戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第142話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第142話URL「https://syosetu.org/novel/107215/47.html



犬子と柘榴と一二三と九十郎第143話『剣丞には聞かせられねーわ』

 

「話す前にもう一回確認するけど、剣丞はいないわね?」

 

唐突なヴァルハラ宮殿殴り込み作戦発言に、なんのこっちゃと混乱する面々の前で、長尾景虎・通称美空がそう続ける。

 

「ああ、いねぇよ。 と言うか呼ばなくて本当に良かったのか?」

 

「……気まずい」

 

唐突に現れた自称武田信玄……光璃が目を伏せながらそう呟いた。

 

「おい光璃、それだけが理由だったら今すぐ剣丞呼びに行くぞ」

 

「あ、剣丞は呼ばないでってのは私の発案よ。 ぶっちゃけ反対されそうだから」

 

「反対されそうって、何に?」

 

「今から皆に話す方針に」

 

「剣丞が嫌がるって事は技術チート系か?」

 

「血生臭い系じゃない?」

 

「その両方」

 

そう聞いて九十郎は、能天気に飯を食う吉音の方をちらと見る。

血生臭い系はこいつも嫌がると思うがなぁ……と、内心不安ではあるが、話を続ける。

 

「チートつっても俺の手持ちのネタはほぼ尽きたから……光璃が何か持ってきたか?」

 

「無論、まずこのデバイスにこっちで再現できそうな技術を思いつく限り入れてきた」

 

光璃が懐からiPadに似た小型デバイスを取り出す。

無駄に計算高い光璃が『思いつく限り』と言うからには、本当に思いつく限りなのだと九十郎は察してしまう。

 

「……剣丞には内緒なので、教えないように」

 

「気づかれたらノータイムで壊すか奪いに来るわね、きっと」

 

「美空様、いくら剣丞様でもそこまではいないと思いますよ」

 

「核爆弾のデータも入っている」

 

九十郎は思わずぎょっとした。

 

「九十郎、犬子かくばくだんって知らないけど危ないの?」

 

「とりあえず剣丞には絶対言うな、150%話がこじれる」

 

1回大喧嘩になった後、奇襲で奪いにくる可能性が50%である。

 

吉音は納得してるのかよと、ちらりと表情を伺うも……特に何の反応も無い。

分かっていないのか聞いていないのか、九十郎には分からなかった。

 

「光璃、お前まさか本気で戦国時代で核戦争をやるつもりじゃなかろうな」

 

やりかねない所が九十郎のファースト幼馴染こと武田光璃の恐ろしい所である。

 

「戦国時代の技術レベルで核爆弾の作成が無謀なのは理解している」

 

「その無理無茶無謀を通しかねねぇのがお前だろ」

 

「九十郎、『太陽を盗んだ男』は知っているかしら?」

 

「おいマジでやる気かよ美空!? いくら俺でも流石にビビるぞ」

 

なお、1979年公開の映画を長尾景虎が知っている事へのツッコミは不要である。

 

「目下、私達がどうにかしないといけない事項は3つあるわ」

 

「いやこのタイミングで話題転換すんなよ!」

 

「一つは戦国乱世の終結。

 まあこれは10年後20年後にどうにかすれば良い事だから、当面は後回しとするわ」

 

「九十郎、犬子は今、

 かくばくだんで戦争を終わらせるって続かなかった事に本気で安堵してるよ」

 

「そうだな、だが後回しで良いのかよ?」

 

「良いの、世の中優先順位ってモンがあんのよ。

 二つ目は吉野とかいう鬼をばら撒いてる迷惑な奴。

 三つ目はオーディン、戦国時代と大江戸学園の英雄から魂を奪って、

 エインヘルヤルとかいう絶対服従の兵士みたいなものの材料にしたいらしいわ」

 

「戦国時代はともかく……大江戸学園もなのか?」

 

「保護対象に剣魂を持たせ、自衛力をつけさせるクロノアイズ方式」

 

「おいおい、それじゃ俺のクラスメイトに英雄がいたみたいじゃねえか」

 

九十郎がはっはっはっと笑い飛ばそうとしたところ、光璃はすっと能天気に飯をカッ喰らっている吉音の方を指さし……

 

「……徳川吉宗の生まれ変わり」

 

