戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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第137話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
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第139話にはR-18描写があるため、犬子と九十郎(エロ回)に投稿しました。
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犬子と柘榴と一二三と九十郎第138話『蘭丸の策』

第四次川中島の戦いから一夜が明けた。

 

この戦いで武田光璃晴信が死んだ。

九十郎がもたらしたドライゼ銃と、九十郎がしこたま作り溜めた弾薬に圧倒され、自らを鬼に変えて抵抗を試みるも、美空の手で討ち取られた。

 

この戦いで夕霧が、湖衣が、自来也が、そして一二三が死んだ。

脳神経がズタズタになり、発狂死する程の強烈な快楽をブチ込まれ、蘭丸によって頭の中身を書き換えられた。

今、戦場跡地に静かに横たわる4人は、見た目こそ依然と全く変わらないものの、その中身は……つまり、精神の構造は全くの別物だ。

彼女達は既に、新戸と九十郎を引っかけ、自分に有利な戦いの場に引っ張り出すための釣り針、森蘭丸の操り人形と化している。

 

そして多数の名も無き将兵達が……特に甲軍の将兵達が屍を晒していた。

 

「おい、こっちのは上物だぞ」

 

「銭束だ! こいつは良いなぁ!」

 

死体剥ぎ達が屍から金品を奪っていた。

近隣の土民、貧農もいれば、越軍に参加して、ドライゼをぶっ放していた雑兵達もいる。

この時代、戦いの後の剥ぎ取りは、力無き者達の役得として当然のように行われる。

 

そんな光景を……新田剣丞が乾いた目で見つめていた。

 

「いくらオーディンの計画を止めるためとはいえ、これはやりすぎなんじゃないのか……」

 

剣丞がそう呟く。

その強い強い憤りの目も、失望に満ちた声も、気づく者は誰もいない。

 

少なくとも剣丞の目には、美空がやった事は大量殺戮に他ならない。

剣丞にとって、甲斐で生きる人々も、越後で出会った人々も、等しく人間だ。

生活があり、家族があり、愛があり、情があり……人生があった。

そんな人間を大勢……本当に数えきれないくらいに無慈悲に射殺したこの行いを、剣丞は認める事も、許す事も出来そうになかった。

 

そして同時に、この無残な光景が現実のものになる事を止められなかった自分の無力さを嘆いた。

 

「エーリカ……君に会いたい。

 君は本当に敵なのか? 俺にはどうしてもそれを信じる事が出来ない。

 そしてオーディンは……オーディンは何のために英雄の魂を集めようとしているんだ?

 話し合う事は……分かり合う事はできないのか?

 こうやってハナッから敵と決めつけて武器を向け合うなんて事、正しい訳が無い」

 

剣丞がそう呟いた。

剣丞自身、今の自分の言葉が、今の自分の考えが甘いというのは理解している。

現代人特有の、戦国時代をしらない若造の考えと理解している。

だが……

 

「人殺しを当然と思っちゃいけない、殺し合うのが必然と思っちゃいけない。

 殺し合いを止める方法はある、きっとある。 そこだけは譲れない、譲っちゃいけない」

 

剣丞は1人静かに決意する。

もう一度考えよう、考えたら行動しよう……そう決意した。

 

「あ、あのぅ……剣丞様……」

 

そんな剣丞の元に、1人の少女が現れる。

その声に聞き覚えがあり、その顔には見覚えがあった。

 

「君は……湖衣ちゃん!? 無事だったのか!?」

 

剣丞が甲斐で知り合った友人の無事を目にして、思わず顔が綻ばせた。

手にも足にも胴体にも傷があり、出血なのか返り血なのか衣服や鎧は血塗れであったが、少なくとも今すぐ生命にかかわるような重傷があるようには見えなかった。

 

「はい、どうにか追っ手を撒く事ができました。

 ただ……典厩様と途中で逸れてしまい……」

 

無論、今の湖衣の言葉は嘘だ。

真実は蘭丸に別行動を命じられたため、この場に夕霧がいないだけだ。

 

だがしかし、蘭丸に頭の中身を全面的に書き換えられ、記憶の中も弄られた今の湖衣に嘘を言っている自覚は一切無い。

本心から、越軍から逃げ回る中で夕霧と逸れたと思っているし、途中でその辺の雑兵達に強姦された記憶も、一二三や蘭丸と会った記憶も無い。

 

「夕霧も無事だったのか!?」

 

