バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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69話 自分を見失わないで

 黒瀬とソフィアは遺跡に辿り着いていた。

 

 先へと進む扉の前に、一人の女性が座っていた。その顔に黒瀬とソフィアは見覚えがあった。

 

「ジル!」 

 

 ジル・バレンタインだった。三年前に死んだはずのジルが生きていた。

 ジルは駆け寄ってくる黒瀬に気付き、立ち上がる。黒瀬はジルに抱き付いた。

 

「ジル……良かった。本当に……生きてたんだな」

 

 黒瀬は今にも泣きそうだった。ジルが生きていたことが嬉しかったのだ。このことを小室たちや他のBSAA隊員にも今すぐにでも伝えたかった。

 

「久しぶり、リョウ。ごめんね今まで悲しかったでしょ?」

「あぁ……でもジルは生きてた。それだけで十分だよ」

 

 黒瀬とジルは笑い合う。ジルも黒瀬と再会できて嬉しかった。それはソフィアもだ。

 

「リョウ、ソフィア、よく聞いて」

 

 ジルは言わなければならないことを思い出し、真剣な表情に戻る。

 

「ウェスカーの計画がもうそろそろ実行されるの」

「ウェスカーが!?」

 

 やはりウェスカーは死んでいなかったのか。

 

「ウェスカーは爆撃機で世界中にウロボロス・ウィルスをバラまくつもりなの」

「ウロボロス・ウィルスをバラまかれたらどうなるんだ?」

「ウロボロス・ウィルスに適合した者は、人の形を保ったまま超人的な力を得られるらしいの」

「適合できなかったら?」 

「化け物になるわ」

 

 黒瀬とソフィアは絶句した。そんな恐ろしい計画が進められていたというのか。そしてその計画がもうすぐ実行される。

 

「クリスとシェバが既に向かってるわ。あなたたちも急いで!」

「ジルはどうする?」

「私はまだ動けそうにないの。先に行って」 

 

 黒瀬は静かに頷いた。

 

「行こう、ソフィア」

 

 黒瀬とソフィアは駆ける。クリスとシェバに追い付けるとは限らないが、行かないわけにもいかない。

 

「ねぇ、リョウ。ジルを置いてきて良かったの?」 

「ジルの傍にいてやりたいの山々だけど、今はウロボロス計画を止めるのが先だ」

 

 黒瀬は冷静さを取り戻していた。誰も失いたくないからこそ、ウロボロス計画を止める必要があった。

 

「それにしてもまさか世界を救わなきゃいけないなんてね」

 とソフィア。

 

「世界を守るために戦う。かっこいいじゃないか」 

「でもそのためにアタシが命をかけるなんて。今まで想像も出来なかった」

「俺はそうでもないぞ」

 

 黒瀬は苦笑した。ソフィアは黒瀬の今までの活躍を思い浮かべて笑う。

 

「リョウは何度も世界を救ってるもんね! そんな人が隣にいるなんて光栄だよ!」

 

 ソフィアは笑い続ける。

 

「何度も……ってほどじゃないよ。それに世界を救えたのは俺だけの力じゃない。仲間がいたからだ」

「じゃあアタシが今からその一人になるかもってこと?」

「そうだな」

 

 そうこう話していると、施設の外に出た。既に日は沈みかけている。施設の先には広大な海が広がっており、今にも輸送タンカーが出発しようとしていた。

 

「リョウ、もしかしてあのタンカーに……」

「ああ、クリスとシェバがいる。そしてウェスカーもだ」 

 

 ウェスカーと黒瀬との因縁は十年以上続いている。だが、ウェスカーを倒すべき人間は黒瀬ではない。クリスだ。本当ならS.T.A.R.S.の生き残り全員でウェスカーとの因縁を断ち切ってもらいたいが、そう都合よくはいかない。

 

「ソフィア、急ぐぞ!」

 

 黒瀬はソフィアを抱えて、一気に崖を下る。タンカーが港を離れようとしていた。ソフィアはギャーギャーと騒いでいるが、気にする暇はない。タンカーに乗れなかったら、ウロボロス計画を止めることは出来なくなる。

 崖を下ると、道なりに走る。タンカーは港を二十メートルほど離れていた。

 

「え……リョウ、まさか!」

「そのまさかだ。飛ぶぞ!」

 

 黒瀬はソフィアを抱えたまま、全力で跳んだ。落ちれば海に真っ逆さま。二十メートルも跳んだことはないが、何故か跳べる気がしてならなかった。

 

 ふわりと浮いた身体は、一直線にタンカーへ向かった。そして黒瀬はタンカー甲板に着地する。

 

 甲板にはマジニが何人もいた。黒瀬とソフィアの存在に気付いたマジニは銃を向けるが、撃つよりも早く黒瀬に喉を切り裂かれる。

 

「大丈夫か、ソフィア」 

 