……そう告げた。

 

「え、誰?」

 

「ごめん、犬子も分かんないや」

 

「おっと柘榴に期待しても無駄っすよ」

 

ただし、徳川吉宗を知っている者は皆無だった。

九十郎は日本史の成績は常に赤点ギリギリだったため、徳川幕府八代将軍の名前を普通に忘れているのだ。

 

「まあまあ、誰の生まれ変わりでもあたしはあたしだからさ、気にしなくて良いよ」

 

「いやすまん、前田利家とか上杉謙信の生まれ変わりってんならともかく、

 ぶっちゃけ全然知らねえ徳川……よ、よ……よし……」

 

「……吉宗」

 

「そうそう、徳川吉宗なんて言われても『はいそうですか』としか言えねぇよ」

 

「大江戸学園じゃあんなに大騒ぎになったのに!?

 あたしが吉宗で、詠美ちゃんが家光で……」

 

「すまん、家光って誰だ?」

 

「有名でしょ!? あたしですら名前覚えてたのにっ!!」

 

なお、徳河吉音は日本史どころか全教科赤点常習犯、追試や補修の場に居ない方が珍しいというレベルである。

 

「……なんだろうこの肩透かし感、こっちは一悶着も二悶着もあったのに」

 

「犬子、前田利家じゃなくて徳川吉宗だったら良かったのに……」

 

「こら犬子、その話は前に散々やっただろ。 前田利家ごと愛してやるから、蒸し返すな」

 

「あ、ごめん、ごめんね……でも犬子、まだちょっと不安でさ……」

 

「美空、生まれ変わり云々は良いから進めてくれ。

 吉野とオーディンにどう立ち向かうんだ?」

 

「吉野をどうにかする方は特に期限も無いから後回しにするわ。

 今どこで何をしてるか知らないし」

 

「駿河で何か超でっかくて超強い鬼を造ってるって話は聞いてるっすよ」

 

「無視するわ。 後でどうにかする算段は付いているし、

 下手に突っつくと新戸と戦う羽目になるもの」

 

「ああ、そう言えばあいつ、吉野に借りがあって、

 駿河の鬼を守らなきゃいけないって言ってたな。

 おい美空、良い機会だからあの糞ニートを死なない程度にボコボコにしようぜ」

 

「後でどうにかするわ、オーディンの方をどうにかした後で」

 

「後でって大丈夫かよ、オーディンは鬼より強そうだぞ」

 

「かつて武田晴信がやろうとした事と同じ……

 長尾景虎を倒すのは面倒なので、先に今川義元を殺して金山を確保するのと同じ……」

 

「え、何その話? 義元殺したの? 下手人は信長じゃなかったの?」

 

美空が思わず聞き返した。

 

「信長が義元を殺すお膳立てをした」

 

「当時今川と武田って同盟組んでたっすよね?」

 

「組んでた」

 

「光璃お前……」

 

「17年以上前の話なので時効」

 

「殺人は公訴時効の対象外だろ」

 

「……それは現代ニホンの話」

 

「戦国時代には時効そのものがねぇよ!!」

 

「ないわー」

 

「ドン引きっすー」

 

「犬子もちょっと擁護できないかなぁ……」

 

「んで御大将、オーディン以外後回しにする理由、そろそろ教えてほしいっす」

 

このままだといつまでもこの話になりそうだと、やや強引に柘榴が話を戻す。

 

「オーディンだけ時間制限があるのよ。

 例の剣丞大ハーレム計画から逸脱すればオーディンはしばらくの間魔法を使えない。

 時間が経って魔法で色々やられると手が付けられなくなるからその前にどうにかするわ」

 

「えっと前に新戸ちゃんから聞いた話だと……蘭丸っていう鬼子が、

 オーディンの計画を維持する最後の砦だから、それをやっつければ良いんだっけ?」

 

「でもそれって根本的な解決にならないでしょ」

 

九十郎は若干イラっとした。

ここまでの自分の言動は完全に棚上げである。

 

「蘭丸は所詮手駒に過ぎない以上、時間稼ぎにはなるでしょうけど、

 オーディンの計画そのものを頓挫させる事までは期待できないわ」

 

「そりゃ親玉を叩きのめす以上に効果的な手段はねぇな」

 

