バイオハザード~破滅へのタイムリミット~   作:遊妙精進

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44話 テラグリジア・パニック 後編

 黒瀬とレオンは合衆国のお偉いさんが閉じ込められているというビルの入り口までたどり着いた。

 

「で、レオン。そのお偉いさんはどこにいるんだ?」

「さあな? そこまでは俺も知らない」

 

 ではしらみ潰しに……というわけにもいかない。ハンターと新型ウィルスによる被害が多く、FBCの部隊がテラグリジアを撤退するのは時間の問題だろう。

 

「警備室に行こう。そこなら監視カメラの映像でビル中が見れるはずだ」

「俺が言おうと思ったのに先に言われたな……」

 

 黒瀬とレオンは素早くフロント走り、エレベーターのボタンを押す。が、その前にエレベーターは動き出し、下へと降りていく。

 エレベーターは途中で止まることなく、二十階、十五階とどんどん下まで降りてくる。

 

「中にハンターが乗ってるかもな」

「それは怖い」

 

 エレベーターが五階まで来ると、二人は後ろの数歩下がり、黒瀬はナイフを、レオンはハンドガンをエレベーターの扉へと向けた。

 心臓が激しく鳴る。エレベーターの扉が開いた途端、ハンターが飛びかかってくる可能性も大いにあり得る。油断大敵だ。

 エレベーターが一階に着いた。レオンはトリガーを強く握る。チン、と到着の合図が鳴り、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 男の叫び声が聞こえた刹那、黒瀬の目にはオレンジ色の光が見えた。マズルフラッシュ、エレベーターの搭乗員から放たれた弾丸は真っ直ぐと黒瀬の額へと向かっていく。

 流石の黒瀬もハンターが飛び出してくること以上に驚いたが、エレベーターの中には一般人と思われる複数の男女乗っていた。一瞬なので顔までは見れなかったが、銃を撃った男性も撃とうとして撃ったわけじゃないだろう。こんな状況だ。扉が開いた瞬間、正面に誰かいれば誰でも驚く。もちろんその行動は軽率だが……。

 しかし、相手が自分で良かった。黒瀬は少し安堵し、首をひょいと右に傾けて弾丸を避けた。相手を確認しないで発砲してしまう奴だ。緊張と興奮が身体を支配しているのだろう。第二射が放たれないとも限らない。

 黒瀬は右手を突き出してほぼ満員のエレベーター内に駆け込み、男性の右腕を掴んで上に上げ、即座に下に降り下ろした。男性の手汗で銃はするりと手から離れ、エレベーターの床に落ちた。

 

「危ないじゃないか、撃つときはしっかり相手を確認しろ」 

「…………ひゃい」

 

 男は少し涙ぐんでいた。

 

(こっちが泣きたいわ!)

 

 さっきの弾丸を避けられたのは、あくまでも運だ。筋トレをサボっていたり、体調が少しでも優れていなかったら、今頃頭には鉛玉がぶちこまれているころだろう。結局は結果オーライだが。

 

「リョウ、それにレオンも!?」

 

 エレベーターには見慣れた人物が三人乗っていた。しかし、他にも乗客がいる。黒瀬は一旦エレベーターから降り、道を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「まさかここで二人と会えるなんて思ってもいなかったわ」 

「そうよ、黒瀬くんもレオンくんも久しぶりねぇ~」

「ほんとよ! リョウなんか連絡もよこさないんだから!」

 

 道路の端で歩きながら会話する。

 黒瀬が見慣れていた三人の女性というのは、クレア・レッドフィールド、鞠川静、香月彩だ。三人はB.S.A.A.やFBCとは違い、バイオテロを鎮圧するのではなく、バイオテロの被害者救出したり、弾圧したりなどする組織、NGO団体テラセイブに 所属している。黒瀬はレオンから、今回の事件にテラセイブも来ていると聞いていたが、まさか、レオンが救出しようとしていた合衆国政府の役人を先に救出されるとは思ってもいなかった。

 

「ほんと、びっくりだよ。三人と会えるなんて思ってもいなかった」

「これはあれだな。リョウと俺がバイオテロ現場でよく会う奴だ。俺とリョウだけが特別な運命に引かれあっているかと思ったら俺だけじゃないみたいだな。安心した」

「特別な運命に引かれあっていることは間違いないけどな」 

 

 五人はバイオテロに関係する仕事に就いているので、仕事現場で会う確率が高いことは確かだ。しかし、レオンとは会いすぎなんじゃないかと、黒瀬は思う。

 

