戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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次話、第146話にはR-18描写があるため、エロ回に投稿しています。
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犬子と柘榴と一二三と九十郎第145話『母子の会話』

「ハジケリストって知っているかしら?」

 

「……ごめん、何の話?」

 

ある日の事……新田剣丞が物置にあった謎の刀剣と共に戦国時代に飛ばされる数日前に、剣丞の何人か、いや何十人かいる義姉の1人である華琳が、剣丞にそんな質問をした。

 

「ハジケリスト……直訳すると『バカ』。 人生をかけてハジけまくってるバカ達のことを、

 人はハジケリストと呼ぶらしいわ」

 

「ええと、それは要するにコメディアンって事?」

 

「結論を急がない、これはいくつかある説の内の1つに過ぎないわ」

 

「他にも説があるの?」

 

「一説によるとハジケリストとは、ロースとカルビの間にある肉の部位」

 

「さっきの説明と全然違うんだけど!?」

 

「最新の研究データによると、カップ焼きそばのかやくの一種」

 

「食べ物の話!?」

 

「あるいは……言葉で表現できる程、安っぽいものではないという説もあるわね」

 

「説明すら放棄した!?」

 

「私としては、これらの説の中で一番本質に迫った説明は

 『ロースとカルビの間にある肉の部位』だと思うわ」

 

「むしろ一番訳が分からない説明なんだけど!?」

 

義姉が急に訳の分からないボケを連発し始めて、剣丞はげんなりとした表情になる。

義姉……本郷一刀の嫁達はかなりの割合で天然ボケ気質な者が混じっていて、剣丞がやむなくツッコミに回る事は結構ある。

 

しかし、今のボケは天然ではなく、意図的な物だろうと、剣丞は思った。

 

「要するにハジケリストってのは、ハジケってのは、そういうものって事よ」

 

「ごめん華琳姉さん、悪いけど全然分からない」

 

剣丞が戸惑いながらそう言うと、華琳は『まだ早かったか』と小さく呟き、ため息を漏らす。

 

「じゃあ話題を変えて、曹孟徳の求賢令は知っているかしら?」

 

「も、物凄い話題の急カーブ……まあ良いけど。

 たしか『才あれば用いる、才あれば挙げよ』っていう布告じゃなかった?」

 

「そうそう、曹操だけに」

 

「………………」

 

剣丞は何言ってんだこいつという視線を華琳に向けた。

 

「……ごほん、曹孟徳はどうしてそんな布告を出したかって考えた事はあるかしら?」

 

「それは……それは、乱世の終結のために、

 従来の常識に囚われずに積極的に優秀な人材を……」

 

「まあそういう説もあるわね。

 これも文献を巡ってみると、色々な説明がされていて面白いのよ」

 

「じゃあ、華琳姉さんは別の見解なのかな?」

 

「NOハジケ、NOライフ。

 ハジケない人生なんて人生じゃないという理由だった説も……」

 

「よりにもよって焼肉が理由!? いや、その説だけは絶対に無いと思う」

 

この時、剣丞は華琳の言葉を笑い飛ばした。

歴史書にある曹操の記述と、彼女の言うハジケリストの定義とどうしても結びつかなかったからだ。

 

そしてこの時の会話で彼女が剣丞に何を伝えようとしたか・……少なくとも、剣丞はそれを理解できなかったし、理解しようとはしなかった。

ただの暇つぶし、ただの馬鹿話だと思っていた。

 

過酷な運命に身を投じそうな気がする剣丞への、彼女なりの激励だったとは思えなかった。

 

……

 

…………

 

………………

 

「だけど……だからって現代兵器を戦国時代に持ち込んで良い話があるか!」

 

九十郎達が慌ただしく去っていった直後、剣丞は1人そう叫んでいた。

本当にこれで良かったのか、もっと何か言うべき事や、するべき事があったんじゃないかと考え込んでいる内に華琳の言葉を思い出し……思い出したのは良いが、何のヒントにもなっていない事に気がついた。

