戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次話、第150話にはR-18描写がありますので、エロ回に投稿しています。
第150話URL「https://syosetu.org/novel/107215/50.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第149話『成敗』

ぶぅんっ!! ぶうぅんっ!! とエンジンを吹かす。

何年ぶり、いや何十年ぶりに乗る愛車の具合を確かめる。

 

戦国時代でガソリンを補充する手段は無い。

現在タンクに残っている分を消費してしまえば、サイドカーは鉄の置物に変わってしまう。

そんな貴重なガソリンを思い切り使うのが、光璃の第二の作戦である。

 

搭乗者は……

 

「行くぞ吉音、腹は括ったな?」

 

「うん、いつでも良いよ」

 

搭乗者は……吉音と九十郎であった。

 

「良いわね2人共、有象無象はできる限りこっちで引き付けるわ。

 ガソリンは希少だけど、貴方達の命と剣魂二振りを喪失する方が重大だから、

 敗色濃厚と見たら逃げ帰りなさい」

 

「九十郎、Dゲイザーちゃんと着いてるか見てくんない?

 この前、戦ってる内に外れかけて大変だったんだよ」

 

「どれどれ……充電良し、固定具良し、通信状況良し、

 美空の機器はちゃんとショートカット設定してあるな。

 カードプール及びマスタールールデータは最新版に更新済み、

 デュエルディスクとのリンクもOK……大丈夫そうだぞ」

 

何個か戦国時代では絶対に使いそうもない設定があるのは内緒である。

 

「こっちの状況も適宜送るわ、手が空いた時で良いからそっちの状態も送りなさいよ。

 ただし撤退を決めた時は必ず連絡して、こっちから救助の兵を送るするから」

 

「もう耳にタコだよ」

 

そもそもの話、美空達は蘭丸対策に新戸を呼び戻しに来たのであって、駿河の鬼を全滅させに来た訳では無い。

 

吉野の御方と呼ばれる鬼の親玉が創ろうとしている巨大な鬼……ジャンボキングのように過去に倒された鬼の怨念を重ねた怪物を、新戸はガードをしている。

決して駿河の鬼全体を守っている訳では無いのだ。

よって最奥部のジャンボキングだけ殺せば、美空達の目的は達成されるという事だ。

 

今回の作戦は非常に単純である。

先の3度の進行により、大勢で動けば多数の鬼に迎撃され、少数であれば比較的少数の鬼が迎撃に来る性質が分かっていた。

そこで、美空達本隊が防御重視の陣形で鬼を可能な限り引き付け、吉音と九十郎がサイドカーで迎撃を振り切りつつ最奥部に(たぶん)居る巨大鬼を倒すという作戦だ。

 

「じゃあそろそろ、昨日確認した突入ルートに移動する。 美空、時計合わせを頼む」

 

「現在時刻表示……大丈夫、合ってるわ。

 陽動は午前6時きっかりに開始、突入はその30分後、良いわね」

 

「おう、任せとけ。 吉音も準備できてるな」

 

「大丈夫。 今度こそこの戦い、終わらせて見せるよ」

 

悪人の住処に単騎突入して事件解決は大江戸学園では日常茶飯事。

軍勢と軍勢による殺し合いに割り込むよりもずっとずっと徳河吉音向けの作戦である。

 

そして……

 

……

 

…………

 

………………

 

「時間ね……松葉、法螺を吹きなさい! 全軍進撃せよ!」

 

そして作戦は開始される。

 

「戦闘開始のゴングなのですっ! 綾那はただ勝つのみなのですっ!!」

 

「しゃあっ! パートタイム赤備え改め、

 パートタイム越軍の森小夜叉長可の出陣だぁ!! 死にてぇヤツはどいつだぁっ!!」

 

目的はあくまで時間稼ぎと事前に聞かされているものの、綾那、小夜叉コンビは全く気にせずダッシュする。

駿府館の方向に一直線に進む2人に、早くも鬼が立ちふさがる。

 

「何千、何万いるか知らねぇけどなぁ!!」

 