剣丞が驚愕で大きく目を見開いた。

典厩武田信繁、そして山本勘助……剣丞の知識では、どちらも川中島の戦いで戦死した者の名だ。

正直に言って、夕霧と湖衣の生還は絶望的だと思っていた。

 

「と、途中までは……御家流で探したいのですけれど、少し休まないと……」

 

湖衣が申し訳なさそうに目を伏せる。

これから言う事は剣丞の立場を危うくさせかねないお願いだ。

半ば無理矢理甲斐に連れて来られた事で出会い、ほんの数回言葉を交わしただけの剣丞にこんなお願いするのは無理だし、無茶だと思っている。

剣丞のお人好しに付けこむようなものだと理解している。

 

……が、今湖衣が頼れるのは、剣丞だけだ。

 

「お願いします! ほん少しの間だけで良いですから、匿ってください!

 少し休めば、また御家流が使えるようになります!

 そうすればきっと……きっと典厩様を探せます! それまでの間だけで構いません!」

 

湖衣がその場で土下座をした。

ここに来るまでで全身がボロボロになるまで戦い、傷つき、疲労と痛みで立つのもやっとだろうというのに、それでもなお湖衣は夕霧を助けようとしていた。

 

剣丞は思う……この娘を死なせたくないと。

同時に剣丞は思う……馬鹿正直に美空に報告すれば、美空はこの娘を殺すか、少なくとも利用しようとするだろうと。

 

あるいは、越後を発った直後の剣丞であれば、美空の人間性を信用し、利用するにしてもそこまで酷い事はしないだろうとでも考え、美空に今の湖衣の窮状を伝えていたかもしれない。

だがしかし今の剣丞には、甲斐に生きる人々を無慈悲に銃殺し、蹂躙し、この地獄のような光景を現実のものにした人物を……その人間性を信じようという気にはどうしてもなれなかった。

 

だから……

 

「……分かった、力になるよ」

 

剣丞は美空には何も言わず、湖衣を匿い、湖衣を助けようと決意した。

 

湖衣が既に蘭丸によって殺され、目の前にいるのは精神をそっくり作り替えられた別人であり、蘭丸の傀儡であると気づきもせずに。

蘭丸は今、美空と剣丞の間に入った亀裂を、新戸と九十郎を殺す作戦に……新戸と九十郎を蘭丸に有利な戦場に引っ張り出し、夕霧達のように発狂死させる作戦に利用しようとしている事に、全く気づけなかった。

 

そして剣丞は蘭丸の用意した埋伏の毒を、自らの懐に抱え込んだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

その頃、越軍の陣内、その辺にあった農家をその辺からかき集めてきた材木で急遽改造して作られた即席の牢獄の中は痛々しいまでの沈黙の中にあった。

 

春日、兎々、心、そして薫……昨日の戦で最後の最後まで武田光璃晴信を守らんと足掻き、その晴信が鬼に変貌し、美空に討たれるのを目撃した4人である。

 

4人の心の中を埋め尽くす感情は1つ……絶望だ。

 

「これから……ろーなるのら……」

 

兎々が口火を切った。

誰もが心の奥底で気にしながら、誰もが考えるのを拒絶していた事だ。

 

「分からないよ、そんなの……私、私は……光璃お姉ちゃんがいないと、何も……」

 

ぽたりと床に涙が落ちる。

彼女らの間は急ごしらえとはいえ頑丈な木材の格子で阻まれ、手足は鎖で壁に繋がれており、薫の涙を拭える者はいない。

 

「拙等はおそらく、処刑され晒し首だろう」

 

次に春日が重苦しく口を開く。

 

武田四天王は、越後に対して暴れ過ぎた。

過去の行いへの報いの意味でも、対武田の勝利を知らしめる意味でも、武田四天王の首は有用だろう。

そして同時に、生かしておくには危険すぎる。

 

「総大将を討ち、御親類衆である武田信廉を捕らえ、武田四天王は皆殺し。

 この辺り一帯の豪族達は震えあがり、先を争い長尾に教順を誓うだろう……な……」

 

絶望がそこにあった。

春日も、兎々も、心も薫も、生きながら死んでいるかのようだ。

武田晴信が身を削り、命を燃やすかのように詰み寸前の甲斐を立て直した。

春日達もまた、晴信と共に足掻き、戦った。

 

戦って、戦って、戦い抜き、いくつものいくつもの死骸を踏み越え……夢、希望、未来、全てが音を立てて崩れ去った。

 

既に春日達は、心臓が動いているだけの死骸も同然であった。

 

