戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第165話URL「https://syosetu.org/novel/107215/58.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第164話『怒りの拳』

 

「お前……お前ええぇぇーーっ!!」

 

段蔵の挑発に、姫野が激高した。

 

生身で触れれば喰いつかれ、齧られる不定形の肉体であるが、姫野は脳と脊髄を除く全てが獣の肉体で補われているために喰われない……それは前回の戦いで分かった段蔵の泣き所だ(第94話)。

 

「もう一回ブン殴ってやるし! 今度は絶対逃がさねーしっ!!」

 

「やれるもんならやってみなさいっ!! あの時はただのまぐれ勝ちっ!

 まぐれ当たりぃっ! 本気を出した某には遠く及ばないと教えてあげますよぉっ!!

 ほんの少し、ほんの僅かに不意を衝かれただけであるが故にぃっ!!」

 

段蔵の不定形の肉体がギュッと集まり、纏まり、固まった。

全身が黒曜石のように真っ黒になり、顔は仮面のような硬質な何か覆われる。

自身の密度を大きく上げて、硬度と速度と強度を増す段蔵の切り札である(第94話)。

 

ズドォンッ!! と、まるで大砲のような轟音や衝撃と共に、姫野の剛腕が段蔵に叩き込まれる。

既に姫野の両腕は人間のモノではなく、まるでヒグマのような毛皮に包まれ、爪が伸び、骨も筋肉も何倍もの太さに変貌していた。

 

「ぬるいですよぉっ!! 効きゃしませんよぉっ!!

 某は忍者ですがぁ、それと同時に化け物であるが故にぃっ!!」

 

ドゴォッ!! と、姫野の一撃に負けず劣らず凄まじい轟音、衝撃が周囲に伝わる。

段蔵の細身の身体からは想像もつかない程の速度、重さ、硬ささから放たれる物理の暴力は、それこそ本物の大筒にも匹敵する。

 

「がぁ……まだまだぁっ!!」

 

直撃すれば城壁すら打ち砕く超高速の右ストレートを喰らい、姫野が血反吐を吐く。

いくら風魔忍軍の秘術により全身を強化されているとはいえ、段蔵の全力パンチはそれを上回っている。

 

「こんのぉっ!!」

 

姫野が負けじと段蔵を殴る。

 

「あはははははははぁっ!!」

 

段蔵は狂ったように笑いながら殴り返す。

 

「ぐ……う、負けるかああぁぁっ!!」

 

姫野は額から血を流しながらも、未だ戦意は衰えない。

姫野が殴る、段蔵が殴る、姫野が殴る、段蔵が殴る、姫野が殴る、段蔵が殴る……改造人間と化け物が常人を遥かに超える膂力でもって殴り合う。

 

だが……

 

「い、いけない……このままでは……」

 

傍で見ている小波が焦燥に駆られる。

 

殴り、殴られる度に血を吐き、傷つくのは姫野の方だ。

段蔵は無傷という訳ではない様子ではあったが、その傷つき方は、その疲弊の具合は明らかに姫野よりも小さく、軽い。

 

殴り合いが続けば続く程、不利になるのは姫野の方だ。

 

「御家流は……いや、駄目か……」

 

妙見菩薩掌を使おうと精神を集中させ……途中で止まる。

既に1度、小波は全力の妙見菩薩掌を使ってしまっている(第159話)。

 

超能力の発動は脳神経を酷使し、消耗させる。

それは蘭丸だけでなく、あらゆる超能力者に共通する弱点である。

それ故に、今の小波では普段の半分か、それ以下の威力でしか妙見菩薩掌を使えない。

 

そして過去に段蔵は全力の妙見菩薩掌に耐えている(第94話)。

あの時の半分以下の威力では、段蔵を倒すどころか、ほんの少し怯ませる事すらできないと直感的に分かってしまった。

 

「あはははは……あぁーっはっはっはっはぁっ!!」

 

段蔵の深いな高笑いが辺りに響く。

気がつけば既に姫野と段蔵の戦いは殴り合いから、一方的な蹂躙へと変わっていた。

 

「弱い! 弱い! 弱すぎるぅっ!! 明らかに弱くなってるぅ!!

 この前戦った時よりも明らかに弱くなってますねぇ!!