「でもオーディンは別の世界にいるっすよ。

 でかい船を造れば海の向こうに攻め込む事もできるっすけど、

 別の世界に攻め込むには何を造れば良いっすかね?」

 

「完成した物がこちらにあります」

 

光璃が待ってましたとばかりに金属製の鉄柱らしきメカをどすんと床に置く。

成人男性のおおよそ半分程度の大きさだろうか。

こけしにも、トーテムポールにも、アショーカピラーにも似ているようで似ていないその物体は、その場にいる全員にとって初見の不思議メカだ。

 

「何っすか、これ?」

 

「これはポータル」

 

「……ぽぉたる?」

 

「大江戸学園がある世界……私や吉音、九十郎がいた世界に繋がるトンネル……

 つまり、抜け道のような物を作り出す機械」

 

「く、九十郎の世界に!?」

 

「繋がるって……帰れ……いや、帰っちまうっすか!?」

 

犬子と柘榴と九十郎が目を丸くする。

 

九十郎はもう二度と帰れない、戻れないと思い続けてきた……そう思い込もうとしていた。

故郷が、生まれ故郷が目の前にあるかのように思えた。

 

だがそれは……同時に、戦国時代で出会い、愛し合った女達との別れを意味するのではと、犬子と柘榴は肩を強張らせた。

 

「そうか……そうだよな、お前と吉音が戦国時代に来れたんだ……

 逆に俺達が現代ニホンに帰る方法だって……いや、だが……だが俺は……」

 

九十郎が顔を伏せ、ぶるりと震え……

 

「残念ながら、今すぐにポータルを起動させることはできない」

 

九十郎の次の言葉を紡ぐよりも先に……あるいは、遮るかのように光璃が話を続ける。

 

「エネルギーが圧倒的に足りない。

 異なる世界を繋げるには巨大なエネルギーを必要とする。

 それこそ……そう、核爆弾が1発爆発するくらいの熱量があれば、起動できる」

 

「え、さっき言ってたかくばくだんっていうの本気で造るの?

 危ないし難しいんじゃないの!?」

 

「核爆弾作成計画はプランB、プランAが何らかの事情で頓挫した場合の予備プラン」

 

「プランAは何だ? ここで『ねぇよそんなもん』とか言ったらダダじゃおかねぇぞ」

 

「徳河早雲曰く、江戸時代にわざと似せた衣服、城塞、建物、小道具、通貨には意味がある」

 

「意味ってどんな意味だよ」

 

「別の世界、別の場所を同じ場所に誤認させる。

 世界の修正力、ティンダロスの猟犬、その他ポータルの妨げになる諸々を全部誤魔化す。

 つまり……このポータルをこの時代、この世界の江戸城と、

 現代ニホンの大江戸学園に設置する事ができれば、

 通常の数万分の一以下のエネルギーでポータル同士を繋げられる」

 

「核爆弾を造る必要が無くなるって事か」

 

「その通り。 この世界の江戸城にポータルを設置し、この世界と現代ニホンを繋ぐ。

 それがプランA」

 

「繋げた後はどうなるっすか?」

 

「大江戸学園の戦力と戦国時代の戦力を合流させて、ヴァルハラに殴りこむわ」

 

「ちょ、ちょっと待つっすよ御大将。

 オーディンの本拠にに殴り込みは構わねーっすけど、その間越後はどーなるっすか!?」

 

「そうねえ、留守居役は次期党首の名月に任せるつもりだけど」

 

「ヴァルハラがどんな所か知らねーっすけど、

 戦が1日や2日で終わるって事はありえねーっすよね?」

 

「関ケ原じゃあるまいし、そりゃねーだろ」

 

「え? 関ケ原って1日2日で終わったの?」

 

「半日で終わった、そして黒田官兵衛が天下を握り損ねた」

 

「ちょっと今大事な話してるから脱線しねーでほしいっす!」

 

「今玉薬が枯渇して、生産の目途も立ってねーて事忘れたっすか!?

 ドライゼは当面使えねーっすよ! おまけに春日山城は丸焦げ!