「全員叩き切って綾那最強なのですっ!!」

 

鋼の如く、あるいは巌の如く強靭な鬼の肉体が花火のように飛び散った。

剣魂のような対神話生物用の特殊加工がされた武器ではないが、鍛え抜かれた肉体と、磨き抜かれた技の数々が、鬼達を次々に叩き斬る。

 

……

 

…………

 

………………

 

「吉音ぇ! 右旋回! 体重寄越せぇっ!!」

 

「分かった!」

 

サイドカーに乗った吉音が九十郎に抱き付くように身を寄せる。

急に吉音と九十郎の間にロマンスが芽生えた訳では無い。

パッセンジャーの体重でマシンの重心をコントロールし、より速い、より鋭い旋回を可能にするのだ。

 

「次は左旋回! 一気に振り切るぞっ!!」

 

「逆側だねっ!!」

 

吉音が今度はサイドカーから身を乗り出して逆側に体重をかける。

急旋回による横転を重心移動によって防ぐ技術だ。

 

「索敵ぃ!」

 

「前方右に2体、残りは後ろだよ!」

 

「よぉしっ!! このまま全員抜き去るぞ、振り落とされんなよっ!!」

 

九十郎はフルスロットルで駆け抜ける。

 

「情報リンクは?」

 

「やってる……大丈夫、美空ちゃん達はまだ持ちこたえてるよ」

 

「今方向合ってるか!?」

 

「んん……ちょっと逸れてる! 左方向に少し修正……うん、そっちの方向!」

 

基本的に敵は避け、時にはぶん殴り、時には轢き殺し、吉音と九十郎が鬼の迎撃を避けて奥に奥にと突き進む。

だがしかし、エンジンを吹かす度に、ガソリンの残量はガリガリと減っていく。

一般的な自動車のようなメーターは取り付けられていないが、走行量と走行音でおおよその残量は推定できる。

 

「くっそ、これ以上遠回りしたら逃げる分のガソリンが残らねぇぞ……」

 

猛スピードで鬼の集団を搔い潜りながらも、九十郎は内心焦っていた。

越軍本隊と離れれば離れる程、目的である駿府館に近づけば近づく程、鬼の妨害は濃く、強くなっていく。

 

「九十郎ぉ! 前方11時にまた出てきたよっ!」

 

上空高く飛び進む剣魂・マゴベエから警告が来る。

吉音は即座に美空や九十郎のDゲイザーにデータを送る。

 

「糞が、また回り道かよっ! 吉音体重こっちに!」

 

「うんっ!」

 

再び吉音が九十郎に身を寄せ、体重をかけ、急旋回をサポートする。

サイドカーがガタガタと揺れ、ガソリンがどんどん減っていく。

 

もし引き返すのならば、そろそろ決断しなければ……

いや、駿府館から遠ざかるのであれば邪魔は入らないから、まだ多少は余裕があるのか……いやいや、もし逃げるにしても敵の中枢の情報を抜く位はしなければ、ガソリンを減らしただけだろう……

九十郎はどうする、どうすれば良い、どうしようと何度も何度も自問自答する。

九十郎はでかい図体の癖に小心者であった。

 

そして……

 

「吉音、これ以上進んだら戻るガソリンが無くなる。

 つまり……しくじったら2人仲良くあの世行きだ」

 

九十郎は相談とも、弱気とも取れる言葉を漏らした。

一応、新戸とジャンボキングを倒す作戦は立ててはある。

あの武田信玄と上杉謙信が夜明けまで議論を尽くし、練りに練った作戦がある。

 

だがしかし、こっちはたった2人だ。

たった2人で越軍全軍でも突破できない怪物共の布陣を突破して、デ〇ック牧のような超強力なサイキッカーが護衛についたジャンボキングのような怪物を殺さなければならないのだ。

九十郎は自分の腕が、脚が、ぶるぶると震えているのが分かった。

恐怖しているのだ。

 

だがしかし……

 

「……行こう、九十郎」

 

……だがしかし、徳河吉音は死を恐れない。

 

