「リョウ、大丈夫?」
BSAA北米支部の研究所の休憩室に、レベッカ・チェンバースが現れた。白衣を着ている彼女を見るのは久しぶりだった。
「ああ、大丈夫だ。怪我は……治ったよ」
ほぼ擦り傷や切り傷だったが、その傷は跡形もなく無くなっている。
「それで? 傭兵の身体を調べたんだろ? 何かわかったか?」
黒瀬やBSAAの四人が倒した傭兵は、全員自殺していた。拳銃を頭に突き付けて。グレッグ率いる傭兵部隊の決まりなのだろうか。どちらにせよ、傭兵の口からは情報は聞き出せない。だから、身体を調べることにした。あの超人的な力を誇る身体に。
「t-ウィルスの反応が出た」
ルイス・セラが現れた。その手には三本の缶コーヒーが握られている。それを黒瀬とレベッカに渡し、ソファーへと座った。
「詳しく言えば、t-ウィルスだったものだ。何らかの改良がされている。そうでないと、あの傭兵部隊は全員ゾンビになってるからな」
「人間の力を極限まで上げるウィルスか……」
アリスの姿が頭の中に浮かぶ。彼女はt-ウィルスを身体に何度も投与され、スーパーパワーを得た。だが、そうできたのは彼女が特別だったからだ。普通なら死んでいるか、化け物になっている。
「ともかく、敵は研究所から奪ったt-ウィルスと、敵全員が超人的な力を持っていることには代わりはない。何らかの対処をしないと……」
「でも警備を強化していた研究所までやられちまったんだ。米軍に、装甲車と戦闘ヘリ、兵士百人くらいで守らせないと今回と同じになってしまう」
それでも足りないかもしれない。奴らは銃弾を避けるほどの反射神経だ。格闘能力も射撃能力も判断力も元々高いのだろう。それが何倍にもなっている。
一体どうすれば奴らを防げる? 黒瀬は考える。アリスがいれば少しは変わったかもしれないが、彼女とは連絡が取れないままだ。しかも、北米支部には今、クリスもジルもいない。戦力はがた落ちだ。
「ビリーが来ているわ。それに本部からパーカーていう人も」
「それはありがたいな」
ビリーとパーカーなら、多少は戦力増強になる。それにオリジナルイレブンが二人もいれば、BSAAの士気があがりはするだろう。
シカゴのとある酒場
グレッグは、仲間を失った。何年も共に戦ってきた仲間を六人も。
彼らは捕まるくらいなら、死を選ぶだろう。それはグレッグも他の仲間も同じだ。今まで銃を握り、人を撃ってきた。それが出来なくなるのなら、死んだのと同じだ。
グレッグたちは撃つことに喜びを覚えていたし、撃たれることにも喜びを感じていた。撃ち、撃たれる、それが戦いだ。戦って死ぬのなら本望だ。死んだ五人も、最期に優秀な奴らと戦えてさぞ喜んだことだろう。
この傭兵部隊には、誰も戦いたくないなど思っている人物はいない。銃で生きてきた彼らだからこそ、これからも銃で生き、銃で死んでいくのだろう。
六人が死んでも作戦の変更はない。
「おまえら! 今日は人生最高の前夜祭にしよう!」
『うおおおおおお!!』
仲間は酒を飲み、食いたい物を食う。
グレッグも上等な酒を一口飲んだ。
今日の正子、作戦は開始される。BSAAは必ず来る。黒瀬涼もだ。
ノートパソコンを見る。
今回の依頼内容が書かれてある。依頼主はジョン・スミス。何とも胡散臭いが、五千万ドルとヘリ、大量のB.OW.を送りつけるほど、金持ちらしい。
仲間は楽しんでいる。彼らも悟っているのだろう、誰も生き残らないことを。
夜、シカゴにある黒瀬たちは酒場へと向かっていた。
酒場の店員から、密かに通報があったのだ。屈強な身体をした男たちが、酒場で騒いでいると。もしかしたら、あの傭兵部隊かもしれない。警察が先に向かったが、既にいなくなっていたらしい。
黒瀬たちも酒場に到着し、中に入る。
「何かあったか?」
近くにいた警官に聞いた。
「ノートパソコンが一つ。それと無針注射器が一本です。ノートパソコンのデータはほとんど消去されています」
「見せてくれ」
別の警官が、そのノートパソコンと空の無針注射器を机の上に置いた。
黒瀬とレベッカは、中身を確認する。
無針注射器には、F-ウィルスと書かれてあった。
「F-ウィルス? 何の略だ?」
「Forceじゃないかしら? 彼らの力の源はこのF-ウィルスかもしれないわ」
レベッカとルイスは、死んだ傭兵の体からt-ウィルスだったものが検出されたと言っていた。
「t-ウィルスの強化系か。知能はそのままにして、身体能力だけを上げる」
本当なら、人類を進化に導ける代物でもある。
『リョウさん! 外が!』
無線機からシャリアが呼び掛ける。
外から男の叫び声と銃声が轟いた。そして、何かが窓を突き破り、侵入してきた。
犬だ。いや、もう犬ではない。眼は白濁し、口から涎を滴ながら唸っている。体のあちこちが欠けていたが、犬はそれを気にする様子もない。
間違いない、B.O.W.のケルベロスだ。
