バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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9章最終話です


55話 利用

「なんでお前らまで乗ってんだ?」

 

 ヘリには静香、彩、ルイスが乗っていた。

 

「私たちも行くのよ」

「危険だ。やめとけ」  

「クレアは私の、私たちの友達よ? ほっとけないわ」

 

 彩の目は本気だった。静香もそうだろう。

 

「リョウくん、危険だってことはわかってるわ。お願い」

 

 頼まれると断れない。黒瀬は自分をつくづく甘いなと思った。

 

「ルイスは?」

「俺もクレアちゃんを助けたい。あんな美人を逃すなんて惜しいぜ!」

「死んでもしらんぞ」

 

 二人の覚悟はある。ルイスは不純だが、戦力になるかもしれない。

 

「マイク、出してくれ。急げよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィルファーマ社の駐車場に到着し、ヘリは着陸する。

 

「俺はヘリでお留守番だ。四人とも無事でな」

 

 マイクを残し、四人はウィルファーマ社に入る。

 暗い。非常用電源がついている。

 四人はロビーにある地図を見る。

 

「二手に分かれるか?」

「そうだな。ルイス、これを」 

 

 黒瀬はホルスターからハンドガンを取り出す。

 

「いや、大丈夫だ。俺にはこれがある」

 

 ルイスは胸からレッド9を取り出した。

 

「じゃあこれは彩に」

 

 彩にハンドガンとナイフを渡す。

 

「チームは?」 

「俺と先生、ルイスと彩だ。危険だと判断したらすぐに逃げろよ」

「了解」

 

 黒瀬と静香は左側の通路を進む。

 

「リョウくん、彩ちゃんをあの人に任せて良かったの?」

 

 静香は心配そうな顔で黒瀬を見つめる。無理もない。今日あった男に友達の命を託したのだ。

 

「ルイスはあんな性格だが頼りになる奴だ。心配ない」

 

 言葉ではそう言うが、黒瀬は彩を心配していた。十年来の付き合いだ。本当は側で守ってあげたいが、この状況で二人の女性を守れるとも限らない。黒瀬は彩と組む選択肢もあったが、静香はルイスには手がかかる。ルイスを信じるしかない。

 

「誰もいないわね……」

 

 静香は辺りを見渡す。人の姿はない。

 

「いや、いないわけじゃないな」

 

 至るところから唸り声やグチャグチャという湿った音が聞こえてくる。その音を黒瀬は何度も聞いたことがあった。どうやらカーティスはt-ウイルスを研究所内に散布させたようだ。

 

「先生、奴らがいます」

 

 静香にしゃがむように促して、ゆっくり進む。窓から少し顔を出して研究室を見回す。やはり奴らの姿があった。

 

(こんな惨事じゃ生存者がいる可能性は少ないな……)

 

 黒瀬は静香にハンドサインを出して、奴らのいる部屋を抜ける。いちいち相手にするのは面倒だ。それに今の最優先事項は、カーティスを逮捕すること、クレアを保護することだ。

 カーティスはきっとレオンが何とかしてくれる。今はクレアが先だろう。

 

『リョウ……聞こえるか……?』

 

 端末からルイスの声がする。息は荒れており、どうやら走っている様子だ。

 

「どうした?」

『こっちはハズレだ、B.O.W.がわんさかいるぜ!』

「なに!?」

 

 カーティスはB.O.W.まで所有していたのか。

 

(いや、そうなると……)

 

 t-ウイルスにB.O.W.。到底個人が買えるような代物ではない。組織ぐるみか、それとも――

 

「ルイス、彩は無事か!?」

『多分な……。彼女は監視室に向かわせた。俺がB.O.W.を惹き付けてるとこだ』

「今からそちらに向かう。死ぬなよ」

 

 通信を切って、静香を担いで走り出した。

 

「きゃあ!?」

「ごめん、先生。少し急ぎます」

 

