バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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72話 渋谷

 レオンSIDE

 

 富士山の山頂近くに、多くの自衛隊員が来ていた。

 

 目的は、アンブレラに殺された自衛隊員の遺体の回収と情報収集。しかし、情報収集は難航していた。生存者が一人しかいなかったからだ。そしてその一人は新たに立てられた仮設テントの中で治療を受けている。

 

「ったく、ツイてないな」

 

 レオンは、女性の隊員から軽い治療を受けてながらそう呟いた。いや、生きているだけツイているのだろう。なんせ、生存者はレオンただ一人なのだから。

 

 レオンとしては任務終了後、すぐに帰国するつもりだったのだが、どうやらそうはいかないらしい。この後、防衛省や警察からの事情聴取が控えているだろう。事情を聞きたいのはこちらの方だ。

 

 治療が終わり、レオンは机に置いてあったコーヒーを一口、口に含んだ。冷めた体に熱が広がる。やはり冷えた体にはコーヒーが一番だ。

 

 レオンは感慨に浸っていると同じく机に置いてあった端末に女性の顔が映った。

 ハニガンだ。

 

『レオン、無事だったのね。連絡が取れないから心配してたわ』

「無事じゃないな。こっちはアンブレラと戦って負傷したんだぞ」 

 

 負傷、と言っても全身にかすり傷ができた程度だった。

 

『なら、大丈夫ね。レオン、新しい任務よ』

「任務?」

『ええ。アリスの居場所がわかったわ。あなたはアリスを救出しに行くの』

「アリスのだと!?」

 

 アリスが連れ去られて数時間、まさかそんなにはやく見つけるとは。

 

「誰からの情報だ?」 

『リョウよ』

 

 レオンはその人物の名を聞いて驚いた。またも関わるのか。

 

「俺とリョウは運命の赤い糸で結ばれているのか?」

『場所はロシアのカムチャッカ半島にあるアンブレラの秘密基地よ』

「場所はいいが……部隊はどうする? BSAAも参加するのか?」

『BSAAからはリョウを含めた三人が行くわ。目的は別の人間の救助らしいけど。あなたと、他の人間で混成部隊を作成中よ』

 

 リョウが他の人間の救助、レオンがアリスの救助を担うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 リョウSIDE

 

 

「俺が殺したのか……?」

 

 黒髪の少年は、目の前で倒れている二人を見て呟いた。

 

 倒れている人物は、少年の両親だった。いや、厳密には違う。育ての親と言うべきか。母親とは血が繋がっていることは確かだ。最も少年の身体を流れている血液は本物ではないが。

 

 ともかく、少年の両親は白衣を血に濡らし、全身が赤で染まっていた。

 

 少年は、右手で握っているモノを恐る恐る見る。

 

「う、わあぁぁ!?」

 

 それを見た途端、少年は一気に力が抜け、手に持っていたモノを投げ捨てた。黒い物体が床を滑る。

 

 それは銃だった。

 

 ────俺が殺した。

 

 銃を両親に向けて撃った。そして殺した。

 

「ああ……アああァああぁぁぁ!!」 

 

 少年は絶叫する。両親を殺した。俺が殺した。オレが殺した。オレガ殺シタ。オレガ────。

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁ!?」

 

 黒瀬は飛び起きた。

 

 周りを確認すると、リカと田島が驚いた様子で黒瀬を見つめていた。

 

「……夢、か」

 

 ヘリはグラグラと揺れながら、目的地へと向かっていた。寝るつもりはなかったが、あまりに大きな事件が積み重なって、身体に負荷が多く、強制的にシャットダウンしてしまったようだ。

 

「怖い夢でも見たの?」

 

 リカは黒瀬を心配する。

 

「ええ。不謹慎ですが……両親を殺す夢を見たんです。あまりにリアル過ぎて……」

 

 いや、あれはまるで遠い記憶のように懐かしく感じた。だが、黒瀬に両親を殺した記憶なんてない。両親は不運な交通事故で死んだのだ。

 

「あたしも時々見るわ。隣のバカの頭を吹っ飛ばす夢を」

 

 リカは隣に座っている田島を指差した。

 

「おい、バカって俺のことか?」 

「アンタ以外誰がいるっていうのよ」 

 