 

だいぶ前に(第69話)、本郷一刀と同居する美女達が後漢末期の英雄、英傑達だと知らされた事はあったが、何度考えても、何度思い返しても実感が湧かなかった。

 

剣丞には彼女達が普通の人に見えた……一部ハジケリストや頭梁山泊が混じっているが、そこ以外は普通の人に見えた。

少なくとも、戦争をして、焼き討ちをして、略奪をして、人殺しをするような人々にはとても見えなかった。

 

川中島のように、何人も、何十人も、何百人も射殺するような命令を出せるような人々には見えなかった。

川中島のように、血と硝煙の臭いがむせ返り、銃声の度に人が倒れ、数えきれない程の人々が呻き声をあげながら死んでいく地獄を作り出すような人々には見えなかった。

 

川中島のように、川中島のように、川中島のように……

 

「……うっぷ」

 

……あの時の光景を思い出して、吐き気がした。

 

死体の山、吐き気がするような熱く濃い血の臭い。

さっきまで普通に喋っていた人達が、普通に笑っていた人達が、銃声が轟く度に躯へと変わっていったあの光景を思い出した。

 

「絶対にあんな光景は繰り返させない。 絶対にだ」

 

剣丞は決意を新たにする。

 

詩乃が言った通り、美空が大量の現代兵器を手にすれば、乱世は史実よりもずっと早く終わるだろう。

史実よりも早く乱世が終わる事で結果として死人の数は減るかもしれない。

それならば対案を出せと言われたら、きっと何も言い返せなくなる。

 

それでも、剣丞は美空に現代兵器を渡したくなかった。

美空にだけは渡したくなかった。

美空にだけは……美空にだけは……あの川中島の光景を現出させた美空にだけは……

 

「ああ、なんだ……結局俺は、美空が信用できないだけだったんだ」

 

剣丞が小さな声で呟いた。

剣丞が出した答えは、胸の奥にすとんと落ちていった。

 

そして考える。

もしも剣丞の最愛の妻である織田久遠信長が、美空と同じように現代兵器を手に入れようとしたらどうするだろうかと……現代兵器の危険性を説く程度の事はするだろうけれど、たぶん身体を張って止めようとまではしないだろうと思った。

 

根っこの所で信じているのだ、織田久遠信長を。

 

「美空も久遠も同じ自分の嫁だというのに、おかしな話だよな……」

 

剣丞が少し笑いながらそう呟いた。

どう考えても、何度考え直しても、美空に全幅の信頼を預ける事はできなかった。

 

「……決めた、美空を止める。 なんとしても、どんな手段を使ってでも止める。

 夫婦なんだからとか、九十郎には世話になっているからとか、言葉を尽くしてとか、

 そういう段階はもう過ぎた。 もう腕づくで止める以外に無いんだ」

 

剣丞は強く決意した。

 

「いや違う、止めるじゃ駄目だ、止めるなんて考えじゃあ止まらない。

 もういっそ……いっそ、敵だと思わないと何もできない。

 敵だと思って、命を奪い、命を奪われる覚悟が無ければ何もできない」

 

剣丞は強く強く決意した。

剣丞はその日初めて、人を殺す覚悟を決めた。

 

そして……

 

『やめろ美空っ! やめてくれっ!!』

 

……剣丞の脳裏に、九十郎の土下座が浮かび上がる。

 

良く分からない内に犬子を抱いた夜、逆上した美空に殺されかけた時に一回(第75話)、それから少し後、逆上した犬子に殺されかけた時に一回(第101話)、剣丞は九十郎に命を救われている。

 

九十郎は美空を主君と仰いでいる以上、美空を殺してでも止めるという事は、命の恩人である九十郎も殺す可能性があるという事だ。

 

そんな選択を、剣丞はした……したのだ。

 

「腹は括ったか、主様?」

 

