戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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前話、第155話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第155話URL「https://syosetu.org/novel/107215/52.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第156話『じゃあ犬子は逃げるから後は頑張ってね』

 

「……という状況らしい」

 

九十郎が長い長い話を終えた。

 

小波と姫野からもたらされた情報を、包み隠さず詩乃と綾那、そして小夜叉に伝えたのだ。

小波が撤退を始めた後の蘭丸と剣丞との会話(第155話)は小波も知らない事なので伝わっていないものの、そこ以外は粗方伝わっている。

それは追手の忍者達に自ら股を開き、犯させ、皆殺しにした部分も含めてだ。

 

「膣内射精をさせれば大きな隙を晒す、ですか……

 上手く常識の書き換えから逃れる事ができれば利用できそうな情報ですね」

 

小波も姫野も新田剣丞を愛し、新田剣丞に愛された女である。

いくら生き延びるためとはいえ、いくら剣丞の最後の命令を遂行するためとはいえ、愛する者以外の男に抱かれる苦痛は容易に想像ができる。

どれ程辛い想いをしたか、どれ程の悲しみを背負ったか、まるで我が身を引き裂かれるような胸の痛みを詩乃は感じていた。

 

故に詩乃は決意した。

この戦いは絶対に勝たなければいけないと。

どんな手を使ってでも勝たなければいけないと。

そして全霊を込めて否定しなければいけない、森蘭丸の所業を否定するのだと。

 

「だが広い範囲、大人数を一気に洗脳する能力は厄介だぞ。

 インチキ効果も大概にしろって言ってやりたいね」

 

遊〇王なら『所有者の刻印』か『洗脳解除』をデッキに入れるところであるが、残念ながら現実はカードゲームのようにはいかないのである。

 

「防ぐ手段があるとすれば、本隊から別行動をとる事でしょうか」

 

「美空や一二三とも相談したが、各個撃破されるだけだと言われたよ。

 たぶん越軍の中に裏切者がいて、こっちの情報を流されてる。

 分散したらポータルを運んでいる少人数だけを狙われるのがオチだ」

 

「裏切者が……いえ、そうですね、相手は他人を洗脳する能力の持ち主、

 まず間違いなく誰かを間者に仕立て上げていると見て良いでしょう。

 それではどのように対抗するのですか?」

 

「あえて味方を密集させる」

 

「ほう?」

 

「対超能力者との戦闘の基本の一つ『能力を無駄撃ちさせろ』だ。

 強力な超能力を使えば使う程、精神が消耗する。

 休憩を取らなければ再び超能力は使えなくなる。 酷ければその場で気絶だ」

 

「あえて一度に大人数を洗脳させて、蘭丸を消耗させるのですね」

 

「そうだ、中途半端に分散させれば少人数の洗脳でつけ入る隙を作られるからな。

 味方が洗脳されたら、すぐさま剣魂持ちと糞ニートで蘭丸に特攻。

 蘭丸1人斬れば洗脳された奴は全員正気に戻るって寸法だ」

 

「こちらはポータル一つ守れば勝ち、破壊されれば負け。

 しかしそれは相手も同じという事……それならば、蘭丸が身を隠す可能性は?」

 

「剣魂には超能力行使を検知した時、距離や方向を表示する機能がある。

 洗脳直後に間髪入れずに飛び込めばどうにかなる。 いや、どうにかするしかない」

 

詩乃と九十郎が互いに顔を見合わせて、全く同じタイミングではぁ~っとため息をついた。

 

「この作戦、犬子さんや柘榴殿には伝えたのですか?」

 

「教えられる訳ねーだろ」

 

「では、既に脱出されたのですか?」

 

「あ~……正直、迷ってる」

 

九十郎が頭をぽりぽりと掻きながらそう答える。

 

このまま越軍と行動を共にさせれば、剣魂を持たない犬子や柘榴はあっという間に常識を書き換えられてしまうだろう。

その後どうなるかは、剣丞隊と同じだろう(第153話)。

 

