バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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70話 混乱

 何時間泣いただろうか。黒瀬はそれも分からないほど、泣いていた。仲間の死、それは今まで何度も目の前で見てきた。それなのに、こんなに泣くのは初めてだった。

 

 それは彼女には特別な感情があったからだ。

 

 別に恋愛の対象として見ていたわけではない。彼女は黒瀬を心配し、大切に想ってくれた。それだけで黒瀬は嬉しかった。彼女を本気で守りたいと思っていたのだ。

 

 だが、彼女──ソフィアを守れなかった。黒瀬は自分を恨んだ。何故ソフィアを救えなかったのか。それは自分が弱かったから。

 

「俺が……悪いんだ……」

 

 黒瀬は自分でも聞き取れないような低い声でそう呟いた。

 

 仲間を救いたければ、強く、誰よりも強くならなければならない。

 

 抱き抱えていたソフィアを、そっと床に下ろす。

 

「じゃあな……ソフィア」

 

 黒瀬はゆっくりと立ち上がり、ソフィアという勇敢な戦士に敬礼した。彼の目にはもう涙は流れていない。

 

 

 

 

 

 

 黒瀬はタンカーのマジニを全滅させた。これで誰もソフィアを穢すことはない。

 

 あとは、本命を倒すだけだ。

 

 アルバート・ウェスカー。この事件の黒幕。奴のウロボロス計画という残忍な計画のせいで多くの人間が死んだ。マジニになった人間もそうだ。アルファ、デルタチームの隊員や友人のカーク。守れなかったソフィア。

 

 仇を討ってやる。黒瀬の心は真っ赤に燃えていた。グツグツと胸が煮えたぎり、今すぐにでもウェスカーをぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

 

 タンカー内を進むと、格納庫に出る。そこにはジルの言っていた爆撃機があった。その近くではクリス、シェバがウェスカーと戦っていた。現時点ではクリスたちは苦戦しているようだ。

 

「ウェスカー!」

 

 黒瀬はウェスカーの顔を見た瞬間、全てが憎悪に包まれた。奴のせいで……!

 

 ウェスカーの元へと駆ける。その速度はいつもよりも速い気がした。その勢いのままウェスカーの顔面に一発を叩き込もうとするが、掌で受け止められる。

 

「貴様か……」

 

 ウェスカーはにたりと笑って煽るように言う。

 

「大事な仲間が死んだようだな」

 

 どこかでソフィアの死を見ていたのだろうか。黒瀬はもう我慢の限界だった。

 

「このクソ野郎!」

 

 再び殴りかかるが、ウェスカーの人間離れしたスピードでいとも簡単に避けられる。

 

「お前のせいで人がどれだけ死んだと思ってんだ!」

「さぁな。数えたことはない。それに俺にそれを言ってどうする? 反省するとでも?」

 

 ウェスカーには悪びれる様子もない。本当に自分が正しいと思っているかのようだ。

 

「なんで、そんなことが言えるんだよ! おまえのせいで、多くの人間の未来がなくなったんだぞ!」 

「遅からずとも世界は破滅し、多くの人間の未来は失われる」

「何を!」

 

 黒瀬は連撃するが、ウェスカーの素早さに翻弄され、一撃も加えることができない。

 

 黒瀬とウェスカーが初めて戦って十年以上経つ。それでも黒瀬はウェスカーには及ばない。

 

 何でだよ! 黒瀬は自分に苛立ちを感じていた。どれだけウェスカーを倒したいと思っていても、結局は実力がものをいう。今の黒瀬ではウェスカーを倒せない。

 

「R計画の要がこの程度とは……笑わせてくれる」

 

 ウェスカーは黒瀬を鼻で笑う。ウェスカーは黒瀬の知らない何かを知っているようだった。

 

「R計画? なんだそれは!」 

「知る必要はない。今から世界はウロボロスに呑み込まれるのだからな!」 

 

 ウェスカーはそう言って、凄まじい跳躍力で爆撃機へ飛び乗った。すぐにエンジンは稼働し、加速が始まってしまう。

 

「クリス、シェバ、飛び乗るぞ!」 

 

 黒瀬は走り出した。クリスを追い越し、爆撃機のハッチに手が届きそうな距離まで来ていた。

 

 あと少し! 黒瀬はハッチに手を伸ばすが、そこに銃弾が飛んでくる。それに気づかず、黒瀬の右腕を一発の弾丸が貫いた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 あまりに突然のことで立ち止まってしまう。銃弾の飛んできた方向を見ると、ガスマスクをしたアンブレラの兵士が三人、立っていた。

 

「リョウ、大丈夫か!?」

 

 クリスが駆け寄ってくるが、

 

「今はウェスカーだ! 急げ!」

 

 怒り気味にそう叫ぶ。クリスは一瞬で判断し爆撃機へと急いだ。

 

