宮本はM4A1のトリガーに指を当てる。
黒瀬は木刀とダガーナイフを抜いて辺りを警戒していた。
(一体何なの?)
宮本は周囲を見渡すが、見えるのは雪の積もった岩場と白い地面。吹雪のせいで視界は決して良くはないが、それでも何かが動いたら気づける範囲だ。
でも、黒瀬が言うには間違いない。宮本はそう言い聞かせた。
『グルルルル』
獣の声がどこかから聴こえた。幻聴ではない。この吹雪の中、確かに宮本の耳に届いた。
「来るぞ!」
黒瀬がそう叫んだのと同時に、どこに隠れていたのか大量のオオカミが現れた。オオカミは身体に穴が空いていたり、骨が露出しており、明らかに尋常ではないことを示している。
宮本と黒瀬はオオカミの群れに瞬く間に囲まれ、逃げ場を無くす。
オオカミは唸りながら、じわじわと宮本たちとの距離を縮める。宮本は銃を向けるが、敵は四方八方。一匹に銃口を向けても他の十数体相手をしきれない。
「どうするの、黒瀬?」
「これを使う」
黒瀬が腰から取り出したのは、B.O.W.デコイ。投げた先でB.O.W.を誘き寄せ、一定時間で爆発する便利な代物だ。
黒瀬はデコイを投げ棄てるように投げる。目標を変えたオオカミたちがデコイの周りをグルグルと旋回する。
「今のうちだ」
オオカミがデコイに引き寄せられる隙に、宮本と黒瀬はその場を素早く離れた。
安全を確保し、黒瀬はしゃがんで無線をかける。
「こちら黒瀬だ。複数のB.O.W.を確認した。何かがあるのは間違いない。増援を頼む」
『こ……ジャ……カス。つう……が聞き取……ん。げん……いち……教え……さい』
ノイズが酷く、声が聞き取れない。
「クエントか!? 応答してくれ」
だが、流れるのはノイズだけ。吹雪のせいか、通信状況は最悪だった。
「仕方ない、目的地も近いし、進むか」
黒瀬の意見に宮本も賛成だ。戻って凶暴なオオカミを相手にするよりも、進んで研究所に入った方が危険度は少ない。寒さも凌げるだろう。
小さな洞窟を見つける。洞窟の中は松明が仕掛けられており、充分なほど明るかった。さらに進むと、洞窟には不釣り合いな綺麗なエレベーターを見つけた。黒瀬は迷わずボタンを押し、ナイフを構える。
エレベーターが到着し、扉は開かれるが、中には何もいなかった。
「暗いな」
エレベーターの中は非常用電源が入っているかのように薄暗い。
二人はエレベーターに乗って、下まで降りる。ドアが開くと、そこには暗闇が広がっていた。
いや、完全に暗闇というわけではないが、非常電源で緑の淡い蛍光灯の光が少し辺りを照らしているだけだ。
どうするのか、宮本は困惑した表情で黒瀬を見る。
「きゃっ!?」
黒瀬の顔を見て、宮本はしりもちをついた。
「どうした?」
黒瀬は宮本に手を差し出した。
「あなた、暗いところで自分の顔を見たことある?」
「いや、ないが?」
宮本は黒瀬の顔、詳しく言えば、目に驚いた。黒瀬の目が赤いのは知っていたが、その目がまるでネコ科の動物の目みたいに発光しているのだ。
「ねぇ、もしかして明るく見えたりする?」
「ああ、でも本当は暗いんだろ?」
当たり前だが、明るく見えるといっても、本当に明るい場所と暗い場所では見え方が違うらしい。
「ん? 何だ?」
黒瀬がまたもや何かに気づく。
「何?」
「何か、びちゃびちゃと音が聞こえるんだよ。例えるんなら、水に濡らして絞ってない雑巾を床に落とすような」
「ふーん」
大体想像はついた。でも何故そんな音がするのか。
「どんどん近づいてきてるな」
黒瀬のその言葉で、宮本は胸のライトを付ける。先ほどよりも明るくなったが、正面には何もいない。だが、黒瀬の言う通り、その音は次第に大きくなっている。
「来る!」
黒瀬が言った次の瞬間、ダクトから何かが飛び出してきた。
地中海沿岸
「あらわれたな」
四人の足音を聞き、中年の男が振り向いた。
「ボス自らお出迎えとはめずらしいな」
「平野ケータ、只今到着しました!」
パーカーと平野はボスと呼ばれた男に軽く挨拶した。
男の名前はクライヴ・R・オブライエン。NGO団体、対バイオテロ組織B.S.A.A.の代表だ。代表をしていることもあり、頭も切れる。
この場にいるメンバーは全てB.S.A.A.に所属している人物だ。ジル・バレンタイン、パーカー・ルチアーニ、小室孝、平野コータ。この四人は何度も死線をくぐり抜けてきた優秀な戦士だ。
「君らはここら一帯がFBCに封鎖されていたことは知っているな。だが、この数週間正体不明の漂着物の情報が相次いでいる」
「FBCの隠蔽体質も海から流れ着くものは止められないってことだ」
パーカーが皮肉気味に言った。
