戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次話、第159話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第159話URL「https://syosetu.org/novel/107215/53.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第158話『グングニル』

……時は少し遡る。

 

美空と光璃が剣丞と九十郎についてあーだこーだと言い合っている時、新田剣丞は数名の護衛と共に真夜中の山道を歩いていた。

 

「(本当に……本当にこれで良いんだろうか? 本当にこれが正しいやり方なのか?)」

 

剣丞が自問自答をしながら道を行く。

剣丞が本当に何度も何度も自問自答を繰り返しながら道を行く。

護衛が持つ小さな小さな松明の明かりを頼りに、暗い暗い先の見えない道を行く。

 

剣丞の視線の先に見えるものは、闇、闇、闇だ。

 

「くぅ……すやすや……」

 

一方、森蘭丸は剣丞に背負われてぐーすかと寝息をたてていた。

 

恐るべき洗脳能力を持つ鬼子であっても、睡眠中は基本的に無防備だ。

他人の心を読み、自身に対する敵意や殺意を敏感に感知する蘭丸でも、睡眠中なら簡単に殺すことができる。

 

「(今ならきっと殺せる……殺せるけど……)」

 

当然、剣丞にはできない。

全くの無防備に、自分を信頼して身体を預けてくる相手を殺すような真似は剣丞にはできない。

 

蘭丸含めた全ての超能力者は、能力を行使する際に尋常でなく脳神経を酷使する。

遠距離から数千人もの人間を同時に洗脳するような大規模な能力行使であれば猶更だ。

 

そして酷使して傷ついた脳神経を回復させる手段は、栄養のある物を食べて休む以外には無い。

 

蘭丸は剣丞隊との戦い以降、ごく僅かな食事時間以外は全て眠って過ごしていた。

眠っている間の世話は剣丞に任せて……

 

それはまるで『殺したくなったら殺しても良い』と告げられているかのようだった。

 

「(だけどこのままじゃ……このまま進めば……この娘は美空達を洗脳する。

 戦争にやり方の認識を変えて、織田の軍勢と剣丞隊をけしかける。 そして……)」

 

剣丞隊に起きた出来事が脳裏に浮かぶ(第153話)。

自分は普通に戦っていると思い込みながら、だれかれ構わず犯し、犯され、絶頂すれば相手に絶対服従をさせられる。

人道的か、道徳的かどうかと問われれば、誰がどう考えても『NO』と答えるだろう。

 

そんな仕打ちを、これから越軍に押し付けるのだ。

美空が未来の武器を入手するのを止めるために……

 

「(きっと正しいやり方じゃない、それは分かっている。

 だけど美空のやり方じゃ戦国時代は終わらせる事は出来ても、その過程で人が死ぬ。

 間違い無く人が大勢死ぬ……何の罪も無い人が大勢大勢死ぬ。

 だけど蘭丸のやり方なら、とりあえず人が死ぬ事だけは……死ぬ事だけは……)」

 

死ぬ事だけは無い、それは正しい。

だけどそれは、戦国時代に生きる全ての人々への侮辱のような気がした。

だけどそれは、この時代で戦争に参加し、命を落とした全ての人々を嘲笑う事のような気がした。

お前の死は無駄死に、犬死になのだと否定する事のような気がした。

 

「悩んでいるのかな? 剣丞」

 

そんな思考の袋小路へ入りかけた剣丞に声がかかる。

 

美しい声だ。

 

一声聞いただけで魅了され、発情しかかるような美しい声だ。

それはついさっきまで剣丞の背中で寝息をたてていた森蘭丸の声だった。

 

「……心を読んだのか?」

 

「いいや、君が持っている剣魂は今も機能している。

 私の読心能力をしっかりと遮断してくれているよ」

 

なんでそんな事を聞いたのだろうと、剣丞は後悔した。

自分がまだ誰かの操り人形ではないと確かめたかったのだろうかと、剣丞は思った。

 

