戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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前話、第147話にはR-18描写があるため、エロ回に投稿しています。
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犬子と柘榴と一二三と九十郎第148話『スターは取得できるので問題ありません』

 

「もう一度確認するけど、今回の遠征では駿府に巣食っている鬼も、

 どこかで洗脳能力使って地盤を固めてるであろう蘭丸も無視するわ」

 

第一次江戸出征開始の前日、美空は九十郎にそう告げた。

 

「可能なら北条の軍勢も無視したいところだけれど、

 それは流石に無理筋だろうから強行突破して江戸城を制圧する。

 江戸城自体は掘っ立て小屋より少しマシ程度のボロ城だから、

 江戸城まで辿り着けさえすれば戦略目標は成ったも同然よ」

 

そう言って美空は必死こいてかき集めた将兵達に号令をかけた……その3日後に光璃が体調を崩しUターンする羽目になったが。

 

第二次江戸出征も概ね第一次と同じ作戦、同じ進路で進軍し、やっぱり3日後にUターンする羽目になった。

 

そして……

 

「かなり遠回りになるけど、先に駿府の鬼共を一掃してから江戸城に向かうわ」

 

……第三次江戸出征前日、美空は唐突に作戦変更を皆に伝えた。

 

「御大将、この前と言ってる事がだいぶ違うっすよ」

 

「この前と今とでは状況が違うわ。

 状況が違えば最適な進軍方法も違うのが当たり前でしょう」

 

「雫からの手紙には『早くしてくれ』って書いてあるんだけどな」

 

「そっすよ、あんまりモタモタしてると本拠地が奪われちまうっすよ」

 

「そんな事は分かっているわ。 理由を説明するから……

 皆、ちょっと立ち聞きされてないか周囲を確認して」

 

その場にいる全員……柘榴、九十郎、そして光璃が各々陣幕の裏側や、兵糧を運ぶ大八車の影といった人が隠れられそうな場所を確認する。

 

「誰もいねーっすよ」

 

「よろしい、じゃあ説明すると……私の勘働きよ」

 

「説明になってねーっす、いつもの事っすけど」

 

「森蘭丸との戦闘になる可能性……違う?」

 

光璃が独り言のように呟いた。

 

「……本当、腹立つ位に鋭いわね。 一回死んだのに切れ味は鈍らないって事?」

 

「人の性質は一度死んだ程度ででは治らない」

 

「いやそれよりもだ、あの蘭丸と戦う気かよ、美空」

 

九十郎はあまり良い顔をしていない。

かつて新戸と比喩表現でなく手を組んで戦いを挑んだ事はある(第78話)。

しかしその時は正直ギリギリ判定勝ちが精々、蘭丸側が万全の態勢を整えてから挑まれればかなり厳しいと言わざるを得ない。

一応、蘭丸が目の前に居てくれれば、第102話で使った九十郎流の超能力封じで対処できなくも無いのだが、際限無く手駒を増やす能力を持つ蘭丸が、わざわざ九十郎の前まで来てくれるかは微妙である。

 

「もう一回やって勝てそうかしら? 九十郎」

 

美空に痛い所を突かれ、九十郎は露骨に目を逸らした。

 

「いや前にやった時は糞ニートも居たんだが、今あいつは……

 ああ、そうか、それで先に駿河なのか?」

 

「蘭丸の洗脳にある程度まで対抗できるのは、剣魂を宿した刀を持つ九十郎、光璃、吉音、

 洗脳や催眠を受けたら条件反射的に

 自分自身に三昧耶曼荼羅を叩き込むよう訓練してる私(第118話)。

 蘭丸がどの位の人数を手駒にしてるか分からないけど、

 たった4人で戦える程度しか集めていないというのは流石に楽観的過ぎるでしょ」

 

「剣丞と小波がいれば6人だった……」

 

小波は精神感応の超能力を使うため、他人からの精神操作の類にある程度まで耐えられる。

 