「正直に言って、あたしも怖いよ。

 もう学園に帰りたい、もう一度八雲に会って、わんわん泣きながら甘えたいって思うよ。

 でも……それでも……」

 

いや、徳河吉音は死を恐れていた。

九十郎と同じ位、死ぬのは嫌だ、死ぬのは嫌だと怖がり、震えていた。

 

だがしかし、それでもなお徳河吉音はキッと前を向く。

朝普通に話をして、一緒に食事をした誰かが、夕刻には惨たらしく殺される地獄があった。

誰もが涙を流し、誰もが痛みを堪え、それでもこの国の未来のために戦う人々がいた。

目を閉じれば、そんな地獄のような光景が鮮明に浮かぶ。

あの光景を止められるならば、傷つく誰かを、涙を流す誰かを救えるのならと、吉音は恐怖を圧し殺す……いや、踏み越える。

 

「行こう、九十郎」

 

九十郎はそんな吉音を横目に見て、ふっと笑う。

トラックに轢かれ、自称転生をつかさどる神に会い、戦国時代に生まれ変わってからなんやかんやで25年。

しかし、徳河吉音は、九十郎が記憶する吉音のままだった。

無鉄砲のようで意外と怖がりで、怖がりな癖に外せない所は外さない……そんな姿が眩しくて仕方がなかった。

 

「吉音、ちょっと迂回し過ぎてガソリンがヤバい。

 こっから先は一直線に突っ切るしかねぇ!」

 

「要するにいつも通りって事だよね!」

 

「そうだ! 大江戸学園名物の……」

 

「殴り込みだあああぁぁぁーーーっ!!」

「討ち入りだあああぁぁぁーーーっ!!」

 

九十郎がエンジンを吹かしサイドカーを加速させる。

大江戸学園において、とりあえず悪人の住処に殴りこんでチャンバラというのは日常の光景だ。

戦術だの戦略だの政略だのといったまだるっこしい事は基本考えない。

その辺を考えながら、方法は過激でも学園の未来のために動こうとした由比雪那の方がむしろ異端である。

 

「索敵……前方から7体来るよ!」

 

「ままよ、突っ込むぞ! ブッた斬れ吉音ぇっ!!」

 

「了解! トランザムッ!!」

 

吉音が1体をマゴベエの体当たりで怯ませ、1体をサイドカーから身を乗り出して叩き斬る。

残りの5体はフル加速して振り切った。

 

なお、当然だが九十郎のサイドカーにトランザムシステムはついていない。

単なる気分の問題である。

 

「ヒャッハァーッ!! 大江戸学園ナメんなよぉっ!!」

 

「今日のあたしは峰打ちじゃないよっ!! 寄れば斬る! 寄らなければ斬らない!」

 

「死にたくなけりゃそこをどけぇっ!!」

 

「再びジオンの理想を掲げるために! 星の屑成就のために!」

 

「ガトーじゃねえよっ!! やめろよ最後死ぬだろっ!!」

 

吉音がノリノリで剣を振るい、立ちはだかる鬼達を次々と真っ二つに切り裂いていく。

あるいはそれは、本物の戦場に飛び込んでしまった自身を奮い立たせ、死の恐怖を忘れるための軽口かもしれない。

 

「九十郎、この前ね! 赤穂浪士の格好して悪い奴らをやっつけたんだよ!」

 

「今言う事かよそれっ!? 勝ったのかそれでぇ!?」

 

「うんっ! 詠美ちゃんと八雲と一緒にお城に登って!