「リョウ! ありすちゃんに最近会いに行ったの!? この前会いにいったとき、リョウだけ来てくれなかったって悲しんでたよ!」

 

 香月から痛い言葉を貰う。

 

「そうよ~、ありすちゃんもまだ子供なんだから。あ、反抗期になる前には会いにいった方が良いかもね~」

 

 黒瀬は、反抗期になった記憶はない。そもそも反抗できる親がいなかったわけだが。反抗期とはどのようなものだろうか。自分もありすから拒絶されるかと思うと、黒瀬は心配で心配で仕方ない。

 

「でもなぁ……」

 

 会いに行けない理由もある。このご時世、毎日ではないが、至るところでバイオテロが起こる。B.O.W.やテロリストとの戦闘が絡む以上、被害者は必ず出てしまう。黒瀬は、自分なら他のFBCやB.S.A.A.よりも強いと自負しており、バイオテロの被害者を減らすために多くのバイオテロ現場へと出向いている。その行動や他人を庇う姿勢はメンバーからも度々注意されているが、他人が傷付くよりも自分が傷付いた方がいいと考えている。

 彼の場合はヒーリング能力もあり、メンバーもその行動に強く反論できないというのが現状だ。

 飛んできたFBCのヘリに、テラセイブによって救出された一般人と役人、レオンが乗り込む。

 

「じゃあな、レオン」

 

 少し寂しくなる。レオンはあと数週間もすれば、合衆国大統領の娘の警護につき、バイオテロ現場で会うことはなくなるだろう。それに仕事が仕事なだけあって、会う機会も大幅に減少される。

 

「そんな顔をするなよ。俺たちのことさ。大統領のお嬢さんがバイオテロに巻き込まれてその現場で会うかもしれないだろ?」

「コラ、不謹慎よレオン」

 

 レオンはクレアに小突かれる。

 黒瀬とテラセイブの一員は飛び立つヘリを見送った。そしてすぐあと、B.S.A.A.とテラセイブの無線、各地点に設置されているスピーカーから放送が流れる。

 

『バイオハザードのレベルが最大まで上がりました。我々FBCはこれ以上の感染拡大を防ぐため、レギア・ソリスを使い、島の滅菌作戦を行います。この作戦は決定事項です。作戦開始は二時間後、十六時三十分から開始いたします。市民の皆さんは至急避難してください。繰り返します──』

 

 やはりか────遅かれ早かれこういう事態になると想像していたが、まだ避難が完了していない区域もあるはずだ。FBCのやり方だと市民が残っていても作戦開始の時間の変更はないだろう。

 

「レギア・ソリスを使うってことは、島を太陽の力で消滅させるってこと!?」

「ああ。テラセイブの職員は至急避難してくれ。俺は限界まで市民の救出を行う。皆気をつけて」

「分かったわ。リョウも気をつけて」

「黒瀬くんのことだから簡単には死なないだろうけどね~」

「リョウ、必ず生きて会いましょう」

 

 三人との別れを済ませ、黒瀬は来た方向を戻っていった。

 

『黒瀬、さっきの放送聴いたよね?』

 

 平野からの通信だ。

 

「ああ。そっちは大丈夫か?」

『もちろんさ。ボスが黒瀬はFBC本部のビルまで来てくれだって』 

「了解」

 

 近くに乗り捨てられたバイクを見つけ、それに乗ってFBC作戦本部へと向かった。

 

 

 

 

 FBC作戦本部のビルの会議室に入ると、B.S.A.A.のボス、クライヴ・R・オブライエンとFBCのボス、モルガン・ランズディールが何か揉め事を話していた。

 先程の連絡で黒瀬以外のB.S.A.A.のメンバーは撤退したらしい。

 

「お、来たかサムライ」

「この子供がパーカーの言ってた日本人? 戦えるの?」

 

 熊のような巨大な男と失礼な女が登場した。

 

「失礼だな。確かに筋肉はそれほどないが、ハンターの十体や二十体は余裕だぞ」

「リョウの言ってることは俺が保証しよう」 

 

 黒瀬の荷を持つのは、パーカー・ルチアーニ。FBCのメンバーだが、前に一度共に任務をこなしてから仲良くなった。

 

「紹介しよう。この女はジェシカ・シェラワット。こんなやつだが、頼りにはなる」

「どうも、ジェシカでーす。よろしくサムライ君」

 

