戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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前話、第150話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第150話URL「https://syosetu.org/novel/107215/50.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第151話『本多忠勝+小刀=死亡フラグ

「借りは全て返したぞ、尊治」

 

「戯け、貴様手を抜いたな」

 

時は少し遡り、駿河館で巨大鬼がハチの巣にされた直後の事。

吉野の御方と呼ばれる男が……日ノ本に鬼を生み出し、殺戮と混乱を生み出す男が、新戸に詰め寄っていた。

 

「オレの超能力は強力かつ多芸だが、完全無欠ではない。 それはお前も知っている筈だ」

 

「小僧と小娘2人すら殺せない……か? 余は貴様を少々買いかぶっていたようだな」

 

発火能力、テレパシー、読心、催眠、変身、飛行、エネルギー衝撃波、操虫、透視……通常は1人1つしか発現しない超能力であるが、新戸だけは複数の能力を状況に応じて使い分ける事が可能だ。

しかも1つ1つの能力は強力無比だ。

一度も使って無い超能力が一部混ざっている事へのツッコミは不要である。

 

ともあれ、普通に考えればどれだけの剣客をどれ程集めても軽く蹴散らせる能力だ。

 

「超能力者共通の弱点は、能力の発現に精神集中が必要な事だ。 その弱点を衝かれた。

 クズローは徹底して、オレに集中をさせない戦法を使った」

 

「壁役は付けていただろうに」

 

「そこは吉音が上手く捌いた。 そしてあの未来の武器だ……あれでは勝てない」

 

「ぐぬぬ……」

 

まるでステレオタイプの悪役のように、吉野が歯噛みをして吉音、九十郎に視線を飛ばす。

汗と泥に塗れながら、えっちらおっちらとサイドカーを押す2人は、見た目それほど強そうにも、恐ろしそうにも見えなかった。

 

今すぐこの場で殺してしまう事も考えたが、それをやろうとした瞬間、目の前の鬼子が襲い掛かって来る事は明らかだ。

 

「……ならば、次会う時は敵同士か」

 

「それはどうだろうな?

 オレはできる事なら、お前が死なない形で戦いが終わらせないかと考えているぞ」

 

「戯け、相容れぬわ。 余と武士という存在はな」

 

「それはお前の思い込みだ」

 

「余が受けた恥辱を忘れろとな?」

 

「200年も昔の苦痛にいちいち拘るな」

 

「あり得ぬ話だ」

 

吉野が一瞥すらせずに吐き捨てる。

新戸は少し苦笑して、ため息をついた。

こいつどこの並行世界でも全然変わらんなという苦笑とため息だ。

 

「1つだけ……友人として、1つだけ助言を残す。 斎藤くじゅ……じゅく……

 言い辛いな、クズローの当面の目的は、大江戸学園に帰る事だ。

 この前こちら側に来て、サイドカーとミニガンを持ち込んだ2人もそうだ。

 オレがお前の立場なら、しばらく放置して丁重にお帰り頂く。 未来の兵器と一緒に」

 

そして新戸は大嘘を吐いた。

九十郎が大江戸学園に帰る=美空が危険な未来兵器をたんまり入手するという事を隠したのだ。

せめてオーディンとの戦いに備え、少しでも横槍が入らないようにと。

 

自分の友人、愛すべきぼっち仲間との凄惨な殺し合いが避けられないのであれば、せめて不完全燃焼の幕切れとならないようにと願いながら。

せめて全力と全力、真っ向からの殺し合いができるようにと願いながら……

 

……

 

…………

 

………………

 

「剣丞……あいつ……」

 

小波と姫野から尾張の状況を聞いた九十郎は、思わず頭を抱えてしまう。

 

織田信長と新田剣丞が蘭丸に取り込まれ、敵に回った……

そうなる可能性は前々から考えてはいたが、いざ現実になってしまうと眩暈がした。

 

「秋子、被害の確認と再編成を大至急。 日没までに終わらせなさい」

 

「はいっ! 直ちにっ!」

 

美空の命令により、越軍が俄かに慌ただしくなる。

無限にも思えた鬼の軍勢との耐久レースが終わり、弛緩していた空気が一気に張り詰める。

 

「私が知りうる事は全て話しました……どうか!

 私に差し出せる物は全て差し出します! どうかご主人様を!!」

 

小波は地べたに這いずるように懇願する。

 

「とんだ疫病神よ! 新田剣丞はっ!! やる事、成す事、何から何まで私の癇に障る!

