バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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67話 苦戦

 リカSIDE

 

 

 田島は銃をガスマスクの人物に向けた。敵との距離は一メートルほど。外すはずがない。自信を持って引き金を引いた。発射された弾丸はガスマスクを貫────かず、首を少し曲げることで回避した。人間離れした反射神経。アンノウンは、手に握ったナイフで田島の首を掻き切ろうと一歩距離を詰めた。その一歩は恐ろしく速く、田島は避けることさえ考えなかった。

 

 死ぬ。それだけが田島の頭を横切った。

 

 だが、アンノウンのナイフが田島の首を落とす前に、リカが決死のタックルをアンノウンに喰らわせた。アンノウンはよろめき、田島の首の皮を数ミリ掠め取る。

 

 田島は一瞬で脳を覚醒させ、ガスマスクに渾身の右ストレートを喰らわせる。ガスマスクの目にヒビが入り、再びアンノウンはよろめいた。

 この隙を逃がす二人ではなかった。リカと田島はコンビネーションの格闘を一瞬にして喰らわせた。アンノウンは倒れる。

 

 倒したかと思ったが、そんな簡単にはいかなかった。何事もなかったかのように立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。手応えは確かにあったはずだ。奴が想像以上にタフだったのだ。

 

 いつの間にか残り二人のアンノウンにも囲まれていた。リカと田島に鋭いフックが襲い掛かる。一度目は腕を盾にして防いだが、二度目は脇腹に入ってしまう。二人ともあまりの激痛に倒れ込んでしまう。肋骨にヒビが入ったのかもしれない。たった一発で気を失いそうだった。

 

 リカは今すぐにでも立ち上がろうとしたが、身体が上手く動かない。このままでは死ぬ。それは理解していたが、痛みには逆らえなかった。だが、ガスマスクの三人は何時までもとどめを指しにこなかった。

 

 一人の兵士が残り二人を制止させていた。

 

『ここで殺すにはまだ早い』

 

 マスクでこもっているが、確かに女の声だった。その女が一番上なのか二人はそれに従い、ナイフを鞘に納める。 

 三人は一瞬にしてその場から消えた。それを見たリカは安心したせいかひどい眠気が襲ってきた。田島も同じで、二人ともそれに逆らうことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 リョウSIDE 

 

 

「クソ、リカたちと連絡が取れない……!」 

 

 黒瀬はリカと田島に向けて何度もコールするが、依然として繋がらない。

 

 何かあったのか? 黒瀬の頭に最悪のイメージが流れる。いや、そんなはずはないと首を横に振った。

 

 リカと田島は、BSAA設立の初期から現場で活躍していた。彼らの戦闘能力やチームワークは黒瀬も評価している。そんな彼らがマジニにやられるはずがない。

 

 黒瀬はそう思わずにはいられなかった。

 

「リョウ、どうするの?」

 

 ソフィアは黒瀬を心配そうに見つめる。

 

「今は進もう。リカさんと田島さんは絶対に生きてる」

 

 黒瀬がそう言った瞬間、一本のナイフが黒瀬の頭目掛けて飛んできた。

 

 なに? 黒瀬は一瞬、何が起こっているのかわからなかった。ナイフは確かに黒瀬を狙っている。だが、それを投げた人物の気配を全く感じ取れなかった。ナイフを投擲出来る距離なら、微かな音や気配で気づける。なのにナイフが迫るまで気づかなかったのだ。

 

「クソ!」

 

 黒瀬はナイフを背を反らして避けた。

 

 冷や汗が止まらなかった。あと0.5秒でも気付くのが遅かったら、今頃ナイフが頭に突き刺さって死んでいる。

 

 ナイフが飛んできた先を見ると、ガスマスクを着けた兵士が立っていた。肩にはアンブレラのロゴが入っている。

 

「なに、あいつ……」

 

 ソフィアも奴の不気味さを感じ取っていた。

 

「気を付けろ。普通じゃないぞ」

 

 黒瀬とアンブレラの兵士との距離は二十メートルほどだ。これほどの接近に気付けず、音も立てないでナイフを投げる技術。普通じゃない。

 

 兵士はその場から動かない。黒瀬とソフィアをじっと見つめているだけだった。

 

「何者だ!」

 

 アンブレラの兵士であることはロゴでわかるが、聞かずにはいられなかった。

 兵士は答えない。それにピクリとも動かない。まるで自分に視線を集中させているかのようだった。

 

 ──いや、そうしているんだ!

 

 黒瀬は背後から迫る微かな殺気を察知する。二人の兵士が黒瀬の首をナイフで狙っていた。

 

 考える時間などない。黒瀬は回し蹴りを放つ。しかし、黒瀬の脚は空を切るだけだった。二人は上に跳び跳ね、依然として首を狙っている。

 

 黒瀬は避けられたことにショックを受けていた。二人は、ノーモーションからの攻撃を見てから避けたのだ。それを可能にする反射神経と身体能力。そんな人間がいるはずがない。

 

 そう普通ならいない。だが、黒瀬はそれを可能にしていた者と戦ったことがある。

 

 三年前、シカゴで起きた大規模なバイオテロ。それを起こした傭兵たちは、F-ウィルスという身体能力を爆発的に向上させる代物を使っており、結果的には全身体能力がオリンピック選手以上に跳ね上がっていた。そしてそのバイオテロの主犯であるグレッグ・リチャードソンは、黒瀬と互角の戦いをしていた。