 大江戸キャノンでドカーンッ!!」

 

「そりゃ笑える光景だったろうなっ!」

 

「九十郎も来れば良かったのにっ!」

 

「俺はそん時、戦国時代だったよ!」

 

吉音とマゴベエが鬼を倒し、九十郎はサイドカーを走らせ一直線に突き進む。

対神話生物用の特殊加工がされた刀は、どれだけ鬼を斬っても刃毀れ一つ生じさせない。

鬼の首が飛び、腕が飛び、脚が千切れ、凄惨な光景を振り切りながら2人は進む。

 

そして……

 

「吉音掴まれっ!! ライダーブレイクするぞっ!!」

 

「良いよっ! やっちゃえ九十郎ぉっ!!」

 

ズドーーーンッ!! と凄まじい轟音が響く。

速度と重量と頑丈さに任せての体当たりにより、屋敷の門が弾け飛ぶ。

 

2人が飛び込んだその屋敷こそ……

 

「……よう、久しぶりだな糞ニート」

 

「そうだな、クズロー」

 

かつて今川義元の本拠地とした場所であり、かつて松平元康が人質として過ごした場所、駿府館である。

そして今、吉野が鬼の根拠地とし、新戸に防衛をさせている駿府館である。

 

「普段働かねぇ癖にイザって時に敵に回りやがって、たっぷりとお仕置きしに来たぜ」

 

「こっちにも色々あるんだ、色々と」

 

色々とは、具体的に言えば超能力の使い過ぎで半死半生の所を助けられた借りである。

 

「……で、アレが例のジャンボキングだね?」

 

駿河館の庭に巨大な鬼が佇む。

それは剣丞達に斬られた無数の鬼達の怨念を集めて作られた、吉野の切り札である。

 

「体長は4~5mって所か?」

 

「大魔神と同じくらいだね」

 

「ス〇ープドッグ(3.8m)よりやや大きいな」

 

「ガ〇ダムF91(15m)の3分の1」

 

「コ〇・バトラーVは57m、ウ〇トラマンは40m……と思えば小さい、小さい、

 あの程度ならどうにでもなりそうだな」

 

「……だね」

 

吉音がごくりと唾を飲みこむ。

吉音も九十郎も顔こそ笑っていたが、目は全然笑っていない。

そんな2人がサイドカーを降り、刀を抜いた。

軽口を言い合いながらも、2人は戦場の緊張、戦場の緊迫を持ってそこにいた。

 

「どうして2人で来た?」

 

新戸が呆れた様子でため息をつく。

大江戸学園の生徒は無理無茶無謀を繰り返して早死にするのが通例だが、それにしたって今回の殴り込みは無理筋だ。

 

「糞ニートぶん殴って連れ戻す程度なら俺1人で十分だろ」

 

「一体いつから……他の鬼が出てこないと錯覚していた?」

 

新戸がパチンッと指を鳴らすと、庭の影、襖の奥からぞろぞろと鬼達が湧き出てくる。

悪代官や悪徳商人が『出会え! 出会えぃ!』と叫ぶと用心棒が瞬時に集合してくるのと似たような光景だ。

 

「ぐえぇ、どう見ても40~50体以上は居るな。 卑怯だぞ糞ニート!」

 

「卑怯は敗者の戯言というのがクズローの言い分だっただろ」

 

「昔から言うだろ、他人がやれば犯罪で、俺がやればロマンスだってな」

 

無茶な理屈である。

 

「いずれにせよ手加減はできないぞ、クズロー」

 

「桃から産まれた桃太郎、お供にマッチョを引き連れていざ鬼退治っ!!」

 

「鬼退治桃太郎先輩はどこでなにやってんだか。

 こういう時に身体を張って後輩を守るのがあいつの存在意義だろうに」

 

「あの人も来たがってたんだけどね……とはいえ大ピンチだね、九十郎」

 

吉音が冷や汗を流す。

殴り込みをして多数の敵に囲まれるなんて経験は、大江戸学園では何度も何度もあった事だ。

しかし、大江戸学園のチャンバラはなんやかんやで学生同士の喧嘩の範疇、敵も味方も刃引きをされた剣で戦い、負けても骨の2~3本叩き折られて病院送りが精々だ。

生きて帰れないかもしれないと本気で思いながら、振れば斬れる、突けば刺さる剣で戦うのは初めての事だ。

 

「で、どういう割り振りでいく?」

 

「九十郎は新戸って娘に集中、残りは全員あたしが引き受ける。

 できるだけ多くこっちに引き付けるけど、討ち漏らしが何人かそっちに行くかも」

 