 サムライと呼ばれるのは好きではないが、それをここでいう時でもない。顔には出さないでおいた。

 

「クロセ・リョウだ、よろしく。で、パーカー、俺たちは何を?」 

「簡単に言うと、退路を確保して屋上に向かう」

「それは良いね。では早速行こうか」

 

 オブライエンの話も終わりそうにない。黒瀬たちは会議室を出る。

 生きている人間が集まっているからか、ハンターが先程よりも多く集まっていた。

 

「よし、やるぞ」 

 

 黒瀬たちは障害物を避けてエレベーターに向かい出した。

 ハンターが襲い掛かるが、数が多すぎる。器用に避けて進んでいく。

 

「そろそろだよな、滅菌作戦」

「まるでラクーンシティの再来ね」

「隠蔽によって消滅した街だな」

 

 ラクーンシティ……あの事件により黒瀬はアンブレラと戦い出した。

 黒瀬は時々思う。もしも、クリスに射撃大会に誘われずラクーンシティに訪れることがなかったら……。その時の黒瀬はどこか遠くであっている事件と思っていただろう。それにラクーンシティの事件に巻き込まれていなければ、カントウ事件では、黒瀬は何の真実も知らず仲間と共にカントウを脱出していた。いや、そもそも生き残れるかどうかも怪しい。

 無事に脱出出来たとしても、今のようにバイオテロやウィルスとは戦っていないだろう。何の真実も知らないのだ。今頃は大学に通い、仲間と幸せな人生を送っていた。もしも、と考えても仕方ないが、後悔といえばカントウを脱出したメンバーをバイオテロの道に進ませてしまったことだ。彼らが強いことは黒瀬は重々承知だが、それでも自分が情けない。彼らをこの道へと進ませてしまったのは何を隠そう黒瀬自身だ。

 

 ──あいつらに何かあったら俺の責任だ。

 

 進ませてしまった、と言ってもB.S.A.A.に勧誘した訳じゃない。黒瀬のバイオテロと戦う姿勢を皆に見られたことが不味かったのだ。彼らは黒瀬がバイオテロと戦っている道を知り、幸せな人生を送れる筈だったのに地獄に再び戻ってきてしまった。もしも――もしも彼らが死んでしまうようなことがあったら――

 

「リョウ、聞いてるの?」

 

 目の前にジェシカの顔があり、少々驚いた。

 黒瀬たちはいつの間にかエレベーターに乗っていた。

 

「すまん、聞いてなかった」

「もう! パーカーが地元のバーで全メニューを奢ってくれるらしいわ」

「本当か、パーカー!?」

「おいおい、二人分もか? ──いや、男に二言はない。二人分奢ってやろう」

「やったわね!」

 

 ここは本当にバイオテロ現場か? と疑うほどテンションが違った。

 

「日本人と飲むのは初めてだな」

「そうなのか? FBCには日本人がいないのか?」

 

 FBCは国連の機関なので、多くの人種が集まっている。

 

「日本人はいないな。情報がシークレットの幹部なら可能性あるが、そういう噂は聞いたことがない」

「あれ? でもFBCの友達の研究員が見たことあると言ってたわ」

「でも日本人は少ないんだよな?」

 

 B.S.A.A.にも黒瀬、小室、平野、高城、毒島、宮本、南、田島と昔から関係のある人物しか日本人がいない。テラセイブでも香月の話によると、日本人は香月と鞠川の二人だけらしい。

 カントウ事件で四千万人の被害者がいるわけだがら、FBCには日本人が多く所属していると思っていたが、どうやら逆みたいだ。

 屋上にたどり着き、ヘリポートにはヘリが待っていた。

 

「三人とも急げ! 飛び立つぞ!」

 

 辺りが暑くなっている。そろそろ滅菌作戦が開始されるだろう。

 

 

 

 

 

「テラグリジアが……」

 

 ヘリで飛び立ち、海上へと向かった。

 テラグリジアに放たれたレギア・ソリスの高出力太陽エネルギーにより、テラグリジアは光に包まれて消滅していく。

 

「眩しいな」

 

 これもモルガンが選んだ正しい選択の一つだ。あれ以上の被害を出さないように島ごとの消滅を選んだ。正しい、正しいことは分かっている。これ以上の案もなかった。

 

(分かってるけど────)

 

 黒瀬はこの事件によって死んでいった者たちに黙祷を捧げた。

 

 

 

 

 

 




8章のヒロインは次回から登場します。宮本サンです。

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