ID「948ffbd7」
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前話、第169話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第169話URL「https://syosetu.org/novel/107215/61.html」
前話、第171話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第171話URL「https://syosetu.org/novel/107215/62.html」
……綾那の感情が爆発していた。
「そんな事はどうでも良いのです! さっきから聞いていれば剣丞様が間違ってるって!
異常だって! 人を殺して平気なお前達の方がよっぽど異常なのですっ!!」
『おい異常だとは言ってねぇよ。 それに俺だって人殺しが平気って訳じゃ……』
「綾那はずっと斬り続けているののですよ! お師匠の言う『その他大勢』をっ!
鬼になった人も斬ったのです! 本当は被害者だって、
今は鬼でも元は普通の民草で、綾那が守らなきゃいけない民草だって知ってるのに、
それでも斬ったのです! 痛くて! 辛くて! キツくて! 手が真っ赤になって!
血の臭いがこびりついて! それでもそれでも斬り続けたのですよっ!!
いつか人を斬らずに生きていける日が来るって信じてっ!!」
『おい綾那、今はそんな事言ってる場合じゃねぇだろ!?』
「今後回しにして、いつ話せってんですかぁっ!! 本当は誰も斬りたくない、
本当は誰も殺したくない、そんな簡単な事を何度後回しにする気なのですか!?」
『だが剣丞のやり方だって問題あるだろっ!?』
「それでも! 剣丞様は行動してるのですよっ!! 横から出てきてアレが悪い、
コレが悪いと文句しか言わないお師匠より万倍マシなのですっ!!」
九十郎が剣丞を否定する言葉を口にした瞬間、頭がカーッと熱くなって、指の傷がズキズキと痛んで、感情の赴くままに叫びまくっていた。
かつて自身に剣を教えた恩人を全否定するような事を……という気持ちも無い訳でないのだが、少なくとも綾那が話を聞いた限りでは、九十郎よりも剣丞の言う事の方が正しいように思えたのだ。
そして言いたい事を一通り言って、気がつけば通信は途切れていた。
綾那の方がD・ゲイザーを操作した訳では無い……と言うか、綾那は操作方法を全然知らない。
たぶん一二三あたりが何かしたのだろうなと思ったが、今となっては綾那にはどうでも良い事だった。
「はぁ、はぁ、ふうぅ……」
荒い息を整える。
どうやら呼吸する事すら忘れて叫びまくったようだ。
「指はもう……痛くない……のです……」
出陣前に誤って小刀を刺してしまった手を何度か握り、開く(第151話)。
気がつけば血は止まり、ズキズキとした痛みはもう無視できるくらいに小さくなっていた。
「綾那が迷うのをやめたからですかね……いや、きっとそうなのです」
綾那はそう信じる事にした。
こんな事は間違っていると思いながら人殺しを続けた自分を諫める為に、神仏が指の痛みを通じて訴えていたのだろう……綾那はそう信じる事にした。
そして呼吸を整えたら……息を殺して自身を見つめる何者かの気配を感じ取った。
「そこに隠れているヤツ、もうバレてるから逃げるなり出てくるなりするのですよ」
そう声をかけると、隠れていた人物は綾那の目の前に姿を現した。
「高名な武芸者とお見受けします……貴女のお名前は?」
「三河の本多綾那忠勝なのです」
