戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と柘榴と一二三と九十郎第157話『開戦』

 

小波と姫野が越軍の陣屋に駆け込んで来た日から数日後の真夜中。

美空と光璃は蘭丸の襲撃への備えとして、同時に蘭丸戦後の江戸城攻略のため、駿河の鬼との戦いで傷ついた軍の再編を急いでいた。

 

恐るべき洗脳能力を有する鬼子・蘭丸と、蘭丸に洗脳されて手駒となった織田軍の動向を掴もうと何度か物見を放っているが、戻って来るのは『織田軍は見つかりませんでした』という報告ばかり。

本当に見つからないのか、実は別方向に進んでいるのか、それとも物見が洗脳されて嘘の報告をさせているのか……先の見えない状況に美空は苛立ちつつあった。

 

そんな時の事だ……

 

「……そういえば、アンタ剣丞とどうする気なの?」

 

書類仕事の手を一時止めて、美空が光璃にそう声をかける。

移り気で根気の無い美空に集中力の限界が来たのだ。

 

「どう……とは?」

 

「どうって、アンタも新田剣丞お嫁さんだったんでしょ?

 離縁したって話も聞かないから、今でも……」

 

「武田晴信は死んだ、もういない。

 今の私は大江戸学園甲級二年は組の武田光璃、それ以上でもそれ以下でもない」

 

「んん? 要するに別人って事?

 でも武田晴信だった記憶があって、自覚もあって、見た目もそっくりじゃない」

 

「そんな事は無い、今の光璃は〇7歳、スキンケアも欠かさないピチピチたまご肌。

 スキンケアの『ス』の字も知らない40歳のズタボロ肌とは訳が違う」

 

何かあてつけのようなセリフに、美空は思わずイラッとした。

 

「やっかましいっ!! ええそうよこちとら今年で30歳よ!

 若い頃程跳んだり跳ねたりできないし、

 すぐ息切れするし肌の手触りも年々悪くなってるわよ!」

 

「くくく……棚ボタ、圧倒的棚ボタ……望外の幸運、人類の夢、若返り……」

 

光璃が自慢げに胸を張った。

意外と豊満でハリのある乳房が美空の目の前でプルンと跳ねる。

 

「そうじゃなくて、こう……心情を聞きたいのよ」

 

「NDK? NDK?」

 

「言葉の意味は分からないけど多分違うわ」

 

「ショボーン(´・ω・`)」

 

「妙な顔芸ではぐらかさないの。 良いからちゃっちゃと吐きなさい。

 剣丞の目の前で九十郎に抱き着いてキスしたって、雫から聞いてるのよ(第144話)。

 何考えてるのアンタ? 生きてた頃は剣丞とは決して険悪では無かった……

 いえ、むしろ懇ろな間柄だったと聞いてるわよ。 なのに今の貴女はむしろ……」

 

「……それ以上は言わなくて良い」

 

光璃が美空の言葉を遮った。

美空は一瞬だけ怯むが、すぐに光璃を睨み返して喋り続ける。

 

「茶化さないで答えなさい。 貴女は新田剣丞をどう思っているの?

 剣丞をどうしたいの? 剣丞とどんな関係になりたいの?」

 

さらに美空が光璃に詰め寄る。

他人のデリケートな場所に土足で踏み込むかのような態度に光璃がむっとした表情になる。

だがしかし、美空は一切退く気が無い様子だった。

 

そのまま何十秒か睨めっこのように不機嫌な表情で睨み合う。

 

「……答える必要は無い。 と、言ったら?」

 

「そりゃあ拷問してでもなんて言う気は無いわよ、流石に。 でもね……」

 

「でも?」

 

「私はね、不本意ながら、物凄くものすっごく不本意ながら、

 一応は剣丞の嫁の1人って事になってる。 それは知ってるわよね?」

 

「まだ離婚していなかった?」

 

光璃が意外そうな顔をした。

 

「言われなくてもそうするつもりよ。

 いずれ時期を見て、何かしら適当な理由をつけて、理由が無ければでっち上げてでも。

 今の所越後からの無断外出位しか理由らしい理由が無いから思い留まっているけれど」

 

「判例上、別居期間が5年を越えた辺りから裁判所は婚姻関係の破綻を認定しやすい」

 