 黒瀬は近くに敵がいないことを確認し、ソフィアを下ろす。

 

「全然大丈夫じゃないよ! 死ぬかと思った!」 

 

 ソフィアは元気に答えた。どうやら大丈夫のようだ。

 

「死ななかったから良かったじゃないか」

 

 黒瀬は平然と答えた。ソフィアはうんざりとした表情で言う。

 

「そんなんだから彼女が出来ないんだよ」

 

 ソフィアのその言葉は黒瀬を深く傷つけた。

 

「関係ないだろ!」

「リョウは女の子の気持ちを理解出来ないからね~。前にも言われたことない?」

「……あるな」   

 

 昔、香月に言われたことがあった。

 

「もうこの話はやめようぜ。傷つく」

「あはは! リョウでも傷つくんだね」 

「あのなぁ、俺はこれでも一応人間だからな」

 

 ソフィアは黒瀬の言葉を聞いて笑みが消える。

 

「これでも──じゃないよ。リョウは普通の人間だよ」

 

 ソフィアは先程とは違って真剣な表情をしていた。

 

「俺だって自分を人間だと思いたい。でも時々本当に俺が人間なのか分からなくなるんだ。いつまでも経ってもこの力の正体を掴むことは出来ない」

 

 黒瀬は自分の掌を見る。血や泥で少し汚れているが至って普通の白い掌だ。だが、黒瀬にはその普通が気持ち悪く感じた。外から見ても黒瀬は人間と同じ形をしている。それなのに、身体能力は化物と言っていいほどだった。いざとなれば、この至って普通の掌で、コンクリートを叩き割ることも出来る。果たしてそれが普通なのか? 黒瀬はその矛盾が不愉快だった。

 

「そう思っているのならリョウは普通の人間だよ。ちゃんと迷って、足掻いて、苦悩して、時には笑って。そうできるのは人間だからこそだよ」

「……ありがとう、ソフィア」

 

 ソフィアの言葉は嬉しかった。でも納得することは出来ない。黒瀬は誰よりも自分が化物だということを知っている。

 

「さぁ、そろそろ行こう。ウェスカーが殴られに待ってるからさ」

 

 ソフィアは頷いた。

 

 黒瀬は突然ソフィアに戦闘準備の合図をする。

 

 ソフィアには聞き取れないが、敵の足音が近くなっているのを黒瀬は感じ取っていた。二十、いや三十はいるだろう。それほどの敵が黒瀬とソフィアを取り囲もうとしている。

 

「敵の数およそ三十だ。ほとんどが銃を持っているはず。気を付けろ」

 

 ソフィアは頷いて、ハンドガンの残弾を確認する。マガジンの弾も合わせて残り四十発。的確に頭を狙えば弾切れは起こらないだろう。黒瀬もいつでも戦えるように銃剣付きのアサルトライフルを構えていた。どこから敵が現れようと、首を斬ってやる! 二人とも戦う準備は万端だった。

 

 二人の集中は正面に行きすぎていた。上からの攻撃を予想していなかったのだ。

 

 何かがパチン! と切れる音がした。黒瀬はそれが上からということに気付き、見上げる。大きな檻が黒瀬を閉じ込めるように落ちてきていた。

 

 クソ! 黒瀬は自分の迂闊さに悪態をつく。檻の範囲から出ようと横に跳ぶが、気づくのがあまりにも遅かった。黒瀬が檻の範囲から出る前に檻は落下し、黒瀬を閉じ込める。黒瀬は鉄格子に頭をぶつけてしまう。

 

 マズイ! 頭の痛みを堪えて立ち上がる。黒瀬はすっぽりと檻に閉じ込められていた。ソフィアは運よく檻の範囲外にいたおかげで閉じ込められることはなかった。いや、この場合は運が悪い。

 

「リョウ、大丈夫!?」

 

 ソフィアは心配して檻に駆け寄る。

 

「駄目だ、ソフィア! 今すぐこの場を離れろ!」

 

 マジニが次々に姿を現す。黒瀬が予想していた通り、数は三十を越える。ガトリングガンを抱えたマジニまで登場する。この数をソフィア一人で相手にするのは無理だ。

 

 マジニは一斉にソフィアに銃を向ける。檻に閉じ込められている黒瀬は後回しにするつもりなのだろう。

 

 ソフィアは走る。マジニは銃弾の嵐をソフィアへと向けるが、ソフィアは遮蔽物を使い、上手く避けていた。

 

 黒瀬は腰の鞘からサバイバルナイフを抜いて鉄格子に向けて振った。しかし、思った以上に鉄格子は硬かった。一撃でナイフはポッキリと折れ、その刃はどこかに飛んでいってしまう。鉄格子には浅い傷しかなかった。

 

「クソ!!!」

 

 黒瀬は全力で鉄格子を蹴った。それでも檻が揺れるだけだった。それでも諦めず何度も何度も蹴る。

 