 先程の道を引き返す。戦闘を避けた奴らが待ち構えているが、無視して通り抜けた。奴らは遅い。走っていれば絶対に追い付かれることはない。

 

「彩ちゃん無事よね!?」

「そう簡単に死ぬ奴じゃない。先生も知ってるはずです」

「ええ、そうよね!」

 

 彩はカントウ事件を生き抜いた人間だ。監視室に無事に逃げ込んでいるにちがいない。

 

 最初に別れたロビーに戻り、ルイスたちが進んだ方の道に進む。

 

 銃声が聞こえてくる。ルイスとの距離は近い。銃声は曲がり角の先からだ。

 黒瀬はそこを曲がろうとすると、ちょうど大きな物体が飛んできた。

 

「うお!?」

「きゃあ!」

 

 黒瀬はそれを回避しきれず、まともにぶつかってしまう。静香も落としてしまった。

 

 飛んできた物体の正体はルイスだった。

 

「クソ、あいつら……銃が効かないぞ」

 

 廊下の先を見る。ルイスが言った通りB.O.W.が複数いた。しかもそれは全部タイラントタイプだった。

 

「マジかよ……」

 

 黒瀬はルイスの言ったB.O.W.をハンターやリッカーかと思っていた。それがタイラントタイプとは…… 

 

 ルイスは怪我で動けそうにない。静香とルイスを抱えて逃げるには黒瀬でも難しい。

 

「やるしかないか……」

 

 そもそも黒瀬には逃げるという選択肢はない。この先に彩がいるのだから。

 

「ルイス、先生を守ってくれ」

 

 黒瀬は抜刀した。

 

 敵がタイラントとなれば、本気を出すしかない。

 

 タイラントが一体、黒瀬に向かって突っ走る。たかが人間一人すぐに殺せると思っているのだろう。

 

「人を見た目で判断しない方がいいぜ」

  

 タイラントは次の瞬間、上半身と下半身が真っ二つになっていた。タイラントの生命力は高い。真っ二つになっても数分間は暴れる可能性がある。黒瀬は床に倒れているタイラントの頭を足で踏み潰した。その威力はコンクリートの床にヒビが入るほどだ。

 

「まずは一体……!」

 

 黒瀬は接敵わずか数秒でタイラントを倒すほどの力を身に付けていた。BSAAにはタイラントを倒すマニュアルがあるが、黒瀬はただの力押しで倒すことが可能だった。

 ベットリとタイラントの血が付着した刀を左右に払い、血を落とす。刃こぼれしており、もう刃物としての機能はなさそうだった。

 タイラントタイプの多くは、スーパータイラント化を抑えるために防弾防爆コートという大層なものを身に付けている。AK弾でも大してダメージにならないだろう。そんなコートとタイラントの強靭な肉体を真っ二つにすれば、安物の刀など黒瀬の腕でも使えなくなるのは当然だ。

 

(もうちょっと高い刀だったらなぁ……)

 

 そもそも現代の刀は斬る用ではなく、観賞用なので斬ることに特化してないのも多いが。

 

 黒瀬は使い物にならなくなった刀を鞘に納め、もう一本の刀を抜刀する。

 

 その刀は二刀流にして使うことは少なく、今回のように使い物にならなくなってしまったときのような予備だ。

 タイラント一体に刀一本の消費。少なくともあと一体は倒せるが、その後ろにまだ三体が控えている。しかもその中の一体はネメシスだった。

 タイラントが襲い掛かる。黒瀬は壁を蹴って空中に上がり、タイラントの首をはね飛ばした。すかさず刃こぼれした刀を奥のタイラントの心臓目掛けて突き刺し、サバイバルナイフを二本抜いて、顎と額に突き刺した。

 しかし、黒瀬の攻撃はそこまででネメシスの触手が邪魔に入る。それを避けるが、ネメシスは触手を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛ける。その攻撃は黒瀬には掠りもしないが、もう一体のタイラントが黒瀬に突っ込む。流石にそれは避けきれず、壁に背をぶつけて倒れこんだ。

