戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第142話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
第142話URL「https://syosetu.org/novel/107215/47.html


犬子と柘榴と一二三と九十郎第141話『我は武田信玄、明日この世界を粛清する』

どかあああぁぁぁーーーっんん!!

 

「た~まや~」

 

「か~ぎや~」

 

派手に爆発した春日山城を眺めながら、粉雪と小夜叉が勝鬨をあげた。

九十郎が不眠不休で増産してきた火薬に火が付き、大爆発を起こしたのだ。

当然、ハーバー・ボッシュ法のための機材やら材料やらを隠してある秘密の作業所も火と爆風で再起不能だ。

 

「はっはっはっはっはっ、やべぇ思ったより上手く行ったぜ! やってみるもんだぜ!」

 

粉雪は大笑いをしていた。

正直な所、彼女の想像以上に奇襲は上手く行った。

春日山城の警備は僅かで、しかも小夜叉も粉雪も、春日山城の構造をしっかりと頭に叩き込んでいたのだ。

 

なお、その原因の半分は、時間は敵だとばかりに手勢の殆ど全てをフル回転させ、近隣の中小勢力を踏み潰していた美空であり、残りの半分は後々敵対する可能性があるのに、後先考えずに粉雪を長期間越後に滞在させ、あろう事か春日山城内への出入りもほぼ無制限にやらせた美空である。

要は美空の迂闊だ。

 

美空は追い詰められると強いが、逆に追い詰める側に回ると数々の綻びを見せる……これは後日、この件について思い出した際の黒田雫官兵衛のコメントである。

 

「これからどうするよ?」

 

小夜叉が粉雪にそう尋ねる。

 

「ん? そりゃ火を消しに来た奴らを可能な限りブッた斬ってこの城を全焼させるんだぜ」

 

ここまではどうにか誰にも気づかれずに侵入し、破壊工作ができたが、これほどまでに派手な爆発炎上を起こせば、いくらなんでも気づかれる。

そこら中で敵襲を知らせる呼び声や、鳴子やら半鐘やらの音が鳴り響いていた。

 

「お、コソコソすんのはようやく終わりか?」

 

「ああ、こっからは暴れたい放題、斬り放題だぜ」

 

小夜叉と粉雪、そして武田の精鋭赤備え達が臨戦態勢に入った。

 

……

 

…………

 

………………

 

どかあああぁぁぁーーーっんん!!

 

そんな大きな音と共に、春日山城が派手に爆発炎上していた。

 

「始まったか……」

 

新田剣丞はそれをただ眺めていた。

 

間違いなく、怪我人が出ているだろう。

間違いなく、火事で焼け出される人も出るだろう。

間違いなく、死んだ人もいるだろう。

 

そして今からでも駆け足で現場に向かえば、延焼の範囲も、命を落とす人も減らせるだろうという事も理解していた。

理解したうえで……剣丞は動かない。

 

「いくらドライゼ銃が強力とはいっても、

 黒色火薬の原料である硝石の供給が途絶えれば、使い物にならなくなる。

 これでしばらくの間、美空の行動は大きく制限できる筈だ。

 少なくとも、今まで見たいに節操無く撃ち続ける事はできない筈だ、きっと……」

 

ぶつぶつと独り言を呟く。

早い話、剣丞は粉雪達による襲撃を察知しつつも、それを見逃したのだ。

 

その決断は命懸けで自分を生かそうとした九十郎や、一応は自分の嫁の1人である美空に対する裏切りに他ならない。

剣丞にとって、その決断が意味するものは相応に重い。

 

「剣丞様……」

 

そんな剣丞の背中にぎゅっと縋る1人の少女……先日剣丞隊にて匿う事にした、湖衣である。

 

本当にこれで良かったのですか……そんな言葉が湖衣の喉まで出かかった。

出かかったが、止めた。

もう何度も、何度も、何十回も聞いた事だからだ。

湖衣の持つ千里眼にも似た能力にて、粉雪と小夜叉、武田赤備えの息の残り達が流民の紛争で接近してくるのを確認した時から、何度も何度も尋ねた事だからだ。

 

「これで良かったんだ、これで……良い筈だ、さもなきゃあ……」

 

剣丞がこの世界に転移した際に持っていた剣を握る。

今は電池を抜かれて沈黙している剣魂と呼ばれる剣、鬼を引きつけ、鬼をバターのように切り裂き……剣丞と美空を催眠状態にして、無理矢理交合させようとした剣だ。

 

