戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次話、第153話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第153話URL「https://syosetu.org/novel/107215/51.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第152話『剣丞隊全滅 (前編)』

……少し時は遡る。

 

美空の監視下から逃れた剣丞隊及び三河松平家一同は、追手を警戒しつつ自らの根拠地へと急いでいた。

 

この時、葵に従う三河侍達の数はおよそ1500人。

数こそ少ないが、頑固で、勇敢で、屈強で知られる三河侍である。

 

「しかし、意外でしたなぁ」

 

本多正信・通称悠季が、主君である松平元康・通称葵に声をかける。

 

「何の話?」

 

葵が珍しく敬語抜きで聞き返す。

その表情はかなり険しめだ。

 

「存外、殿が九十郎をあっさりと諦めて帰国した事ですよ。

 一時期は夢に見る程に執着されていましたのに」

 

「またその話? 言ったでしょう、今の私では熱が足りないと」

 

熱とはつまり、熱気とか熱意とか、あるいは執着といったものだ。

美空が、柘榴が、雫が、貞子が 、信虎が、そして粉雪がそれぞれの想いを熱く熱く叫んだあの日、葵だけは何も言えず、何も叫べずに黙ってしまっていた(第76話)。

単純な話、九十郎への想いが小さく弱かったのだ。

 

あの時葵は九十郎を、便利なアイテムを運ぶお助けキャラ程度にしか思っていなかった。

美空や柘榴のように、1人の男性として愛してはいなかった。

それ故に、彼女達の熱い想いに気圧され、自身の浅ましさを突きつけられ、声が出なくなってしまったのだ。

 

「いつなら熱が足りるので?」

 

悠季がそんな葵の傷心をづけづけと抉る。

その人の心を顧みない直言は悠季が綾那から嫌われる理由であり、葵がいつも相談役として彼女を傍に置く理由である。

 

「自身が届かないのならば、他が落ちるのを待つのが定石でしょう」

 

「果報は寝ているだけでは届きませんよ」

 

「棚の上の牡丹餅は叩いて揺らして落すもの。

 何個か手は考えているから、三河に戻ったら根回しを手伝いなさい」

 

「御意。 して……方針はいかがします?」

 

葵は少し考え、周囲に聞こえないように小声になる。

 

「大江戸学園とやらと手を結び、未来の武器を多量に仕入れ、

 その威力を持って一気に戦乱の世を平定する……それが今の長尾が進む道」

 

「未来の武器を『買う』を『造る』に替えれば、以前我々が目論んだ事と同じですな」

 

「悠季はこの方法で天下が治まると思う?」

 

「おやぁ……? 何を仰います、上手くいくと思ったからこそ進めていたのでは?」

 

「美空殿は31歳、私は19。

 どうも毎日毎日吐く程呑んでいるみたいだから、多分50まで生きられないわ。

 命脈尽きるまで後、10年か、15年……」

 

「殿は100まで生きる仮定ですかな?」

 

「常に年寄が先に死ぬとは限らないけれど、

 今回に関しては私の方が長生きする可能性は高いと思うわ」

 

「そうしますと狙い目は跡目争いですな」

 

「それもあるけれど、それだけでは弱いわね。

 既に美空殿は跡目を名月殿にと指定しているもの」

 

死ぬまで誰も跡目にしなければ楽だったのに……と、葵は思った。

 

「尤も、それに不安や不満を持つ者もいるように見えたのですが」

 

「後は美空殿が天下を治めんと何人撃ち殺すか……

 多すぎず、少なすぎず誘導できれば……」

 

「ふむ……多すぎれば恐怖に染まる、少なすぎれば恨みが出ない……ですかな?」

 

葵は『分かってるじゃないか』とでも言いたげに笑った。

 

「ではでは、盛大に炎上するよう今の内に火種をばら撒くとしましょうか」

 

「未来の鉄砲隊を相手に戦う戦法も研究しましょう」

 

そんな事を話しながら、葵は思う。

 

「(天下は風船のようなもの……誰かが手を離せば、フワフワと誰かの手に移る……

 そこに備えがあれば、私の元にも……なんて考えるのは、極論でしょうけど……)」

 

そうして葵と悠季は美空が死んだ後に天下を乱す計画を立てながら進んでいた。

その企みが思い切りひっくり返る出来事が後で起きるとも知らずに……

 

……

 

…………

 

………………

 