「それ、九十郎のいた世界の話?」

 

「民法第770条、夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、

 離婚の訴えを提起することができる。 一つ、配偶者に不貞な行為があったとき。

 二つ、配偶者から悪意で遺棄されたとき。

 三つ、配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

 四つ、 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

 そして五つ、その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」

 

「離婚の訴えって……? 誰かに離婚させてくれって頼みに行かないといけないの?」

 

「離婚できる、できないを判断する専門機関がある」

 

「きかん……良く分からないしあんまり知りたくないけど、やな連中ねそれ」

 

「かもしれない」

 

なお、当然ながら光璃は家庭裁判所に関わった事は無い。

現代ニホンにおいては光璃と剣丞は婚姻関係はなく、仮に離婚の訴えを起こしても前提事実が存在しないため却下(民事訴訟法140条)されるだろう。

光璃が民法の離婚の条件を暗記してるのは、暇な時に気になって調べたからだ。

 

「まあとにかく、私は今現在新田剣丞の嫁って立場なのよ、一応は。

 貴女だって本来はそうでしょ。 なのに九十郎が好きだって、

 よりにもよって剣丞の目の前で宣言してキスまでしたって、雫も混乱してたのよ」

 

「2人の後継者候補を戦わせた時に、

 公衆の面前で九十郎が好きだと叫んだと報告を受けている」

 

「……うぐ、また随分と細かい所まで調べてるのね」

 

割と痛いところを衝かれ(第76話)、美空が思わず言葉を詰まらせる。

 

「高々既婚者になった程度の障害で、長尾景虎が欲しい物を諦めるとはとても思えない。

 光璃は武田信玄、長尾景虎と戦った経験だけは他の誰よりも多いと断言できる。

 だからこそ分かる。 貴女は今でもなお、斎藤九十郎の事を愛している……違う?」

 

図星を衝かれ、美空は自身の心臓が鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えた。

 

「ちが……ち、ちが……ああもうっ! 違わないわよ!

 ホントに腹立つ奴よねアンタって!!」

 

美空が顔を耳まで真っ赤にしながらそっぽを向いた。

その態度で美空が九十郎をどう思っているのかは明白だろう。

 

「私はちょっとした成り行きと言うか、交渉の結果と言うか、

 後先考えない大言壮語のツケを支払う羽目になったと言うか、

 まあとにかく、剣丞と愛し合った結果で夫婦になった訳じゃないわ。

 でも貴女は違う……そうよね?」

 

今度は光璃の方が痛いところを衝かれる番だ。

 

「愛してた……それは否定できない」

 

「愛してたねぇ、それはどういう心境の変化なの?」

 

「………………」

 

光璃は無言になる。

無論、答える必要は無いと突っぱねる事はできた。

 

できたが……長尾景虎は戦国時代における自身の最大最強の敵、戦国時代の自分を殺害した憎いアンチクショウだ。

 

そんな憎いアンチクショウが、自身と同じ男性を愛し、新田剣丞の妻という自身に類似する立場に置かれている事に、光璃は奇妙な運命を感じずにはいられない。

 

「愛してた、光璃は新田剣丞を確かに愛していた。 だけど17年……17年が経った。

 その17年で新しい出会いが沢山あった、ドロドロとした殺し合いの日々は無く、

 キラキラと光り輝く青春の時間があった。

 そして……17年の間に、光璃が剣丞の事を思い出す時間はどんどん減っていった。

 そしてある時、光璃は……自分が九十郎の事を愛している事に気がついた」

 

「考えてみたら意外とモテる奴よねアイツ、筋肉達磨のブ男の癖に」

 

「一般受けはしない顔、だけど慣れれば愛嬌のある顔」

 

「ふふ、強烈に印象に残る顔ではあるわね」

 

「光璃は九十郎を愛している事に気がついた。

 気づいてすぐに九十郎に愛していますと伝えるのは、剣丞に悪いような気がした。

 剣丞は大勢いる妻の1人としてではあったけれど、光璃を本気で愛そうとしていた。

 剣丞には何の落ち度も無い。 だけどそうして迷っている内に……九十郎が死んだ」

 

