戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と九十郎第11話『ウィンチェスター・ライフル』

 

かつて、転生を司る神(自称)が言った。

『貴方は能力を付加しなくても十分過ぎる程にチートですね』と。

 

九十郎は無駄に多才で、無駄に器用だ。

剣の腕だって一流……いや、準一流と呼べる領域にある。

日本史の知識をうろ覚え極まりないが、西洋史の知識は高い。

銃や大砲、船舶の知識も豊富だ。

性格は正直に言って利己的で短絡的で能天気で巨乳好きな屑であるが。

 

しかしこの男の本質は、この男の一番の長所はそこにはない。

 

この男には、大江戸学園の誰にも真似できない長所がある。

戦国時代を生きる数多の英雄、勇将、智将でも及ばない長所がある。

万人に一人の適性、本人の気質、積み重ねた経験、そして現代スポーツ医学の知識……その全てが合わさる事により完成された才覚。

九十郎の剣の腕は、その長所を磨く上で一緒に磨かれた副産物に過ぎない。

 

九十郎という男は……神道無念流道場・練兵館の主、斎藤九十郎は……剣を教えるのが上手いのだ。

その一点だけは大江戸学園の誰も敵わない、戦国時代の誰も敵わない。

それが九十郎の才なのだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

ここからはダイジェストでお楽しみください。

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

かよはレベルがあがった。

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

かよはレベルがあがった。

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

わんこは『算盤計算』をおぼえた

かよはレベルがあがった。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

 

九十郎「なにこいつこわい」

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

わんこは『複式簿記』をおぼえた。

かよはレベルがあがった。

かよは『算盤計算』をおぼえた。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

 

九十郎「ちょっと待って誰こいつ? 本多平八郎忠勝?

    何でこんな所に本多忠勝が居るんだよぉっ!?

    てか何しれっと参加してんだ東国無双ぉっ!!」

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

わんこは『犬子流節約術』をおぼえた。

かよはレベルがあがった。

かよは『栄養学』をおぼえた。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

 

九十郎「二宮が増えた……」

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

かよはレベルがあがった。

かよは『複式簿記』をおぼえた。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

 

犬子「大正義複式簿記!」

歌夜「大正義複式簿記!」

 

九十郎「ファースト幼馴染が増えた……」

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

わんこは『銃剣格闘術』をおぼえた。

かよはレベルがあがった。

かよは『銃剣格闘術』をおぼえた。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

 

九十郎「……って、お前ら銃剣知らねえのかよ!?

    そもそも銃を握った事が無い!? しかたねぇな、作るか」

 

テテテテ・テッテッテー

わんこはレベルがあがった。

かよはレベルがあがった。

あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった、あやなはレベルがあがった。

あやなは『神道無念流』をきわめた。

 

九十郎「正直、綾那に教えられる事がもう無いんだが……

    てか何で俺、東国無双に剣教えてるんだ」

 

そして……

 

……

 

…………

 

………………

 

パァン!! と、竹刀が面を叩く音がする。

 

「面あり! 一本!」

 

審判役をやらされている歌夜が、決着を宣言した。

1対1だと色々と勝手が違って調子が出ないとか何とか抜かす九十郎により、半ば無理矢理練兵館での鍛錬に参加させられた可哀想な少女である。

 

主君松平元康から命じられた事とはいえ、九十郎に関われというのはそれだけで罰ゲーム極まりない。

 

ちなみに歌夜は胸の大きさ的にも性格的にも九十郎の好みから外れている。

九十郎は生来巨乳好きで、3歩下がって男を立てる女性よりも、自分を振り回してくるエネルギッシュな問題児の方を好むのだ。

 

「これで10連敗と……もう完全に勝てなくなったな、犬子にも、歌夜にも」

 

やれやれと呟きながら、あっという間に弟子2名に抜き去られた無様な負け犬……もとい九十郎が面をとる。

 

「お師匠様、綾那はどうですか?」

 

「お前は最初から最後まで俺より強かっただろうが」

 

「むぅ~、彩那も強くなったですから、褒めてほしかったです……」

 

「へのつっぱりはいらんですよ」

 

「おお、言葉の意味は分かりませんが褒められたのです!」

 

綾那は喜んでいるが、全く褒めていない。

 