葵と悠季が悪巧みをしている頃、三河勢から少し離れ、尾張に向かう剣丞隊では……

 

「剣丞様、本当に良かったんですか……?」

 

豊臣秀吉……もとい、木下藤吉郎・通称ひよ子が不安そうな顔をしていた。

 

「俎板の鯉は料理人に挨拶はしないものですよ、ひよ子さん」

 

剣丞に代わり、剣丞のすぐ隣に身を寄せ合うかのようにくっつきながら進む湖衣が答えた。

川中島の戦いの後で急に匿ってほしいと現れて、直後に古参の軍師……詩乃の立場にとって代わるかのように剣丞の隣を確保した彼女を、ひよ子はイマイチ好きになれない。

 

「美空様に黙って抜け出すような真似して、後で怒られやしませんか……?」

 

ひとまず湖衣の言葉はおいといて、剣丞に自身の不安を吐露した。

一瞬、それに対して湖衣が何かを言おうとしたが……また無視されるのではと思ったのか、少し俯いて口を閉ざす。

 

たぶん頭の中で何かしら気の利いた回答を用意しているのだろうが……と、ひよ子は察したが、それを聞き出すような事はしない。

こういう圧しの弱い所も、ひよ子は少し苦手である。

 

「もうそういう時期は過ぎてるよ」

 

「過ぎてるって……」

 

「俺達……いや、俺は長尾美空景虎と敵対する事にした。

 美空のやろうとしている事を全力で止める……そう決めた。

 嫌われるとか、怒られるとか、そういうのを気に留める必要はもう無い」

 

「うえぇぇっ!? そうなんですかぁっ!?」

 

直後、ひよ子が腰を抜かさんばかりに驚いてみせる。

 

そういえばまだ言って無かったかと、剣丞は1人頬を掻いた。

一葉が『適当に誤魔化しておいた』と言っていたのを今更ながら思い出した(第145話)。

 

越後脱出からこっち、昼は歩き通し、夜は追手の警戒で気が休まる時が無く、ひよ子ら剣丞隊の主要メンバーに自分の行動の意図を伝えきれていなかったと思い知る。

 

「(小波、追手の気配は?)」

 

精神を集中し、小波に届けと念じながら、頭の中でメッセージを思い浮かべる。

小波の精神感応系の御家流・句伝無量の効果により、剣丞の思念がテレパシーに変換され、広範囲に張り巡らせた精神感応の網に引っかかる。

 

「(今の所は……物見も追手の気配も……)」

 

剣丞隊や三河勢達からやや離れた所から、小波がテレパシーを返す。

小波は句伝無量で連絡を取りつつ、こうやってずっと越後からの追手が来ないかと見張り続けていた。

 

空を見上げれば、太陽は南の空で燦然と輝いていた。

その日は日差しが強く、気温も高く、皆も疲れが溜まりつつある様子だ。

無理してこのまま歩き通しているよりも、日陰を探して少し休みを取った方が、結果として早く尾張に辿り着けそうだと思った。

 

「ひよ子、皆を集めて小休止をとろう。

 色々と……ああ、そうだな、皆に話さないといけない事がある」

 

……

 

…………

 

………………

 

剣丞隊の中で今回の越後脱出の経緯を知っているのは数少ない。

詩乃と剣丞の大喧嘩に立ち会った湖衣と一葉、そして一葉の態度から色々察して色々聞き出した幽くらいだ。

 

「……と、いう訳で主様は美空に見切りをつけて脱出したという訳じゃな」

 

基本口下手な湖衣はこういう状況では戦力外、幽は後から又聞きしただけなので聞き役に回り、剣丞と一葉が説明役に回った。

 

「………………」

 

「………………」

 

烏と雀のちびっ子姉妹がじと~っとした視線を剣丞達にやる。

基本お喋りな雀まで黙ってるのは結構珍しい。

 

雇われ傭兵という立場上、上が決めた方針に真っ向から反対するつもりはないとはいえ、それはそれとして『もっと早く言えよ』という気持ちらしい。

 

「急に綾那がいなくなったと思ったら……」

 

「最近詩乃ちゃん見ないな~って思ってたけど……」

 

歌夜とひよ子が苦笑する。

詩乃は見解の相違によって喧嘩別れし、綾那は詩乃の護衛として残ったと聞き、ようやく合点がいったと胸を撫でおろす。

急に姿が見えなくなったので、知らない所で何か問題でも起こしたのではと不安だったのだ。

 

