「まさか藤美学園に辿り着くとはな……」
黒瀬はそう小さく呟いた。
まさかスクールエリアが藤美学園だとは思ってはいなかった。それは他の者も同じだろう。佑都と真美は、何が起こっているのと、戸惑った表情だ。アンブレラがこの藤美学園を造ったとすれば、その狙いは何なのだろうか。
考えていると、ポーチから赤の女王の音声が流れる。
『無事に着いたようね』
ポーチからタブレットを出す。赤の女王が無表情で黒瀬を見つめた。
「なぜ藤美学園がある?」
率直な質問だった。
『学校でバイオハザードを起こす実験をするのなら、どこでもいいわ。でも、カントウ事件の際、藤美学園だけはその敷地の広さや感染者の数もあってか脱出できた生存者が極めて少なかった。その生存者の半分はアンブレラに敵対する組織に入ったわ。アンブレラはその学校を再現して何度も実験を繰り返しているわ』
赤の女王の言う通り、藤美学園からの生存者は極めて少ない。というか、黒瀬たちと紫藤一行しか学園を脱出出来ていない。そして紫藤一行は滅び、黒瀬たちはBSAAかテラセイブのアンブレラに敵対する組織についた。
「酷いことしやがる」
黒瀬は溜め息をついた。
黒瀬は今まで何度実験が行われたのか知らないが、あの悲惨な脱出劇が繰り返されていたと思うと、胸から怒りが込み上げてくる。
『……あなたたちに試練よ。この先のエリアに進むにはカードキーが必要なの。そのカードキーはこの学校のどこかにあるわ』
「この学校のどこかって……。どんだけ広いと思ってんだ」
『ヒント、三階のどこかよ』
三階か。藤美学園には南校舎、中校舎、北校舎、西校舎がある。そのうちの三階のどこか。これは骨が折れそうだ。
「リカさん、田島さん。聞いての通りだ。二人はユウトとマミを連れて南校舎と中校舎を頼みます」
「一人で大丈夫なの?」
リカが心配した目で黒瀬を見つめる。
「はい。カードキーを見つけたら連絡をください」
黒瀬はそう言って、いますぐ西校舎に向かおうとするが、
「ちょっとあなたたち誰なの?」
呼び止められる。
振り向くと、三人の教師が黒瀬たちに向かってきていた。実験に使われるクローンだ。
「俺たちは不審者じゃない。こういうものだ」
黒瀬はBSAAの証明書を出した。教師らはBSAAの証明書など見てもわかりはしないだろうが、クローンだとしても事は穏便に済ませたい。
「BSAA? 特殊部隊? あなたたち、頭がおかしいの?」
当然の反応か。黒瀬たちが持っている武器も本物だとは思っていないだろう。
「京子先生、私です!」
真美は京子と呼ばれた女性教師に駆け寄る。
どうやら、佑都と真美は設定上、藤美学園の生徒らしい。
「どなた? あなたはここの生徒なの?」
女性教師は、真美のことを知らないような態度を取った。いや、実際に知らないのだろう。このクローン個体には真美と出会った記憶がないのだ。
「う、うぅ……!?」
三人の中の一人の男教師が苦しみ出す。
「どうしたんですか、手島先生!?」
手島と呼ばれた教師は力なく倒れ、地面に血反吐を吐いた。
「どけ!」
黒瀬は手島の脈を測る。
生きている。いや、これは……
黒瀬は手島から離れ、ナイフを取り出した。
「何をするつもりなの!?」
女教師には黒瀬の行動が理解できない。理解できたくて当たり前だ。今からゾンビになります、と言っても信用するはずがない。
「う、うわああああ!」
もう一人の教師が叫びながらサスマタで黒瀬を押さえつける。普通の行動だ。人が目の前で殺されそうになったら、はいそうですか、と見逃すはずがない。
「リカ、倒れている教師をいますぐ処分しろ!」
リカは銃を構えるが、既に遅かった。
手島はいつの間にか立ち上がっていた。しかし、その顔には生気がない。
「おい!」
黒瀬はサスマタをどかそうとするが、ゾンビの方が行動がはやく、近くにいた女教師の首に噛み付いた。
「きゃああああああ!!」
女教師の首から鮮血が飛び散り、辺りを真っ赤に染める。リカは一足遅く、そのゾンビの額を撃った。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
黒瀬をサスマタで押さえつけていた教師はサスマタから手を離して情けない悲鳴を挙げながら、どこかへ逃げていった。
「ど、どうなっているの?」
真美の足は震えている。目の前で見知った顔が二人も死んだんだ。
「この学校でも渋谷と同じことが起きようとしているんだ。ユウト、マミ、絶対に二人から離れるなよ」
黒瀬はそう言って走り出した。とにかく、今はカードキーを見つけることが最優先だ。
佑都には何が起こっているのかさっぱり分からない。目の前で教師が二人死んだ。佑都と真美のクラスの授業を担当していた教師がだ。しかし、京子は何故授業を担当している生徒の顔を知らなかったのだろうか。佑都は教師とお喋りをするタイプではないが、真美は京子とはよく話していた。混乱していたのだろうか。佑都は都合よくそう解釈した。
