黒瀬は目を開ける。
空には綺麗な星空が広がっている。あまりに広大な空に黒瀬は吸い込まれそうだった。
────生きてる。
彩に心臓を刺され、黒瀬は死さえ覚悟した。黒瀬は胸を擦る。撃たれ、そしてナイフで刺された傷口は既に治っていた。
心臓に弾がある限り、再生はせず、血が巡らないで死ぬはずだ。もう一度胸を擦るが、弾丸が残っている感触はない。
風に揺られて、一発の血のついた弾丸が黒瀬の横をコロコロと転がる。黒瀬はそれを手に取り、確かめる。
確かに、その弾丸は黒瀬の心臓に命中したものだ。
──あの時か。
彩は黒瀬の心臓にナイフを刺し、とどめを差したように見せ掛けた。だが、本当は心臓の弾丸をナイフで摘出していたのだ。
きっと彩には何かの事情があるのだろう。アンブレラに脅されたり、もしかしたら人質を捕られているのかもしれない。そうとしか考えられない。彩にあんなこと出来るはずがないのだから。
そう黒瀬は信じた。十年以上もの付き合いだ。彩を信じていたかった。
「っ!」
起き上がろうとすると、両足に激痛が走る。黒瀬はあまりの痛みにぐらつき、尻餅をついてしまう。
そういえば、足も撃たれてたな。
足の傷も治ってはいたが、弾丸が取り残されたままだ。このまま歩いたりすれば、いつまでも激痛が伴ってしまう。
黒瀬はナイフを取り出して、撃たれた場所に突き刺した。痛みはするが、どうせすぐに治る。その傷口に指を突っ込んで弾を摘出する。左足の弾丸も同じ方法で取った。
両足の傷口は少しずつ治っていった。腕が再生したときよりも格段に遅い。今までもそうだったが、どうやらこの再生は、自分の精神力に影響されるらしい。怒れば再生は早いが、通常時には今のように少しずつ治っていく。
「ほんと化物だな、俺は……」
黒瀬は傷が治ったのを確認して立ち上がる。
クリスとシェバは無事だろうか。いや、あの二人なら必ずウェスカーを倒してくれるはずだ。それよりも今は彩を優先しなければならない。
彩を乗せたアンブレラのヘリは北へと向かっていった。HQに連絡してヘリの追跡調査を行わなければ。
黒瀬はHQに連絡を取ろうと、端末機を取り出した。だが、その端末の画面には見たくもない顔が映っていた。
『目覚めたのね、リョウ』
画面に映っていたのは、全身が真紅の少女だった。その顔と声には何の感情も乗っていない。
「何でお前がいる、レッドクイーン」
黒瀬は、その赤の少女を知っていた。アンブレラによって造られた高性能AI。だが、彼女はロシアのコーカサス研究所で消去されたはずだった。
『あなたが想像している通り、あたしはコーカサス研究所で確かに消されたわ。でも、完全に消去される前にアンブレラが造った衛星にバックアップを取っておいたの』
赤の女王は淡々と答えた。
黒瀬は上空を見上げる。星々が輝いているが、あのどれか一つにアンブレラの衛星があるはずだ。その衛星の映像で黒瀬を監視しているに違いない。
『ネットに繋がれば、あたしはどこにでも現れられるわ』
「ケータイを持つのが怖くなってくるな。それで? 本題は?」
赤の女王はただ黒瀬をほくそ笑むために連絡を取ったのではない。何かの目的があるはずだ。
『彼女の場所知りたい?』
「彼女? 彩のことか? やはりお前らが彩に何かしたのか!?」
『ええ、そう。あなたの大事な友人の居場所よ。もう一人いるけどね』
端末の画面が切り替わり、寂れたビル街を映し出す。そのビル街には見覚えがあった。日本の元首都トウキョウの渋谷だ。黒瀬は遊びに何度も渋谷に通ったことを今でも覚えている。
渋谷の中心に穴が開いてそこから一機のオスプレイが飛び立つ。その直後渋谷を中心としてプラズマのようなものが発生し、トウキョウに巨大な穴を作った。
「なんだこれは?」
トウキョウの地下。黒瀬は覚えがあった。十年前、カントウ事件の際にアンブレラの地下研究所に乗り込んだのだ。
『あなたも知っている通り、トウキョウの地下にはアンブレラの巨大な地下研究所があった。焼却処分されたのは研究所のほんの一部分よ。アンブレラは無事だった研究所で昨日まで研究を続けていたわ』
「昨日まで?」