「いきなりビックネームが出てきたな」
「びっくね……ええ?」
何か良く分からない単語が出てきたが、綾那は一先ず無視する事にした。
その人物は如何にも奇怪な見た目をしていた。
男のようだと思えば男のように見えた。
女のようだと思えば女のように見えた。
老人のようだと思えば老人のように、若者のようだと思えば若者のように見えた。
美しいと思えば美しく、醜いと思えば醜く見えた。
くるくる回る万華鏡を覗いているかのように、見た目が一定していないのではとすら思えた。
そしてその人物は、吉音や光璃と同じく大江戸学園の女学生用の学生服を着ていた。
「大江戸学園の関係者なのですか?」
「学生だよ。 こっちに来てからもう何年も経ってるから、
たぶん退学扱いになってると思うけど」
「何者なのですか?」
「ジェロ……いや、やっぱりこっちの流儀に合わせよう。
天草四郎時貞、それが私に与えられた名前……だと思う、たぶん」
面倒臭い話が出てきそうなので、綾那は『たぶん』という部分を無視する事にした。
こういう所で直感的に最適解を引き当てるのが本多忠勝である。
「それで、お前は綾那の敵なのですか、それとも……」
綾那が名槍・蜻蛉切を構える。
槍を握り締めた瞬間、再び右手の指がズキリと痛んだ気がした。
「敵か味方かと言うなら……敵だね」
そして天草四郎と名乗った人物は、奇妙な肉片を取り出した。
指が一本だけ残った腕を……
「……森宗意軒の指、最期の一本。 忍法・魔界転生、使えるのはあと一回」
「魔界転生……?」
その言葉を聞いた瞬間、綾那は全身が総毛立つような悪寒を感じた。
何か途轍もなく嫌な事が起きるような予感がした。
「お前が何者で、何をしでかそうとしてるのか知らねーですけど。
お前が敵だって言うのなら、綾那にできる事は『ただ、勝つ』事だけなのですよっ!!」
そうして綾那が蜻蛉切で突き刺そうと全身に力を籠めた瞬間……ズキンと、指に特大の痛みが走った。
『違う、そうじゃない』と、目に見えぬ神仏達から叱責された気がした。
「く、綾那は、綾那は……本多忠勝にできる事は『ただ、勝つ』だけなのに……」
綾那は必死に頭を巡らせる。
武器を振るい、敵を殺す。
本多忠勝はそれ以外知らず、それ以外は何もできない。
少なくとも綾那は、そう思っていた。
あるいは、そう思い込んでいただけじゃないか……と、綾那は思った。
「ああ、そうか。 こうすれば良かったのですか……」
そして綾那は、天草四郎の目の前で蜻蛉切を投げ捨てた。
……
…………
………………
「……あ、そうだ。 こいつを殺せば九十郎とお別れしなくて済む」
……犬子がぼそりとそう呟いた。
その時、地面に落ちた詩乃の策が書かれた紙片が視界に入った。
何度も読もうとしても全く読めなかった紙片が、今はちゃんと意味のある文字として読めた。
そして犬子は……手にした笄を目の前の男の全力で眼球に突き立てた。
前田利家の笄斬りである。
「ぎゃあああぁぁぁっ!!」
直後、悲鳴が上がる。
蘭丸の洗脳によって、例え戦争中であろうとも人殺しは禁忌と思い込まされている。
戦闘=セックスという常識において、正々堂々と戦い、勝って下した相手にいきなり刺される……その衝撃は半端なものではない。
「死ね! 死ねぇっ!!」
犬子が苦しみ悶える男に飛び掛かり、突き立てられた笄を思い切りブン殴る。
何度も、何度も殴りかかる。
犬子の拳に押された笄の先端が、男の眼球を貫通し、脳にまで達し、ぐしゃりと脳漿をかき混ぜる。
血と脳漿がぐちゃりと吹き出し、犬子の顔にかかる。
「ひ、ひぃ……」
「こ、こいつ人殺しを……」