そして歌夜は思った、絶対に褒められていないと。

この歌夜は剣の腕と共にエアリーディング能力も鍛えられていた。

綾那は最初から最後まで徹底して剣術だけ覚えたが。

 

「九十郎……くじゅ……ろぉ……」

 

先程九十郎に勝利した少女が、面をとる。

少女……前田犬子利家の瞳が潤んでいた。

 

「全く、俺程度に勝った位でいちいち泣くな。 この泣き虫さんめ」

 

そんな事を言ってはいるが、九十郎も内心うるっと来そうになっていた。

なんやかんやで愛弟子達(綾那を除く)の成長が嬉しかったりするのだ。

 

「しかし、タイムリミット前に実戦に使えるレベルにまで仕上げられたのは僥倖だな。

 今の犬子と歌夜なら、野生の本多忠勝にでも出くわさない限り遅れは取るまい」

 

「九十郎さん、綾那を何だと思っているのですか?」

 

「俺の自信ってやつを粉々に打ち砕いたクソガキ」

 

そのクソガキに最後まで神道無念流を教え続けたこの男はツンデレさんである。

 

「まあ何にせよ、今日の……いや、最後の稽古はお終いだ。

 ありがとな歌夜、お前が生活の面倒を見てくれたお陰で、

 この1年は好きなだけ神道無念流ができたし、犬子の不器用さも多少は改善できた」

 

「いえ、御礼には及びません。 私は主君の命に従っただけですので。

 しかし、最後……ですか?」

 

犬子が少し寂しそうに、悲しそうに頷き、九十郎の言葉を肯定する。

歌夜と綾那は、とうとうこの日が来てしまったかと……しばし瞑目し、厳しくも楽しかった鍛錬の日々を思い返す。

 

「その辺も話そう、少し呑みながらな。 犬子は道具片せ、俺は酒と肴を取って来る」

 

「……わん」

 

犬子にも普段の元気が無い。

別れの瞬間が、近づいていた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「ウィスキーである」

 

「うい……?」

 

「……好き、ですか?」

 

「九十郎が歌夜と綾那に告白した……犬子だってまだ好きって言われた事無いのに……」

 

「違ぁうっ!! この酒の名前がウィスキーって言うの! ビール蒸留して作ったの!

 こんな貧乳のちんちくりんに俺が惚れるとかありえねえからなっ!!」

 

綾那は九十郎を殴っても良いだろう。

 

「九十郎様、蒸留とは何の事でしょうか?」

 

「酒を一旦沸騰、気化させて集める事でアルコール度数を……

 要は酒精の強さを上げるんだよ」

 

歌夜と綾那が恐る恐る杯に口をつける。

 

「これは……」

 

「おぉっ! 初めての味です!」

 

「美味いだろ? こいつは犬子にもひよ子にも飲ませていない、

 蒸留装置が完成したのがつい最近だからな。 俺も味見に飲んだ一杯だけだ」

 

「そんな貴重な物を私達に……」

 

「貴重でも珍しくもないと思うぞ、蒸留装置さえあればいくらでも作れる」

 

犬子と九十郎もまた、杯を煽る。

前々から決めていた事とは言え……それを歌夜と綾那に伝えるのは、中々に心苦しいものがあった。

 

基本屑な九十郎であったが、今日だけは珍しくしんみりとした空気を纏っていた。

 

「……明日、出立する」

 

九十郎はそう告げた。

 

その瞬間、場がしぃ~んと静まり返る。

今川義元の上洛作戦がいよいよ決行され、歌夜達を含めた三河侍に招集がかかった。

織田と今川の命運を賭けた戦いが始まろうとしている。

 

そんなタイミングで出立する……それはつまり、織田と今川の戦いに介入するという事だ。

 

「ならば、明日からは敵同士……そうなりますね……」

 

犬子が、歌夜が、綾那が、沈痛な面持ちで視線を落とす。

たった1年……されど1年、同じ釜の飯を食い、共に剣の腕を磨き合った3人だ。

戦国の習いとはいえ、覚悟はしていたとはいえ、織田と今川に別れて戦う事に対し、やるせない思いで一杯になる。

 

九十郎もまた、手塩にかけて育ててきた歌夜が死ぬかもしれないと思うと、自然と奥歯に力が籠る。

 