 確信しまたよ! 今の貴女の鈍く拙い戦い方で確信できましたよぉ!!」

 

段蔵が狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「う……っぐぅ……だ、誰が弱くなったってぇ……」

 

姫野は奥歯を噛み締め、ふらつきながらも立ち上がる。

 

だがしかし、風魔の秘術で改造され、人並みなずれた頑強さを誇る肉体であろうとも、人外の膂力で何度も何度もブン殴られては無傷ではすまない。

全身は顔や肩には内出血で青あざができ、骨にヒビが入り、一部は折れて内臓を傷つけていた。

既に立つのもやっとという有様だった。

 

「貴女達は殺人を禁じられているんですよぉ。 頭の中身を書き換えられて、

 かつては息を吸い、吐くのと同じように当然にやっていた事が、

 できて当然、やって当然の行動と思えなくなっているんですよぉ」

 

「な……にぃ……?」

 

「頭を……書き換え……?」

 

姫野と小波が信じられないといった様相で互いに顔を見合わせる。

 

「じゃなきゃあ、誰も剣を持たず、誰も槍を握らず、誰も矢を放たず、

 皆揃って男女のまぐわいをするなんて異常事態、起きる訳ないじゃないですかぁ……

 頭の中身を書き換えられたが故に! 殺人を忘れぇ!

 人殺しのやり方を忘れさせられたが故にぃ!

 ち〇こをお〇んこにブチ込むのが戦争の常識だと思い込まされたが故にぃ!!

 アンタらは頭のおかしい事を延々とヤらされてるんですよぉっ!!」

 

段蔵が下品にゲタゲタと嗤う。

それは下等生物を見下す傲慢な超越者の態度そのものだ。

 

「ひ、姫野はおかしくなってなんてねーし! 何も忘れてない! 弱くなってもねーし!」

 

「ぷっ、うふふ……本当にそう思いますか? 本当にそう思ってるんですかぁ?

 だったら試して見ましょうよぉ。 私の顔面、殴って御覧なさいよぉ」

 

「ば、馬鹿にしてぇっ!!」

 

姫野が傷ついた身体に鞭打って、再び段蔵に飛び掛かった。

そして無造作に出された段蔵の顔面に鋭いパンチが……届く寸前で、段蔵は素早く身を引いて回避した。

 

「よ、避けんなだしっ!!」

 

「欠伸が出る程にノロかったが故に、私は悪くない」

 

「こ、このぉっ!!」

 

今度は段蔵のアゴを打ち抜く鋭いアッパー……これもひょいっと避けられる。

 

「遅いですねぇ、でもこれは怪我や疲労だけのせいじゃないでしょう?」

 

「う、うるせーしっ!!」

 

姫野は段蔵の言葉を、嘲笑を跳ね除けんと何度も何度も殴りかかる……しかし、そのどれもが避けられ、受け止められ、どれも有効打には程遠い。

 

「今、一瞬考え込みましたねぇ? 本当に殴って良いのかと。

 こんな強い力で殴ったら死んじゃうんじゃないかって考えましたねぇ?

 故に! 故に全てが遅くなる! 故に全てが拙くなる!

 故にさっきから一方的に殴られまくるんですよぉっ!!」

 

そんな見下しと嘲笑の言葉と共に打ち込まれた叩きおろしがクリーンヒットし、姫野は再び地面に倒れ伏した。

 

「ぐぅ……ま、まだ……こんな……」

 

「まだ理解できませんかぁ? 貴女は絶対に私には勝てないのですよぉ。

 敵を倒す事に集中して戦う貴女が勝てなかった相手に、

 戦いとまるで関係無い事を考えながら戦う貴女が勝てる筈が無いが故にぃっ!」

 

段蔵がゲタゲタと嗤い、嘲り、倒れた姫野を思い切り踏み抜いた。

 

「あがぁっ!!」

 

その重さと衝撃が姫野の骨と内蔵をたわませ、傷つけ、血反吐を吐かせる。

 

「ぐ、うぅ……げほ、ごほっ……」

 

肺の内側に血が溜まり、既に呼吸すら満足にできない。

姫野の限界は……姫野の死は、もうすぐそこにまで迫っていた。

 

「そろそろ、トドメといきましょうか」

 