「あいつらは雫の失言とアンタのダメ押しで思いっ切り敵に回しちゃたわね(第144話)。

 今頃どこで何してるのやら……

 最悪を考えるなら、蘭丸の手にかかって剣丞隊ごと洗脳されてるかもね」

 

「天がやれって言ったから……光璃は悪くない……」

 

「まあ、あの時のアレコレに関しちゃ俺にも原因の何割かあるから勘弁してくれ。

 とにかく、新戸は普段はニートだがサイキッカーだからな。

 蘭丸相手に一戦って時には役に立つか……」

 

「今新戸は昔の借りを返すとか何とかで、駿河で巨大鬼の護衛をやってるらしいじゃない」

 

「確かジャンボキングがどうとか言ってたな(第140話)」

 

「そうそう、護衛対象を叩き潰せば大手を振ってこっちに戻ってこれるって寸法よ」

 

「そう上手くいくっすかね、駿河は鬼の巣窟になってるって聞いたっすよ」

 

「そこは光璃とも相談して、一応の対策は考えているから安心なさい。

 ぶっつけ本番だけど」

 

「御大将がそう言うならしゃーねぇっすね。

 柘榴は御大将の隣で思い切り突っ走るだけっすよ」

 

「そうなると気になるんだが、何で今になって方針転換したんだよ、美空」

 

「私の勘働き……てのは嘘じゃないけど、

 もう一個重要なのは、一回目と二回目の出兵がしょ~もない理由で頓挫して、

 三回目……つまり今回もやっぱりしょ~もない理由で何度も延期になったって事」

 

「今は反省している」

 

一回目の頓挫、三回目の延期の原因にがっつり関わっている光璃が、流石にバツが悪そうに咳ごみをした。

 

「……たぶんだけど、内通者がいるわ」

 

美空は小さく、しかし強い確信に満ちた声色でそう告げる。

 

「何か証拠品でも見つかったのかよ? 目撃者がいたとか?」

 

「証拠は無い、誰が怪しいかの目星もついていない。 けれど……けど、そうね、

 何となく意図的な何かを感じるのよ、誰かの意思が動いているような気がする」

 

「洗脳された者、そうでない者を判別できないというのは、かなり厄介……」

 

「剣魂持ちは問題無い筈だ。 定期的にフィジカルチェックが入って、

 精神感応系のサイキックの影響下に無いかを確認してる……んだよな?」

 

「北条早雲……大江戸学園創始者の徳河早雲は、

 元々神に立ち向かうための武器として剣魂を作った。

 洗脳、催眠、暗示、誘惑……その他考えられる限りの精神操作魔法に対策がされている。

 少なくとも、他の誰にも気づかれないように洗脳する事は不可能」

 

「御大将、柘榴は剣魂持ってねーっすよ」

 

「柘榴は良いのよ、貴女に私を裏切れる程の知能は無いわ」

 

「御大将、そんな事言ってるとその内本気で謀反起こすっすよ」

 

「やって御覧なさい、秒で制圧してみせるから」

 

なお、前田利家は状況次第で裏切りに走る事は『賤ヶ岳の戦い』から明らかなため、犬子は今回の会議に呼ばれていない事も追記しておこう。

 

「要するに、今ここにいる面々と吉音以外は信用できないって事ね。

 正直吐き気がする状況よ」

 

「お酒に逃げるんじゃないっすよ、折角禁酒に成功したっすから」

 

「そういや吉音は今どこで何やってんだ? 最近見ねーけど」

 

「数学ドリル、漢字や英単語書き取り、英文や古文、漢文の和訳、その他諸々……

 こっちの世界に移動する直前に大量の宿題が出されていた」

 

「そうかそうか、あいつの成績は相変わらずか……」

 

「吉音には、必要になるギリギリまで宿題をやっててもらう。

 そうでなければオーディンをどうにかできても吉音は留年する」

 

「留年とかどうでも良いからこっちに集中してもらいないかしら?」

 

「アレは暇になればすぐに他人の喧嘩や揉め事に首を突っ込む……

 その予測困難さ故に、戦力として計算し難い。

 多量の宿題が出るよう誘導したのは、こちらの世界での行動を制限する目的もあった」

 

「成程、要するに一葉様の同類って事?