なお、2人共自身の友人の安否は心配していない。

敵中に1人で取り残された程度で死ぬようなタマじゃないと理解しているし、2人共新田剣丞にベタ惚れしているので、なんやかんやで合流するだろうと思っている。

 

「じゃあ今後の剣丞隊の方針は……」

 

「まずは尾張に帰還、

 ハニーは久遠様に会って美空殿の危険性を伝えて説得という流れになりますわね」

 

「お頭、説得できなかった時はどうする気なんですか?」

 

「その時は……」

 

転子からの質問……それは考えたくも無い事であったが、考えざる得ない事。

その答えを、剣丞は既に出している。

 

「その時は俺1人でも美空を止める」

 

「えっ!? 1人でって……」

 

「結局の所、俺がやりたい事は未来の武器を使った圧政を阻止する事で、

 美空を打ち倒す事じゃない」

 

「でも1人じゃどうする事もできないですよ」

 

「いや、やりようはある。 ポータルを壊せば良いんだ。

 雫から聞いた限り、アレはそう何個も量産できるものじゃないようだし、

 精密機械だから、一度壊してしまえばこの時代の技術で直すのは不可能だ。

 ポータルさえ壊せば……未来の世界との通路さえ作らせなければ、

 未来の武器を大量に輸入する事も出来なくなる筈だ」

 

「そんな事したら、織田と長尾の関係は最悪になるような……」

 

「だから俺1人で行って、俺1人でやる」

 

そう告げると、ひよ子が、転子が、一葉が、幽が、歌夜が、烏が、そして雀が互いに顔を見合わせる。

誰かが『分かってるな』という視線を向けて、誰かが『分かってる』と視線を返す。

今ここにいる女達は、全員残らず新田剣丞という男に惚れて、剣丞のためなら命もいらぬという覚悟を持った女達だ。

この場に居ない綾那と小波もそうだろうし、たぶん詩乃だってそうなんじゃないかと思っていた。

 

そして……

 

「はいはいはーい! その時は八咫烏隊も参加希望しまーすっ!!」

 

雀の宣言に、基本無口な烏がこくんと頷く。

 

「いや、危ないし、居場所がなくなるから……」

 

「え~、でも未来の鉄砲なんて使われちゃたら、

 八咫烏の価値ダダ下がりじゃないですか」

 

烏がうんうんと何度も頷く。

 

「先陣はこの蒲生梅氏郷にお任せあれ……と、言わせてもらいますわ。

 ハニー、まさか私を置いてくなんて薄情な事は言わないでしょう?」

 

見た目的にも性格的にも隠密行動に絶望的に向かない少女が身を乗り出してくる。

 

「私も、及ばずながら力になりますよ」

 

歌夜もまた、名目上は今なお松平葵元康の旗本であるにも関わらず、剣丞への協力を誓う。

次から次へと自身への助力を申し出る姿に、剣丞は泣きそうになった。

 

……そんな時だ。

 

「……え、それって? 本当に?」

 

休憩中に周囲に放った斥候が戻り、転子になにやら耳打ちをする。

転子は途端に訝し気な表情になった。

 

「ころちゃん、どうしたの?」

 

「追手ですか?」

 

梅が立ち上がり臨戦態勢になる。

当然、想定する相手は越後からの追手である。

 

「いえ、あの……

 後方からの報告ではなくて、前方に少数放った物見からの報告です。」

 

「前から!? まさか先回りされたのですの!」

 

「そ、それがおかしいんですよ。 旗印が……」

 

「旗印が?」

 

「織田の桔梗紋を……見たって言うんですけど……」

 

それを聞いて、今度は剣丞が訝しげな表情になる。

今いる位置は旧武田の勢力圏内。

武田光璃晴信の戦死によって敵味方がごちゃごちゃにこんがらがり、迂闊に足を踏み入れれば大火傷の危険がある場所だ。

ここまで剣丞達が無事に進めたのは武田の内情に詳しく、しかも遠隔地に視界を飛ばし偵察を可能にする便利な御家流を使用可能な湖衣の道案内があったためだ。

 

「……数は? 武装はしていたのか?」

 

剣丞が思わずそう尋ねる。

人数が多ければ周囲の中小勢力を刺激する危険があり、少なければ野盗の類に襲われる危険がある。

どっちにしろ危険ではあるのだが、それでも聞かざるを得なかった。

 

「数は正確に分からないんですけど、明らかに武装していて、

 100人や200人よりずっと多いって……」

 

「戦闘前提の数なのか……一体どうして……?」

 

剣丞には久遠がこの辺りに進軍してくる理由に心当たりがない。

剣丞隊と三河武士達が越後の長尾家によって保護されている事は伝わっているとは思うが、その長尾家から蓄電逃亡した事は突発的な出来事で、事前の連絡等はできていない。

 

「意図は分かりかねますが、好都合ではありませんか?