「10や20ならどうにかする。 悪いがそれ以上は勘弁な」

 

「分かった、何とかするよ」

 

2人を取り囲む鬼達が身構える。

いつまでもお喋りを許してくれる程、優しくはない様子だ。

 

……カチャリッ!! と、吉音がポン刀を構えた。

 

 

 

~作者より ここからは『暴れん坊将軍 殺陣のテーマ』を流してお読みください~

 

 

 

「うおりゃぁっ!!」

 

「てやああぁぁっ!!」

 

吉音が大型鬼の方向へ、九十郎は新戸の方向へ駆け出した。

当然、周りを取り囲んでいた鬼達が次から次へと立ち塞がるも、現代ニホンの最新技術によって対神話生物用の特殊加工された剣が、豆腐かバターのように切り裂いた。

 

そして九十郎は一直線に新戸を襲い、吉音は1体でも多くの鬼を引き寄せようと、右に左に駆け回る。

 

「お仕置きだ糞ニートオォッ!!」

 

「迎撃ィッ!」

 

新戸が精神を集中させ、周囲の鍋や桶といった小物を空中に浮かび上がらせ、ミサイルのように九十郎へ飛ばしていく。

 

「効くかぁっ!! こんなもぉんっ!!」

 

飛んできた物が軽く、スピードも大した事が無いと見切った九十郎は、自身の体格と頑強さに任せて突っ走る。

新戸のサイコキネシスは、精神集中が短く浅ければ重い物を動かせない。

開戦直後に一直線に殴りに行ったのは、深く長い精神集中を許せばその時点で負けが確定しかねないからだ。

 

「ナラバァッ!!」

 

新戸が懐から小刀を5本抜いて投げ、サイコキネシスで空中に留める。

これならば軽い力でもそれなりの殺傷能力が出せる、が……

 

「対策済みだボケェっ!!」

 

瞬間、ぎぎぎぎぎぃ~~っ!! と思わず耳を塞ぎたくなるような嫌な音が響き渡る。

『変移抜刀・がらすきぃ』サイキッカーが深い集中に入りかけた瞬間を狙った、九十郎流の超能力封じである。

かつて(第102話)犬子の御家流発現を妨害したそれが、今度は新戸のサイコキネシスを妨げ、宙に浮かんだ小刀は力無く大地にひれ伏した。

 

「うおおおぉぉぉっ!!」

 

「な……ンノォッ!!」

 

新戸が再度精神を集中させる。

今度はサイコキネシスではなく、パイロキネシス……超能力により自然発火現象を発現させる。

しかし、パイロキネシスも深く長い集中をすればより高火力、より広範囲を焼く超自然の炎となる。

浅く短い集中では軽い火傷を負わせる事はできても、致命傷には至らない。

 

「射程距離……がらがらどん! 新戸を攻撃しろぉっ!!」

 

「グロロォォッ!!」

 

がらがらどん3号……斎藤九十郎の剣魂が実体化すると、砲弾のような勢いで新戸に突進し、再度精神集中を阻害する。

情報収集の1号、解析の2号、戦闘の3号。

がらがらどんは本来3体揃わなければその真価を発揮できない剣魂であったが、それでも牽制によって集中力をそぐ程度の能力はある。

 

様々な能力を使い分けるサイキッカー相手に、あの手この手で食らいつく。

 

「吉音ぇっ、まだ生きてるかぁ!?」

 

「まだいけるよっ!」

 

吉音も吉音で修羅場の真っただ中にいる。

次から次へと、わんこそばの様に現れる鬼達を斬り伏せていく。

そして……

 

「グオオオォォォーーーッ!!」

 

丸太のような剛腕から振るわれる一撃からバク転で躱す。

崩れた姿勢を狙って、多数の鬼が殺到してくる。

 

巨大鬼の体長は高々4~5m。

常人の2.5倍の体格から繰り出される筋骨と質量の暴力は脅威と言う他無い。

 