犬子と柘榴だけ、適当な口実を作って逃がす事は可能だ。

美空も『その時は口裏を合わせる』と言ってくれた。

九十郎だって、内心は犬子と柘榴だけは逃がしたいと思っている。

 

だが……

 

「事情を知ってる俺が自分の嫁だけを事前に逃がして。

 事情を知らされてない大多数はそのままってのもな……」

 

「それではいっそ全てを話してしまいますか? この戦に関わる全員に」

 

「他人の頭の中を自由に書き換えられる鬼がいます、その鬼ともうすぐ戦います、

 剣魂を持ってない奴は誰とも分からない相手に強姦されます、と……

 無理だな。 どう考えてもパニックになるだろうし、大多数は逃げる」

 

「そうすればポータルを守る事はできない……と」

 

「ははは、やべーな勝っても負けても地獄だな」

 

要するに美空や九十郎は、何も知らない一般将兵達を、蘭丸を疲労させるための捨て駒にしようとしているのだ。

捨て駒にされた者達がどうなるかを知りながら……

 

「ならば何故、私に全てを伝えたのですか?

 私が全てを暴露するかもとは思いませんでしたか?」

 

「いや、何か良いアイディアでもねーかなと思って」

 

そう聞かれて、詩乃はしばらくの間考え込む……

 

「(例えば、洗脳の能力を受けながら、正気を保ち続けられれば……

 呆れる程に単純な一手、効くかどうかも分からない一手ですが、

 他の作戦を阻害する訳でも無し……)」

 

九十郎の期待に満ちた眼差しが詩乃に向けられる。

詩乃はその眼差しに気付くと、ちょっとした高揚感に見舞われる。

 

「(こうやって素直に頼られると……わ、悪い気はしませんね)」

 

そして同時に思う、いつから剣丞からこういう眼差しを向けられなくなったのだろうと。

どうして今、自分は愛する夫である新田剣丞と別れ、敵対勢力たる越後長尾家の客分になっているのだろうかと。

 

「(剣丞様と九十郎殿……もし、出会う順番が逆だったのなら……)」

 

……そんな邪な思考を、詩乃はぶんぶんと頭を振って描き消した。

 

「一つ、試してみたい事があります」

 

「おおっ、マジで何かあんの!?」

 

「あります。 ただしこの策、事前に内容を知らせる事はできません。 そこで……」

 

詩乃は小物入れに使っている小さな巾着袋を九十郎に見せる。

 

「私の策を紙に書き、こういった小さな袋に入れて配らせてください。

 その内容は戦が始まるまで決して見てはならないと念を押して」

 

「孔明袋か」

 

「はい、戦端が開かれるまで策は内密にと」

 

「つっても、蘭丸に洗脳されてる奴が1人でもいたら、内容バレるぜきっと。」

 

「ならば蘭丸側に内容を知らせるまでです」

 

「……味方にはギリギリまで知らせねぇのにか?」

 

「はい」

 

詩乃は一切躊躇せずに頷いた。

 

「分かった、信じるよ。 一応聞いとくけど、末端まで全員に配るのか?

 1万人くらいはいるぞ」

 

「そうできればそうしたいのですが、流石に間に合わないでしょうね。

 誰に配るか、どうやって準備をするか。

 その辺りは美空殿と相談して決める事にします」

 

「そっか、じゃあそっちはよろしくな。 美空には俺からも頼んでおく」

 

そうして九十郎はぱんぱんと袴の土埃を払うと、その場から立ち去ろうとする。

 

「おい糞弟子、それと小夜叉。 お前らさっきの話聞いてたよな?