パーカー・ルチアーニは、去年までFBCに所属していた。話を聞けば、“テラグリジア・パニック”の時の救出作戦に参加していたらしい。もちろん小室たちはそんなことは知るよしもなかったが。
「場所が場所だけにウィルス汚染が疑われるのも無理はないわね」
ジルはため息をつく。この地区に住んでいる人たちもそれを怖がっている。一年前に沈んだテラグリジアは目と鼻の先。ここからでもビルの残骸が見える。
「しかも“ヴェルトロ”が使ったという新型ウィルスの情報も公開されていませんしね」
“テラグリジア・パニック”が起きて数週間後、FBCによって“ヴェルトロ”は壊滅したというニュースがテレビで放送されたが、その詳しい情報やテラグリジアで使われたウィルスの情報も報道されなかった。
FBCは設立当時からパーカーの言った通り隠蔽体質のようで、一般人には最低限の情報しか与えない。だが、ようやくB.S.A.A.も現地調査にこぎつけられた。
「早速だが、調査を開始してくれ」
「イエッサー!」
ジルとパーカー、小室と平野で分かれて調査する。
「あれがあのテラグリジアなんだね」
平野は遠くのテラグリジア跡を見つめる。
「変わり果てたな」
小室も平野もテラグリジアに訪れたのは救出作戦の一度きり。あれほど大規模な街は一瞬で崩れ去った。
「早く調査を終わらせよう。黒瀬と麗のことも気になるし」
「ああ、そうだったね」
黒瀬と宮本は雪山の封鎖されたアンブレラ研究所に向かったらしい。危険なことにあっていないか小室は心配する。
二人は調査対象に近づいた。
その調査対象を簡単に説明するなら、白濁した色の大きな肉塊。今にも動き出しそうだ。
「グロブスターだね」
「グロブスター?」
「グロテスク・ブロブ・モンスターの略だよ。海岸に漂着する謎の肉塊」
「へぇ」
確かに目の前にあるのは謎の肉塊だ。だが、一体何の肉塊かは想像もつかない。
小室はグロブスターに触る。ぶよぶよとした感触で正直触っていて気持ちよくはない。
「うわ、よく触れるなぁ。ボクは絶対に無理」
「そうは言ってもこういう職についてるわけなんだから」
小室はグロブスターの下を持って裏返そうとするが、突如グロブスターは震えだした。驚き、小室は手を離す。
「下がれ!」
小室は肩に下げていたショットガン『イサカM37』を構える。
グロブスターは小室たちを狙うように地面を這って近づいてくる。
別の場所から銃声が聞こえてきた。ジルとパーカーも同じようなことになっているのだろう。
『タカシ、コータ、近くの肉塊に気を付けろ。発砲許可を出す』
オブライエンからの無線。平野はそれを聞き、スナイパーライフル『H&K PSG1』のトリガーに指を乗せ、スコープを覗く。
これほど近いならスコープを覗く必要はないのではないかと小室は思うが、彼なりの拘りがあるのだろう。
「喰らいやがれ!」
先ほどとは別人のように目付きと声色が変わり、ライフルのトリガーを引き絞った。
放たれた弾丸は大きく口を開けたグロブスターに命中する。しかし、倒れない。平野はマガジンが空っぽになるまで撃ち続け、グロブスターはピクリとも動かなくなっていた。
「周囲の確認!」
人格が変わったような平野に従い、他に散らばっているグロブスターに小石を当てる。何度かそれを繰り返すが、動いたのは、最初の一体だけだった。
『四人とも戻ってきてくれ』
小室と平野は急いでオブライエンの元に移動する。既にジルとパーカーは到着していた。
「何か収穫は?」
「肉塊が動く。ウィルス感染体であることは間違いなさそうです」
「ジルとパーカーがこんなものを見つけてくれた」
オブライエンが手に握っているのは、赤い液体が入っている試験管のようなものだった。
「これを本部に持ち帰って調べる。ん、緊急連絡だ」
オブライエンはポケットから通信機を取り出し、通話相手と話し出す。
「ああ、私だ────何だと!? 状況は理解した。だが計画を前倒す必要がある。今すぐだ。ああ、わかった。……では頼む」
そう言ってオブライエンは通信を切った。会話は聞こえてこなかったが、何かヤバい状況になっているのか?
「ジル、パーカー、タカシ、コータ、君たちにはこのまま動いてもらう」
「一体何が?」
「クリスとジェシカ、リョウとレイとの連絡が途絶えた」
「原因は?」
「不明だ。四人の通信が途絶えた地点の座標を送る」
小室は送られた座標を見る。クリスとジェシカは海上、黒瀬と宮本はアルプス山脈で通信リンクが途切れていた。
「クリスとジェシカはヴェルトロ捜索で北欧の雪山では? しかもこの位置からすると……」
「船だな。私は本部に戻って捜索の指揮を取る。ジルとパーカーはクリスたち、タカシとコータはリョウたちの捜索に向かってくれ」
「了解」
四人は走り出した。