佑都はスマートフォンを取り出す。画面には赤の女王が映っていた。
『無事、学園から脱出出来たみたいね』
「なんとかな。お前のお陰だ、ありがとう」
佑都は素直にお礼を言った。彼女の助言がなければ、学園からの脱出は不可能だっただろう。
『その扉の先に武器庫があるわ。そこにBSAAの二人の装備もある』
「リカさんに田島さんの武器か! 二人はどこにいるんだ?」
『武器庫の先の監禁部屋に監禁されているわ』
「分かった、今から向かう」
『気をつけた方が良いわ。武器庫の先の通路にB.O.W.を放っておいたから』
「B.O.W.?」
佑都はその言葉をどこかで聞いたような気がするが、はっきりと覚えていない。
『バイオ・オーガニック・ウェポン。要するに化物よ。ゾンビよりも手強いかもね』
赤の女王はまるで二人を脅すように言った。
「それで、何でそんな化物を放ったんだ? 味方じゃないのか?」
『味方なんて一言も言ってないわ』
佑都はどうも赤の女王の思惑が読めない。だが、学園から佑都と真美を手助けして脱出させたのは確かだ。
「それでもおれは行くよ。その先に田島さんとリカさんがいるのなら」
ここまで来て怖いなどと言ってはいられない。佑都は固く決心している。
『そう。なら言うことはないわ』
佑都はスマートフォンをしまい、真美と共に通路を歩き出す。
「大丈夫かな、そのB.O.W.っていうの」
「大丈夫じゃなくても進むしかない。おれたちに選択肢はないよ」
佑都は学園でゾンビを倒してから、何故か落ち着いていた。まるで今まで何度も戦ってきたような感覚だ。
自分の親同然でもある黒瀬の記憶を受け継いでいるのだろうか。それなら銃を扱えたのも、ゾンビを簡単に倒せたのも納得がいく。
赤の女王が言った通り、通路の先には武器庫があり、帯たたしいほどの武器が並んでいる。その中に、机に置かれたBSAAと書かれた武器が置いてあった。
「これがリカさんたちの武器か」
佑都と真美は二人分の武器を置かれてあったリュックに入れる。
「これはわたしが持つわ。わたしも少しは役に立ちたいし」
「でも……重いぞ?」
「大丈夫よ、このくらい」
真美は武器を積めたリュックを手にとって立ち上がり、背にかける。しかし、武器の重さでよろけ、倒れそうになってしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
「ええ、このくらい平気よ。それよりユウトは武器を取らないでいいの? B.O.W.ていう化物がいるんでしょ?」
「ああ、そうだな」
佑都の武器はハンドガンにナイフ。心許ない。
「いるとしてもリッカーやハンターかな? タイラントだと並みの武器じゃ歯が立たないぞ」
佑都は無意識にその言葉を発していた。
「りっかー? はんたー?」
真美が聞き返す。
「あれ?」
佑都も自分の言葉に疑問を持った。やはり、黒瀬の記憶が混ざっているのだろうか。本当の現実に触れてしまったため、奥底に眠っていた記憶や知識が開かれようとしているのかもしれない。
「リョウさんの記憶が残っているのかもな。リョウさんはおれがさっき言ったリッカーやハンターと戦ったことがあるのかもしれない」
「そ、そんなこともあるのね。わたしもわたしの元になった人の記憶が残っていたりするのかしら」
「分からないな。レッドクイーンに聞いてみたいけどこっちからじゃ繋がらないし」
そういえば、マミの元になった人はどういう人なのだろうか。リョウさんが知っている様子だったが。佑都は黒瀬に会った時のことを思い出した。黒瀬は佑都と真美の顔を見て、怪訝な顔をしていた。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。佑都は自分用の武器を探す。武器庫というだけあって様々な武器が飾られている。佑都は学生服を脱いで傘のマークの入ったタクティカルベストを着用する。そして五・五六ミリ口径のアサルトライフルを手に取った。
「弾は三十発、予備は六つでいいか」