 暴れん坊将軍が大江戸学園にもいるって大変ねぇ」

 

「もう1人の将軍は良い奴なんだけどなぁ……」

 

なお、もう1人の生徒大将軍こと徳河詠美は、大江戸学園側で対オーディン戦の準備をしているため、戦国時代には行けなかった。

もっとも、基本病弱な彼女が、衛生状態が比較的悪い戦国時代でどの程度動けるかは微妙な所である。

 

「とにかく、私の勘働きでは内通者が時間稼ぎをしているわ。

 蘭丸がこっちの目的達成を妨害するための時間稼ぎ。

 近いうちに蘭丸本人が直接仕掛けて来るだろうから、その前に戦力を整える。

 それが江戸城に向かう前に駿河の鬼を叩く理由よ」

 

「やれやれ、随分と方針転換の多い上杉謙信だ」

 

「何よ、文句あんの?」

 

「唐突に方針転換する所がいつもの御大将っすよ」

 

「悪く言えば行き当たりばったり。

 しかし、いつ突飛な行動に出るか予測がつかないという点は、

 敵に回すと厄介な能力、厄介な才能でもある」

 

「そうなると問題は、蘭丸が来るより先に駿河に辿り着けるかだな」

 

「最悪のケースは鬼と蘭丸の挟み撃ち」

 

「せめて蘭丸がどこの勢力に取り入ってるか分かれば、

 そうでなきゃウチの陣営の誰が内通者にされているかが分かれば、

 色々と対策も立てられるのだけどねぇ……」

 

「無い物をねだってもしゃーねーっすよ、御大将」

 

その場の全員がう~むと考え込む。

いくら考えても答えが出ない事は分かりきっているのだが、それでも何かしらヒントが、何かしらの光明を見出す切欠を見落としてはいないかと思い、これまでのあれこれに思いを馳せる。

 

そして……

 

「……案外、一二三だったりしてな」

 

九十郎が独り言のように呟いた。

 

「もしかして何か心当たりがあるの?」

 

「本人が言ってたんだよ、自分の言動に違和感があるって」

 

「違和感? 洗脳されて内通してる奴が、『自分怪しいで~す』なんて言うかしら?」

 

「そりゃ普通は言わねぇよ。 だけど、こう……変な言い方だが、

 内通をしている本人すら自分が内通者だって自覚が無いんじゃねぇのか?

 ジギルとハイドみてぇによ。

 そうだとすると、自分がやった行動の理由を説明できなくなるんじゃねぇか。

 そうじゃなきゃ裏切り行為をしている間だけ記憶が飛ぶとか」

 

「……ありえない話じゃないかも」

 

それはどう考えても荒唐無稽な理屈、荒唐無稽な説明であったが、美空は割とあっさりと受け入れた。

例え根拠薄弱な理屈であっても、蘭丸に関する情報が少なすぎる現状では、それに頼らざるを得ないのかもしれない。

 

「暫定的に、一二三を黒に近い灰色として扱うわ。 その上で……」

 

『内通者だという確信を得るまで泳がせる』

『これ以上の妨害工作をかけられないように監視する』

美空の頭の中で2つの選択肢が浮かんでいた。

 

どちらも一長一短……蘭丸の情報を得る事を優先するか、蘭丸の準部が整う前に進めるところまで進軍するかの違いだ。

美空はいずれの選択肢を取るか、しばし迷う……

 

「……一二三を出し抜くのは、光璃でも困難。

 柘榴や九十郎ではまず不可能、吉音では逆に利用されかねない。

 いっそ露骨なまでに疑っている姿勢を見せて、牽制する方が無難」

 

光璃がそんな助言をした。

そして美空は大きく息を吐き……

 

「一二三を監視する、泳がせるのは基本無し、これ以上の妨害を防ぐ事を第一目標とするわ。

 特に例のアレには絶対に細工をさせないよう警戒して」

 

そのように決断した。

 

……

 