 同じ説明2回もするの面倒なんだけどよ」

 

長話のため途中で飽きたのか、小夜叉は少し離れた所で人間骨無の素振りをしていた。

綾那は2人の近くで静かに座っているが、あまりにも静か過ぎて寝てるんじゃないかと不安になってくる。

 

「ちゃんと聞いてるよ。

 要する洗脳だかなんだか怪しい術を使われる前にブチ殺せば良いんだろ?」

 

「それができりゃ苦労しねぇって話を散々してるんだよ俺達はっ!!」

 

あまりの脳筋、あまりの能天気発言に九十郎が頭を抱えた。

 

「綾那は……本多忠勝はいつだって、『ただ勝つ』だけなのです」

 

一方で、ずっと無言だった綾那が堅い表情のまま口を開く。

 

綾那はさっき怪我した右手の指をじっと見つめていた(第151話)。

布で傷口を縛ったものの、未だ出血は止まっていない。

 

綾那が怪我をするのは実は今日が初めてだ。

それがまるで自身の……いや、これから起きる大一番での暗い未来を想起させ、綾那は内心穏やかではない。

 

「そう『ただ勝つ』だけ……なのです」

 

指の傷がずきずきと痛む。

まるで自分にそう言い聞かせているみたいだ……と、綾那は思った。

 

指の傷がずきずきと痛む。

まるで神か仏が『戦ってはいけない』と伝えようとしているみたいだ……と、綾那は思った。

 

指の傷がずきずきと痛む。

弱気になるな、弱気になるなと何度も何度も念じつつも、自身の心が衰弱していくのを感じていた。

 

「本多忠勝もこうなっちゃおしまいなのです……」

 

小さな声で漏れ出た弱音は、九十郎の耳には届かなかった。

 

「糞で……じゃない、綾那。 お前にこれを預けたい」

 

それどころか、九十郎は対蘭丸用の切り札を綾那に見せる。

 

「それは……!?」

 

それを見た瞬間、詩乃が目を丸くする。

一見すればどこにでもある普通の刀剣のように見えたが、彼女の鋭い観察眼が、鞘や装飾の質感がこの時代の物ではないと見抜いたのだ。

 

今このタイミングで、この時代の物ではない……おそらく現代ニホンで造られた刀剣とはつまり……

 

「まさか……これも剣魂、ですか?」

 

詩乃からの問いに対し、九十郎は静かに頷いた。

 

「光璃がこの時代に持ち込んだ剣魂は4つあった……吉音の『マゴベエ』、

 光璃の『がらがらどん1号』、俺の『がらがらどん3号』。

 そして4つ目はこれだ、俺のセカンド幼馴染、丹庵の剣魂『がらがらどん2号』」

 

「がらがらどん……2号……?」

 

綾那が恐る恐る刀剣を受け取る。

柄や鞘はプラスチック製、刀身は玉鋼よりも軽量な特殊合金製で、妙な手触りがした。

しかもその大きさの割に軽すぎ、この剣で敵と切り結ぶのは少々慣れが必要になりそうだ。

 

「剣魂は利用者の生体情報と紐づいていて、

 一度利用者登録をすればクラッキングするか初期化しない限り、

 他の奴には使えなくなる。

 これが結構厳重プロテクトが掛かっててな、残念ながら今のコレは完全な状態じゃない」

 

「完全では無い、ですか……?」

 

「一言で言えばセーフモード……てのは、戦国時代の人間じゃ伝わらんか。

 使える機能に絞る代わりに本来の持ち主以外にも使えるようにしたって事だ。

 本来こんな真似はできねぇらしいんだが、

 五十嵐がクラッキングして無理矢理設定変更したんだとか。

 当然、ナノマシンを操ってのサポートは無理だ」

 

「なのま……さぽー……ええっと、綾那にも分かるように説明してほしいのです」

 

「がらがらどん、出てこい」

 

九十郎の声に反応し、腰に帯びた刀が光る。

光の粒子のような物が周囲に舞い、あっという間にそれが集まり、一塊になり、1匹の山羊の形になった。

 

「めぇぇぇーーーっ!!」

 

突然そこに現れた山羊が、荒々しく雄たけびを上げる。

 

「こいつは全ての剣魂のに備わった機能だ。

 ナノマシンを組み上げて一種のサポートロボットにするんだ。

 カスタマイズによって持ち主の筋力、体力の向上、化学物質の分析、怪我の治療とか、

 色々できるようになるんだが……俺の『がらがらどん3号』は戦闘特化、

 できる事は頭突き、噛みつき、体当たりだな」

 