そんな剣丞の元に、征夷大将軍足利義輝こと一葉がひょっこりと顔を出した。

 

「一葉!? いつからいたんだ?」

 

「九十郎が駆け込んで来た時からじゃよ。

 あんなでかい男がでかい声でぎゃーぎゃー喚かれては、嫌でも気がつく」

 

無駄に騒がしい男である。

 

「他の皆は?」

 

「適当に誤魔化して遠ざけておいた。 後で幽に礼を言っておくのじゃな」

 

「そうか……」

 

剣丞が少し安心する。

剣丞隊結成の時からずっと軍師として皆を支えてきた詩乃と意見対立、そして連れ去り……いつまでも隠し通せる事ではないが、かといって今すぐ周知させたい事でも無い。

 

「して主様、さっき九十郎が詩乃を米俵のように持ち去っていったが、

 あれは連れ去られたのか? それとも自ら去ったのか?」

 

「そ、それは……」

 

連れ去られた……と、言いたかった。

だがしかし、詩乃との決裂は決定的だった。

あのまま口論を続けていたら、きっと詩乃は自らの意思で、自らの足で九十郎と共に剣丞の元から去っていっただろうと確信できた。

 

「全く、この前は半死半生で寝込んで、今度は喧嘩別れか。

 イザという時に役に立たぬ軍師よな」

 

「前回のも今回のも、原因はむしろ俺にあるよ。 前回は俺が詩乃を護れなかったから。

 今は俺が詩乃の説得を聞いてもなお、我を通したから。 それと……」

 

剣丞の脳裏に、詩乃が大きく背伸びをして九十郎と口づけをした瞬間が浮かび上がる。

心の底から腹が立った。

心の底から憎たらしかった。

そして殴った、心の赴くまま、感情の赴くままに。

 

『やめろ美空っ! やめてくれっ!!』

 

かつて九十郎が土下座して自分を守ろうとしたのに、自分は感情の赴くままに九十郎を殴った。

それが自分と九十郎の器の違いを示しているようで……今度は自分自身を殴りたくなった。

 

「ならば今度は器比べでもやろうか」

 

「……一葉!?」

 

まるで心を読んだかのような台詞を聞き、剣丞はぎょっとする。

 

「主様が何を考えているかなどお見通しよ。

 斎藤九十郎も一廉の人物とは思うが、主様には及ばんよ」

 

「そう……だろうか……」

 

剣丞はとても頷く気になれなかった。

 

「美空や詩乃の論にも一理はあろうが、主様が我を通すだけの論があり、意地もある訳だ」

 

「それは……ああ、そうだ」

 

剣丞は一瞬迷いながらも、大きく、強く頷いた。

 

「であれば今度は九十郎と主様で器比べよ」

 

「うん、ごめん良く分からないんだけど。 論理が何段階か飛んでない?」

 

「これ以上詳しく説明するなど、余には無理だぞ!?

 ええっと……つまり……そうアレじゃアレ!

 仁義とか人徳とか、そういうあともす……あともす……

 ええっと……そうじゃあともすふぃあじゃ!」

 

「あともすふぃあって……」

 

剣丞が苦笑した。

言いたい事は何となく分かるが、戦国時代の人物が背伸びしてアトモスフィア(雰囲気)を使うのが少しおかしかった。

 

「つまり……最高に高めた俺のフィールで 最強の力を手に入れてやるぜ!!