「ふ、ふん……姫野を喰ったら、ハラを壊すって忘れたし?」

 

「何を言ってるんですか、ちゃ~んと覚えていますよ。 故に……」

 

次の瞬間、段蔵の姿がフッと消えた。

 

「くっ、呑牛の術か!?」

 

精神操作系の能力に多少の耐性がある小波は、すぐに幻術と体術の合わせ技によって瞬間移動したかのように錯覚させられたのだと理解する。

いきなり視界から消えた段蔵がどこへ行ったのかと、すぐに身構えて周囲の気配を伺った。

 

「う……うわぁっ!?」

 

……直後、男の悲鳴が姫野と小波の耳に届いた。

 

「こっちですよぉ、こっちこっちぃ……」

 

「しまった!?」

 

その光景を目にした瞬間、小波は自身の迂闊さを本気で呪った。

小波の新たな主人のなった男が、段蔵の伸びる触腕に捕らえられ、空中で逆さ吊りになっていたのだ。

 

「その方を開放しろ! 何の関係も無い筈だ!」

 

「う~ん? ど~しましょ~かねぇ~?

 でも、目撃者を消すのは実に忍者らしい行動であるが故にぃ……」

 

段蔵が小波の前でにたぁ~と厭らしく笑った。

その邪悪で嗜虐的な笑みを見た瞬間、小波は段蔵が男を生かして返す気が全く無いと確信してしまう。

 

「やめろおおぉぉーーっ!!」

 

左腕で手裏剣を投げる。

小波もまた一流の忍者、例え利き腕が負傷していたとしても、それでもなお目にも止まらぬ速さと正確さで手裏剣を飛ばす事ができる。

 

だが……

 

「ほぉら、一瞬躊躇した……頭の中が書き換えられているが故に、

 殺人の技を禁忌と思い込まされているが故に、こんなの当たりませんよぉ」

 

段蔵は手裏剣が突き刺さるよりも一瞬早く体表を硬質化して防いでしまう。

 

改造人間である姫野が思い切りぶん殴るか、大砲や破城槌を直撃させでもしない限り、段蔵の硬質化した表皮はビクともしない。

今の小波には、妙見菩薩掌以外に段蔵を攻撃する手段が一切無いのだ。

 

「ご主人様をどうするつもりだ!? 人質か!? ならば私が代わりになる!!」

 

「人質ぃ? 何を言ってるんですかぁ? こいつを捕らえたのはこうするためですよぉ」

 

「え……?」

 

直後、段蔵は小波をイカせた男の頭に触腕を巻き付け……凄まじい力で引き絞った。

 

「ぎ……ぎゃああぁぁーーっ!!」

 

断末魔の叫び声。

 

次の瞬間、ぐちゃりと嫌な音と共に男の頭蓋骨が砕け、血と脳漿がぼたぼたと零れ落ちた。

その零れ落ちた脳漿を、段蔵は大きく口を開けてゴクゴクと美味そうに呑み、啜る。

 

「ああ……ああ、美味い。 実に美味ですねぇ。

 やはり人間は脳ミソが一番美味しい。 殺したての脳ミソは特に味が良い」

 

男は何の返事もしない。

頭蓋骨を砕かれ、脳漿を喰われて即死していた。

段蔵は小波の目の前で、小波の新しい主人となった男を惨殺したのだ。

 

「な、なんで……何故殺した……?」

 

小波がわなわなと震えながらそう呟く。

 

「さっきこう言いましたねぇ、『姫野を喰ったら、ハラを壊す』と……なので予告します。

 今から貴女の頭を砕いて、脳ミソを掻き出して喰います。 この男のようにねぇ」

 

そして段蔵はもう用は無いとばかりの男の死骸を投げ捨てた。

ぼとりと落ちたソレは指先がぴくぴくと痙攣し、まだ僅かに動いている。

ほんの数秒前まで生き物だった物体が、無造作に捨てられる様を見せつけられて、姫野は戦慄し、小波は怒りを覚えた。

 

「そのために……それだけのために殺したのか? たったそれだけの理由で……」

 

「いいえ、もう一つ理由はありますよ。 運動をして、小腹が空いたが故に」

 

その言葉が耳に入った瞬間……いや、耳に入るよりも早く、小波は段蔵に強い殺意を抱き飛び掛かった。

 

「死んで良い人では無かったぁっ!!」

 

手にしたクナイを段蔵に突き立てる。

渾身の力を籠めたそれは、段蔵の表皮に数mm程度の小さなキズをつけた。

 

「今日会ったばかりだ! 戦場でたまたま遭遇しただけの人だ!