九十郎が命を落とした日の事は今でも鮮烈に記憶している(第27話)。

後で徳河早雲がナノマシン技術を悪用して起こした殺人であり、同時に九十郎の魂を戦国時代に送り出す陰謀であった事が判明したが、当時は嘆き、悲しみ、取り乱し、食事さえ喉を通らない状態になっていた。

 

当時の事を思い出すと、今でもなお早雲への怒りと憎しみで気が狂いそうになる。

 

「光璃は泣いた、そして強く強く後悔した……

 こんな事になるのなら、もっと早く九十郎に愛していると伝えれば良かったと」

 

「だからこっちの世界にまで追いかけに来たの?」

 

「……それもある」

 

光璃はその時、どこか怯えたような様子で空を見上げた。

 

「それもある、けれど……最大の理由は、怖かったから」

 

「怖かった? 何が怖かったのよ?」

 

美空がなんのこっちゃと首を傾げる。

 

「九十郎が戦国時代で……

 精確に言えば、戦国時代に酷似した異世界に生まれ変わり、生きていると知った時、

 光璃は嬉しいと思うより先に、恐怖を覚えた」

 

「だから何が怖かったのよ?」

 

「光璃は17年で愛する男性の事を忘れて、他の男性を愛するようになった。

 17年……たった17年で……それと同じ事が九十郎にも起きるかもしれないと思った。

 もしも次に会った時、九十郎が光璃の事を忘れていたら、

 もしも見知らぬ他人と同じように見られたら、きっと光璃は気が狂ってしまう、

 きっと光璃は頭がおかしくなって心が壊れてしまう……そう思った」

 

「何言ってるのよ、九十郎は貴女の事、全然忘れちゃいなかったわよ」

 

美空は九十郎が戦闘中に信虎に斬りかかって来た事を思い出す(第131話)。

あの時は何の確証も無い状態で、『光璃かもしれない』程度の認識だというのに、少しも躊躇せずに味方に凶刃を振るうのが斎藤九十郎という男である。

 

だからこそ美空には分かる、それが男女間の愛情なのかどうかはともかく、九十郎は今でもなお光璃の事を大切に大切に想っているのだと。

 

「(私が危うい時も、全部を投げ出してでも助けに来てくれるのかしらね……

 あーあ、ちょっと嫉妬しちゃうわね)」

 

絶対に口には出さないが、美空は心の中で光璃を羨んでいた。

 

「九十郎は変わっていなかった。 今も変わらず光璃に暖かい目を向けてくれた。

 今も変わらず優しく抱きしめてくれた。

 『愛してる』と伝えても拒絶はしなかった……できれば抱き返してほしかったけれど」

 

「あら、とっくの昔にくんずほぐれつだと思ってたけど、

 まだえっちな事はしてなかったの?」

 

「……残念ながら」

 

美空は光璃の目の前でガッツポーズをして、光璃はそんな好敵手の態度に舌打ちをした。

 

「じゃあ最初の質問に戻るけど、アンタ剣丞の事はどうする気なの?」

 

「それは……」

 

光璃は再び言い淀む。

光璃が何かを言いかけ、口を閉ざす。

 

何か奥歯に引っかかったかのような態度に、美空はやれやれと頭を押さえた。

 

「……分かってると思うけれど、次の戦いは容易なものじゃない。

 そんな煮え切らない態度で後悔しても知らないわよ」

 

美空が頭を押さえながらそう告げる。

 

「蘭丸が剣丞隊を蹂躙した時と同じ戦法を使うかどうか分からないけれど、

 もし使ってきたら酷い事になるわね。

 私以外のほぼ全員が望まない相手を抱いて、抱かれて、犯して、犯されて……」

 

「勝てばそれで良い、勝利のために何かを喪う事自体は戦国時代に……

 現代ニホンにおいてもままある事、珍しくも何とも無い。

 喪うものが人命、名声、金子ではなく、大勢の人間の貞操に置き換わっただけ」

 

光璃は当然の事だとばかりにそう告げる。

非常で、冷酷で、残忍な言葉ではあるが、それは確かに武田信玄の本心からの言葉である。

 

「後で色んなとこから恨み言をいわれそうね」

 

「俺じゃない。 あいつらじゃないの? 知らない。 済んだこと」

 

「あれ、まさかとは思うけど全責任を私に押し付ける気?」

 