 クリスとシェバが何とか爆撃機に乗り込んだのを見送る。

 

 頼んだぞ、クリス、シェバ。

 

 ここまできたあの二人なら、ウロボロス計画を阻止してウェスカーを倒せるはずだ。黒瀬はそう確信していた。

 

 それよりも、今はアンブレラの兵士が最優先だ。

 

 アンブレラの兵士は、何故かクリスとシェバを殺さず、黒瀬だけを狙った。奴らの狙いは分かっている。だが、何故狙うのかが分からない。

 

「お前ら、一体何なんだよ!」

 

 黒瀬は苛立ちを三人に向けるが、それを無視して兵士はいきなり襲い掛かってくる。

 

 一人が突撃してナイフで黒瀬を狙う。

 

 もう、手加減はしない。黒瀬はソフィアの死でそう決めた。奴らがどこの何者であろうと、必ず殺す。

 

 黒瀬は撃たれた右腕でガードする。避けるのはが、わざと避けなかった。黒瀬の右腕はスパリと真っ二つに切れて床に落ちる。敵はその行動に驚き、一瞬動きが止まる。避けると予想していたのだろう。黒瀬はその一瞬を逃がさない。

 左腕に力を込め、渾身の一撃を兵士の腹部へとぶつける。その威力は防弾アーマーごと腹部を貫通するほどだった。

 

 まだだ! 

 

 兵士はまだ死んでいない。油断しないためには必ず息の根を止める。黒瀬は腹部から腕を引き抜いて、兵士の後頭部を掴み、地面に激突させる。頭はトマトのように弾け、ペチャンコになってしまう。

 

 完全に殺した。これで奴は目を覚ますことはない。

 

「次はどいつだ?」 

 

 黒瀬の切られた右腕からは煙が上がり、みるみると腕が再生していた。これほどの回復がはやいのは、三年前のシカゴでの事件振りだった。

 

 兵士の一人がハンドガンを抜いた。あの女の兵士だ。

 

 その兵士は三発を瞬時に撃った。ハンドガンの弾速程度、今なら簡単に避けれる。黒瀬はそう思っていた。事実、一発目は避ける。だが、その避けた先にもう一発が迫っていた。

 クソ! 何故予想出来た!? 黒瀬は身体を捻ってそれを避ける。しかし、その先にも弾が迫っていた。流石に瞬時には避けれず、その弾丸は黒瀬の心臓を貫いた。

 

「うっ!?」

 

 黒瀬は一瞬呻いて倒れこむ。血液が全身に循環せず、身体から力が引いていく。

 

 まだチャンスはある。心臓から弾丸をえぐりとれば、すぐに再生する。

 

 だが、敵はそうさせてはくれない。もう一人の兵士が黒瀬にのしかかり、腕に注射器を刺して血液を抜いた。

 

「彼の動きを封じて」

  

 兵士は、女の兵士からそう命じられ、黒瀬から抜いた血液を保護ケースに入れて、動けない黒瀬の両足を撃った。

 

「えっ────?」

 

 黒瀬は撃たれた事実よりも、女の兵士の声に驚いた。今まで何度も近くで聞いた、透き通った美しい声だった。

 

 女の兵士は、ガスマスクを外しその素顔を黒瀬に曝した。

 

 長く美しい黒髪、吸い込まれるような瞳、淡い桜色の唇。

 

「何で…………?」

 

 女の兵士の正体は、香月彩だった。黒瀬を何度も支えてくれ、カントウ事件では生死をともにした、言葉では言い表せない特別な感情を抱いている相手。

 

 黒瀬は、立て続けに衝撃なことが起こりすぎて脳がごちゃごちゃになっていた。

 

 彩は兵士? アンブレラの兵士? 何で何故?

 

「リョウ、今までお疲れさま」

 

 彩は、動けない黒瀬に近づき、顔を間近に合わせる。

 

「彩……なのか?」

「ええ、正真正銘の香月彩よ。今まであなたの心の支えになっていたね」

 

 彩は今までの思い出を思い出しながら失笑する。

 

「あなたの子守りも今日で終わり。今までR計画のために働いてくれてありがとう」

 

 タンカーにヘリが近づく。そのヘリには醜いアンブレラのロゴが。それは彩にとっても醜いロゴのはずだった。今日までは。

 

「迎えが来たみたいね。お別れよ、リョウ」

 

 彩は黒光りするナイフを抜いて黒瀬の心臓へと刺す。それだけでは終わらず止めをさすために捻って引き抜く。心臓から血が吹き出し、その鮮血は一メートルにも及んだ。

 

「じゃあね」

 

 彩はそう言って、着陸したヘリに乗り込む。黒瀬は薄れていく意識の中、彼女が立ち去る様子をただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 


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