 元より我々はその織田と合流しようとしているのですから」

 

幽は比較的落ち着いた様子ではあるが、全員が多かれ少なかれ動揺している。

 

「お、おおお頭ぁ~、ど~しましょ~」

 

「ひよ、落ち着きなよ。 私も驚きはしたけど、敵が迫ってるって訳じゃないんだから」

 

「あ、そっか」

 

「まさか織田に偽装した越後の追撃部隊じゃあるまいな……」

 

「ひえぇ、怖い事言わないでくださいよ~」

 

基本小心なひよ子はさっきからビビリ通しだ。

 

「梅、転子、念のため皆に警戒態勢に入るよう伝えてくれ。

 湖衣、御家流で『視て』もらえないか?」

 

「あ、はい。 やってみます……」

 

湖衣が精神を集中し、御家流を発動させる。

自身の意識をまるでドローンの様に空を飛ばし、上空からの視点で偵察を行うこの能力は、湖衣の切り札に他ならない。

 

剣丞隊と三河勢が慌ただしく警戒態勢に入る。

外していた鎧を着こみ、剣や槍、弓矢で武装する。

 

そしてこの時……剣丞は自身の剣魂に電池を入れた。

以前オーディンの遠隔操作魔法に操られ、訳の分からないまま犬子を犯し(第73話)、美空を犯しかけた(第118話)その剣に電池を入れる事は滅多に無い。

しかし剣丞はこの時、何となく嫌な予感がして電池を入れた。

 

だがしかし、『それ』は彼らが準備整えるよりも早くやって来た……

 

「え、早い……? まるで、こっちの位置を知って……」

 

御家流で視界を飛ばす湖衣がそう呟くのと、剣丞達の視界に『旗』が見えたのはほぼ同時だった。

 

「あれは……織田桔梗紋……?」

 

事前に知らされていてもなお、剣丞は己の目を疑った。

それは確かに織田の旗印であった。

ずっと会いたかった、ずっと話したかった……織田久遠信長がいたのだ。

 

瞬間、緊張していた剣丞隊の面々の表情が一気に明るくなる。

 

「久遠っ!!」

 

剣丞は歓喜の叫びと共に駆け出していた。

見ればそこには懐かしい面々が揃っていた。

壬月がいた。

麦穂がいた。

和奏がいた。

雛がいた。

そして久遠が剣丞を見て笑った。

 

少しも驚く様子が無く、まるであらかじめここに剣丞がいる事を知っているかのように……瞬間、剣丞は猛烈に嫌な予感を覚えた。

 

重ねて書くが、剣丞達が越後長尾家の庇護下から離れ、蓄電逃亡を図ったのは突発的な出来事で、久遠への事前連絡はしていない。

仮に越後を離れた日に早馬か何かで連絡を取ったとしても、この位置で合流ができる訳が無い。

 

それこそ、携帯電話か何かで瞬時かつ持続的に剣丞隊の情報を入手し、剣丞隊が越後から離れる決意をした時点で、瞬時に合流を決意して移動を開始しなければそんな芸当は不可能だ。

つまり……

 

「(無理だ、どう考えても不可能だ……それこそ……それこそ森蘭丸がいない限り……)」

 

森蘭丸は、洗脳して手駒とした者が見た事、聞いた事をリアルタイムで知る事ができる。

その能力をもって剣丞隊の行動を監視し続けていたとすれば。

そして剣丞隊が越後から離れた時、即座に久遠達を洗脳して剣丞との合流を決意させたとすれば……

 

そして腰に佩く剣に視線をやれば……

 

「(光って……光っている!? 鬼が近くにいるのか!?)」

 

その瞬間、剣丞の嫌な予感は確信に変わった。

 

「止まれぇ!! みんな止まるんだっ!!」

 