「剣丞様の刀も剣魂だと伺いましたが、この……

 ええと、動物のようなものが出た事はありませんでしたよ」

 

「俺は五十嵐じゃないから分からん。 たぶんだが機能が封印されているじゃねえか。

 今のコレも剣魂を出す機能は封印されている」

 

綾那が渡された剣を抜き、2~3回素振りをしてみる。

その余りにも軽い感触はイマイチ好きになれなかったが、剣丞の刀と同様に鬼をバターのように切り裂く能力があるのとしたら、それなりに役には立ちそうではある。

 

「がらがらどん1号と2号にはどのような能力が?」

 

「光璃の1号は情報収集特化、各種センサーがこれでもかって位に追加されてる。

 2号は分析と通信特化。 1号から受信したデータを分析して、

 行動予測と推奨される対応を送信できる」

 

「……それ。2号が使えないのは致命傷なんじゃねーのか?」

 

小夜叉からツッコミが入った。

九十郎は盛大に目を逸らしながら小さく「まーな」と呟いた。

 

「では洗脳の防御は?」

 

「一応は使えるが、完全じゃねぇ。

 酸素濃度やら脈拍やら脳波やら神経伝達物質やら、

 色々な生体データを洗脳対策に応用しているから、

 本来の持ち主が使ってる時よりもいくらか割引いて考えろだと」

 

「いくらか割引きを……とはいえ、今はこれに頼るしか……」

 

詩乃がぶつぶつと何かを呟きながら思索にふける。

たった1振りとはいえ、誰に対しても使える洗脳対策という切り札を前に、これをどう使えば蘭丸に勝てるかを考える。

 

そしてしばらくして……はっと気づく。

 

「あの……本当に良いのですか? 綾那さんで」

 

詩乃は蘭丸に『ただ勝つ』事だけを考えていた。

しかししばらく考えている内に気付いたのだ。

今目の前にある1振りの『剣魂』は蘭丸の常識改変を防ぐ。

常識を改変され、誰かも分からぬ男に股を開くのをたった1人だけ阻止できるという事だ。

 

つまり、これを綾那に渡すという事は……

 

「犬子さんや柘榴殿は……」

 

これを綾那に渡すという事は……九十郎の嫁が誰か他の男に抱かれる事を容認するという事だ。

 

「だが客観的に、綾那が持つのが一番勝率高い」

 

九十郎は詩乃の声を遮るように言った。

そんな事はとっくの昔に気付いていると、言外に伝えようとしていた。

 

「もう一度言うが、味方が洗脳されたら、すぐさま剣魂持ちと糞ニートで蘭丸に特攻。

 それで……それで1秒でも早く蘭丸をブチ殺して、

 犬子や柘榴がヤられる前に全てを終わらせるしかねぇ」

 

そんなに上手くいくのだろうかという疑問は、詩乃にも、綾那にも、九十郎にも嫌でも思い浮かぶ。

 

「それに誰かがポータルを守らねぇといけない。

 頭の中身を書き換えられても、エロ行為以外何もできなくなっても、

 身体を張って時間を稼ぐ程度は……でき……できる筈だ……」

 

そう告げる九十郎の声は震えていた。

想像すればする程、激しい怒り、吐き気も含めた嫌悪感を覚えずにいられなかった。

思わず両腕に力が入り、ワナワナと震えていた。

 

「頼む綾那、俺達と一緒に切り込み役、引き受けてくれねぇか?