 次から次へと面倒を起こして、九十郎を何度も何度も苦しめてっ!」

 

「そ、それは……」

 

美空が癇癪を起したかのような怒声を浴びせ、小波が思わず言葉を失う。

元より彼女は忍者……密偵の類であって外交官ではない。

詩乃やひよ子と比べて口下手で圧しが弱い性格だ。

 

「まあ、二つ返事であっさり了承得られるなんて思ってねーし。

 こっちもあのへっぽこ助けるために兵を貸せなんて非常識な事言う気はねーし、

 どーせ言っても断られるし」

 

そこで比較的口達者な姫野が小波に代わって美空の説得に動く。

 

「貴様! 他人の主人をへっぽこ呼ばわりとはどういうつもりだっ!?

 いや……貴様何者だ!? いつからここにいた!?」

 

そしていつものように姫野の事を忘れた小波によって後ろから足を引っ張られた。

 

「また姫野の顔を忘れやがったしぃっ!! もうお前は永遠に黙ってろだしぃっ!!」

 

「あ~、小波……そいつは風魔小太郎で、

 一応お前の味方っぽい雰囲気だから、あんま虐めてやんなよ」

 

基本空気を読めない九十郎が思わずフォローを入れた。

 

「何っ!? 風魔小太郎だと!?

 あの有名な風魔小太郎が、こんなとぼけた顔だったとは……」

 

「とぼけてんのはてめぇの頭の方だしぃっ!!」

 

「あんたら私にどつき漫才見せに来たのかしらぁっ!?

 そうだったら今すぐ回れ右して帰りなさいっ!!」

 

美空の怒声というか、罵声によって半強制的に小波と姫野を黙らせる。

 

「小波……は、ちょっとアレだから、姫野。 結局私に何してほしいのか言いなさい。

 話くらいなら聞いてあげるから」

 

小波は『心外!!』とでも言いたそうな顔になった。

 

「……さっきも言ったけれど、剣丞助けるために兵を貸せとは言わねーし。

 連中と戦って、運良く剣丞にまだ息があったら、

 トドメは刺さないでいてくれれば十分だし」

 

「なっ!? ご主人様が連中に奪われた放置するのか!?」

 

直後、またもや小波が姫野に嚙みついた。

 

「落ち着けだし、どう考えても兵を借りればどうこうできる状況じゃねーし!

 姫野や剣丞隊の皆がどうなったか忘れたとは言わせねーし! 100人借りたら100人が、

 1000人借りたら1000人がそっくりそのまま洗脳されて敵に回るのがオチだしっ!!」

 

「しかし、少数なら少数でやりようはある筈だ!!」

 

「どうしてもやりたいなら小波1人で行けだし。

 でも蘭丸の洗脳にある程度対抗できる小波は、この状況では超貴重だし。

 剣丞の命乞いをするのにこれ以上の材料は無いって事も考えろだし」

 

「いや……だが……」

 

「姫野と小波ならできる、やれる事はいくらでもあるし。

 風魔小太郎と服部半蔵正成なら、この最悪極まる状況でも……」

 

姫野は祈るような面持ちである。

風魔小太郎、服部半蔵と言えど、所詮は蘭丸の能力の前に尻尾を巻いて逃げ出した敗残兵2人に過ぎない。

 

特に姫野は、蘭丸に囚われ、洗脳され、剣丞達に牙を向いたばかりだ。

 

そんな自分に何ができる……出かけたその言葉を必死になって飲み込んだ。

 

「とにかく、本気で剣丞を助けたいなら情報と働きを手土産に命乞いするしかねーし。

 戦の最中でくたばったら剣丞の命脈がそれまでだったと思うしかねーし」

 

「ちょっと、アンタらの結論はどうでも良いけど、

 せめて事前に意見の統一ぐらい済ませてから来なさいよ」

 

「話し合ったし意見も合わせてたしっ!!

 こいつが姫野の顔と一緒に全部スパッとわすれやがっただけだしぃっ!!」

 

「松葉、何か食べ物とお酒を持ってきて、できるだけ上等なのを。

 この苦労人を少しでも労ってあげましょう」

 

「御意」

 

ついに姫野は美空からも同情され始めた。

これを狙ってやっているのだとすれば相当の知恵者である。

 

「話した……? はな……した……のか……?

