「リョウ!」
黒瀬は城の室内を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声で話し掛けられた。
「よう、ルイス。生きてたのか」
ルイス・セラ。今までに見た資料によると、ルイスはロス・イルミナドス教団の研究者だったらしい。
ルイスは気味の悪い紫の液体の入った試験管とカプセル剤の入った瓶を手にしていた。二時間ほど前に、ルイスがレオンとアシュリーの体内にいるプラーガの活動を抑制させるための薬を落としてしまったため、別れてしまったが、どうやら無事に発見したようだ。
「それが抑制剤? 試験管の方は?」
黒瀬がそう聞くと、ルイスはあからさまに嫌な顔をした。
「こいつは……ちょっと言えないな」
黒瀬はその試験管の中身が良くない物だと思った。紫の液体なんて毒かそこらだ。
「そういえばまだレオンとは合流してないのか?」
「まぁな。でもレオンは大勢の敵に足止めされてると思うし、そろそろ合流できるんじゃないかと思ってるけど」
レオンの痕を追って数時間、流石に合流しないとハニガンに怒られる頃だ。
「じゃあ早く行こう」
黒瀬は目の前のドアを開けて進むと、レオンらしき後ろ姿が見えた。
「おい、あれって」
「ああ、間違いない。レオンだ」
黒瀬が大声で「レオン!」と叫ぶと、レオンが振り向いた。
「リョウ、ルイス!」
レオンが黒瀬たちに気付き、駆け寄ろうとした時、黒瀬は背後からの殺気に気付く。
「ルイス!」
黒瀬はルイスを力の限り押した。咄嗟の事で、ルイスが持っていた試験管と瓶は手を離れ、宙をくるくると舞う。
「────ぐっ!?」
鈍い痛みが、黒瀬の右胸を襲った。太い触手が黒瀬の右胸を貫いていた。叫びたいほどの痛みを堪え、触手の方向を見ると、フードを被った大柄な男が、ルイスがさっきまで持っていた試験管を手にしていた。
「──くそ!」
黒瀬はナイフを抜いて触手を真っ二つに切り、胸に刺さっている触手を抜いた。
一瞬、フードの男が苦痛の表情を浮かべた。
「サドラー!」
ルイスは銃を構えるが、サドラーの触手で叩きつけられる。
「サンプルは入手出来た。お前達の処分はサラザールに任せてある」
そう言ってサドラーは立ち去った。
レオンはサドラーを追い掛けようとするが、重症の黒瀬をほっとくことは出来ない。黒瀬に近づき、布で傷口を塞ぐ。
「ぐっ!」
傷口を触られて痛むが、身体が思うように動かなかった。
「すまない、リョウ。俺のために……」
ルイスは申し訳なさそうな顔をする。
「────別に……良いよ。俺なら…………死なないし」
肺が潰されているせいで息をするのでさえきつかった。黒瀬は朦朧とするなか、レオンの顔を真っ直ぐ見つめた。突然の事で動揺している。
「────レオン、数週間……ぶりだな。テラグリジア・パニック……以来か?」
「今は話すな!」
「レオン……アシュリーは……どうした? もしかしてはぐれたのか? ハニガンに怒られるのは……俺なんだぞ?」
「いいから黙れ!」
レオンはどうしていいか慌てふためいている。こういうレオンの顔が見れるのはレアだなと、黒瀬は思った。
(ああ、眠たい。少しくらい良いかな?)
もう、意識を保っておくことは出来なかった。黒瀬はレオンを仲間として認めている。レオン一人でもアシュリーを救えるだろう。
「レオン、アシュリーは任せた」
黒瀬はそう言って、静かに目を閉じた。
あれから何時間経ったのだろうか?