身長が2.5倍なら体重は6.25倍。

柔道やボクシングでは5kg程度の体重差でも別階級になるのを考えれば、体重差のアドバンテージは凄まじいものと分かる。

また、手足が長ければ射程も長く、警戒が難しい頭上からの攻撃も容易なのだ。

 

「たああぁぁっ!!」

 

吉音が刀を振るう。

その度に鬼の首が飛び、腕が飛び、脚が飛ぶ。

たった今切り裂いた鬼達が、駿河に住んでいた普通の人達が作り変えられた存在であることを思い出し、吉音は一瞬、胸の奥から悲しみや哀憫に似た感情が沸くのを覚えた。

 

しかし、だからと言って怯んではいられない、だからと言って手加減もできない。

少しでも鬼を斬るのを躊躇えば、次の瞬間には死ぬのは自分だと思いなおす。

 

「負けられない……だからぁっ!!」

 

鬼に殺される恐怖を振り払い、鬼を殺す恐怖を押し殺し、吉音は刀を振り回す。

肉体的にも精神的にも一杯一杯であったが、積み重ねてきた鍛錬と、何十、何百と潜り抜けてきた戦いの記憶が、その太刀筋にブレを生じさせない。

 

そして襲い来る鬼の隙を衝き、巨大鬼の脛を叩き斬り……

 

「うわっ、硬い!?」

 

……刃が弾かれた。

何千、何万もの鬼の怨念を重ねて生み出されただけはあり、パワーも、スピードも頑丈さも他の鬼とは比べ物にならない。

対神話生物用に特殊加工された剣魂と言えど、ほんの僅かな切り傷をつける事が限界だ。

 

「吉音無理すんな! デカいのは注意を引きつけてりゃそれで良いっ!!

 それよりも数減らせ、数をっ!!」

 

「ご、ごめんっ! そっちも頑張って!」

 

「任しとけぇっ!!」

 

吉音がねずみ花火の様に駆け回る。

右に、左に、上に、下に、縦横無尽に動き回って巨大鬼にターゲットを絞らせない。

同時に吉音に喰らいつこうとする鬼達を斬って斬って斬りまくる。

 

「オラ逃げんな糞ニートォ!」

 

「くっ……」

 

一方、九十郎は距離を取ろうとする新戸を追って走り続ける。

途中立ち塞がる鬼を何度か叩き斬る。

 

「神道無念流なめんなよぉっ!!」

 

徳河吉音は超一流の剣客だが、斎藤九十郎もまた一流の剣客である。

現代ニホンにおける最新スポーツ医学を取り入れた合理的なトレーニングは、戦国時代でも可能な限り続けてきた。

犬子や綾那、歌夜といったこの時代の弟子達に剣を教えた経験が、九十郎の太刀筋にさらなる強さと鋭さを生み出していた。

そして戦国時代での戦いの経験が、九十郎の心を鍛え上げていた。

斎藤九十郎は大江戸学園でチャンバラをしていた頃よりも、何倍も強くなっていたのだ。

 

いくつもの超能力を自在に操る恐るべきサイキッカー、井伊直政・通称新戸に肉薄する程、強くなっていたのだ。

 

「(うっかり殺しちまうと本末転倒だから手加減しねーとな……)」

 

「(まあ、程々に戦うか。 後で怒られない程度に……)」

 

それはそれとして、新戸も九十郎も微妙に手を抜いていた。

一切手加減無く、手心も無く襲い掛かって来る鬼達と死闘を繰り広げている吉音に土下座して謝るべきである。

 

「たああぁぁっ!!」

 

そんな新戸と九十郎の思惑も知らずに、吉音は大立ち回りを続けている。

巨大鬼の一撃を躱しながら、群がる鬼達を1つ1つ斬り伏せていく。

 

「うおりゃぁっ!!」

 

新戸に距離を取られないように気にしつつ、九十郎もまた鬼達を斬り倒していく。

 

斬って斬って斬って斬って……

斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って………

斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って……

 

「九十郎ぉ!」

 

「おおっし! やっちまえ吉音ぇっ!!」

 