 確かにここに来るまで、妙に記憶が曖昧な時間が……くっ、頭が……」

 

「おい美空、小波が混乱してるみてぇだぞ」

 

「面倒だからこのまま混乱しててもらいましょう。 それよりも問題は……」

 

「言っとくが、剣丞を殺す相談なら……」

 

「反対するって言いたいなら、念押ししなくても分かってるわよ。

 雫もどうせなんやかんやと理由をつけて反対してくるでしょうね。

 まあ素敵、主に逆らう気概のある家臣が大勢いて助かるわ」

 

「雫はともかく、俺の禄は柘榴からでお前からじゃねーけどな」

 

いわゆる陪臣である。

 

「主君の主君は主君も同然でしょうが!?」

 

「そんなクリスタル聖闘士理論は俺には通じんっ!!」

 

美空は深ぁ~くため息をついた。

大江戸学園に辿り着き、現代ニホンの武器を入手しさえすれば、織田も北条も松平もどうにでも料理できる。

ここで剣丞を助けるために貴重な時間や人手を費やす事は流石にできない。

 

しかし向こうから襲ってきた場合、身を守るために迎撃せざるを得ない。

そうなった場合……

 

「(うっかり剣丞を殺したら九十郎がヘソを曲げるかも。

 そうなると当然、九十郎の幼馴染の光璃とも険悪になる。

 そうすると未来の武器が仕入れられなくなって……詰む)」

 

美空がこの作戦の前提がひっくり返る最悪な未来を想像してしまう。

無論、『剣丞を殺す=光璃が約束を反故にする』というのは多少論理の飛躍がある。

だがしかし、現代ニホンの武器を仕入れるのは光璃の人脈頼りである以上、そうなる可能性が一欠片でもあれば考慮せざるを得ない。

 

つまり……

 

「(本心はともかく、剣丞を助けるポーズ位はしないといけないわね)」

 

美空の心労が1つ増えた瞬間である。

 

「(そうだわ、この戦いが終わったら剣丞に離縁状を叩きつけて、

 気絶するくらい酒を吞んで、九十郎に慰めてもらいましょう)」

 

そして死亡フラグも1つ増えた。

 

「……とにかく、悪いけど方針は変えられないわ。

 蘭丸との戦いは可能なら避けて江戸城に向かう。

 敵の現在位置と、織田信長を洗脳して取り込んでるのが分かっただけでも大収穫ね。

 蘭丸の能力で不意打ちをかけられていたら、目も当てられない状況になってたわ」

 

「じゃあ大収穫の報酬を寄越せだし」

 

「良いわ、新田剣丞は『なるべく』殺さない、約束するわ。

 ただし『なるべく』よ、無理そうだったら諦める。

 乱戦の中でうっかり殴り過ぎたなんて事になっても恨むんじゃないわよ」

 

「まあその辺が限界か、だし」

 

「おい待て! それではご主人様を放置する事になるだろう!」

 

話が纏まりそうな所で小波が口を挟む。

 

「つってもこっちの手札じゃこれ以上は何も引っ張り出せねーし。

 逆さに振っても鼻血しか出ないとは正にこの事だし」

 

「ああ、そう言えば貴女って北条に伝手があったわよね。

 どうも一刻を争いそうな状況だし、

 江戸城に行く手伝いもしてくれるならこっちも色々便宜を図るわよ」

 

「ちょっと前に中途退職したから向こうは怒ってるかもだし。

 それでも良いなら、状況が状況だし手伝ってやらんでも無いけど、期待すんなだし」

 

「おい! 部外者が勝手に決めるな!」

 

「部外者じゃねーし! 思い切り当事者だしぃっ!!」

 

「そもそもお前は誰だ!? いつからここにいた!?」

 

「この短時間で2回も忘れやがったしぃっ!!」

 

……

 

…………

 

………………

 

「小夜叉、鎧の調子はどうだ?」

 

その日の夜、九十郎は小川で鎧に着いた汚れを洗う小夜叉に声をかけていた。

鬼は遺体が残らず、返り血や肉片による汚れは無いのであるが、鬼に斬られた味方の兵の血や、戦場を駆け回る際に付着する泥汚れ等は当然ある。

 

そういう細々とした汚れについて、気にしない者はとことん気にしないが、気にする者は結構気にする。

そして小夜叉は意外な事に、比較的気にする方に分類される。

 

「うん? 九十郎か、良い感じだよ」

 

間接の隙間に溜まった泥を掻き出しながら小夜叉が答える。

その鎧は一般に流通する当世具足ではなく、九十郎作成の西洋風フルプレートアーマーだ。

 