ドライゼが無くとも、この剣でもって鬼と戦う……ドライゼが無くても問題は無い筈だと自分に言い聞かせる。

オーディンは今、魔法が殆ど使えない状態故に、この剣を介して自分達にちょっかいをかける余裕は無い筈だ、単純に鬼に対抗するための手段として利用できる筈だと言い聞かせる。

 

そうでなければ、燃え上がる春日山城に圧し潰されてしまいそうだ。

 

「すまない、湖衣。

 夕霧が正式に長尾に下った今、君を剣丞隊に引き留める理由はないのに……」

 

剣丞が湖衣をぎゅっと傍に手繰り寄せる。

湖衣はそんな剣丞の腕に抱かれ、頬を上気させながら目を伏せる。

 

「良いんです。 もう私には帰る場所はありませんから……

 だから、このままずっと剣丞様のお力になりたいんです」

 

湖衣は優しくそう告げる。

決意に満ちた瞳で……その実、蘭丸の精神操作によって言わされているとは誰も気づかずに。

 

遠く尾張の地で、森蘭丸が……新田剣丞の妻達や、姫野を洗脳し、凌辱する鬼子・蘭丸が。ドライゼ銃の無力化に成功した事に笑みを浮かべているとは誰も知らずに……

 

そして剣丞と湖衣の唇と唇がそっと重なり合った。

 

……

 

…………

 

………………

 

「ど、どうしよう九十郎……燃えてると言うか、焼けてるというか……

 何かとんでもない事になっちゃってるよっ!?」

 

「てか爆発したの俺の作業所じゃねーかぁ! やっべぇ美空に殺されるぅっ!?」

 

「あの火勢、風向きも良くない……拙いです九十郎さん、犬子さん、

 あれでは天守閣まで燃え広がるかもしれません、急いで消火しなければ」

 

犬子と雫と九十郎がどたどたと城下町を駆け抜ける。

混乱する人々を掻き分け、同じように春日山城に駆けつけようとする越後長尾家の家臣達を押しのけ、駆け続ける。

 

「ええい、くそ! どけよお前ら、俺を美空の所に行かせろ!」

 

「雫、犬子にしっかり掴まってて! 離しちゃ駄目だよ!」

 

「は、はいっ!」

 

春日山城に近づけば近づく程混乱が大きくなり、混雑も酷くなり、まるでバーゲンセールのような人の絨毯ができ始める。

それを九十郎のバッファローマンのような体格で無理矢理引っぺがし、分け入って進み……ついに春日山城内の九十郎の作業スペース近くにまでたどり着く。

 

「うげ、バラバラじゃねーか……こりゃ元通りにするのに数か月はかかるぞ……」

 

「そんな事は後だよ九十郎! 敵襲だよ!」

 

げんなりとした表情の九十郎に、乞食や流民の恰好をした男達が斬りかかってくる。

 

「ちっ、犬子無事か!?」

 

「ああもう、ちょっとは休ませてよ……たあぁぁっ!」

 

犬子と九十郎が同時に剣を抜き、侵入者を迎撃する。

普段から鍛えに鍛えた神道無念流は伊達ではない。

 

そして2~3回も剣を交えればすぐに理解する……

 

「九十郎、こいつらただの流民じゃない……かなり手練れだよ」

 

「てめぇら、粉雪の所の……武田の赤備えだな?」

 

「……その通り、我等は赤備え、晴信様の仇討ちに参った」

 

それは半ばあてずっぽうに近い指摘であったが、珍しく九十郎の予感は当たった。

 

少し視野を広めてみれば、第四次川中島で長尾の本陣強襲を見事に成功させた武田の精鋭赤備え達が、そこら中で警備の兵達とチャンバラを繰り広げていた。

 

長尾の手勢があちこちに分散していて、城の警備は普段の半数近くにまで減っていた事を考慮してもなお、多勢に無勢である。

長引けば武田の赤備えといえども、全滅は必至、しかし……

 

「い、いけません九十郎さん! 犬子さん! 城の燃え方が思ったより早い……

 このままでは天守閣まで焼け落ちてしまいます!」

 

「それが我等の狙いよぉっ!!」

 

赤備え達が再び九十郎達に斬りかかる。

長引けば間違い無く春日山城は全焼……九十郎達に、そしてこの場に駆けつけてきた警備兵達に焦りが生まれる。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いで周囲を制圧する長尾であるが、その象徴たる春日山城が焼け落ちたとなればどうなるか……当然、長尾恐れるに足らずと反長尾の勢力が勢いづく事だろう。

 

