バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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今回から11章で、二部終章です。
バイオハザード5とバイオハザードVの話です。


11章 “化物”の正体
63話 アフリカの大地


 煉瓦造りの綺麗な街には雨が降っていた。人通りが少なく、事件が起こったとしても誰も気づかない路地裏に女性は倒れていた。

 

 ──伝えないと。

 

 日本人の女性、フリージャーナリストである佐藤リコの脇腹からは大量の血が流れている。銃声をもかき消す雨はリコの血を流していく。

 

 助からない。リコは自分の命を悟っていた。だが、このまま死ねるわけもなかった。

 

 ポケットから携帯電話を出し、電話帳を見る。そこから黒瀬リョウの名前を探す。

 

 意識が薄れる。身体が強制的に痛みをシャットダウンしているおかげで痛みはないが、それでも出血は止まらない。もう眠ろうよと死神の囁きが聴こえてくる。

 

 ──まだよ。

 

 せめて眠るのは黒瀬に連絡をしてから。リコは必死に死神に抵抗する。

 

 敵は、本当の敵はすぐ近くにいた。前々からリコは怪しんではいたが、核心をつくことはできなかった。しかし、偶然見てしまったウイルスの取引でそれは確信へと変わった。

 

 黒瀬の電話番号を見つけ、発信する。彼は世界中で戦っているので応答してくれる可能性は少ない。

 

 リコの予想は当たっていて、黒瀬は電話に出ることはなかった。

 

 ──せめて留守番電話を残せば。

 

 リコは携帯に向かって話す。

 

「リョウくん……驚くと思うけどよく聞いて」

 

 リコの体力はもう持ちそうにない。

 

「敵はすぐ近くにいたの……あなたはよく知っている人よ。名前は────」 

「悪い人ね」

 

 リコの携帯電話は握っていた手ごと、何者かに踏み潰される。それでも痛みはなく、感覚などとっくになくなっていた。

 

 リコは意識を失いそうになりながらも、その人物に鋭い目付きを浴びせる。殺気と憎悪。今まで騙されていた。いや、一番かわいそうなのは黒瀬だ。彼が真実を知ればどうなってしまうのか。リコは想像がつかない。

 

 ──私はこのまま死ぬのね。

 

 連絡手段を断たれ、この死は無意味になる。

 

「死ぬのだからもう少し怯えればいいのに」

 

 その人物は銃を取り出し、真っ直ぐリコの頭へと向ける。

 

「怖いでしょ? 死にたくないでしょ?」

 

 薄気味悪く笑う。冷徹な目は狂気を表していた。

 

「リョウくんは……あなたのことを……好きだっ────」

 

 雨の街に銃声が響く。銃声は雨音に消され、誰も気づくことはない。

 ごめん。リコは黒瀬の力になれなかったことを薄れていく意識の中で詫びた。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 黒瀬リョウ、彼は今アフリカの上空にいた。

 

 ヘリのローター音が機内に響き、仮眠を取ろうにも音がうるさすぎて寝れない。仕方なく外を見つめる。外には荒野が広がっていた。日が暮れそうになっていたが関係ない。HQからの指令を達成するだけだ。

 

 HQから黒瀬に下された指令は、B.O.W.の商人であるリカルド・アーヴィングの逮捕。事前に伝えられている情報に寄れば、マジニと呼ばれるプラーガに寄生された人間がキジュジュ地区や周辺の街に『人間』として暮らしているらしい。

 

 クリス・レッドフィールド、シェバ・アローマと西部アフリカ支部のアルファチームがキジュジュ地区に乗り込んだが、突如本性を現し、襲い掛かった。マジニや正体不明のB.O.W.によってアルファチームと潜入していたエージェントが死亡した。

 

 クリスとシェバは現在、車に乗ってデルタチームとの合流を目指している。

 

 黒瀬は、二人とデルタチームと協力してアーヴィングを逮捕しなければならない。

 

「ん? ありゃなんだ?」 

 

 ヘリのパイロットが何かを見つける。

 

 それを聞いた黒瀬は再び荒野に目を戻すと、何人かの人が車から降りてヘリに向かって手を振っていた。

 

「車がエンストでもしたのか?」 

 

 黒瀬とヘリパイロットは、一秒でも早く現場に向かわなければいけないが、彼らはキジュジュ地区から逃れてきたプラーガに感染していない人間の可能性がある。

 

「あいつらの話を聞こう」

 

 もし検討違いだとしても、困っている人間を見過ごすことなど出来ない。検討違いならそれならそれで救援を呼べば良いだけだ。

 

 荒野に障害物などほとんどない。ヘリは着陸しようとする。

 

「あ?」 

 

 いつの間にか手を振っていた男はロケットランチャーをヘリに向けていた。

 

「避けッ──」

 

 パイロットに知らせようとするが時既に遅くロケット弾が放たれる。何も知らないパイロットは回避行動を取ることもなく、ヘリに直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うう……」

 

 頭が痛い。全身が重い。だが、意識はあった。

 

 歪んだ視界には、燃え盛るヘリが写っていた。どうやらヘリの外まで吹き飛ばされたらしい。

 

 二人の男が黒瀬に息があること気づき、斧を黒瀬の頭に降り下ろそうとする。

 

「ク……ッソ!」

 

 ボロボロの身体で黒瀬は横にローリングして回避した。すぐに立ち上がり、男二人を蹴り飛ばす。

 