最初の一戦(第106話)では暑すぎ、重すぎ、身長や体格に合ってない、ペース配分ミスの四重苦により散々な結末になってしまった鎧であるが、その後間接の位置や構造が変え、内部の熱気を逃がすスリットが増やし、比較的致命傷になり難い部位の装甲を薄くして軽量化を図る等の改修が行われている。

それと並行して行われた猛特訓(第121話)によって、全身の筋肉が増し、重い鎧を着用した状況での戦い方にも慣れ、現在では以前と遜色ない戦いぶりを見せている。

 

そのおかげで、小夜叉は先の戦闘では柘榴や綾那といった猛将達と共に凄まじい勢いで雑魚鬼達を刈り取っていた。

 

「オレに用事か?」

 

「いや、用があるのは糞弟子の方だ。 今どこにいるか知ってたら教えてくれ」

 

「さっきあっちで仏像彫ってたぞ」

 

「そか、ありがとな」

 

九十郎が軽く礼を言ってからその場から立ち去ろうとして……足が止まる。

 

「怪我とかしてねぇか?」

 

「……あん? 今日出てきたのは雑魚ばっかりだったよ。 張り合いが無い位だったぜ」

 

「そか、そりゃ良かった」

 

九十郎がその場から立ち去る……が、2~3歩進んだところでまた足が止まる。

 

「……粉雪は元気でやってるかな?」

 

「知らねぇよ、便りが無いのは元気な証拠なんじゃねぇの?」

 

「いや頼りは結構来てるんだ。

 早くしろとか、真面目にやれとか、夜になると俺の事ばかり考えるとか」

 

「それ恋文なんじゃねぇの?」

 

「かもな、全然返事書いてねぇが」

 

「書いてやれよ、待ってるぞ絶対」

 

「いや、改めて書こうとすると何を書けば良いか分からなくてだな……」

 

「釣った魚にもエサをやっておけって」

 

「ああ、そだな……分かっちゃいるんだが……」

 

九十郎がそれだけ言い残すとその場から……立ち去らずに、しばし無言で佇む。

 

「あ~、小夜叉……その……だな……」

 

そして何かを言いかけ……また止まる。

そうこうしてる間に、小夜叉はフルプレートアーマーの洗浄が終わった。

 

「……あの時の事、気にしてんのか?」

 

あの時と言われ……後先考えずにフルプレートアーマーを小夜叉に渡し、それが原因で鬼に押し倒され、凌辱された時の事だとすぐに分かった(第106話)。

 

「あんま愉快な思い出じゃねぇけどな、アレについては何とか折り合いをつけてる。

 今更謝られても何も変わらねぇよ」

 

「う……すまん、あの時は本気で考え無しだった……」

 

「だから謝るなって」

 

小夜叉が水洗いした鎧の部品から水気を拭き取っていく。

 

「……剣丞隊が全滅した、小波以外」

 

小夜叉の動きがぴたっと止まる。

 

「蘭丸……か?」

 

小夜叉は直感的に、森蘭丸の仕業のような気がした……と言うより、他に剣丞隊を全滅させられるような存在に心当たりが無かった。

 

「小波が洗脳されて偽の記憶を植え付けられてなけりゃだがな。

 いや、あいつはテレパスで、ある程度は精神操作に耐性がある。

 たぶん大丈夫だとは思うんだけどな……」

 

「何があったんだ?」

 

「それはだな……」

 

九十郎が頭を掻き、どこからどう話したものかと思案する。

そして……

 

「2回同じ事話すのは面倒だ、とりあえず糞弟子の所に行くぞ」

 

とりあえず九十郎は話し難い事を先延ばしにした。

こういう無意味な先延ばしを多用して話をややこしくする所が九十郎である。

 

……

 

…………

 

………………

 

カリカリカリカリ……と、小刀で木片を削る音がする。

ガリガリガリガリ……と、鑢で角やささくれを削る音がする。

 

本多綾那忠勝の傍には、既に4体程の木彫りの仏像が置かれており、少し前に5体目の作成に着手した所であった。

 

「糞弟子、いるか?」

 

「よう鹿角、さっきぶりだな」

 

……と、そこにズカズカと無遠慮に小夜叉と九十郎が入ってきた。

 

「……て、お前何やってんだ?」

 

「仏像を彫っているのです。」

 

綾那は少し手を止めて答える。

 

今回の戦いで斬殺した鬼達は、元々は駿河に住む普通の人々だ。

世を乱す鬼として殺した事に後悔は無いが、それでも犠牲になった人々の無念を慰めるために綾那は仏像を彫り、念仏を唱えていた。

何も考えていないようで、意外と信心深い方なのだ。

 

