「クソ、数が減らないな」
ビリーとその部隊は、レベッカと合流するために街を走る。だが、BSAAの使命はB.O.W.の殲滅。目に写るB.O.W.を排除しながらなので、進行ペースは遅い。
既に体力も限界を迎えていた。
「レベッカ、今どこにいる?」
『近くの銀行に立て籠ってるわ』
もうそろそろで到着する。警察や消防隊も力を合わせて戦っている。殲滅までそう時間は掛からないだろう。
『ああ、嘘……!』
レベッカの怯えた声。その後ろからは一緒に立て籠っているらしい男女の叫び声が聞こえてくる。
「レベッカ、どうした!?」
返答はない。何かがあったのは確実だ。
銀行が見えてくる。ビリーは先行し中へ突入した。
「あいつは……!」
ビリーの目の前には、大男の後ろ姿があった。右腕が爪のようになっている。大男が歩く先にはレベッカと他に避難している一般人の姿。
その大男の姿には見覚えがあった。
ビリーは大男の注意を惹き付けるために数発背中に撃ち込む。
大男が振り向く。皮膚はボロボロに腐敗しており、心臓が露出している。
間違いない。ビリーは確信する。大男の正体はプロトタイラントだ。
1998年、アークレイ山地にあるアンブレラの幹部養成所でレベッカと共に戦い、倒した敵。
「まだ在庫があったとはな!」
タイラントは、攻撃目標をレベッカからビリーへと変え、歩き出す。そしてその歩幅はどんどん素早くなっていった。
ビリーは銀行から出る。ちょうど追い付いた部隊と合流した。
「敵はタイラントだ! これから排除する!」
隊員は疲労しているが、ここでタイラントを抑えなければ、もっと被害者が出てしまう。
「ショットガンで足を止めろ!」
ビリーの指示でショットガンを持った三人が、タイラントの足を撃つ。タイラントは膝をついた。
「一気に仕留めるぞ!」
ビリーを含めた九人が一斉に銃を掃射する。タイラントは巨大な腕と爪で急所を守る。だが、いくら強靭であろうとこれほどの弾を喰らえば、ただではすまない。
『ウゴォォォオオオ!!』
タイラントが叫ぶ。その叫びに隊員の数名が怯み、銃撃が止んでしまう。
「く、バカ!」
マズイ。ビリーは直感的にそう思った。B.O.W.には一瞬の隙も命取りになる。そしてそれは現実へと変わる。
タイラントは一瞬の隙を使い、一気に距離を詰める。気づいた時にはもう遅かった。その長い右腕の爪で隊員の一人の胸を貫いた。
「ぐ、ああああああ!?」
悲痛な叫び声をあげる。貫かれた隊員は片手に持っているアサルトライフルを乱射した。もちろんそれでタイラントに当たることはなく、被害は仲間に及ぶ。隊員は腕を振り回しながら撃つせいで、仲間へ銃弾が飛ぶ。
一人の頭を貫き、もう一人の肩へと命中した。
「しゃがめ!」
隊員は直ぐ様伏せるが、間に合わなかった一人の足が撃たれる。
胸を貫かれた隊員はタイラントに投げ捨てられ、地面に血溜まりを作る。
「うわあああああ!」
足を負傷した隊員にタイラントが近づく。片手で後ろに下がりながらハンドガンで応戦するが、巨大な足で頭を潰されてしまう。
「く!」
ビリーは脳をフル回転にして考える。どうすれば倒せる!?
隊員はこの数十秒の間で九人から五人へと減ってしまった。しかも、ビリーを除いた四人は、今の光景を見て戦意を喪失していた。
「しっかりしろ! 殺されるぞ!」
ビリーは立ち上がり、タイラントの背中に撃つ。
カチン、カチン。その音はビリーを絶望へと追いやった。──弾切れだ。
予備のマガジンはここに来るまでの戦いで使い果たしてしまった。残る武器はハンドガンと手榴弾、ナイフだけになっていた。
「…………!」
ビリーはちらりと右を見た。死んだ隊員の銃、そしてマガジン。それを使えばまだ戦える。しかし、敵はそんな隙を与えてくれそうにない。そんなことすれば先程の隊員と同じで胸を貫かれるだろう。
「死にやがれぇぇぇ!! 化けもんがぁぁぁぁ!!」
狂乱状態と化した隊員の一人がタイラントへ怒りの銃弾を浴びせる。そのおかげでヘイトはビリーからその隊員へと移る。だが、その状態の隊員をほっとくわけにはいかない
「よせ! 正気に戻れ!」
ビリーは隊員の銃を下げようとするが、目の前で次々と仲間が死んでしまった人間の正気を取り戻すのは簡単ではない。
ビリーと隊員に巨体が迫る。タックルの構えだった。ビリーは隊員を押して避けさせようとするが、時すでに遅い。二人は巨人のタックルを完全に喰らってしまう。
「ぐぅ!」
脳へ直接衝撃が響く。まるで全身の骨が砕けたような感触と浮遊感。二人は吹き飛ばされる。
ビリーは地面にゴロゴロと転がり、もう一人は電柱に頭を打ち付ける。電柱には男の頭から出た血が付いていた。
ビリーは立ち上がろうとするが、さっきの衝撃で身体が動かない。視界が揺らぐ。
(こんなところで眠るわけには──!)