スリングで肩に下げ、黒瀬から貰ったハンドガンをホルスターに、ナイフをベルトの隙間に収める。手榴弾を三つ取ってベストにぶら下げ、準備完了だ。
「マミも、これ」
佑都は同じライフルを真美に手渡した。
「わ、わたしは大丈夫だよ。戦えるか分からないし」
「でも武器は持っておいた方がいい。おれが戦うけど万が一の場合もある」
「そ、そうね」
真美は銃を取って肩に下げた。
リカや田島の武器、そしてライフルを背負っているので、真美はまたもやバランスを崩し、倒れてしまう。
「おいおい、大丈夫か」
「ええ。……てあれ?」
真美は何かに気付き、指を指した。佑都はその方向を見ると、日本刀や木刀、ベストが壁に立て掛けられていた。
「もしかして……」
佑都は近づいて、ベストを見る。それにはBSAAのマークが施されていた。
「やっぱりリョウさんのだ」
「え、じゃあリョウさんも?」
「捕まったんだろうな」
彼の武器がここにあるということはそうに違いない。佑都は黒瀬のベストを持とうとする。しかし、重くて中々持ち上がらない。
よく見ると、かなりの武器がベストに入っており、帯たたしいほどのナイフや手榴弾が収められていた。
「……これは持っていけないな」
真美にこれ以上荷物を持たせるわけにはいかない。かといって佑都はこれを着て戦えそうにない。
「刀だけ持っていけば?」
「ああ、そうするよ」
佑都は日本刀と木刀を取って腰に掛けた。
「よし……行くぞ」
武器庫の扉の先には、赤の女王の話が本当ならB.O.W.が放たれている。
佑都はライフルのハンドルを引いて初弾を装填させた。そしてドアを開けるスイッチを押す。
ドアの先は今までと同じ真っ白で広い通路。遮蔽物など一切ない。しかし、B.O.W.──佑都の予想通りハンターとハンター──がいる。
「マミは中にいろ!」
全部で十五体。佑都は無傷で全てのB.O.W.を倒せる自身がなかった。
「でも!」
「いいから!」
佑都は真美を武器庫に押し込み、銃を構えた。佑都たちの声に気づいたハンターとリッカーは全速力で佑都の元へと向かってくる。
「クソ!」
佑都はライフルの引き金を引いて、近い敵から倒していく。しかし、やはりB.O.W.というべきか。耐久力が高く、胴体に二、三発当てたところで少し怯む程度だ。しかも、ハンターもリッカーも驚異的な身体能力で銃弾を避ける個体もいる。
弾があっという間に切れ、リロードをする。次に構えた時には、ハンターが目の前まで迫ってきていた。佑都は直ぐ様引き金を引いて三十発全てを放ってハンターをバラバラに吹き飛ばした。
しかし、その後ろから別のハンターが迫る。佑都との距離は三メートルもない。リロードをしている時間などなかった。
サイドアームのハンドガンを抜いて構えようとするが、ハンターに押し倒される。そのまま自慢の爪で首根っこを引き裂こうとするが、佑都はナイフを抜いてハンターの小さな頭に突き刺した。絶命したハンターを横に退けて仰向けのまま、ハンドガンで敵を打ち倒していく。
だが、やはり一人では止めるのには無理がある。
天井を張ってきたリッカーが黒瀬の真上に迫り、その裂けたような口から鞭のような舌が飛び出した。
佑都は顔を傾ける。間一髪だった。リッカーの舌は佑都の頬をかすめていた。そのリッカーの頭を撃って、その場から離れる。死んだリッカーが佑都がいた場所に落下していた。
これだけしても倒したのは六体だけだった。リッカーは壁や天井を這い、リッカーは通路をまっすぐ走ってくる。
あと九体、やはり無傷で倒すのは不可能のようだ。佑都は気を引き締める。
すぐにライフルの弾倉を叩き込んで、壁や天井のリッカーを撃つ。しかし、リッカーだけに集中していてはいけない。ハンターも真っ直ぐ向かってきている。近くまできていたハンターが腕を振った。佑都は背を反らす。鋭利な爪が佑都の首をかすめとった。すぐに反撃、しかし、三発ハンターの胴体に撃ち込んだところで弾が切れてしまう。
──使える攻撃手段は全て使う!
