今回からディジェネレーション編です
52話 空港
──俺は、小さい頃何になりたかったのだろう?
時々、そう思う。
もしも、この世界にアンブレラという狂った製薬会社がなかっとしたら、ラクーンシティの事件も起こらず、世界各地でバイオテロが行われることもなかった。
小さい頃(といっても黒瀬は小学生の頃の記憶はないが)、確かになりたいものがあったはずだ。
アンブレラがなければ、カントウ事件も起こらなかった。東京大学に首席で合格し、寝ながら講義を受け、四年を将来のために費やす。
どこかの会社で働いていたのだろうか。当然今のようにB.O.W.やテロリストと戦うなど考えられなかった。どこかの会社で幹部でもなんでもいい。四十年をデスクワークで費やして、老後の人生をほのぼのと送る。
その過程で、誰かと結婚し、子供を作り、その子供が成長していく姿を見られたかもしれない。だが、この世界で、黒瀬にはそんな暇などなかった。
高校生の時から、アンブレラと戦っていたせいか、誰かと恋愛をすることもなかった。全てをアンブレラのせいにするのは無理だが、アンブレラのせいで黒瀬の未来が、生活が奪われたのは確かだった。
今は、日々をバイオテロとの戦いに費やすだけだ。
黒瀬たちを乗せたヘリはけたたましいローター音を鳴らしながら、バイオハザードの起こった現場へと向かっていた。
場所は、アメリカ中西部ハーバードヴィルのハーバードヴィル空港。
ハーバードヴィルはアメリカ有数の工業都市だ。最近のニュースでは、ハーバードヴィル出身のロン・デイビス上院議員が、巨大製薬企業ウィルファーマ社を誘致したことが話題になっている。
七年前、アメリカの工業都市だったラクーンシティは、その頃売上世界一だったアンブレラ社の作ったウィルス、t-ウィルスによってバイオハザードが発生。死者が蘇り、生者を食うという地獄が溢れた。結局、政府の判断によってラクーンシティは放たれたミサイルで地図から姿を消した。
ハーバードヴィルの住民はそれを危惧しているのかもしれない。自分達もラクーンシティの二の舞になるのかもしれない。
今日もそれを危惧した人々がデモを起こしていた。しかも今日はニュースで見た限り人数が倍以上になっていた。ロン・デイビス上院議員がハーバードヴィルを訪れようとしていたからだ。
だが、思わぬ事態が発生する。空港内でバイオハザードが起こったのだ。その直後、飛行機がハーバードヴィル空港に墜落した。
そしてアメリカ政府宛に犯行声明が送られてきた。
内容は、七年前のラクーン事件の真実を公開すること。
犯人の指すラクーン事件の真実とは、アメリカ政府がアンブレラの研究に関わっていたことだ。つまり、世界がこうなってしまったのは、アメリカ政府の原因。それを公開すれば、アメリカはアンブレラの被害者から大バッシングが起こるだろう。
この事態を重く見た政府は、ホワイトハウスから一人、ウィルス専門の秘密研究所から一人、バイオテロと戦う専門家BSAA(Bioterrorism Security Assassiment Alliance)を現場へと派遣した。
本当ならBSAAの部隊で行くべきだが、BSAAは国連直轄の対バイオテロ部隊として編成されている途中なので、すぐ動け、戦闘経験豊富な人間が一人しかいなかった。
BSAAは元々、アンブレラが起こした事件の飛び火が移らないように、製薬企業連盟が創った組織だった。製薬企業連盟に加盟しているのは、誰もが名前を知っている会社ばかり。世界的製薬企業ウィルファーマやトライセル、日本で有名なランダルなどがある。そんな部隊で活躍する日本人の男が一人。
黒瀬 涼。BSAAでは数少ない日本人の一人であり、BSAAの創設メンバー、オリジナル・イレブンの一人。七年前のラクーン事件から、バイオテロと戦い続けている。
黒瀬はふと、横を見る。見慣れた顔がそこにあった。
