「う、うわぁぁ! 助けて!」
紫藤がウーズに捕らえられていた。
「くそ、めんどくさいな」
奴が屑でも救える命なら別だ。黒瀬はナイフを投げて紫藤をウーズから離す。
「ちょっと、小室。意味がわからないんだけど!? 何で紫藤がいるのさ!」
「二人とも話は後だ。子供たちを連れてここを脱出する。二人はこれを!」
黒瀬は余っていたt-Abyssのワクチンを二人に渡した。
「ここから逃がしませんよ」
全員が紫藤に注目した。彼は助かりたくないのだろうか。
「君たちはここで死ぬのです」
紫藤が何かを押した。その直後、赤い蛍光灯が点滅し、スピーカーから放送が流れる。
『残り十分でこの施設は爆発します。職員は直ちに避難してください──』
紫藤が押したのは、この研究所の自爆スイッチだったようだ。
「クソ! 何でアンブレラの研究所には自爆スイッチが取り付けられてんだ!」
そう言っても仕方がない。黒瀬は正面のウーズにナイフを突き刺して子供たちを前に進ませる。
「私は死にません」
紫藤はそう言って、首に何かを刺した。紫藤が言っていた強化型t-Abyssだ。
「う、うおおお! がああ!」
紫藤は苦しみ出して床をのたうち回る。
「奴はほっとけ。脱出するぞ!」
黒瀬たちは司令室を出て、通路を走る。だが、子供たちの体力が持たない。
「おりゃああ!」
黒瀬は子供たちを脇に二人ずつ、背中に一人おんぶさせて走る。
「なんというか、凄い光景だな……」
「うるさい!」
確か、警備室で見た列車はこの近くにあったはずだ。
何とかたどり着いて全員列車に乗せる。列車は真新しくまだ使えそうだった。
「俺が運転する」
黒瀬は列車の運転席に座った。前にマニュアルを見た程度だが、何とか運転できそうだった。
「お兄ちゃんたち! 何かいる!」
子供の一人が叫んだ。小室は外に出て辺りを見回すが何もいない。
「何だ?」
何もいないが、微かに何かが動く音がした。
「右!」
子供が叫び、小室は咄嗟にしゃがんだ。髪を何かがかする。右を見ると僅かだが、空間が歪んでいるように見えた。
「小室! どうやら透明の敵がいる!」
平野は列車の上に立ち、小室の右側を撃った。何かが血を噴いて倒れる。それはハンターだった。
「透明のハンターか!?」
小室は目を凝らして辺りをよく見た。空間が歪んでいる部分がある。そこにショットガンを放った。ハンターが吹き飛ぶ。厄介だ。ただでさえハンターは強いのに、それが透明と来た。
「黒瀬、まだいけないのか!?」
「あとちょっとだ!」
爆発まであと五分を切っていた。早くしなければ爆発に巻き込まれてしまう。
「孝、中に入って!」
宮本が手榴弾を投げた。小室は急いで列車の中に入る。
爆発し、透明だったハンターが倒れていった。
「もういけるぞ!」
列車が震え出した。爆発までのあと四分。
「あれは……?」
小室が見たものは、タイラントのように巨体な化け物だった。顔は縦に割れてそこからは大きな眼を覗かせ、手は水掻き、背中には背鰭のようなものがついていた。
「まさか、紫藤か……?」
まだ完全に変異を遂げていないらしく、どこか紫藤の面影があった。
「掴まれ!」
列車は急に動き出した。小室は椅子に掴まる。
「小室、さっきの見た!?」
平野が列車内に避難する。
「ああ。多分紫藤だろうな」
ズシィン! と重たい音が上で響いた。
「まさか、上に乗り込んできたのか!?」
「俺が行く!」
黒瀬は列車を自動操縦にし、ガラスを割って列車上部へと出た。
『黒瀬クゥン……?』
最早それは人の姿ではなかった。完全な化け物。これがあの紫藤だというのか。
黒瀬は木刀を抜いた。刀を二本持ってきておけばと思った。
足場は揺れて最悪。横幅も人一人が寝れるくらいしかなかった。
「来い!」
化け物は眼を光らせ、黒瀬に近づいてくる。
「あ、ぐ!?」
次の瞬間には黒瀬は前に突き飛ばされていた。正面にいたはずの化け物がいつの間にか背後に移動している。
「なんなんだよ!」
化け物はまた眼を光らせる。次は見逃さない。だが、背後からタックルを喰らう。
「これは……忍者の分身か?」
『そんなわけないでしょ!』
宮本からのツッコミがとんでくる。
「んじゃ、幻覚か」
幻覚のキーとなるのはあの眼の光だ。だが、眼を瞑ってしまっては戦えない。
化け物はまた眼を光らせる。
「そう何度も喰らうか!」
黒瀬は振り返って、化け物が降り下ろしてきた腕を抑える。そのまま、化け物の腹部へストレートを喰らわせた。しかし、後ろによろめくだけだ。
『皆、聞こえる!?』
無線機から高城の声が聞こえてきた。
『あんたの無線機の位置情報が結構なスピードで移動してるけど、何に乗ってるの?』
「列車だ」
黒瀬は化け物の攻撃を避けて木刀を叩きつけた。三回で木刀は折れてしまう。
『列車の到着地点まで先回りしておくわ』
「ああ」
黒瀬は化け物と格闘戦を繰り広げる。化け物は丸太のように硬いが、黒瀬は奴に幻覚を使わせまいと、速さで勝負する。
殴る度に、蹴る度に、腕が、足が痛んだ。だが、そんな痛みは今の黒瀬にはどうでも良かった。ここで奴を倒す。それが出来なくても、列車の終点までは足止めできるだろう。
黒瀬は化け物からタックルを喰らう。車に跳ねられたような衝撃だった。全身の骨が軋み、血を吐いた。
化け物はまた眼を光らせた。幻覚を使ってくる。化け物は正面から堂々と歩いてくるが、これまで通りでいけばこれは幻覚。本物は背後にいる。黒瀬は背後に回り蹴りをした。だが、足は空をきるだけ。そこには化け物はいたが、身体が透けて攻撃が当たらなかった。
──こっちが幻覚か!