「責任者は貴女、光璃ではない」

 

美空は『さっきの仕返しかコンニャロウ』とばかりに苦虫を噛み潰したような顔になり、光璃は意地悪な笑みを浮かべた。

 

「でも問題は……あまり考えたくない事だけれど、負ける……負けるかもしれない……

 ええ、この際だから率直に言わせてもらう。

 この戦いは全力で挑んでもなお相当不利な戦いになるわ」

 

『負ける』という言葉を口にした瞬間、光璃の顔から笑みが消えた。

 

「本当は剣魂っていう洗脳を防御する武器をもう何十本か入手してから戦いたかった。

 そうじゃなきゃ軍団を丸ごと洗脳してくる相手と戦うなんて絶対にやりたくない。

 一応考えられるだけの対策は取っているけれど、それでも……

 それでも、勝てるとは断言できない。 もし負けたら、私達も剣丞隊のように……」

 

蘭丸との戦いで剣丞隊がどうなったかは、小波と姫野から報告されている(第153話)。

戦闘=セックスだと思い込まされ、何の疑問も抱かずに見知らぬ男に股を開き、

自分をイカせた男に完全服従する羽目になるだろう。

 

それを想像するだけで、美空も光璃も吐き気と寒気で身震いする。

何より恐ろしいのは頭の中を書き換えられ、それを恐怖だと感じれなくなってしまう事だ。

 

「それでも私は戦う、他人の頭の中身を好きに覗き込んで、

 好きに弄るような奴に頭を下げて慈悲を乞うなんて絶対に嫌。

 そんな事をする位ならいっそ死んだ方がマシよ」

 

「それに関しては光璃も同じ。 それがどれだけ素晴らしい考えなのだとしても、

 他人を洗脳して自身の意見押し通そうとする者に賛同はできない。

 例えどれだけ愚かな考えであっても、だれかに強要された思想に比べれば、

 それが自身の心の内側から染み出たものであるならば万倍マシだと光璃は思う」

 

「でも本当はね、蘭丸が来る前に九十郎に抱いてもらおうかとも考えていたのよ。

 勝ったけれどもハジメテは誰か別の男に捧げた後でしたなんて事になったら、

 きっと後悔するから……」

 

「……そうしなかった理由は?」

 

「それは単純に忙しかったのよ。

 やるべき事が山積みでとてもそんな時間を作れなかったわ……」

 

「m9(^Д^)プギャーwww」

 

「言葉の意味は分からないけど超腹立つわねその顔ぉっ!!

 そう言うアンタはどうなのよ!?

 九十郎とキスしたって聞いたけど、その先には進んでるの!?」

 

美空からの反撃に、光璃の顔から笑みが消えた。

 

「まだ何も……」

 

「ほら見なさいよ!

 他人の顔を指さしてゲラゲラ笑ってるアンタも私とたいして変わらないじゃないの!」

 

「それは……剣丞が……」

 

「剣丞?」

 

「剣丞が美男子だったから、光璃のおぼろげな記憶の中の剣丞よりもずっとずっと」

 

「まあ、顔が整っているのはそうよね……って、アンタまさか!?」

 

「光璃はかつて、確かに新田剣丞を愛していた。

 それは17年の時間の中で色褪せて、忘れ去って、自分の中で折り合いをつけて、

 決着をつけていた筈だった。 筈だった……なのに……」

 

「まさかとは思うけれど、アンタ剣丞に惚れ直したなんて言わないわよね?」

 

そう尋ねられて、光璃は即答できなかった。

顔をしかめ、眉をしかめ、肩を強張らせてワナワナと震え、奥歯を噛み締めて……ようやく次の言葉を口にする。

 

「そうは言わない……言わないけれど……剣丞の顔を見たとき、剣丞の声を聞いた時、

 猛烈に嫌な予感がしたのは確か。 だから……だから光璃は怖くなって……

 17年の歳月の中で剣丞を捨てて、自分に優しくしてくれた九十郎に乗り換えて、

 また剣丞に戻るなんて事になれば……

 あまりにも……あまりにも破廉恥で、あまりにも惨めで、あまりにも悲しくて……」

 

「m9(^Д^)プギャーwww」

 

美空の顔面を光璃のスタンドがぶん殴った。

 