いや、いくら時間をかけたくなかったとはいえ、長尾の攻勢は少々強引すぎ、少々死人が出過ぎている。

下手をすれば外交的に孤立し、反長尾同盟が結成され、日ノ本中から攻撃される事すらもありえた。

そして頼りの綱のドライゼ銃は、九十郎の作業場が爆発四散し、硝石の生産が当分の間行えなくなった以上、しばらくは張り子の虎も同然だ。

春日山城が焼失すれば、美空の戦略的判断が見事に裏目に出てしまい、越後長尾家の窮地を招きかねないのだ。

 

「ちっくしょう……粉雪ぃっ!! 粉雪出て来いっ! いるんだろぉっ!!」

 

九十郎が負け犬の遠吠えのように叫ぶ。

 

「よぉ九十郎、あたいはここにいるぜ」

 

乱戦の中で、そんな声が返ってくる。

みれば2人、3人……10人、20人と次から次に惨殺死体を量産する少女達……小夜叉と粉雪がそこにいた。

 

「テメェこの野郎! 何のつもりだ!」

 

「決まってんだろう、勝つつもりだぜ」

 

「あの場所が何だか分かってんのか!?」

 

「九十郎がこっそり玉薬を作ってた場所……違うか?」

 

「うぐっ……」

 

図星を突かれ、九十郎が絶句する。

 

「な、なんで場所が分かった……?」

 

「あたいを好き勝手に行動させたのは迂闊すぎるぜ、九十郎。

 こそこそなにかをやってたのには気づいてた。 それで川中島であの連射だろ?

 すぐにピーンと来たぜ、九十郎はどうやってんのか知らねえけど玉薬を作ってるってな」

 

結論、全部九十郎が悪い。

まあ、知っていてほぼ放置していた美空も限りなく同罪に近いが。

 

「鬼への対抗策をフッ飛ばしやがって! どうするつもりだ!?」

 

「いや、今んとこてめぇら、人にしか向けてねぇぜ」

 

「……まあな」

 

「九十郎さん! 言い負けちゃ駄目ですよ九十郎さんっ!!」

 

雫が涙目になりながらツッコミを入れる。

こうしている間にも赤備え達は元気に城の警備達を惨殺死体に変えているし、城は見事なまでに燃えて崩れつつある。

 

半鐘の音がガンガンと鳴り続け、人の叫び声がそこら中から響き渡り、混乱がさらにさらに加速していた……全て、粉雪の作戦、粉雪の目論見の通りである。

 

「その通りだ、おイタが過ぎるぞ……バラガキ共」

 

混沌とした場に、また誰かが現れた。

 

「お、前らは……?」

 

 

小夜叉と九十郎が大きく目を見開いた。

その人物……いや、その人物達は大怪我をし、とても戦場には出られない身体の筈だからだ。

 

その人物は……

 

「は、母……?」

 

「応、久しいな糞餓鬼め。 ふらっと家を出て随分と勝手気ままにやっているようだ」

 

森桐琴可成……小夜叉の母親であり、金ヶ崎の撤退戦(第66話)で鬼に襲われ重傷を負い、再起不能になっていた筈の人物がそこにいた。

 

「よう、甘粕……今日は随分と重役出勤じゃあないかだぜ」

 

「これ以上はやらせない」

 

「む、無茶です松葉さん! その身体では……」

 

「私は御大将の親衛隊筆頭、例え実は回復していなくとも……

 今、回復してなければ話にならないという時には、回復するしかない」

 

「そいつは便利な身体だぜ! それじゃあどの程度回復したか……

 思いっきり試してやるぜ!」

 

もう1人は松葉……第四次川中島(第129話)で小夜叉に斬られ意識不明の重体になっていた松葉が、怪我を無理矢理ねじ伏せて駆けつけたのだ。

 

直後、粉雪が全身で大きく振りかぶり、名槍・紅桔梗を叩きつける。

ガキィッ! と大きな金属音、松葉は辛うじて自身の傘(鉄骨入りの特別製)で受け止めるも、同時に大きく体勢を崩す。

 

「足元がふらついてるんだぜ!」

 

「ぐ……うぅ……」

 

松葉の脇腹が赤く染まる。

小夜叉の人間骨無で刺された傷はやはり完治しておらず、今の衝撃で傷口が開いたのだ。

 

「犬子ぉ!」

 

「松葉さん下がってぇっ!」

 

犬子と九十郎がほぼ同時に粉雪に斬りかかる。

 

「ちぃっ!」

 

粉雪は襲い来る剣閃を危なげなく回避し、すぐさま反撃に移る。

 

「くっそ! 川中島の時とは違うな!」

 

「ったりめぇだろ! こっちはまだまだ元気一杯なんだぜっ!!」

 