 という事ですね、公方様」

 

そしてそこにデュエル脳が乱入。

乱入ペナルティによってライフが2000ポイント削られた。

 

「いやむしろ遠ざかった気がするんだけどっ!? ……って、湖衣? 君もいたのか?」

 

「す、すみません……覗き見をするつもりは無かったのですけれど……」

 

「いや、良いんだ。 隠す気は無かったし、どう隠したっていずれ皆には知られるのだから」

 

「おお丁度良い、詩乃も雫もおらんので相談役に困っておった所じゃ。

 何か良い案はあるか?」

 

「良い案……ええっと、景虎さんが未来の鉄砲を手に入れるのを阻止するために、

 どのような行動をするべきか……ですか?」

 

「それで良いかの、主様」

 

一葉から話を振られ、剣丞は一度深く深く息を吐き、大きく大きく息を吸う。

 

脳が酸素を欲していた。

この言葉を口にすれば、今度という今度こそ後戻りはできない。

決定的に美空や九十郎と対立……敵対する決断をしなければならない。

 

「……それで良い、絶対に阻止しないといけない。

 美空に未来の兵器を渡すのは危険すぎる」

 

「うむ、そう来なくてはな」

 

「分かりました、それでは今から……」

 

湖衣が大きく頷くと、遥か遠く……織田久遠信長の居城たる、岐阜城がある方向を指し示す。

そして……

 

「……とりあえず逃げちゃいましょう」

 

剣丞と一葉ががく~っと脱力した。

 

「つい先日、粉雪さんが春日山城を襲撃するのをこっそりと手助けしましたよね」

 

「ああ、そうだな」

 

「なんじゃと!? 初耳じゃぞ、何でそんな面白そうな事に声を掛けん!?」

 

「バレたら殺されちゃうので、同時並行でこっそりと逃げ支度もしていました。

 尾張に戻る最短最速の道順も下調べもしています」

 

「それも初耳じゃぞ!?」

 

「ごめん、俺も初耳」

 

「とにかく、長尾家の居候同然の立場ではどうする事もできません。

 戦うにせよ、交渉するにせよ、力の後ろ盾が無ければどうしようもありません。

 なので最速で尾張に退き……」

 

「……久遠と合流か」

 

剣丞は知らない。

湖衣が蘭丸によって都合の良いように操られている事を。

 

剣丞は知らない。

湖衣の見たもの、聞いたことは全て蘭丸に筒抜けだという事を。

 

剣丞は知らない。

蘭丸が織田信長を洗脳し、関係者のほぼ全員を洗脳し、着々と力を蓄えている事を。

 

そんな剣丞が……

 

「……分かった、そうしよう。 久遠と合流して、織田の力を借りて美空を止める」

 

……決断した。

 

……

 

…………

 

………………

 

時は少し遡り、九十郎が詩乃と剣丞の大喧嘩に巻き込まれ、胃壁をガリガリと削られていた頃……

 

「生きていたか、晴信」

 

「お元気そうで、前の生でのお母さん」

 

武田光璃と武田信虎が対面していた。

掴み合い、罵り合い、殺し合いになった時は即座に止められるよう、美空と柘榴も同席している。

現状、戦国時代と現代ニホンを繋げるポータルの作動手順を知っているのは光璃1人のため、うっかり死なれると作戦の前提がひっくり返ってしまうのだ。

 

信虎が光璃をじぃ~っと見つめる。

一回死んで生まれ変わり、今の光璃は1X歳(この作品の登場人物は全員20歳以上です。)。

先の川中島の時点で40歳だったため、一回り以上若返っている事になる(なお柘榴は48歳、美空は31歳、信虎に至っては61歳である)。

戦国時代と現代ニホンの差から来る栄養状態の差もあって、ちょっと肌の色艶が良くなっているような気がした。

 

見た目の違いはそれだけだ。

かつて殺し合った武田晴信と、今目の前にいる武田光璃は全くの瓜二つであった。

しかし……

 

「……妙だな、殺意が沸かぬ。 まるで次郎を前にしているかのようだ」

 

次郎というのは、武田晴信の妹であり武田有数のツッコミ、武田典厩信繁・通称夕霧の事である。

 

「それはこちらも同じ事、顔を見る度に巻き起こる魂を焦がすような痛みが無い……」

 

信虎は眉間に皺を寄せて、何度も何度も瞬きをしながら光璃の顔を覗き込む。

そして……

 