そしてある瞬間、吉音は巨大鬼から離れ、乗ってきたサイドカーへと駆け寄った。

当然、巨大鬼はその剛腕を振るい吉音を追撃するが、ギリギリの所ですり抜けた。

そして他の雑多な鬼達の追撃は……無い。

 

「……なぁっ!?」

 

新戸は驚愕の余り目を大きく見開いた。

いつの間にか巨大鬼の護衛に張り付けておいた鬼達がほぼ全滅していたのだ。

 

「何を驚いてんだよ糞ニート、吉音だぜ。 鬼の40~50体程度じゃ止められねぇよ」

 

徳河吉音強さは異常としか言いようがない。

その辺にいる雑魚を何十、何百集めてもまるで歯が立たない。

それは戦国時代では非常識だが、大江戸学園の生徒には常識だ。

 

「成敗っ!!」

 

吉音がサイドカーに向かって大きく、良く通る声で言い放つ。

次の瞬間、乗り捨てられて沈黙していた筈のサイドカーに光が灯る。

 

「解除コード確認……声紋分析クリア……シューティングフォーメンションニ以降シマス」

 

カシャリ、ガシャリとサイドカーが組み変わる。

さっき吉音が乗っていた側車部分が特に大きく姿を変え、およそ戦国時代には似つかわしくないメカニカルで、武骨な砲身が露になる。

 

「照準セット、ファイアーっ!!」

 

吉音が砲身と同時に出てきた引き金を引く。

瞬間……

 

 

 

ドルルルルルルルルッ!! ドルルルルルルルルッ!! ドルルルルルルルルッ!!

 

 

 

瞬間、凄まじいばかりの轟音が鳴り響き、地面が揺れる。

 

それはM134機関銃・通称無痛ガン。

毎分3,000発で7.62x51mmNATO弾をブチ込む未来の兵器。

生身で喰らえば痛みを感じるよりも速くミンチになる事から名付けられた異名が無痛ガン。

武田光璃が現代ニホンから持ち込んだ兵器の一つである。

 

それは生身で振るう刀や槍、弓矢とは文字通り桁違いの速度と質量の暴力を現出させ……巨大鬼をあっという間にミンチより酷いナニカに変えた。

 

「あわわっ、ストップ、ストォーップ!! もう良いよっ!! もう十分だってぇ!!」

 

吉音が慌てて引き金から手を放す。

射撃は数秒程度の短い時間であったが、そんなごく短い時間であっても、無痛ガンは吉音がドン引きする程の多量の弾薬を消費し、巨大鬼に致命的な致命傷を与えていた。

 

そしてそれは、巨大鬼をガードするという約定で吉野の手助けをしていた新戸が戦いを続ける理由が焼失したという事に他ならない。

 

「まさか……な……こんな物まで戦国時代に持ち込むか……」

 

「何驚いてんだ、光璃だぜ。 この程度ならむしろ可愛い方だろ」

 

なお、戦国時代に転移した翌日にマスタードガスの生成にチャレンジし始めたのは内緒である。

 

そして気が付けば巨大鬼、雑多な鬼達、駿河館に詰めていた敵が全員死に絶えていた。

数千、数万の怨念をコストに苦労して創った巨大鬼は、現代ニホンの凶悪兵器の前に1分と保たずに沈黙した。

夥しい数の空薬莢と共に周囲にブチ撒けられた鬼の肉片が、まるで蒸発するかのように溶けていく。

慣性で熱気と共に回る銃身が、世の無常を告げるかのようにカラカラと乾いた音を鳴らしていた。

 

「お、終わった……の、かな……?」

 

無痛ガンぶっ放した吉音は、ようやくコレが物騒な戦国時代をもっと物騒にする存在だと気が付いた。

これが人間の集団に向けて使われれば、あっという間にミンチより酷い死体の山が出来上がる。

 

「光璃の奴、やべぇもんを俺のマシンに積み込みやがって、車検通らねぇぞコレ」

 

「車検の時だけ外したら」

 

