10章最終話です
「うおおおおお!!」
レオンは咆哮しながら、傭兵へと回し蹴りを喰らわせる。しかし、その攻撃は見切られていたかのように塞がれる。 傭兵は腰の鞘からコンバットナイフを抜き、くるりと回転させてレオンへと向ける。レオンもサバイバルナイフを抜いて、構える。
瞬間、二つの刃が交錯した。激しい攻防。互いのナイフがぶつかり合う度に火花を散らす。
傭兵たちがいくらウィルスで強化されたといっても、技術が変わるわけではない。レオンは何年も訓練を積み重ね、大統領直属のエージェントとなっている。自分の力に心酔している輩に負けるはずがない。
しかし、技術でカバーしているレオンと、パワー、スピードで勝っている傭兵とは戦い続けるには限界がある。少しずつではあるが、傭兵のナイフがレオンのジャケットを掠め取っていく。BSAAの四人に援護を頼みたいところだが、彼らも他の傭兵で手一杯だ。
「ツイてないな……」
レオンは、ナイフと蹴りで攻めるがまるで動きを読まれているかのように防がれる。奴は何年も戦地で戦ってきた傭兵。相手の動きくらい見切れるのだろう。
それならば────
レオンは一か八かの賭けに出る。失敗すればデメリットだらけだが、このまま戦っていても力負けになる。
レオンはナイフを上へと投げた。もちろん上には天井しかない。だが、傭兵は油断し目でナイフを追う。その瞬間を狙い、レオンは素早い回し蹴りを傭兵の胸へと叩き込んだ。それだけでは終わらず、落ちてくるナイフを掴み、相手がナイフを持っている腕を斬る。強化されていても痛みは感じるらしく、手からナイフを離してしまう。
武器を失った傭兵は最早敵ではない。タックルと蹴りの追い討ち、相手がぐらついたところで背中の方へと回り、腰に腕を回す。そして相手を抱えて、背中を倒れる寸前まで倒した。
鈍い音がした後に手を離し、素早く起き上がる。
傭兵もこれには堪えたのか、すっかり延びていた。
「一人でもこれか…」
レオンは額から流れる汗を拭いながら弱音を吐いてしまう。BSAAのおかげで敵は分断されたが、こんな奴がまだ待ち受けているとなると戦法を変えなければならない。
「…………」
ふと天井を見上げる。
リョウは今頃、屋上でグレッグと戦っているだろう。もし、リョウでも勝てない相手だったら……。
いや、余計な心配だ。今まで数々の化け物と戦ってきたが、リョウも、そしてレオンも勝ってきた。不屈の精神が有る限り、どんな敵でも倒してくれる。
レオンは敵の銃を拾い、構える。
レオンたちの使命は、グレッグ以外のテロリストどもを排除すること。グレッグは必ずリョウが倒してくれる。レオンは戦いに集中した。
「ゲホっ……」
黒瀬は吐血し、膝をつく。最早身体の限界がきていた。
黒瀬の回復力がいくら常人の何倍もあろうが、それをフルでいつまでも保てはしない。黒瀬の身体は擦り傷でさえ再生しなくなっていた。
「これが君の限界だ」
グレッグはナイフの血を拭き取り、銃に弾を装填する。
グレッグは想像以上の強さだった。
F-ウイルスを取り込んだ傭兵程度なら一撃で倒せるが、グレッグはそいつらの何倍も強い。どうやらF-ウイルスを何本も体内に打ち込んでいるようだ。
「F-ウイルス……どうやら打った量が多すぎたようだ。ウイルスが今にも私の身体を支配しようと暴れているよ」
それは、想像絶する痛みであろう。グレッグがそれを抑え込んでいるのも不屈の精神があるからこそだ。
――だから何だ?
黒瀬はボロボロになった身体を無理やり起き上がらせる。
全身の骨にヒビが入り、銃で撃たれたところからは血が止まらない。だが、黒瀬も不屈の精神を持っている。
「俺には限界なんてないね。今までもそうだった」
黒瀬は今まで、体格も違う、パワーも違う格上の化け物と死闘を繰り広げてきた。その戦いの中で黒瀬はしっかりと成長し、今ここにいる。
「最後の警告だ。グレッグ・リチャードソン、投降しろ」
黒瀬は刀の刃先をグレッグの心臓に向ける。
グレッグは許せない人間だが、聞きたいことが山ほどある。F-ウイルスやB.O.W.を売った組織や今回のバイオテロの目的などだ。
「バカを言うなよ」
グレッグは苦笑し銃口を黒瀬へと向ける。黒瀬はすかさず横に跳び跳ねるが、弾丸の追撃がくる。
黒瀬は致命傷になる弾だけ弾く。弾ききれなかった弾丸は黒瀬が着用している防弾チョッキに当たる。
「う……うッ」
骨にヒビが入る。傷の再生が遅いのでこれ以上の被弾は危険だが、そうも言ってはいられない。
黒瀬は少しでも距離を縮めるため、ナイフを投げる。グレッグは当然避けるが、その一瞬でも黒瀬にはチャンスだった。
「おおおおおおおおおお!!」
咆哮。力強く握り締めた刀の柄によりいっそうの力を込め、刃先をグレッグの腹目掛けて突き刺す。
グレッグは反応しきれず、顔が苦痛で歪む。だが、すぐに反撃の銃弾。黒瀬は刀を離し、避ける。
「ぐ、まだこの程度の力じゃ反応しきれないか……」
腹に突き刺さった刀を抜き、遠くへ投げ捨てる。その隙を黒瀬が逃がすはずもなく、グレッグの顔面に飛び膝蹴りを喰らわせる。
(まだだ……!)