「一体誰が、俺の正気を保証してくれるって言うんだろうな」

 

剣丞はここ数日悩みに悩み、悩みまくり、時々狂気染みた感情まで覚えつつあった。

 

「う~ん……それは中々悩ましい質問だ。 もちろん、私は剣丞を洗脳していない。

 記憶も感情も常識も書き換えていない。

 だけど洗脳してなければ正気って訳じゃないだろうし、

 私以外に他人を洗脳できる能力を持ってる者がいないとも限らない。

 ああそうだ、私が嘘を言っている可能性だってあるだろう」

 

「……真面目に答えないでくれ、悲しくなってくる」

 

「私から言える事は、洗脳された者は悩まない、迷わない、考えないだ。

 そんなに険しい顔をしながら悩んで、迷って、考えている剣丞はきっと正気だよ」

 

蘭丸がニカっと笑う。

 

そのあまりに無警戒で、あまりに無邪気な笑みに、剣丞は思わず警戒心を消しそうになってしまった。

 

「……俺はお前が嫌いだ。

 他人の心を弄んでおいて、こうやって他人の心に寄り添うような素振りを見せる」

 

「そうかい、それは困ったな」

 

蘭丸は笑ったままだ。

剣丞の持つ『嫌い』という感情すらも愛おしいと感じているのだろうか。

 

「……だけど、できるだけ人が死なない方法を探し続けている所は評価してる」

 

蘭丸はちょっと照れ気味に視線を逸らす。

剣丞のような美男子から褒められるのは、人外である鬼子にとっても嬉しいものなのだ。

 

「さ、さぁ~って、そろそろ目的地に着いた頃じゃないかな。

 それじゃあ早速洗脳と行こうじゃないか」

 

若干照れ隠し気味に剣丞の背中から飛び降りると、蘭丸は精神を集中させる。

そしてできるだけ正確な越軍の数と配置を割り出そうと、一二三や夕霧にテレパシーを飛ばす。

 

「……うげ、この前逃げた忍者は行方知れずか。

 これは本隊から離れて洗脳をやり過ごして、奇襲狙いだろうな。

 一応、それなりに護衛は付けてるけれど、これは警戒しないと」

 

最初に越軍の主要メンバーの位置を割り出した所で、蘭丸がげんなりとした表情になる。

 

姫野の読みは当たっていた(155話)。

蘭丸はその気になれば一瞬で他人を洗脳できるが、逆に言えば一瞬の時間は必要になる。

蘭丸に現在位置を知られないまま接近し、一瞬の時間すら与えずに致命傷を与える事ができたなら、蘭丸の恐るべき洗脳能力を無力化する事が可能なのだ。

 

「な、なぁ……やはりこの方法はやめないか?

 いくら美空が人殺しをするのを止めるためでも、こんなやり方は……」

 

直前になって剣丞がそう声をかける。

一度は死人が出ないのならばやむを得ないと考えたが、それでも何か他の手段があるのではという思いは振り払えない。

 

「こんなやり方以外でどうやって止めるつもりだい?」

 

「そ、それは……」

 

「一応、念のためにもう一度言うけど、

 1万人近い人数をいっぺんに洗脳するのは大変なんだ。

 戦争には行きたくない、殺し合いなんてしたくない、異性と交わりたい、

 人間が原初的に持っている欲求に沿う形で思考を誘導してギリギリ可能なんだよ。

 もっと穏当で、もっと人が傷つかないやり方があるなら喜んで受け入れるけど、

 そんな方法はあるの?」

 

そう言われてしまうと、剣丞は黙るしかなくなる。

 

越軍はもうじき江戸城に辿り着いてしまう。

そうなればポータルが起動され、戦国時代と現代ニホンが繋がり、美空は現代の武器を大量に入手してしまうだろう。

そうなればもう、蘭丸でも止める事ができなくなってしまう。

 