…………

 

………………

 

駿河に立ち入った越軍を待っていたのは地獄であった。

 

「第四、第五分隊が押されています! このままじゃ陣形に穴が開きますよ!」

 

秋子の悲鳴のような声が戦場に響く。

 

「親衛隊は! 松葉はまだ健在なの!?」

 

「わ、分かりません。 既に親衛隊も後詰に出ていますが、とにかく押され気味としか……

 左翼の陣が特に危険です!」

 

『L〇ft 4 Dead』の如く、四方八方から止めどなく襲い来る鬼、鬼、鬼。

鎧兜を纏う鬼、人間よりも巨大な大金槌を振るう鬼、両腕が刃物のように鋭い鬼、猿のように縦横無尽に跳ね飛ぶ鬼……数も種類もこれまでの戦いとは段違いだ。

 

「左舷弾幕薄い! 何やってんの!?」

 

美空が小型通信機に向かって叫ぶ。

 

「弾薬は粉雪が全部フッ飛ばしたんだよ! おい吉音、そっちはどうだ!

 左側がそろそろ本格的にヤバい、助けに入れるか!?

 俺は目の前まで敵が迫ってて動けん」

 

最前線で多数の鬼相手に奮戦している九十郎が、美空からの通信に返しつつ吉音に繋ぐ。

 

光璃が大江戸学園から持ち込んだソレは、半径2km程度の距離であれば声を届かせることが可能、しかも最新鋭AR技術により遊戯王カードから魔法・罠、モンスターの召喚、攻撃等の映像効果を空間に投影し、しかも各プレイヤーの残りライフ、手札、デッキの枚数、エクシーズ素材や各種カウンターの数までも自動でカウントしてくれる、戦国時代では100%使われない機能付きだ。

 

「左舷ってどっち!?」

 

今まさにチャンバラの最中故に、吉音は息を切らせながら返答をする。

 

「マゴベエにナビゲートさせろ!」

 

「ナビゲート……え? どうやんの!?」

 

「音声入力だよ! お前の剣魂は基本全部音声でやれる!」

 

「えっと……マゴベエ、方向教えて!」

 

吉音のふんわりとした指示に対しても、刀身に内蔵された最新鋭AIシステムが即座に所有者の意思に答える。

 

「ケェエエェェェーーーンッ!!」

 

剣魂は本来、大江戸タワーの電波圏内でしか実体化できない。

しかし、戦国時代用特別なカスタマイズを受け、さらに大容量バッテリーを搭載した事で、単独での実体化と戦闘を可能にさせていた。

 

「がらがらどん、吉音の位置情報をくれ……

 美空、吉音は左翼に向かった。 たぶん持ちこたえてくれる筈だ」

 

本陣からやや離れて戦っていた九十郎が自身の剣魂……山羊型の剣魂・がらがらどん3号を通してマゴベエの位置情報を確認する。

戦場の方々に配置された剣魂から集められた情報が、最新鋭AR技術により絵図面として空中に投影されていた。

 

「ごめん見えないわ、こっちにも送って」

 

「ちょっと待ってろ、えっと美空のIDは……美空、お前のDゲイザー番号、何番だっけ?」

 

「8334よ! 覚えなさいよそろそろ!」

 

「8334、で検索……ああ、これか。 んでデータ共有はこっちで……

 美空、今データ送ったぞ、見えるか?」

 

九十郎が多少もたつきながらも、最新AR技術により空中に浮きあがるキーボードを操作して美空の通信機にデータを送信する。

こういう現代的なアイテムは極力持ち込まないのが大江戸学園の暗黙の了解であるが、九十郎が轢死した日以降の光璃にはその辺に気遣う余裕は無い。

 

「ちょっと陣形ぐちゃぐちゃじゃないのっ!? 合ってるのコレ!?」

 

「剣魂の各種センサーでの最新の情報だよっ!」

 