BSAAの隊員の黒瀬が言うには、この学校も渋谷のようになるらしい。ゾンビが溢れ、人が死ぬ。そんな状況に。
もう佑都の頭はパンクしそうだったが深呼吸して心を落ち着かせた。
「マミ、大丈夫か?」
「え、ええ……」
真美の顔は真っ青だった。佑都も同じ状態だった。足が震え、教師の死体を見れば、喉の奥から酸っぱいモノが込み上げてくる。
「二人とも、休んでいる暇はないわ。死にたくなかったらあたしたちにしっかりついてきて」
リカと田島は校舎に向けて走り出す。佑都も真美の手を引っ張って二人についていく。死にたくはない。そして真美を死なせたくはなかった。
「酷い状況だな……」
田島は校舎に入って、あまりの状況にそう呟いた。
人があちこちに倒れている。それもほとんどが噛まれていた。
「はやく移動するわよ。いつ目を覚ますか……」
「……ああ」
田島が先行して階段を昇る。その後ろには佑都と真美。後ろから優也と真美をカバーするのはリカの役目だ。二人とも何の訓練も受けていない高校生だ。大した戦力にはならない。しっかり守ってあげなければ。
「三階って言ってもこの広さじゃ簡単に見つけられそうにないな」
探すだけなら時間を費やせば終わる。しかし、そう簡単にはいかない。
田島は階段を上り、壁に背を張り付けて廊下を覗く。
「いたぞ……」
簡単にはいかない理由。それはこのゲームには敵がいるからだ。しかも、それは音に敏感で数で攻めてくる。呻きながら歩くゾンビとはワケが違う。そいつは成人男性と同等かそれ以上のスピードで走る。しかも、人間よりも耐久力が高い。
そいつ────ゾンビは廊下の先に三体いた。全員が死体を貪り喰っている。こちらに気づいている様子はなさそうだ。
「どうする、リカ」
「このまま進んだら結局見つかるわ。あたしが行く」
リカはナイフを抜いた。銃を使えば奴らを倒すのは簡単だが、それでは外の奴らも銃声に反応して三階に集まってきてしまう。こちらには戦闘能力のない人間がいるのだ。出来れば隠密に倒したい。
リカの歩く足音に気づいたのか、ゾンビはリカたちの存在に気付く。彼らは目の前の死体から目を離して立ち上がる。新たな血肉を求め、リカの元へ全力ダッシュで距離を縮めていく。リカはナイフをくるくると回しながら、前進する。余裕の表情だった。
リカを喰おうと三体のゾンビが群がるが、リカのナイフ捌きで瞬時にして喉を掻き切られ絶命した。
「ごくろうさん」
田島はリカの肩を叩いて褒め、三階の索敵を開始する。敵はリカが倒した三体しかおらず、すぐにカードキー探しに移った。
「俺は奴らが三階に上がってこないか見張っておく。三人はカードキーを探してくれ」
「クソ、見つからないな」
佑都がカードキーを探して十分ほど経ったが、未だに見つからない。
そもそも小さいカードキーを『三階のどこか』というヒントで見つけられるはずがない。あの赤い少女はもう少しヒントをくれても良かったんじゃないか? 佑都は溜め息をつくも、机の中身を調べ続ける。
「それにしても本当に何が起こってやがんだ?」
佑都は藤美学園に着いた時から、このことばかり考えていた。
これが夢でなければ、渋谷から十分足らずで藤美学園に着いたことになる。地理的にありえない。渋谷でのゾンビの発生や現在置かれているこの状況。もう佑都の頭はパンクしそうだった。
しかし、生き延びるためにBSAAの三人に従うと佑都は決めた。それは真美を守るためでもある。
佑都は真美に好意を持っていた。幼稚園の頃からの付き合いである真美とは腐れ縁のようなものだったが、いつしか彼女のことが好きになっていたのだ。佑都は何としても彼女を助け出したかった。
「ユウト!」
佑都がカードキーを探している教室に真美が飛び込んでくる。
「どうした、マミ?」
「これ見て!」
真美の手にあったのは、白と赤の傘のようなロゴの入ったカードキーだった。
「どこにあった!?」
「椅子をひっくり返したら、張り付けてあったの。これで先に進めるんでしょう?」
「多分な!」
早速二人はこのことを田島とリカに伝えようと、教室の外に出る。
「田島さん、リカさん、カードキー見つかりましたよ!」
佑都は嬉しそうに言ったが、田島たちからの返事はない。
「田島さーん?」
確認のため、もう一度呼ぶが、結果は同じだった。
二人は三階の教室を見て回るが、田島とリカの姿はどこにもなかった。
「どういうことなの?」
「おれにもわからん」
何故彼らは消えた? しかも突然。佑都は考え込んでいると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。