金髪で凛々しい顔立ちの男、レオン・S・ケネディ。彼とはラクーンシティの事件からの付き合いだ。彼は一日だけ警察官だった。理由は、勤務先のラクーンシティ消滅。一日で失職した彼は、ラクーンシティを脱出した能力を認めたアメリカ政府によってエージェントの道を進むことになった(脅されたらしいが)。今や大統領直属のエージェントになっている。
そんな彼と話すのは、ルイス・セラというイギリス人の男性。彼は一年前まで、イカれた宗教団体ロス・イルミナドス団で『プラーガ』の研究をしていた。だが、ロス・イルミナドス団による繰り返される非人道的実験で、良心が痛み、教団から逃亡した。黒瀬に命を救われた彼は、その頭脳を買われて秘密研究所に半ば監禁状態にされて働かされているらしい。
「そろそろ目的地だ」
ヘリのパイロットが言った。
黒瀬たちが乗っているヘリのパイロットの名前はマイク。彼もまた一年前のロス・イルミナドス団との事件に関わった人物で、ヘリでレオンと大統領娘アシュリーを回収しにきたところ、ロケット弾で墜落させられた。
ここにいるメンバーは、一年前のそれだった。アシュリーがいれば完璧だったが、流石に無理だろう。
レオンとルイスは軽口合戦を止めて通信機を取り出した。
通信機には、一年前、レオンや黒瀬をサポートした女性、イングリット・ハニガンの顔が映っていた。
『あなたたちの軽口で頭が痛くなったわ』
黒瀬はハニガンに同じ気持ちだった。ここにヘリの操縦をしていないマイクが加わったらどうなるだろうか。軽口で人が殺せるかもしれない。
『詳しいことは現場で確認するけど、生存者の報告も出ているわ。あ、レオン、お土産よろしくね』
最後の部分はいらないが、生存者、その言葉が黒瀬を少し安心させた。
今までは平常を保っていたが、内心焦りでしょうがなかった。
一昨日、香月からメールが着ていた。
香月彩。彼女と黒瀬は中学時代から、マンションの部屋が隣同士、学校も同じで仲が良かった。カントウ事件を経験した彼女は、バイオテロや薬剤被害者の救済を行うNGO団体テラセイブに所属した。
そんな彼女からのメールの内容は、クレア・レッドフィールド、鞠川静と共にハーバードヴィルに向かうという内容だった。デモに参加する友人の子供を空港で預かった後、町を回る予定だったらしい。
何時出発するかは聞いていなかったが、その三人とは連絡が取れなくなっている。巻き込まれた可能性が高い。これをクリスに言うのなら、戦闘機を使ってでも駆け付けそうだ。言わない理由は、これが推測にすぎないから。先程の通り、巻き込まれているかもしれないが、三人で旅行を楽しんでいる可能性もある。北米支部の編成で忙しいクリスに無理をさせたくはない。
ヘリは現場に到着し、黒瀬たちはロープで降りる。
『頑張れよ~』
マイクはそう言ってヘリで飛び去っていった。
現場周辺には、警察の建てたフェンスの向こうテントが張り巡らされており、更にその奥に、空港が見える。
黒瀬たちは中に入ろうとするも、当然止められる。黒瀬とレオンは手帳を見せつけ、中に入った。
「じゃあ俺は遺体の所に行ってくる」
とルイス。
彼は、今回バイオテロで使われたウィルスを特定させるために呼ばれたのだ。
「ああ」と軽く答え、本部であろう大きなテントに入る。
中の隊員たちが一斉に黒瀬とレオンに注目した。
「おいおい、誰だよ部外者を入れたやつは」
隊員の一人が言った。そいつはパーカー似だが、パーカーよりも聞き分けが悪そうな感じだ。
この場にいる隊員の肩や背中には『SRT』と書かれている。ハニガンによれば地元の特殊部隊らしい。
「あななたちが政府から派遣された……?」
ブロンドヘアの女が言った。
「政府から派遣された。レオン・S・ケネディだ」
「BSAAの黒瀬涼だ」
二人とも手帳を見せた。
「この部隊の隊長は誰だ?」
「私よ」
さっきの女だった。この歳で特殊部隊の隊長を担っているとは……。相当な実力者らしい。
「状況の説明をしてくれ」