周囲の者が後ずさる。
今の犬子の暴挙を例えるならば、戦争に負けておいて講和条件が気に入らないと言って桓公に刃を向けて脅迫する曹沫の如き行動である。
いや、刃を向けるどころか、人殺しまでしている点では曹沫よりもタチが悪い。
武家としての良識がある者程、今の犬子の常識外れの行動に戦慄していた。
「ああそうだ、犬子は人殺しだ。 紛うことの無い人殺しだ」
犬子は男の頭の中に指を突っ込み、深々と突き刺さった笄を引っ張り出した。
「人殺し……どうあっても前田利家は人殺しだ。
愛しい人から贈られた笄を奪われ、面罵された程度で人を斬った。 それが前田利家だ。
前田利家だから、前田利家は人殺しだから、
今日、ここで、犬子はまた人を殺した。 愛しい人から引き離されるからと人を殺した」
犬子はぶつぶつと呟きながら立ち上がる。
そして九十郎から……愛する人から贈られた笄を髪に挿して、怯える織田の将兵達をキッと睨みつける。
「だけど、人殺しだから戦えるのなら。 前田利家だから戦えるのなら……
犬子は、今日、生まれて初めて、前田利家に生まれて良かったと思う」
そして犬子は戦闘前に使わないからと投げ捨てた刀を拾い上げ……
「……お前ら皆殺しだぁっ!!」
犬子が吠えた。
そして織田の将兵の顔面に刃を叩きつけ、絶命させた。
「うおぉっ!? 暴れ出したぞ!?」
「ええいっ! 誰か取り押さえろぉっ!!」
「取り囲め! 縄を持ってこい!」
織田の将兵達が慌ただしく動き始める。
いくら戦闘=セックスと常識を書き換えられているとはいえ、目の前に刃物を持って暴れている奴がいる時まで非暴力主義は貫かない。
脇差といった最低限の護身具を使い、それすら持っていない者はその辺にあった木の枝や縄を使ってどうにか抵抗を試みる。
「死ね! 死ねぇっ! 犬子から九十郎を奪おうとするヤツはみんな死ねぇっ!!」
そうこうしているうちに犬子は織田の将兵達を殺傷していく。
一人斬り、二人斬り、三人斬り、四人斬り……斬る度に刃に血と脂がこびりつき、重く切れ味が鈍っていく。
刀を振り上げ、振り下ろす度に、手足に疲労が蓄積されていく。
織田軍は万を超え、越軍は既に一人残らず戦闘不能になっている。
織田軍が弱卒を越えた超弱卒であろうとも、いくらなんでも犬子一人で全員斬り殺していくのは不可能だ。
どこかで刀が折れ、どこかで犬子の気力と体力が尽き、美空や光璃と同じように取り押さえられてしまうだろう。
「犬子……なんで……なんでこんな事になっちまったっすか……」
柘榴は動かない。
柘榴は動けない。
彼女は前田利家ではない。
良くも悪くも、柘榴は武家社会の常識に染まってしまっている。
彼女にとって、人殺しは禁忌だ。
人殺しは禁忌だから、犯す事はできない。
そもそも、主君の目の前で主君のお気に入りの茶坊主を斬殺したなんてトンチキエピソードが残っている武将なんてそうはいない。
柿崎景家にそんなエピソードは一切無い。
可能性があるとすれば、天下一の短気こと細川忠興くらいであろう。
ともかく、柿崎景家たる柘榴には、犬子のように刀を抜き、織田の将兵を斬殺するような真似はできない。
しかし……
「読んだ……読んだのですね? 私が描いた策を」
……柘榴には無理でも、柿崎景家には無理でも、竹中半兵衛であればどうだろうか。
彼女もまた前田利家ではない。
主君の目の前で主君のお気に入りの茶坊主を斬殺したなんてトンチキエピソードは残っていない。
だがしかし、主君を諫める為にたった17人で稲葉山城を占拠し、信長に黒田官兵衛の子を処刑したと報告しつつこっそり匿うといった頭ハジケリストなエピソードが現代まで残っている。