 リカと田島はまるで付き合いたてのカップルのようにイチャつく。黒瀬はその二人の姿を見て苦笑した。

 

「ほんと、仲が良いですね」 

「「仲良くない!!」」

 

 二人は息ピッタリで否定した。やはり仲が良いようだ。

 

「楽しみのところ悪いが、もうそろそろ目的地だぞ」

 

 ヘリのパイロットが言う。

 

 黒瀬は窓から外を見る。広大な雪原がそこにはある。いや、厳密に言うと、凍った海の上に雪が積もっているのだ。遠くで軍艦を見つけた。沈没した軍艦には雪が積もり、一つの墓標のように見えた。そんな光景があちこちに広がっている。

 

「あったぞ、あれだ!」

 

 雪原に、不自然にポッカリと穴の空いた場所があった。その穴からは潜水艦の展望搭が突き出していた。赤の女王に寄れば、あれに乗って、施設に向かえるらしい。

 

 黒瀬、リカ、田島は、彩を救い出す、緊急出動したレオンやバリーを含む混合チームがアリスを救出しに行くと命令だった。

 

 施設の構造がわからない以上、大部隊を突入させるわけにはいかない。少数精鋭で二人の救出をしなければ。

 

 ヘリは高度を落とし、氷の上へと着陸する。黒瀬はハッチを開ける。凍えるほどの冷たい風が機内へと入ってくる。実際に凍えていた。

 

「クソ、なんて寒さだ!」

 

 田島はあまりの寒さに悪態をついた。三人ともアーマーの上に防寒コートを着ているが、それでも急速に体温が下がっていった。

 

「潜水艦に急ぐぞ!」

  

 三人は猛吹雪の中、潜水艦へと進み、潜水艦の展望搭のハッチを開けた。リカと田島は銃を構えながら、潜水艦の中に入る。それほど艦内は広くはないので、敵は潜んでないことがわかった。

 

「本当に大丈夫なんだろうな? 海に入った途端操縦が利かなくなって沈むなんて嫌だぞ」

「そうなるかもな」

 

 黒瀬はハッチを閉じて操縦席に座る。赤の女王が気をきかせてくれたのか、暖房が付きっぱなしだった。コートに付いた雪が暖房の熱で溶ける。防水も担っているコートに水が染み込むことはなく、雪水はコートを伝って床に落ちた。

 

「リカさん、田島さん、本当に覚悟はいいんですね?」

 

 田島の言った通り、潜水艦は本当に制御不能に陥って沈むかもしれない。施設に辿り着けたとしても、そこに何が待ち受けているか分からない。アフリカでソフィアを失った黒瀬は、本当は二人を置いていきたかった。死の危険に晒すことは分かりきっている。

 

「今のアンタをほっとけないわ」

 

 リカは黒瀬の顔を見て言った。

 

「え?」

「鏡を見ればわかるけど、相当酷い顔してるわよ」

 

 リカはポーチから小さな手鏡を取り出して黒瀬に見せる。リカの言う通り、酷い顔だった。目付きはいつもより鋭くなって目の下には大きな隈が出来ている。顔は病人のように真っ青だった。

 

「疲れているのよ。まる一日戦っていたわけだし」 

「そういうこった。子供を一人にしちゃおけないのさ」

 

 もう二十七歳なんだけどな。と黒瀬は心の中でそっと呟いた。

 

「ありがとうございます。二人の力貸してください」 

「「おうよ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水艦は故障することもなく、潜水艦の修理ドッグへと入った。アンブレラのロゴが入った潜水艦があちこちにある。これを使って世界を行き来していたのだろうか。

 

 三人は潜水艦から出て、周囲の確認をする。敵らしき影は見えないが、ここは既に敵地。罠が仕掛けられているかもしれない。油断は禁物だ。

 

 ハンドサインで指示しながら、三人は物陰を移動する。進んだ先に、不自然に壁に掛かっているタブレットがあった。まるで取ってくださいとでも言っているようだ。

 

 黒瀬はそれを手に取る。画面をスライドすると、マップが出てくた。どうやら、この施設のマップらしい。丁寧に現在位置まで書かれている。

 

「彩ちゃんはどこにいるんだ?」

 