 名前も知らない! 過去も知らない! 血筋も家柄も知らない!

 だけど……だけど! お前なんかに殺されて良い人では、断じて無いっ!!」

 

「腹が減ったから喰った、ただそれだけですよぉ。

 腹が減る、メシを喰う。 それは自然の摂理であるが故に。

 ああもちろん喰い残す気はありませんとも、後でゆっくり食べるつもりであるが故に」

 

「お前を許さない……」

 

「許さなければ……ど~するんですかぁ? ウサギとワルツでも踊りますかぁ~?」

 

「うわああぁぁーーっ!!」

 

小波が再度飛び掛かる。

だがしかし、今度は段蔵の硬質化の方が僅かに早い。

今度はミリ単位の傷すらつけられず、クナイの方がポキリと折れた。

 

「無駄なんですよぉっ!!」

 

そして剛腕から繰り出される反撃が小波の腹部に叩き込まれ、小波がくの字になって吹き飛んだ。

 

「う、ああぁ……ぐぐ、うぅ……」

 

ついさっきまで全裸でセックスをしていたため、今の小波は防具の類を一切身に着けていない。

姫野のように肉体を改造された訳でもない。

生身の身体に段蔵の人外のパワーをまともに受けて、小波は早くも立ち上がれない程に深刻なダメージを受けてしまった。

 

「さぁて、待たせてすみませんねぇ……それじゃあ頭蓋を砕いて差し上げましょう」

 

段蔵が倒れ伏す姫野の顔面を掴んで持ち上げた。

 

「や、やめろぉ……」

 

小波がどうにか立ち上がろうと足掻く。

しかし、段蔵の拳をまともに喰らい、全身を地面に叩きつけられたダメージはそう軽くはない。

 

「は、放せ……こ、このぉ……」

 

姫野も段蔵の拘束から逃れようと藻掻く。

しかし、何発も何発も殴られ、蹴られ、踏まれた身体は既に限界であり、段蔵を振り払うだけの力は残っていない。

 

「さようなら、風魔小太郎殿」

 

ギリギリと頭蓋骨が圧迫される。

メキメキと音を立てて頭蓋骨にヒビが入る。

 

姫野は風魔の秘術によって全身を獣の身体に置き換えられ、強化されているものの、脳と脊髄だけは自前のままだ。

頭蓋骨ごと砕いて潰されれば即死は免れない。

 

「やめろおおぉぉーーっ!!」

 

小波が叫ぶ。

涙を浮かべながら、喉が枯れんばかりに叫ぶ。

しかし、段蔵はその叫びを一瞥もくれない。

姫野の頭蓋骨を潰して脳ミソを喰おうと力を籠め続ける。

 

「(どうすれば良い!? どうすれば良いんだ!?)」

 

小波は焦った。

全身が痛んで軋む。

身体は全く言う事を聞いてくれない。

無策に飛び掛かっても再び叩き伏せられるだけだ。

助けを呼ぶ時間も無い、助けを求めるアテも無い。

 

絶望的な状況だった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「そうか、分かった! やっと理解できた! やっと合点がいった!

 君のスタンドは怒りの拳だったんだ!」

 

「怒りの……拳……?」

 

「君の心の中の怒りを物理的な破壊力に変換する能力さ。

 ああ、スタンドとしては割と良くある、オーソドックスな方だ。

 悪魔の暗示のスタンド・エ〇ニーデビルや、

 ノ〇ーリアス・B・I・Gと同系統だったんだ」

 

「怒りの拳でヤツは殺せますか?」

 

「……うん、まあ、それは無理だろうね。

 何せ源平合戦の時代から人食いを続けてる化け物だもの。

 生き物としての格が違う、フィジカルが違う、戦闘経験も違う」

 

「源平合戦から……いえ、それでもやらなければ」

 