自分が正しいと信じれば、主君が間違っていると思ったならば、躊躇無く歯向かってくるのが竹中半兵衛だ。
そんな竹中半兵衛であれば、蘭丸によって植え付けられた戦闘=セックスの常識を、あるいは良識を踏み越えられる可能性があるのではなかろうか。
「うん、読んだ。 読めたよ。 XXXって書いてあった」
犬子が人斬りの手を僅かに止め、詩乃の問いに答えた。
肝心要の所は急に耳が遠くなり聞こえなかったが、犬子は確かに読めたと言った。
詩乃は仕草や表情、目つき、声色等から他人の考えを読む事に長けている。
だから詩乃は、犬子は確かに自分の策を呼んだのだと確信する。
「そう……ですか……それならば……」
詩乃がしばし瞑目し、大きく息を吸い込んだ。
犬子の言動から、策を描いた紙片を読む方法はすぐに思いついた。
その方法を実行するのに、詩乃の良心が、良識が邪魔をする。
「やれ……動け……動きなさい!」
自分自身に何度も何度も言い聞かせ、無理矢理身体を動かそうとする。
戦闘=セックスと常識を書き換えられた彼女にとって、殺人は戦争中であろうと犯してはならない禁忌である。
戦闘に負け、降伏を宣言した直後にそれを翻すのは、武家にとって切腹しても繕えない程の恥晒しである。
それでも、それならば、だがしかし……詩乃は自身の良識と常識を噛み殺し、踏み越える。
「……そぉいっ!!」
詩乃はその辺に落ちていた手ごろな大きさの枝を拾うと、自身を犯してイカせた男の顔面目掛けてフルスイングした。
ボカッ! と鈍い音と共に、男が倒れ伏す。
「……一発では死にませんでしたか」
詩乃は自身の非力さにため息をついた。
男は思い切り顔面を殴られつつもまだ死なず、血反吐を吐きながらもぞもぞと地を這ってその場から逃れようとしている。
地面に落ちている策を書いた紙片を見たが、やはり何が書かれているのかまるで理解できなかった。
「一発で駄目なら、何度でも繰り返すまでです」
殴った衝撃で折れた枝は捨てて、今度は重くて硬そうな石を担ぎ上げる。
そして倒れた男の上に馬乗りになった。
全裸の女が全裸の男に馬乗りになり、騎乗位セックス……のように見えるが、そうではない。
詩乃は直立する男根には目もくれず、拾った石を持ち上げると……
「……えいっ!」
……振り下ろして男の顔面を潰した。
「ぐあぁっ!」
ぐしゃあっ! と周囲に血が飛び散った。
詩乃の顔に、胸に、両腕に返り血がかかり、思わずむせそうになった。
二度、三度、四度と石を持ち上げ、振り下ろし、男の顔面に叩きつける。
その度に周囲に血と脳漿が飛び散って、グロテスクなものをブチ撒ける。
「いぎっ……ぐぁ! あがっ! や、やめて……ぐぃっ!」
男の抵抗が徐々に弱くなっていく。
詩乃はこみ上げる吐き気を必死に堪えながら、何度も何度も石を振り下ろし、男の顔を念入りに潰す。
そしてついに……男は完全に息絶え、物言わぬ骸と化した。
「ああ、やっと読めました」
詩乃がほっと一息ついてそう呟いた。
正直、ここまでやって読めなかったらどうしようとか考えていた。
基本病弱な彼女にとって、石を持ち上げて振り下ろすだけでも結構な重労働なのだ。
『武器を取れ、敵を殺せ』それが、詩乃が描いた策の全容だった。
「あ……あははは……あ~っはっはっはっはっはっ!!」
自然と、詩乃は腹を抱えて笑い転げていた。
石を何度も振り下ろす重労働をして、禁忌としか言い難い人殺しを行い、そうまでして読んだ策の中身がそれだった。
「な、何ですかコレ? こんなのは策でも何でもない、ただの殺人教唆ですよ!