 田島がタブレットを覗き込んで言った。

 

「多分、ここかな?」

 

 いくつもの施設を越えた先の研究所に、まるでここへ向かえと言っているかのように、赤い点が点滅していた。

 

「結構先ね。何時間掛かるのかしら」

「どんな罠が仕掛けられていようとも俺は行きます」 

 

 マップを見ると、この先にあるのはシブヤエリアのようだ。渋谷以外にもラクーンシティやニューヨーク、ベルリン、ロンドンなど様々な都市のエリアが書かれてある。

 

「渋谷? どういうこと?」 

「わかりません、行ってみましょう」

 

 三人は白い通路を進む。敵が隠れている可能性は低いが、どんな罠が仕掛けられているかわからない。慎重にだ。

 通路の奥まで行くと、大きめの扉があった。それに近づくと重たい扉が自動で開き、その先の光景を黒瀬たちに見せつけた。

 

「オイオイ、マジかよ……」

 

 田島は驚きのあまり、口をポッカリと開けた。他の二人も同じように驚く。

 

 三人の目の前に広がっているのは、夜のトウキョウだった。厳密に言えば、渋谷のスクランブル交差点だ。トウキョウがカントウ事件で封鎖される前、三人ともこの場所に訪れたことがあった。あの時と全く同じだ。本物と思えるほどの完成度だった。一部違う点を言えば、至るところに死体が転がっていることか。しかも死んで間もない。

 

 ネオンの眩い光や映像の広告が目を眩ませる。懐かしい光だ。今の日本ではこんな光景をそうそう見ることは出来ない。

 

「一体なんなんだ? 俺は夢でも見てるのか?」  

 

 田島は自分の頬をつねる。痛みを感じて夢ではないことに気づくが、夢ではないとすれば、目の前の光景はなんだ?

 

『アンブレラが実験のために造り出したの』

 

 田島の疑問に答えたのは、黒瀬でもリカでもなく、タブレットからする音声だった。

 

 黒瀬はタブレットを取り出す。画面には赤の女王が映っていた。

 

『侵入成功おめでとう。あなたたちはアンブレラの最高重要施設の一つに潜入したの』

「まるで最高重要施設がまだあるみたいだな」

『ええ。ほとんどBSAAに潰されたけど、あと二つ最高重要施設が残っているわ』

「それはどこにある?」

『一つは皆が知っているわ。でももう一つは、あたしでも知らないの。その施設を知っているのは、アンブレラでも最高幹部だけよ』

 

 アンブレラが造り出したAIでも場所を知らないとなると、アンブレラは相当極秘主義のようだ。

 

「それよりも何でアンブレラはこんな施設を造ったんだ?」

 

 田島は赤の女王に質問する。

 

『アンブレラはウィルスでも収入を得ろうとしたのよ。でも、その効果を現実世界で試すことは出来ない。そこでアンブレラはニューヨークの中心を再現し、ウィルスの爆発的感染をシミュレーションして、その結果をロシアに見せ、彼らにウィルスを売ろうとした。それからモスクワにおける爆発的感染をシミュレーションして、アメリカに売ろうとした』

 

 トウキョウの爆発的感染を中国に、北京での爆発的感染を日本に売る。こうすることで、誰もがウィルスを持つ時代が来るというわけか。

 

『でも、結局はラクーンシティの件や、その後の事件でこの施設の存在意義は無くなったわ』

「本当のウィルスの恐怖を知ってしまったからな」

 

 ウィルスは国ではなく、テロリストの手に渡ることになってしまった。そして世界は気づいたんだ。国同士で歪み合っている場合ではないと。実際、アンブレラが表向きでは崩壊してからは、世界的にバイオテロが増えた。それは都市を巻き込むほどだ。

 

『そう。結局アンブレラはウィルスを売ることが出来たのは初期だけよ』

「なに? 初期には売れたのか!?」

『ええ。ラクーン事件が起こる前に、アメリカやロシアに日本、中国、イギリスやフランス……その他にも多くの国が買い取ってくれたわ。そしてそのウィルスは今も処分されていない』

 

 そんな情報、BSAAには一切入ってきていない。

 

「おいおい、ラクーンの事件が起こらなかったらウィルス戦争が起こりそうだな」

 

