この話の時系列はまだジルが死亡認定されていないので、9章と10章の間です。
番外編3が終わったら二部最終章となります。
結婚式
今日、小室孝と毒島冴子の結婚式が日本で行われる。
黒瀬リョウは、十分前に結婚式会場に到着した。
「遅い!」
会場に入るや否や、高城の鉄拳が飛んでくる。
「間に合ったからいいだろ」
「普通はもっと前にくるわよ。アンタ以外全員来てるんだからね」
会場は黒瀬の見知った人物ばかりだった。
「ほとんどBSAAのメンバーじゃないか」
「そりゃBSAAで働いてるからね」
クリスやジルの姿もある。流石に関係の薄いレオンの姿はなかった。黒瀬はクリスのスーツ姿を見て吹き出しそうになるが、手で押さえる。
「失礼よ、アンタ」
「いや、クリスがスーツを着てるところなんて初めて見たからさ」
黒瀬は高城に案内され、席に座る。少し待つと、小室と冴子が登場した。和装に身を包まれた毒島冴子は誰もが美しいと思っただろう。小室は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「小室の奴、緊張してるな」
「結婚式なんだから緊張くらいするでしょ」
「そんなもんか」
一通りの儀式を済ませ、二人は誓いのキスを終わられた。
結婚式が終わった後は、披露宴が行われた。ほとんど見知った顔ざからか会場は賑わっている。
黒瀬は運ばれてきた料理に手をつける。久しぶりに戦闘糧食以外を食べ、舌が喜んだ。
同じテーブルには、高城、平野、彩、静香の姿があるが、宮本の姿はなかった。
「すまん、トイレに行ってくる」
黒瀬は席を立って会場を出る。宮本は簡単に見つかり、ロビーのソファーに座っていた。ボーと外を見つめている。
「あの場所にいたくないのか?」
黒瀬に気づいた宮本はゆっくりと視線を上げた。
「慰めにきたの?」
「心配しに来た」
宮本の強さはよく知っているが、心の強さはそうでもない。黒瀬は彼女が小室に恋愛感情を抱いていたのも知っているし、冴子に嫉妬していたのも知っている。
「バカよね、あたし。あの時から孝があの人のことを好きなのは知ってたのに……」
あの時……カントウ事件のことを言っているのだろう。黒瀬の目から見ても、小室の気持ちはあの時から既に冴子に傾いていた。
「でも、孝を諦めきれなくて、BSAAまで入って……それでも駄目だった」
宮本の目には涙が潤んでいた。今にも泣き出しそうなほどだ。
「辞めるか? BSAA」
宮本が言った通り、彼女は他人のために自分を犠牲にする性格ではない。小室目当てだ。黒瀬はとっくに気づいていた。
「いえ、辞めないわ」
宮本はすっと立ち上がった。袖で涙を拭う。
「もう戻れないの。この世界を知って普通の生活に戻ることなんて出来ない」
宮本の目は決意に満ちていた。
「安心したよ。宮本が辞めたらBSAAの戦力が半減するからな」
「あなたの頭の中ではあたしどれだけ強い設定なのよ……」
どうやら心配無用だったようだ。黒瀬は会場に戻ろうとする。
「黒瀬」
「ん?」
「ありがと」
「何もしてないよ」
平野コータは怯えていた。
小室と冴子の結婚式から半年後、釣られるようにして高城に告白し、そして今日結婚式が行われる。
平野は高城のウエディングドレス姿に見惚れる暇もない。純白のウエディングドレスを纏った高城沙耶と腕を組んでいるのは、平野の義父となる高城壮一郎。彼の重く鋭い目付きで今にも平野は気絶しそうだった。参列席からも彼の配下から殺気が飛んでくる。
高城にとっては最高の結婚式かもしれないが、平野にとっては最悪だ。緊張で出なかった小便が、ここで出そうだった。
高城親子はバージンロードをゆっくり、一歩ずつ進む。その一歩の度に壮一郎の眼力に潰されてしまいそうだ。
(あ、あれ?)
平野は参列席から殺気がしなくなったことに気づく。先程まで殺気立っていた壮一郎の配下が下を向いて怯えていた。配下の後ろの席に座っている黒瀬がニタニタと笑っている。そして口パクで言った。
「邪魔者は減らした。後はおまえ自身だ」
(ありがとう! 我が友よ)
残るは壮一郎のみ。一対一の勝負だ。残り五メートル。天変地異が起ころうかというほど平野の精神は揺れる。しかし、ここまで来たのならもう引き下がれない。彼は決意した。
残り三メートル。壮一郎が巨人に見えてくるほど平野は恐怖心を抱いているが、歯を食い縛る。
そして平野は勝利した。高城は平野の隣に並ぶ。
大きな試練をクリアした平野と、何故か汗がダラダラになっている平野に困惑している高城は神父の前で神に永遠の愛を誓う。
高城と平野の結婚式の二次会は高城の家の庭で行われることになった。
「久しぶりに戻ってきたな、巡ヶ丘市」
黒瀬たちはカントウ事件の後、巡ヶ丘市にある高城の家に住まわせてもらい、高校にも通っていた。黒瀬は世界中を飛び回っていたこともあり、二年ぶりほどだ。
「少しは休んでゆっくりしたらどうだ?」
小室は心配するように肩に手を置いた。
「そうしたいけど、俺が救えるはずの命を救わないなんて無理だ」
小室は黒瀬の人一倍ある正義感を理解しているつもりだが、それは自己犠牲とも呼べた。
「リョウちゃんはありすよりも他の人が大事なの?」
いつの間にかありすが隣にいた。
「いや、そういうわけじゃなくてね! ありすも大事だよ!?」
黒瀬はありすを相手にしどろもどろする。小室はその姿を見て笑ってしまう。
こんなに平和な日が続けばいいのにと思うほど、幸せを堪能できる日はない。