 賭けても良いっすけど、一月もしねー内に武田の残党が蜂起するっすよ!」

 

「粉雪の反攻作戦は本当に見事だったわね」

 

「むしゃくしゃしてやったぜ、後悔はしてないぜ」

 

越後長尾家の大ピンチを招いた元凶は、九十郎の作ったピラフに舌鼓を打っていた。

 

「で、どうするつもりっすか? これも後回しとか言ったら流石に怒るっすよ。

 オーディン退治は大事っすけど、国が亡くなるのまでは容認できねーっす」

 

「そうねぇ、いっそ滅べこんな国って思ったのは1度や2度じゃないけど、

 本当に滅んだらちょっと寂しいかもしれないわね」

 

「ちょっと寂しいじゃねーっすよ! もっと深刻に考えろっす!」

 

「まあまあ、ちゃんと策は考えてあるわよ」

 

「おお、流石は御大将。 イザという時だけは何故か頼りになるっすね」

 

「1ヶ月後に蜂起されたらどうしようもないけど、

 1年後に蜂起だったらどうにかできるような気がしない?」

 

「要は時間を稼いで後回しっすか……でも武田も馬鹿じゃねーっすよ、

 何の意味も理由も無く反撃を遅らせるなんて事ありえねーっす」

 

「粉雪がいるわ」

 

「え、あたい? あたいに何させる気なんだぜ?」

 

「粉雪には反越後長尾家の旗頭になってもらうわ。

 武田家健在の頃は四天王と呼ばれ、さらに今日、春日山城を丸焦げにする実績もある。

 反長尾の旗頭としてこれ以上の存在は無いと思わない?」

 

「美空様、犬子凄く嫌な予感がしてきたんですけど……」

 

「犬子、柘榴も同じ気持ちっすよ」

 

「おい、本気であたいに何させる気なんだぜ?」

 

「越後長尾家への反攻作戦をできるだけ盛り上げて、できるだけ大規模にして頂戴。

 規模がでかくなればなるほど、下準備にも時間がかかるでしょ」

 

「正気っすか御大将っ!?」

 

「美空様流石に無茶ですよっ!!」

 

「え? 最大限合理的な策じゃない、どこが変なのよ?」

 

「良いっすか御大将、今吉野は超強力な鬼を造ってるっす!

 いつできるかは知らねーっすけど1年後も未完成ってのは楽観が過ぎるっす!」

 

「そうねえ」

 

「1年っつてもオーディンとの戦の片手間っす、

 玉薬の生産体制もそこまで劇的に回復するとは思えねーっす!」

 

「そうねえ」

 

「その上で1年間準備を重ねた武田残党と戦えって流石にありえねーっすよ!」

 

「先に言っとくけど、反長尾の旗頭になるのは可能だけど、

 ワザと負ける作戦を立てるのは無理だぜ。

 あたいは一二三程器用な立ち回りはできねーぜ」

 

「そうでしょうねえ」

 

「さっきの台詞もう一度言うっすけど、国が亡くなるのまでは容認できねーっす!!」

 

「でも、ドライゼ銃の100倍強力な銃がしこたま手に入ったらどうにかできると思わない?」

 

「は……?」

 

柘榴が思わず絶句する。

彼女にとって、ドライゼ銃の時点で未来世界の超兵器に見えたのだ。

それよりも100倍強力な銃と言われても、すぐにはピンと来ない。

 

「ああ、こりゃ剣丞には聞かせられねーわ」

 

しかし、かつて現代日本を生きていた九十郎にはすぐにピンときた。

同時に、美空と光璃が何をやろうと……何をやらかそうとしていのかも察しがついた。

 

「光璃が5.56mm機関銃 MINIMIを、89式5.56mm小銃を、84mm無反動砲を、

 その他ありとあらゆる現代ニホンの最新兵器を調達し、戦国時代に持ち込む。

 1丁や2丁では意味がない、10丁や20丁でも無い、

 光璃がこれまでに築いてきた人脈を総動員して揃えられるだけ揃え、

 持ち込めるだけ持ち込む」

 

とりあえず九十郎は思った……

 

「剣丞が聞いたら1000%妨害してくるな……」

 

9回撃退してもなお諦めずに妨害を試みる確率が100%……天津垓もびっくりな諦めの悪さで立ち向かってくる姿がありありと想像できた。

 

「光璃、お前が現代兵器を調達できる謎人脈がある点はこの際置いとく。

 正直お前ならやりかねねぇって思ってる。

 だがお前まだ学生だろ! そんな金どこにあるんだよっ!?」

 