全ての人々の生殺与奪の権が美空のものとなり、逆らうものは現代の武器で全て射殺される世の中になってしまうだろう。

 

「(美空は撃つと決めたら実際に撃つ。

 大勢の死者が出ると分かっていてもきっと撃つ。 川中島の時のように……)」

 

剣丞の脳裏に浮かぶのは、ドライゼ銃によって一方的に射殺され、次々と倒れ伏す甲軍の姿……川中島での出来事である(第128話)。

 

「美空は止まらない……言葉だけで説得はできない、放置もできない、それなら……

 それなら人が死なないこのやり方が一番……」

 

「まあ、一番で無くとも比較的マシ、それで良いじゃないか。

 もしかしたらもっと良い方法もあるのかもしれないが、

 今の私達にそれを探し続ける時間は無い」

 

「そう……だな……ああそうだ。 すまなかった、俺はもう迷わない。 美空を止めよう」

 

剣丞が胸中にあった迷いを振り払う。

『それでも』『それならば』『だがしかし』色々な言葉が頭をよぎるが、剣丞はそれらを心に作る棚にしまい込んだ。

 

そして蘭丸はさぁやるぞと気合を入れ、越軍全体に戦争の常識を書き換えるサイキックウェーブを送ろうと精神を集中させ……

 

「やられたっ!?」

 

……と、叫んだ。

 

「何かあったのか!?」

 

「数が多い! 数が多いんだよ! 何度数え直しても事前の情報よりも数が多い!!」

 

「か、数が多いだって?」

 

剣丞の目の前で蘭丸が頭を抱える。

 

「良いかい剣丞、越軍は出発時点でおおよそ八千人、

 駿河で鬼の大群と戦って数を減らし、今は六千から七千くらいの筈なんだよ!」

 

「それが今日急に増えていたのか?」

 

「そうだよ! 八千……いやもっといるな、九千に近いかもしれない!

 ああもう一体どんな手品でこんなに兵隊を集め……あ、集め……」

 

その時、蘭丸が絶句する。

事前に洗脳して越軍の動きを知らせる役目をさせている一二三からテレパシーを受け取ったのだ。

 

「くそ、そういう事か……なんて事だ、ずっと寝ていたから気づけなかった……

 ああしまった、やっぱり服部半蔵を逃がしたのは失態だった。

 あれが無ければこんな事にはならなかったのに……」

 

超能力の使用は脳神経を過剰に酷使する。

回復のためには栄養のある物を食べて寝る以外の方法が無い。

蘭丸がここ数日、僅かな食事の時間以外ずっと眠り続けたのは確かに合理的であったが、越軍の行動が殆ど分からなくなるというデメリットに気づけていなかったのだ。

 

「蘭丸、一体何が起こっているんだ?」

 

「私が寝ている間に越軍の数が急に増えた。 だけど増えたのは兵隊じゃない。

 鬼が出たから避難していた領民だ、要するに普通の人達だ。

 美空が砂金と食料をばら撒いて近くに避難していた領民を急速に呼び集めたんだ」

 

「そんな、普通の人を集めただって!?」

 

思わぬ事態に剣丞が衝撃を受ける。

この世に存在するありとあらゆる超能力者は、超能力を使えば使う程気力と体力を消耗し、脳神経に負担をかける。

大規模で、強力な超能力を行使する程、使い手は重篤な状態になる。

 

美空は何も知らない普通の人々を盾代わりに使い、蘭丸を少しでも消耗させる作戦に出たのだ。

 

「悪魔の発想だ……普通思いつくか!? いや、思いついても実行に移すか!?