気づいたときにはもう遅かった。黒瀬の背中は防弾チョッキごと切り裂かれ、血が吹き出す。
「あ、ぐあ!?」
痛いなんてものじゃなかった。切り裂かれた背中からは背骨が露出していた。この痛みを意識があるまま持続させる。正直叫びたかったが、今はそんな場合ではない。
黒瀬は化け物にローキックを喰らわせた。ふくらはぎの骨にヒビが入った。あと一発いれれば足の骨は折れてしまう。
体格も力も、全て奴が勝っている。そんな敵に黒瀬が勝てる可能性はゼロに等しかった。だが、だからこそ諦めない。そもそもこんな化け物に素手で戦うなど正気の沙汰ではないが、銃を使っても非効率だろう。もっと強い武器が必要だ。
視界が揺らいだ。血の出しすぎだ。ヒーリング能力でもこれほどの傷の再生は追い付かない。
もう駄目かもしれない。だが、最期の一時まで戦い続ける。
敵のタックルをジャンプしてかわし、黒瀬も真似してタックルを喰らわせる。
倒せる自信もない。列車から突き落としても、ここ化け物は死なないだろう。
化け物は鋭利な爪で黒瀬の顔を狙う。身体が上手く反応し、奴の爪は黒瀬の頬をかすった。黒瀬は完全な隙となった腕を掴み、背負い投げをする。化け物は叩きつけられ、重さで天井がへこむ。
また眼を光らせた。左右を確認する。化け物が二体。どちらが本物だ?
黒瀬は左右にナイフを投げた。しかし、当たらない。
──そんな馬鹿な!
奴はどこにいった。戦うスペースはここにしかない。
と、突然背後から突き飛ばされた。後ろを見ると、あの化け物が。列車の側部に張り付いていたらしい。
「クソ!」
このままでは列車から落ちる。
黒瀬は腰からワイヤーフックを投げ、列車に引っ掻かせる。
こういうときにエイダのフックショットは便利そうだ。
黒瀬は列車上部に戻るが、
「黒瀬、しゃがめ!!」
小室の怒号。黒瀬はその場に伏せた。頭上をショットガンの弾が通り過ぎる。小室はポンプアクションを繰り返してショットガンを撃ち続けた。しかし、この化け物には効果が薄い。身体が異常なほど筋肉質だからだろう。ショットガンを喰らっても少しよろめくだけだった。
列車の速度がみるみる遅くなる。そろそろ終点だ。研究所の爆発までの三十秒を切っていた。
高城はヘリの中から、列車がトンネルを出たのを確認した。列車の上部には三人の影があった。
二人は黒瀬と小室と判別できた。もう一体は、巨体の化け物だ。
「そのまま列車と速度を合わせて!」
ヘリのパイロットに指示して、高城はスナイパーライフルを取り出した。その横にはロケットランチャーがあるが、使うなら彼らが列車を降りてからだ。
遠くで何かが爆発した。その威力は凄まじく山の半分が欠ける。その地点は、アンブレラの研究所があった場所だ。一体どれほどの爆薬を積んでいたのか。あれでは生き残りはいないだろう。
高城はスナイパーライフルでヘリの中から化け物目掛けて撃ち始めた。偏差射撃には高度な頭脳の回転が必要だが、あいにく高城にそれが備わっている。十発中五発が命中した。
『仲間の援護で殺されるわ!』
黒瀬は叫んだ。良かった。まだ叫べるくらいの元気は残っている。高城はそれで心が少し落ち着いた。
列車は終点に到着した。
列車が完全に停止したことを確認すると、小室は黒瀬の肩を抱える。
化け物は近づこうとするが、ヘリからの狙撃によって怯まされていた。
「早く降りて!」
小室と黒瀬は列車から飛び降りる。地面は雪が積もっていたので痛みはない。
『小室、受け取りなさい!』
ヘリから高城が投げてきたのは、ロケットランチャーだった。小室はそれを拾い、化け物に標準を合わせる。
「じゃあな、紫藤“先生”」
小室は引き金を引いた。放たれたロケット弾は化け物の胸に突き刺さり、爆発した。
本部までヘリで移動すると、連行されているモルガンを見つけた。ジルとクリスの活躍によってモルガンの悪事は政府やB.S.A.A.本部に届けられた。黒瀬は今回も活躍できなかった。いや、それは違う。五人の命を救えたんだ。