「こなちゃん、大丈夫かな……ちゃんと落ち延びてくれてるかな。

 無茶とか……無理とか、してないかな……」

 

心が友人の無事を案じて1人静かに祈る。

粉雪は九十郎の知り合い……どう考えてもただの知り合いとは思えない関係だが、とにかく友好的な関係だから、越軍に見つかっても殺されはしないと思う。

同時に、粉雪が自分達を救おうと襲撃をかけてくる可能性もあると思えた。

 

故に心は祈る……自分達はどうなっても良い、今この瞬間に首を刎ねられても良いから、どうか粉雪だけは無事でいてほしいと。

甲斐も、武田も忘れ、どこかで無事に生きていてほしいと。

 

そう願い、祈った。

 

……

 

…………

 

………………

 

「……で、これからどうするつもりだ?」

 

「決まってんだろ、徹底抗戦だぜ。 御屋形様が死んだ程度で負けを認めらられるかだぜ」

 

「よっしゃ! そうこなくちゃだな! んならオレも手を貸すぜ。

 一宿一飯の恩もあるし、越後にゃ戻り難いしな」

 

「お前本来の所属、尾張の織田んとこだって事、忘れてないかぜ?」

 

「そっちは母に任せた」

 

「いい加減な奴だな……

 まあ付いて来るってんなら止めねえけど、当然危険は覚悟してもらうぜ」

 

「ははっ、望むところだ!」

 

一方その頃、粉雪と小夜叉、武田の精鋭赤備え達は元気に景虎に一泡吹かせようぜ作戦を立案していた。

粉雪も、小夜叉も、赤備え達も、誰一人として絶望していなかった。

 

しかし、心の祈りは全く届いていないどころか真逆の方向にぶっ飛ぶ気満々である。

 

……

 

…………

 

………………

 

「なーにお葬式みてーな空気出してるでやがるか?」

 

……閑話休題。

 

粉雪とは違い、武田晴信という名の希望が砕かれ、完全に心が折れている武田四天王の残り3人と薫の前に、夕霧が現れた。

 

「典厩様!?」

 

「夕霧お姉ちゃん!? どうしてここにっ!?」

 

この場所は越軍が用意した簡易の牢獄。

当然、薫達は夕霧までも囚われの身に……つまり、もうじき処刑される身となってしまったのかと驚愕し、さらなる絶望に叩き込まれる。

 

「腰縄はついてねーでやがるよ、監視はついてるでやがるが」

 

「はーい、監視でやがる~ってね」

 

「真似すんなでやがるっ!」

 

夕霧と一緒に何故か長尾美空景虎が入って来て、薫達の混乱は一気に最高潮に達した。

 

「典厩様!? これは……これは一体……?」

 

「何って、お前らの命乞いに来たでやがるよ」

 

「い、命乞い……なのら……?」

 

「色々聞きたい事もあると思うでやがるが、まずはこれを見るでやがる」

 

夕霧が懐からやや古びた手紙を出した。

その字体、その花押……間違い無く武田光璃晴信の物と薫達には分かった。

 

「例の桶狭間……義元公が討ち死にしたあの戦が起きる少し前に、

 姉上から渡されたものでやがる。 自分に万一の事があれば、これに従えと」

 

武田四天王(粉雪以外)と薫達に読ませるため、夕霧がその手紙を開き、ゆっくりと1人ずつ見せていく。

 

「自分にもしもの事があれば……」

 

「典厩様に全権限を預ける……?」

 

「夕霧お姉ちゃんを私と思い、仕えるようにって……」

 

「お、御屋形様、こんなものをろうして……?」

 

それは夕霧に充てた手紙ではない、夕霧を除く全ての武田家家臣に充てた手紙であった。

それは自分の死後、夕霧に武田家当主の座を継がせるので、夕霧の元で結束し、武田を守れと命じる命令書であった。

 

「あの頃、姉上はバレるとちょっと洒落にならねー悪巧みをしたてでやがる」

 

「そ、それは一体……?」

 

「悪いがそれは言えねーでやがる」

 

正解は織田、松平と結託して今川義元をブチ殺す策である(第9話)。

 

それは当時の同盟者を後ろから刺し殺す策。

今川義元亡き後とはいえ、今なおバレると政治的に色々拙い上、バラモスが思っていたよりも強いので先にゾーマを殺しに行くのと同じ位の暴挙であるため、夕霧はこの場では言葉を濁す。

 

「万一事が露見した時、あるいは策自体が失敗に終わった時、

 自分を蜥蜴の尻尾のように切り捨て、

 甲斐武田家そのものが沈むのを避けるために用意したものでやがる」

 

「えっとあの頃だと……あれかな? いや、例の件かも? それとも鉱山の事?