「んな面倒な事したくねぇよ、比良賀にでもやらせ……

 もっとやべぇ改造されそうだな。 自分でやろう」

 

「九十郎、そちも中々の悪よのう」

 

「へっへっへっへっ、将軍様には敵いませんとも」

 

動く者は既に無い。

戦いが終わった安心感からか、軽口を叩き合う余裕も生まれた。

 

「……できれば、これっきりにしたいよね。 コレを使うのは」

 

「うん? 賭けても良いがこれっきりにはならなぇだろ」

 

「そう……そうだね……」

 

吉音の脳裏に浮かんだのは、駿河での戦いで死んでいった人々だ。

一生懸命に戦い、必死になって生きたいと叫び、1人また1人と死んでいった戦友達の亡骸だ。

重い荷物を背負い、一緒に山道、獣道を歩き、同じ釜の飯を食べたこの時代の友達の姿だ。

 

「うん、きっと使っちゃうよね……これっきりには、ならないよね……」

 

友達、仲間を、家族を殺したくない、死んでほしくないという思いが、今の吉音には理解できた。

そして同時に、そんな思いがより強力な武器を生み出し、より残虐な戦場を生み出すのだと。

 

「血を吐きながら続ける悲しいマラソンだね、まるで」

 

「生涯続けるさ。 どれだけ血塗れになろうともな」

 

吉音は思う……もう一度引き金を引くべき時が来たら、きっと自分は使うだろうと。

 

「さて、それはそうと糞ニート。 ジャンボキングのガードのお仕事は終わったのか?」

 

「ああ、終わった」

 

新戸は降参を示すかのように手を振った。

吉野への借りは十分に返し、ここから先は純粋に対オーディンに集中するつもりだ。

 

「はいそれじゃあ目的達成、長居は無用だ。 帰るぞ吉音」

 

「薬莢、拾ってかなくて大丈夫かな?」

 

「薬莢だけあっても何の役にも立たねぇよ」

 

「帰りは、押して帰るんだよね?」

 

「戦国時代じゃガソリンの補充ができねぇからな」

 

「あ、あたし箸より重い物持てな~い」

 

「嘘つくんじゃねぇ! 良いからてめぇも押すんだよ。

 おい糞ニート、お前も手伝え……って、いねぇっ!? あいつどこ消えやがった!?」

 

「じゃあ闇系の仕事が今からあるからこれで……」

 

「逃がすかコンニャロウッ!! 俺一人でこんな重いの運べるかっ!!」

 

現代ニホン製のエンジンも、ガソリンが無ければ糞重たいだけの鉄塊である。

吉音と九十郎は2人でえっちらおっちらとサイドカーを押し進める。

 

「お~も~い~よ~」

 

「黙って歩け」

 

「なんで舗装されてないの~」

 

「戦国時代だからだよ」

 

「もう置いて帰っちゃおうよ」

 

「機密情報の塊みたいなのを放置できるかっ! あとまた使うかもしれねぇだろ!」

 

吉音も九十郎も汗だくになりながらゆっくりと進む。

石や木の根でデコボコする道のりが、2人の気力と体力を容赦無く奪っていく。

 

……気が付けば、吉音の着物が汗で身体に張り付いて、うっすらと透けていた。

 

「(こいつ……本当に良い身体してるよな……)」

 

生きるか死ぬかの修羅場を超えた直後だからか、九十郎の生殖本能がざわついていた。

吉音が戦国時代に来た日(第141話)に見た、吉音を抱く夢が脳裏に浮かぶ。

いっそこの場で押し倒してしまおうかとすら考えてしまう。

 

九十郎がそんな事を考えているとは露知らず、吉音は無防備な姿を見せ続ける。

 

「(……と、いかんいかん。 こいつは他人の彼女、他人の彼女)」

 

九十郎が頭をぶんぶんと振りながら煩悩を散らす。

股間の棒は既にギンギンになっていたが、気合で耐える。

 

九十郎にとって幸か不幸か、既に鬼の姿はどこにも無かった。

 

「あ……やべ、美空に終わったって連絡入れんの忘れてた」

 


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