「九十郎殿、敵が迫っているのですか?」

 

近くで近辺の地図を眺めて何やら考え事をしていた詩乃が、九十郎に声をかける。

 

「……ん? 誰から聞いた?」

 

「いえ、誰からも。

 しかしこうも慌ただしく陣の立て直しを急がれては、嫌でも分かります」

 

「そりゃそうか。 竹中半兵衛だったもんな、あんたは。

 俺がこっちに来るのもお見通しだったか?」

 

「まさか、予知能力者ではありませんよ。

 しかし事情が分からないままでは対策も立てられず、困っていました」

 

九十郎が苦笑する。

現状、詩乃と綾那の立場は越軍の中でも微妙なものだ。

 

美空が付けた見張りを昏倒させ、蓄電逃亡した新田剣丞。

現状、明確な敵とまでは見なされていないが、直前までの言動から限りなく敵に近い存在として認識されている。

その剣丞についこの間まで仕え、支えていたのが詩乃と綾那だ。

形式上は越後長尾家に助力しているものの、その立ち位置はやや敵に近いグレーと認識されていた。

要するに、古参の者達からは距離を置かれてしまっているのだ。

 

「蘭丸は知ってるか? 森蘭丸、桐琴が鬼に孕まされて産んだ鬼子なんだが」

 

「存じています。 金ヶ崎の退き口で遭遇しましたので」

 

「ああ、言われてみればそうだったな」

 

九十郎にとっては対して思い入れの無い戦いだが、詩乃にとっては金ヶ崎の戦いはトラウマ一歩手前である(第66話)。

突如として目の前に現れ、剣丞隊の全員の動きを問答無用で止め、その後は……正直、あまり覚えていない。

覚えていないが、『恐怖』と『快楽』の2つだけは、どれだけ頭から振り払おうとしても取り除けない程に強烈に染みついていた。

 

「それに……もう一度……」

 

「もう一度? 何かあったのか?」

 

「いえ、それは……」

 

詩乃が言いよどむ。

 

彼女は金ヶ崎の他にも、蘭丸と会っている。

助けられた御礼と称して九十郎に抱かれ……いや、九十郎を押し倒し、淫らに腰を振る夢を見た日に、詩乃は確かに森蘭丸と会っているのだ(第114話)。

 

何の悪意も、殺意も、害意も感じ取れない装いで『本当の愛を探している』と言ってのけた鬼子に……

 

「(あの一件は……流石に言えません……ね……)」

 

洗脳と催眠を武器とする鬼子に2人きりで会っていたと告げれば、次に待っているのは内通疑惑だろう。

美空や九十郎に伝えるのであれば、剣丞から袂を分けた時点で伝えるべきだった。

今この状況で内通をした、していないの水掛け論を行うのは明らかに悪手である。

 

「蘭丸の居所が分かったのですか?」

 

詩乃が話題を逸らす。

 

蘭丸対策の難しさは情報不足にある。

どこで何をしているのかが分からない。

いつ誰が蘭丸に洗脳され、敵に回るかも分からない。

そんな状況ではどのような作戦も立てられたものではない。

 

「……蘭丸は、織田信長を取り込んだ」

 

「織田に……!?」

 

詩乃が明らかに動揺する。

越後から去った剣丞隊の行先は尾張、織田久遠信長の元だという事は状況的に明らかだ。

織田久遠信長と合流し、美空が未来の兵器を手に入れるのを阻止するために……その織田信長が蘭丸に取り込まれたという事は……

 

「では……剣丞隊は……」

 

詩乃は自らに対し『動揺するな』、『心を掻き乱すな』と言い聞かせながら、片手をぎゅうぅっと握り絞めながら剣丞隊の安否を尋ねる。

剣丞は洗脳を防ぐ剣を持っていたのだからと、小波も多少なら蘭丸の能力に耐えられた筈だからと、必死に剣丞が無事に戻る理由を頭に思い浮かべて、祈るような気持ちで九十郎の言葉を待った。

 

だがしかし……

 

「剣丞隊は全滅した」

 

……しかし、その祈りは届かない。

 

瞬間、ザクッ! という刃物が肉に食い込む音、ガララッ! という木彫りの仏像や材木が崩れる音がして……

 

「い……い……痛った~~~~いのですぅっ!!」

 

本多綾那忠勝が動揺の余り、小刀を左手に突き刺し大出血していた。

 

 


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