なお、綾那の心配は全くしていない。

正直強すぎて死ぬ所が全く想像できないのだ。

 

「織田に来る気は?」

 

歌夜と綾那が首を横に振る。

 

「勝つのは織田だ、今川義元は討ち取られる。 織田は栄え、今川は滅ぶ」

 

「お師匠の言う事でも、流石に信じられねーです」

 

この時点で今川が動員できる兵は4万5000、それに対して織田はどう頑張っても5000が限界。

武田や北条に対する備えを加味したとしても、織田の敗北は目に見えている。

総大将が討ち取られる程の惨敗に終わる等、普通はありえない。

 

ミキサー大帝がキン肉マンに勝つのと同じ位、ありえない話であった。

 

「私も歌夜も、代々松平に仕える家の者、主君を裏切る事は出来ません。

 それに葵様の身柄は今もなお駿府……私達が織田に走れば、葵様がどうなるか」

 

なお、この場に居る全員が久遠、光璃、葵の3人が裏で繋がっている事を知らない。

同盟国と従属国が揃って裏切り、どう考えても勝ち目が無さそうな織田と組むなんて事、普通は思いつかない。

仮に思いついたとしても、普通は実行に移さない。

 

それを思いついて、しかも実行に移す所が光璃と葵のヤバい所だ。

 

「九十郎様と犬子様こそ、松平に来るつもりはございませんか?

 出仕停止を申し渡された身、織田に義理立てする必要があるのですか?」

 

「負ける方に付きたくはないな」

 

しかも松平、たぶん今川と一緒に沈没するだろうし、そもそも次郎三郎なんてギャグみたいな名前の奴に仕えるとか有り得ないし……と、九十郎は心の中で付け加えた。

 

九十郎は気づいていないが、松平元康は後の徳川家康だ。

 

「久遠様は勝つよ! ……たぶん」

 

「そこは言い切っても良いぞ犬子。

 この戦いは織田信長が勝つ、間違い無く勝つ」

 

互いに譲る気が全く無いのを確認し、歌夜と綾那は悔しそうに顔を伏せた。

 

「できれば師匠達と戦いたくないのです」

 

「俺だって嫌だよ! 戦国時代で本多忠勝とチャンバラってどんな罰ゲームだ!?

 宮本武蔵と戦えって言われた方がまだマシだってのっ!!」

 

同じ事を言っているように聞こえるが、綾那は戦いたくない、九十郎は死にたくないという想いからの台詞であり、凄まじいまでの温度差がある。

 

しかし、何気なく宮本武蔵の方がマシだと言ったが、この男は宮本武蔵と戦って無事で済むとでも思っているのであろうか。

 

「まあ、なるたけ松平とぶつからない戦場を選ぶ事にするさ。

 幸いにして出仕停止の身の上だ、参加する戦場を選ぶ自由はある」

 

「名付けて! 犬子と九十郎のしれっと参陣大作戦!」

 

説明しよう。

『犬子と九十郎のしれっと参陣大作戦』とは、織田と今川の戦いに勝手に参加し、最初から居ましたよという顔をしてしれっと織田家臣団に混ざってしまう作戦である。

 

犬子と九十郎を屋敷に招いた頃から、歌夜の腕前が急に上がっている事に気づいた綾那が、しれっと練兵館での稽古に参加するようになったのを見て思いついた作戦だ。

 

「ははは、そんな荒唐無稽な作戦を思いつくのも実行に移すのも犬子くらいだよな」

 

「え……? もしかして九十郎、やらないの?」

 

「いいや、やるとも。 何せあの前田利家の思いつきだ、案外馬鹿にできんかもしれん」

 

「案外って……」

 

ちなみにこの男、久遠はもう放置して他の主人(松平元康以外)を探そうぜと勧めている。

実に薄情な奴である。

 

「それはそうとして……犬子はともかく、

 歌夜とついでに綾那に剣を教えられるのは今日限りになるかも知れん。

 帰参が許されたらそのまま尾張に移住するつもりだからな」

 

「綾那はついでですか」

 

「強すぎて教えてるって感覚が全然しねえんだよっ!」

 

「でもお師匠から剣を教わってから、綾那ぐぐぅ~んと強くなったですよ」

 