 美空! お前は本当に人の心が無いのか!?」

 

剣丞の叫びが虚空に消える。

無関係な人を意図的に巻き込む行動に対し、怒りに震えていた。

 

「駄目だ……領民の仮小屋と越軍の陣幕が複雑に混じりあってる……

 どう頑張っても洗脳にも戦闘にも巻き込むぞ……」

 

蘭丸は愕然としている。

越軍が中途半端に洗脳すれば、洗脳された者とされてない者とで大混乱になり、大量に死人が出る上、一歩間違えればそのまま負けかねない。

越軍と領民の全員を洗脳せざるを得ないが、そうすれば想定よりも消耗した状態で剣魂によって洗脳を免れた者達から身を守らなければならなくなる。

 

「進めば地獄、しかし戻れば越軍が江戸城に辿り着いて勝ち目が無くなる……

 やるしか……ええい、やるしかないっ!!」

 

「待て! ちょっと待ってくれ!

 たった今無関係な人を巻き込むと言っていたじゃないか!」

 

「私だってやりたくない!! だけど他にどんな方法があるって言うんだ!?

 これ以上あっちに時間を与えたら、次はどんな手段を取ってくるか分からない!!」

 

「くぅ……小波、俺が君に逃げろと言ったから……

 九十郎に何が起きたかを伝えろと言ったから、こんな事になったのか……」

 

かつて蘭丸に捕らえられ、最後の命令として剣丞は小波を逃がした(第154話)。

それが無ければ、越軍は蘭丸達の接近に気づかず、準備や対策を立てる前に戦いを始められたのだ。

 

剣丞はほんの数日前の自身の行動を呪いって悔やんだがもう遅い。

剣丞と蘭丸は無関係な人々を巻き込み、越軍ごと淫らなで不健全な戦闘を強いて、おそらく蘭丸を殺すために準備をしている剣魂持ちの猛者達から身を守らなければならなくなったのだ。

 

「……やってくれ、蘭丸」

 

剣丞は震える手を握り締め、絞り出すようにそう告げた。

 

「もう本当に覚悟を決めた、もう本当に俺は迷わない。 美空を止めよう。

 こんな事……こんな事絶対に許しちゃいけない!!」

 

剣丞の目には明らかな戦意があった。

こんな横暴は許せないという純粋な怒りがあった。

 

蘭丸は静かに目を閉じると、大きく息を吸い……

 

「い・く・ぞおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

……渾身の力を込めて吼えた。

 

そしてその直後、越軍と領民に対し強烈なサイキックウェーブが放たれた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「それじゃあ犬子、柘榴、行ってくる」

 

越軍全体が慌ただしく戦闘準備を行う中で、九十郎が犬子と柘榴に声をかける。

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「ポータルの防衛は柘榴達でキッチリやっとくっすよ」

 

犬子と柘榴は既に戦闘態勢を整えて九十郎を見送る。

だがその姿は戦国時代においてハッキリ言って異様なものだ。

 

まず武器を持っていない。

刀も、槍も、弓矢も、鉄砲も、脇差すら持っていない。

 

そして鎧を着ていない。

胴丸、肩当、小手、兜、身を守るための装備が一切無く、脱ごうと思えばすぐに脱げる薄着の服を着ているだけだ。

 

既に犬子も、柘榴も、そして周囲で戦闘準備をする越軍の全員が蘭丸により洗脳され、戦闘行為に関する常識を書き換えられている。

戦闘=セックスという非常識を植え付けられているのだ。

 

もうじき織田軍がポータルを奪うためにこの場所に押し寄せるだろう。

おそらく織田軍は今の犬子達と同じように、戦闘=セックスと常識を書き換えられているだろう。

それはつまり……九十郎は首を大きく横に振り、その先の想像を振り払った。

 

「竹中半兵衛から受け取った袋、ちゃんと持ってるな?」

 

「大丈夫、大丈夫、無くしたりしてないよ」

 

「何書いてるか知らねぇが、戦いが始まったらすぐ開けよ、忘れんなよ」

 

「心得ているっすよ、九十郎」

 

「九十郎こそ気をつけてね、途中でヤられちゃ駄目だからね」

 

