バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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76話 二人の戦い

 佑都はズボンのポケットから震えるスマートフォンを取り出した。

 画面には赤の女王が映っている。

 

「あんたがレッドクイーン?」

 

 佑都は、黒瀬たちが赤の女王と話しているのは見たが、話すのは初めてだった。彼らの話に寄ると、赤の女王は高性能AIらしい。

 

『ええ。あたしがレッドクイーンよ。あなたたちがユウトにマミね』

 

 名乗った覚えはないが、どこかで会話を聞いていたのかもしれない。

 

「ああ。そうだけど……」

『カードキーを見つけたのよね』

「ああ」

 

 何故知っている。佑都はどこかに監視カメラがないか辺りを見渡すが、そんなものは確認できない。疑問もあるが、佑都は見つけた傘のロゴが描かれているカードキーを、自分のスマートフォンのカメラに映るように見せた。

 

『そのカードキーでこのエリアから脱出出来るわ。でもあなたたちは本当に生きたいの?』

「え?」

 

 佑都と真美には、赤の女王の質問の意図が分からない。

 

『あなたたちは薄々気付いていると思うけど、もうあなたたちの生きてきた世界はないの。…………いや、元々そんな世界はなかった』

 

 赤の女王は無表情のまま、淡々と話を続ける。

 

『あなたたちの記憶は全て偽り。そしてその場所もね。二人が今まで過ごしてきた記憶は何もかもが嘘なのよ。あなたたちは生まれてから一時間も経っていないわ』

「はあ?」

 

 このAIは何を言っているんだ? 壊れているのか?

 佑都はそう思ったが、赤の女王は佑都の考えを予想していたかのように付け加える。

 

『昨日の夜ご飯は何を食べたか覚えてる? 昨日の授業の内容は?』

 

 佑都はそう言われて、昨日の夕食を思い出そうとする。しかし、何を食べたのか全く記憶になかった。それは真美も同じだった。

 

『あなたたちは大まかな記憶しか植え付けられていないの。自分で疑問を持たない程度にね』

「……何を言ってんだ?」

『リョウは直接言うのを避けていたみたいだけど、はっきり言わせてもらうわ。あなたたちはアンブレラの実験のために造られたクローンよ』

「………………は?」

 

 佑都は一瞬、思考が停止した。赤の女王が言ったことを受け止めるのに五秒ほど時間が掛かった。

 

 いやいや、おれがクローン? そんなはずはない。おれは藤美学園2年A組の上田佑都だ。

 佑都は自分に必死にそう言い聞かせた。

 

 両親の仕事、住んでいる家、全て頭の中に浮かぶ。しかし、昨日や一昨日の授業の内容、友人と何を話したのか、そういう記憶が一切ない。

 

 もう思考が追い付かない。もし本当にクローンだとしたら、マミを想うこの気持ちを偽りなのだろうか。

 

『それでもあなたたちは生きたいの?』

 

 赤の女王が答えを迫る。

 

 黒瀬の前では、生きたいと言った佑都だが、赤の女王の話で混乱していた。分からない。何もかも。

 

「生きたいです!」

 

 赤の女王に返事をしたのは、佑都ではなく、真美だった。

 

「マミ?」

「ユウト、確かにわたしたちがクローンだなんて簡単には信じられない。例え、それが本当だったとしてもわたしは生きたいよ。ここで死んでゾンビになるなんて嫌」

 

 佑都は『生きたい』と言えなかった自分が恥ずかしく思えた。彼女の方がよっぽど強い。そうだ、例えクローンでも死にたいとは思わない。

 

「ありがとう、マミ。レッドクイーン、おれたちは生きたい。どうやったらここを出られる?」

 

 赤の女王はその答えを待っていたかのように頷き、スマートフォンの画面に学校の地図を表示させた。

 

『そのカードキーはこの場所で使えるわ』

 

 地図で赤く表示されたのは、藤美学園に本来ないはずの地下一階だった。

 

「地下?」

『そうよ。実験体のクローンはこの場所の存在を知らない。そこまで行けばひとまず安全でしょうね』

「分かった。行ってみる」

 

 敵か味方か分からない赤の女王を信じて良いのか。だが、今の彼らは赤の女王に従うしかなかった。佑都はスマートフォンをポケットに戻そうとするが、すんでのところで聞き忘れていたことを思い出す。

 

「そういえば、リカさんと田島さんはどこに行ったんだ?」

 

 二人は突然行方不明になってしまった。赤の女王なら二人の居場所を知っているのではないだろうか。赤の女王なら知っていると佑都は考えた。それにカードキーを見つけたことを黒瀬にも伝えないといけない。

 

『二人はもうこのエリアにはいないわ、それにリョウも。でも大丈夫。先に進めば出会えるはずよ』

 

 佑都は赤の女王の言葉を信じることにし、今度こそスマートフォンをポケットに戻した。

 

「ユウト、行きましょう」

「ああ」

 

 佑都と真美は、廊下を少しずつ進み出す。二人が生きているのは、BSAAの三人の助けがあったからだ。しかし、その三人は今はいない。もう誰も頼れないのだ。

 

 佑都は一歩一歩進むだけで心臓が爆発しそうだった。いつ、ゾンビが階段を昇って三階まで来るか分からない。恐怖心が佑都を支配しようとする。

 

(駄目だ、こんなんじゃ……!)