「何言ってるのよ九十郎、佐渡に金山があるじゃない。

 もう二度と金脈が見つからなくても良いって位の勢いで掘りまくれば、

 金の問題は解決よ」

 

美空と光璃ががっちりと手を握り合った。

九十郎は思った……我が幼馴染、我が主君ながら、まるで悪魔と悪魔が手を組んだようだと。

 

「おい、それだとあたいは川中島と同じかそれ以上に凄惨と言うか、

 一方的な負け戦をやる羽目になるんじゃねーかだぜ」

 

「初戦で頑固そうなの少数を出してきなさい。

 全員エメンタールチーズ(穴だらけ)にして恐ろしさを見せるから、その後降伏しなさいな」

 

「そういう腹芸は一二三程上手くねーぜ、あたいはさ」

 

「何とか上手くやって、言いたか無いけど他に手段が無いのよ」

 

「御屋形様がやるんじゃ駄目なのかだぜ?

 この前の戦で死んだのは影武者で、本物は密かに逃れてたって事にして……」

 

「それはできない」

 

「何でなんだぜ?」

 

「ポータルを動かせるのは現状、光璃しかいない。

 森蘭丸対策に使える剣魂持ちの人数も減らせない。 それに何より……」

 

「な、何より……?」

 

「新田剣丞の妻・武田晴信は死んだ。

 光璃はあくまで現代ニホンに生まれ、現代ニホンで育った武田光璃。

 その建前は崩せない……崩して剣丞の妻に逆戻りしたくない」

 

「え? でもついこの間まで若干引くくらいベタベタして……」

 

「昔は昔、今は今……今、武田光璃は斎藤九十郎に恋焦がれている。

 斎藤九十郎を愛している」

 

「えぇっ!?」

 

「ひ、光璃ぃ!?」

 

「ま、マジなんだぜっ!?」

 

犬子が、九十郎が、粉雪が腰を抜かさんばかりに驚愕する。

そして愕然とした表情で硬直する皆の前ですたすたと九十郎の前に歩き……ちゅっと、口づけをした。

 

唇が重なる感触がした。

10秒も、20秒も、ずっとずっと唇が重なり続けた。

もう二度と離れない、絶対に離さないという決意がその口づけにあったように思えた。

 

「こりゃマジで剣丞には聞かせられねーわ」

 

唇が離れると、九十郎は一人頭を抱えた。

 

「分かった、分かったぜ! 九十郎に惚れちまったんじゃ仕方ねぇぜ。

 超巨大な反長尾連合軍を作ってやるから、見てやがれだぜ」

 

「はい、これで全問題解決ね。 良かった良かった」

 

「剣丞にバレたらまず間違いなく揉めそうだって所を除けばな。

 いや、待てよ……おい美空、さっきの案には問題が2つぐらいあるぞ」

 

「え、そう? まだ何かあったかしら?」

 

「さっき光璃も言ってたが、蘭丸はどうすんだよ。

 あいつの能力は洗脳で、強力な武器を持てば持つ程逆用されて危険だろ」

 

「問題無い、剣魂も並行して戦国時代に持ち込む。

 剣魂は元々オーディンと戦う為に作られた武器。

 オーディンを倒した後なら、大量に戦国時代に持ち込んでも問題無い」

 

「剣魂持ちは蘭丸でも容易に洗脳できない。

 洗脳能力抜きなら蘭丸の強さは転子と同程度……

 どう、剣魂持ちが100人以上いれば間違いなく勝てるでしょ」

 

「ねぇ九十郎、今剣魂持ってるのって何人だっけ?」

 

「え、そりゃ剣丞だろ、吉音だろ、光璃だろ……」

 

「それともう1人、九十郎」

 

光璃はそう言いながら、一本の刀を九十郎に差し出した。

一目見て分かった、それは前の生で大江戸学園の斎藤九十郎が愛用していた剣だと。

九十郎の剣魂『がらがらどん3号』がインストールされた剣だと分かった。

 

「俺含めて4人、それに鬼子の新戸か……確かに、合計5人で蘭丸と戦うよりは、

 剣魂持ちを100人以上に増やしてからの方が勝率は高そうだな。

 蘭丸の方から仕掛けてきた時はどうする?」

 