『ヤられる』とはつまり、敵軍の女性と性交し、先に絶頂するという事だ。

蘭丸によって書き換えられた常識に照らせば、性交中に先に絶頂した者は、その時に相手に絶対服従しなければならない。

 

犬子も柘榴も、九十郎が今から織田軍の女達とセックスをしに行くのだと思い込んでいる。

それを当然と思っている。

自分達の夫が見知らぬ女と交合する事を当然の事と受け入れ、何の違和感も覚えていない。

 

九十郎は吐き気がした。

 

本当はこんな状態の犬子や柘榴を置いて行きたくはなかった。

本当は2人の頭を揺さぶって正気に戻れと叫びたかった。

 

だがしかし、今の九十郎には時間が無い。

 

「(剣魂の内蔵センサーが蘭丸のサイキックウェーブの痕跡を捉えている。

 今なら蘭丸の位置が分かる。 だが急がねぇと痕跡が消える。

 蘭丸が行方を眩ませたらこっちは負け確だ)」

 

そう……今の九十郎にはとにかく時間が無いのだ。

 

「犬子、柘榴、愛してる。 この先何があっても、俺はお前達を愛し続ける」

 

九十郎は犬子と柘榴をぎゅっと抱きしめた。

 

「もう、急に何言ってるのさ。 犬子も愛してるよ」

 

「柘榴だって、九十郎を心の底から愛してるっす」

 

犬子と柘榴が九十郎の無駄にデカい身体を抱きしめて愛を囁く。

 

犬子と柘榴を救うためには、彼女らを洗脳した蘭丸を殺す以外に無い。

九十郎は強い強い殺意を胸に、犬子と柘榴から離れた。

 

そして……

 

「吉音ぇ! 新戸ぉ! 準備は良いかぁっ!!」

 

サイドカーの側車部分に吉音と新戸が待機している。

光璃がこの世界に自身やポータル等を運ぶために使った九十郎の愛車である(第141話)。

 

駿河での戦いの時(第149話)と同じように、戦国時代では破格の速度をもって蘭丸の居場所へ突入し、速攻で戦いを終わらせる作戦。

さらに今回は比較的小柄な吉音と新戸を側車部分に無理矢理押し込み、突入後の戦闘能力を向上させるオマケつきだ。

 

「準備完了だ!」

 

「ぐぅ……すやすや……うみゅ~、もう食べられないよぉ……」

 

新戸は気合十分、吉音は寝ていた。

九十郎はとりあえず吉音の顔面を引っ叩いた。

 

「わぎゃ!? い、痛い……もぅ、何すんのさ!?」

 

「嫁の貞操が懸かってんだよ!! 真面目にやれっ!!」

 

「九十郎の身支度が長いんだよ! 真夜中に叩き起こされたこっちの身にもなってよ!」

 

「これでも目一杯急いだ! 待ってる間、暇だからって寝るな!

 てかお前よく見たらパジャマじゃねーか!?」

 

「え、とにかく急げって言ってなかった?」

 

「今からバイクでカッ飛ばすって教えただろっ! んな格好じゃ凍えるぞ馬鹿っ!」

 

「あれ、そうだっけ? ごめんごめん、じゃあちょっと着替えてくるから……」

 

「もう待てんっ! 行くぞっ!」

 

九十郎はサイドカーの本体部分に素早く乗り込んでエンジンを吹かす。

ついさっきまで犬子達と会うために吉音を待たせていた事は無視である。

 

だからお前は九十郎なのだ。

 

「予想される蘭丸の位置は……うげっ、ガソリン量がギリギリだな。

 吉音、新戸、途中でガス欠したら自力で走るぞ、良いな?」

 

「走るのは苦手だが……やむを得ないな」

 

「大丈夫、そうなったらあたしが新戸ちゃんを背負って走るから!」

 

「ありがとよ!」

 