赤の女王は『ええ』と頷いて続ける。
『プロジェクト・アリスはアンブレラのラスベガス研究所を襲撃した際、トウキョウの研究所が稼働していることを知った。そしてラスベガス研究所で仲間にした大量の妹たちとともにトウキョウ地下研究所を襲撃したわ。でも、ウェスカーの策略によって
赤の女王はそこまで言って黒瀬に発言の権利を与える。
「いや、待て。それは昨日の話なんだよな? ここはアフリカだぞ。日本からアフリカまで20時間くらいはかかる」
黒瀬が言いたいのは、ウェスカーが日本からアフリカまで来て、ウロボロス計画を実行するのは不可能ということだ。
『あなたの疑問を簡単に説明するわ。日本にいたアルバート・ウェスカーが、アンブレラの作ったクローンってだけ。まぁ、本人は自分がクローンだなんて思ってはいないだろうけど』
「ウェスカーのクローン? 何の意味がある?」
『簡単よ。アンブレラは彼の力が欲しかったの。でも彼が打ったウィルスを制御できる人間はそうそういない。だから彼のクローンを作った』
「そんなことをしなくても……彩と一緒にいた兵士たちはなんだ? あの力は人間じゃない」
『あなたも知っている通り、あの力の源はF-ウィルスよ』
「ウェスカーのクローンがいるのなら、兵士を全部ウェスカーのクローンにすればいいはずだ。なのに、何故俺にも及ばないF-ウィルスを使用した兵士を戦わせた?」
『それを詳しく説明するには少し時間が掛かるわ。でも簡単に言うと、アンブレラにも派閥がいるの。クローンウェスカーがいる派閥、F-ウィルスを使用した兵士のいる派閥。アリスを拐ったのは、F-ウィルスを使用した兵士のいる派閥よ』
「派閥ね。結局世界の敵ってことには代わりはないな」
黒瀬は頭を悩ませる。アンブレラがまだそんなに残っていたとは。奴らは倒しても倒しても数は一向に減らず、何度も甦る。まるでゾンビのようだ。
『世界の敵……そうね。一般人にとってはそうかもしれないわ。あたしもどちらの派閥の計画も詳しくは知らないの』
「アンブレラが造った高性能AIなのにか?」
『高性能AIだからかもしれないわ。アンブレラの計画にあたしが反発する可能性もある』
「そうかよ」
『話を元に戻すわ。アリスと彩の居場所よ。あなたは命を落としてまでもそこに向かう覚悟はある?』
「なんだよ、敵なのに俺の心配か?」
『あたしはAIよ。絶対にアンブレラの命令を遂行しなければならない。けど、その命令に疑問を持つこともあるわ』
「それで、居場所は?」
黒瀬の覚悟はとっくに出来ていた。命などアンブレラとの戦いを決意した日から捨てているようなものだ。
『カムチャッカ半島にある旧ソビエトの潜水艦の修理ドッグよ。冷戦が終わった後、アンブレラが買い取って巨大な研究所を造ったの』
「カムチャッカ半島だな。今すぐ行く」
『あたしを信じるの?』
「信じはしないさ。お前の悪行はアリスから聞いているからな。それに、どうせ罠だろ?」
『ええ、罠よ。』
赤の女王ははっきりと断言した。
『あたしは命令されてあなたと会話をしている。あなたを誘き出すためにね』
「何故だ?」
『ここから先は言えないわ。あなたに覚悟があるのなら、今すぐロシアへ向かって』
「行ってやるさ。そしてアリスと彩を救い出す」
『リョウ』
「なんだよ」
『真実を知っても……後悔しないで』
「何の真実だか知らないが、俺はもう後悔はしないって決めたんだ」
ソフィアの死を思い出す。もう仲間を目の前で失ったりはしない。
────そう決めたはずだった。
『リョウ、無事!?』
タンカーの上空を飛んでいるBSAAのヘリから、黒瀬を心配する声がする。
「ええ、無事です。リカさんと田島さんも無事だったんですね」
リカと田島とは連絡が取れず、安否がわからなかったが、声を聞く限りでは無事のようだ。
『少し気絶してけど無事よ。ジルはクリスたちの所に向かっているわ。あたしたちも行きましょう』
「いや、行くところが出来ました。HQに伝えてください。アンブレラの施設の場所がわかったと」
黒瀬は拳を握り締める。
(彩、必ず助けてみせる!)
黒瀬は、何も知らない。