黒瀬は街を歩いていた。
イタリアの街。煉瓦の建物で囲まれ、まるで物語の中に入ったような雰囲気だ。
イタリアでの仕事が終わり、次の飛行機が来るまで時間潰しに街をぶらつくようだ。
「ん?」
黒瀬は、人混みの中に目立つ女性を見つけた。深紅の服を着ている。背格好、髪型といい、見覚えのある人物だった。
名前はエイダ・ウォン。2004年にロス・イルミナドス教団が引き起こした事件に、彼女は支配種のプラーガを奪取するために潜入していた。
黒瀬は彼女を追い掛ける。エイダは味方か敵かわからないが、少なくとも今すぐ敵対するような奴ではない。
エイダは路地裏に入る。黒瀬はそれを確認し路地裏に入るが、そこは壁で行き止まりになっていた。
──気づかれてたのか。
完璧に気配を消したと思っていたが、彼女の方が一枚上手だったらしい。
「あら、あなただったのね」
上からの声がする。上を見ると、エイダが屋根に座っていた。
「やっぱりエイダか」
「久しぶりね、クロセ・リョウ」
エイダは屋根から飛び降り、黒瀬の目の前まで歩く。
「私に何か用?」
エイダは笑っているような目で黒瀬に問う。
「そりゃあな。BSAAとしておまえをほっとくわけにもいかないしな。色々と暗躍しているみたいじゃないか」
彼女の活躍は黒瀬の耳にも届いていた。赤い服の女。それを聞いただけでエイダとわかる。ロス・イルミナドス教団の時もどうだが、あんなに目立つドレスで潜入する者など彼女くらいしかいまい。
「それが私のビジネスでね。表舞台は嫌いなの」
表舞台に立つのが嫌いなら、服も控えめにすればいい、と黒瀬は思う。
「で、まさかエイダがこの美しい街に買い物に来た……てわけじゃないよな?」
「私だって女よ? もちろん買い物に来た……て言いたいけどあなたの言う通り。別の目的」
「教えてくれないかな? どうもウィルス関係の仕事だと思うんだが」
黒瀬の耳に入ってくる彼女の噂は、ウィルスやB.O.W.が関係しているものがほとんどだ。
「当たりよ。……教えてあげてもいいけど、BSAAが手に終えるような仕事じゃないわ」
「なんだと?」
「大物政治家が関わっているの。BSAAでも干渉出来ないわ」
「そりゃ面白そうだ」
BSAAがいくら国連管轄の組織と言っても、動けるのには限度がある。今回のように大物政治家など国連にもダメージがあるものには、出動できない。
「BSAAが無理なら単独で動く」
「あら、悪い子ね」
「そうか?」
BSAAのHQは隊員を駒として扱う人間が多い。オブライエンがまだ代表をしていれば少しは変わっただろうか。ともかく黒瀬はHQを全面的に信用してはいなかった。
エイダの目的は、組織の裏切者を殺すこと。組織が何なのかは黒瀬には知るよしもないが、その裏切者は今やB.O.W.の商売人となっている。
「本当にこんなところであるのかよ……」
黒瀬が訪れたのは、有名なホテルだった。エイダによれば、このホテルの会場でB.O.W.のオークションが開催されるらしい。黒瀬の目的は売られるB.O.W.を殺すことだ。
「堂々とやってバレないとは……」
エイダの言った通り、大物政治家が関与しているせいだろう。警察もマスコミも、B.O.W.専門のBSAAでさえ簡単には手が出せない。
黒瀬はホテルに入り、会場へと向かう。エイダに高価そうなスーツを渡され、微妙な変装をさせられたが、黒瀬のことを知っている人物などここにはいないはずだ。
会場の入り口には黒服サングラスの雇われ警備員が堂々と銃を持って警護をしている。
「お客様、その機械へカードを差し込んでください」
会場に入るためには、招待状のカードが必要らしい。
黒瀬はエイダから事前に預かっていた。こんなものを手に入れるなど、エイダの手腕には驚かされる。カードを読み取り機に差し込む。
ピピピピピピピ! 機械が警報音を鳴らす。
「貴様、何者だ!」
SPたちの銃が一斉に向けられる。
「エイダのやつうぅぅぅ!!」
エイダから貰ったカードは偽物だったらしい。
黒瀬はその場から全力で逃げ出した。警備の人間はその場を離れ、黒瀬を追い掛ける。
「これで邪魔者は減ったわ。ありがとね」
どこかでエイダの声がした。
「くそ、エイダの奴。見つけたら逮捕してやる」
黒瀬はトイレの個室に倒した警備員を閉じ込め、服を頂く。会場に入れるカードも警備員から入手できた。
これで会場に入ることが出来る。それに警備の人間のほとんども黒瀬探索のためにホテルを彷徨くことになり、より侵入しやすくなる。結果オーライだろう。
黒瀬は扉の前に戻ってカードを使い、侵入する。
「おいおい、マジかよ」
パーティーが開催されるかのようにテーブルに豪華な食事が置いてあり、予想以上の人間がいた。そこにはテレビで見たことがある有名人も混じっている。
「……こいつら」
黒瀬はこの場にいる全員を刑務所にぶちこみたい気分だったが、深呼吸で怒りを抑える。
警察に通報することなら簡単だ。しかし大物政治家やこれほどの有名人がいれば、確実になかったことにされるだろう。
『レーディースアンドジェントルメン! ようこそ、B.O.W.オークションへ』
(言った! 普通にB.O.W.オークションって言った!)