九十郎がサイドカーを発進させた。

戦国時代には似つかわしくないガソリンエンジンの音と共に、凄まじい勢いで鉄の車が荒野を駆ける。

 

「行っけぇ! 九十郎号ぉっ!!」

 

「ア〇パンマン号みてぇに言うなよ!」

 

爆音轟かせ、鉄の車が突き進む。

戦国時代における常識とかけ離れた超スピードで突き進む。

 

「距離算出……良し、がどんどん縮まってる。

 保てよガソリン、保てよ俺の愛車ぁっ!!」

 

左目に装着したDゲイザー(片眼鏡型デバイス)が九十郎に蘭丸の位置を伝え続ける。

蘭丸は最初に超能力を行使した場所から少しずつ移動しているが、全開でカッ飛ばす九十郎のサイドカーよりもずっと遅い速度だ。

 

洗脳能力を行使する前に越軍に見つかる訳にはいけないと、織田の本体からやや離れた位置にいたのも幸いし、途中の妨害も殆ど無い。

 

これなら行ける。

これなら追いつける。

九十郎の心にちょっとした楽観が芽生え始めたその時……

 

「九十郎! 前方から何か来るよ!」

 

吉音が叫ぶ。

ほぼ同時に九十郎の視界に複数名の人影が映る。

 

「あれは……あれ、誰だ? 前に見た事があるような……」

 

奇妙な事に、九十郎達の前に現れた団体は、全てが同じ顔、同じ背丈、同じ体格、同じ髪の色をしていた。

まるでクローン人間でも見ているかのようだった。

 

「あれはエーリカ……

 明智光秀とルイス・フロイスの魂を混ぜ合わせて作られたエインヘルヤル。

 オーディンの手駒……まだあんなに数がいたのか」

 

新戸は折を見てちまちまと、ぷちぷちと念入りに潰し続けていたオーディンの手駒がここまで残っていた事に軽く驚愕する(第136話)。

 

「数はどうだ!? 何人いるんだっ!?」

 

吉音がDゲイザーを操作して剣魂の内部センサーからの情報を照合する。

 

「ちょっと待って、12……じゃない、13人! 全部で13人もいるよ!」

 

「クソがよっ!! だがどっちみち迂回すりゃガス欠だ!

 突っ切るぞ吉音! 新戸! てめーら腹括れぇっ!!」

 

九十郎はサイドカーの速度と重量で突っ切ると決断し、残り少ないガソリンを派手に燃やして最大速度でエーリカ達の団体に突っ込んだ。

 

しかし、エーリカ達は生気の無い瞳で九十郎達を見つめ、腰に帯びた短剣を引き抜き……

 

「消去」「消去する」「殺す」「殺害せよ」「生贄魔法」「召喚」「命はいらぬ」「全てが礎」「我らは贄」「贄」「正しい犠牲」「全ての世界の存続のために」

 

全員同時に何か奇妙な呪文を呟き、直後に自らの喉を長剣で刺し貫いた。

 

「なにっ!?」

 

「じさ……じ、自殺した!?」

 

吉音と九十郎が思わず大きく目を見開いた。

全く同じ顔の人間が、全く同じ動作で、全く同時に自害する光景は数々の修羅場を潜りぬけてきた彼らにとっても予想外の光景だ。

 

直後13の……ではなく、12の遺骸から流れ出た血が空中に浮かび、巨大な魔方陣へと姿を変える。

 

「拙い! アドバンス召喚だ! 怪物が出て来るぞぉっ!!」

 

ただ1人状況を即座に、正確に理解した新戸がそう叫ぶ。

 

「怪物って!?」

 

「怪物でも妖怪でも怪獣でも何でも良い! 凄まじい戦闘能力の怪生物が出てくる!