駿河に……かつて東海一の弓取りと畏れられた今川義元の勢力圏であった場所に生きた人間は1人もいなかった。

その代わりに美空達を出迎えたのは、まるで駿河の人間全員が全て鬼に変貌したかと思う程、膨大な数の鬼の軍団だ。

倒しても倒しても倒しても倒しても襲い来る鬼共によって、越軍は疲弊しつつあった。

 

「チャンバラしてる内に、糞弟子と小夜叉を見失った。 美空の方に行ってないか?」

 

「来てないわ、でもあの2人だから一番の激戦区よ、どうせ」

 

「全方位激戦区だぜこりゃ、あちこち食い破られて本格的にきついぞ」

 

「ちっ、前座と侮ったこっちの落ち度か……」

 

美空が臍を噛む。

ここまでの戦いで僅かに残ったドライゼ銃の弾薬はゼロになり、止む無く槍と弓矢で交戦しているものの、ここしばらくドライゼを使った戦闘に慣れきっていた反動か、少なくない被害が生じている。

 

「仕方ないか……秋子! 全軍纏めて後退するわ!

 九十郎は吉音と一緒に左翼の後退を支援して!」

 

「行けたら行くよ!」

 

「そこは前面は適当な所で崩れても構わないわ!

 左が潰走したら退路も潰されかねないから最優先で支えなさい!」

 

「分かったよ! 後で文句言うなよ!」

 

「吉音聞こえてた!? 九十郎もそっちに向かわせるから撤退の援護を頼むわ!」

 

「吉音、俺もすぐに追いつくから無茶すんなよ!」

 

「ここが踏ん張り時でしょ! 普通の武器じゃ鬼の皮膚が硬すぎて斬れないんだから!」

 

「九十郎ぉ! 首に縄引っ掛けても吉音は連れ戻しなさいよ!

 戻らなかったら承知しないからっ!!」

 

「分かってるよっ!! 吉音、本気で無茶すんなっ!

 後で美空からも秋月からも叱られんだよ! 俺がぁっ!!」

 

……

 

…………

 

………………

 

その日の夜。

出征前日のように美空、柘榴、光璃、九十郎、それと吉音が集まっていた。

 

「この前の面子にプラス吉音か、秋子は呼ばんで良いのか?」

 

「蘭丸にこっちの手の内を知られたくないわ」

 

「さよけ」

 

「まずは現状確認。 吉音と九十郎、光璃が全員軽傷で済んだ。

 軍全体の被害もまあ、多少再編の手間はかかるけどまだまだ進軍可能な程度ね」

 

「だがどうするよ美空、無策で突っ込んだらまた返り討ちだぞ」

 

「士気の低下もある。 これ以上の損害を受ければ総崩れもありうる」

 

「吉音の精神状態もあんま良くねぇぞ。

 現代ニホン育ちを戦場に放り込むのは無茶だったんじゃねぇのか?」

 

ちらりと吉音の顔を覗き見る。

いつもはどんな時も無駄に元気で、目の前に食べ物があれば何を置いても喰いつく彼女であったが、今日だけは特に無口で、顔色は悪く、目の前に置かれた握り飯にも味噌汁にも手を伸ばす気配が無い。

 

「おい吉音、大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫……大丈夫だから……」

 

どう見ても大丈夫そうに見えなかった。

朝おはようと言い合った人が、夕べには死んでいるかもしれない。

腕一本、脚一本喪い、地べたに寝かせられて痛い痛いと呻いているかもしれない。

そんな戦国時代ではありふれた戦場の光景に、現代ニホン生まれの徳河吉音は少なからずショックを受けている様子だ。

 

「……光璃は平気」

 

「お前は生まれも育ちも戦国時代だろ、武田信玄」

 

一方、同じ大江戸学園甲級2年の光璃は全く動揺していない様子であった。

 

「過去3回の突入と撤退で分かった事をまとめるわ。 まずは……」

 

「駿河の奥地に進むとそこら中から鬼が出てきて襲ってくるっす。

 逆方向に進むと潮が引くように鬼がどっかにいなくなるっすね」

 

「指揮官が居るって感じじゃねぇよな。

 どっか機械的な反応……遠隔自動操作型のスタンドを相手にしているって感じの……」

 