「よう、モルガンさん」
黒瀬は立ち止まった。彼と少しの間だけ、話をしたかった。
「クロセ君、君はあの場で死んでおくべきだった。君が生きているせいで世界は破滅への道へ向かう」
モルガンは黒瀬の何かを知っていた。だが、そう簡単に話すような相手ではない。
「アンタもバイオテロを止めたかった。でもな、どこかで道を間違ったんだよ。他にいくらでやりかたがあったはずだ。でもアンタはそれを考えもせず多くの犠牲者が出る方を選んだ。それはもう善でも偽善でもない……悪だよ」
「なるほど、君はまた成長したのか。彼らもバイオハザードを起こしたかいがあったというわけだな」
話す時間はここまでのようでモルガンは連行されていった。
“彼ら”その彼らがあの研究所でバイオハザードを起こした。モルガンはそれを話さないだろう。その証拠も全て灰になった。
「でも、俺は確かに進んでいるんだ」
黒瀬は拳を固く握りしめた。
FBCは今回の事件を公表され、解散することになった。機材、人材の大部分はB.S.A.A.に吸収され、B.S.A.A.の部隊はこれまで以上に拡大した。
あの事件で保護した子供たちは、クレアや香月を通じて、テラセイブの保護施設に預けることとなった。彼らとはまたどこかで会えるだろう。
クライヴ・R・オブライエンは、今回の事件の責任を感じ、B.S.A.A.代表を辞退した。
「リョウ、君が私の代わりにB.S.A.A.代表にならないか?」
「やだ。俺は椅子に座って指示するよりも現場で戦う方が性に合ってるし」
B.S.A.A.は部隊が拡大したことによって、国際連合加盟国の対バイオテロ特殊部隊として編成され、迅速なバイオテロ解決のために全世界に支部を置かれる計画が上がっている。
「て、わけ。どう? 良い記事が書けそう?」
あれから一ヶ月、B.S.A.A.本部は改築や人材、物資移動のため、騒がしくなっていた。
そのロビーのソファーに黒瀬と記者の佐藤リコが座っていた。
「そうねぇ。やっぱりクリスさんやジルさんにも話を聞いた方が良いわね」
「パーカーなら入院中だし、ゆっくり時間が取れるぜ」
「そうね、考えておくわ。今日は小室君たちはいないの?」
佐藤は辺りを見渡すが、小室たちの姿は見えない。
「あいつらは異動だ。B.S.A.A.は世界各地に支部が置かれるからな。元々本部にいた奴らで留まるのはほんのわずかだ」
小室、宮本、毒島、平野、高城は極東支部。クリス、ジルは北米支部。田島、南、カークは西部アフリカ支部。キース、カルロスは東部アフリカ支部。ビリーは豪州支部。クエントと入院中のパーカー、B.S.A.A.が大きくなったら入ると約束したソフィアが欧州本部。黒瀬と行方がわからないアリスはフリーとなった。
「フリーって、どこの事件にも介入できるの?」
「まぁ、オリジナル・イレブンの特権を使えば、俺やアリス以外の九人も他の支部の事件に介入できるな」
黒瀬とアリスは、完全なるフリー。どこの支部にも所属していないので、他のオリジナル・イレブンよりもスムーズに他の支部への介入が行える。B.S.A.A.での権力はかなり上位だ。
「あ、そろそろ時間だな」
黒瀬は時間を確認し、ソファーから立ち上がった。
「何か用事?」
「ああ」
黒瀬はバッグからチケットを取り出した。それには日本行きと書かれている。
「久しぶりに日本で長期休暇を取るんだ」
「お、国内旅行? 私も連れていって」
「やだ」
黒瀬はそう言って、車のある駐車場へと歩き出した。
ウィルスは確実に増殖を続けている。……それでも俺たちは戦い続ける。もう昔とは違う。多くの仲間が共に戦う。ウィルスが生きている限り、俺の、俺たちの戦いは終わらない。
いつものことだけど雑だなぁ……
次回から9章ディジェネレーションになります