 残りの男が黒瀬にボウガンを向けた。何の躊躇もなく矢は発射されるが、それをするりと避けて男の頭にナイフを投擲した。

 

 吹き飛ばされた二人はいつの間にか立ち上がっており、黒瀬を睨み付ける。

 

 男たちの口が大きく開いた。そこから肉色の塊が飛び出し、四方に広がって花弁の形になった。

 憎悪だけを抱いて、黒瀬に向かって全力ダッシュをする。

 その二人の腕を掴んで投げ飛ばした。

 

 プラーガは人間の脳を支配し、元の人間のように生活できる。人間の力を最大限に発揮出来るが、格闘センスのない一般人の脳を支配しても、センス自体は上下しない。

 

 訓練を受けた黒瀬からしてみれば、二人程度ぞうさもない。

 しかし、耐久力はあるようで致命傷を与えなければ何度でも立ち上がる。

 

 黒瀬は木刀を抜く。一回転して遠心力をつけた攻撃を二人の頭に喰らわせた。まるでトマトのように簡単に潰れ、木刀は血で染まる。血を払って納刀した。

 

 炎上するヘリを見つめる。パイロットは即死だった。黒瀬が生きているのは運が良かったからだ。

 

 ──またか。

 

 仲間をまた失った。この世界は良い人ほど早く死ぬ。ジルが死んで三年。これ以上仲間を失わないために努力してきたが、人間は脆くすぐ死んでしまう。

 

「クソ……!」

 

 怒りを抑える。今はHQへの報告が最優先だ。黒瀬は端末でHQに連絡を取ろうとするが、その手を止める。

 

 いくつものエンジン音が聞こえてくる。

 

 遠くからは五台のバイクが黒瀬一直線に猛スピードで接近していた。

 

「なに!?」

 

 全員の手に鎖のチェーンが握られていた。ライダーマジニは瞬く間に黒瀬を取り囲む。エンジンを鳴らし、黒瀬を威嚇した。

 

 ライダーマジニはチェーンを振り回す。

 

 ──速い!

 

 バイクのスピードに乗ったチェーンは黒瀬に襲い掛かる。攻撃範囲が広く、何度も避けられない。ついに黒瀬の胸へと当たり、吹き飛んでしまう。すぐに立ち上がろうとするが、マジニはそうはさせまいと黒瀬の背中をバイクで轢く。

 

「……やってくれたな!」 

 

 痛みを堪えながら瞬時に立つがそこに又もやチェーンが襲う。ジャンプして胴体への直撃は避けたが、チェーンは足に絡まってしまう。

 

 マジニはバイクのスピードを緩めることなく、黒瀬を引き摺る。時速百キロを越えるスピードで荒野を駆けていく。腰に着けていた手榴弾やナイフ、刀や木刀は引きずられている途中で外れてしまい、どうにもできない。

 

 ヘリからどんどん離れていってしまう。四体のライダーマジニは引きずられている黒瀬にチェーンを降り下ろす。黒瀬は急所である顔だけは守ろうと防ぐ。黒瀬の身体には容赦ない攻撃が続けられている。

 

「クソ!」

 

 こんなところで死ぬわけにはいかない。揺らぐ意識を覚醒させる。

 

 振りかざされたチェーンを掴んで、ライダーを転倒させた。チェーンを離すことなく円形に振り回す。黒瀬を囲んでいた三人の頭にヒットし次々に倒れていった。

 

 残りは引きずっているマジニだけだが、チェーンが届かない。黒瀬はチェーンを捨てて胸に着けていたナイフで足に絡まっているチェーンを切る。そのチェーンを離すことなく、黒瀬は立つ。軍靴がガリガリと削られるが、今さら軍靴程度どうでもいい。チェーンをたぐい、バイクへ少しずつ近づいていく。そしてすぐ後ろまで接近し、マジニのうなじにナイフを突き刺した。力なくマジニは倒れ、運転手を失ったバイクはバランスを崩して荒野を転がり爆発した。

 

 黒瀬もゴロゴロと転げるが途中で受け身を取ってアスリートのように立ち上がった。

 

「………………」

 

 移動手段を失い、武器も失ってしまった。対衝撃用ポーチに入れておいた端末は無事だった。

 

 黒瀬はボロボロになった防弾アーマーを脱ぎ捨てHQに連絡を取る。

 

「こちらリョウ。ヘリがマジニによって撃墜された。パイロットは死亡。俺は武器を失った。移動手段もない。代えのヘリを寄越してくれ」

『ヘリの増援はない。単独でキジュジュ地区へ向かえ』  

「なに!? 状況をわかってるのか? ここからキジュジュ地区までどんだけあると思ってるんだ!」

『もう一度言う。ヘリの増援はない』

 

 HQによる冷酷な判断が下された。武器もなしに百キロ以上もあるキジュジュ地区に迎えだと? 黒瀬は苛立ちで端末を投げ付けたくなるが、我慢して冷静さを保つ。

 

 これ以上HQに文句を言っても無駄だ。奴らは隊員のことを駒としか考えていない。

 

 黒瀬はキジュジュ地区のある方角を見た。

 

 既に日は暮れ、星と月が暗闇を照らしている。

 

「走るか……」 

 

 削れた軍靴を脱ぎ捨て、黒瀬は走り出す。長い長い一人マラソンが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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