 と田島。

 

『実際そうなっていたのかもしれないわね』

 

 核ミサイルに変わる新兵器か。t-ウィルスは核よりも安価で、しかも都市一つを壊滅させることが出来る。生物兵器の使用は条約で禁止されているが、いざ戦争となれば守るものなど少ない。

 

『それよりも大丈夫? 彼らがあなたたちを発見したみたいよ』

 

 赤の女王の言葉で、黒瀬たちは周囲を警戒する。いつの間にか、人間に囲まれていた。

 

 いや、もう人ではない。目には眼球は白濁化し、顔は死んでいるのかあのように真っ青だ。しかも、その口の回りには誰のかもわからない血がべったりと着いていた。ゾンビだ。

 

「いつの間に!」

 

 三人とも武器を構える。数はいようとも薄のろのゾンビだ。エージェントの三人には勝てないはずだ。

 

 しかし、ゾンビは予想を裏切って────走った。

 

「なに!?」  

 

 ゾンビが一斉に食料──人間の血肉を追い求めて走り出す。

 

「撃て!」

 

 田島とリカを近づいてくるゾンビの頭を片っ端から撃つ。ゾンビが走るなんてデータは今までなかった。驚きはしたが、それだけだ。先程までは銃を持ったマジニを相手にしてきた。武器も持ってない敵に負けるわけにはいかない。

 

 黒瀬も木刀で接近するゾンビの頭を叩き潰す。動きは素早いが結局ゾンビであることに変わりはない。

 

『凄いわね。流石はBSAAのエージェント。このアンデッドたちはt-ウィルスにプラーガを合わせて、アンデッドの弱点である身体能力を向上させたの。マジニのような知能はないけど、数を増やすには噛み付くだけでいいの』

「余計なもん作りやがる」 

 

 黒瀬は赤の女王に文句を言って、スクランブル交差点を駆け巡る。その速度はリカでも辛うじて終えるほどだった。黒瀬は瞬く間に五十を越えるゾンビを始末し、木刀を納める。

 

『素晴らしいわ。でも、この先にも試練が待ち受けているわよ』

 

 赤の女王がそう言うと、目の前のビルが横に開き、通路が現れる。

 

「敵を倒したら扉が開くのか。まるでRPGみたいだな」

『あなたたちは先に進むしかない。……最終的にはリョウだけが残っていればいいのだけど』 

「あら、あたしもいれなさいよ。このバカは死んでもいいけど」

 

 リカは田島をからかう。しかし、田島は言い返す元気はなかった。

 

「行くわよ、リョウ」

 

 リカは扉の先に進もうとするが、「待ってくれ」と黒瀬が呼び止めた。

 

「何か……いるな」

 

 黒瀬は別方向のビルを見つめる。そのビルから何かの気配がする。

 

「レッドクイーン、あのビルには何がいる」

『生存者よ。あなたたちには関係ないわ』

 

 関係ない? 関係ないでは済まされない。生存者がいるのならば助けないと。

 

 三人はそのビルに入り、気配のする場所へと向かう。

 

「この先か」

 

 扉の先から人の気配がする。数は……二人だろうか。黒瀬はその扉を開けようと取手を捻るが、開かない。鍵は掛かっていないので、机や椅子を扉の前に積み重ねて開けさせないようにしているのだろう。

 

 黒瀬はため息をついて、扉を蹴り破る。積み重ねていた机や椅子は吹き飛び、ガラガラと崩れた。

 

 黒瀬は部屋に入る。

 

「おい、誰かいるか────」

 

 その瞬間、横からバットを持った少年が飛び出してきた。そのバットは、黒瀬の頭を狙っている。

 

「俺はゾンビじゃないぞ」

 

 黒瀬は頭の上に腕を置いて防ぐ。ミシミシと骨が鳴るが、こんな痛みこの十年の間でなれてしまった。黒瀬は少年の手首を叩いてバットをもぎ取る。少年は派手に転ぶが、すぐに体勢を立て直した。

 

 黒瀬と少年は顔を見合わせる。

 

 二人とも硬直してしまう。

 

「「え?」」

 

 なんせ、その少年が黒瀬と同じ顔だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 


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