失いそうな意識を気合いで持たせようとするが、身体はそれを逆らおうとする。しかしビリーも簡単に気絶するわけにはいかなかった。
レベッカがいる。
もし、ここでビリーが死んでしまったら、タイラントはレベッカの元へ向かうだろう。それだけは避けなくてはいけない。彼女はまだ生きていなくてはいけない存在だ。
「うわぁぁぁぁ!」
残っていた隊員もタイラントにねじ伏せられていく。
──すまない。
ビリーは、彼だけを残し、死んでいった隊員に心の底から謝る。自分の力不足だ。
今まで何度も仲間を失ってきたが、仲間が死ぬのはなかった一向に慣れない。いや、慣れてはいけない。
これ以上仲間を失いたくないと願って、何人死んだだろうか。職業柄仕方ないのかもしれないが、目の前で死んでしまうのは明らかに自分の責任だ。
撤退も可能だった。しかし、ビリーはレベッカに気を取られ過ぎていた。疲労した隊員をタイラントと戦わせるなど無謀な行為だったのかもしれない。
ビリーは薄れていく意識の中、後悔だけが積もる。ズシンズシンと重たい足音がビリーへと近づく。
タイラントだ。
ビリーは最早戦意を喪失していた。もう戦えない。彼の身体もそう言っている。足音がビリーの前で止まる。タイラントは、その大きな右腕の爪を振り上げた。
────ダメか。
こんなことになるならレベッカに言っておけば良かった。
諦めかけたその時、二発の銃声が轟いた。その二発はタイラントの背中に命中するが、特に大したダメージもない。だが、腕を降り下ろすことなくタイラントは振り返る。
そこには女がいた。レベッカ・チェンバース。彼女はビリーを救うために自分の命を投げ出そうとしてまで、撃ったのだ。
レベッカのその行為はタイラントの標的を変えることに成功した。ビリーの元を離れ、レベッカへと歩を進める。
「……レベッカ」
ビリーの目にはうっすらと彼女が見える。
「レベッカァァァァ!」
失いかけた戦意も意識もそれだけで元に戻る。
彼女だけは死なせるわけにはいかない。その心が彼を呼び戻した。
ビリーは本来動くはずのない足と手に力を入れる。ゆっくりと彼は立ち上がる。
「うおおおおおお!!」
彼には走れる力などなかった。倒れるようにタイラントとの距離を縮める。その間に出したのはナイフ。そのナイフを倒れながらタイラントの右足の腱に突き刺した。
──まだだ。
この程度ではタイラントはびくともしない。ビリーはホルスターからハンドガンを抜き、タイラントの左足へと全弾撃つ。それでやっとタイラントが膝をついた。
「ビリー!」
レベッカが叫ぶ。とても痛々しい声だ。
──すまないレベッカ。
ビリーは腰から最後の手榴弾を取り出した。タイラントから離れる余裕はない。
ビリーは手榴弾のピンを抜く。自爆する覚悟だった。これで奴が倒せるのなら――
『うおおおおおおお!!』
無線に誰かの雄叫びが流れる。それと同時に車のエンジン音。ビリーは音の方向を見ると、車がタイラントとビリーの方に突っ込んできていた。
その車はビリーすれすれを通り、タイラントへと衝突する。それでも運転手はアクセルを緩めず、加速させる。そして車はタイラントごとビルの壁へと衝突した。
運転手は車のドアを開け、外へと飛び出る。運転手はBSAAの服を着ていた。その男は、確か黒瀬たちと行動を共にしているはずのケンドという隊員だ。
「早くその手榴弾を!」
ケンドがビリーに叫ぶ。
タイラントはあれほどの攻撃を喰らっても尚、生きている。しかも、車を退かそうと押し上げる。車は煙を揚げており、壊れた箇所からオイルが漏れていた。
これを見てビリーがやることはひとつだった。
「うおおおおお!!」
ビリーは最後の力を振り絞り手に持っていた手榴弾をタイラントと車へと投げる。その手榴弾は車の下へと潜り込む。
「伏せろ!」
ドォォォン!!
爆発した手榴弾は、車のオイルへと引火し、車ごと大爆発を起こす。そして壁と車に挟まれていたタイラントは、その大爆発でバラバラに吹き飛ぶ。
「最高だぜ……」
彼女を救えた。
酷い耳鳴りと共に、ビリーの意識は途切れていった。