「アレは柱の男と同じ、生まれながらにして人類を超越した超生物。

 それに対して人間の怒りの感情は長続きしない。

 人は変わっていくものだよ、どれだけ怒ろうが、どれだけ忘れないと誓おうが、

 人間の感情は移ろいゆくもの、それは人間の美点であり、欠点でもある」

 

「この身がどうなっても構いません。 引き換えに命を落としても良い。

 それでも私はヤツを討ちたい。

 どうしても討たなければ……父も、母も、妹も浮かばれない……

 何より……何よりも、自分自身を許せません」

 

「それならば……本気で君の全てを擲つ気なら、方法はある」

 

「やってください」

 

「たぶん後悔するよ」

 

「やってください」

 

「ボクは君の事が結構気に入っているんだけれどなぁ」

 

「やってください」

 

「この世界に来て初めての友達なのだけど」

 

「やってください」

 

「ボクのスタンド、あんまり良い思い出無いから使いたくないんだけど」

 

「やってください」

 

「たぶんイケるとは思うけど、本来の用途とは違うから何かしらの不具合が起きるかも」

 

「やってください」

 

「何これ『はい』を選ぶまで無限ループする感じ?

 戦国時代かと思ったらド〇クエだったパターン?」

 

「やらないのなら、今すぐこの場で自害します」

 

「わーい別の台詞だー、うれしいなー、なんて冗談を言ってられる事じゃないんだよ。

 それはつまり……言い難いけどね、君の記憶を切り離し、脳髄の奥の奥に封印する」

 

「分かりました、やってください」

 

「1度や2度の怒りではアレは倒せない、殺せない。

 だから100回、200回……いや、100や200じゃ無理、無駄、無謀だね。

 千回、一万回分の怒りを君の魂の奥底に封印して溜め込む。

 つまり君は今後、怒りの感情を抱く度に記憶喪失になる」

 

「ならば全てを喪っても構いません、やってください」

 

「喪うのは君が最も大切にしている記憶だ。

 君は怒りの感情を抱く度に父を、母を、妹を、そして家族の仇の事を全て忘れる。

 顔も、名前も、色も、匂いも全て忘れる。

 君が、君の仇に巡り合い、怒りの拳を叩きつけるその瞬間まで全て忘れる」

 

「それでも……それでも、やってください」

 

「そして……そしてきっと、溜め込んだ君の怒りが、君の怒りの拳が、

 きっと君の仇を打ち砕くだろう」

 

「きっと……きっと本懐を遂げて見せます」

 

「……ま、良いさ。 どうせ人生のロスタイムみたいなものだ。

 人助けと思えば、指の一本くらいは惜しくない」

 

「では……?」

 

「やってみよう。 ただし失敗してもボクを恨まないように」

 

……

 

…………

 

………………

 

「……思い出した、怒れば良いんだ」

 

その時、小波はある人物との会話を思い出した。

その人物によって、自分は記憶の一部を封印されていたのだと思い出した。

 

そして……怒った。

 

「ふざけるな、ふざけるなよ加藤段蔵。 父を殺し、母を殺し、妹の身体を喰い散らかし、

 そして今度は妹を殺そうというのか……」

 

空気が震えていた。

大地が震えていた。

近くの野生動物達が異様な圧を感じ、怯えて逃げ始めていた。

 

「思い出したぞ、お前は両親の仇だった。 そして姫野は私の妹だった。

 私はあの日、あの時、父か喰われ、母が喰われ、妹が喰われるの間近で見ながら、

 ガタガタと怯えながら逃げる事しかできなかった。

 父にも、母にも、妹にも何もしてやれなかった」

 

小波はかつて段蔵に出会った時の事を完全に思い出していた(第86話)。

 

「妹は私を助けるために、わざと大声を出してお前に姿を見せた。

 私を助けるためにだぞ。 それなのに私は何もせず、逃げ出した」

 

小波はかつて姫野に命を救われた事も完全に思い出していた(第86話)。

それは怒りの感情を溜め込む為に、封印されていた記憶の一部だ。

 

「妹は生きていた。 それなのに私は気づかなかった。

 大事な家族の顔を忘れ、名前を忘れ、見知らぬ相手と思って接した。

 何度も何度も名前を忘れた、何度も何度も顔を忘れた、忘れ続けた」

 

そして過去何度も何度も姫野の顔と名前を忘れ続けていた事も思い出した。

 