 俺が知る中じゃお前がぶっちぎりの最強だ。

 お前が来てくれれば、きっと蘭丸にも勝てる。

 素早く処理できれば、犬子や柘榴が助かる可能性も……ある、筈だ」

 

「綾那にそんな大役を……」

 

綾那は少し震えていた。

 

普段の綾那なら『大暴れしてやるのです』とでも言って、二つ返事で引き受けていただろう。

だが今……綾那の指の傷がずきずきと痛んでいた。

この大一番で、この大役を任せられる直前の怪我が、まるで神仏からの警告のように感じてしまう。

『引き受けてはいけない』『戦ってはいけない』と警告されているかのように感じてしまう。

 

「ああそれと、詩乃と小夜叉は逃げても良いぞ。

 綾那に手伝ってくれと言った直後に何だが、決着は越後長尾家の者でつける。

 詩乃も小夜叉も、成り行きで手伝ってるだけだから……」

 

「……はぁっ? ふざけんな俺も参加すんに決まってんだろ!」

 

小夜叉がさも当然といった様子で言い返す。

 

「槍の使い方忘れようが関係ねぇ。 喉笛に噛みついてでも蘭丸を殺ってやるよ」

 

「それができりゃ苦労しねぇって……いや、お前だと普通にやりそうで怖い」

 

「ならば私は、身体を張ってぽぉたるを守る方でしょうね。

 槍や弓矢は不得手ですが、その……あの、要するに男女の……

 ご、ごほん、あっちの経験は多少ありますので」

 

詩乃もまた、顔を真っ赤にしつつ自ら参戦を宣言した。

 

「いや分かってんのかお前ら!? そりゃつまり……剣丞以外とだな……」

 

「時間稼ぎ役は1人でも多い方がよろしいでしょう?」

 

詩乃も小夜叉も、一歩も引かないという強い意思を感じる眼差しを九十郎に向ける。

一方綾那は、メンタル的な部分が絶不調そのものである。

 

「そんな事より九十郎さん、現在の状況と作戦、犬子さんには伝えないのですか?」

 

「いや……それは……」

 

九十郎は苦々しい顔で回答に窮する。

 

「秘密保持のために?」

 

「まあ……そうなるな、状況が広く知られたらまず間違いなく末端が逃げる。

 だから……いや、だが……」

 

「1人か2人だけなら、何かしら理由を付けて別行動をさせる事は可能では?」

 

「まあな……いや、だから問題なんだ。

 1人か2人逃がせば、3人、4人と逃がしたくなる。

 そうこうしてる間に10人、20人と逃がすようになって……」

 

「数を集めて蘭丸を疲弊させる作戦が破綻しますね」

 

「そしてポータルを守る奴も減って一点突破される訳だな」

 

詩乃と九十郎の間に再び重苦しい沈黙が訪れる。

いっそ洗脳される前に剣魂持ちと新戸だけで切り込んではとも思ったが、敵の現在位置が正確に分からなければ机上の空論だと気づいて再び黙った。

 

「しかし……だとしても、犯される事は回避できないとしても、腹は括れます。

 覚悟はできます。 今の内に伝えた方がよろしいでは?」

 

「……教えるべきかな、やっぱ?」

 

……

 

…………

 

………………

 

「じゃあ犬子は逃げるから後は頑張ってね」

 

約1時間後、状況の説明終了と同時に衝撃発言が飛び出した。

 

「おいいいぃぃぃーーーっ!?」

 

「ちょ、犬子!? そりゃ無いっすよ!!」

 

「え、何!? 犬子今変な事言った?」

 

あまりにも予想外の宣言に柘榴と九十郎に衝撃を受ける。

柘榴と九十郎は、犬子も自分と一緒に戦ってくれるものとばかり思っていたのだ。

 

「ちょ、ちょっと落ち着こう。 一旦時間を置こう。

 犬子のさっきの発言は一旦忘れて他から行こう。

 柘榴、お前は逃げ……逃げないよな? 逃げないと言ってくれるよな?」

 

「ちょっと九十郎っ!? 犬子の時と聞き方が大分違うよ!

 さっきは『逃げても良い』って言ってたよね!?」

 

「逃げても良いと言われて本当に逃げるヤツがあるかぁっ!!」

 

「逃げても良いって言われたら普通は逃げるよ! ねぇ柘榴!!」

 

「いや、柘榴は逃げねーっすけど」

 

「嘘ぉっ!?」

 

「良く言った柘榴! ありがとう柘榴! 信じてた……

 いや、後々の事考えると全然良くねぇけどとりあえず良く言ってくれたぞ柘榴ぉっ!!」

 

「ひ、一二三は!? 一二三は逃げるよね? こういう時逃げるって言うよね?