膝をついたグレッグに追撃をかけようとする。しかし、黒瀬の身体は悲鳴を上げ、倒れこんでしまう。
「あれ……? 身体が……」
立ち上がろうとしても力が入らない。全身の痛みがどんどん激しくなる。身体に無理をさせ過ぎた。
「どうやら身体の限界がきたようだな」
グレッグは立ち上がり、腕に注射を打った。あれがF-ウイルスだろう。グレッグの腹の傷がみるみると治っていく。
「力というものは素晴らしい。お前もそう思うだろう?」
「……そうだな。俺にもっと力があればアンタをとっくに殺してる」
身体の傷が再生しない。このままでは奴に勝てない。
(くそ、意識が……)
あまりの痛みに勝手にシャットダウンしようとする。
(寝るわけのは……)
徐々に瞼が降りて行く。黒瀬でもそれを抑えられそうにはなかった。
「黒瀬リョウ、その程度か」
「…………」
「そういえば……君はアンブレラがなかったら普通の生活を送っていたと言うが、それはない」
(え?)
いきなり何を言ってるんだと言おうとするが、声が出ない。
「そろそろ来るか」
銃声が近くなってきた。BSAAとレオンが敵を倒しながら近付いてきてる証拠だ。
「まぁ、雑魚がきたところで何の役にも立たないからな」
グレッグは黒瀬の顔を見て、ニッコリと笑う。
「君の目の前で殺してやる、残酷にな。そしてアメリカ中の人間がゾンビになったところを見せつけ、絶望した君をじっくりといたぶって殺してやろう」
グレッグはレオンたちが来るだろう扉へと向かって行く
(俺は何をしてるんだ?)
混濁とした意識の中、黒瀬は疑問に思う。
他人のために戦って死ぬ。そんな人生を送りたかったわけじゃない。でもそれを選択したのは八年前のラクーンシティにいた黒瀬自身だった。
(自分で……決めたんだ)
「まだ……だ」
グレッグはそのか細い声を聞いて立ち止まる。
振り返ると、ぼろぼろの身体の黒瀬が立ち上がろうとしていた。
骨もあちこち折れていて肋骨の骨は肺に突き刺さっているだろう。動けるケガではないはずだ。
「なぜ立ち上がる?」
グレッグは素直な疑問をぶつけた。こんなにぼろぼろになって、ちょっと動くたびに激痛が全身を走っているはずだ。なのになぜ?
「お前を倒せなかったら……みんな死んでしまう」
みんなとは今このビルにいる黒瀬の仲間だけではないだろう。アメリカ国民もだ。
「自分の命に代えてでも救いたいのか?」
「……ああ」
この言葉に嘘はない。だが、黒瀬のこの信念は────
グレッグは悲しくなった。可哀想、哀れだと。何も知らない。もしかしたら知ることもなく死ぬのかもしれない。
「お前がまだ戦うというのなら私も全力で答えよう」
とはいっても全力を出す前に黒瀬は力尽きてしまうだろうが。
グレッグはそう思った。黒瀬の今の身体じゃ歩けるかどうかも怪しい。
「は?」
グレッグの顔の十センチメートル先には、拳があった。血で汚れているが、力強く握られている拳が。
グレッグは考える間も無く、その力強い右ストレートを鼻っ柱からまともに喰らう。グニャリと視界が揺らぎ、たくましい身体は後方へと吹っ飛んで壁に激突した。
鼻から血がドバドバと溢れでる。鼻骨が折れたか。
「……なぜ……そんな力が出せる?」
鼻を押さえながらグレッグは立つ。黒瀬は答えない。しかし、その答えは既に知らされていた。
(まさかここまでの力を発揮するものなのか!)