「剣の振り方や間合いの取り方といった技術的な所は最初から最後まで完璧だったよ。

 たぶんだが、お前の役に立ったのはむしろ体作りと栄養学の方だろうな」

 

技は千葉、位は桃井、力は斎藤という言葉が示す通り、玄武館、士学館に比べ、練兵館では健康的な肉体作りも力を入れる。

最新のスポーツ医学や栄養学に精通した九十郎の指導は、学園内でもかなりの評判があった。

 

おかげで前の生では、ダイエット目的で練兵館の門を叩く者が後を絶たなかった。

そして女の園になっていた道場を眺めながら、九十郎は『解せぬ』と呟くのだ。

 

「師匠のおかげで歌夜のお弁当の味が上がったのです」

 

なお、本多忠勝の料理の腕は壊滅的だ。

天は二物を与えなかった。

 

「人間の身体は、無意識の内に自分が必要としている栄養を欲するように出来ている。

 栄養バランスを考えた食事ってのは、考えてない食事より美味いんだよ」

 

九十郎はドヤ顔でそう言うが、割と口から出まかせである。

 

「それは良い事を聞いたのです」

 

「筋トレも欠かすなよ、お前が今までやってたやり方滅茶苦茶だったからな。

 苦しい思いをすれば強くなるなんてのは、漫画の中だけだ。

 教えたやり方を守って、自己判断で増やし過ぎないようにしろ」

 

「もちろんなのです! お師匠の教えは全部全部覚えているのです!

 絶対……綾那は絶対に忘れたりしないのです!」

 

「ふん、教え甲斐のないチンチクリンの糞弟子が。

 お前みたいなのを弟子にするのはこれで最後にしたいね」

 

この男は本多忠勝みたいなのが2人も3人も居るとでも思っているのだろうか。

 

「じゃあ綾那が一番弟子ですか」

 

「強さだけなら間違い無く一番だよ、残念な事にな。 ホレ受け取れ」

 

九十郎が一枚の紙を放り投げる。

神道無念流皆伝の免許状……そこには確かに本多綾那忠勝の名が記されていた。

 

「か、皆伝!? 綾那皆伝ですかっ!?」

 

綾那は瞳を真ん丸にしながら飛び跳ねる。

 

「もう教えられる事が何一つ思い浮かばんからな、遺憾ながら認めざるを得ん。

 正直な話、こいつを最初に渡すのは犬子にしたかったよ」

 

「ご、ごめんね九十郎。 犬子物覚え悪くて……」

 

「馬鹿野郎、お前と歌夜の剣才も相当なものだよ。

 ただちょっと……綾那が本多忠勝だっただけだ」

 

この男は本多忠勝を何だと思っているのだろうか。

 

「んで次は歌夜、お前にはこいつをやる」

 

一枚の紙を歌夜に渡す。

こちらは神道無念流師範代の免許状だ。

 

「わ、私が師範代ですか!?」

 

「流石に皆伝とまでは言えんが……俺に代わって指導できる程度には磨いたつもりだ。

 お前は綾那と違って教えるのが上手いからな」

 

綾那の説明は擬音語が入り過ぎて余人には理解し難いのだ。

 

「弟子をとる事も許す。 俺達が居なくなった後、練兵館をどうするかは歌夜が決めろ。

 潰しても良い、新しく弟子をとって存続させるも良い。

 前者はともかく後者を選ぶなら、この免状が必要になるだろう」

 

「ですが、私が弟子をとるなんて……」

 

「指導する事で見える境地もあるぞ、嘘だと思うなら一度やってみろ」

 

良い事を言っているように聞こえるし、綾那と歌夜は少し涙ぐんでさえいるが、九十郎は神道無念流がマイナー剣法な状態をどうにかしたいだけである。

 

「綾那、お師匠の教え、絶対に忘れないです」

 

「例え敵味方に別れようとも、私達はいつまでも九十郎さんの愛弟子です」

 

「歌夜、綾那、それに犬子……練兵館道訓、言ってみろ」

 

「兵は凶器といえば、その身一生持ちうることなきは大幸というべし」

「兵は凶器といえば、その身一生持ちうることなきは大幸というべし」

「兵は凶器といえば、その身一生持ちうることなきは大幸というべし」

 

「これを用うるは止むことを得ざる時なり」

「これを用うるは止むことを得ざる時なり」

「これを用うるは止むことを得ざる時なり」

 