 まさか母様の……いや、あれは夕霧お姉ちゃんには絶対に教えない筈だから……

 心当たりが多すぎて分からないよ、お姉ちゃん」

 

「え? アレの他に何か企んでたでやがるか?」

 

「むしろ何も企んでない光璃お姉ちゃんを見た事が無いよ」

 

聞きたいような、聞かなかった事にしたいような、夕霧は頭を抱えた。

 

「しかしそれなら何故この場に来たのですか!?」

 

「そーなのら! りさつ(自殺)行為なのらぁっ!!」

 

「私達なんて見捨てて、どうして落ち延びてくれなかったのですか!?

 典厩様がいれば武田を立て直す事が……」

 

「んな事できねーでやがるよっ! 武田四天王は誰一人として死なせられねーでやがる!」

 

「しかし! あの長尾景虎がはいそうですかと拙らの助命を認める筈が……」

 

「いや認めるわよ」

 

予想外の言葉が当の長尾美空景虎から飛び出し、薫達が硬直した。

 

「え……何で……?」

 

「わ、わけがわからないのら……?」

 

「全員助命はするわ。 現在行方不明の粉雪も含めてね。

 ただし、全員纏めて国元に帰れるとは思わないでもらうわ。

 人質も兼ねて何人かは越後に留まってもらう。

 武田四天王が全員揃って暴れられたら厄介なんてものじゃないからね。

 王と宰相をうっかり帰国させたせいで逆襲された呉王夫差の二の舞はゴメンよ」

 

今回、確かに美空は武田四天王を含めた甲軍相手に大勝し、武田晴信を討ちとる大戦果を挙げた。

しかし、今回の勝利は、ドライゼ銃が実戦初披露であった事による奇襲のような物だろ理解している。

しかも作り溜めておいた玉薬は大幅に目減りしてしまった。

 

武田四天王相手であれば、当然のようにドライゼ銃対策を立てるだろう。

故に同じ戦法で同じように勝てるかどうかは微妙な所である。

 

「まあ、そのくらいの条件は出すよね。 私が景虎さんでも同じ事を言うと思う」

 

当然、その事は美空も薫達も理解している。

異論を唱える者は1人もいない。

いっそ軽すぎるとすら思える条件だ。

 

「それとさっき話した一番大事な条件……ちゃんと皆の前で、貴女の口から説明なさい。

 それも助命の条件にした筈よ」

 

「分かってるでやがる、急かすなでやがる」

 

夕霧が大きく息を吸い、息を吐き……ほんの僅かに肩を震わせると、皆の方を睨むかのように目を開く。

 

「……長尾への、全面降伏でやがる」

 

美空は気づかない。

薫も、春日も、兎々も、心も気づかない。

今目の前にいるのは、皆が知っている典厩武田信繁ではない。

典厩武田信繁は森蘭丸によって精神を破壊され、頭の中を完全に書き換えられているのだ。

 

本当の夕霧は薫達を見捨てて落ち延び、再起を図るつもりであった。

夕霧が今、越後への全面降伏を決意したのは、蘭丸がそうしろと命じたから……新戸と九十郎を蘭丸に有利な戦場に引っ張り出し、夕霧達のように発狂死させる作戦だからだ。

 

だがしかし、その恐るべき陰謀に気づく者は誰もいなかった。

夕霧本人すらも、蘭丸に洗脳されているという自覚も無かった。

 

そして美空は蘭丸の用意した埋伏の毒を、自らの懐に抱え込んだ。

 

……

 

…………

 

………………

 

一方その頃、粉雪と小夜叉はこれからどうするかをあーだこーだと話し続けていた。

 

「やっぱあんな一方的な負け方したんだ、ハッキリ言って士気がヤバいぜ」

 

「まっすぐ行ってブッタ斬るんじゃ駄目なのか?」

 

「あたいらがどれだけ徹底抗戦叫んだって、他がついて来ないぜ」

 

「ならオレらだけでやりゃ良いだろ」

 

「お前、呑まず食わずで何日走れるぜ?」

 

「そりゃあ……」

 

「他がついて来ないってのはそういう事だぜ、

 お前や赤備えがいくら強かろうがそれだけで戦えるもんじゃないぜ」

 

「飯なんてその辺から奪ってくりゃ良いじゃねぇか」

 

「んなもんただの押し込み強盗だぜ!