 

「クソ……」

 

 タフな黒瀬はすぐに立ち上がろうとするが、タイラントに両手で胴体を掴まれる。その掴んだ手に力が加えられ、黒瀬の肋骨はアーマーごとバキバキとヒビを入れられる。

 目の前にあるタイラントの顔面にフックを入れるが、少し怯むだけで手の力は弱まらない。ナイフさえあれば一発だが、アーマーにナイフを付けているせいで取ることが出来ない。

 

「リョウ、これを使え!」

 

 ルイスから注射器が投げられる。黒瀬はそれをキャッチした。

 

「これは!?」

「t-ウイルスのワクチンだ。一本だけ取っといた」

「これなら……!」

 

 細い注射器の針はタイラントの肌を通さないだろう。黒瀬はぱっちり開けているタイラントの目に注射器を射し込んだ。タイラントはすぐに手を離し、暴れ出す。タイラントの体内のt-ウイルスがワクチンによって消されていく最中だ。ナイフを抜いて頭に刺すと、ばたりと倒れた。

 

「あと一体だな……」

 

 残ったネメシスは逃げる様子もなく、戦う姿勢だ。先程のように黒瀬を近づけまいと触手の襲い掛かる。しかし、その触手はルイスの撃った弾によって撃ち落とされる。

 

「行け!」

 

 ルイスの合図と同時に瞬時にネメシスとの間合いを縮め、その脇腹に強烈なフックを叩き込む。ぐぅとネメシスが唸るが、黒瀬は攻撃の手を休めない。目にも止まらぬ早さの格闘術でネメシスに膝をつかせ、頭を掴んで壁に叩きつける。一回だけではなく、その奇形な顔がぺちゃんこになるまで続けた。

 

 ピクリとも動かなくなったネメシスの顔から手を離す。狭い通路には、合計五体のタイラントタイプの死体が転がっていた。

 

「ルイス、怪我はないか?」

 

 全身を返り血で真っ赤に染め上げた黒瀬はニッコリした顔でルイスと静香に近づく。

 

 二人はその姿の黒瀬に僅かな恐怖を感じ、後ろにたじろぐ。しかし、黒瀬であることは確かだ。

 

「少し腰が痛むくらいだ」

 

 ルイスは平然とした様子で立ち上がる。

 

「リョウくんは大丈夫なの? あの様子じゃ肋骨が損傷してるんじゃ……」

 

 静香は心配して黒瀬に駆け寄る。

 

「大丈夫です。すぐ治ります」

 

 黒瀬は言った。

 

 静香は黒瀬の再生能力に関しては少なからず知っていたが、それでも激痛がするはずだ。黒瀬は二人に心配をかけないよう、平然を装っているのだ。 

 

「監視室に急ごう。そこに行けばクレアの居場所もわかるかもしれない」

 

 三人は通路を進む。ゾンビはほとんど倒されていた。

 

「ルイスがやったのか?」

「いや、俺はここまで来てない。日本のお嬢ちゃんがやったんじゃないのか?」

 

 ゾンビの額には綺麗に銃弾が命中している。黒瀬が知っている彩はこれほど射撃が上手ではない。

 

 監視室と書かれた扉の前に到着する。扉をそっと開けると、そこにはクレアと彩が倒れていた。

 

「大丈夫か!?」

  

 黒瀬と静香倒れている二人に近づき、抱き上げる。

 

「ううん」

 

 クレアの目が覚める。

 

「クレア、何があった!?」

「……わからない。彩と一緒にいたら背後から誰かに襲われたの」

 

 クレアは頭を抑える。

 黒瀬は部屋を見渡すが、他に気配は感じない。ここにくるまでは一本道だからすれ違っているはずだが、それらしき人物は見ていない。ダクトを通じて逃げた可能性もある。

 

「クレアちゃん、怪我してるじゃない!」

 