黒瀬の傷は超スピードで回復している様子だった。それにパワーも先程より数段上がっている。
「俺は、お前が憎いよ」
黒瀬が口を開く。
「お前のせいで何百人、何千人もの未来ある一般人が死んで、そしてt-ウイルスをアメリカ中に撒くだと?」
黒瀬の言葉はどす黒く変化していた。
「絶対に許されない。絶対に許さない。俺がいる限りこれ以上被害は出させない」
黒瀬は再び力強く拳を握り締めた。
(これが『R』の力……。確かにこれほどの力があれば、奴の計画も上手くいくかもしれない)
グレッグは今の状態の黒瀬には勝てないことを悟っていた。だが、逃げる気はない。
「こい。私を殺せなければ大量の人間が死ぬぞ」
人生でこれほど悦ばしいことはない。
「……負けたか」
グレッグは倒れ、星空を見上げていた。
黒瀬は傷を抑える。先程まではこのくらいすぐに再生していたが、流石に再生力は落ちていた。
グレッグは重傷だが、F-ウイルスを体内に宿している。死にはしないだろう。
「グレッグ、お前を逮捕させてもらう」
黒瀬は拘束用の手錠を取り出し、グレッグに近付く。
「ふふ、任務は完了した」
「なに!?」
グレッグの突然の発言に驚く。ウイルス散布装置を見るが、作動していない。
「大丈夫だ。誰も死にはしない。今のところはな……」
黒瀬はグレッグが何のことを言っているのかさっぱりわからない。
「リョウ、大丈夫か!?」
扉を蹴って、屋上にレオンとパーカーが突入する。
「ああ、グレッグも倒した。他のメンバーは?」
「傭兵を片付けて拘束されている従業員たちを解放している」
良かった。あの三人は無事のようだ。
「それで……こいつか。今回のバイオテロの主犯は……」
レオンはグレッグに銃口を向ける。
「仲間が……死んだか。最期に良い戦いが出来て良かったな」
グレッグは虚ろ目で呟いている。死んだ仲間に語りかけているのだろう。何年間も付き合ってきた仲間だ。こんな奴でも良い信頼関係を築いていたはずだ。
「黒瀬リョウ、最後に良いことを教えてやろう」
「最後……? お前は取調室でたくさん吐いてもらう予定だが」
「敵は……すぐ近くにいるぞ。誰も信頼しない方がいい」
「何言ってんだ?」
敵はすぐに近くにいる。それはグレッグのことではなく、仲間のことを言っているのだろう。
「あ、ぐあ!? あがああああ!!」
グレッグはいきなりうめきだす。身体から太い血管が浮かび上がり、手足ばたつかせる。
「どうした!?」
黒瀬はグレッグに触れようとするが、凄まじい力で振り払われた。
「F-ウイルスが……暴走しているッ……!」
グレッグの筋肉はみるみる膨張する。大量に打ったウイルスが弱ったグレッグの身体を支配しようとしてるのだ。
「正気を保て! まだ聞きたいことが山ほどあるんだ!」
B.O.W.やF-ウイルスの入手方、今回のテロの目的。何一つ解決していない。
「アア……コれガ、ウイルスのチカラ……。スばらシイ」
もう黒瀬の言葉は届いていない。グレッグの身体は巨大化しその姿はタイラントの二倍はある。もう人間とは呼べない。
「リョウ、もう手遅れだ。俺たちで片付けるぞ」
パーカーとレオンは銃を構える。
「……そうだな」
黒瀬は武器を拾う。
「じゃあな、グレッグ」
――ウイルスの恐ろしさ。理解できたか?
グレッグの人生は悲しい結末だった。
「朝日か……」
これほどの戦いが起きても太陽は昇る。たくさんの人間が死んだが、もう街には誰の叫び声も響いてなかった。増援にきたBSAAと米軍のおかげで街中のB.O.W.は駆除できただろう。
屋上からの景色は綺麗だった。あんな戦いの後だというのに……
「なぁ、レオン。俺たちはいつまで戦えばいいんだ?」
アンブレラの名は、一生歴史に刻まれる。最悪の世界を築いた張本人。終わりのない戦い。
「さあな。死ぬまでかもしれない。だけどお前はそんなことでは止まらないだろう?」
「ああ。ウイルスを根絶する。悪用するやつもだ。この人生を選択したのは俺自身だから……」
――望んでいた未来じゃなくたとしても、希望のない未来だとしても俺は戦う。
「リョウさん、お別れですね」
黒瀬が出発する空港に、出迎えてくれたBSAAの四人が見送りにきていた。
ラング、シャリア、レイアン、ケンドは今回の事件で立派に成長した。
「クロセ・リョウ……すまない」
ケンドはいきなり頭を下げた。
「俺は何も知らないのに、勝手にバカにして。そして俺は逃げたんだ。何も出来なかった……」
「いや、お前の言う通りだったよ。銃が使えなければ俺は弱いままさ。今回も手こずったしな。いつか仲間を失うかもしれない。それに比べてお前はよくやったよ」
ビリーとレベッカの話によれば、タイラントとの戦いのときに助けられたらしい。ビリーは入院中だが。
「お前は自分で選択したんだ。逃げるんじゃなくて戦う道を……」
この四人は強い。身体ともに。
「さて、俺は行くよ。新しい任務がある」
これまでもこれからも黒瀬の生活は変わらない。バイオテロが起こる限り、世界中を飛び続ける。
黒瀬はエレベーターへと歩く。その途中で、BSAAの携帯端末に連絡が入る。クリスからだった。
クリスは別の任務で基地を留守にしていると聞いているが……。
「どうした、クリス?」
「……すまない、ジルが……」
「え?」
本当の地獄の始まりはここからだった。
次回は9章再開です。
9章の後は最期の番外編となります。