こんな物を大真面目な顔して、
手首が動かなくなるまで筆を取って皆に配ったのですか!?」
こうなってはもう笑うしかない。
この最悪極まる状況から一気に逆転する妙案が書かれているのではと、密かに期待していた。
それが出てきたのは、変身超獣ブ〇ッケンと戦うウ〇トラマンエースにウ〇トラ兄弟が送ったサインと同じくらい単純なものだった。
とはいえ……その単純極まるメッセージこそ、蘭丸にとって最も見られたくないものであ
る事だけは確信できる。
「ああ、だけど理解できました、思い出しました。
間違っているのは常識の方で、戦争とはつまり互いに手を尽くし、知恵を尽くし、
力の限り人殺しを続ける事に他ならないのですね」
詩乃は……竹中半兵衛は理解した、確信した。
正しいのは自分の方で、間違っているのは常識の方なのだと。
そして自身が正しいと確信した時、竹中半兵衛は相手が斉藤龍興だろうと、織田信長だろうが、自身の常識であろうが、黙って従うような性格ではない。
知識と知略の限りを尽くし、全力で抗うのが竹中半兵衛である。
その竹中半兵衛が、その辺に落ちていた脇差を拾うと、すっくと立ちあがる。
万を超す軍勢に立ち向かう武器としては少々心許ないが、その辺に落ちていた武器の中では比較的マシに思えた。
「このぉっ! 死ねっ! 死んでしまえっ!」
犬子は変わらず暴れ続けている。
彼女が刀を振るう度に腕が飛び、脚が飛び、首が飛び、血が飛び散り、織田の将兵の命が散っていく。
九十郎から受け継いだ神道無念流の剣の冴えには、弱卒を超えた超弱卒となった織田軍ではどうする事もできやしない。
ただしそれは……犬子が無尽蔵の体力を持ち、犬子の剣が無限に斬れるアロンダイトの如き魔法剣であったとすればの話である。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」
敵を斬る度に犬子は疲労していく。
刀は血と脂を纏い重くなっていく。
息がどんどん荒くなっていく。
「犬子、もう諦めよ。 これ以上見苦しい手向かいをしても良い事など無いぞ」
久遠が犬子に語りかける。
唐突に曹沫の如き暴挙に出た元部下を本心から心配して止めようとしている。
「嫌だ! 絶対に嫌だ! 犬子から九十郎を奪おうとする奴は全員敵だっ!
みんなみんな殺してやるぅっ!!」
しかし、犬子は止まらない。
「たった一人で勝てるとでも思っているのか!?」
「うるさい! 九十郎から引き離されて生きるなんて死んだ方がマシだ!
勝てないなら勝てないでも良いっ!
それならお前達を一人でも多く道ずれにして死んでやるっ!!」
犬子はそう叫ぶと、血と脂と刃毀れで殆ど斬れなくなった刀を握り直し、周囲の将兵達に飛び掛かっていく。
「くそっ! 囲め、後ろから攻めろ!」
「縄だ! もっと長いのを持ってこい!」
「怯んだぞ! 叩け叩け!」
織田の将兵達とて棒立ちで斬られるのを待っている訳では無い。
その辺にあった木の枝で防戦する者もいた。
荷物を縛る縄を解き、犬子に投げつける者もいた。
刀よりも長い棒を持ち出し、犬子の背を叩く者もいた。
その一つ一つはか弱く、か細い抵抗に過ぎなかったが、犬子の体力を確実に消耗させていった。
「やめろ犬子! 勝てるハズが無い!」
久遠が叫ぶ。
「それでもっ! それでもだぁっ!!」
犬子が叫ぶ。
気力の体力の限界は刻一刻と迫っていた。
その時……
「……いいえ、勝てますよ」
……詩乃が犬子と久遠の間に割って入ってきた。
「し、詩乃さん!?」
「詩乃、まさかお前まで!?」
「犬子さん、私にも策が読めました。
尤もあれは、策なんて呼べる物ではありませんでしたが」
「とりあえず実践はしているけど、ちょっと勝てそうもないかな」