 クレアの太股から血が垂れていた。静香は医療用ポーチから道具を取り出し、簡単な治療をする。

 

 彩も目が覚めていた。

 

「彩、無事か?」 

「ええ」

  

 彩は黒瀬の手を取って立ち上がる。

 黒瀬は監視カメラの映像を見る。レオンとジェシカの姿があった。二人ともボロボロだが、どうやら戦いは終わったようだった。

 

「リョウ、その映像録画されてるようなの」

 

 クレアが言った。

 

 黒瀬はパソコンを調べる。

 

「映像データがコピーされた形跡があるな」

 

 USBメモリでコピーされている。

 

「つまり、誰かがお嬢ちゃんたちを襲って、データをコピーしたわけか」

「そしてどこかに消えた……」

 

 ダクトを通って逃げたのなら、追い掛けようもない。

 

「一応、調べとくか」 

 

 どこのダクトから逃げたか見当もつかないが、運良く鉢合わせ出来るかもしれない。

 

「ルイス、弾は残ってるか?」 

「すまない、さっきので切らした」

「彩、俺の銃あったよな?」 

「…………ごめんなさい。どこかに落としたみたい」

「……そうか」

 

 こんな状況だ。急いでる途中に落としたのだろう。

 黒瀬はホルスターから予備の拳銃とマガジンを取ってルイスに渡す。

 

「三人を無事に外に届けてくれ。俺は真犯人を探す」 

 

 

 

 

 

 

『……で、リョウは今ダクトの中にいると』

 

 ハニガンは呆れた顔で言った。

 

「くそー、まさか逃げ出してたとは……」

 

 ハニガンから聞けば、どうやら真犯人はレオンたちのおかげで逮捕されたようだ。元アンブレラ社のフレデリックが、t-ウイルス、G-ウイルス、タイラントタイプのデモンストレーションのためにカーティスを利用してバイオテロを起こしたらしい。

 

「じゃあ、クレアたちを襲って映像データを抜き出したのもそいつか」

『それが……』 

 

 ハニガンは何か言いたそうだった。

 

『彼は映像データをWi-Fi経由で私物のパソコンにコピーしたそうなの』

「え?」

 

 じゃあクレアと彩を襲ってデータをコピーしたのは誰なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、コピーした人物を突き止められないまま、黒瀬、レオン、ルイスは皆に別れを告げ、ヘリで帰還を命じられた。

 

「よお、大変だったな」

 

 ヘリの運転手はマイクだった。

 

「フレデリックは逮捕できたし、無事ってわけでもないけど事件解決だな」

「……そうだな」 

 

 カーティスはフレデリックに利用され、そして化物になって死んだ。アンブレラに関わっていたアメリカ政府に復讐をしたかったのだ。

 

「俺にはカーティスの気持ちなんてわからないね」

 

 黒瀬はカーティスのことをラクーンシティで妻子が死んだことしか知らないが、カーティスはバイオテロで家族を失う気持ちを知っていたはずだ。利用されたのもあるが、彼のせいで多くの人間が死んだのも事実だ。

 

(カーティスみたいなクズは死んで当然だな)

 

 黒瀬のウイルスやB.O.W.を恨む気持ちは変わらない。彼はt-ウイルスを使って何百人も人を殺した。どんな理由であれ、絶対に許されない。

 

(俺の手で殺したかったな) 

 

「あ、ハニガンへのお土産を買うの忘れた」

 

 レオンが思い出したかのように口を開く。

 

「恨まれるな」

「絶対ネチネチ言われるぜ」

 

 ヘリに乗っている四人は爆笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない路地裏で何者かが連絡を取っていた。

 

「ええ。彼がタイラントタイプと戦っている映像データを送りました。ここ数年の彼の成長は凄まじいものです」

 

 その人物は微笑する。

 

「『R』プロジェクトを次の段階に進めましょう」

 

 黒瀬が知らないところで、その計画は進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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