スーツの男は客に向けて饒舌に話す。彼がエイダの目的の裏切者だろう。エイダがスーツの男を始末するとして、問題はB.O.W.だ。
スーツの男の指示によって、ハンターやリッカーなどの有名なB.O.W.からマイナーなB.O.W.まで小さな檻に入れられたまま運ばれてくる。
結構な数だ。数体ほどなら一瞬で殺して逃げればいいが、これほどの数となると時間が掛かる。十秒もすれば警備に囲まれてしまう。
そうこう考えている内にB.O.W.のオークションが始まってしまう。どうやらお金持ちたちはB.O.W.をペット用に買ったり、檻の中で人間と戦わせるために買ったりするらしい。
――どうすればいい?
手がなければ、B.O.W.特効毒ガスグレネードを使うしかないが、これは人間にも有毒だ。死にはしなくても五感のいずれかを失う可能性がある。この場にいる者全員がクズだが、問答無用で殺せば黒瀬はただのテロリストだ。
「もう始めるわ」
どこかでエイダの声が聞こえた。次の瞬間、男の額には矢が突き刺さっていた。
オークションの怒声が悲鳴へと変わる。エイダは煙幕を張り、その場から立ち去る。会場はパニックになった。
「やるしかないか!」
黒瀬はステージの近くにいる人間を吹っ飛ばして檻から離れさせ、グレネードを投げる。毒ガスを吸い込んだB.O.W.が死に絶えていく。
「ステージに誰かいるぞ!」
エイダが張った煙幕が消えかかろうとしていた。警備の人間がステージへと銃を向ける。
「クソ!」
黒瀬はステージから飛び降りて、近くのテーブルを盾に即席のバリケードを作る。そこに銃撃が浴びせられる。高級そうな分厚いテーブルは銃弾でゴリゴリ削られ、もう持ちそうにない。
「クソッタレ!」
悪態をついて黒瀬はテーブルから飛び出した。手にはテーブルから落ちたナイフをフォークが持たれている。黒瀬はそれを警備員の致命傷にならない部位へと投擲する。
「邪魔だああああ!」
行く手を阻む敵をばったばったと薙ぎ倒し、扉のまえに溜まっている客の間を縫って外に飛び出す。
「奴だ!」
ロビーの入り口には警備員が待ち構えていた。銃を向けているが、黒瀬は止まらない。近くのテーブルとソファーをフリスビーのように投げて、敵を倒し全力疾走でホテルを後にした。
「お疲れさま」
路地裏で休憩していると、屋根の上からエイダが現れる。
「おまえのせいで酷い目にあった」
「あら、でも結果オーライじゃない」
エイダはクスクスと笑う。黒瀬には彼女が何を考えているかわからない。そもそも彼女が敵なのか味方なのかもわからないのだ。
「なあ、エイダ。おまえは何でこんなことしてるんだ?」
「さあ? どうしてかしら」
エイダは惚ける。
「さて、私はハワイでバカンスでもするわ。追い掛けてこないでね」
「誰が追い掛けるか!」
本当につかみ所がない女だと黒瀬は思った。しかし、今回B.O.W.を始末できたのは彼女のおかげだ。
「ありがとな、エイダ」
「お礼を言われる筋合いはないわ。あなたを利用しただけよ」
エイダはそう言うと、フックショットで屋根に上がり、どこかに消えていった。
「便利そうだな、フックショット」
いつかは使ってみたいと思う黒瀬だった。