「わたくしの意趣遺恨等に決して用うるべからず。 これ、すなわち暴なり」

「わたくしの意趣遺恨等に決して用うるべからず。 これ、すなわち暴なり」

「わたくしの意趣遺恨等に決して用うるべからず。 これ、すなわち暴なり」

 

この1年間、稽古を始める前に必ず斉唱させられた道訓だ。

酒を飲んでいようが忘れる筈が無い……特に一時の感情に流され、拾阿弥を斬り、久遠に勘当されるに至った犬子にとっては、絶対に忘れてはならない言葉であった。

 

ちなみに、この道訓を一番頻繁に破っているのは九十郎である。

 

「上出来だ、愛弟子2名に糞弟子1名」

 

九十郎は満足気に頷いて、杯の中のウィスキーをゆらゆらと揺らす。

なお、九十郎の指導で一番強くなったのは糞弟子である。

 

「さぁて湿っぽい話はこの位にしよう、飲むぞ」

 

九十郎が杯を掲げる。

 

「この4人で、再び酒を飲み交わす日が来る事を願って……」

 

歌夜が九十郎に習い、杯を掲げる。

 

「うん、この4人でまた呑もう。 今は敵と味方でも、いつか肩を並べて戦う日が来る……

 なんとなくだけど、犬子そう思うよ」

 

「なら、綾那もその日まで絶対に生き延びてみせるです、

 お師匠から教わった神道無念流で、沢山活躍して殿さんに褒められるのです」

 

犬子と綾那もまた杯を掲げ……頭の上で軽くぶつけ合う。

 

「乾杯」

「乾杯」

「乾杯」

「乾杯」

 

戦国時代の日本に、乾杯の習慣は無い。

しかし何時からか、この4人で飲む時は乾杯をするようになっていた。

無論、言い出しっぺは九十郎である。

 

4人がそれぞれ杯に口をつける。

 

「蒸留酒は度数が高い、一気に呑むと悪酔いするから気をつけろよ」

 

「あら、女性を酔い潰して手籠めにでもなさるおつもりで?」

 

「ははは、八岐大蛇みたいにバラバラに引き裂いてやろうか?」

 

「お師匠、八岐大蛇と戦うですか? その時は綾那も呼んでくださいです!」

 

「いや戦わねえよ! 仮に戦う羽目になったら綾那に押し付けて逃げるわい!」

 

八岐大蛇相手に槍一本持って突撃する本多忠勝……そんな地獄絵図を想像してしまい、九十郎は密かに吐き気を覚えた。

 

「や、八岐大蛇かぁ……犬子も昔より強くなったとは思うけど、

 流石に八岐大蛇に戦いを挑みたくはないかな」

 

「まずはしこたま呑ませて酔い潰すです」

 

「ははは、いくら蛇でも同じ手に何度も引っかかるかよ。

 俺が素戔嗚なら大砲並べてバカスカ撃ちまくるね」

 

それが最も勝率の高い戦い方かもしれないが、なんとも夢の無い神話になりそうである。

 

「八岐大蛇に大砲は通用するのでしょうかねえ」

 

「分からんな、少なくともゴジラやガメラには通用せん……んじゃちょっときついかな?」

 

「綾那の蜻蛉切りならやれるです!」

 

「ははは、否定できねえのが怖いな」

 

4人で笑い合い、杯を傾ける。

度数の高い酒故か、今までに呑んだ事の無い酒故か、もうじき戦争が起きるとは思えない程に陽気に笑い合っていた。

 

「また……また呑めると良いよね、本当に」

 

「なあに、前田利家と本多忠勝がそう簡単にくたばるものかよ。

 ただ、個人的に心配なのは歌夜なんだよなぁ……誰だよ榊原康政って」

 

後の徳川四天王である。

 

「九十郎さん、私はそれ程頼りないですか?」

 

「歌夜は綾那が守るので大丈夫です!」

 

「ちょっと綾那!?」

 

「ねぇ歌夜、兎の後脚って幸運の御守りになるって九十郎から聞いてるんだけど、

 持ってた方が良いんじゃない?」

 

「犬子さんまでっ!?」

 