「妹はいつも私を助けてくれた。

 さきゅばすとかいう夢に巣食う化け物に襲われた時も、

 お前と二度目の遭遇をした時も、北条から私を殺せとの密命を受けた時も、

 蘭丸に捕らえられ洗脳されそうになった時も……何度も何度も救われた。

 なのに私は礼すら言わず、その度に妹の顔と名前と恩義を忘れた……」

 

封印されていた全ての記憶が一気に蘇っていた。

記憶が一つ蘇る度に、小波の心に強い強い怒りの感情が生まれるのが分かった。

怒りが自分の心を埋め尽くし、破裂しそうになるのを感じた。

 

「そんな……そんな自分に腹が立つ!!」

 

小波が再び立ち上がり、ぎゅっと握り締めた拳を天に突き上げた。

そして次の瞬間、夜空が急に昼間になったかのように明るくなった。

太陽のように明るく輝く、太陽のように圧倒的熱量を帯びた超常の拳が、空に浮かんでいるのである。

 

「な、何を……何が起きて……」

 

段蔵はようやく自身の理解を越えた何かが起きつつある事に気がついた。

空に浮かぶ超常の拳は、今まで見た事も感じた事も無いような強烈な熱気と圧力があった。

あんなものをまともに喰らったら死ぬと確信させられた。

 

「教えてやる、これが本当の妙見菩薩掌だ。

 私の怒りを力に変えて、私が殴りたいと願うものを殴る能力。

 それが私の本当のスタンドだ」

 

「すたん……? な、何を言ってるんですかぁ!? 非常識ですよぉ!?」

 

その拳は、いつもの妙見菩薩掌とは桁違いの力が宿っていた。

普段の百倍……千倍……いや、一万倍にすら届く程の凄まじいエネルギーであった。

それは今まで小波が怒る度に記憶を封印し、今この瞬間に爆発させるために溜め込んできたエネルギーの暴力だ。

 

その凄まじいエネルギーが……

 

 

 

 

 

「これが私のぉ!! 怒りの拳だあああぁぁぁーーーっ!!!」

 

 

 

 

 

……その凄まじいエネルギーが加藤段蔵に振り下ろされた。

 

「うおおぉぉっ!?」

 

段蔵は咄嗟に掴んでいた姫野の身体を盾代わりにする。

あの凄まじいまでの力の奔流がその程度で防げるとはとても思わなかったが、ほんの僅かでも勢いが落ちてくれれば生還の目があると思っての行動だ。

 

「妹を盾にするなああぁぁーーっ!!」

 

だがその行動は、かえって小波の怒りを炎上させる結果になった。

 

「ひっ……あぁ、力がコイツの身体をすり抜けて……」

 

小波が放った怒りの拳は、姫野の身体だけは器用に避けて段蔵の肉体に殺到した。

 

「ぐ、ぎ……ぎあああぁぁぁーーーっ!!」

 

段蔵が叫ぶ。

妙見菩薩掌の万倍のパワーが段蔵に叩きつけられる。

その桁違いの熱量は、エネルギーは、段蔵の身体を容赦なく焼き消していく。

 

「し、死ぬ……死んでしま……がああぁぁーーっ!!」

 

段蔵は自身の肉体を限界まで絞り、硬めて耐えようとしたが、圧倒的な力の差の前に肉体は凄まじい速さで崩壊していった。

 

そして……

 

「ああ、でも……こういう死に方は、忍者っぽいかもしれませんねぇ……」

 

……そして加藤段蔵は、細胞一片すら残さず焼失し、死亡した。

 

「ぜぇ……ぜぇ……はぁ、はぁ……」

 

小波が膝から崩れ落ち、大きく肩で息をする。

普段の万倍の威力の御家流を使った割には、気力と体力の消耗は驚く程に軽かった。

 

そして小波の頭から、ぽろっと干からびた人間の指らしき物が転がり落ちる。

 

「能力行使の代償……指を一本……そうか、これが……」

 

小波がそれを拾おうとすると、干からびた指は燃え尽きた灰のようになって崩れ散った。

 

「段蔵を……やったの?」

 

姫野がよろよろとふらつきながらも立ち上がり、小波に確認する。

 

「……ただいま、姫野」

 