 犬子おかしな事言って無いよね!? ねぇっ!?」

 

犬子が思わず一二三に助けを求める。

どうやら犬子にとって一二三は、こういう時に逃げそうなキャラだと思っているらしい。

 

「いや、逃げないね」

 

しかし、一二三はバッサリと切り捨てた。

尤も、一二三は以前蘭丸に襲われ洗脳されており(第137話)、蘭丸が最大限有利になるよう立ち回るよう操られている以上、ここで逃げるという選択肢は出ない。

 

犬子、柘榴、一二三の3人の……九十郎から最悪極まる状況を説明された全員の意見が出揃った。

とりあえず逃げたがっているのは犬子1人だけのようだ。

 

「良ぉし、心の準備ができた。 もう一回犬子の話に戻すぞ……

 犬子てめぇ何1人だけ逃げようとしてんだよっ!? 恥ずかしくねぇのかよっ!?」

 

「さっき逃げても良いって言ったじゃない!?」

 

「まさか本当に逃げるとは思ってなかったんだよ!! てかお前本当に前田利家かよ!?

 お前本当に史実ネームドなのかよ!? ノータイムで逃げる宣言すんじゃねぇよっ!!」

 

「逃げるな卑怯者!! 逃げるなァ!!!」

 

「お前もノータイムで鬼〇ネタ挟むんじゃねぇよ一二三ぃ!!

 本当に戦国時代の人間かよっ!?」

 

なお、一二三が鬼〇の刃を知っている理由は光璃が持ち込んだタブレット型端末に入っていた漫画データである(第147話)。

 

「いや、待てよ……前田利家、だったんだな……」

 

……と、ここで九十郎が何日か前に読んだ日本史の情報を思い出す。

 

「え、何? 犬子が前田利家だと何か拙いの?

 それなら今すぐにでも返上したいんだけど、前田利家」

 

「本能寺の変で織田信長が死んだ時にな、後継ぎ……じゃない、

 当時織田家の当主だった長女も一緒にくたばったんだ。

 それで織田家を誰が継ぐのかでモメた」

 

「まあ、良くある話と言えば良くある話っすね」

 

「その結果な、秀吉……ひよ子と柴田勝家との間で戦争になった」

 

「うん? 何でひよ子が壬月様と戦争してんの?

 あの2人が戦うとこ想像できないんだけど」

 

「その辺は良く知らん」

 

「目玉焼きにかける調味料が合わなかったんじゃないかな?」

 

「ひよ子が一方的に譲歩して戦争にならないと思うけどなぁ……」

 

「戦争の結果ひよ子が勝つ」

 

「勝つの!? 無理でしょ! 絶対無理でしょそんなの!?

 ひよ子が壬月様に勝つとこ全然! 全く想像できないんだけどっ!!」

 

「その辺も良く知らん」

 

「目玉焼きに毒でも盛ったんじゃないかな?」

 

「『死因:目玉焼き』なんて歴史書に残されちゃたまんねーっすね」

 

「趙思温って将軍は隕石が直撃して死んだって歴史書に書かれてるらしいね」

 

「え、マジで? 出典、民明書房じゃねぇよなソレ?」

 

「九十郎、話が逸れてるっすよ。 さっき言ってた戦争に前田利家も関わってるっすか?」

 

「敵前逃亡した」

 

……九十郎の衝撃発言に場が凍りついた。

 

「く……九十郎、犬子正直今の言葉聞かなかった事にしたいんだけど、

 したいんだけど……ええっと、ごめん、聞き取れなかったからもう一回言って」

 

「お前、思いっきり敵前逃亡してるんだよ。

 織田家の将来っていうかニホンの未来を決める大戦で。

 しかもそれが原因で柴田勝家が負けてる」

 

「聞き間違いじゃなかったぁ!? 犬子歴史書に敵前逃亡って書かれてるのっ!?」

 

「き、きっと犬子にも深い事情があったっすよ。 きっと」

 