黒瀬がわかっていることは、死なずに済んだ、ということだ。胸の痛みも引いている。
「………………」
胸を触る。包帯が巻かれているが痛みはない。やはり、既に傷は治っていた。いつものことだが、本当に気持ち悪い身体だ。
「リョウ、起きたか!?」
黒瀬の動きに気づいたのか、ルイスが駆け寄る。
「ルイスか……。あれからどうなった?」
レオンはどうやら近くにいないみたいだ。
「嬢ちゃんと再会して先に進ませといたよ」
「そうか」
黒瀬は立ち上がった。
「おい、傷が!」
「大丈夫だ。もう治った」
証明するために包帯を取る。穴は空いておらず、完全に治っていた。
「どうなっているんだ?」
流石のルイスも困惑している。
「特異体質みたいなものだよ。傷がはやく治る」
「お前の身体を調べ尽くしたいな」
冗談か本気か。分かりにくい言葉をルイスは口にした。
「止めてくれよ。研究者にモルモットにされたくなくて、ここ何年も病院に行ってないんだぞ」
「確かに、お前の力を知れば、世界中の研究員がこぞって調べたがるだろうな」
どうも最近は回復能力が上がっている気がする。擦り傷なんかは一瞬で治るし、酒を飲んでも酔わないなど、子供の頃と比べて、格段に能力が上がっている。
「それで、サドラーとやらに奪われた試験管は何だったんだ?」
教団の優秀な研究者を殺そうとしてまでも奪いたかった物だ。かなりの価値があるのだろう。
「あれは……プラーガの支配種のサンプルだ。あれさえあれば、ガナードよりも上の存在になれる」
あのサドラーという男は、自分の意思を持っていた。
「エイダという女性がサンプルを渡せば、ここから逃がしてくれると言ってたんだ」
エイダ、深紅のチャイナドレスを着た女性。支配種のプラーガが目的か。
「あ、それより!」
黒瀬は思い出し、無線を掛けた。
『何時間も連絡をしないで、何をしてたの?』
声から察するにハニガンは相当お怒りのようだ。
「すまない、気絶していた。レオンと合流したんだが、別れてしまって……」
『発信機を見る限り、レオンは海の上にいるわ。何か聞いてる?』
「いや、何も」
『そちらに向かわせていたヘリはレオンの方へ行かせるわ。どうにかしてレオンと合流してくれる?』
「オーケー。何とかするよ」
無線を切ってルイスを見た。
「レオンは海の上か……孤島に向かったのかもしれないな」
「孤島?」
「教団の本拠地だ。プラーガの研究施設がある。そうだな、あそこならレオンと嬢ちゃんのプラーガを取り除けるな」
どうしてレオンがそこに向かっているのかが気になるが、大方またアシュリーを連れ去られたとかだろう。
「じゃあそこに向かおう。船はあるか?」
「ああ。モーターボートがある。近道があるんだ。着いてきてくれ」
「モーターボート発見!」
ルイスに着いていくと、洞窟の中でモーターボートを見つけた。
「これに乗って孤島まで行こう」
ルイスはモーターボートに張り切って乗った。
「ルイスも行くのか? 後で救助をよこすからここで待ってても良いんだぞ」
「いや、俺も行く。教団の最期を見てみたいからな」
それは良い、と黒瀬は思った。
「でもここにたどり着くまでに時間がかかったからな。レオンがとっくに潰しているかも」
「なら尚更急がないと」
黒瀬もモーターボートに乗り、ルイスが発進させた。
海を渡り、十数分の時間が経つと、バラバラとヘリのプロペラ音がしてきた。武装ヘリは黒瀬達の真上に止まり、風が吹き荒れる。
『よう、お前がB.S.A.A.のエージェントか?』
無線機から若い男の声がした。
「そうだ。合衆国のヘリパイロットか?」
『ああ。今から王子様とお姫様を助けに行くけど、乗ってくかい?』
ヘリから梯子が下ろされる。
「料金はツケにしといてくれ」
黒瀬とルイスは梯子を掴んで上り、機内へと入った。
「クロセ・リョウだ。アンタは?」
「マイクだ。よろしく頼む」
何はともあれ、レオンたちに追い付くのはそろそろだろう。
多分次回で7章最終話です