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に」

 

「まあそれしか無いか……」

 

「それじゃあ問題点その1は大丈夫そうね、それで問題点2は何かしら?」

 

「いや、それなんだが……」

 

九十郎が吉音の方をもう一度ちらりと見返す。

まだ温かい食事が何種類も残っていると言うのに、吉音は箸を置き、食器を置き、正座しながら発言のタイミングを今か今かと待っていた。

 

そして……

 

「そんな計画だったなんて聞いてないぞーっ! 反対反対はんたぁーいっ!!」

 

そうやって可愛らしく吠え立てた。

 

「問題点その2、吉音もこういう血生臭い計画を嫌うって点だよ。

 どうすんだよ吉音抜きで鬼だとか蘭丸だとかと戦うのは骨だぞ」

 

「吉音、戦争はヒーローごっこじゃない」

 

比較的吉音との付き合いが長い光璃が説得に動く。

 

「言いたい事は分かるけど、

 要するに気に入らない人全員現代の武器で撃ち殺すって事でしょ!

 それって独裁じゃない!」

 

「だけど、このままダラダラと戦国時代が続くよりは死人は少なくなる」

 

「最新の武器で偉くなった人が判断を間違えたらどうすんのさ!?

 反対したら撃たれるんじゃ誰も何も言えなくなっちゃうじゃない!」

 

社会科の授業は全て寝て過ごし、万年赤点の吉音にしてはまともな事をと九十郎は密かに驚いた。

 

「光璃達は圧倒的な武力を持って紛争を根絶する。 英語で言えばソレスタルビーイング」

 

「ソレスタルビーイングじゃ駄目だよ! 結局紛争根絶に失敗してるんだから!」

 

吉音と光璃がぐぬぬっと睨み合う。

このまま膠着かと周りが心配し始めた頃……

 

「ジオンは緒戦こそMSを使って有利に戦ったけど、

 地球連邦軍は必死になって努力してガンダムやガンキャノンを作っちゃうんだよ。

 やっぱり危ないと思う」

 

「そこは信じてもらうしかない」

 

「信じてって言われても……」

 

光璃は吉音の目をじっと見つめて言う。

 

「正義無き力は暴力、力無き正義は無力……

 現代ニホンの兵器を暴力にはしない、光璃が絶対にさせない。 信じてほしい」

 

その目は真剣そのものだった。

本当に本当に真剣に訴えかけていた。

 

吉音はそんな光璃の眼差しをじいぃっと見返して……

 

「オーディンと話をつけた後も、時々戦国時代に見に来る。 それが条件」

 

……吉音はそう告げた。

 

「現代の武器を使って弱い人を虐めてたら本気で怒るからね。

 本気で怒って、どんな手を使ってでも止めるから。

 だから時々戦国時代に来て確認させて。 そうじゃなきゃさっきの計画絶対反対する」

 

……吉音が折れた。

 

……

 

…………

 

………………

 

「一二三、もしかして体調悪かったのか?」

 

諸々の話し合いが済み、そろそろ解散しようかという雰囲気になった頃、九十郎は一二三にそう尋ねた。

 

「へ? いや、特に悪く無いけど、どうして?」

 

「いや、さっきからお前一言も喋ってねぇだろ。 最初からずっといたのによ」

 

「あれ、言われてみれば……確かに何も喋ってないね、どうしてだろ?」

 

一二三がう~んと首を傾げる。

 

九十郎は気づいていない、一二三も気づいていない、この場にいる全員が気づいていない……一二三は恐るべき鬼子・森蘭丸によって精神を破壊され、人格を書き換えられている事に。

 

「ああ、喋ってないと言えば典厩様だよ。

 普段ならツッコミの100や200してなきゃおかしいって」

 

「一二三は私を何だと思ってるでやがるか」

 

「ツッコミ」

 

「そりゃ役に立てなくて悪かったでやがるなっ!!

 あんまりにも話がブッ飛び過ぎて何を喋りゃ良いのかまるで分からねーでやがったよ!」

 

そして夕霧もまた、一二三と同じく密かに森蘭丸の手駒とされている事に、誰一人として気づいていない。

 

一二三と夕霧が見聞きした事は、全て森蘭丸に筒抜けだという事に、誰一人として気づいていなかった。

 


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