「とりあえずWikipediaには何も書かれてなかったな」

 

「目玉焼きの調味料が合致したんじゃないかな」

 

「それだとやっぱり『死因:目玉焼き』って歴史書に書かれるっすね」

 

「ねぇ九十郎、確かひよ子って最終的に天下人になるんだよね?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「さっき言ってた戦いって、日ノ本の未来が決める重要な戦だったんだよね?」

 

「そうだな」

 

「犬子の行動が原因で壬月様が負けたんだよね」

 

「腹掻っ捌いて内臓を掴んで投げたってよ」

 

「犬子が加賀に100万石貰ったのってその時の裏切りの報酬なんじゃ……」

 

犬子達の間に物凄く気まずい沈黙が漂った。

 

「……という訳だ犬子、今更前田利家要素を出さんでも良いんだぞ」

 

「という訳ってどういう訳!? 今の話必要だった!?

 犬子無駄に貶められただけなんだけどっ!? いやそもそも……そもそも……」

 

犬子の目尻が涙で滲む。

 

「……柘榴はどうして逃げないの?

 聞いたでしょ、九十郎以外の男の人にえっちな事されちゃうんだよ?」

 

「そりゃ……そりゃあ、嫌かどうかって話なら普通に嫌っすよ。

 でも御大将を置いて自分だけ逃げるのはもっと嫌っす。

 知らねぇ男に股開いて戦に勝てるなら……」

 

「……犬子は嫌だよ」

 

端的に、正直に、率直に犬子は告げた。

それは紛れもない犬子の本心だ。

 

「頭の中を弄られて、好きでも無い人に身体を許すなんて経験、二度と嫌だよ」

 

それは犬子にとって拭いきれない悪夢のような記憶である。

それは犬子にとって最悪の記憶である。

犬子はかつて、九十郎と恋仲になった記憶を一時的に消され、訳も分からぬ内に新田剣丞に抱かれた事があるのだ(第74話)。

 

「だからこそ、柘榴は戦いたいっす」

 

「……え?」

 

そして柘榴からの返答は、犬子にとって予想外の言葉だ。

 

「他人の頭の中を好きに弄って、本当の愛がどうだのこうだのと言って、

 しかも織田家の連中を誑かして、けしかけてこっちの妨害までしようって奴で……

 もしかしたら犬子がああなった犯人かもしれねーっす。

 そんな奴の好き勝手にはさせねーっす」

 

「だからって戦い方が酷すぎるよ! 美空様のために戦うのは良いよ!

 戦国時代を終わらせるために戦うのは良い! 戦って怪我しても良い!

 ううん、死ぬ事だって覚悟はしてる!! でも……」

 

「でも……何っすか?」

 

「……敵を疲れさせるために超能力をくらう役ってのは流石に嫌だよ。

 しかもよっぽど上手くいかない限り、そのまま知らない男に抱かれるんでしょ。

 それも嫌だよ、やっぱり」

 

「とりあえず死なねーって点は間違い無いっすよ」

 

「死ななきゃ良いって訳じゃないよ!! いっそ死んだ方がマシだよ!!」

 

犬子と柘榴が睨み合う。

犬子も柘榴も今にも泣きそうな表情をしていた。

 

犬子も柘榴も、洗脳能力を積極的に使い、他人を好き勝手に操る蘭丸と戦いたいという気持ちがある。

犬子も柘榴も、愛する夫である九十郎以外の男に抱かれる事への強い抵抗感がある。

 

「兵達にだけ辛い役目を押し付けて、自分だけ逃げる訳にはいかねーっす。

 御大将が命がけの大勝負をしようって時に、自分だけ逃げる訳にもいかねーっす。

 だから……」

 

「……だからって!!」

 

逃げたい理由を天秤に乗せて、逃げられない理由も天秤に乗せて、傾いた方向は違っていた。

そして同時に、犬子の天秤は揺らぎつつあった。

柘榴や九十郎、美空達だけを戦わせて、何も知らない、何も教えられていない名も無き越軍の将兵達だけを戦わせて、自分だけが逃げる事への罪悪感が重なり、逃げられない理由の重みを増幅させているのだ。