 強盗が束になったくらいで美空には勝てりゃ苦労無いぜ!」

 

なお、亡武田晴信はその強盗戦法をこれでもかってくらい多用しているし、粉雪も赤備えもそれに参加している。

 

「じゃあどうするつもりだよ?」

 

「味方の心が折れてる、それをどうにかしなきゃ戦いにならねえぜ。

 このままじゃ雪崩みてぇに長尾に恭順し始めるだろうぜ」

 

「んなモン放っておきゃ良いじゃねぇか。

 死にたくねーのなら好きなだけ逃げりゃ良い」

 

「それじゃ困るぜ、そうなる前に……本格的に崩壊する前に、立て直す。 それしかねぇぜ」

 

「だからどうするつもりなんだよ」

 

「世間をアッと言わせる」

 

「何だそりゃ?」

 

「御屋形様が討たれて、心達四天王が囚われの身、まずそれを吹き飛ばせば良い」

 

「要は戦って勝てば良いって事だな。 分かり易いじゃねえか」

 

「違う、勝ち方を考えるんだよ。 大規模な戦いになったら絶対負ける。

 だけど小規模な戦いであれば、やり方によっちゃ勝利は不可能じゃない。

 小さく勝って、それを大敗北と同じ位でっかい勝利だって大げさに宣伝するんだぜ」

 

「えーっと……ごめん、分かんねぇや」

 

「たぶん九十郎は玉薬を作っているぜ」

 

「あん? 材料を混ぜ合わせんだっけ?」

 

「そうじゃねえ、玉薬の材料そのものをどうにかして作ってるぜ、間違い無く。

 そうでなけりゃあ、あんだけバカスカとドライゼを撃てる理由が説明できねえ。

 たぶん……たぶんその場所は長尾の本拠、春日山城のどこかだ」

 

「何で分かるんだよ?」

 

「勘だ」

 

大正解である。

 

「じゃあ春日山城を焼き討ちしようぜ! 玉薬作ってんなら派手に燃えるだろ!」

 

粉雪はちらりと生き残った赤備え達に視線をやる。

全員少なからず披露し、傷ついていたが……1人残らず、確かな戦意を宿していた。

負け犬の目、絶望の目をした者は皆無であった。

 

このままじゃ終われない。

このまま諦めきれない。

そんな熱く滾る想いが一目で分かった。

 

「……斬り死にするために行こうって奴は今すぐ失せろ。

 死地に飛び込んでなお、生き残る気がある奴だけ、残れ」

 

赤備え達の中にその場から立ち去ろうとする者は1人もいない。

それどころか、増々戦意を滾らせた。

 

「はっ、それでこそあたいが鍛えた赤備えだぜ!」

 

粉雪が満足げに笑うと、多少刃こぼれしつつも、なお輝きを放つ愛槍・紅桔梗を握りしめた。

 

「春日山城に討ち入りだぜ! 玉薬を作る場所を突き止め、そこを焼くぜ!」

 

「おっしゃ! そうこなくちゃ面白くねぇ!」

 

「我等の生き様をみせてやりましょう!」

 

「甲軍が弱卒ではない事を思い知らせてくれる!」

 

「越軍何するものぞ! 長尾を恐れる我等ではない!」

 

皆が勢い良く立ち上がる。

皆の目的はただ一つ、越後の長尾景虎に一泡吹かせる事。

それが甲斐武田家を立ち直らせる事に繋がると……そう信じて。

 

粉雪は他人の心の機微には疎く、政治も苦手であったが……戦の勝ち方は誰よりも心得ている。

 

「まずはこの目立つ赤鎧を捨てて、流民に変装だ!」

 

「流民の恰好なんて持ってねえよっ!」

 

「その辺から奪えば良いぜ! あと飯や銭も奪うぜ!」

 

「押し込み強盗じゃねーか!」

 

瞬間、粉雪と赤備え達がどっと笑い始める。

実際の所、赤備え達が強盗戦法をするのは今回が初めてではない……どころか、過去数えきれない位に繰り返してきたのだから。

 

たった今、夕霧達が長尾への全面降伏を決めたとは想像すらせず、粉雪が、小夜叉が、そして赤備え達が、その溢れる才能をゴミ箱にダンクシュートし、俺はここだぜ一足お先とばかりに光の速さで明後日の方向にダッシュしようとしていた。

 

その姿はまるで、大江戸学園の馬鹿共のようであった。

 

 


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