剣丞が叫ぶ。

味方と合流できたと、肉体的にも精神的にもキツい逃避行はここまでだと安堵して、目の前の織田の軍勢に駆け寄ろうとした何人かがギョッとして立ち止まる。

 

 

 

 

 

「……もう少し近づいてくれれば良かったんだけど。 勘が良いのだねぇ、剣丞は」

 

 

 

 

 

……そいつは、織田久遠信長の背中からひょっこりと顔を出した。

 

そいつの顔は忘れたくとも忘れられない。

そいつはかつて金ヶ崎の戦いで桐琴の胎を食い破って産まれ、剣丞隊を壊滅寸前にまで追いやった恐るべき鬼子……森蘭丸に他ならない。

 

そしてそいつは感心した様子で剣丞の方を向くと……次の瞬間、勝ち誇るかのようにニタァと笑みを浮かべる。

剣丞は背筋がゾクリと凍り付くのを感じた。

 

「この距離、この広さ、この人数……今更私に気付いてももう遅い。

 既に! 君達は1人残らず! 私の能力の射程圏内ぃっ!!」

 

その呟きは、確かに剣丞の耳に届いた。

いや、剣丞隊や三河侍達の全員の耳に……違う、脳裏に確かに届いていた。

 

小波の御家流『句伝無量』と同じく、蘭丸の思念がテレパシーとなってその場の全ての人々へ届いたのだ。

 

「拙っ!? 皆逃げろぉっ!! 散開してこの場から離れるんだっ!! 今すぐにっ!!」

 

慌てて剣丞が叫ぶ。

次の瞬間、剣丞の剣がビカビカビカァーッ!! と激しく点滅する。

 

その反応もかつて金ヶ崎の戦いで見た事がある。

剣魂と呼ばれる未知のテクノロジーが、洗脳系の超能力の発動を感知して、持ち主の精神を自動的にガードした挙動である。

 

数秒……たった数秒、10秒未満の短い時間、蘭丸は己の精神を極限まで集中させ、己の超能力が限界ギリギリまで振り絞り、およそ2000人余りも及ぶ剣丞隊及び三河侍達全員に対しある『処置』をした。

 

処置をした。

処置してしまった。

あっというまに蘭丸の処置は『完了』してしまった。

その処置から逃れたのは、剣魂の機能で洗脳からガードされた剣丞と、追手の警戒のために本体から離れた位置にいた小波だけだ。

 

「久遠、どうやら剣丞隊はこっちに手向かうつもりみたい。

 遠慮は要らないからさ……ヤッちゃってよ」

 

滝のような汗を流し、今にも倒れ込みそうな程に脚を震えさせながら、蘭丸は久遠にそう伝える。

 

「うむ、であるか……できればもう少し穏当に話を進めたかったのだがな」

 

「ごめんごめん、意外と剣丞の勘が鋭かったみたいだ。

 本当は私だって、避けれる戦いは避けたかったんだけどね」

 

「まあ良い、ここから先は腕づく、力づく……皆の者! 事前に申し合わせた通りだ!

 かかれえええぇぇぇーーーっ!!」

 

そんな久遠の勇ましい掛け声と共に、織田の軍勢が一斉に剣丞隊と三河侍達に突撃を開始した。

 

剣丞隊は500、三河勢は1500、総数は2000。

一方で久遠がこの場に連れてきた将兵の数は5000。

悪い意味で弱卒として知られる織田の将兵相手である事を考えると、数の差故に劣勢ではあれど、戦力の決定的な差という程の大差はついていない。

 

「あわわっ!? お、お頭、何で久遠様がこっちに攻めかかってくるんですかぁっ!?」

 

「呆けている場合か!? この距離では逃げ切れん、応戦するしか無かろう!!」

 

一葉達が混乱しつつも応戦の態勢を取り始める。

 

この日、この時、この瞬間、剣丞は知る事になる……いくら蘭丸の洗脳能力が優れているとはいっても、『敵味方の認識をそっくり入れ替える』ような真似はできない事を。

 

そして同時に知る事になる……蘭丸の恐ろしさを。

 

「み、皆……何を、何をやっているんだ!?」

 

剣丞の叫びは、誰の耳にも届かなかった。

織田の将兵達が、剣丞隊の面々が、屈強な三河侍達が、まるで早脱ぎ競争でも始めたかのように武器を捨て、鎧兜を捨て、素っ裸になりながら敵に向かって駆け出したのだ。

 


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