「何を仰りますか、勝てますよ。 ええ勝てますとも、私には無理でも犬子さんならば」
「え、犬子ならって……」
詩乃は自身の右手をすっと犬子に差し出した。
「よもや忘れたのですか? 敵は槍も無く、弓も鉄砲も無く、誰も具足を着けていない。
そういう状況に覿面に刺さる手札をお持ちではないですか」
「槍……? 具足……?」
犬子は何の事だろうと首を傾げる。
自分は全力で抵抗している、全力で織田軍と戦っている。
使っていない手札なんて……そう思った時に、気がついた。
「犬子の……御家流……?」
「はい、人を犬に変えるあの能力であれば。 この状況を打開できます」
犬子は精神を集中して詩乃の腕を噛み、御家流を発現させる(第56話)。
すぐに犬子と詩乃の身体がゴキゴキと音を立てて縮んでいき、全身から毛が生え、牙が伸びる。
数秒もしない内に犬子と詩乃は犬の姿に変わった。
「ひいぃっ!? な、何だぁっ!?」
織田の将兵達が腰を抜かす程に驚き慌てる。
目の前で人間が犬に変わるなんて光景、普通はSANチェックものである。
「な、犬子!? お前、いつの間に御家流を!?」
織田軍の者は犬子のこの能力を知らない。
かつて犬子の主君であった久遠ですら知らない。
だからこそ、この土壇場で出てきた隠し玉に動揺を隠せない。
そして二匹の犬が織田の将兵に飛び掛かり噛みついた。
「うわあぁっ!?」
噛まれた織田兵が悲鳴を上げる。
自身の身体がミシミシと音を立てながら縮んでいき、腕の形が、脚の形が変わり、犬の姿に変わっていく。
「ひ、ひいぃっ! い、犬に、犬になっていくぅ!?」
「な、何だよこれぇっ!? 聞いてねぇぞぉっ!」
織田の将兵達は恐慌状態になっていた。
入念な戦闘訓練を積んでいれば、恐怖を覚えながらも崩れる事は無かったのだろうが、今の織田軍は弱卒を超えた超弱卒である。
そして犬子達に背を向けて逃げ出した者達は、次から次へと犬に嚙まれていった。
噛まれた織田兵もまた犬になり、別の織田兵に噛みついて、噛まれた者は犬になる……そうやってねずみ算式に犬が増えていき、被害者が指数関数的に増えていく。
「ワオオオオォォォォーーーーッ!!」
犬子が吠えた。
戦場の全てに届くようにと、愛する人へと届くようにと祈りながら吠えた。
『(九十郎! 九十郎に届け! 犬子はまだ諦めてない!
死ぬまで抗う! 最期まで抗う! 抗い続ける! 九十郎に届け、この想いっ!!)』
そんな犬子の声は、確かに九十郎の下へと届いていた。
「アオオオオォォォォーーーーンッ!!」
詩乃が吠えた。
戦場の全てに届くようにと、愛する人へと届くようにと祈りながら吠えた。
『(剣丞様! 見ていますか! 聞こえていますか! 私は人殺しです!
私達は人殺しです! そこから目を背けてどうする気ですか!?
例えこれが人が人を殺す地獄を終わらせるためのものだとしても。
例えこれが大いなる善意から来るものだとしても……
こんな歪なやり方、長続きする訳が無いでしょうがあぁっ!!)』
そんな詩乃の声は、確かに剣丞の下へと届いていた。
そして犬子の御家流によって変化させられた犬の数はどんどん増え、手に付けられない程になりつつあった。
犬の牙は鎧を貫通するようなものではない。
織田軍が通常の戦のように具足を着けていれば、槍や弓矢、鉄砲で完全武装していれば、ここまで早く犬の数が増える事は無かった。
肉も皮膚も常人の何倍も強靭な鬼が相手であれば、簡単に返り討ちに遭っていた。
だがしかし、今の織田軍は弱卒を超えた超弱卒で、しかも誰も具足を着けず、最低限の護身以上の武器も持ち込んでいなかった。
それ故に、犬子の御家流が覿面に刺さる事となった。
犬子と詩乃、たった二人の反攻作戦が、この劣勢極まる戦況を逆転させつつあった。