「……誰だ貴様は? 見た目こそ晴信に瓜二つだが、別人だな」

 

……そして信虎はそう結論付けた。

 

「え? 別人だったっすか!?」

 

「一回死んで、生き返ったから……じゃ、ないわよね?」

 

「美空が正しい。 光璃はこの時代に産まれて、この時代を生きて、

 この時代で死んだ武田晴信とは魂の形が……魂の在り方が少し、変わっている」

 

「魂の……形……?」

 

美空と柘榴がなんのこっちゃと首を傾げる。

 

「光璃は一度死に、魂魄はヴァルハラのオーディンによって回収された。

 エインヘルヤルにはされなかったけれど、魂の形を少しだけ作り変えられた」

 

「え、何? それってオーディンの手先にされたって事?」

 

「ある意味ではそう」

 

「それってどういう状況っすか?」

 

「いきなり襲い掛かってきたりとか、こっちの作戦が全部筒抜けになったりとか……」

 

「それは無い……と、思う。 たぶん」

 

「何その曖昧な返事……」

 

「大江戸学園の機材で精密検査をした。 魂の形質操作の痕跡があった箇所は1箇所だけ」

 

「魂の検査できるの、凄いわね大江戸学園」

 

「で、どんな細工がされてたっすか?」

 

「察するに、我が貴様の顔を見ているにも関わらず、殺意が全く湧かんのはそれが原因か?」

 

「……母様が光璃に殺意を抱くのと同様に、

 光璃もまた母様を見る度に得体の知れない殺意を覚えていた」

 

「殺伐とした母子っすね」

 

「少しは私を見習いなさい。 空とも名月とも仲良しよ、血の繋がりは無くても」

 

「それは魂のレベルで刻み込まれた宿命のようなもの。

 光璃は母様を、母様は光璃を、憎んで憎んで殺し合う宿命の元に生まれた」

 

「殺伐とした宿命っすね」

 

「少しは私を見習いなさい。

 親殺しも同盟破りも生首3000個並べるのもやってないわ、今の所は」

 

ただし、現代ニホンから銃火器を手に入れた場合、まず間違いなく乱世終結までに3000以上射殺する。

 

「オーディンが光璃に施した細工は、殺意を抱く対象の差し替え。

 本来母様に向くべき殺意や敵意が、徳河早雲……北条早雲に向くように細工がされた」

 

「北条早雲!? ……って、随分前に死んだ人じゃねーっすか?」

 

「オーディンみたいな神話生物が現実に出てくるんだから、

 北条早雲が生きててもおかしくないわね」

 

「五体満足に生存している訳では無い。

 かつて早雲はオーディンに挑み、敗れ、ギリギリの所で一命を取り留めた。

 具体的には鋼鉄ジーグのマシーン・ファーザーのような状態で生き延びた」

 

「……御大将、分かるっすか? 柘榴は全然ピンと来ねーっすけど」

 

「ごめん、分かるわ」

 

「アンタホントに戦国生まれっすか!?」

 

マシーン・ファーザーがどんな状態なのかは各自ググッて頂きたい。

 

「要するに、かつて我が貴様に感じていた殺意がそのまま早雲に向いたと。

 まあ、ご愁傷様だな。 何日で殺った?」

 

「出会って5秒で電源プラグを引っこ抜いた。

 10秒後にバックアップシステムに鉛玉をブチ込み、

 15秒後にハードディスクにドリルを突き立て、20秒後にドドリアンボムを……」

 

「ようし分かった、だいたい分かった。 分かったからそこから先は言わなくて良い」

 

「……残念ながら、非常に非常に残念ながら、これらの殺人計画は功を奏さなかった。

 九十郎を殺された恨みもあったので、再チャレンジは20を超えたが、いずれも躱された」

 

「ちょっと待つっす、今誰が殺されたって言ったっすか?」

 

「……徳河早雲は、大江戸学園の斎藤九十郎を殺した。

 剣魂の……ナノマシン技術の応用により、

 何も無い空間に輸送トラック型の殺人マシンを生み出し、轢死させた。

 その怒り、その恨みはそう容易く忘れる事はできない」

 

「『大江戸学園の』ってわざわざ付けたという事は、

 私達が知ってる九十郎とは正確には違うって事よね?