「何で殴るのよ!? さっきアンタも私を指さして笑ったじゃないの!?」

 

「他人が真面目に悩んでいるのを嘲笑うな」

 

「率直に言って超笑えるわ」

 

再び美空の顔面を光璃のスタンドがぶん殴った。

 

「二度もぶった! 親父にもぶたれたことないのに!」

 

「おお、流れるようなガ〇ダムネタ……」

 

忘れている方もいるかもしれないが長尾美空景虎は生まれも育ちも戦国時代である。

 

「まあ要するに、また剣丞が好きになりそうで困ったって事ね。

 良いじゃない、自分の心に正直になってそのまま剣丞のトコに行きなさいよ」

 

三度美空の顔面を光璃のスタンドが……ぶん殴る寸前に美空の御家流で呼び出された毘沙門天がガードした。

 

「私闘に毘沙門天を呼びつけるとはバチ当たり」

 

「アンタだって武田の祖霊を気安く呼びつけるんじゃないわよ! それも3回も!

 見なさい、おでこにタンコブできてんのよこっちは!」

 

美空と光璃がぐぬぬっと歯噛みをしながら睨み合う。

 

「……ねえ、やめない? こんな時にいがみ合うのは時間と体力の無駄よ」

 

「……同感、光璃達には時間が無い。 蘭丸と接触する前にできる事はまだある」

 

美空と光璃がやれやれとため息をつきつつ、書類仕事に戻る。

時刻は早朝、東の空が多少白み始めた頃。

『また睡眠不足になるなぁ』と考えつつ美空はその日も仕事に忙殺されて……

 

 

 

 

 

……いくかと思われたその時、光璃の剣魂から警報音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

「三・昧・耶・曼荼羅あああぁぁぁーーーっ!!」

 

次の瞬間、美空の周囲に暴風が吹き荒れる。

まるでナパーム段が直撃したかのような熱量と重圧。

それは美空が自身の御家流・三昧耶曼荼羅を自分の脳天に叩き込んだ余波である。

 

三昧耶曼荼羅の応用版『神降ろし』。

自身が洗脳や催眠を喰らった瞬間、脊髄反射的に自分自身に三昧耶曼荼羅を撃つように訓練した。

その原理は一言で説明すれば洗脳の上書きである。

 

「え……? あれ? 神降ろしが発現した!?

 って事は誰かが私に洗脳か催眠の能力を使ったって事!?」

 

突然の異常事態に美空が驚き慌てる。

神降ろしの発動はあくまで条件反射、脊髄反射的な行動であり、洗脳を意識・認識しての行動ではないからだ。

 

「剣魂がテレパシーに似たサイキックウェーブを感知してブロックした。

 パターン解析……間違いない、遠隔地からの洗脳。 それもかなり強力かつ広範囲」

 

「って事は……」

 

「まず間違いなく……」

 

「「森蘭丸が近いっ!!」」

 

美空と光璃の見解が一致する。

そして蘭丸が近いとすればグズグズはしていられないという認識も即座に一致する。

 

「光璃は今すぐ九十郎達を起こして! 私はポータルの防御を指示してくるわ!

 どうせ洗脳されてるだろうけど時間稼ぎくらいはできるでしょ!」

 

「洗脳の内容が戦闘行為に関する常識の書き換えとは限らない、警戒して」

 

「分かってるわ、万が一味方が襲ってきたらそのまま戻る」

 

そう言うと美空はポータルの保管場所へ、光璃は九十郎達の待機場所へと駆け出した。

蘭丸が近くまで来ているという事は、ほぼ間違い無く蘭丸に洗脳された織田軍も近くまで来ているという事である。

のんびりしている時間は一切無い。

 

そして……

 

「……分かっちゃいたけど、神降ろしは負担がでかいわね」

 

光璃が十分に離れたのを確認してから、美空はそう呟いた。

神降ろしは元々、自身が洗脳されるという非常事態に備えての緊急手段である。

燃費や持久性といった要素はハナッから度外視された技術である。

 

それ故に……

 

「戦いが終わるまで保たない……九十郎達の戦いについて行けるのは途中まで。

 その後はきっと……」

 

そんな美空の呟きを聞いた者は誰もいなかった。

 


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