小波は姫野の声を聞いた瞬間、涙を溢れさせていた。

助けたかった、助けられなかった妹がここにいる。

ただそれだけが、小波にとって何よりも大きな救いだった。

 

「いや質問に答えろだし」

 

「ああ、すまない。 大丈夫だ、加藤段蔵は死んだ」

 

「ああ、そうなんだ。 何か良く分からない内に死んだけど……まあ、良いか。

 それより小波、妹がどうとか言ってたけどどういう意味だし?」

 

「決まっているだろう。 姫野は私の大事な大事な妹だって事だ」

 

「え……?」

 

いきなり奇妙な事を言われて、姫野がぎょっとしながら小波の顔を覗き込む。

 

「お姉ちゃん……確かに同じ『小波』だけど、たまたま一致しただけどばかり……

 いや、そもそも……お姉ちゃん生きてたんだ、知らなかった」

 

そんな言葉を聞いて、小波の目から涙が引いた。

 

「し、死んでると思われてた……だと……!?」

 

あえて小波の心境を文字にするならば『ガビーン!』になるだろうか。

 

「いやだって、お姉ちゃん昔からトロかったし、何の音沙汰も無かったし、

 どっかで死んでるもんだとばっかり……」

 

「む、昔からトロかったと思われていた……だと……!?」

 

小波は地味にショックを受けた。

 

「まあ小波のボケは置いておいて、これからどーするかだし」

 

「こ、小波のボケ……だと……!?」

 

小波は妹からの信頼度がマイナス方向に振り切っている事に今更ながら気がついた。

 

「頭の中を書き換えられて、殺人を禁止されてる……段蔵の言葉が正しいとすれば、

 姫野も小波もどっか気がつかない内に蘭丸の術中に陥ってたって事になるし」

 

「私達の常識が……信用できないか……」

 

小波は頑張って気を取り直した。

 

「姫野達が普通の行動だと思っている事が、異常な行動かもしれない。

 そしてそれは、おそらく蘭丸にとって相当都合の良い物だという事だし」

 

「しかし、常識を疑えと言われても、何をどう疑えば良いのか……」

 

「とりあえず戦闘はひたすら避けながら、蘭丸がいる場所を目指すべきだし」

 

「戦闘を避ける理由は?」

 

「アンタと姫野が織田の雑兵にあっさり返り討ちになったのが引っかかるし。

 常識の書き換えの内容が、戦闘に関わるものかもしれねーし」

 

「ううむ、そうだろうか……

 いや待て、私も姫野も既に織田軍の者に討ち取られているのだぞ!

 今から敵対行動を取るのは流石に拙い!」

 

「戦場の作法は、自分をイカせた相手に降伏して服従する事であって、

 相手が所属する軍団に服従する事じゃねーし」

 

「ま、まあそうだが……」

 

「つまり、ご主人様が死んじまった後は誰にも服従する必要は無い。

 好き勝手に動いて問題ねーし」

 

「それは屁理屈だろうっ!?」

 

「じゃあ姫野1人で行動するし。 小波は好きなだけ義理を果たせば良いし」

 

「うぐっ、それは……」

 

小波は迷う。

 

姫野の理屈は屁理屈に近いが、通らなくもない。

新たな主人が死亡したからと言って即座に裏切るのは気が引けるが、それと同時に姫野を守りたい、新田剣丞を助けに行きたいという気持ちもある。

 

だから小波は迷って、迷って、迷って……

 

「せ、せめて……せめて遺髪を取って、埋葬する時間はくれないか。

 このまま野ざらしというのは、忍びない……」

 

「はいはい埋葬ね、手伝ってやるから手早く済ませるし」

 

……結局、小波はこのラインで妥協する事にした。

 

こうして蘭丸とは全然関係ない復讐劇は幕を下ろした。

この戦いは蘭丸も九十郎も関与せず、関知しない事情で始まり、勝手に終わった。

この戦いにより人喰いの化け物・加藤段蔵は死亡し……服部半蔵と風魔小太郎、この時代でも有数の忍者2名にフリーハンドを与える事になった。

 

「それにしても気になるのは……何故、大江戸学園の学生服を着ていたのだろうか?」

 

そして小波は、自分の記憶を封印した人物の事を思い返していた。

 

「確か……確か名前は、天草四郎」

 


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