ生きてたかテメェ!!」
瞬間、九十郎が空中に浮かぶ蘭丸の首を切り落とす。
蘭丸の首は即座に切断され、ぼとりと地面に落ちる……が、それでも右腕だけが空中に浮かんだままだ。
「蘭丸じゃねぇ、蘭丸は念動力を使えねぇ……誰だ!? どこにいる!?」
九十郎が辺りを見回す。
そして先ほど蘭丸に取り上げられた自身の剣魂を見つけると、すぐさまそれを拾って超能力関知センサーを起動させた。
「念動力の反応、やっぱり蘭丸からじゃねぇ……そっちかぁ!!」
九十郎が向き直った先に皆の視線が集中する。
その先に1人の少女が立って……いや、宙に浮かんでいるのが分かった。
「あ、綾那……いや、誰だてめぇ」
それは綾那のように見えて、確実に綾那ではない存在だった。
綾那は御家流を……超能力を使えない。
だから自身の身体や蘭丸の右腕を宙に浮かせるなんて芸当はできない筈だ。
それに目の前の綾那モドキは……作り物ではない、装飾品でもない、本物の鹿の角を額から生やしていたのだ。
その姿はまるで……
「鬼子……馬鹿な!? 綾那が鬼子になったってのか!?
いや、綾那が犯されて鬼子を産まされたのか!?」
「いいや違う、この娘は鬼子ではなく、魔人になったんだよ。
ボクの忍法・魔界転生によってね」
綾那モドキがいる方向から、綾那とは別の声がした。
そして綾那モドキがクンッと指を振るうと、宙に浮いた蘭丸の右腕が空を飛び、新たな声の主の下へと納まった。
「ああ分かる、分かるぞ……やはりこの指は正解だ。
この指を媒体に使えばもう一度……いや、もう5回は忍法魔界転生を使える」
新たな声の主がニマァっと笑った。
そいつは吉音や光璃と同じく大江戸学園の女学生用の学生服を着ていた。
男のようだと思えば男のように、女のようだと思えば女のように見える奇怪な見た目をしていた。
そいつは先の大乱交の中で綾那と遭遇し、綾那を犯した人物であった(第170話)。
「だ、誰だ……誰だお前はっ!? 綾那に何をしたんだっ!?」
剣丞が折れかけていた心を無理矢理奮起させ、謎の人物に対峙する。
剣丞はその人物に見覚えが無い、しかし小波と九十郎は別だった。
「お、お前は……」
「貴女はもしや……」
「天草四郎時貞!?」「DJジェロニモ!?」
……そして同時に、全然違う名前を叫んだ。
「え? え? 天草四郎? ジェロニモ? DJ?」
「剣丞お前DJ知らねぇのかよ。
ほら、クラブに行くといるだろ。 ターンテーブル回して音楽かけながら、
YO! とか、チェキラ! とか、ボンバヘッ! とか言う感じの奴」
「いやDJは知ってるよ」
剣丞の頭上に?マークが何個も何個も浮かんでくる。
天草四郎と言えば戦国時代最後の戦と呼ばれる島原の乱の首謀者、ジェロニモと言えば白人に対して強固な反抗を行ったアパッチ族のシャーマン、どちらもDJとは全然関係無い筈の人物である。
そもそも戦国時代にDJやジェロニモが出て来る方がおかしい。
「おいジェロニモ、お前今までどこほっつき歩いてたんだ。
そろそろ新曲出せよ、詠美の奴が楽しみにしてるんだぞ」
そんな剣丞をよそに、九十郎がまるで知り合いに話しかけるかのような事を言い出す。
「ああ、ごめんごめん、色々あって学園に帰れなくなっちゃって。
ボクってもう退学になってるの?」
「なってねぇが出席日数足りなくて留年したぞ。 今は俺らと同学年だ」
「うわっ、もうそんなに時間経ってたか。 柳生十兵衛はもう卒業した?」
「してねぇがもうじき卒業だと思うぞ。 あいつは成績も内申も問題ねぇからな」
「お、おい九十郎! 知り合いなのか!?」
「一学年上の先輩だよ、大江戸学園の。
学生やりながら学園内のクラブでDJもやってる」
「何で学園の先輩が戦国時代にいるんだよ!?」
「え、知らねぇけど何かあったんじゃねぇの? 何か急に行方不明になって留年してたし」
なお、大江戸学園では急に学生が行方不明になる事件は割と良くある方である。
剣丞は大江戸学園の魔境っぷりに頭を抱えた。
「さて九十郎!