「光璃はむしろ、グリーン・デイに似ていると感じた。 殺人カビのスタンド……」

 

「下に降りれば攻撃され、登れば攻撃が止まるんだっけか?」

 

「あるいはメ〇ド・イン・アビス」

 

「そうなると2回目と3回目に襲われた時の進行方向を地図上に線を引いて、

 交わる場所に敵が一番守りたい物がある可能性が高いわね」

 

「どの辺だ?」

 

「まあ、2回目の時点で概ね予想してたんだけど……

 今川義元が本拠地としていた、駿府館のようね、どうやら」

 

「やっぱそこら中に湧いて出る鬼共の原料は駿河の住民か」

 

「一番強力な鬼を造るなら、この辺で一番人口が集まっている場所だろうと思ってたわよ」

 

吉音の表情が自然と険しくなる。

鬼の筋骨をバターのように切り裂く刃・剣魂……それを振るって100を超える鬼を屠ってきた。

それはつまり、100を超えるかつて人間だったモノを切り裂いたという事だ。

 

ここに来るまで、心のどこかでテレビゲームみたいだとはしゃいでいた。

だがしかし、戦場では人がゴミのように散っていた。

バケモノが人を惨たらしく殺し、そのバケモノもかつて人間だった。

そしてそれを何度も何度も八つ裂きにして、何度も何度も踏み捨ててきた自分は……吉音の心がぐらぐらと揺れ動いていた。

 

「しかし駿府館まで結構距離があるっす。

 あの勢いで湧いて出る鬼を振り切ってそこまで行くのはキツイっすよ、流石に」

 

「美空、アレを使う」

 

「ええ、良くってよ」

 

「……スーパーイナズマキックは用意していない」

 

「はいはい私が悪かったわ、話を続けなさい。 アレってどれの事よ?」

 

「まず決死隊を募る」

 

「はいはい」

 

「進めば鬼が集まって来る性質を利用して、窪地におびき寄せる」

 

「ふんふん」

 

「マスタードガスを散布して一網打尽にする」

 

「それ決死隊も死なないかしら?」

 

「決死隊は死にますが、スターは取得できるので問題ありません」

 

「それは……」

 

その人を人と思わぬような言い分に、美空は一瞬言葉を遮りかけた。

遮りかけたが……少し考え込んで、止まる。

 

「……アリかナシかで言えば、アリね」

 

そして戦国時代らしい冷徹で冷酷な計算で、そう結論付けた

 

「全く、この前ハーバー・ボッシュ法をやったと思ったら、今度はマスタードガスだ。

 フリッツ・ハーバーが聞いたら泣くな」

 

遠征準備と同時並行でマスタードガスの合成をやらされていた九十郎がため息をつく。

一歩間違えれば自分含めて大勢死ぬその作業は、基本図太い九十郎にとっても神経を削るイヤな作業であった。

 

「フリッツ・ハーバーなら、むしろ喜ぶ。 戦争が早く終われば、それだけ死人は減るから」

 

「それはそれもそうかもな。

 だがな光璃、お前の作戦には越えなきゃいけないハードルが3つある」

 

「一つ、誰を送り出すか」

 

「そうだよ、死んでもそこまで惜しく無くて、

 それでいて死ねと言われて素直に死んでくれるヤツなんているのかよ?」

 

「腹案はある。

 死んでも困らない者を選んで、表面上は別の作戦を伝えて窪地にガスを運ばせる。

 時限装置か遠隔操作でマスタードガスを流出させ、鬼を殺す」

 

「なるほど、完璧な作戦だな。

 人道とか仁義とかって言葉に真っ向から喧嘩を売ってるって点に目をつぶればな。

 じゃあ2つ目だ、そもそも鬼はマスタードガスで殺せるのか」

 

「殺せる。 それは既に実験してある」

 

「お前って本当に後ろ暗い事は黙ってやるよな」

 

「我は武田信玄、明日この世界を粛正する」

 

「分かった分かった、武田信玄は分かった。

 最後3つ目のハードルなんだがな……たぶんだが吉音が納得しねぇぞ、その作戦」

 

そう言うと九十郎はちらりと吉音を見る。

普段の彼女なら真っ先に反対の声を挙げるだろうと予想しての行動だが……吉音は目を伏せて、俯いて、唇をぎゅっと噛み締めて黙ったままだった。

 

「え……? いや、おい吉音……いや、吉音さん?