 九十郎は前の生はトラックに轢かれて死んだって言っていたもの」

 

「……その通り、だけどそれはそれとして私から九十郎を奪った恨みはある」

 

「そいつはメチャゆるせんっすね」

 

「私がアンタの立場でも同じ事をするわね」

 

「まあ、我もその状況なら仇討をするな」

 

北条早雲もとい徳河早雲の味方は1人もいなかった。

 

「……で、早雲殺さずにこっちに来て良かったの?」

 

「後一歩で成功しそうなのが何回かあった。

 このままでは本気で殺されかねないと、追い出された。

 次元の壁を隔てていれば殺意は起きない事は確認済み」

 

「確認ってどうやって?」

 

「靖国の境内に次元の壁が薄い場所が……」

 

「……場所が?」

 

「……説明が面倒、本筋にも絡まないなので省略」

 

美空と柘榴がどて~っと周囲に転がった。

 

「説明終了。 母様に殺意が沸くかの試しも済んだので失礼する」

 

光璃がそのままスタスタと立ち去り、美空が倒れこんだ姿勢のまま見送る。

鬼滅の刃読者なら『おい待てェ、失礼すんじゃねぇ』と返す所であるが、九十郎が轢死したのは鬼滅ブームに火が付く前なので守備範囲外である。

 

「がらがらどん1号、広域サーチ。 九十郎の剣魂の位置情報は……剣丞隊の宿舎?」

 

九十郎のがらがらどん3号の位置を割り出し、光璃が小走りで剣丞隊の宿舎に向かう。

雫の失言が原因で、剣丞隊が非常にややこしくなっている事も、光璃の介入により火に油が注がれる事も知らずに……

 

……

 

…………

 

………………

 

九十郎が雫を抱えて逃げ出し、剣丞隊が逃げ支度を始めた頃、それとは別の場所で親子の対話がなされようとしていた。

 

1人は森桐琴可成、もう1人は森小夜叉長可……基本的にヒャッハーヒャッハーと騒がしい森一家の中枢たる2人であるが、今日は珍しく静かであった。

 

そこにあるのは沈黙、沈黙、沈黙、沈黙だ……

 

「なぁ、そろそろ何か話せよ母。 何か用があって呼びつけたんだろ?」

 

基本堪え性の無い小夜叉が先に沈黙に耐えられなくなった。

桐琴も桐琴であんまり我慢が利く性格ではないが……今日はずっと難しい表情で黙ったままだ。

 

またもや沈黙、沈黙、沈黙、沈黙だ……

 

「……おいもう帰って良いか? 粉雪のヤツ、面倒な事頼まれて忙しいってんだよ」

 

小夜叉はまだ粉雪を手伝う気だ。

なんやかんやで粉雪が美空達の協力する事になったが、それはそれとして美空が久遠や剣丞と敵対する可能性があるため、やっぱり粉雪への助力は桐琴の立場を危うくしかねない。

しかねないが……小夜叉の脳内にその辺の機微は入力されていない。

 

……本来は、桐琴が教えなければならない事だ。

 

だがしかし、桐琴が小夜叉に教えてきた事は、人殺しのやり方だけだ。

ヒャッハーヒャッハーと叫びながら敵を討ち取る事だけだ。

 

桐琴は深いため息をついた。

普段の桐琴ならナメた口を叩いた瞬間に拳骨を落とすのだが……金ヶ崎の戦いでの負傷は完治しておらず、今の桐琴は自力歩行すら覚束ない。

 

「本当は……な……」

 

