スペンサー邸
ジル・バレンタイン。BSAAのオリジナルイレブンの一人。洋館事件の生存者であり、ラクーンシティの生存者でもある。ジルはBSAAを引っ張って行く頼れる存在だった。
そんな彼女が行方不明になった。
BSAAは長らく行方を眩ましていたアンブレラの総帥オズウェル・E・スペンサーの居場所を判明した。クリスとジルを派遣したが、そこに待ち構えていたのは、スペンサーを殺したアルバート・ウェスカーだった。クリス、ジルはウェスカーと戦ったが、クリスは追い詰められてしまい、それを庇ったジルはウェスカーと共に谷底に落下した。
現在、谷底や付近の川でジルの捜索活動が行われている。
「それで……僕らの目的はジルさんの捜索じゃなくてスペンサー邸に潜んでいるB.O.W.の排除?」
小室孝は残念そうに言った。
「まぁ、捜索の人数は足りてるしな。俺だってジルを探したいさ。でもスペンサー邸にはまだ世界に残っているアンブレラの研究所や重要な書類が眠っている可能性があるし……。捜索は他の奴らに任せよう」
黒瀬はスペンサー邸の玄関のドアを蹴って開け、中に侵入する。
「クリスさんによれば、道中に会ったB.O.W.は全て倒しているらしい。二人が行ってないところに行こう」
小室はHQから受け取っていた情報を確かめる。B.O.W.の名前は『ブロブ』。人形のB.O.W.で、頭にはフードを被っており、錨のような武器を持っているらしい。
「さっさと終わらせて、俺たちもジルの捜索に向かうか」
「……ああ!」
小室は元気に返事をした。彼もジルが心配なのだ。小室とジルはBSAAに入る前から仲だ。不安が積もっているのだろう。
黒瀬と小室は、暗い館を進んでいく。スペンサーのSPの死体がゴロゴロとそこら中に転がっている。ブロブがSPを侵入者と勘違いして殺したらしい。
「小室、来るぞ」
ガリガリと何かを引きずっている音が廊下の曲がり角から聞こえてくる。
小室はショットガンを構える。黒瀬は抜刀した。
『ウオオオ!』
B.O.W.が吠える。だが、その声は曲がり角からではなく、後ろからだった。振り返ると、情報通りの外見の化け物が、錨を降りおろして小室の頭を潰そうとしていた。
「小室!」
錨が小室の頭に直撃する寸前、黒瀬は刀で錨を食い止める。
──もたない!
錨の重量とブロブのパワーによって、刀に亀裂が入る。しかし、黒瀬は錨を剃らすことに成功した。錨はズドンと床にヒビを入れる。小室がこれを喰らっていたのなら即死だろう。
「伏せろ!」
小室の怒号。黒瀬が伏せると同時に、小室はショットガンを撃つ。散弾は真っ直ぐブロブの頭に命中し、吹き飛ばした。
『グオオオ!』
もう一体のブロブは、廊下を曲がり黒瀬に急接近し、重そうな錨を振り上げる。
黒瀬はもう一度刀で攻撃をそらそうとしたが、それをしては刀がもたない。
腕をクロスして錨を受け止めた。百キロ以上の重量が黒瀬にのし掛かる。
「小室、やれ!」
小室は銃口をブロブに近づけ、その頭を吹き飛ばした。ブロブは力なくその場に倒れた。
「大丈夫か!?」
「ああ。腕にヒビが入っただけだ」
「大丈夫じゃないじゃないか……」
ジョークを言える黒瀬を見て小室は安心した。
黒瀬はヒビの入った使えなくなった刀を納刀し、もう一本の予備の刀を抜く。
「油断しなければ大丈夫だ。注意して掛かろう」
それから二時間もせず、二人はスペンサー邸のB.O.W.を全て排除した。
「……これは?」
二人は、アンブレラの研究所などの手がかりがないか、スペンサーの自室を調べる。何かの書物が部屋を覆うように棚に入っている。
小室が見つけたのは本の中に挟まっていた一枚の写真だった。スペンサーと初老の日本人男性が写っていた。その写真を見て、本を見ている黒瀬の顔を見る。再び写真に視線を戻した。
その日本人男性は、黒瀬に酷似していた。親子のそれではなく、まるで歳の離れた兄弟のような……。
小室は黙ってその写真を胸ポケットに入れる。小室自身も理由はわからないがこれを黒瀬に見せてしまっては駄目なような気がした。
「何か見つけたか?」
粗方調べ終わったのか黒瀬は小室に近づく。
「い、いや、何も……」
「……本当か?」
黒瀬は怪しむような目で小室を見つめる。
「本当だよ、隠しても意味がないじゃないか!」
「……それもそうだな」
黒瀬は納得したかのように手を叩き、端末を取り出す。
「そろそろジルの捜索に行こう」
そう言って、本部に連絡を取る。
――本当にこれで良かったのか?
小室は自分のしたことを悔やむ。あの写真は黒瀬に関わっているものかもしれない。そもそも隠す必要があるのか? だが、あの写真を見せれば、黒瀬が壊れてしまうような気がした。
仲間の墓
寒空が続く冬、黒瀬はBSAAの墓地を訪れていた。
名誉ある死を遂げた身寄りのないBSAA隊員がこの墓地に眠っている。その一つに、黒瀬の親友……戦友とも呼べる人物も眠っている。
黒瀬はその墓石の前に立つ。いつもは服など気にしない彼だが、今日は整ったスーツ姿だった。
墓石には『ジル・バレンタイン』と書かれてあった。
スペンサー邸や崖下、付近の川も捜索されたが、結局ジルは見つからなかった。ウェスカーの姿も。
BSAAはジルを殉職と断定し、ここに墓が立てられた。ここにはジルの遺体すらない。
BSAAという組織に属していれば、いつか大切な仲間を失う。それは分かっていた。今までも任務中に何度も隊員が死んだ。だが、ジルの死は黒瀬やクリス、昔からの戦友に多大なダメージを与えた。
「ジル、今までごめんな」
黒瀬はジルに伝えたいことがたくさんあった。謝りたいことも、感謝の気持ちも。彼女が死んだ今それは言えない。本当の死人は動かない。ジルに至っては、姿形さえない。
黒瀬は花束を置く。そしてジル・バレンタインという素晴らしい人間に対して敬礼した。
黒瀬の頬に涙が流れる。久しぶりの涙だった。
強い風が吹いて捧げた花束の花弁が空を舞う。それを見た黒瀬はやるべきことを思い出す。
「ごめん、ジル、もういくよ」
世界の各地でバイオテロが起きている。黒瀬がこうしている今、狂信者のせいで大勢の人間が死んでいる。それを止めるためにも行かなくてはならない。
もう彼の頬には涙はなかった。