 お前……じゃない、貴方本気で大丈夫でございますか?」

 

それは普段の彼女の調子から余りにも外れていて、水を向けた九十郎の方が心配になり、狼狽えるような有様であった。

 

「死んじゃう……死んじゃったん……だよ……

 沢山死んで。沢山怪我して、皆一生懸命生きて……一生懸命に……」

 

理由を聞いて……吉音は顔を顔を歪めながら、声を震わせながら、絞り出すように言葉を出していた。

 

普段からやってるチャンバラは、なんやかんやで命を賭けてはいなかった。

大江戸学園は超治安が悪いとはいえ、学園のチンピラ、無法者共でもなんやかんやでガチ刃物振り回していなかった。

敵も味方も刃引きをされた剣、鉄パイプ、角材、チェーン等を使って、精々骨折、精々病院送りの喧嘩を繰り返していた

一度に何十人、何百人も惨殺される修羅場に飛び込んだのは初めての事であった。

人外の腕力で文字通り引き裂かれ、骨が砕け、肉が千切れ、のたうち回りながら鮮血に沈む人々を見たのも初めての事であった。

 

自分は心のどこかで、遊園地のアトラクションに行く感覚で戦国時代に来たのかもしれない……吉音はそう思ってしまう。

 

「それで……それで死ぬ人が……死んじゃう人が……少なく……」

 

そんな震える言葉を遮って、九十郎は吉音のデコをぺちーん! と叩いた。

 

「しっかりしろ吉音、お前がここに来たのは、光璃がお前を選んだのも、

 ここで震えて黙り込むためじゃねぇだろ」

 

それは九十郎のツッコミだ。

叱責ではない、激励でもない、急にボケ始めた吉音に対してツッコミを入れる感覚の言葉であった。

 

「九十郎に何が分からるのっ!? 大勢死んでるんだよ!

 沢山沢山死んじゃったんだよっ!!」

 

吉音が九十郎に詰め寄り、叫ぶ。

 

「いや知らん、正直俺と俺の主君、家族以外が何人惨たらしく死のうがどうでも良い。

 ぶっちゃけ光璃もそうだよな?」

 

「……同感」

 

「だったら!!」

 

「だがお前はそうじゃねぇだろ、吉音」

「だけど貴女はそうでは無い筈、吉音」

 

光璃と九十郎の声が揃った。

それは九十郎の、光璃のツッコミだ。

 

「私に……何ができるの……? 何をして……何をすれば……」

 

「決まってる、思った事をそのまま話せ」

 

「戦略、補給、陣形、士気、キルレシオ、そういう七面倒臭い事は武田信玄に任せれば良い。

 光璃は武田信玄。 大江戸学園で多少安寧な生活をしていようが光璃は武田信玄。

 戦国時代の理屈は吉音よりも深く理解している」

 

「要するにだ吉音、お前はお前の理屈、大江戸学園のノリをブチ込んでくれりゃ良いんだ。

 それは俺にも、光璃にも、美空にもできねぇんだよ」

 

「当然、柘榴にも無理っすよ」

 

「そして俺や美空は一回走り出すと頭が空っぽになって途中で止まれなくなる」

 

「光璃はどこまでもどこまでも残酷になれる」

 

「要するに一回方向を間違えたら凄い勢いでかっとビングするって事ね。

 て、ちょっと九十郎っ! 光璃もっ! アンタら私の事そういう風に思ってたの!?」

 

「事実だろ」

 

「事実」

 

「残念ながら事実っすよ、御大将」

 

「柘榴貴女裏切ったわねぇっ!!」

 