 ソフィアは着実に追い詰められていた。銃弾の嵐のせいで遮蔽物から動くことが出来ない。

 

「ソフィア! 逃げろ!」

 

 黒瀬は叫ぶ。その声がソフィアに聞こえたのか、黒瀬を向いてにっこりと笑った。次の瞬間、ソフィアが隠れている遮蔽物にガトリングが襲い掛かる。一秒間に七十発を越える弾丸が遮蔽物をボロボロにした。もうこの場に隠れてるのは無理だ。ソフィアはそう判断して、すぐ近くの遮蔽物に飛び移ろうとした。だが、ガトリングマジニはその行動を読んでいた。ソフィアが飛び出した途端、標準を横に傾ける。放たれた弾丸はソフィアの右腹と脚に命中した。

 

 プツン、何かが黒瀬の中で切れた。その瞬間、身体が燃えるように熱くなって何も考えられなかった。手で鉄格子を掴んで横に引っ張ると、鉄格子はまるで粘土のようにグニャリと曲がって出口を作ってしまう。黒瀬はそこから通り抜けると一直線にソフィアの元に向かった。遮蔽物の先にソフィアはいた。近くにいる敵五体を素手で瞬殺してソフィアに駆け寄る。

 

 ソフィアはひどい姿だった。右足は欠損し、腹部からは腸が引きづり出されていた。血は止まらず全身の血を出すのではないかという勢いで今も出続けていた。

 

「あ……あ……」

 

 黒瀬は思わず呻いた。そして頭が真っ白になる。

 

 ――なんで? なんで?

 

 目の前の現実が嘘であってほしかった。

 

「…………リョ、ウ?」

 

 ソフィアが掠れた声で黒瀬を呼んだ。黒瀬は我に返り、ソフィアを抱き抱える。

 

「ご……めん、こんなことに……なっちゃ、て……」

「何でお前が謝るんだよ……俺が言ったのに……必ず守るって……!」 

 

 誰が見ても分かる。ソフィアには手の施しようがなかった。

 

「リョウ……自分を……見失わないで……」

  

 ソフィアはゆっくりと瞼を閉じた。ソフィアからどんどん熱が引いていく。

 

「おい、おい! 目を開けろよ……!」

 

 ソフィアは何も答えない。黒瀬の胸の中で既に息絶えていた。

 

「何でだよ……ソフィアが何したってんだよ……何で俺じゃないんだよ……!」

 

 黒瀬の頭はぐちゃぐちゃになっていた。目の前で起こった親友の死。守れなかった自分の疎か。色々な感情が合わさって黒瀬の脳を掻き乱してた。

 

「何が……“これ以上誰も死なせたくない”だ。俺は死なせた! 仲間を、大事な仲間を……! 守るって言ったのに!」

 

 マジニが黒瀬を取り囲む。全員がニヤニヤとにたつき、敵を一人殺せたことを嬉しがっていた。次は男だ。男を殺せ! まるで勝利を確信しているかのようにマジニは雄叫びを上げる。

 

「お前ら……お前らのせいで……」

 

 黒瀬はマジニたちを睨み付ける。その目からは赤い涙が流れていた。そしてある一つの感情が黒瀬を支配した。

 

 殺意だった。

 

「殺す……殺す……殺す……!」

 

 まるで呪文のように黒瀬は言った。もう黒瀬自身も自分を止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……れ……?」

 

 気がつくと、黒瀬の周りには血の海が出来ていた。マジニの姿は確認できないが、マジニと思わしき肉片があちこちに飛び散っていた。

 

 全身は血で真っ赤に染まり、鼻をつんざく臭いが立ち込める。吐き気がしてきた。

 

「俺が……やったのか」

 

 自分がやった記憶はあった。そうなる過程もちゃんと覚えていた。

 

「ソフィア……」

 

 ソフィアの周りにはマジニの血や肉片が及んではいなかった。黒瀬はソフィアに駆け寄って、再び抱き抱えた。

 

「ごめん、ごめんなさい……約束を破った。守るって、守るって言ったのに」

 

 もうソフィアは冷たくなっていた。

 

「本当に、嘘つきだな、俺は……」

 

 瞳から涙が流れる。今度は赤くなかった。透明の涙だった。

 

「ごめん、ごめん、ごめん」 

 

 何度謝ってもソフィアが目を開けることはもうない。

 

 いや、t-ウィルスなら────死人を甦らせれるt-ウィルスなら。

 

『自分を見失わないで』 

 

 黒瀬はソフィアの最期の言葉を思い出した。

 

「……駄目だな、俺も」 

 

 涙が溢れて止まらない。死んだ人間は生き返らない。その事実は何年も前から知っている。

 黒瀬は泣いた。声を上げて。タンカー全体に響くほどの大声で、何時までも泣いていた。

  

 

 

 

 

 

 


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