犬子と九十郎は辛うじて避ける……犬子も九十郎も最近徹夜続きで美空からの無茶ぶりに対応していたため、普段通りの力が出ていない。

川中島の時とは全く逆に、疲労による消耗が九十郎を不利に、粉雪を有利にしていた。

 

「典厩様のためにも! 心のためにも! このまま負ける訳にゃいかないんだぜぇっ!!」

 

粉雪が裂帛の気勢と共に九十郎達への攻勢を熾烈にさせる。

なお、そんな事を叫びながら、第四次川中島の後長尾に下った粉雪や心達にとって最も不利益な事を全力で行っている点へのツッコミは不要である。

 

そして犬子と九十郎が粉雪の相手に掛かり切りになるという事は、当然、小夜叉の前に立ちはだかるのは……桐琴になる。

 

「邪魔する気か、母?」

 

「ああ……そのために来た」

 

桐琴と小夜叉がお互いの槍を構え、じりじりと距離を詰める。

10歩の距離が5歩になり、5歩の距離が3歩になり……視線が交差する。

 

「何か……言わねぇのかよ……?」

 

小夜叉がそう告げる。

小夜叉の槍は僅かに震えていた。

本当に母と斬り合うのか、殺し合うのか、それで良いのかと……自問自答する。

 

脳裏に浮かぶのは、桐琴に殴られた記憶、蹴り飛ばされた記憶、罵声を浴びせられた記憶……殺人者たれと骨の髄まで叩き込まれた記憶だ。

それは小夜叉にとって、吐き気がして、寒気もする程に恐ろしい記憶だ。

 

九十郎から贈られたフルプレートアーマーが……戦場で1人も殺せないという不甲斐ない結末を迎える原因になり、自分と霧琴が決裂する原因にもなり、その後赤備え達との猛特訓によって自らの手足の如く扱えるようになった武具が、かたかたと音を立てていた。

 

「(大丈夫、鎧が……九十郎の鎧が勇気をくれる、だから……)」

 

震えが……止まった。

 

小夜叉が人間骨無を握り直す。

母親であろうが何であろうが切り殺す、そして押通ると覚悟を決めた。

 

なお、九十郎の鎧を着て、九十郎から勇気をもらい、九十郎にとって最も不利益になる事をしでかしているという点へのツッコミは不要である。

所詮は九十郎なので、気にしてはいけない。

 

「………………」

 

桐琴は無言のまま、まるで走馬灯ようにこれまでの事を思い浮かべていた。

小夜叉を殴った記憶がある、小夜叉を蹴り飛ばした記憶がある、口汚く罵った記憶もある……それは全て、この過酷な戦国の世を強く生き抜いてほしかったからだ。

 

その結果、小夜叉は自らの元を離れていった、敵である粉雪と共に(第109話)。

 

桐琴は思う……間違っていたのは自分の方なのかと。

桐琴は思う……正しいのは粉雪の方なのかと。

少なくとも、今の小夜叉は自分の元にいた時よりも生き生きとしているような気がした。

 

本当は殴りたくない、本当は蹴りたくない、本当は罵りたくない……しかし、桐琴はそんな魂の叫びを口にした事は無い。

それ故に小夜叉は気づかない、気づこうともしない、桐琴の想い、桐琴の願いに。

 

桐琴は、本当は……

 

「(儂は……本当は……)」

 

それはあの新田剣丞にも言えずじまいの言葉、桐琴の秘めたる本心。

その言葉が喉まで出かかる。

 

そして桐琴は……無言のまま槍を握る手に力を込めた。

小夜叉もまた、人間骨無を握り直す。

 

殺さなければ殺されると、親と子が互いに槍を握りしめ、向け合った。

 

「どかねーなら、ブチ殺す」

 

「生意気を抜かすな、糞餓鬼」

 

「言ったな、母にゃあ……いや、てめぇには後悔する時間すらも与えねぇ」

 

一触即発のその瞬間……

 

 

 

 

 

どかあああぁぁぁーーーっんん!!