 

「おい一二三、お前は何か無いのかよ。 今の犬子に対して何かよ」

 

九十郎が一二三にそっと耳打ちをする。

 

「え? 逃げちゃえば良いんじゃないかな。 1人や2人なら誤差の範囲じゃないか」

 

「それは……いや、まあ、そうなんだがな……」

 

そして九十郎はふぅっとため息をつく。

 

確かに一二三の言う通りなのだ。

確かに犬子1人逃がしたところで、作戦の成否はたぶん変わらない。

いやむしろ、犬子の心の平穏の為に逃がした方が良いように思えた。

 

だが……

 

「大多数は何も知らねーまま、逃げるかどうかを判断する機会も無いまま、

 思い切り巻き込むってとこがな……」

 

「そこはまあ、心に棚を作ろうじゃないか」

 

「だが……な……」

 

「それなら君が少しでも早く蘭丸を斬れば良い。

 前戯をしてる間に斬ってしまえば、挿れられるのだけは避けられるんじゃない?」

 

「絶対、対策してると思う……剣丞も同じ事考えて失敗してるしな……」

 

すぐに弱気になる頼りにならない九十郎である。

 

「剣魂持ちは君、ザ・ニュー御屋形様、徳河吉音殿、綾那の4人、

 それに蘭丸と同じ鬼子の新戸、御家流で洗脳を跳ねのけられる美空殿、

 単純計算で戦力6倍じゃないか。 それにあの竹中半兵衛殿の秘策もある」

 

「お、そう言われると段々どうにかなりそうな気がしてきたな……」

 

そして乗せられやすい九十郎である。

この男は本当に成長が無い奴である。

 

「九十郎ぉ!!」「九十郎ぉ!!」

 

そんな会話をしていると、突然犬子と柘榴が同時に九十郎に詰め寄って来た。

 

「絶対勝ってよ九十郎!」

 

「ポータルは柘榴達が全力で守るっすよ!」

 

「遅くなったら犬子達えっちな事されちゃうんだから!

 勝つだけじゃなくて、早く勝って犬子達を絶対に守ってよ!!」

 

「え、いや……犬子お前、さっきは逃げるって……」

 

「逃げたいよ! 正直今でも逃げたいに決まってるよ!

 でも頑張るから、逃げずに頑張るから絶対に犬子を守ってよ九十郎ぉ!!」

 

そう言いながら九十郎に詰め寄る犬子であったが、その目には涙が溜まっていた。

基本愚鈍な九十郎であったが、犬子が本当は逃げたいのだと、本当は怖いのだと察する程度の知能はあった。

 

そして九十郎は……

 

「……犬子」

 

「うん」

 

九十郎が犬子の名を呼び、手を伸ばした。

犬子はそっと自らの手を九十郎に重ねた。

 

「柘榴」

 

「おーっす」

 

九十郎が柘榴の名を呼んだ。

柘榴が犬子と九十郎の手をぐっと掴んだ。

 

「あと、ついでに一二三」

 

「ついでが無ければ感動してたかもね」

 

そうは言いつつも、一二三は少し照れ臭そうに笑い、犬子と柘榴と九十郎の手の上に自分の手を重ねた。

 

犬子と柘榴と一二三と九十郎の手が重なった。

お互いの手を重ね合い、握り合い……互いに頷きあった。

 

「お前達は俺の女だ、他の誰にも渡さねぇ」

 

九十郎が宣言する。

 

「お前達は俺が守る、必ず守る」

 

九十郎がそう誓う。

 

「俺は必ず……蘭丸に勝つ!」

 

九十郎が勝利を誓う。

 

「信じるよ、九十郎」

 

「頑張れっす、九十郎」

 

「まあ、本気で困った時は力を貸すから、気楽にやりなよ」

 

犬子が、柘榴が、そして一二三が九十郎の手を強く強く握り返した。

 

犬子と柘榴と一二三と九十郎が、勝利を誓い合った。

 


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