「柘榴に御大将を裏切る程度の知能はねーっすよ」

 

柘榴は厭味ったらしく打ち返した。

そんなコントのような、漫才のようなやり取りの中で吉音は……

 

「じゃあ……駄目って言っても……良いの……」

 

「構わない。 むしろそうで無ければ困る」

 

「吉音は剣丞程頑固じゃねーからな」

 

「光璃も話を聞いて、一考する程度はする。 ただし一考して同じ結論を出す事はあり得る」

 

「分かった、じゃあ言う……言うよ……」

 

吉音はすーっと息を吸い、はーっと吐いて、自分の考えを纏める。

自分は本当にこの言葉を告げて良いのだろうかと自問する。

 

そして、それでも……と意思を固める。

 

「さっき光璃ちゃんが言ってた作戦、やっちゃいけないと思う」

 

吉音はきっぱりとそう告げた。

 

「理由は?」

 

光璃が間髪入れずにそう返す。

単なる人道主義、単なる哀れみからの言葉ならば、自分はさっきの作戦を強行するとその目が告げていた。

 

吉音が自身の頭をフル回転させる。

授業時間はほぼ全て睡眠に回し、テストは全教科赤点か、赤点スレスレの彼女であるが、地頭は案外悪くない。

どうして自分はこの結論を出したのかと何度も何度も自問自答を繰り返す。

 

「……この一回で終わらないから」

 

そうして絞り出した声は、さっきよりも強くはっきりとしたものだった。

 

「続けて」

 

「そうね、私も続きが聞きたいわ」

 

光璃と美空が続きを促す。

 

「一回、この一回が上手くいったら、きっとまた同じ事を繰り返すよ。

 今は他に方法が無いから、より大勢を助けるためって、

 ちゃんと納得してくれる人を探せるかもしれない。

 でも同じようにピンチになったら、同じような方法をきっと使う。

 同じように命を捨ててくれる人を探して、都合良く見つかるなんて思わない」

 

「見つからなければ……?」

 

「自分が死にたくないからと、他人に死を押し付ける事になる。

 それは今この場で勝つよりももっと良くない事だと思うよ」

 

「良くねぇな、そりゃあ」

 

九十郎がぽりぽりと頬を掻く。

 

「国を守るためとか、より多くを守るためとか、

 そう言って他人に死を押し付け合うのは、どう考えても良く無いよ。

 絶対にマトモに動けなくなっちゃうよ」

 

「……光璃、どうするよ?」

 

「一理ある。 よって今回は次善の作戦を取る」

 

光璃は吉音の予想以上にあっさりとマスタードガス作戦を引っ込めた。

 

「おいおい、次善あんのかよ?」

 

「当然ある、むしろ無い方がおかしい」

 

「御大将、言われてるっすよ」

 

「柘榴黙りなさい! 私がいつも行き当たりばったりって思われるでしょうが!!」

 

「今更気にしても火葬後の心臓マッサージっすよ」

 

そして光璃は、陣幕の奥に置かれたサイドカーを指さした。

それは大江戸学園の斎藤九十郎の愛車であり、吉音と光璃が次元の壁を越えて戦国時代へ飛び込んでくるのに使用した未来メカである。

何かの役に立つかもしれないと、大八車に乗せてここまで運んできているのだ。

 

「……ただしこの作戦は、先ほどの作戦よりも危険が大きい。

 一歩間違えれば剣魂を二振り、喪う事になる」

 

……

 

…………

 

………………

 

ぶぅんっ!! ぶうぅんっ!! とエンジンを吹かす。

何年ぶり、いや何十年ぶりに乗る愛車の具合を確かめる。

 

戦国時代でガソリンを補充する手段は無い。

現在タンクに残っている分を消費してしまえば、サイドカーは鉄の置物に変わってしまう。

そんな貴重なガソリンを思い切り使うのが、光璃の第二の作戦である。

 

搭乗者は……

 

「行くぞ吉音、腹は括ったな?」

 

「うん、いつでも良いよ」

 

搭乗者は……吉音と九十郎であった。

 


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