少し怯んだハンターの頭をストックで叩き潰す。壁を這ってきて飛びかかろうとするリッカーに蹴りを喰らわせ、頭を踏み潰す。
残りリッカー二体、ハンター三体。
もうリロードしている時間なんてない。佑都はライフルを投げ捨て、正面のハンターの頭にハンドガンを撃って叩き込む。ハンドガンも弾切れになり、それも捨てる。
残りの武器は手榴弾と刀、木刀だった。手榴弾を使うときは死ぬときだ。せめて自爆してでもマミのために倒さなければ。佑都は自分の命を投げ捨てる覚悟でいた。だが、それはまだだ。
刀を抜刀し、リッカーが射出した舌を切り落とす。だが、それでも死ぬ様子はない。逆に激怒させてしまったようだ。口を限界まで開き、猛スピードで佑都に飛び掛かる。佑都はそれを間一髪でかわし、下からリッカーの腹を切り裂いた。
休む暇もなく次の攻撃。ハンターが腕を降りおろし、佑都の右腕を引っ掻く。佑都は刀を落としてしまう。その傷からは血が吹き出し、痺れたように動かなくなるが、脳のアドレナリンのおかげで痛みは感じない。
またもやハンターは腕を降り下ろしてくる。佑都は木刀を抜いて攻撃を防ぐが、天井のリッカーが舌を伸ばして木刀を絡めとった。
「ちくしょう!」
武器を失っても佑都は諦めない。ハンターの肩を掴んで飛び膝蹴りを顔面に喰らわせる。怯んだハンターの頭に左腕のストレートパンチを決めて吹き飛ばした。
残るはリッカー一体。あの俊敏さに素手で勝てるとは思えない。武器を拾わせる隙も与えないだろう。しかも先程のハンターの攻撃で右腕が使えない。
──やるなら今しかない。
佑都はベストの手榴弾を握り締めた。
真美さえ生きてくれればいい。佑都はリッカーを巻き添えに自爆をするつもりだった。悔いはもちろんあるが、奴を倒す方法はこれしかない。
リッカーは佑都の喉元は食いちぎろうと飛び掛かる。
(ごめん……マミ!)
佑都は手榴弾のピンを抜いた――が、それをいざ爆発させるには少しばかり勇気が足りなかった。
しかし、いつまでもリッカーは襲い掛かってこない。佑都は恐る恐る目を開けると、目の前には穴だらけのリッカーが倒れていた。正面にはライフルを構えた真美が立っている。引き金を引いたままだ。弾切れになったことすら気付いていない。
「マミ……?」
佑都の言葉で真美は我に返り、手にしていたライフルを床に落とす。
「ごめんなさい……ユウトが危険だと思って、身体が咄嗟に……」
「いや、謝ることはないよ。逆に助かった。ありがとう」
真美がリッカーを倒していなければ、確実に佑都の喉元は掻き切られていた。
────とりあえず……生きている。
まだ佑都の心臓は破裂しそうなほど激しく鼓動していた。深呼吸で息を整える。
だんだんと冷静になっていき、それに伴って右腕の傷の痛みがひどくなっていく。大量に分泌していたアドレナリンが切れてきたのだ。それに全身が百メートルを全力失踪した後かのようにだるい。立っているのもやっとだった。
「ユウト!」
ふらりと、床に倒れそうになった佑都を真美が抱える
「ごめん、マミ。少しだけ……眠らせてくれ」
佑都はそう言って目を閉じる。
身体は限界を迎えていた。