「ははは、兎の脚持ってた程度で人の運命が変わるものかよ。 あんなのは迷信だ、迷信。

 渡すなら防弾チョッキとか、ギリースーツとかもっと実践的な……

 ああそうだ、アレも今渡しとくか」

 

なお、稽古を始めたばかりの頃ならともかく、今の歌夜は九十郎よりも数段強い。

それなのに何故か九十郎は自分は死なないと無邪気に信じていた。

酔って気が大きくなっている訳では無い、これが九十郎のデフォルトだ。

 

それはそうと、九十郎は金属音をカチャカチャと鳴らしながら、物置から何かを2本持って来る。

 

「稽古の合間に作っていたんだが……流石の俺でも5挺しか用意できなかったよ。

 このうち2挺は歌夜と綾那に渡しておく。 餞別代わりとでも思っておいてくれ」

 

心配していないと言いつつも綾那の分まで渡すあたり、この男は酷いツンデレである。

 

「こ、これ……」

 

それを見た瞬間、歌夜と綾那の目が大きく……本当に大きく見開かれる。

酔いが一瞬で引き、女の子がしてはいけない顔になっていた。

 

それは斎藤道三や織田信長、武田晴信等の名だたる大名達が競って買い求めている最新鋭兵器、今川から派遣された代官によって生かさず殺さず、限界ギリギリまで搾取されている三河侍達には絶対に手が出せない高級品……

 

「て……鉄砲……」

 

「あ、綾那初めて見たです」

 

「言っとくが銃剣の訓練に使ってた模型では無いぞ、ちゃんと弾丸を発射できる本物だ。

 試し撃ちも何回ややってある」

 

まるで大根か長芋でも渡すかのようにほいと2人に渡していく。

綾那と歌夜の腕は震えていた。

 

「にしてもこの時代、硝石クッソ高いよな。 もう少し今川が動くまで時間があったなら、

 信長がやってた方法で硝石も自作するんだが」

 

なお、九十郎が言っている『信長』とは、織田久遠信長ではなくドリフターズという漫画の登場人物である。

 

後日この話は葵に伝わり、ありもしない硝石生産法の秘密を探るべく、ダース単位で密偵を送り付け、当然のように無駄足に終わる。

九十郎はハタ迷惑な存在である。

 

「ああ言っておくが、その銃には普通の玉と火薬は詰めるなよ。

 火縄も火打石も付けてないから、雷管のある弾しか使えん」

 

「ら、雷管……?」

 

「これが雷管付きの弾丸、後ろを撃鉄……

 そっちの銃に付いている小型の金槌で叩くと発射される。

 要は火薬に点火するための機構だと思ってくれ。

 可能なら薬莢は回収しておくように、作り直すのは面倒だ」

 

そう言って九十郎は歌夜と綾那に銃弾を渡す。

まるで子供に小遣いでも渡すかのような気安さであるが、銃弾もこの時代では貴重品である。

 

そして雷管の発明は1865年、アルフレッド・ノーベルによってなされる。

またもやこの男は未来の技術をそうと知らずに放出したのだ。

 

「あ、あの……本当に頂いても、宜しいのですか?」

 

「くだらない事を考えるな、良いに決まってるだろうが。

 1年近くも衣食住の世話をして貰った礼だと思ってくれ」

 

酔って気が大きくなっている訳ではない。

重ねて言うが、これが九十郎のデフォルトだ。

 

「いえ、あの、お礼にしては高価過ぎるのではと……」

 

滝のような冷や汗をかきながら歌夜は、どうして茶坊主を1人斬った程度の事で、こんな人が勘当したりするんだと頭を抱えたい気分になっていた。

 

あらゆる意味で剣呑なこの時代だ、鉄砲を自作できるというだけでも高禄で召し抱えようとする大名家は多い筈だ。

鉄砲の有用性にいち早く気づいた織田家ならば尚更の事だと……

 

「良いから持ってけ、この……」

 

なお、歌夜はこの銃の使い方を実演された時、驚きの余り腰を抜かしてしまう。

茶坊主を100人斬ったのだとしても手放してはいけないだろうと叫びたくなった。

 

 

 

 

 

連発可能な鉄砲なんて代物、公方も今川義元も持っていないのだから。

 

 

 

 

 

「このウィンチェスター・ライフルをな」

 

ウィンチェスター・ライフルの発明は1873年。

未来の銃である。

 

 


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