 

 佑都は震える足を手で叩く。赤の女王には強気に言ったが、実際に行動するには多大な勇気が必要だった。

 

「ユウト……怖い?」

 

 真美が佑都の服を摘まみ、震えた声で聞いた。真美は声だけではなく、佑都と同じように足も腕も震えている。

 

「……怖いよ。今にも心臓が爆発しそうだ」

 佑都は正直に答えた。

 

「ふふ、わたしも」

 

 真美もこの状況に恐怖していた。しかし、決して絶望はしていない。佑都と二人でここを出ること。それが彼女を支えている。

 

(バカだ、おれは……)

 

 佑都は自分を貶める。情けない。女の子に心配されるなんて。

 生きてここから出ると言った以上、必ず生きてここから出る。佑都は黒瀬に貰った武器を思い出し、ベルトとズボンの隙間に挟めていたハンドガンとサバイバルナイフを取り出す。

 

「撃てるの?」

「……ああ、多分な」

 

 銃の使い方は地下道を歩いていた時に黒瀬からレクチャーされた。流石に銃を撃ったことがない素人が遠くの敵に当てれるはずもないが、五メートルほどの距離ならば身体のどこかには当てられる。

 

 マガジンサイズは十五発。予備はマガジン一つだけ。

 

(全部頭に当てても三十体か……)

 

 佑都の植え付けられた記憶によると、藤美学園の生徒数は千人近い。しかも、それがほとんどゾンビ化しているとなると、弾三十発では心許ない。

 

 ゾンビは人間と同じように速く走り、人間よりも腕力が強い。そんな奴とまともに戦える武器は銃だけだ。一体ならまだしも複数を相手に接近戦はしたくない。

 

 佑都は銃のセーフティを外し、スライドを引いて引き金にそっと指を置く。そして壁に背を張り付け、階段を覗く。見たところゾンビはいないが、充分な警戒をしなければならない。

 

 下の階の階段にもゾンビがいないことを確認し、音をたてないようにゆっくりと降りる。

 

 二階の廊下にはゾンビがいたが、死体を貪るのに夢中で、佑都たちには気付いていない。その隙に一階に降りる。

 

 一階の廊下の様子を覗く。全部で六体のゾンビがいる。佑都たちの目的地はその先の備品室だった。戦闘は避けられない。

 

「ユウト、どうするの?」

 

 真美が心配そうに聞く。

 

「もちろん戦うしかないさ」

 

 一直線の廊下、隠れられそうな場所は何処にもない。佑都の覚悟は既に決まっていた。

 

「来い!」

 

 佑都は一歩前に出る。佑都の声に六体全てのゾンビが反応し、ギラギラと眼を光らせる。獲物を見つけた眼だ。新鮮な血肉を喰らおうと全力で走ってくる。

 

 佑都は銃を構え、向かってくるゾンビの頭を狙って引き金を引いた。先頭を走っていたゾンビの額を弾丸が貫く。銃を持つのも撃つのも今日が初めてのはずの佑都。しかし、第一射が狙い通りに当たったことに驚きもせず、次の目標に弾丸を叩き込む。銃など撃ったことないが、DNAに撃ち方や狙い方が刻み込まれているように身体は動いた。五体目を倒したところで、最後のゾンビは既に目の前に迫ってきていた。狙いを付けるよりも接近が早い。佑都はすかさずゾンビの懐に蹴りを入れて転ばし、後頭部に銃口を突き付けて撃った。

 

「………………」

 

 佑都は頬に着いた血を袖で拭いって立ち上がる。

 

「ユウト……大丈夫?」

「……ああ」 

 

 廊下には先程まで人間だったモノが頭から血を流して倒れている。クローンだとしても殺してしまった酷い罪悪感がこみ上げてくる。しかし、こうするしかなかったのだ。佑都は自分が正当だと心の中で言い聞かせる。

 

 ────こんなことしている場合ではない!

 

 今の銃声を聞いたゾンビたちが校内中から集まってくるはずだ。

 

「マミ、急ごう!」  

 

 佑都は真美の手を引っ張って走り、備品室に飛び込むように入る。

 赤の女王の話ではこの部屋から地下に通じる道があるらしい。

 

「多分、あれだ」

 

 佑都が指差したのは壁に不自然に置かれている棚だった。それを横から押すと、地下へと繋がる階段が現れた。

 

「急ごう!」

 

 佑都と真美は階段を駆け降り、一直線の真っ白な通路を進む。そして見えてきたのが、ドアとキーロック。

 

「マミ」

「ええ」

 

 真美はポケットからカードキーを出して読み取り口にスライドする。ドアが開いたところで再び佑都のスマートフォンが鳴った。

 

 

 

 


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