 

 

 

 

 

またもや、春日山城に大きな炸裂音が……いや、なにか重い物同士が派手に衝突した音が響き渡った。

 

「あ……あいたたた……ハンドルに頭ぶつけちゃったよ……」

 

「下手糞……」

 

「いや、わかっちゃいたけど乗馬とは全然操作感が違ってたや、失敗失敗」

 

大きな音がした方向……石垣に激突した誰も見た事の無い機械の塊、そしてそんな奇妙な物体の上に、ヘルメットをつけた2人の少女たちが乗っていた。

 

「注意を、大事な装置に傷がついたら、二度と戻れなくなる」

 

「わわっ!? 八雲や詠美ちゃんに会えなくなるのは嫌だよ!」

 

「……大丈夫そう、このマシンの頑丈さに救われた」

 

2人の少女達が、何やら訳の分からない事を話している。

その場にいた全員がぽかーんとした表情でそれを見つめていた。

 

戦国時代生まれの者達にとって、まさしく未知との遭遇に他ならない。

下手をしたら、狐狸妖怪の類と遭遇した時以上に衝撃的な光景であった。

 

「お……俺のサイドカー……な、なのか……?」

 

いや、九十郎は知っていた。

九十郎だけは突如現れた2人が乗っているマシンに見覚えがあった。

 

「お、本当にいた」

 

「流石は比良賀輝謹製の生体反応レーダー……大した精度……」

 

「あれってギャグじゃなかったんだ」

 

輝が聞いたらバチィッとされそうな発言をしながら、女性のうち片方がヘルメットを脱ぐ。

 

その瞬間、九十郎を除いた全員が誰だろうと首を傾げ、九十郎はさらなる驚愕、さらなる衝撃に襲われる。

 

「な……ななっ……何で、お前が……」

 

「やっほ~、九十郎、おっひさ~……どしたの? そんな顔しちゃってさ。

 もしかして、あたしの顔見忘れちゃった?」

 

忘れる筈がない、忘れられる筈がない。

そいつは九十郎の胸に刻まれたトラウマの原因の何割かを作った女である。

そいつはニホンの誇るトップエリート共が、その有り余る才覚を全力でゴミ箱にダンクシュートして、俺はここだぜ一足お先と、光の速さで明後日の方向へダッシュする魔境である大江戸学園の中でもトップクラスのBAKAである。

九十郎は知らない事であるが、最近徳川吉宗の生まれ変わりだと判明し、オーディンから狙われている事も判明した女である。

 

そいつの名は……

 

「徳河……吉音……?」

 

「正解っ! なぁ~んだ覚えてるじゃん、一瞬忘れられたかな~って心配になっちゃたよ」

 

吉音ニコニコと笑っていた。

まるで自然体であった。

ここが戦国時代である事などお構いなしに、まるで級友に会いに来たかのように笑っていた。

 

「てめぇら何やってるでやがるかあああぁぁぁ~~~っ!!」

 

そんな混沌とした場所に、美空と夕霧が血相を変えて駆けつけて来た。

美空も夕霧も若干どころではなく蒼褪めていた。

 

「ありゃ、典厩様? なんで美空と一緒にいるんだぜ?」

 

「粉雪……何しでかしたか、分かってるでやがるかぁっ!?」

 

武田の精鋭たる赤備えが何かしでかすかもとは思っていたが、ここまで早く、ここまで大胆に、ここまで派手に動くとは思いもしなかった。

文字通り火薬庫に火をつけられたため、春日山城全体に一気に火の手が回っており、消化は限りなく不可能に近い。

 

そして硝石生産が完全にストップすれば、ドライゼは使えない。

武田に与する中小豪族達は一斉に勢いづき、反長尾で団結するだろう。

その上で駿河に大集結している鬼が動き出せば、長尾が滅ぶどころか、日ノ本そのものが危うい……美空と夕霧は、早くもそんな最悪極まる予感に打ちのめされていた。

 

しかし……ザアアアァァァーーーっ!! と、土砂降りの雨が降り始めた。

 

『ガラアアアァァァーーーッ!!』

 

雨音と共に、そんな声が響く。

雷鳴が轟く。

 

その声を、九十郎は知っている。

『剣魂』の声だ。

 

それも……

 

「がわがらどん1号……なのか……?」

 

九十郎はそう呟いた。

直後、ヘルメットを脱がなかった方の女が刀の柄から金属製の棒をガチャンと取り出し、ン別の金属棒を同じ場所に挿入した。

 

他の誰にも分らなかったが、九十郎はその金属棒が電池だと分かった。

九十郎には、その刀が『剣魂』がインストールされた、精密機械の塊のような存在だと分かった。

戦国時代では誰も作れない、大江戸学園でも片手で数えられるくらいの人数にしか生み出す事の出来ない『剣魂』つきの刀である。

 

そして……もう1人の女性がヘルメットを外した。

瞬間、九十郎だけではない、その場にいた全員が口をあんぐりと開けて混乱の極みに叩き込まれた。

 

 

 

 

 

「我は武田信玄、明日この世界を粛清する」

 

川中島で死んだはずの武田光璃晴信がそこにいた。

 

 


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