 

 黒瀬は、アンブレラの兵士がF-ウィルスを注入しているのではないかと疑っていた。

 だが、今はそんなこと関係ない。奴らは敵であり、今すべきことは奴らを倒すことだった。

 

 黒瀬は、アサルトライフルを半回転させる。二人は銃剣を避けるように空中で体勢を変えて床に着地した。

 

 やるな! 黒瀬は敵を称賛しながらも手は緩めない。二人が着地した瞬間を狙って攻撃を仕掛ける。二人もそれを察知していたようで、バク転をすることによって銃剣を回避した。

 

「クソ!」

 

 奴ら、想像以上に出来る。黒瀬は苛立ちを覚えてきた。アサルトライフルを投げ棄て、右ストレートを兵士にぶちかます。両腕をクロスしてガードされるが、後ろによろめくほどの威力があった。一歩踏み込んで次は左ストレートを顔面に喰らわせようとする。よく見るとガスマスクの目にヒビが入っていた。誰かにやられたのだろうか。そんな疑問を振り払う。

 

 左ストレートがガスマスクのキャニスターに当たる直前、もう一人がカバーに入るようにナイフを黒瀬の左腕に振りかざしていた。

 

 それに気付いた黒瀬は左腕を引っ込める。兵士はナイフを空振ることなく、ピタリと止めて黒瀬の胸を突くように腕を伸ばした。黒瀬はバックキックを兵士のナイフを握っている拳に当てた。ナイフは兵士の手から離れ、天井に突き刺さる。近距離武器を無くしたのは黒瀬にとって好都合だった。がら空きの胴体にタックルを仕掛ける。兵士は少し呻いて背後の壁に背をぶつけた。

 

 この数秒の攻防で黒瀬の神経は擦りきれそうだった。頭をフル回転させ、コンマで判断し、コンマで身体を動かす。ほとんど反射のようなものだった。この反射はそう持たない。必ず限界があった。

 

 黒瀬は二人と攻防を繰り広げる。黒瀬は二人のコンビネーションに翻弄されてしまうが、大きなダメージは受けないよう、的確に防御する。それは敵も同じだった。

 

 黒瀬は攻防の中、気になっていたことがあった。それは、最初にナイフを投擲してきた兵士だった。その兵士は今もあの場から動かず、まるで黒瀬と兵士二人の戦いを観察しているかのようだった。気味が悪い。ガスマスクのせいで表情を読み取ることが出来ないが、何故かガスマスクの下で笑っていることが予想できた。

 

「うぜえ!!」

 

 黒瀬の苛立ちは頂点に達する。その瞬間、身体能力が爆発的に向上した。黒瀬自身はそれに気付いていない。

 今まで手こずっていた二人を一瞬で吹き飛ばし、奥の兵士に向かって勢いよく駆けた。その顔面に殴りかかろうとするが、予測されていたかのようにスルリと避けられ、背中を押される。黒瀬は身体のバランスを崩して派手にコケる。受け身を取って立ち上がるが、目の前には気味悪い兵士の顔があった。

 近くで見たら分かるが、女のように細い腕に脚だ。実際女なのかもしれない。

 

「こいつ!」

 

 胸ぐらを掴もうとするがまたもや予測していたのか、腕を掴まれて捻られる。黒瀬の身体は横転し、そこを狙うように腹を鋭い蹴りが襲った。威力は凄まじく床を滑るように転がる。すぐに立ち上がるが、床にはグレネードが転がっていた。

 

「なっ!?」 

 

 黒瀬は驚くが、顔を腕で守りながら後ろにジャンプした。そしてグレネードは爆発する。強烈な光と音を周りに撒き散らした。スタングレネードだった。黒瀬は視力や聴力が常人以上にある。それが命取りとなった。目が眩み、耳鳴りが発生する。何も見えず何も聞こえない。いつ襲われるかもわからない。黒瀬は腕を振ってせめてもの抵抗をする。しかし、敵はいつまでも襲ってこなかった。

 

 スタングレネードの効果が切れ始め、黒瀬はゆっくり目を開ける。そこには既に兵士はいなかった。三人とも数秒の間でどこかに消えていた。

 

「くそ!」 

 

 黒瀬は苛立ちを壁をぶつけるように殴る。コンクリートの壁には亀裂が入った。

 まんまと逃がしてしまった。それを許した自分が情けなかった。だが、何故敵は逃げたのか。あれほどのプロならばスタングレネードで怯んでいる内に殺すことも可能だったはずだ。

 

「うう……」

 

 黒瀬の耳に微かな呻き声が聞こえてくる。一旦、疑問を振り払い、ソフィアに駆け寄る。

 

 ソフィアは頭を抑え、ふらふらと立ち上がろうとしていが。

 

「大丈夫か、ソフィア!」

「……う、うん。スタングレネードなんて生まれて初めて喰らったよ」

 

 ソフィアには怪我はない。強烈な光と音のせいで頭痛が伴っているのだろう。

 

「俺も初めてだ。あいつら、相当手慣れていた」 

「ごめん、リョウ。アタシ何も出来なかった」

「いや、謝ることはない」

 

 逆にソフィアが戦闘に介入してこなくて良かった。奴らならソフィアを簡単に捻り潰せるだろう。

 

「あいつらには注意していくぞ。まだ施設内にいるかもしれないからな」

    

 

 

 

 




明日も投稿予定

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