「うわあああああ!」
黒瀬にノートパソコンを渡した警官が、銃を抜いて撃とうとする。だが、その前にケルベロスは警官に飛び掛かって喉を食いちぎった。
外からはまだ銃声が続いている。
『リョウ、レベッカ、聞こえているか!? シカゴ市内でバイオテロだ! B.O.W.が解き放たれてやがる!』
ビリーの声だ。ビリーも応援で北米支部に駆けつけている。
「BSAAの部隊を出動させろ! B.O.W.の殲滅をするんだ」
言い終わると同時に、ケルベロスが黒瀬に飛び掛かる。だが、黒瀬は慣れたように足で叩き落とした。レベッカは死んだ警官から拝借した銃でケルベロスを撃ち殺した。
こんな偶然があるはずがない。B.O.W.を解き放ったのは間違いなく、グレッグたちだ。
「レベッカは避難してくれ、俺は街に向かわないと」
「まだよ。このパソコンを調べてからよ」
考えている時間はない。
「わかった、着いてきてくれ」
外に出ると、警官とシャリアたちがB.O.W.と戦っていた。レベッカは手際良くB.O.W.を倒す。
「腕は鈍っていないようだな」
「ええ、トレーニングは欠かさないようにしているわ」
動きはあの頃とちっとも変わっていない。
「シャリア、運転を頼む」
警官と協力し、近くのB.O.W.を殲滅した。
黒瀬たちは車に乗り込み、市の中心部へと向かう。そこが一番ひどい状況だろう。
「クソ、今日で俺は死ぬのか……?」
ケンドはハンヴィーの窓ガラスを叩く。
「それはお前次第だ。そう思ってるんなら死ぬさ」
それしか言えない。黒瀬も今まで何度もそう思った。だが、それは違うだろうと、生きなければならないと、決して心は折れなかった。
隣でレイアンは震えていた。シャリアもラングもだろう。初めての事態で誰もが恐怖している。この場で何も恐れていない者はいない。今まで何度もB.O.W.と戦ってきた黒瀬もレベッカも同じだ。
街に着く。ひどいありさまだった。B.O.W.から逃げ惑う人々。B.O.W.と応戦する警察官。地面には放置された車や、人間、B.O.W.の死体が転がっている。
「出るぞ!」
黒瀬たちは車から飛び降りた。シャリアたちは近くにいるB.O.W.を撃ち倒していく。
「これを使ってください」
レイアンとラングが黒瀬にナイフを渡す。いや、正しくはナイフではない。アサルトライフルの先端に付ける
「すまない」
黒瀬はバヨネットを受け取り、一本は腰に収めた。
「レベッカはどうする?」
「私はここでパソコンを調べるわ。何かわかったら連絡するから回線は開けておいて」
「わかった。ビリーの隊をこの付近に展開させるから、何かあったらビリーに言うんだ」
黒瀬はそう言って、敵と戦い始めた。
「折角の休暇が台無しだな……」
シカゴのとあるホテルの一室で、銃を握る男がいた。
レオン・S・ケネディ、大統領直属のエージェント。彼は数少ない休暇で、シカゴを訪れていた。
ふと窓から外を見ると、地獄が広がっていた。
どうやらツイていないようだ。レオンはため息をつき、机に置いてある銃を握る。
「……泣けるぜ」
休暇中でもB.O.W.と戦うことになるとは。ホテルに籠ることも可能だが、レオンは生憎そういう性格ではない。
ドアを開け、廊下を確認する。敵はいない。
レオンは一気にエレベーターまで向かった。
BSAA欧州本部に所属しているパーカー・ルチアーニは、ヘリでシカゴへと向かっていた。
「全く、どこもかしこもバイオテロか……」
この世界は少しの平穏もないのか? パーカーはそう思う。戦っても戦っても、次から次へと狂った連中が現れ、バイオテロを起こす。最早この世界に平穏は訪れないのかもしれない。
「パーカーさん、そろそろシカゴです」
パイロットが言った。
シカゴが見えてくる。そこらで火事が起きており、黒煙が上がっていた。
「街の中心部で降ろしてくれ」
パーカーはリュックを背負う。リュックの中には、黒瀬涼の装備が一式入っている。これを黒瀬に届けなければならない。
街に入る。
酷い状況だ。BSAA北米支部の全部隊がまだ到着していないらしく、警察官と州兵が奮闘していた。だが、対B.O.W.の訓練を受けていない彼らは、やられていく一方だった。
「B.O.W.が多いな。今回のテロリストは規模が違うようだ」
そう言った次の瞬間、パーカーに血が降り注いだ。
「なに?」
先ほどまでヘリを操縦していたパイロットの首が肉片へと変わっていた。フロントガラスが割れている。何者かに狙撃された。
機体が揺らぐ。パイロットの頭をぶち抜いた弾が、当たってはいけないところに当たってしまったようだ。
「クソ!」
パーカーはドアを開ける。ヘリの外部は炎を上げていた。墜落する。もしかしたら、墜落する前に爆発するかもしれない。
ヘリはビルの屋上をすれすれで通過していた。これなら一か八か。
「今日の酒は上手くなりそうだな」
パーカーはヘリから飛び降りた。