 あの魔方陣はオーディンがこっちの世界に干渉するための門だ!」

 

「良く分からないけど、やっつければ良いんだね!」

 

吉音がサイドカーから身を乗り出して、剣を抜く。

剣魂は元々北条早雲がオーディンと戦う為に作った武器だ(第119話)。

普通の生き物が相手ではタダの鈍器だが、神話上の精霊や怪物が相手であれば凄まじいばかりの切れ味となる。

 

「馬鹿、時間がねーって言ってるだろ! 無視して突っ切るぞ!」

 

「13……いや、12人分のエインヘルヤルを生贄に捧げた、

 相当難儀なヤツが出て来るぞ……まず間違いなくバイクよりも素早いヤツだ……」

 

「チクショウここで足止めかよっ!! 吉音、ガトリング砲を出せ!」

 

「え? 新戸ちゃんを乗せるスペース作るから、外しちゃってるよ」

 

「ハイそうでしたぁっ!! 外したの俺でしたぁっ!! すっかり忘れてましたぁっ!!」

 

「来るぞ遊馬っ!!」

 

「遊馬じゃねぇよ! Dゲイザー付けてるけどよ!」

 

「やってる場合かっ!!」

 

サイドカーが止まり、吉音が、新戸が、そして九十郎が臨戦態勢に入る。

そして空中に浮かぶ巨大な血の魔方陣がギラギラと妖しく輝き、巨大怪獣……ではなく、一本の古びた槍へと姿を変えた。

 

「……あれが怪物?」

 

「……ひとくいサーベルじゃないかな?」

 

思っていたのと違い、吉音と九十郎が首を傾げる。

 

「グ、グングニル……だと……」

 

ほぼ同時に、新戸が脂汗と共に青褪めた。

幾多の並行世界の虎松達がアレによって葬られた。

放てば必中、回避も防御も不可能なオーディンの切り札こそがグングニルなのだ。

 

「(馬鹿な!? たった12人の生贄で使える代物では……いやそれよりも……)」

 

新戸が焦る。

 

吉音も九十郎もグングニルの危険性を全く知らない。

そしてそれを伝える時間は無い。

 

「逃げろおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

新戸が叫ぶ。

同時に新戸の肉体が鬼のものに変化する。

人間に擬態した姿を捨て、超能力行使に特化した彼女本来に戻ったのだ。

 

直後、空中に浮かぶグングニルが裂けるチーズかカニ風味かまぼこのように枝分かれし、2本の槍となり……うち1本が凄まじい速度で新戸に向かって飛び出した。

 

「ト・マ・レエエエェェェーーーッ!!」

 

新戸が全力の念動力で槍を止める。

銃弾のような……いや、超音速ミサイルのような速度で進む槍が空中で止まる。

 

「(止まった……だと……? 本物のグングニルでは無いのか?

 本物ならたった12人の生贄で召喚は無理だ!

 オレ程度の念力で抵抗するのも無理だ!)」

 

新戸が僅かな希望を見出すと、さらに強く脳神経を酷使して、全身のエネルギーを振り絞り、さらに強力な念動力を行使する。

 

だがしかし……

 

「トマレ……トマレッ! トマレッ! トマレッ! トマレェッ!!」

 

……だがしかし、例え本物でなくとも、例え何重にも劣化した模造品であっても、12人ものエインヘルヤルを切り捨ててまで召喚した武器がそう容易いものではない。

 

「グガアアアァァァーーーッ!!」

 

たった数秒で全ての生命エネルギーを使い果たす程に念力を振り絞る。

そうしなければ一瞬で模造グングニルに刺し貫かれてしまう。

 

そして新戸は……全ての力を使い果たした。

 

「新戸ちゃん!?」

 

「なにやってんだ馬鹿っ! 早く逃げろよっ!!」

 

吉音も、九十郎も助ける事ができないまま……模造グングニルは新戸の心臓を寸分違わず刺し貫き、身体の内側から爆発した。

 

「く……ぁ……」

 

吉音と九十郎の目の前で、井伊直政・通称新戸はバラバラの肉片となり絶命した。

 


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