聞けばこれからポータルとかいう機械を使って大江戸学園に戻るみたいだね!」
「まあな、一緒に来たいってんなら来ても良いぞ」
「なら柳生十兵衛に伝言をお願いしよう!
ボクはこれから、この森蘭丸の指を使って4人の武芸者を魔人に変える。
ここにいる本多忠勝を加えた5人の魔人を揃えた時、
大江戸学園に戻って柳生十兵衛にリベンジマッチを挑むと。
最後の指一本は柳生十兵衛を魔人にするのに使ってやるぅっ!!」
「あ~、はいはい、要するにお前と十兵衛の痴話喧嘩の延長戦な」
九十郎はちょっとげんなりした様子だった。
「ジェロニモ、使い終わったら綾那は元の場所に返せよ」
「はーい」
「綾那、付き合いきれん思ったら戻ってきても良いからな」
「分かったのです」
魔人になったという綾那が普通に返事をしてきたため、剣丞は思わずズッコケそうになった。
「おいちょっと! 良いのかそれで!?
何か巨大な悪の陰謀みたいな感じで出てきて、普通に帰して良いのか!?」
「心配すんな、大江戸学園が良くある事って言うか、むしろ比較的大人しい方だ。
やれやれ、蘭丸を殺し損ねたかと思ってヒヤッとしたぜ」
「何なんだ大江戸学園って……」
「じゃあ九十郎、伝言よろしくね」
「左手は持って行かねぇのか? 別に良いぞ、こっちにあっても捨てるだけだし」
「魔人を9人も集めるのは面倒だから良いや」
そのままDJジェロニモと魔人化した綾那は、ばいばーいと手を振って逃げていった。
剣丞はさっきまでとの空気感の差に眩暈がしそうになっている。
そうこうしていると、今度は九十郎のD・ゲイザーから着信を知らせる電子音が鳴り始める。
「うん? 誰から……雫からか。
うわぁ、もう午前6時か、俺ら夜が明けるまで戦ってたのかよ」
気がつけば、東の空は明るくなりつつあり、もうじき夜明けなのだと感じさせる。
九十郎は若干の疲労感を覚えつつも、雫からの通信に応答する。
『あ、定時連絡です。 美空様ですか?』
「いや九十郎だ。 色々あって美空の端末を俺が預かってる」
『色々……? あの、なにかそっちであったのですか?』
「本当に色々あったよ。 全部説明したら一時間はかかるんじゃねぇかってくらいにな」
『あの、それでは一旦切ってしばらく後に繋ぎ直しましょうか?』
「いや、ちょうどその色々がひと段落ついたところだ。
口裏合わせも兼ねて簡単に説明するから聞いていてくれ。
ああそうだ、近くに粉雪はいるのか?」
『ああ、あたいもここにいるぜ』
「機密にしたい事もある、悪いが雫と粉雪以外は席を外してくれ」
『分かりました、少しお待ちください』
……
…………
………………
それから九十郎は、雫と粉雪に蘭丸戦が始まってからここまでの経過を説明した。
『な、何と言うか、思ってた以上に酷い事になってるんだぜ……』
「そうだろそうだろ、この後の事を考えたら頭が痛いよ」
『大変でしたね……』
「ああ、大変だったよ。 本当にな」
何度も何度ももう駄目かと思った。
何度も何度もここまでなのかと諦めた。
何度も何度も闘志を奮い立たせ、抗い、立ち向かい、最後の最後で勝利を掴んだ。
気がつけば太陽が空に昇っていた。
雲一つ見えない青空が広がっていた。
そして一二三のゲロ地獄は小康状態になり、今は安らかな寝息を立てていた。
織田軍と越軍の殺し合いの声は聞こえてこなかった。
「そしてどうやら、美空は織田との全面戦争回避に成功したらしい。
まあ、良かったとは言えないが、最悪の最悪だけは避けられたかな」
『悪いな、そんな大変な時に全然役に立てなかったぜ』
「良いんだよ、お前らは武田の残党の抑えをやってくれれば十分だ。
それにもし参加してたら、お前らまで洗脳されて強姦されてただろ。 それも嫌だしな」
こうして、なんやかんやで『めでたしめでたし』という方向に話が進みそうになった時……
『いやぁ、本当に失言のおかげで助かりました』
……雫の特大の失言、いや暴言が飛び出した。
その無神経な発言に九十郎の怒りが再燃し、その場の空気が凍り付いた。
粉雪は思った、思ってても口には出すなよ馬鹿野郎と。
この瞬間、それなりに存在していた雫と九十郎の恋愛フラグが完全に、ひとつ残らず、完膚無きまでに粉砕され消滅した事は言うまでも無いだろう。