桐琴は重々しく口を開いた。

本当はこんな事は言いたくない。

心底言いたくない事だが、今伝えなければと……そう思い、口を開いた。

 

 

 

 

 

「……本当は可愛らしいお嫁さんになりたかったんだ、儂はな」

 

 

 

 

 

その衝撃的な告白を聞き、小夜叉は開いた口が塞がらなかった。

桐琴が言いそうもない事コンテストがあったら金賞が取れそうな台詞であった。

 

「ああ、鷲のマークの大正製薬か」

 

そして小夜叉は現実逃避を開始した。

なお、大正製薬の創業は1912年、鷲のマークを使うようになったのは1955年である。

 

「真面目に聞けクソガキ。 儂は本当は可愛らしいお嫁さんになりたかったのだ」

 

「いや無理だろ。 絶対無理だろ」

 

小夜叉は冷徹に事実を突きつけた。

 

「本当は殺し合いは嫌いだったのだ」

 

「嘘つけ、いっつも凄ぇ良い顔して真っ先に切り込んでただろ」

 

小夜叉は胡散臭そうな視線を桐琴に向けた。

 

「怪我して弱気にでもなったか? 母らしくねーぞ」

 

「……胸騒ぎがする。 勘だが、金ヶ崎で儂の腹を食い破った鬼子……蘭丸が動く。

 いやおそらく既に動いている」

 

「……かもな」

 

「だからお前に聞かせる必要があった。 儂は本当は可愛らしい……」

 

「3度目はいいよ、可愛らしいお嫁さんだろ!

 それとこれとがどう関係するってんだよ!?」

 

「新戸の母は、鏡に写った自分しか話し相手がいない、哀れな女だった。

 お茶、歌、鼓しかやる事が無く、チャカポンと揶揄される暗い女だった……らしい」

 

「……それで?」

 

小夜叉は早くも帰りたくなっていた。

 

「聞けば鬼子の能力や行動原理は、

 母胎となった者が心の奥底にしまい込んだ願望に大きく影響されるらしい、

 ならば儂の胎から生まれた鬼子が取るであろう行動は……」

 

「見合いでもしてるんじゃねーの」

 

「まず間違い無くそんな生易しい事ではない……なんとなくだが、分かるのだ。

 アレはおそらく乱世を終わらせようとする」

 

「……乱世を?」

 

ちょうどその頃、詩乃と剣丞がどうやって戦国時代を終わらせるかの意見対立を起こし、怒鳴り合いの末に喧嘩別れをしていた。

当然、小夜叉も桐琴も、剣丞達の騒動を知っている訳では無い。

たまたまタイミングが被っただけだ。

 

「乱世を終わらせんなら、良い事じゃねーか」

 

あるいは小夜叉と桐琴の会話がもっと早く行われていれば、会話の内容を剣丞達が知っていれば、剣丞の行動は変わったかもしれない。

剣丞は尾張に戻るという選択をしなかったかもしれない。

 

だがしかし、この会話は剣丞が詩乃と喧嘩別れをして、尾張への逃げ支度を始めるのとほぼ同じタイミングであった。

 

「乱世を終わらせるやり方は洗脳だ。

 本当の愛を持つ者……そんなヤツが居るかどうかは知らんが、

 蘭丸の洗脳の御家流を撥ねつけるヤツ以外を全て洗脳し、愛を植え込み、

 全てを支配させるつもりだ」

 

「……は?」

 

小夜叉が一瞬耳を疑った。

まるでオーディンがやろうとしている剣丞ハーレム計画じゃないかと感じた。

そして同時に、久遠と一葉が考えた誑し免状による剣丞を中心にした同盟関係も想起させた。

 

そして桐琴は……

 

「根拠がある訳では無い、自信も無いが……蘭丸は、尾張にいるかもしれん」

 

……苦虫を嚙み潰したような、心底忌々しいといった顔で、そう呟いた。

 

 

 

 


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